卵の中の黄身

我もなく うつし世もなくなにもかも  神の中なる 神のあらわれ  BYダンテス・ダイジ

8月23日の修道会

  7月は猛暑と、毎日発生する妙な犯罪や地震、豪雨などの情報で少々気が変になっていた。
  世紀末ウォッチャーになった気分で情報を集めるのを止められなかった。  
  8月に入り、少し旅行なんかもしてやや我に帰った感もあるが、修道会に向かう道で考えてみると、やはりマーヤだ。何マーヤか?

 確実に
 アセンションマーヤだ。それはわかっている。
 でもわかってても簡単には解けない。なぜなら実際に起こっている現象だと思うから。
 
 「くだらないことばっかり考えてるんじゃない!」と怒られないかと(そんなこと言われたことないが)会場へ行くと、先生はいつもの笑顔で「いらっしゃい」と迎えてくれた。

 天河のお土産を渡すと、最近天河や弁財天がらみでいろいろ動いてたようで、「やっぱりエネルギーが動いてるんだね」ということ。またスタッフのMさんのご先祖が天河神社の宮司さんだったということを聴いて驚いた。

 今回は参加者は二人だったが、もう一人の方ははじまるとずーっとサマディー状態?になって意識がトンでしまうタイプの人なので、今回は僕と先生との会話をメインに進めていくということだった。おお〜これは初めてのパターン・・・。    

 他の人もたくさんいると、なかなか「アセンションが・・・」なんて言う事は話題にし辛かったかもしれないが、3人だけだったので、先生に「マーヤはどう?」と尋ねられた時、「いや〜実はアセンションマーヤで・・・」と思い切って言ってみた。

 「アセンションマーヤ?ブログに書いてることを見ると、確かにそうみたいだねw」

 「先生はアセンションみたいなことは実際に起こると思いますか?」

 「あってもおかしくないと思うよ。それは俺自身がフォトン?のエネルギーを感じてるから。
 でもその変化が、みんなが思っている通りのことだとは限らない。

 例えば1999年にノストラダムスの予言があったでしょ? 
 あれの後にはみんな予言が外れたっていったけど、俺にとっては現実のものになった。(先生はあの予言を恐怖の大王=人を覚醒させる神、と解釈する)そんな風に2012年のことだって、どういう変化が起こるかは3次元の我々にはわからない。でも2012年には「なにかが」起こるだろう。

 問題はね、アセンション、アセンションって言ってる人の多くは、もうこの世界にうんざりしててリセットしたいと言う人が多いってこと、「健全な」アセンション信奉者は少ない。でもまあそれでもいいと思う。

 M君がね、もし今覚醒した意識になれば、アセンションなんてどうでもよくなるよ。あっても、なくても。その状態にあれば『存在している』と言うことからくる喜びがいつもあって、なにをしていても楽しいと思うはずだから。」

 「そうなんですよね〜頭ではそれはわかってるんですが。でも最近どうしても気になって・・・。これはマーヤだ!とかいって無理やりに神様のことばかり考えるのって、そっちの方がマーヤなんじゃないかと思って。だからもうマーヤでいいや・・・とそんな感じもあります。」

 「うん、神様がさせていることだからそれは今みたいに書いていったらいいと思うよ。でもあとからふと振り返るとうわ〜すげーマーヤなこと書いてるなと我に帰ったりするでしょ?そこで一回思考がリセットされるからね。アセンションだけで行ってる人はそれがない訳。」

 「アセンション」は大体現システムの崩壊と、高次元への上昇みたいなものが対になっている。
 世の中の状況を見る限り、そこには確かにある方向への変化が起こっているように見え、それが自分に「アセンション」を確信させるのだということを話した。
  
 「まあ、どっちにしろ先は長くないよ。我々の眼の黒いうちになにか起きるんじゃない?」
 と先生。

 そのあと地球環境のことや、地球人口がもう限界であること、食料危機のことなどについて話した。
 
 「最近食料が高いって、奥さんたちがわーわー言ってるでしょ?あれはそもそもね、スーパーでお金を出して食べ物を買おうって発想が間違っている。食い物は自分で捕る(採る)もんだ。でしょ?」

 確かに(^^;
 食べ物を育てることの大切さを思い出し、大地に結びついて生きるためには、一回ぐしゃっと潰れるのは悪いことではないと先生は言った。

 あと先生が昔出会ったという波紋法という中国の秘儀を体得した人物から、先生の40代が終わるまでに『地球の人口が今の40パーセントになっている』という予言をされたことがあるらしい。この人物は飛んでるトンボを落としたり、自動車を素手で飛ばしたりする異様なパワーを持っていたらしい。
 そしてこの人の脳波を計ろうとすると脳波計自体がぶっ壊れたらしい。

 先生の話しを聴くたびに、なんでこんな面白い人とばかり出会ってるんだろうと感嘆する。
 波紋法って『ジョジョの奇妙な冒険』に出てきたが、実在していたとは知らなかった。
 なんでも、直接対象物に気を送るのではなく、少し離れた場所に送り、そこで発生する「波紋」を利用するという。

 しかし、話しを聴いてるうちに、近々ぐしゃっと来ることは確かなような気がしてきた。。。

 が、先生自身は通常その手のことはほとんど考えていないらしい。

 すべては神様だという神様モードにいるか、修道会のスケジュールを考えたり、テレビを見て笑っていたりという日常の次元にいるかどちらかだという。

 僕の質問によって言わばその『世紀末用のキャラ』が引き出されるようだった。
 (でも「その時」が来れば『世紀末用のキャラ』が本格的に動く可能性もあるとのこと)

 「でも言ってみれば全部、マーヤ。先のことより、神は今ここにいつもある。だから神を求めるなら今にとどまらなければならない」と先生。

 その場のエネルギーが段々強くなってくる感じ。
 
 「これだよ、・・・すごいな」

 目を閉じると、頭が真っ白になっていった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 久しぶりにかなり、トンだ・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「確かに、ずっとこの状態だと、アセンションとかどうでもよくなりますね」

 「そう、この状態が、大事なんだよ。昼間畑仕事かなんかしてね、夜にはこういう感じでみんなで集まったりしたら、エネルギーに満たされるでしょ?俺はそれがこの世界の立て直し方だと思うわけ」

 「これは何よりもエネルギー源になりますね」

 「なるでしょ?だって飛んじゃうんだから」と、先生は楽しそうに笑う。

 真理は喜びとセットになっている。
 純粋な喜びに触れられる場所は少ない。
 こんなに本当に楽しそうに笑う人も少ない。

  

天河

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 早朝7時前。
 神社から太鼓の音が聴こえてくる。
 昨夜民宿の奥さんから聞いていた、朝拝の合図らしい。
 障子から差し込んでくる朝の光がきれいだ。
 騒音の少ない環境にいると、ちょっとした光や音の変化に敏感になるようだ。

 でも眠いな〜・・・・行こうかな〜止めようかな〜・・・

 寝床の中でごろごろしてると次第に目も冴えてきた。
 行くか! 

 拝殿への石段をあがっていくと、中からすでに宮司さんの声が響いてくる。
 中には巫女さん含め3人くらいの人が椅子に座って、祝詞の書かれた冊子を手に持っている。
 僕も椅子のひとつに座るよう勧められた。
 おおーこの祝詞をあげてる人が噂の柿坂宮司だろうか。
 朗々と流れる声が少し変わった反響で響いている。
 
 終了後、宮司さんから参加者への短い言葉があり、巫女さんからお神酒が勧められた。
 それをくいっと飲み干したあと、もう一度手を合わせて拝殿をあとにする。

 胃の辺りがあったかくなり、そのまま部屋に戻りたくない気分だ。
 少量だったが、すきっ腹に飲むと効く。
 ぶらぶらと昨夜来た、天の川温泉のあたりまで歩く。
 立派な地蔵堂の側の石碑になんとなく目を向ける。
 そこには地蔵堂の由来が記されていたのだが、昭和50年代のお祭りのときに、この近くで写真を撮ると橋のたもとに弘法大師様が映った、このお堂はそれを記念して建てられたという。

 この石碑の文を読んで、うわー天河っていっちゃってる(悪い意味ではない)場所なんだなと改めて思った。写真にどの程度はっきり、どんなものが映ったのかわからないが、普通はそこまでせんだろと思う。
 
 食事のあと、10時過ぎ頃に宿を出て、奥さんに教えてもらった鎮魂殿の方へ歩く。
 

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 鎮魂殿。本社の建物に使われていた木材で造られたとの事。

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 少し歩くとすぐ山道になり、こんな看板。
 しかし、十分注意って言っても、どう注意すればいいのか・・・・。
 熊に会ったらどうしろと言うのか!!(怒)

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 おお・・・幽玄。
 これ以上こちらに進むのは止め、一旦引き返し、みたらい渓谷の方へ。
 天河神社からは徒歩約4,50分くらい。

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 道の脇の側溝を流れる水も異様に透明感アリ。
 そのうち
 大きな吊り橋や、巨大にせり出した岩の下を通過したりと、若干アスレチックな行程へ。
 それは面白いのだが、あまりにも誰とも会わないので心細くなってくる。
 と、同時にさっき見た熊の看板を思い出し、ひとりでに歩調が早くなる。
 

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 みたらい渓谷。

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 渓流を見下ろす軽食屋さんで休憩。
 座敷でカレーライスを食べる。
 時間は12時過ぎ 
 下市口へのバスは村から一日3,4本しかない。
 次のバスは14時で、これを逃すと今日中に東京へ帰るのが難しくなる。 
 バス停まではここから一時間もかからないから、十分間に合うだろう。
 でも、もし間にあわなかっても、こんなところに「止むを得なく」もう一泊できるならいいなあと思った。 そしてさっき出てきた民宿に戻って、「いや〜バスに乗り遅れちゃって・・・」と言ってる自分を想像したりした。河の音を聴きながら食べるカレーは妙にうまかった。



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 天河大弁才天のシンボル五十鈴




天河

  早朝実家を出て、近鉄線で下市口という駅へ。
  京都駅からだと約100分程度の場所。
  天川村へのバスの発射時間までぼーっとする。
  下市口には時間をつぶすところがないと聴いてはいたが、確かに・・・。
  駅を出ると、商店街があるが軒並みシャッター降りてるし。
  去年、御嶽に行った時と同じく、また「千と千尋の神隠し」を連想する。 
    

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  バスで山道をゆられること50分、天川川合の総合案内所前に到着。
  今日の宿は天川神社のすぐ前の民宿。
  案内所で尋ねてみると、天河弁才天までは、歩いて40分ちょっとだということなので歩くことにする。というか、歩くしか方法はない。案内所のすぐ前には村内唯一の信号が立っている。

 歩いていると・・・

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 おーっ吊り橋だ〜〜。同時に五人以上は渡らないで下さいだって・・・。
 水がきれい。

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 昼食をとるため喫茶店に入る。
 お客さんは誰も居ない。今日は日曜だし、ママさんいわく、昨日で観光客はほとんど帰っていったということ。注文した「たまごうどん」を食べながら、しばし世間話し。話が長引くほどに、店を出るタイミングに戸惑うw

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 あ、入り口に着いたらしい。
 こちらこそ、呼んでいただいてありがとうございます。

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 民宿は7800円のそこそこ安いところだったがふすま一枚隔てて、20代の女性二人組みが入って来たので落ち着かず困った。がらんとした部屋の畳の上に寝転がっていると、隣の部屋からの会話が耳に入ってくる。

 「この辺、手をつないで輪になってUFOを呼んでる人たちがいるんだって〜」

 ・・・・・・・・・・・・・

 「なんか超眠いよね」
 「さっき隣の部屋にあった本に書いてあったけどこのあたりに、人を眠くさせるようなエネルギーが強いらしいよ」
 「眠くさせるエネルギー?」

 ゴホゴホ

 「風邪?」

 「のどの調子が悪くて・・・でも風邪じゃないと思うんだけどな・・・」

 (うん、うん、それはきっとエネルギーがシフトしてるんですね)

 いつのまにか頭の中で、隣の会話に加わっていて寂寥感に襲われるw

食事のあと、天の川温泉へ入浴に。
 夜になるとあたりは一層神秘的な雰囲気に変わる。

 他の人たちが寝静まった頃、布団を抜け出して縁側へ出てみる。
 満月が神社の背後の山を照らして、山の上のほうに霧が漂っているのが見える。
 不思議な空だ。「天川」という言葉からイメージするのかもしれないが、宇宙とつながっているような、ずっと見ていたいような感じがする。

 小さな光が点滅しながら、飛んでいた。

 あっ!UFOだっ

 ・・・そんな訳ないか、トイレ行こ・・・・

 用を足して、また縁側から夜空を見上げると、

 またさっきのような光が、今度は山の方に向かってゆっくりとすべるように飛んでいく。

 その少し上には同じようなタイプの飛行物体が、逆方向に飛んでいく。

 飛行機?でしょ・・・ 

 ふたつの飛行物体の間には、白い光が点滅しながら山の方に飛んでいく。
 耳を澄ますとジェットエンジン音が聴こえ、これは飛行機ぽい。
 
 じゃ、あのふたつの光は??飛行機ってこんな飛んでるもんだっけ??

 それともどこかで輪になって呼んでる人たちの祈りが通じたのだろうか。

 


 一週間ほど実家に帰省し、そのあと奈良吉野の天川村に一泊し昨日東京に戻った。

 京都では、亀岡にある大本の天恩郷を見学させてもらった。

 天川村を訪れたのは17日でちょうど満月の夜だったが、とても静かで不思議な夜だった。

 飛行機?かもしれないが点滅しながら移動する物体がいくつも神社の後ろの山にあたりに飛んでいて、思わず「こっちに飛んでください」と念を送ってしまった。 

 翌日早朝、柿坂宮司の執り行う朝拝に参加して、終わったあと巫女の方からお神酒をもらった。

 ほんの少しだけだったっがすきっ腹に飲んだので、回りが良くふらふらしながら宿に戻った。

 その日はみたらい渓谷の辺りを徒歩で散策し、東京まで7時間近くかけて帰ってきた。

 来るときに入った喫茶店のママさんがこんなことを言っていた。

 「都会の人は、こういう場所に来て癒されると思うけど、私たちは静か過ぎることがストレスになることがある。時々都会に出かけると、新鮮だけどあんなごちゃごちゃしたところにずっとは住めない。やっぱりここはいいところだと思う。」

 都会には都会のいいところがあるとも言える訳だが、新潟から出て来て40年以上も天川に住んでるという人の言葉を聞く限りでは、天川に軍配が上がりそうな気がした。

 もう一泊したい気持ちを振り切って(時間はあるが、お金がないので)帰ってきた。 





 少し前に、8月8日は大きな区切りの日ではないかということを書いたが、8日には以下のようなことが起こった。

 ※北京五輪開幕
 ※グルジア、南オセチアへ侵攻
 ※早朝4時台の人身事故で、山手線が4時間ストップ
 ※午後12時57分、震度4の地震。震源奥多摩。 
 ※中国国際航空の飛行機に爆破予告があり引き返す→後にイタズラと判明
 ※宮崎空港に落雷、一時閉鎖。
 ※比嘉良丸氏、富士にて徹夜の祈祷を行う

 グルジアは親米の傀儡政権であると考えられているが、今回の侵攻によりロシアと米の間で新冷戦の構造が出来がありつつあるようだ。
 「日月神示」の中には「オロシヤの悪神」が様々な計画を練っていると言う言葉や、「北に気つけよ、北から来るぞ」という文があるので、それとの関係が気になった。

 自然災害はまだしも、戦争は勘弁して欲しい。 

  お休み中ですが、少し追加。
  ハトホルのメッセージより。




 地球の磁場


まず私たちからみた現在のこの惑星の状況についての概略を述べましょう。

地球の磁場は摂動または変形に巻き込まれています。これは多次元的に起きており、その影響で磁場の振幅や強度が急激に増加します。この地球の磁場の変形はまるで非常に素早く上昇して落下する波のようなもので、振動は一瞬ですがはっきりと認識できるものです。これは人類の意識、特にあなたがたの生物学的経験に大変奇妙な影響を及ぼします。多くの人々が疲労や倦怠感の増大を経験しています。(以前のメッセージで述べたように、これらの症状は深遠宇宙空間からのエネルギーの動きがあなたがたの銀河と太陽系を通過することによっても引き起こされます。)

しかしこの摂動は別の種類のものです。これは深遠な宇宙空間からのエネルギーに反応している磁場そのものによって引き起こされています。それは地球の溶けた中心核の反応です。そしてもし比喩的に考えたければ、地球の磁場が宇宙と会話をしているということです。あなたがたの科学では物事をこのような方法では考えませんが、私たちの視点からすると地球の磁場はこれらの宇宙の訪問者たち、つまり深遠宇宙空間からのエネルギーと会話をしているのです。これらのエネルギーは本質的に霊的進化のための触発者たちなのです。

地球の磁場の摂動と直接関係しているその他の症状は、短期間の記憶の保持の仕方の明らかな変化です。なぜなら記憶とはあなた自身の神経系と地球の磁場の機能だからです。あなたがたの脳は情報をわずかな重力場と非重力場をとおして処理し、それは地球の磁場の変動によって直接影響を受けます。ですから短期間の記憶に異常が増えることになるでしょう。あなたはひとつの文を話しているとき突然言葉が思い浮かばなくなったり、通常の文法どおりに単語が出て来なくなったりするかもしれません。このようなケースは脳の異常の徴候である場合もありますが、これは一般に多くの人々の間でますます増加するでしょう。集合的な短期記憶障害の増加は人類を今までにない状況へと導きます。この状況はあなたがたの対処の仕方によっては好機にも災いにもなりえます。

好機とはあなた自身が創造した精神的基盤を見通すことができることです。それはつまりあなたのマインドがこれまでどおりの筋書きを続けることが出来なくなるとき、あなたには知覚のカーテンの奥にある現実を垣間見る機会が与えられるという意味です。このカーテンをつくり出したのはあなたがた自身です。あなたがたは自分が見たくないもの、あるいは直接体験したくない物事から自分自身を隔てるため、そして時には他人があなたがたに見たり経験したりして欲しくないと思うことから隔てるためにこのカーテンをつくりました。ここで私たちはあなたがたの集合的現実の目に見えない操縦者、経済的、政治的権力支配について言及しています。

私たちが以前にも述べたようにあなたがたの惑星には霊的進化の推進力を積極的に妨害する力が存在します。彼らはあなたがたをコントロールするために、情報操作をとおして彼らの偽りを継続させることに力を注いでいます。彼らの仕事はより困難になりつつあります。

彼らの仕事が困難になりつつあるのは、磁場の摂動が人間のマインドに投影される精神的現実の創造に切れ目をつくり出すためです。あなたがたをコントロールし操作しようとしている存在たちは自由に使える膨大な資源を持っており、そのすべてを使用しています。しかし彼らは地球の磁場をコントロールすることができません!そしてこのことにあなたがたは感謝すべきです。

地球の磁場に影響を及ぼしている衝撃は、彼らの影響力の範囲をはるかに越えたところから来ています。超次元的物理学の理解に基づく私たちの予想では、あなたがたの地球の磁場の摂動は今後数年でさらに強まるでしょう。エネルギー的に敏感な人々は現在これを最も強烈に感じていますが、今後2、3年のうちにほとんどの人が理由は分からないにしろ、この影響を自覚するようになるでしょう。

続き→http://satomis.exblog.jp/i9




 これを引用したのは、僕自身が、疲労や倦怠感の増大、記憶の能力の変化を感じているからです。
 最初は単に年をとったから??かなと、憂いていたのですが、疲労や倦怠感のサイクルは明らかに周期性を持っており、しかも、ここ4、5年に始まったものです。それ以前は原因不明の体感の異常なんてほとんどなかった。記憶能力の変化、(というか普通の意味では劣化)はここ2、3年、急激に進行している感じがします。

  上のチャネリングメッセージがどこまで正確なのかはわかりません。
 しかし、気候の変化と同様、こういう不定愁訴的な症状も今後おそらく増えていくと思われます。
 でも病院とかにいって、もらった薬を飲んだりはしない方がいいと思います。
 内科でもよくわからない症状にはすぐ精神安定剤を出しますから・・・・!
 
 デパス、レキソタン、ルボックス、以前は病院から出た薬を時々飲んでいましたが、今は極力飲まないようにして、その状態を受け入れ、観察することをこころがけています。(なにがなんでも薬はいかん!という訳ではないですが)
 
 気候の異変にしろ、こういう体調の奇妙な変化にしろ、今迄の既成概念で、今僕らが体験しつつあることを表現するのは不可能だと思います。

 ナイトシャマランが「ハプニング」の中で主人公に言わせていたように、自然には我々が理解できない側面があるのです。それを我々の頭で、強引に解釈し、強引に対処することが問題なのではないでしょうか。

 自然も、肉体も、精神も、僕らが理解できない「未知なるもの・無限なるもの」の一部です。
 それらを解釈する自然科学も、医学も、精神医学も、まだまだ未発達の「無知なるもの」です。 
 「未知なるもの」を「無知なるもの」で完全に解釈することは出来ないし、強引に行えば、何もしないよりも悪い結果を生みかねません。

 以外と、専門家よりも自分のこころや肉体のことは自分が知っているような気もします。 
 何が原因か、どうすればよくなるかも・・・。

 ゲリラ豪雨が頻発するようになると、『ゲリラ豪雨警報』を出すサービスが始まります。
 これらはすべて温暖化やヒートアイランド現象のせいにされています。
 こころの病が増えていくと、次々と新たな薬品が開発されます。
 しかし、こころとは、意識とは、健康とは何かが置き去りにされています。

 根本的な何かが忘れられているのです。
 おそらく今後頻発するであろう、すべての不可解な現象は、人に宇宙、自然への畏敬の念を取り戻させる役割りも果たすかもしれませんね。



変化の輪郭

  東京を少し離れるので、更新を一週間か10日ほどお休みさせていただきますm(_)m

  ネズミのように地震とかから逃げ出す訳ではありませんw

  しかし、最近の雨の降り方を見るとずいぶん鋭角的になってますね。

  「ゲリラ豪雨」という言葉がいつのまにかテレビで使われていますが、短時間に集中して降るために急激に増水した河に流されるというような事故が起こっています。昨日は都内でも床上まで浸水した場所があったそうです。

  気候も含め、物事の起こり方が突発的で、鋭角性を帯びてきたように思うのは僕だけでしょうか・・。

  『アセンション』の内容が概念的にようやく整理がついてきました。

  正しいか間違っているかは別として、輪郭が浮かび上がってきた気がします。
  以下要点

  ,海譴話狼紊世韻任呂覆、太陽系全体に起こる・起こっている「何か」です
  
  地球の変化が、連鎖的に他の惑星にも影響を及ぼします
  
  C狼紊諒儔修蓮日本が大きな鍵を握っています。
   
  い海譴楼媼韻諒儔修世韻任呂覆、物質の最小単位の変化を伴い、必然的にすべてのシステム(霊的世界を含む)が変容します。
  
 イ修諒冤討離圈璽時に向かって、気候の異変、天体の異変、金融市場の崩壊、大国の没落、「地軸の移動」などが起こる可能性があります
  
 Εルマの清算が加速化されます。蓄積の多い国家には、大規模な混乱が起きる可能性があります。長い目で見ると、「禊」の一種です

  Г修諒冤討療喘罎砲いて、変化を歓迎する人(システム)と、受け入れたくない人(システム)の間で必然的な二極化が発生します。同じ変化が、違ったふたつのスタイルを生み出します。また同じような使命や理想を持った人々はシンクロニシティの加速化により、集結していきます。
   
  ┐修諒冤討療喘罎砲いて、「心」、「言葉」、「行い」の間の壁が取り払われます。
   自分の「心」がそのまま自分の「行い」に直結しやすくなります。
  嘘をつくこと、物事を隠して進めることが困難になります。その結果今まで隠されてきたあらゆることが明らかにされて行きます。広い意味でのユニティへのプロセスです。世界についての真実が明らかになります。

 その変容の途中において、チベット死者の書に描写される「バルド」のような、自己の想念と全面的に向かい合うような局面が発生する可能性があります。生きながらに臨死体験をする可能性があります。
  
  その変容の途中において、悟り、サマーディ、宇宙意識への目覚めを体験する人がいます。
絶対智、絶対愛への目覚めを始めとして、様々なレベルと質の体験、自己の変容が起こります。  
  
 その後、プロセスが完了すると、太陽系の構造、原子の構造が変容し、物質と、霊とが統合され、「半霊半物質」の世界に生きることになります。今まで人が経験して来たような「時間」はここで終焉を迎えます。「時間が空間に」なります。
  
 変容のプロセスのピークは2012年前後だと言う説があるが、どちらにしてもそれ程遠い未来ではない。またピーク時に向かうに連れて現象は加速化していきます。

  このプロセスにおいて大事なことは以下のようなことです。    
  
   ※流れを信頼し、身を委ねる
   ※神(宇宙でも、仏でも、サムシンググレートでもなんでも構わない)を受け入れ、愛する
   ※自己を受け入れ、愛する、自分を嫌わない、否定しない
   ※つまり、すべての葛藤を手放す、何が起きても必要以上に深刻にならない
   ※周囲との調和をこころがける、お互いに、祈り合う
   ※すべての状況に対して感謝を心がける、笑う、唄う、踊る
   ※なるべく心・言葉・行いの一致を心がける
  
 ★その他起こる可能性がある現象

 地球外生命存在に関する証拠が公にされる。超古代文明に関する証拠が公にされる。死後存在に関する証拠が公にされる。フリーエネルギーが当然のものとなる。国家レベルの偽装、虚偽などが明らかにされる、絶対にばれないはずの嘘が、いくつかの偶然によりバレる、今までとは違った形の自由なメディアが登場する→┐砲茲

 突然、人や生き物が消える(異なる次元へ一足早く移行する)→い砲茲

 都市部と山村に人がわかれます→イ發靴はГ砲茲

 変化に抗する人々のカリスマが現れる。彼は今迄のパラダイムに人々を固定させ、安心させようとする。一人または複数、そのような役割りの人が現れます→Г砲茲

 突然、自分は宇宙と一体だった、総ては神だったと認識する人が多数現れます→による


 もしこれらがすべて間違っているとするならば、なぜ世界各地に同じようなメッセージが伝えられ、また、ヒトラーのような人物までこれに近い未来を幻視していたのかということに僕は興味があります。
 自分でも心がけていることですが、このプロセスがなくてものような方向性はこの時代に重要であると考えます。
 

 毎日若干不気味な話しにお付き合いいただきありがとうございました。 
 え〜それでは、また今月終りにでも

  

   

 黒鉄の巻より 昭和25年

 第一帖

 汽車あれば汽車に乗れよ。飛行機あれば飛行機に乗れよ。歩いたり、馬で行くのでは間に合わんことになっているぞ。昔のままの宗教のやり方ではならん。根本はよくても中々に目的地にはつかん。飛行機時代には飛行機に乗れよ。乗って進む宗教の道によらねばならん。今は今の姿が真実ぞ。そなたの頭で割り切れんと申してブツブツ申すでないぞ。あるものそのものが真実であるぞ。そのあるものを拝み、祝福して其処から出発せよ。現在を祝福することは過去を、未来を、総てを祝福することぞ。たとへ如何なる現在も、その現在を祝福せねばならん。喜びせねばならん。喜びもとと申してあろうがな。この巻くろかねの巻 


第二帖

 一切に向かって涙せよ。ざんげせよ。一切を受け入れ、一切を感謝せよ。 一切が自分であるぞ。一切が喜びであるぞ。
  
                                       

至恩の巻について、「8」の数霊

  解説が出来るほど、神示を読み込んではいないが、この巻を読み感じることについて。

  どうも昨日から「8」という数字が気になっていたのだが・・・・。

  日月神示では「8」というのは何かが弾ける日として、注意していくようにと良く書いてある。

  『八のつく日に気つけてあろうが、八とはひらくことぞ。今が八から九に入るときぞ、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時ぞ・・・・』 

  確かに、秋葉原のあの事件は8日に起こったが・・・。
  しかし、もちろん事件・事故がすべて8のつく日に起きるわけではない。
  
  今は2008年の8月。そして8月8日はきな臭い北京オリンピックの開幕。
  8のぞろ目。・・・これは必ず何かが起こる!・・・と嫌な予言をしたい訳ではないが、このオリンピック、ここまで8がついて回るからには何か大きな意味があるようにも思える。
  と同時に、2008年の中でもこの8月は大きな変換点かもしれない。 


  というようなことを人に喋って、家に帰る前に買い物をすると、合計金額が

  888円だった。若干キモい・・・。 

  今日も、暑いのでネットカフェに避難して調べものでもしようかと歩いていると、前を歩いてる人が、

  日本には八百万の神々がいてですね・・・・と外国人の人に話していた。あ〜一回気になると全部気になるっ!(><;

  なぜ「8」が変化の日なのか?と思っていたが、どうも数霊的な考え方が背後にあるようだ。

  ふと思いつきカタカムナ文字について調べていると、「8」の意味について触れていたサイトがあった。

 (引用開始)

 「ヤ」というのは昔から「たくさんの数」を意味しました。8という数字は、事物が飽和状態にあるということです。易を勉強されているなら、後天八卦という図盤をご存知の方も多いと思います。後天八卦というのは、天の気のあり方を示した先天八卦と一対で用いられます。後天八卦は、この先天八卦が地上に投影され、人間の視点からそれぞれの配置が再構築された図盤です。この後天八卦によると、ちょうど夜明け前の状態が8という数字で表されます。事物が生成流転し、最後の飽和状態のことを8で表現します。そしてこの飽和状態から新しい生命を生み出すために、五行でいう土性の浄化作用が必要とされます

(引用終り)

 今日は8月4日だが、「4」は「8」を二分割した数字だ。
 東西南北の四方位。それをさらに分割すると8方位、上下を合わせると、「10」方位となる。
 至恩の巻には現在の世界は、4を元とした8によって構成されている世界で、それをブレイクスルーしたのが九十(光透)の世界だと言っているように思える。

 「至恩」は「四音」とも読める。
 日月神示にはこのような、同じ音が多重的な意味を担うと言う日本語の特質をフルに活用した謎かけのような文が多い。

 さらにうがった見方をすれば「至恩」は「シオン」だ。
 シオンはもともとダビデ王の墓がある、エルサレムの丘の名前らしいが、転じてエルサレム全体の呼称ともなっている。 「マトリックス」のザイオンシティの「ザイオン」は、シオンの異なった読み方。

 なぜ、至恩の巻と、シオンをこじつけたいかと言えば、現在の八方的世界を代表するのがユダヤ民族なのかもしれないと思うからだ。ユダヤ的なものと日本的なものの「むすび」が新しい世界を開くと神示では述べている。

 「今度は根本の天のご先祖様の御霊統と、根本のお土のご先祖様の御霊統が一つになりなされて、スメラ神国と(日本)ユッタ神国(ユダヤ)と一つになりなされて末代動かん光の世と致すのぢゃ」 

  コノカギハ イシヤト シカ テニギルコトゾ


  ※イシヤ=フリーメーソン(自由な石工)、ユダヤ系国際金融資本、世の黒幕

日月神示・至恩の巻



第一帖

岩戸(言答)ひらきと申してあるが、天は天の、地は地の、人民は人民の、動植物は動植物の、それぞれの岩戸をひらくのであるから、その立場立場によって違ふところがあるぞ、それを自分のものさしで計って、岩戸ひらきとはこんなものぞと定めていると、いよいよ判らん時代となってくるぞ、気つけおくぞ。

第二帖

フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、○九十(マコト)の誠であるぞ、合わせて二十二、富士(普字・不二)であるぞ。神示の始めに示してあろう。二二(富士)は晴れたり日本晴ぞ。

第五帖

人民の肉体も心も天地も皆同じ想念によって生まれたのであるぞ。故に同じ型、同じ性を持っているぞ、そのかみの天津神はイザナギ、イザナミの神と現れまし、
成り成りの成りのはてにイザナギ、イザナミの命となり給ひて、先づ国土をつくり固めんとしてオノコロの四音の島をならし八尋殿を見立てられたのであるぞ、これがこの世の元、人民の頭に、東西南北の四方があり、八方と広がるであろうが、八十となり、八百、八千と次々に拡がりて八百万となりなるのである。


第六帖

四と八によってなされたのであるから、森羅万象の悉くがその気を受けているのであるぞ、原子の世界でもそうであろうが、これが今の行き詰まりの原因であるぞ、八では足らん、十でなくてはならん、○でなくてはならんぞ。岩戸ひらきの原因はこれで判ったであろうがな。

第八帖

ナギ、ナミ夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ。ナミの神はやがて九と十の世界に住みつかれたのであるぞ。妻神に去られたナギの神は一人でモノを生むことの無理であることを知り給ひ、妻神を訪れ給ひ、相談されたのであるなれど、話が途中からコヂレて遂に別々に住み給ふ事となり、コトドを見立てられて千引の岩戸をしめ、両神の交流、歓喜、弥栄は中絶したのであるぞ。

第九帖

千引岩をとざすに際して、ナミの神は夫神の治らす国の人民を日に千人喰ひ殺すと申され、ナギの神は日に千五百の産屋を会建てると申されたのであるぞ。これが日本の国の、又地上の別名であるぞ、数をよく極めて下されば判ることぞ、天は二一六、地は一四四と申してあろうが、その後ナギの神様は御一人で神々をはじめ、いろいろなものを生み給ふたのであるぞ、マリヤ様が一人で生みなされたのと同じ道理、この道理をよくわきまへなされよ。此処に大きな神秘が隠されている、一神で生む限度は七乃至八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが、本来は十全まで拡がるべきものである。或時期迄は八方と九、十の二方に分かれてそれぞれに生長し弥栄し行くのであるぞ。

第十帖

国常立神もスサナルノ命も大国主命も、総て地(智)にゆかりのある神々は皆、九(光)と十(透)の世界に居られて時の来るのをおまちになっていたのであるぞ、地は智の神が治らすのぞと知らしてあろうが、天運正にめぐり来て、千(智)引きの岩戸(言答)はひらかれて、これら地(智)にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ。

第十一帖

いよいよ判らんことが更に判らんことになるぞと申してあるが、ナギの命の治らす国もナミの命の治らす国も、双方からお互に逆の力が押し寄せて交りに交るから、いよいよ判らんことになるのであるぞ。

第十二帖

判らんと申すのは一面しか見えぬことであるぞ、双方を見る目に、早う改心致してくれよ。この白黒まだらな時は長くつづかん、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年であるぞ、死んでから又甦られるように死んで下されよ、マコトを心に刻みつけておりて下されよ。

第十三帖

死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉くが同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ。

第十四帖

八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変わるのであるぞ。これが元の元の元の大神の御神策ぞ。今までは時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが、今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。今までの岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸(言答)ひらきぢゃ。

第十五帖

神の申すことは一分一厘違んのであるぞ、今度言ふことを聞かねば大変な気の毒となるぞ、地(智)の下になって了ふのであるぞ、12345678の世界が12345678910の世となりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がマコトと申してあろうがな。裏表で二十二ぢゃ、二二の五ぢゃ、二二(ふじ)は晴れたり日本晴れぞ、判りたか。

第十六帖

太陽は十の星を従へるぞ、原子も同様であるぞ。物質が変わるのであるぞ、人民の学問や智では判らんことであるから早う改心第一ぞ、二二と申すのは天照大神殿の十種(とくさ)の宝に 、(テン)を入れることであるぞ、これが一厘の仕組。二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組。富士(不二)と鳴門(成答)の仕組いよいよぞ、これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ。一方的に一神でものを生むこと出来るのであるが、それでは終りは完う出来ん、九分九厘でリンドマリぞ、神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、卍(ぶつ)も十(キリスト)もすっかり助けると申してあろうがな、助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。用意はよいか。このこと大切ごと、気つけおくぞ。なりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士(普字)晴れるぞ、大真理世に出るぞ、新しき太陽が生まれるのであるぞ。

昭和36年9月1日

ナイト・シャマランの『ハプニング』

  今日、ナイトシャマラン監督の新作「ハプニング」を観てきた。

  面白かったのだが、僕は今頭の中がヨハネの黙示録になっている。それを助長するような映画で困った。

  映画の最初のほうに主人公の学者が、全米でミツバチが大量に失踪していることを学生たちに話す場面がある。少し前に記事を書いたが、これは実際に起こっている現象だ。→これ(消えるミツバチ)

  「病気か?」 NO! 
  「地球温暖化が原因か?」 NO!


  自然には人間に理解できない側面があると彼は学生達に言いたいらしい。

  全米に、人間の頭(科学)では理解不能の「ハプニング」が広がっていく。

「病気か?」  NO!
  「バイオテロか?」  NO! 

  原因はわからない。わからないが、
  それに捉えられると、人は自己破壊の衝動に逆らうことが出来なくなる。
  それは、人の精神を、破壊してしまう。
  このわからない変化と言う恐怖・・・。 

 一応その「ハプニング」の原因についての仮説のようなものは提示されるのだが、それさえも未知の変化に怯えた人間の頭がでっちあげたものなのではないかと思わせるような雰囲気が全編を通し漂っている。

シャマランの映画には珍しく、本気で怖いと思った。
  しかも、普通のホラーの怖さではない。わからない怖さ、にもかかわらずなにかリアリティがある怖さだ。それはすでに,この現実において心のどこかで人が実際に感じている怖さだからかもしれない。

  これ以上はネタばれになるので書かないけど、そのハプニングに対峙する人間の姿が描かれていく。結末は好き嫌いが、あるかもしれないけど、シャマランの描きたいことはなんとなく判るような気がする。

 ナイトシャマランの映画はある種のスピリチュアルな観点がないと、意味がよくわからないかったり、B級映画のように見えてしまう作品が多い。
 「サイン」もそうだし、「レディインザウォーター」「アンブレイカブル」なんかもっとそうだ。
 「シックスセンス」を期待して、他のを観るとがっかりすると言う人がいるが・・・・それは確かにそう。
 「シックス・センス」はある意味、一番テーマが浅い。それ以後の発展がシャマランの真骨頂のように見える。にも関わらず、一様にレビューの点数が低いw

 僕は今回の「ハプニング」の暗雲立ち込めるようなラストに、シャマランの警告のような、危機感のようなものを感じてしまった。一見ホラーチックな映画の常套的なラストに見えて、そうではないような、そんな感じがする。

 そのメッセージ性は、「自然が人間精神に与える未知の影響」だ。
 主題がいつも精神世界的な傾向が強いために、シャマランは、世の大峠を感じているのではないかと思ってしまう。必ずしも2012年の神話や、フォトンベルト、アセンションなどを念頭において作ってるのかはわからないが、それに近い世界を感じる。クリエイターの直観が、実際に起こっている現実を描かせているような気がする。

  その理由は冒頭に出てくる「ミツバチの失踪」と、「ハプニング」は同じソースによって起きているかもしれないと、観客に感じさせるためだ。クリエイターの役割りのひとつは、集合的な「心の闇」を表出させることによって、それを癒すことだと思う。


  この映画のストーリーの裏には、未知の変化に対する恐怖と、それに対処する方法も暗に示されているように思えてならない。まあ、見方のひとつですが。なにしろ頭の中が黙示録なのでw



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日月神示・星座の巻

 『この巻「星座の巻」偶然と申すのは、宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではないぞ、天に星のある如く地には塩があるのであるぞ、シホ、コオオロコオロにかきならして大地を生みあげた如く、ホシをコオロコオロにかきならして天を生みあげたのであるぞ。天の水、地の水、水の中の天、水の中の地、空は天のみにあるのではないぞ、地の中にもあるのぞ、天にお日さまある如く地中にも火球があるぞと申してろう、同じ名の神二つあるぞ、大切ことぢゃ
                                      星座の巻  第1帖

時、時、と申してあるが、時間ではないぞ。神(カミ)、幽身(ガミ)にも聞かせているのぞ。地上人には時間が考えられるなれど、神界には時間がなく、神も霊人も時間は知らないのであるぞ。只よろこびがあるのみぞ。神界で時間と申すのは、ものの連続と変化、状態の弥栄の事であるぞ。トキ待てよ。トキ違えるでないぞ。地上人の時間と区別して考えねばこのふでは解らんぞ。」                                      
                                          
                                           第3帖

人民と申すものは生命が短いから、気が短いから、仕組み少しでもおくれると、この神は駄目ぢゃと、予言が違ったではないかと申すなれど、二度とない大立替であるから少し位のおそし早しはあるぞ、それも人民一人でも多く助けたい神の心からぢゃ。おくれても文句申すが早くなっても文句を申すぞ、判らんと申すものは恐ろしいものであるぞ

                                          第6帖


この世をつくった太神の神示ぞ、一分一厘違わんことばかり、後になって気がついても、その時ではおそいおそい、この神は現在も尚、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ、この道理わかりて下されよ、世界は進歩し、文明するのでないぞ、呼吸するのみぞ、脈搏するのみぞ、変化するのみぞ、ぐるぐる廻るのみぞ、歓喜弥栄とはこのことぞ。』

                                            星座の巻 第7帖

 『人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいでくだされともうしてあろう、世がかわるともうしてあろう、地上界の総てが変わるのぞ、人民のみこのままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ、タテカヘ、タテナオシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先ず交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。

                                                  第8帖

 『自由も共産も共倒れ、岩戸が開けたのであるから元の元の元のキの道でなくては、タマ(玉)の道でなくては立ちてはいかん、動かん二二(普字・富士)の仕組み、ひらけて渦巻く鳴門ぢゃ。新しき人民の住むところ、霊界と現界の両面をもつ所、この岩戸ひらきて二度とない九十(光透)でひらく仕組み。
                                                  第11帖
 
 『父のみ拝みたたへただけでは足りない、母に抱かれねば、母の乳をいただかねば正しく生長できないのであるぞ。一神として拝んでも足りぬ、二(柱)でも一方的、十万柱としても一方的ぞ、マイナスの神を拝まねばならん、マイナスの神とは母のことぢゃ、天にまします父のみでは足りないぞ、天にあれば必ず地にもあるぞ、一即多即汎、地即天、天即地から表即裏である、マコトを行じて下されよ』                                                                           第13帖
 
偽の愛、偽の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ、この人民たちは神の声を聞いても聞こえず、神の現われを見ても、見えないのであるぞ、目を閉じ耳にふたしているからぞ、今の人民よ学者よ金持ちよ、早う考え方変えねば間に合わん、心の窓早うひらけよ
                                          第16帖

歓喜に裁きのない如く、神には裁きなし。さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ、戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎん、裁きを説くのは自分で自分を裁いていること、人民に罪なし』                     
                                         第25帖



 星座の巻 全二十四帖 昭和三十六年五月十日


3419さん、ブログのご紹介ありがとうございました。
リンクに追加させていただきました。

『一二三から未来へ』 

http://red.ap.teacup.com/sikisai/

王仁三郎の、わざと騒動を引き受けるような行動も「一厘の仕組み 2」という記事に解説されており、改めて王仁三郎の底知れなさのようなものを感じました。

あ、でも縁のある人のみに配信されたいとのことだったので、こちらでご紹介したのはまずかったでしょうか?もし問題があるようなら消しますので、お手数ですがご一報くださいませ。






以下、私的雑記。

7月も今日で終り。

なんだか今月は変化の情報に振り回されて、記事もかなり書いたが、今の感想は、ツカレタ・・・。

あまりにも多方面にわたって事が起こっているようで、それを統合することなど出来ないし、気が昂ぶって仕方ない。しかし、この一月の記事を自分で読み直してみると、すべてがつながっている。

気持ち悪いほどに。

明らかに、何事かが起こり始めている印象を拭えない。

でもただ情報を追っていても頭がパニックになるだけなので、少しインターバルを置きます。
ネットもあんまり見ないほうがいいんだろうけど、見ちゃいそうだなあ・・・。

8月にも大きな変化がありそう。

光が濃くなれば、影も濃くなると言いますが、

影ではなく、太陽を見ていたいものです。


岩戸ひらきの”予兆”

  ところで『日月神示』にも宇宙人の存在を語っているようなところがある。
  以下の部分だ。

  『これまでの改造は膏薬張りざから、すぐ元にかへるのぞ。今度は今までにない、文にも口にも伝えていない改造ざから、臣民界のみでなく神界もひっくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分からんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジヤンになるであろうがな、富や金を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上も潰れるぞ、下も潰れるぞ、つぶす役は誰でもできるが、つくりかためのいよいよのことは、神々様にも分かりてはおらんのざぞ、星の国、星の臣民は今はえらい気張りようで、世界構うように申しているが、星ではダメだぞ、神のお力でないと何も出来はせんぞ。』            天つ巻き 第二帖

  
 星の国、星の臣民??
 まさかアメリカ合衆国のことでもないだろう。普通に考えれば、空の星に住んでる人のことになる。
 この巻は昭和19年の夏に記されたものだ。
 UFOは戦後、1947年のアメリカのケネス・アーノルドの目撃譚によって世界中で話題になったのである。日本でのブームはそれよりもずっと後だろう。それ以前は宇宙人という概念すら普通の人間にはなかったのではないだろうか。
 今でこそ、世界的な変化に興味を持ち、多くの星からきた知的生命が地球を観察しているとか、危機になったら助けてくれるとかいう話しもあるが、この頃からすでに「星の臣民」が世界を構っていると書いているのには驚かされる。

 以下に「建て替え・岩戸開き」の時に起こると言われる現象について書いてみる。
 中には恐ろしいものもある。だが、これらの全てが実現すると考える必要はない。大難を小難にまつりかえることが神々の意志であるとも言うし、だいたいこんなことが全て起こると思っていたら、普通に生きていく気がしなくなってしまう。しかし、なかには部分的にすでに実現していると思われるものもある。

 .ルマの噴出
  建て替えの前に、すべてのカルマが清算される。
 
 神の規則は怖いぞ、隠し立てはできんぞ、何もかも帳面にしるしてあるのざぞ、神の国に借銭ある臣民はどんな偉い人でも、それだけに苦しむぞ、家は家の、国は国の借銭なしがはじまっているのぞ、済ましたら気楽な世になるのぞ、世界の大晦日ぞ、みそかは闇と決まっているであろうがな。かり返すときつらいなれど、返したあとの晴れた気持ちよいであろうが、昔からの借銭ざから、素直に苦しみこらへて神の申すこと、さすことに従って、日本は日本のやり方にかえしてくれよ。

 ∋間(現象)の加速?

 この神示言波としてよみて呉れよ、神々様にもきかせて呉れよ、守護神どのにもきかせてくれよ。守護神殿の改心まだまだであるぞ。一日が一年になり百年になると目が廻りて真底からの改心でないとお役に立たんことになりてくるぞ。 

 食べ物の騒動

 今に食い物の騒動激しくなると申してあること忘れるなよ。今度は共食いとなるから、共食いならんから、今から心鍛えて食い物大切にせよ

 た世判辰砲錣たれる→さんざん書いたので割愛 
 
 ゼ然災害

「外国は龍宮の乙姫様、グレンと引っ繰り返しなさるのざぞ。竜宮の乙姫様、雨の神様の御活動激しきぞ

「神世のヒミツと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震、雷ばかりでないぞ、臣民アフンとして、これは何としたことぞと、口あいたままどうすることも出来んことになるのぞ。四つんばいになりて着る物もなく、獣となりて、這い回る人と、空飛ぶような人と、二つにハッキリわかりて来るぞ、獣は獣の性来いよいよ出すのぞ」

「火と水の災難がどんなに恐ろしいか、大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きてはおれんのざぞ。それが済んでから、御魂磨けた臣民ばかり、神が拾い上げてミロクの世の臣民とするのぞ。どこへ逃げても逃げところないと申してあろがな高いところから水流れるように、時に従いておれよ。いざというときには神が知らして、一時は天界へ釣り上げる臣民もあるのざぞ。」

「臣民無理と思うことも無理でないこと沢山にあるのざぞ、神はいよいよの仕組みにかかったと申して
あろがな。こわすのでないぞ、練り直すのざぞ。世界をすり鉢に入れてこね回し、練り直すのざぞ。
日本の中に騒動起こるぞ。神の臣民気つけてくれよ。日本も神と獣にわかれているのざから、
嫌でも応でも騒動となるのざぞ
。小さくしたいなれど」

「海が陸になり、陸が海になる」

「地震、雷、火の雨降らして大洗濯するぞ。よほどシッカリせねば生きて行けんぞ。カミかかりが沢山出て来てわけのわからんことになるから、早くこの道をひらいてくれよ」

「一日に十万、人死に出したら神の世がいよいよ近付いたのざから、よく世界のことを見て皆に知らしてくれよ」

Σ昌狆態≒マインドの停止?

「今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ。今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ。一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組み、心得なされよ。神様でさえ、このこと判らん御方あるぞ。大地も転位、天も転位するぞ。」

「 大掃除激しくなると、世界の人民みな、仮死の状態となるのぢゃ。掃除終わってから因縁の身魂のみを神がつまみあげて、息吹き返してミロクの世の人民と致すのぢゃ。」

 確かに自然災害も恐ろしいが、この「仮死の状態」というのが前からどうも気になっていた。
 最初に思いついたのが、カルキ・バガヴァンの「2012年に地球の自転が停止し、その時に人類が一時的にノーマインドになる」という言葉だった。だからこれも、一種のサマーディーのことかと思ったのだ。だがもしかすると、もっと深い意味があるのかもしれない。先程ブログにいただいたコメントを読んで、そう思った。

 一般的にネガティブな予言はそれを変更できるから意味があると言う。
 だがもうひとつの意味もあると僕は思う。
 それは、それがすべて実現したときにも、希望を失わせないためにある、とも考えられる。
 特に「日月神示」のような預言書はそれが言える、ジュセリーノの予言とは質が違う。
 これらの一見ネガティブな出来事は、あくまでも巨大な預言体系の中の一部に過ぎない。
 ただ、ネガティブな出来事を羅列してもあまり意味がないのだ。 
 ひたすら暗い気持ちになるだけだ。
 しかし「日月神示」の本質は、根本的な大変化と、その意味を教えている。
 人は物事の本質的意味がわからないと、目の前の混乱にただ振り回されるだけになりがちだ。
 「神示」はその混乱の背後にあるものを教えている。そのためにおこるであろう自然災害についても丁寧に書き記しているとも考えられる。

 僕としては、これらが現実とはならないことを祈るものではあるが・・・。
 ある程度の混乱は避けられないと言う直観も感じている。

アポロ乗組員宇宙人の存在をカムアウト

浅川嘉富ホームページ 人間の素がおもてに出始めた より引用
 
このところ、まさかと思われるような有名な会社の悪事が露見してマスコミをにぎわす事件が頻発している。その多くは、社内において悪事に携わってきた人間が良心の 呵責(かしゃく)に耐えきれずに行った内部告発が発端となっているケースが多い。

秋葉原の通り魔的な殺人事件が次々と起きているのも、心の奥底に潜んでいた恨みや辛みの邪心が表に噴出し、そこへ邪悪な霊が憑依した結果によるものではないかと思われる。 昨日もまた神奈川県平塚の駅構内で同様な事件が起きているが、こうした事件の発生はこれからますます多くなってくるものと思われる。

それは、近年、地球に注がれ出した「生命エネルギー」によって引き起こされている可能性が大きいからである。人々は銀河系の中心から照射される膨大な生命エネルギーを受けることによって、心の内面に秘められていた感情が、次第に押さえきれなくなって、表に出てしまうようになってくるのだ。

従って、心に秘めた感情が悪しきものなら邪悪な行為となって現れ、崇高なものならば、世のため、人のためになるような言動となって現われることになるというわけである。後者に該当する典型的な事例が、最近、アメリカ とヨーロッパで話題になっている。

一つは、最近、アメリカのブッシュ大統領の腹心であったマクレラン元大統領報道官が回顧録の中で、イラク戦争に至る経緯を明らかにし、イラク戦争を痛烈に批判していることである。 もう一つは、元宇宙飛行士・エドガー・ミッチェル氏が アメリカ航空宇宙局(NASA)の内部の絶対的な秘密である「宇宙人の存在」を公にしたことである。


引用終り




 このページにインタビューの詳細が書かれている。 エドガー・ミッチェルは確かアポロのパイロットであったと記憶している。
 彼は月面旅行での経験を元に意識に関する研究機関を設立している。
 エドガー・ミッチェルが実際に「宇宙人の存在を公にした」のなら、その意味は途方もなく大きい。
 なんだかよくわからない、モザイク入りの人間がわけのわからないことを語るのとは意味合いが違うのだ。以下のような発言もしているのでもともとスピリチュアルな傾向が強い人物なのではないだろうか。

世界は有意味である。私も宇宙も偶然の産物ではありえない。すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。生命は目的を持って進化しつつある。

個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。一体である全体は、完璧であり、秩序づけられており、調和しており、愛に満ちている。この全体の中で、人間は神と一体だ。自分は神と一体だ。自分は神の目論見に参与している。宇宙は創造的進化の過程にある。この一瞬一瞬が宇宙の新しい創造なのだ。

進化は創造の継続である。神の思惟が、そのプロセスを動かしていく。人間の意識はその神の思惟の一部としてある。その意味において、人間の一瞬一瞬の意識の動きが、宇宙を創造しつつあると言える。(中略)神とは宇宙霊魂あるいは宇宙精神(コスミック・スピリット)であると言ってもよい。宇宙知性(コスミック・インテリジェンス)と言ってもよい。それは一つの大いなる思惟である。その思惟に従って進行しているプロセスがこの世界である。人間の意識はその思惟の一つのスペクトラムに過ぎない。宇宙の本質は、物質ではなく霊的知性なのだ。この本質が神だ


 多分、このニュースを聴いて、一部の「陰謀系」の人は、「宇宙からの侵略と言う世紀末劇を画策している秘密組織の陰謀だ!」というのではないかと思ったが、ベンジャミン・古歩道さんなどはやはりそういう意見のようだった。しかし、エドガー・ミッチェルは宇宙人に敵意は全くないし、彼らが敵意を持っていたらとっくに占領されているというようなことを言っているので、それでは少し「陰謀」の趣旨とは合わない気がする。「陰謀」ならもっと恐怖をあおるべきだろう。常に恐怖によって支配するのが彼らのやり方なのだ。ただベンジャミンさんがそう言うのも、エドガー・ミッチェルのネームヴァリューの大きさゆえだろうと思う。

 僕はもともと立花隆の「宇宙からの帰還」を読んで、エドガー・ミッチェルという人には魅力を感じていたので、この発言は事実だと思いたい。
 というか、なぜか自分でもわからないが、去年の終りくらいから宇宙人って普通にいて当たり前な気がしているのだ。今後予想される変化というのは、小さく限定されていたリアリティの箱がぱかっと開いて、より広範囲の現実に接続されるようなそんなイメージなのだが、「宇宙人」の存在というのもそのより広範囲な現実の一部ではないかと思う。
 死後の世界、有史以前の超古代文明、宇宙人、フリーエネルギー(常温核融合など)・・・・すべてそうだ。プラトンの寓話のように、人は洞窟の中で差し込む光によって出来る影だけを真実だと思い生きてきたのだろう。しかし、今、洞窟の扉が「岩戸」が、開きつつあるように思える。差し込んでくる光は信じられないほど強く感じられるはずだ。なにしろ、一万三千年もその中にいたのだから。

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じしんの巻

  一昨日の夕方、いつもの散歩コースを歩いていると、西の空にすごい夕焼けが見えた。
  東の空には虹が出ており、北の空には時々稲妻が走り、なんだかCGの世界のようだった。
  僕は毎日空をよく見るが、こういう空は台風の後などによく見かける。
  だがこっちは暑かったが普通の天気だった。 
  近畿、北陸での豪雨や突風と関係があったのだろうか。


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 出来るだけ毎日『日月神示』を読み進めようとしている。
 全部で800ページほどある。第十七巻の「じしんの巻」で突然、文体や雰囲気が変わる。
 それまでは結構、警告や「立て直し」が切迫してることを告げ、改心を迫るような雰囲気だったが、ここに来て突然「福音」的になる。二元性を越えた現実、歓喜についての記述が多くなる。
 まるでイエスの山上の垂訓と、ヨハネの黙示録くらい雰囲気の相違があると言ってもいい。日月神示はバイブルに少し似てるかもしれない。

 「われわれの一切は生まれつつある。神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生まれつつある。太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生まれ続けている。一定不変の神もなければ、宇宙もない。常に弥栄えつつ、限りなく生まれに生まれゆく。過去もなければ、現在もなく、未来もない。只存在するものが生まれに生まれつつある。生もなければ死もない。善も思わず真も考えず美も思わない。只自分自身のみの行為はない。只生まれゆき栄えゆくのみである

                              第十七巻「じしんの巻」 第一帖


 「全大宇宙は、神の外にあるのではなく、神の中に、神に抱かれて育てられているのである。故に、宇宙そのものが、神と同じ性を持ち、同じ質をもち、神そのものの現われの一部である。
  過去も、現在も、未来も一切が呼吸する現在の中に存し、生前も死後の世界もまた神の中にあり、地上人としては地上人の中に、霊界人にありては霊界人の中に存在し、呼吸し、成長している
。」

                                           第五帖
 
 「地上には、地上の順序があり、法則がある。霊界には、霊界の順序があり。法則がある。霊界が原因の世界であるからと言って、その秩序、法則をそのまま地上にはうつし得ず、結果し得ないのである。また地上の約束をそのまま霊界では行い得ない。しかし、これらのすべては大神の歓喜の中に存在するが故に、歓喜によって秩序され、法則され、統一されているのである。その秩序、法則、統一は、一応完成しているのであるが、その完成から次の完成へと弥栄えする。故にこそ弥栄の波調をもって全体が呼吸し、脈搏し、歓喜するのである。これが、生命の本体であって、限られたる智によって、この動きを見るときは、悪を許し、善の生長弥栄を殺すが如くに感じる場合もある。しかし、これこそ善を生かして、更に活力を与え、悪を浄化して必要の悪とし、必然悪として生かすのである。生きたる真理の大道であり、神の御旨なることを知りうるのである。

                                             第七帖

080728_1828~01




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  • Author:はいたか鳥
  •  鳥が卵から無理に出ようとする
     卵は世界だ 
     生まれようとするものはひとつの世界を破壊せねばならない
     鳥は神に向かって飛んでいく
     その神は名をアプラクサスという




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