近況②:さびしすぎてレズ風俗へ行きましたレポ

  って・・・レズ風俗に行ったのは僕のことじゃないですが。

  仮に行ってたとしても、こんなタイトルでブログ書けるほど吹っ切れてないのが残念なところです。
  ・・・・そんなことはどうでもいいのですが、

  このタイトルの漫画が
  良かった!

  

 摂食障害や、自傷癖をかかえる作者のカビさんが、レズ風俗へ行く!ということを通じていろんな気づきを得たり、大人に成長していく過程が可愛い絵で描かれています。

 作者さんと境遇とか性別、年齢は違うんですけど、とても共感できるというか僕自身ちょっと似たようなルートを通った気がするので、すごくわかる~感が強かったです。  

 孤独感から脱出するためにレズ風俗って、なんで?
 バイトするとか、趣味のサークルに行くとか、カウンセリング受けるとかすればいいじゃない?という批判することは簡単なんですが、カビさんはそういうことを一通り頑張ってみての→レズ風俗なんです。

 どうしてそうなのか、、という詳しい思考プロセスは本の中に描かれていますが、こうすべき、こうあるべき、という両親の期待とか社会的基準に合わせようと必死で窒息しそうになって、何が本当にやりたいのかわからなくなっていた。

 そんな時に、自分のものとして感じられる数少ない声のひとつが「女性に抱きしめられたい」ということだったんですね。
 
 僕はその声に忠実になって行動し始めた時に、カビさんの心中のモノローグ

 「翌日 世界は広くなっていた 行けないと思っていた大陸が 昨夜地続きになったのだ 呼吸がしやすい

 「お店のホームページを見た時から、いや検索できた時から 「親のごきげんとりたい私」の要求じゃなく 私が私のために考えて行動している それがこんなに充実感のあることだなんて・・・」

 を読んで、かなりじわっとしてしまいました。

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 その感覚、何度か味わったことある・・・というのを思い出したからでした。

 新しい自分になるようなことをする時に感じる新鮮な空気って、独特なものがありますよね。風の匂いとか。ちょっとした風景に敏感になって揺れる心とか。

 実はこの本、先日SEセッションでいつもお世話になってるH先生から教えていただきました。

 セッション中僕の感じてることや、経験なんかを作品などにして表現することをちょっと勧められたりしたんですが、その後この作品を教えてもらいました。

H先生 「焦燥感とか、悲しさとか、理解されなさとか、すごく上手に描けていて。私、こんな風にちゃんと描ける人いるんだ!って思ってすごく感動したの。愛着形成がうまくいってなくて、本当にさびしい。
 自己処罰感がすごくあって・・・みたいな、こういうものは出版される時代になったんだなーって思ってすごく感動した。
 

 「この漫画教えてくれたクラインアントさんも、彼氏がいるんだけど、よくよく考えてみるとあれ?私女性の方が好きかもみたいな。

  その子がお母さんに思い切ってこの「レズ風俗」の漫画を読んでもらったんだけど、これが私の感じてることですって。

  そしたら「全然わからない、気持ち悪い!」って言われちゃったっていう。それで私のところに持ってきて、すごく感動したって伝えたら喜んでた
。」

 「はいたかさんの焦燥感と、この漫画に描いてあるのが浸透しあうものなのか、まったく異質なものなのかは別として・・・こういうものが出る世の中になってなんていいんだろうと思って 

 だったらはいたかさんも、いろいろカミングアウトするしないは別として、そういう表現もいいのかなって。

 せっかく自分の世界を持っているのでね



 で、本日ブックオフで発見して、すぐに即効で読み切り、めっちゃよかったで~す


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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/01 19:08

近況:隠れ里への旅 


  今月は10日ほど東京を離れていたりで、ほとんど更新できませんでした。

  気が付くと、なんかこんな場所にいたのです。

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  この場所の正体は京都の友人家の別荘で、京都府の北の山間部、美山町にあります。

  そこで5日ほどお世話になりました。

  まー京都市内から車で一時間以上かかるので、月~金で正社員として働いてる友達にはなかなか管理が大変みたいです。
  イノシシとかシカもでるみたいで・・・。

  去年の11月に電話で話した時に、「っていうか住んでくれへんかな」と冗談で言われたのも、若干もてあましているからのようでした。購入した父上が亡くなってるんですね。

 そんなんで、住むのはさすがにあれだけど、数日隠遁するにはとても楽しそうに思えて遊びに行かせてもらいました。

 京都府南丹市美山町って、実は父方の祖母のふるさとでもあり、ちょっと縁を感じたからでもありました。

 お世話になる代わりに、僕は畑の草むしりや、イノシシが崩落させた土砂の撤去なんかをやっておくという約束。

 かなり普通に辺鄙な場所で、最寄りの自販機まで徒歩で15分、最寄りの商店(水曜日は定休)まで徒歩で約40分、コンビニは歩いて行ける範囲内ではありません。

 「車ないと無理やで。どこにも行けへんぞ」

 という友人の忠告はあったけど、まあなんとかなるかと。歩くの慣れてるし。

 というわけで、食料を大量に持っていき基本的には自炊!という生活をしてました。

 夜になるとカエルの合唱しか聞こえません。
 昼間は鳥の声と、犬の吠え声、たまに農作業の機械のうなる音。
 草抜きをしたり、スコップで土砂をすくったり(慣れてないのですぐ手に水ぶくれができました)、最寄りの商店まで往復1時間半かけて買い出しに行ったり、大声でAI「Story」の練習をしたり。シバ神のマントラソングを唄ったり。かなり変な人。
 でもいいんだ~、たぶん誰にも聞こえてないはず。
 ネットもPCもなく、夜にはテレビを少し見て、友人のお酒を飲んで、早めに寝ます。
 初日は、たった一人になってさすがにちょっと心細かったんですが、

 いや、だって・・・お化けがでないか心配で・・・怖いでしょ、お化けって(子供かっ)

 しかし!すぐに慣れました。(大人です)
 その後はカエルの声の中で朝までぐっすり眠れる日が多かったです。

 都会の生活に慣れてるのでちょっと不便なこともあったけど、元気になった気がします。
 あんまりさびしくはなかったかなー。
 ほぼ全部賞味期限切れの調味料をバックに

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 祖母の見た原風景が、僕の中のDNAにも残っているのか、近隣は癒される風景でした。
 まあ、日本人のDNAが喜ぶ風景とも言えるのか。

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 面白かったです。
 ただし、部屋の中に、常に3匹はカメムシがいます
 これも慣れたけど。。。

 徒歩40分の最寄りの大野商店には、軒下につばめが巣を作ってました。
 結構人慣れしてるみたいで、近寄っても逃げないんだよね。

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 大野商店の喫煙所からのお気に入りの眺め。交流場所でもあるようで、地元の方がよく話し込んでいらっしゃいます。

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 お風呂がこういう石油で沸かすやつで、一回入って沸かしてる途中に石油がなくなり、やむなく服を着て外へ石油を入れに・・

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 ↑ここに石油を入れて使うのだ~~↑


 出発の日の朝、一帯が朝もやに包まれていて、幻想的な風景に変わっていました。
 隠れ里から出るときは、こんな霧がでるのがお約束なのかもしれません。

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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/05/29 21:16

思わぬ出会い



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 まだ寒いですが、青くて小さいオオイヌノフグリがもう咲いてることに気づきました。
 春を告げるこの小さい花が大好き。

 あ、てんとう虫までいる!

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 しかも二匹

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 吾輩はどこにいるのか・・・

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 しばし遊んでもらう

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 よいしょ よいしょ

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 にこっ(多分)

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 春先の素敵な出会いでした。

 三鷹  神代植物公園付近にて


私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/02/27 10:12

謹賀新年



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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/02 16:07

火祭りと銀杏

  
  銀杏がすっかり色づき、いい感じになってます。

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  樹の中に入ってみた。

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 本日はあたたかく、いい天気

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 冬至まであと、3週間ほどとなったこの時期、火祭り的なイベントが多いような気がします。

 先日、仕事の外出付き添いで高幡不動尊のろうそく祭りに行ってきました。
 都内で観測史上初の11月の積雪が観測された日の前日。
 かなり夜からすでに冷えていましたが、その冷気の中提灯に点灯した五重塔が堂々とそびえていました。

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  高幡不動尊はご縁を感じてる場所のひとつで、10年以上前からたまに立ち寄ります。

  しばらく遠のいてましたが、今年に入って数年ぶりに訪れました。

  それが5月ごろ。
  春に行ったばかりなのに、今回は自分の意志と関係なくいくことになり、若干呼ばれてる感もあり。

  去年は初めて成田山も訪れましたので、なんだか、いろいろな身辺の変化の時期を導いてもらってるのかもしれません。


  ほかにも、見事な切り絵のキャンドルと、そのキャンドルロードなど

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 なかなかきれいで仕事中ですが、若干童心に帰ってしまいました^^

 んでですねーこれは昨日地元の小学校であったキャンドルイベント。

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 割と派手に花火も炸裂しています。 

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 花火が終わってからアナウンスがあり、なんでも屋上から校庭のキャンドルを眺められるとのこと。

 あがってみました。

 金網にかぶりついてみてる子供たち、 

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 校庭には、よく知ってるスーパーおじさんが・・・

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 なんと、マリオだったんですね!!

 そういえば花火の間、ずっとマリオゲームのBGMが流れてたけど。

 テンションのあがった男の子が、「これは一年に一度しか見られない絶景なのだ!!」と鼻血がでそうな勢いで叫んでいてウケました。子供元気やなー。
 基本冬とかテンションには影響しない生物ですね。元気もらえますけど。
 僕もそういえば、雪降っても半ズボンで通ったりしてました。

 でも見事なキャンドルアートで、またまた童心に戻り、金網にかぶりつき夢中で写真を撮ってしまいました。
 割と簡単に童心に戻るのが得意です(笑)

 どうしても冬の夜なんて暖房のきいた部屋でDVD鑑賞でもしてたくなりますが、こういう火祭り的イベントって寒さを忘れられていいなーと思います。

 冬至前後の長い夜に、火祭りでゆらめく炎は、昔から春を待つ勇気と元気を人に与えてきたのかもしれません。


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  木もまた燃ゆる・・・・・横で

  つぼみはもう春の夢を見ている

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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/04 19:53

道化師、カジノで大統領に。そしてオバマ追憶




  今回のアメリカ大統領選挙。

  なんとなく、根拠はないですが、前日くらいからこれはトランプいってまうんじゃないかという感じがしていました。

  うまく言えないですが、あの冗談みたいな名前の候補が出た時から、これ前に見たような・・・という感じがしてまして。

  まあ、誰もが抱くようにこれ大統領になったら洒落にならんわ、と思うと同時にいってまうパワーも感じるというかそんな感じで。
  米国の人々は、あれに本気で期待してるというのでしょうか?

  「バックトゥザフューチャー」で、タイムマシンを悪用してなりあがるビフタネンにしか見えないんですが。
  ビフに似てるから既視感感じるのでしょうか。

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  僕の適当な直観的名前分析では、ドナルド≒ピエロ(マックのね)です トランプはまんまカードゲームのトランプです。(超いい加減な分析だから、以下本気にしないでね)

  いやーこの名前はヤバいでしょ。
  非現実的な響きと言い、なんといい普通じゃないと感じるのは僕だけではないと思いますけど。

  この名前から浮かぶイメージ、一言でいうと「悪い冗談」。

  名を体をあらわすとすれば
  彼は本質的には道化師であり、よい政治家としての知性はなく、危険な博打をうつような感じがします。  

  一時的には熱狂的な支持を得る可能性もあるかもしれません。

  彼はジョーカーです。
  本名はマクドナルド・ジョーカーと言うのかもしれません。
  力を持つかもしれません。
  しかし、ジョーカーを使ったらあとはもうありません。

  演説で言ったような排外主義、差別主義を実際の政策で実行して、なおかつ国民が熱狂的に支持したら、完全に戦争前夜ですからね。

  これは米国の人々が、絶望してポーカー台に大挙して殺到した結果ともいえます。

  ギャンブルの結果は予測不能、
  しかし、落ち目の時のやけになった博打は往々にして・・・カイジでもなければ
  かくしてカオスの扉が開いた。

  当選と同時に株価乱高下、デモに銃撃ってこんな大統領今までいませんでしたね。
  しかも多少凋落してるとはいえ、覇権国家の面影をまだ残す国の大統領になっちゃった。
  
  これが、南米のどっかの小国ならわかりますけど。



  7年前のオバマ大統領当選の時に、こんな記事を書きました。

  オバマ・イン・スピリチュアルワールド

  今思えばなかなか夢があってよかったですね。

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  初の黒人大統領ということもあり、いよいよ自由平等な新しい21世紀の始まり、「CHANGE」という言葉が流行語になりました。  芸人ののっちさんがよく物まねしてました。    

  少なくとも、「イメージ」は良かった。期待させるだけのものはあった。

  翌年には日本でもドラマチックな野党の大勝利があり、国内も確かにいい方向へかどうかはおいておいても、新たな時代への「CHANGE」の予感がありました。

  それが震災があり、放射能が漏れ、地震と大雨が増え今までの与党が復帰し、改憲の準備し、、、国外では国を作ってしまったテロリストとの戦いが行われ、そこからの戦士が各国でテロを起こしてます。なんだか泥沼。なにかが退化してる感あり。

 いやー二発の原爆と、ヒッピー現象や、カウンターカルチャー、ジョンレノンを経験してきた人類が国家間の戦争とか、またそこに行くって、ちょっともう信じがたいですけど。


  オバマ当選当時スピリチュアルな世界では、なんだか異様にオバマ押しが強い潮流があり、オバマは光の存在であるとか、9・11の真相を暴露するとか、UFOの情報を開示するとかなんかそんな情報がどこからともなく流れてたような気がします。

 あれはいったいどこソースの情報だったのでしょうか。

 僕としては、それが気色悪くて、オバマになったら何もかも変わるって「いや、それはないて」という気持ちで書いた記事でした。
 なので非常にオバマ騒ぎも冷めた目で見ていたことは覚えています。

 あ、この記事ちょっとだけ頭が陰謀論やアセンションやなんやらでいってしもうてる部分がありますので、適当にスルーしていただきたいですが

 オバマの時代にアメリカが大混乱に陥って、オバマが「ディープインパクト」のモーガンフリーマンみたいな役どころをするという予言はあたりませんでした(笑)

 混乱時にこそリーダーの真価が問われる。
 混乱時に活躍し、国民に希望を与えるリーダーは確かにかっこいい。
 しかし、混乱時には独裁者もたやすく誕生する。
 むしろ世界の歴史において、混乱時には本当のヒーローではなく、それを装った独裁者の方がより多く誕生してきた。


 (上記記事内の文章)

 オバマ個人は政治家としてもしかするとベストをつくしたのかもしれないですが、米国の凋落は止まらず、それが結果的に今回の選挙結果を引き寄せたのではないかと思います。
 もちろんオバマ個人の責任とかではなく、これは国家盛衰の歴史的な流れともいえるかもしれません。

 僕としては、トランプ氏は反転オバマになってほしいと思います。

 悪の化身のごとくの事前の悪評の割には大したことはなかったなとか、あんまり今までと変わんないじゃん、というそんな日常性の中に飲み込まれていって早々と退陣していただきたいと思います。

 一人の人間にそこまで世界を悪くする力はなかったと、
 あれはただの権力志向のおじさんだったんだなと。
 あるいは意外とノーベル平和賞を受賞したり(それはないか)

 もしくは、アメリカのほかの愛国的勢力がその頭と手足をがんじがらめにして、無難なあやつり人形にしてくれればまだ被害は少なそうですが、どうなるでしょうか。



 まあ、あまり気にせず、歌の練習と瞑想とヨガに精を出そうと思います。

 ざわざわする記事を書きましたが、心の平和が一番です。

 この世は夢、我々は不滅の意識なのです!(と無理くり自分に言い聞かせている昨今です)

 本日で去年の久高島詣でから一年たちました。

 あの静かな風景を思い出して穏やかに過ごしたいものです。

 

 久高島旅行記は こちら







私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/11/11 14:38

KYOTO August 2016

 8/23記

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  京都府立植物園にて

  *注* 京都ぽい写真はあんましでてきません、悪しからず 

  今回もいつも使うLCCで成田→関空→京都という経路で帰省しました。

 運賃は新幹線よりも全然安いんですが、やっぱりドアツードアで7時間くらいかかってるってのがどうも、、、なかなか疲れました。

 初日はホテルに泊まり、翌日、京都駅近辺で評判のサルーテというローフードレストランに行ってみようかと思ったのですが・・・

 ホテルを出た途端、くらくらする熱気にやられて、、、いい加減にしか場所をチェックしていなかったサルーテを探す気も失せてしまい、これはヤバい、、どこか涼しいところに入らねばまともに思考できない・・・!

 と危機感を感じ、思わず入ったレストランで、普通にハンバーグを食べてしまいました。

 入ってからハンバーグ専門店と気づき、もうなんだか面倒くさくなりまして

 和風しそハンバーグを注文

 鉄板に載ったじゅーと焼けたのが出てきます、上にシソの葉が一枚載ってて和風な感じ。

 ってそこだけかい!

 はふはふ ぱくぱく ご馳走様でした

 普通においしかったです。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし

 ローフード探してて、ハンバーグって・・・ははは~なんか僕こういうとこありますね。

 ・・・・・・・・・・そして

 目の真ん前、すぐ近くに初老の男性と、30代くらいの女性がテーブルに隣り合って座ってまして、まー隣同士ですわってるのも「ん?」と思いますが、あっきらかにイレギュラーな関係というのがわかる感じで、

 男性は女性に「わしが死んだら財産みんなやるわー お前はホンマにかわいい」みたいなことをずーっとしゃべくってるんですよ。すると女性が突然男性の頬を両手ではさんで思い切りぶちゅぶちゅやりだしたので、

 うげごぉあるぁあ(声にならない声)と思いました。

なに、コント?

 深夜のバーとかならわかりますよ、でも今、お昼12時過ぎ。お昼休みのビジネスマンもたくさん入ってくるような駅前のレストランです。

 いやいや別にいいんですけどね、法に触れてるわけじゃないし、結構(?)なことです。

 よく京都は世間体を気にするとか言いますけど、東京でもあまりみられない光景を目にしてしまいました。
 
 こんな愛人色を全開にして見せてるカップルって・・・

 どうもサルーテをあきらめて、ハンバーグ屋に入ったことで肉食の世界に迷い込んでしまったのでしょうか。

 これはいかん、いかーん

 母親に駅近辺にあるいい庭園の話しも聞いていたのですが、これ以上猛暑の中駅近辺をうろつく気にもなれず、市街地を脱出することにしました。

 そして清浄で、涼やかな地を求めて地下鉄に揺られること15分ほど、北大路駅下車。
 たどり着いたのが植物園だったわけです。
 
 植物園にはポケモンハンターがいっぱい。
 どうもその夜にあった幼なじみの話しでは、府立植物園、珍しいポケモンがとれるスポットらしいです。

 炎暑の中、植物の命が燃え上がる公園で幻影のモンスターを追う人多数。

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 蓮の花がきれいでした

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 暑いは、暑いですけど、緑が多いのでかなりましな体感。

 木フェチにはたまらない巨大なエノキがそびえています。

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 エネルギー交換 ぎゅいん ぎゅいん 

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 盛りを過ぎたバラ園の中央に、ものすごい迫力のヒマラヤ杉を発見。

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 ぐるっと一周


 すっかり癒されて、園を出るとすぐに鴨川河畔へ出られます。

 真夏の鴨川河畔。 

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 積乱雲立ち昇り、いい感じですが、暑い!!
 この日気温35℃くらいです。

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 鴨川にはこういう飛び石があって、対岸に渡れる場所があります。
 これは植物園から少し川沿いを北に歩いたあたり。

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 飛び石から上流を見ると、気持ちいい!

 いやーお寺とかなんだとかいろいろあるんですけど、京都。

 この鴨川沿いの風景が一番好きかもしれません。

 子供の頃よくみた光景と、あまり変わらないというなつかしさもあるかもしれませんが。 

 京都へ一泊とか二泊で旅行される方は是非、京都駅や四条を離れた北の方にも足を延ばしていただきたいです。
 


 うちに帰ると父親がエアコンもつけずに、34~5℃の室内で走っていました

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 日々の日課のようです。
 数十分走ってると、だんだんランナーズハイになってくるらしいです。
 若干心配になりますが、まあ元気そうで安心しました。

 滞在予定は3、4日ほどでしたが、幼なじみにあったり、お墓参りに行ったり、どぶろくで酔っぱらった母と腕相撲をしたりしてる間に(からだの使い方を教えてもらってる間になぜかこうなった)あっという間に終わってしまいました。

 週末の夜に大阪に住んでる幼なじみが車で会いに来てくれて、ドライブがてら通った学校のあたりを走りました。

 幼なじみはもう10年くらい前に結婚してて、2児のパパで、愛犬一匹といつのまにかずいぶんライフスタイルがかけ離れてきましたが、一緒に通った高校のあたりを車に乗せてもらって走り、商店街で「ドラクエ買うときに学校サボってここ並んだなー」的な話をしていると、時間が経っているのか経っていないのかよくわからない不思議な感覚にとらわれます。  

 まー価値観やなんかはお互いずいぶんずれてきてしまっている部分は感じるところですが、それでも共通の思い出が人を結びつけるパワーというのは強いなと思います、

 瞑想がどうとか、ヨガがどうとか、不食がどうとか、ローフードがとかあまり話せる雰囲気ではありません。

 しかし、この幼なじみがよく言うのは、僕が高校生の頃割といろんな小説を読んでて、面白かったものは彼にも貸してたんですよね。その中でも「リング」の原作が衝撃的だった、めっちゃ怖かったという話はよくしてくれます。

 「あれ読んでたから映画は全然怖くないなー」と。

 確かに映画より小説の方が全然怖いと思いますけどね~
 貞子さんの呪いは

 昔から好きなものを人に読ませて、反応を見るのが好きだったようです(笑)
 彼の方は洋楽のテープとかをよくくれましたし。まあそんな風にお互いの人生を豊かにしてた時期があったと気づくのは、価値観のズレなどに気づくのを補って余りあるほどうれしいことです。

 あと彼に読ませた本で、こういうのがありました。なかなかしゃれにならない、すごい話しだったのを覚えています。
 角川ホラー文庫ですが、これはホラーちゅうかやや文学寄りだと思いますね。。。
 多感な年ごろに読んで、いろいろ考えさせられた小説です。

 

 割とグロイものを人に読ませるのが好きだったんですかね。

 ファミレスでポテトやピザをつまみつつ長時間喋ってました。
 もういいや、ローフードや食事制限・・・東京戻ってからにしよ

 次回こそ、ゆくぞ、サルーテ!!

 東京に帰る日、台風とバッティングしそうで少し心配でしたが、やや京都より曇ってるものの比較的穏やかな天候の日に帰れてよかったです。翌日は風雨で部屋に1日閉じ込められました。夕方、台風一過の空を撮りに出かけました。

 台風前後の空はいつ見てもドラマチックですごいですね、


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 昨今の状況では台風が好きとかいうと、かなり語弊がありお叱りを受けそうですが、嵐の前のもわっとした湿った雨のにおいを嗅ぐとなぜかいつも胸が高鳴るのを感じます。

 なんだかターミネーター第一作でサラ・コナーが、写真を撮ってくれた少年がスペイン語でなんか叫んでるのを聴いて、ガソリンステーションの親父さんに「なんて言ってるの?」と尋ね、「嵐が来るって言ってます」と答えをもらい「わかってるわ」とつぶやいた時の気分になりますね(なげーって)


私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/09/02 18:57

エヴァドラ


 

 これ面白かった~

コラボ漫画もそれに声を付けた声優陣もクオリティがかなり高くないですかね。

 パロディー的のりやけど、ちょっと感動したんだけど、マジで^^

 15分あたりからドラえもんが難しい話をとうとうとはじめ、シンジ君とのびたが顔合わせるシーンがよいです。

 ぜひ全編声付きでみたいです。


  


私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/13 20:34

フルーツモンキーの顚末


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  8・9記

本日の昼食、フルーツサラダとタバコ(アメスピ)です。

  仕事で風邪をもらっちゃったようで、一昨日あたりからかなり熱っぽく、のどの痛み、鼻水などの症状が出てきました。

  で、今回直前に3,4日~一週間くらいの半断食を計画していたこともあり、急きょ、風邪ひいてる間はずっとフルーツ食にしてはたして回復度はどうなるのか検証プロジェクトとすることにしました。

 風邪を断食で治す!という猛者もいるようですが、そこまでの勇気のない僕は数日間フルーツモンキーになることにしました。

 昨日から主にバナナ、グレープフルーツ、メロン、なし、オレンジ、アボガド(こいつは実は果物に近いらしいですよ)などを主食としてだいたい一日二食くらいでやっています。
あとは具なし味噌汁と、昨夜は豆腐一丁いただきました。

 嗜好品は、カフェラテ、タバコ、風邪ひいてるのにタバコもどうかと思いますが、日に2,3本くらい。

 という感じでヘルシーさと不健康さの絶妙のバランスで、フルーツ食を実行中です。

 まあ、しかし、果物もタバコ葉もどっちも植物っすからね。
 意外と相性は悪くないかもしれません。
 少なくともフルーツの横に焼き肉やカップめんを並べるよりは、しっくりくるものを感じますが。

 現在の感じでいうと、二日目ですが、多少通常よりおなかは減りやすいけど、ひもじさはほぼゼロです。
 風邪の回復度はいつもよりやや早い気がしないでもありません。

 少なくとも栄養が足りなくて回復が遅れてる気はまったくしないですね。

 というかずっとこれじゃダメなのだろうか・・・と思うんですが。一月くらいならやれそうな気がします。
 まあ普通の断食、半断食をひと月くらいする人はたまにいるので、こんだけフルーツを毎食食べてたら、ひと月程度ではほぼ問題は出ないと思われますが。(飽きるかもしれないけど)

 僕の場合、焼き肉とか別に一生食べれなくなっても全然いいんですけど(現時点でまず食べないので)、そういうのよりも一週間に一度か二度くらいはある程度酔っぱらいたいという嗜癖の方が強くて、 その場合は別につまみはポテチでもおさかなソーセージでもいいんです。
 というか酔っぱらうと相当感覚が麻痺してきてカップラーメンでも、豚肉でも、大量に食べれますけどね。
 その場合も主は食べ物ではなく「酒」というか。

 なんかずいぶん不健康なこと書いてますが

 スイーツとかも割とどうでもいいですし、「食」よりもコーヒー、お酒、たばこなど「嗜好品」への依存度が強いなーとはいつも思うところです。まあ、でもそういうタイプもいるでしょうね。

 ところが、ここんとこそんなたまのアルコールライフにも嫌気がさしてきた部分があり、
 ちょっと長時間勤務の仕事終わりは必ず飲む、とか金曜は必ず飲む、とか介護の仕事を始めてから習慣化されていまして、もはや自分が本当に飲みたいのかすらわからないというか。
 そういう状態でお酒を飲むというのも、それはそれでアルコール様にも失礼なので、一週間ほどファスティングなどをしてクリーンで明晰なゼロ状態を体感してアルコール様との関係を考え直したいと思っていました。

 そんな時にタイミングよく風邪を引いたので、これはやるなら今でしょ!と。

 いつまでフルーツモンキーなのか現時点ではわかりません。3,4日か、ひと月か、一生か・・・
 やめるタイミングでやめようと思います。

 前も紹介しましたが、フルーツ食に関しては、この本が詳しいです。

 

 以下 8・11記

 本日、風邪ひき後五日目くらいです。

 フルーツ生活は4日目昼くらいまで継続しました。

 結果的にいうと、飽きました、フルーツ。(僕の場合ですが)。
 一月とか気が狂います。やはりモンキーではなかったようです。
 このまま続けるとケージの中で壁に頭をぶつけ始めて、飼育員さんに鎮静剤を注射されることになるでしょう。
 
 なんだか3日目くらいから、桃を食べても「またお前らか・・・ぷるぷるしやがって」という倦怠感が先に立ちやや悲しくなってきました。
 フルーツ食べてこんな気分になりたくないんですが。基本好きなのでねー

  本日の昼はフルーツはやめて、ローフード的にアボガドディップをつくり、それをサラダにのせて食べたのですが、どーも体に力が入りません。次第にどんどん厭世的な気分になってまいりました。

 ダメだ。。。明日の仕事は休めんのにこれはいかん!

 そこで

 夕食はゴボ天そばを思いっきりすすりこみ、納豆をかきこみ、あぶらげ入りの味噌汁をしみじみ飲んで、人間である幸福をかみしめました。(ゆうても淡泊ですけどね、あ、セブンのから揚げ棒も一本食べた)

 フルーツ生活、ちょっと期待してたんですけどね、劇的な浄化が起こることを。

 ただ、モンキーの間、肌は若干きれいになり、アトピーはやや軽快し、お通じはずっとよかったです。

 これで飽きなくて、かつエネルギー感が伴えばもっと継続してたでしょう。なんにしろ風邪ひきだったので、元気な時にもう一度やってみてもいいですが。まあデトックスにはなったかな、お酒も飲まなかったし。

 ↓図書館で借りたローフードの本も、なかなか面白かったんですが↓

 



 なんですかねー食事かえると、どうもメンタルのバランスが崩れやすい気がするんですよね。 

 秋冬に冬季ウツ気味になりやすいことから考えると、
 セロトニンなどが欠乏しやすい体質なのかもしれません。
 タバコも脳内物質の量を調整する作用があるという説もあるので、だから長い付き合いなのかも。

 ナチュラルハイジーン(↑に貼った「フィットフォーライフ」で詳しく紹介されてます)や、ローフードなどの情報を精査しちょっとひっかかっていたことなんですが、もしかして、万人に向いてるわけではないかも、そして自分あんまり向いてないかもという疑惑というかがありまして。

 そのひとつの理由というのが、アーユルヴェーダの考え方ですね。

 アーユルヴェーダでは体質を3タイプくらいにわけますが、それぞれ向いてる食事、向かない食事があるんですよね。

 たとえば、生野菜はピッタ(火)にはいい食事だけど、ヴァータ(風)にはよくないとかそういうのがあるんですよ。 

 アーユルヴェーダの体質チェック

 で、僕はおそらく典型的なヴァータタイプでして、アーユルヴェーダ的にいうと生野菜よくないわけです。

 ヴァータはスープ的なものとか、オイリーなもの、あたたかいもの、玄米、鶏肉などがよいらしいです。
 風のエレメントの持つ落ち着きなさや不安を鎮めてくれる食材です。

 アーユルヴェーダ的な見方でいうと、「酵素、水分をたっぷり補給するために生野菜、果物を中心に食べる」というナチュラルハイジーン、ローの考え方は3タイプすべてにぴったりくるわけではないことになります。(ピッタ体質には悪くないかも)

 まー結論を急ぐつもりはないんですが、万人に適したスーパー食事法がある!!てな感じよりも、「みんな違う」ってことをベースにして個々にあったスタイルを見つけるという方向性の方がビンゴかなー、少なくとも自分的には好きかなとは思います。やっぱりこの分野においても、外にある権威とかメソッドに100パー従うのではなく、自分で体の声を聴いて、自分を知るというそういうことが大事になってきてる時代ではないでしょうか。 

 そんなことを考えさせられたりした、フルーツモンキーの日々でした。 




私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/11 20:04

ポケモンGOはやった方がいいのでしょうか?

  


  いや別にどうでもいいんですが

  個人的にはガラケーなのでやれません、以上・・・なんですが。

  基本的には19歳の頃ゲーム自体を封印して以来、プレステなどの家庭用TVゲーム、PCのゲーム、携帯のアプリなども含めてほぼやらない生活をしています。

  まあ、それまではファミコン(最初のマリオブラザース)から→スーファミ→プレステの初期に至るまで結構ゲームは生活の一部というか主な楽しみでした。

  ドラクエは友人と早朝から並んで買いましたし、FFシリーズは6くらいまでハマったでしょうか。
  ストリートファイター2では主にソニックブームを出すアメリカ軍人の使い手でした。
  名前なんだっけ?そう、あのサマーソルトキックするやつです。




  ですが、18の頃大学生になり一人暮らしを始めるにあたり、ゲーム機は「もういらんか」と思い実家においていきました。

  その流れで、およそゲームと名のつくものはほとんどやらないし、数年前に対戦型テトリスにちょっとハマった時期があったくらいです。いや、これ別に上から目線で「俺、ゲームやんないぞ、すげーだろ」と言ってるわけじゃないですよ。

 YOUtube で最近のFFの最新作なんか見ると、本当にハリウッド映画みたいでキャラは喋りまくるし、時間を忘れて見入ってしまうくらいですが。いやーこんなん出回ってたらハマって当然だよねと思うというか。



 僕がやってた頃はこんなでしたねー、FF5は面白かったです。

  

 だから上から目線ではないんですが、18の頃ゲーム機を放棄してよかったと思う部分も確かにあり。どんだけFFのCGがすごくても、動画で見るだけでいいかと思い、自分がゲーム機を買おうというモードには決してならないわけです。

 ちゃんと就職して理学療法士して毎日働き、もう二人の子供のパパである昔の同級生とかは今でも、割とヘビーなゲームユーザーだったりします。彼とは一緒に学校をサボってよくゲームしてましたっけ。彼はこの前一緒に飲んだ時、最新のドラクエはオンラインゲームになってることを教えてくれました。

 そんな感じなのでガラケー、ゲーム癖なしの僕はもともと「ポケモンGO」とは接点がないのですが、 

 となると勢い、こういう流行には自然と批判的になる傾向もあり、「なんか気持ち悪いねー」とは思っていました。

 なにが気持ち悪いかというと、リアルとゲーム世界が融合していて、リアルをゲーム世界のレイヤーで眺めて歩き回っているという人がたくさんいること、そしてこの傾向性のゲームはもっともっと発展していく可能性があるということです。

 「これは陰謀だ」とかなんとかいうのも簡単です。
 でもですねーやっぱりそういう自分の思考反応に抵抗したい部分もあり、 あるラジオ番組できいた「ポケモンGO」をやって引きこもりを脱した人がいるかもしれない説には、ちょっと「そうかも」と思い、肯定的イメージをやや意識的に持とうとしたりもしています。

 この前仕事で障害者センターに行ったとき、面識のない、おそらく知的障害か、精神障害の女性の方がいきなり近づいてきて、「ポケモンGOやってる?」と尋ねられました。

 「やってないです。」と答えると、「よかった、やらないほうがいいよ、やってもいいけど」と言って去ってゆきました。 

 僕の感覚的なスタンスもこれでしょうかね。

 独立系メディアビデオニュースドットコムの、800回記念トークで、学者の宮台さんが後半部分ポケモン現象について語っているのが面白かったです。地球が終わるくらいの大問題らしいです!大変だ~~((((;゚Д゚)))))))25分10秒~あたりからどうぞ

  
  

 なんでも「ソラリスの海」などの作品でSF作家として有名なスタニスラフ・レムは、未来に社会がどんどんクソつまらなくなってきたときには「拡張現実」にみんなが夢中になるだろうと予言していたようです。




 拡張現実はバーチャルリアリティのようなものでしょうか。

 ポケモン現象はこの「拡張現実」のさきがけなのではないかと。

 で、この宮台さんがトーク相手の神保さんに「じゃあ、宮台さん、ポケモンはやったほうがいいですか?」と尋ねられ

 「やったほうがいいですよ」と答えていたのが面白かった。そっちかい!と思って。

 基本的に、まったく肯定的ではないんですが。

 なんだろうなー「やったほうがいい」「やらないほうがいい」って、いう二択自体があえて表層的な問いを選んだんだと思いますけど、どちらにしてもそれぞれの深さがあるなと思いますね。

 どれだけのものをその現象の中に、そして社会とのかかわりの中で見ているかという。

 しかし、拡張現実は物理的現実がある程度安定的でないと成立しないですね。

 いくらマトリクスの中で夢を見せられていても、3・11のような事態になると眠りは妨げられざるを得ない。

 僕としては気候変動などをはじめとする物理的現実の急変のため、今後拡張現実が急速に発展して、それに多くが飲み込まれるという事態にはならないのではないかやや期待をこめて思っています。まあ、バーチャルに夢見る余裕がないほど生きるのに汲々とする世界は、それはそれで困るんですが。
  



  
私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/05 21:57

わけのわからない話し

  ちょっと最近奇妙なことが続きましてねぇ・・・(今回は稲川淳二風に)

  この前の日曜日くらいでしょうか。炎天下歩いていますと、通りの向こう側をこちらに背を向けてチャリで走っていた年配の男性がゆっくりと倒れて、車道に頭を突き出した形で横たわってしまいました。

 反射的にからだがそっちの方へ向かいましたが、同じように近寄ってきた人たちが何人かいて・・・声をかけたり、救急車を呼んだり、だれが指示するわけでもなく、それぞれ役割をこなしていて、僕は結局何も手助けができず、倒れた男性を取り囲む数人の輪の一部でしかなかったのですが。

 幸い年配の男性は意識があり、自分で体も起こせてそれほど危ない状態には見えず。
 僕はその見知らぬ人同士の見事な連携に少し、心を動かされていました。

 しかし駅から電車に乗ってどこかにハイキングに行こうと思っていた、そんな気が急激に失せて、「いやそんな浮かれたことをしてる場合ではない。帰ってブログを書こう。」(なんでだよ)と思ったのでした。

 でですね、ハイキングは翌日に行きました。

 といっても青梅のあたりを数時間歩き回っただけですけど。
 ハイキングコースの山道を歩き、通りがかった神社にお参りして、暑かったけど割と気持ちよかったんですよね。

 ところが帰り道、

 地元の駅で降りて自転車に乗って家路をたどっていますと、

 僕は道路右側の歩道を走っていたのですが、向かい側の車線を走ってきたタクシーが路肩に突っ込み何かにぶつかったのか激しい音がして、部品が結構近くに飛び散りました。タクシーは止まらずにそのまま走って行きました。

 「う・・・・うは~~~」みたいな感じで一瞬茫然自失。

 見ると歩道にドアミラー、ドアミラーの破片、タイヤのホイール部分の一部などが飛び散っています。

 いったいどういうぶつかり方したんだ。

 一瞬走り去ろうかと思いましたが、「これ、ちょっと数秒ずれてたら死ぬか大けがしてたんじゃないか?」と思い、と同時に止まらずに走り去った車にも憤りを感じ始めまして

 「これはあかんやろ・・・」と携帯から110番通報したんですね。

 10分後くらいに警官の方がやってきて、ひとおり事情を説明し・・・そんなことをしてる間に運転手が確保されたらしく現場にやってきました。事情を聴かれて「ちょっと下向いてたら、ぶつかってた」、みたいなことを言ってる。いやいや運転中下向くなよ、てか寝てたんだろと。僕は本能的にえらくむかつきまして運転手を軽くにらんで「すっごい怖かったんですけど」と言いました。 

 チャリで再び家に向かいながら、二日連続で変な現場に遭遇したことが気持ち悪くなってきました。

 しかもですね~年配の男性が倒れたポイント、タクシーが事故ったポイント、100メートルか200メートルくらいしか離れてないんですよね。その周辺で二日続けて救急と警察が呼ばれている。しかも、その両方を僕は目撃している。もしかすると、一日目も僕が救急にかけてた可能性はありました。

 いつも事件に遭遇する金田一少年や名探偵コナン、いつも怪奇現象に遭遇する稲川淳二さんはこんな気分なのでしょうか。

 これを読んでるみなさんなら、こういう時どんな風に解釈するでしょうか?

 不気味に思いながらも、師匠にみこころを読み解くことを教えられているので、自然とこの現象にはどんな意味があるのか?と考え始めます。

 青梅(の神社?)‐救急‐事故 とこの3つのイベントは連動しておりまして

 急病を見た初日に青梅に行ってれば おそらく二日目の事故には遭遇しなかったでしょう
 そんなに毎日駅前に行くわけではありません。
 でも青梅に行くのが二日目になったのは、急病の方を見て気持ちが萎えたからでもあるのです。
 イベント同士が量子的にもつれています。
 
 いろいろ考えますが、

 ひとつ思ったのはさっきの駅中のお蕎麦屋さんでの出来事でした。

 券売機で前で食券を買ってたおばあさんが妙にもったらもったらしてまして。
 「おつりが出てこないみたいなんですけど????」と尋ねられて、「あーここ押すんじゃないですかねー」みたいなやり取りをしてたんですよね。結局、お金をちょうど券売機に入れてたので、おつりでるわけなかったんですが。「あらーごめんなさい。ありがとうございましたー」と何度もお礼を言われて。

 で、思ったんですよね。あそこでの微妙な時間のズレのおかげで事故に巻き込まれなかったのかもしれないと。

 もちろん、そんなこと実際は全然関係ないかもしれないです。
 でも、なんだろ、すごく紙一重の時間差で僕らは生きてるのかもしれないし、紙一重で誰かに助けられてるのかもしれないと。
 おばあさんの勘違いみたいなことが、誰かを助けている。
 その可能性はあるかなと。

 いやーしかしね。それ教えるために、神様、こんなドッキリしかけますかっていう部分はあるんですけど。 

 神社二社もまわった直後っすよ・・・・

 もうひとつは、「注意喚起」というか。

 ちょっと気を引き締めておけよ、的なメッセージなのかなとも思うんですが。

 何かと世間と世界もざわざわしてるここのところですが。

 あと現実創造派に言わせると、「その事件はあなたが創造したのです」とかなんとか言われちゃいそうですけど。

 してねーよー 俺じゃねーよー 信じてくれよー刑事さん(笑) 

 結局よくはわかりませんでした。 はい。

 ただこれはやはり偶然というには無理があり、僕自身か、何か集合意識的な作用か、神か変なものか、なんらかの「意識作用」が働いてないとこんな連チャンは起こらないと思うんですよね~。

  以上、わけのわからん話でした。



 
私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/16 20:36

月に献ず 立石鐵臣(たていしてつおみ)展




  本日は、府中市美術館で立石鐵臣(たていしてつおみ)展に行ってきました。

  よかったです~

  明後日の7月3日までですが、お勧めです。

  これは別の場所での展覧会の画像だと思いますが・・・

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 ↑「月に献ず」という作品です

  ↓代表作のひとつ『春』↓

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  ネコヤナギや、孔雀の羽根と一緒になぜかタロットの図象が。「月」「塔」「つられた男」などが描いてありました。なんなんだろうな~  

  昆虫の細密画で有名とのこと。通勤で使う京王線の車内広告で絵に引き付けられ、これはいっとかんと思い出かけました。

  最晩年(1970年代)の絵は、図鑑的な細密画が芸術性と融合して素晴らしいものになっています。  
  
  亡くなる数年前の作品で「遠い花火」というのがあったのですが、全面には部分的に枯れ落ちていて、しかしまだ上を向いたつぼみもある花が異常に生々しい生命力で描かれています。

 そして、その隅には花火が本当に小さく、団地のような無機質な建物とともに描かれています。

 なんだろこの感じ。この世的なものというか世俗的なものが視野の隅に追いやられて、小さな植物の生命力が異常に生々しくクローズアップされてる構図に鬼気迫るものを感じました。まあ、個人的な見方ですが。

 すごかったですよ~なかなか立ち去りがたかった。

 美術館でたあと、目の前に大きな樹があって 思わず、絵を見るようにしげしげと見入ってしまいました。

 あの画家ならこんな樹をどんな風に見るのかと思いながら。

 麗しき故郷「台湾」に捧ぐ-立石鐵臣展 府中市美術館


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 くもまつまきてふ 1969年

 





    


  

私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/01 19:38

ボイトレで横浜へ



  このところ、時々、横浜近くまでボーカルのレッスンを受けにいったりしています。

  吉祥寺のコピスでたまたま↓の本を見つけて、一度会ってみたいと思ったのがきっかけ。

       


  本を読むと音楽から、教育、哲学まで知識の範囲がハンパなく大きい方で、なおかつ歌への情熱がすごく感じられて非常に印象的でした。

  で、本の文体のある意味ロジカルな感じから僕は完全に男性だと思っていたのですが、ミドルエイジの女性の先生でした。
  
  ↓この文体を読むと・・・↓

  
  私にとっての絶対的真理があなたにとっても絶対的真理であるとは限りません。
  絶対的真理などない、という人がいます。信仰(神の存在)こそが真理だという人がいます。理性(1+1=2であるという普遍的事実)こそが唯一の真理だという人もいます。 
 
  絶対的真理について議論しても仕方ないので、ここでの絶対的真理は、科学的に立証できる事実のことではなく、あなたが直観的に「事実」だと認めたものを「真理」としたいと思います。ですから、私が多くの疑問を投げかけることで、あなたが混乱し、パラレルワールドにでも迷い込んでくれたなら、私にとってはしめたものです。

 真理は自己の外にではなく内にこそあります。

 その壮大な光景にあなたは何を見るでしょう。あなたは、そんなスペクトル巨編の主人公です。2時間程度で完結することは不可能だと思いますので、ゆっくり気長なたびを楽しんでください。

 しかし、その難路の先に、美しき源泉があることを信じてください。


 僕は割りと文体からその人の性質を嗅ぎ取るのは得意な方だとは思うのですが。。。
 てっきり男性かと思い

  完全に予想を裏切られてしまいました。
  ということで大変才能豊かつ、個性的なパーソナリティの方だと感じています。

  え~と僕の歌はどちらかと言うと酷評されておりますが(笑)、

  そして30代後半なら「小僧あつかいする」と言われてたりしますが、若干M気質な僕にとっては、あまり今のところ「なんだこの~」と思ったりはしていません。なんか厳しい目のほうが今の自分には必要かもとも思ったり。 

 今日、うかがって面白かったのは、日本語の歌よりも洋楽のほうがむしろ歌いこなすのは簡単だという話しでした。

 日本語の会話は基本胸式呼吸、ネイティブスピーカーは腹式呼吸。これを胸式→腹式に直すだけでも大変です。

 加えて、英語には、単語自体にいわば強弱や色合いなどの音楽性があるけど、日本語の単語は複数のぶつ切りの文字が並んでいるだけなので、これを歌として通用させるまでのプロセスが英語よりもずっと大変だということでした。 

 それは日本語の母音は5つだけど、英語の場合は20種類ほどもあるところから来てるようです。
 これは五色のパレットで絵を描くのと、20色のパレットで絵を描くのとくらいの違いらしい。 
 そのため日本語の歌をそのままで歌うと、どうしても洋楽より平坦な印象になりやすい。なので、五色の色合いの中でそれらを混ぜたりして表現の多様性を磨いていくことが必要ですが、すごく初心者にはそれはレベルが高い。

 これが、洋楽のほうがむしろ簡単と先生が考える理由でした。
 「簡単」というのはメロディと歌詞だけを覚えることが、ではなく、人に聴いてもらえるレベルにするにはということだと思います。

 まあ、こういうことですよね↓



 あ い う え お という母音の5音が日本語の基礎となっているわけですが、まずこれらを純化して本来の音をだせるようになった上で、表現を磨いていく必要があるらしいです。

 僕は現在のところ、歌自体を練習するという域にあるとは思っていない部分がありますので、数ヶ月はボイトレの基礎をみっちり教えてもらうことになりそうです。経済的なことからもいつまで続けられるか微妙なところはありますが・・・

 どうも歌を歌いたいという以前に、本来の声を出したいというか、響く声、アピール力がある声を出したいという衝動がどうもあるようで、昔からこもりがちの低音ボイスでぼそぼそ喋ってると友人たちから「え?」とか「もっとでかい声で喋れ」とか言われることが多かったコンプレックスから解放されたいというのあるかも^^;

 で、そういう日常のおしゃべりや、スピーチやらの自己表現の究極バージョンが、僕の中では歌、なんですよね。
 なんでかというと、そこで動く感情量、官能性のレベル、肺を出入りする空気の量、などが通常の日常のコミュニケーションよりも大きいからでしょう。
 そのような自己表現を出来るようになりたい(自分なりのレベルで)というのがしつこく願望として消えません。
 日常のおしゃべりのコンプレックスをさらにハードルが高い分野で挽回したがってるようなところがあるのかもしれません。


 子供の頃ドンジャラで大敗したので、人間競馬で大勝してやる!みたいな・・まーそういう部分もあるんでしょうね。

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 そして俺の前で焼き土下座しろ!みたいな(冗談です) 

 そんな感じで地元からは片道一時間くらいはかかりますが、定期的に通ってみようかなと思っています。

 先生の歌 ピアノとアカペラこんな感じ



 


 人前で歌えるレベルになれるかはさておいて、また自分の声表現に変化が起こりそうで少しわくわくしています♪


私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/05/15 23:42

人見知り猫ちゃんとお日様


  あけましておめでとうございます!

  今年もよろしくお願いいたします♪

  引越し作業等でバタバタしており、なかなか更新する余裕がありませでした。

  しかし引越しっていうのはホントエネルギーを消耗します。
  生涯で経験したのは5回くらいですけど、今回は部屋数が多い物件だったのでそこにいろいろ積まれたものが多くて、不用品の仕分けやごみ捨てが大変でした。

 汚い場所を掃除してると、体力的にはそれほど動いてなくても、変な疲れ方をするんですが、あれって何なのか・・・

 どうもほったらかしにしておいた場所に渦巻くカオス、邪気をかぶってるような気がしてしょうがありません。

 特に冷蔵庫の裏的な、「数年動かしてない場所」ってのがやっぱりヤバイですね。
 パンドラの箱の中みたいな雰囲気になってるんですよね(笑)

 どうも物をずっと動かしてない場所って、空間が澱んでくるんでしょうか。

 一日掃除するとぐた~です。
 まあ自分のうちなので自業自得か。でも、今後は年に一度は大掃除をちゃんとやるぞ!と心に誓ったりしています。


 いよいよ今週で引越しとなり
 
  時々窓の外に来る半野良猫のみーちゃんともお別れ。


  なぜ半野良かというと飼い猫ではないようですが、近所の人によくお皿に入れたご飯をもらっているからです。

  近所中の人がなぜか申し合わせたわけでもなくみーちゃんと呼んでました

  僕も何かエサがあるとよくあげます。

  みーちゃんは警戒心旺盛です。3年半くらい顔見知りなのですが、なかなか触らせてくれませんでした。

  最近ようやくちょっと撫でてもOKくらい。膝に乗るなんてとんでもないという感じ。

  決して自分から寄っては来ません。ただしフライドチキンの骨なんかを僕が持ってると話しは別ですが。

  そんなみーちゃんですが、よく人のうちの庭で日光浴しています。

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  なぜかボロボロのサンダルの上に足を置いて。きっとコンクリよりあったかいんでしょう。
  
  ホットカーペットみたいなもんか?

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  「僕引っ越すよ」と言ってもそ知らぬ顔。連れないね~~><

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  いくら餌をやっても触ろうとすると逃げ出す。

  どうしていつまでも慣れないのか、ちょっとイライラ

  でもそれが君だったんだね。

  思えば僕らは似たもの同士

  近すぎず 遠すぎず ガラス越しのこの距離がちょうどいい距離だった

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  それでも君は時々僕に会いに来る
 
  いや、きっとそれはそこがちょうどお昼まではとても日当たりがいいからだろう

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  君は君の理由でここに来て 僕は僕の理由でここにいる そしてまた別の理由で去っていく

  でも君に会えてよかったよ

  お日様の光りが僕らをつなぐ この宇宙のひとすみで

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  みーちゃん、FOREVER☆

私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/01/10 14:55

2015 KIMI まとめ



今年も残すところあと4日ほど。

  12・22日、冬至。恒例の朝日お迎えに行ってきました。

  木の枝で日の出をまつカラス君  

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 このすばらしい朝日のご利益で足が伸びました。びよ~~ん

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 そして足元にはきれいな霜の世界。 

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 カエデの種でしょうか・・・

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 今年の影響を受けた本。   


 今年はマインドのスイッチを入れる方法みたいなのを研究していたような部分があり、以下の二冊は参考になりました。


  『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』

  

  『ザ・マインドマップ』

 


  ↓こちらは、オリジナルのライフスタイルを組み立てるヒントに↓


『働かないってわくわくしない?』



  長距離歩行はあきらかにこの書籍に影響されました。

  『大峯千日回峰行』

  

 過酷な四無行の体験、行法中の怪奇体験、自然に敏感になり空気の匂いで台風がいつ来るか予測できるようになったりした経験、横に落ちてくる稲妻の話しなど読みどころ満載。

  『フィット・フォー・ライフ』

  

 小食、不食などに興味を持ちつつ、こちらの本を読み野菜、果物食が増えました。
 今のところ僕の場合は食べないというより、野菜果物+たんぱく質 もしくは炭水化物がいいようで
 夜はこんなメニュー(たっぷりサラダの上にコロッケや揚げ鶏が乗ってます)に+お酒とかが多いです。

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  野菜のおいしさを知ってから、ちょっとハマってるのがライスサラダ。
  作り方は簡単。
  あったかいご飯を用意。ほかほか湯気をたてるご飯の上に、アボガド、トマト、大根、ニンジン、葉野菜などを適当にスライスしトッピング。で、ドレッシングか好きな調味料をかけていただきま~す。
  セットに味噌汁かコーンスープでもあればなおよし。
  生野菜とご飯って意外と相性がいいんですよね。

  すっきり感+パワー感もあるお気に入りメニューです。
  是非、おためしあれ♪


 『季節性うつ病』

 


 秋冬に気力、思考力、体のエネルギーが激しく減退する季節性うつ病(SAD)に関する古典的書籍です。
 以前から季節の影響を受けやすいことは自覚していたけど、より一層その理解が深まりました。
 興味深かったことのひとつはSADの人の過食現象です。
 SADの傾向のある人は秋冬に炭水化物、甘いものなどへの食欲が大きく昂進するらしいのです。
 これはSAD患者は秋冬脳内のセロトニン濃度が減少するので、それを補うために通常よりも多くの炭水化物を取り入れたくなるのではないか・・・と書かれていました。 
 個人的には食欲が激増することはないのですが、秋冬は淡白すぎる食事だとどうも頭のスイッチが入りにくい感じはしてまして、割と肉やスイーツ、インスタントラーメンなどを春夏よりも食べたくはなるんですよね。
 そこんとこ小食がとにかくいいんだという思想とつきあわせると、なんだか矛盾を感じていましたが、どうもSADの人は炭水化物への反応が健常者と違うらしいです。
 通常は多量の炭水化物は眠くなるんですが、SADの傾向のある人は、炭水化物をとることにより元気になる傾向が高いらしいです。
 これを読んで、うーん食事の必要性は本当に人それぞれなんだなーと思うところがありました。
 ということで、ここんとこは、適度に間食を楽しむ生活をしたりもしています。

 それと人の健康って本当に、光りと闇と、天と地と環境と密接に結びついていて、その反応の人それぞれ違うんだなーと、この宇宙の連続性と相対性を感じさせてくれる。SADってそんな経験かもと思います。
 科学者が書いた本だけど、どことなくポエジーもある、すごくよい本ですね。








  『あるヨギの自叙伝』



 

 いわずと知れた・・ですがこれは一度は読んだほうが良いかと。
 気合が入り瞑想続けています。

  
  『わたし解体、はじめました。』

 


  3・11を機に肉の解体や、狩猟、自然の中でのコミュニティ生活を始めた畠山千春さんのエッセイ。
  鶏の解体(しめることも含め)、狩猟を始めるなかで新たな食や命に対する考え方感じ方を体験していく様子が、素直な文体でしっかり伝わってきてよかったです。いつか体験したいライフスタイルです。

  今年面白かった本。漫画編。

  基本最近はコミックはレンタルで読むことが多いですが、その中で結構当たりだったもの。

  『自殺島』

 


  自殺を試みたものたちが追放される島で、極限状態の中、生の感覚を取り戻していく若者たちの話しです。

  「わたし、解体はじめました」にちょっとつながる部分があるかも。

 なかなかエグいタイトルですが、それに似合わず中身は正統派の成長物語。
 かなりこういうジャンルとしてのストーリーテリングが巧みだと思いました。キャラも魅力的で引き込まれます。
 またサバイバルの豆知識なんかが時々描かれますが、それも結構勉強になります。まだ続刊中・・・


  『 聲(こえ)の形』



  小学生のときに聴覚が不自由な女の子をいじめていた主人公の少年。
  しかしその後自分がいじめのターゲットになり、次第に周りのものを信じられなくなっていく。
  やがて高校生になった彼は、自分がいじめていた少女と再会し、罪を償おうとするが・・・
  
  漫画賞受賞作品のようですが、これも最後まで展開が楽しめました。

  特に僕がなんかそれわかるーと思ったのは、主人公の内面の描写で、自分が心を開けないクラスメートには顔に×印がついてるという描写です。

 こいつは偽善者風で×、こいつは馬鹿で×、こいつは気取り屋で×・・・みたいに自分のジャッジで全員が顔が×だらけになっているのですが、この×がちょっとしたコミュニケーションでぺらっとめくれるという絵が、すごく、「なんかそれわかるー」と感心させられました。  


 今年はyoutubeでラジオを始めました。
  ご視聴いただいたみなさまありがとうございます♪
  トーク、朗読、ヒプノといろいろやってみました。
  中でも有名な文芸作品の朗読はやっぱりアクセス数が、公開時間と比例して着実に増えていきますね。
  こういうことを通じて自分がすばらしいと思うものを紹介できたり、他分野間のつなぎめになれるのはやりがいを感じるので、今後も続けてゆきたいと思います。
  

 ↓今年最後のおしゃべりを収録してみました↓

 


 ■パワースポット巡りが多かった今年
■江ノ島 高幡不動 湯島天神
■ロングウォーキングについて
■玉川上水遡行の旅
■山登り、大文字山は危険だ(笑)
■地の法則の支配力 その性質
■天の性質
■ガイドブックの情報と土地の多次元性
■すばらしい離島ガイドブック
■気学の方位について
■地の法則=相対性
■完結した宇宙を持つ聖地
■雛形理論とホログラフィ
■長時間ウォーキングで気づくこと
■水を巡るたび


 

私的雑記 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2015/12/27 11:05

パルクール。知らんかった・・



youtube動画で最近、パルクールというスポーツを知り感動しました。

 街中の設備や障害物を使った身体鍛錬法みたいなものだと思います。

 フランスの元海軍将校であったジョルジュ・エベル(Georges Hébert)により提唱されたのが始まりだといい次のような理念を持つそうです。

 ■目的を持ち、子供から大人まで参加でき、秩序だっていて前進的で継続的な活動。

 ■完全な身体的発達を保証すること。

 ■身体の抵抗力を増強すること。

 ■すべての自然的な運動、不可欠な実用的運動の全てのジャンル(歩く、走る、跳ぶ、這う、登る、バランスをとる、投げる、持ち上げる、自衛する、泳ぐ)の良さをよく認識すること。

 ■身体活動の全ての面における能力や実用的運動における力強さを伸ばし、精神的にも身体的にも習熟すること。

 ■利他であること

 僕はこのBAZOOKA顎砕き選手権(笑)を見ててその考え方が何か気になり調べてみたのですが、動画を見て驚きました。

 9:00くらいにパルクールの選手が出ますが、いいとこまであご砕きます。

  

 
 パルクール忍者ってタイトルですが、まさにリアル忍者なんだな~

 アニメか、映画の世界に迷い込んだようですが、CGではないようです・・・

 神社の前で一礼する女子高生なんかホント漫画。


 

 なんで感動したのか?

 僕は昔から結構アクロバット的な体の動かし方が好きでした。

 ウォーキング、ランニングも好きなんですが飛ぶような舞うような軽い動きというものにいつも魅せられる部分がありました。

 平面的な動きではなく、立体的なムーブメントが好きなのです。

 と言ってもなかなか実際にそういう運動をするのは難しく、公園で人目を気にして木登りをしたりするのが限界でしたが・・・

 これ見てそんな自分の衝動を肩がわりしてくれたような爽快感を感じました。

 パルクールは立体的で忍者的なムーブメントを行うだけではなく、そのフィールドが自然や街中というのも非常にわくわくする部分です。

 いやー死ぬまでにバク転くらいはできるようになりたいと思います。

2,3日忍者修行のために隠れ里にこもる予定です(半分ホント)


私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/12/20 22:19


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 この季節窓の正面から日が昇り、部屋を暖めます。

 外には初めて霜がおりた。

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 太陽を浴びて「さあ、今日も旅に出よう」とスナフキン

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  サンキャッチャーがとらえてくれる、青紫の光に最近ハマッテいます。

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 朝方しばらく、日がさしこむ間、虹が踊ります。

 近況。

 ここのところ、諸事情ありまた一人暮らしに戻りました。 

 そんなこんなで二月、環境の変化にもそろそろ慣れてきた感じでしょうか。

 11月の始めには、心機一転と冬季ウツ予防の効果も期待し、久高島を巡礼してきました。

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島の始祖家大里家(ウプラトゥ)前にいた蝶
 
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 神々が訪れる浜辺 イシキ浜

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 カベール岬への道

 なかなか言葉では言い表せない世界でした。あんな感覚は初めてです。

 でも随分元気をもらったような気がします。

 原稿用紙70枚くらいレポートを書いたので、またアップする予定です!


 

私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/11/29 11:04

Morning butterfly

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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/11/05 17:55

瞑想についてその2 と 最近の読書日記


 



  瞑想についてその2 をアップロードしました。

  ここのところやや瞑想時間が増えていますが、その過程で気づいたことなんかを話しています。

  まあ周期的に瞑想やお祈りはスイッチが入ったり切れたりするのですが、今回はヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」を読んだのがきっかけでスイッチが入りました。

 


 この本有名ですが、今まで読む機会がなかったのです。

 アマゾンとかで見ると中古でもそこそこのお値段がしますし、興味があるもののスルーしていたんですが、今回地元の図書館の書棚にひっそりと立てかけてあるのを見つけ借りました。

 読み始めるとすぐにはまってしまい、一度に読むのがもったいないので、少し筒読み進めました。

 『あるヨギ』にはあり得ないようなエピソードがたくさん出てきます。

 普通一般に言われる不思議現象と呼ばれるものは、スプーンが曲がったりとか、オーラが見えるとか、未来が予知できるというような感じですが。『あるヨギ』に登場する現象は、その多くが現代の日本人の信念体系を超えちゃっています。

 素手で虎と戦い殺してしまうスワミの話やら、ヨガナンダの母の死の前、どこからともなく現れてなぞの銀の護符を彼女に手渡し去っていったマスターたちの話やら、ヒマラヤの山中に宮殿を物質化させ出現させてしまう話などです。

 ここまで一般的な信念体系を超えたエピソードが羅列してあると、なんだかわけがわからなくなって童話を読んでるような気分にさえなってきますが、それでも「いや、これはあり得る」ことだと感じさせるものがあり、

 そのような超ぶっ飛び現象以外にもヨガナンダと師のスリ・ユクテスワとの深い愛情に基づいた師弟関係や、ヨガナンダの神への情熱など非常に魅力がぎっしり詰まった本でした。

 もう返却してしまいましたが、ユーズドで買って手元において置いてもいいかなーと思っています。

 これを読んで瞑想を始めたというのは、まあ別に自分も体を同時に二箇所に物質化させたり、ハクション大魔王みたいになんでもいうことを聞いてくれる魔人を呼び出せるようになりたいぜ!と思ったわけではなく(そういう話しも出てくるんです)、

 ほんの冒頭に書いてある聖書からの引用「しるしを見なければあなた方は信じないだろう」という言葉が示すメカニズムかもしれません。 

 神秘体験や悟りというのは主観的現象としての性質が強く、「宇宙のなぞを解いた」「神を見た」「私が神だった」という体験があることは受け入れられてもそれが脳内の錯覚、幻想であるかもしれないというジレンマは存在します。

 しかし、そういう賢者・覚者の周りで起こる奇妙な現象がある種、主観と客観をつなぐ可能性を持っているのです。それがいわゆる「しるし」といえるでしょう。聖書で言うと、イエスが魚とパンを増やしたり、死者を生き返らせたようなことです。

 マスターたちの周囲にはシンクロニシティや奇蹟のフィールドのようなものが出現します。
 それ自体が神の存在証明とはならないのですが、覚醒体験が脳内の主観的現象ではなく周囲に波及していく「場」を持っているというのは確実なように思えます。
 
 奇蹟はそれ自体が答えではないのですが、人が答えを探す道しるべにはなりうるもので、そのため多くの聖者があり得ない現象というものを起こしてきました。

 しかしその「場」が本物かどうかは長期的に見て、「しるし」ではなく内的な愛や平静さや喜びが増大しているかどうかという主観的基準によるしかないでしょう。「しるし」はおそらくそのような本質的な成長のためにこそあります。

 「あるヨギ」を読むとモーゼが紅海を割ったような話しも、あり得ないことではないと思えてきます。
 というか、あり得ないことなどない、というくらいにまで僕らの信念体系に挑戦し、それを溶かしてしまう作用があるように思えま
す。

 「しるし」は 神があるということ 神は無限だということ 僕らの本質は神だということ その本質を最大限にあらわしたマスターが存在することなどを示しています。

 「あるヨギ」を読むと、地球最大の霊性のセンターがヒマラヤ一帯であるというのはたぶんそうなんでしょうね~。

 ほかにもヒマラヤつながりで「ヒマラヤ聖者とともに」というスワミ・ラーマという方が書いた本も読んでみました。  
 こちらも大変興味深かったです。




 このスワミ・ラーマという方はどこかで聞いたことがあると思ったら、以前読んだ「ローリングサンダー」の著者ダグ・ヴォイド氏らとともに科学的環境下での意識による肉体のコントロールなどを実演しているんですね。(心拍の停止、脳波のコントロールなど)

 「ローリングサンダー」を読んだとき、アメリカネイティブインディアンのシャーマンの話しが、インドのスワミの話しで始まるのにちょっと意外に思えたのですが、霊性はすべて輪のようにつながってるのかもしれません。



 
私的雑記 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2015/09/21 11:33

ご無沙汰しまくっています

 

 大変おひさしゅうござります♪

 長い夏休みをすごしているといつのまにか9月になっていました。

 来週までにはまた少しづつ再開したいと思っています。

 いつもご訪問いただきありがとうございます!

 京都に一週間ほど帰省してましたが、こっちに帰ってからほぼ青空を見ていません

 まーそのうち晴れますよねー

 この機を生かして瞑想と読書にいそしんでおります。 

 ではではまた近いうちに~☆


 はいたか拝
 
私的雑記 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2015/09/07 11:08
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