2年目の記憶

 パソコン君が、少し息を吹き返したようなので久しぶりに更新しま~す。。

 近況報告的なやや散漫な記事になるかも(^_^;)

 



 3・11から2年が過ぎたけど、今年の3月はなぜか去年よりもあの日のことを思い出すことが多かった。

 ちょうど仕事でも宮城県南三陸町の作業所の所長さんの講演や、気仙沼地福寺住職のジャズ法話ライブを聴いた。節がたり説教ユニット カッサパというバンドの演奏だ。


 IMG_1272[1]


 ジャズ法話ライブというのは、主に震災のエピソードを交えた法話と、ジャズの演奏でなっているかつてないライブで、もちろんチャリティー。73歳とは思えない和尚さんの熱唱に大変心を揺さぶられた。最初と最後は、ジャズ般若心経で!(笑) 

 お人柄からにじみ出るユーモアを交えて話す和尚さんの歌と法話で印象的だったのは、全国からボランティアでやってきてくれた人たちが『お地蔵さん』に見えたという話し、みんな祈り祈られ、生かし生かされ生きている、という言葉だった。

 地福寺のサイト 

 

  南三陸の作業所「のぞみ」の所長さんは、あっという間に津波が建物に押し寄せ、水が天井下20センチまで迫るホールで水に浮いて難を凌いだという。それから高台にある高校に利用者さんとともに避難し、濡れた服を乾かしながら朝を迎えたこと、救助がくるまでの模様などを話されていた。翌朝も氷点下の気温だったが、『寒い』という感覚が衝撃のためなかったという。
 
 南三陸では、人口一万数千人の内、死者不明者の合計が1000人以上、
 建物の7割近くが津波で破壊されている。

 街の工場が大半壊滅したため、当初作業所で請け負っていた仕事がなくなってしまい、農地を借りて薬草などの栽培をみんなではじめた。それが作業所『のぞみ』の復活だったらしい。

 僕はうちにテレビがないこともあり、地上波での震災関連の番組はあまりみていないけど、今までPCで見れる動画については結構見てきたと思う。でもやっぱり、目の前にいる人の肉声でその日のことを聴くというのはまた違った体験なんだなと思った。

 これらの講演や、ライブを聴いて思ったことのひとつは『何を忘れてはいけないか』ということだった。

 僕が忘れたくても忘れられないのは、電気が消えたJRの駅。
 まだ夕方の6時前なのにシャッターが降りた、牛丼屋チェーンと大手スーパー。
 白々しい大本営発表の向こう側で、確実に破局的な事態が進行しているという気配。
 それがどこまで進行するか、予測さえもできないという不安。
 仕事中いきなり「計画停電」がおき、エアコンしか暖房がない部屋で、ガスコンロで暖をとり、部屋の中で白い息を吐きながら夕食のインスタントラーメンを作り、食事介助をした記憶だ。

 その時に思った、『これは始まりに過ぎないんじゃないか、日本はずっとこうなんじゃないか』という感覚だ。このようにして、いつでも物事は前触れもなく始まり、そして、僕らはそれに慣れていくのだろうという予感だ。電気がないこと、部屋の中でも寒いこと、常に地震が続くこと、放射能の脅威などに・・・

 幸いあれから2年が過ぎ、事態は僕が予感したようには進まなかった。
 相変わらず放射能はリークし続け、甲状腺がんが通常の発生頻度以上に発見され、3・11以前の数十倍以上の頻度となった震度一以上の地震は全国で今も続いている。

 それでもテレビでは相変わらずバラエティが放送され、桜の開花予報がなされ、僕は東京でなんとか生きている。それだけでも、僕には不思議に思えることがある。何か人智を超えた力が、本来のシナリオを改訂したのか、あるいは僕がパラレルワールドにでもぶっ飛ばされたのか。

 それともこれは、おおきな変化の前の無風状態に過ぎないのか。

 多くの顔なじみを一瞬で波に持って行かれた地福寺の和尚さんは歌っていた。『波は今でも押し寄せている』と。
 東京の皆さん、「決して人ごとだとは思わないでください・・・」と。

 
 一瞬で物事は変わりうる、それが諸行無常、この世界の姿でもある。

 でも忘れないように努力したほうがいいこともある。

 2年目を迎えて、直接震災の話しを聴いてそう思った。

 その時に、どのようなことが命を救ったのか?
 命と、平和の価値
 すべての産業が波にさらわれた土地で、畑を始めること
 ボランティアの人たちが「お地蔵さん」に見えたこと
 助け合い 祈り合い 絆・・・
 何が正しいかを見抜く、『目』

 それらは忘れてはいけないような気がする。

 3・11が何者かの陰謀だと言う人たちがいる。
 そんなことは僕はわからないし、深く追求する気にもなれない。9・11の陰謀以上に検証が不可能な事柄だ。
 でももし、これが「サタンの陰謀」だという見方をするならば、その陰謀が大きければ大きいほど、そこには同じように巨大な神の意志と力が注がれるということもまた確かなのだろう。

 そして、その神の意志と力の果実こそが、僕らが忘れてはいけないことなのではないかと思う。


 2011年 5月
 小さなプレハブ小屋の作業所のぞみが、農地の中に再建された。
 京都の会社の出資で、その畑ではハーブが栽培された。
 青々とした緑の中に立つ小さな建物の前で、職員さんと利用者の人たちが並んだ写真がある。
 建物には「の ぞ み」と書かれてた白い紙が貼ってある。

 講演中スライドショーで見せてもらった、この写真が何かシンボリックに感じられすぎて、僕はなかなかスクリーンから目が離せなかった。



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3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/03/16 21:55

3・11以降~目覚めの始まり~⑥

 
 10月の終わりにまた風邪を引いてから、5年くらい吸ってたタバコをやめた。
 タバコ代だけで、月6000円(高価なアメスピを二日に一箱ペース)はキツイし、それだけ払って同じく月6000円くらい払ってボイトレしてるのどを弱くしているというのも馬鹿馬鹿しいとか表面的な理由はあったけど、その一月前くらいにタバコやめたら的なサインを受け取ったのを感じてもいたので、のどが炎症起こしててタバコ吸えないこの時期に一気に止めてやるかと決意した。

 10月28日、そして11月11日がなにか重要な節目として騒がれたりもしていたけど、個人的な感覚では11月以前と以後とでは相当ちがった状態に移行したように思えた。11月は安定した理由のないよろこびが長期間にわたって維持されていたのだ。ちょっと前までかなり強い鬱状態を経験していたとは思えないくらいだった。

 そして、自分自身の意識が完全に、求道者志向から、別のものに切り替わったのも感じた。


 なんか、左足のアトピーがすごくきれいになってる。
 これは風邪で寝込んでからなのか?
 それともその前から?原因不明
                            
                               11月7日

 タバコも吸うたびにプラーナを破壊するらしいので、喫煙止めるとエネルギーは増大するかも。あと肉が多い食事とコーヒーの飲みすぎもちょっとな。どうもタバコを吸うと言う習慣自体があるひとつの時空間に意識を固定するような作用がある気がする(若干意味不明)


 おい、そこの実際には死にもしないのに、死にたい、死にたいと思ってる奴に告ぐ。
 もし勇気があるなら、生きながら今のお前を死ねばいい。
 死ぬくらいなら本当に好き放題やってやりゃあいいじゃないか。
 そうやって生を肯定する方がどれだけいいかわからない。
 死ぬだって?
 それなら仕事も辞めてバックパッカーになって世界を放浪してまわればいいじゃないか。
 それなら○○して、○○して、○○すればいいじゃないか。
 それでも、そんなでも生きてるんだぜ!
 死ぬくらいなら、生きながら壊れた生き方してみろよ
 お前、死にたいんじゃないよ、生きたいんだろうが
 それなら今のお前の生き方を死んじまえばいいんだよ
 捨てちまえ、捨てちまえ、古びたガラクタは捨てちまえ
 飛び込め、飛び込め、未知なる深淵に 未知の生へ
                                      
                                       11月8日

 問題・悩み(イヤだな~気になるな~)=意識の結ぼれ、フォーカスポイント

 本来フラットな意識世界に、問題を作り上げる

 フォーカスポイントのシフト→光、内的感覚、自身のセンター、よろこび、愛、楽しさ、安心、満足
                                      
                                       11月10日

 ■エネルギーがあること→ひとりでやっていかねばならない(強くなること、力があることへの恐れ、ためらい)

 ■弱いこと、病、エネルギーがないこと→保護される、可愛がられる、愛されるという間違った思い込みがエネルギーの流入を阻害する。

 自分のエネルギーを殺すことで、人とつながる、相手からエネルギーを得ようとする傾向。
 (他者の怒り、嫉妬、反感などを回避するため)→人に拒絶される恐れ

 自分を殺してつながるエネルギーは、常に自分を殺し、撹乱する支配的性質を持つ

 トラウマ、愚痴などを聞くという役割によりエネルギーを得る人→人の話しは聴かない人物、というモデル教師が必要となる。彼らは人からの承認によりエネルギーを得ようとは思っていないので、人からどう思われるかあまり気にしていない。

 結局すべては「エネルギー戦略」の問題だ。
 どのようにして自分に必要なエネルギーを確保するか。
 人を支配するか、隷属するか
 隷属することにより支配するか
 支配することにより隷属するか
 この2つがもっとも普遍的なパターンであり、利己的なものだ。
 だがエネルギー戦略において健全な方法は、エネルギーの自給であり、神や自然からの供給ラインをつくることだ。
                                 
                                   11月21日

 「できない」というのも思考に過ぎない。

 純粋な意識場にはもともと制限するものはない。
 すべての人物はこの純粋な意識場の発言と言う意味では、あらゆる人に違いはない。
                               
                                  11月25日


 ■エネルギーのリークに気づくこと

 リークの原因:特定の感情、思考、肉体的次元の問題に気づく

 リークの原因となる感情が行動の主導権を得ていると、自己破壊的行動をすることがある。


 (なんとなく虚しい、なんとなくつまらない)←こういう曖昧な思いでも主導権を握るとリスクがある。

 ●リークに気づく
 ●リークを止める
 ●止められなければ、それに主導権を渡さない

                                 
 私のスピリットは、グレイとスピリットの一部
 あなたが霊を引き戻す時
 私とあなたはひとつになる
 あなたによっておかれたこの場所で
 私はあなたの目となる手足となって
 すべてを体験する


 自分を信じる、という道を選んできたはずなのに・・・
 いつもどこかで頼る存在を求めていた気がする
 それはRさんであったり、M氏であったり、I先生であったりした。
 そしてそこに行き始めると、ずっと行き続けないといけないような気が
 いつもしていた。
 違う。
 人は自分自身で、自分の力とつながる方法を学ばねばならない。
 それは体を動かすことか、瞑想か、何かかもしれない。
 とにかく誰か特殊な人物からエネルギーをもらわずとも満ち足りていられるということ。
 そのことを学ぶ必要があった。
 そして人からの導きを受けずとも、知恵も自分の中に宿っていることを。


 コンシャス・ブリージングに、コンシャス・ウォーキング、コンシャス・イーティングに、コンシャス・クッキング、すべてについて一冊の本がかけるほど意識的であることが、すべての秘密を発見するコツだ。

 それも本で読んだから、こうする、とかではなく、すべてに対して能動的に意識的であり、誰も知らないことを見つけるほどに、まず自分が無意識的であり自動的であったその行為の中に意識的に入っていくのだ。

 とにかく本は全て一般論だ。必ずしもすべての人に適応できる法則ではない。
 自分の人生やユニークな性質を、本に合わせてはいけない。
 それぞれが個別である人生に対応できるのは、究極的には自分の意識によって発見した秘密や直観のみだから。

 まず自分のBODY&MINDについて意識的であろう。
 何を食べているか、どんな言葉を使っているかについて意識的であろう。
 そして自分の関係性について、他者とのエネルギー交換パターンについて


                                    11月29日


 僕が導かれていったのは、「力」(エネルギー)を自分に引き戻すということだった。
 禁煙もそのひとつであることにあとから気が付いた。
 タバコをやめられないという状態は、シンボリックに言うとタバコに「力・パワー」が宿っているという認識をしていることであり、そこからなにか自分を気持ちよくするエネルギーを「吸って」いるとイメージしているわけだ。だからそれが「吸えない」という状態はある種、お乳をもらえない赤ん坊状態であり、いろいろなネガティブ感覚を喚起する。特にタバコを持ってるけど、ライターを家に忘れてきたりすると気が滅入る。
 それはきっとお酒や他の嗜好品も同じだと思う。
 気分をよくするために、何かの物質を、取り入れねばならないという固い思い込みがすべての依存症の意識の根本にあり、それが「フリーエネルギー」と人が接続することを妨げている。「フリーエネルギー」とは、それを取り入れれば特に何もなくても落ち着いて、おだやかにまったりしていられるようなものだ。それを買うのにお金もいらない。だがそれを充分取り入れるには、場合によってはフリーエネルギーの代用品を捨てることも必要になるのかもしれない。

 11月に入ってから、僕は癒しと変容の途上にあるという認識だけが残った。
 それは悟り、覚醒を目標にしたものではなく、多くの自由と、多くの愛情と、多くの豊かさと、本当にこころからの充実感を感じて自分らしく生きたいということだけを願ったものだった。
 そしてそれをガイドしてくれるのは、目に見える誰かではなく、自分自身の内的知恵や直観、好きだという思い、シンクロニシティ、加速するこの時の流れのみを信頼していこうと思った。

 そのガイダンスとして「癒しと変容」の為に引いたカードが、次の、
 「自分の強さにフォーカスする」というものであった。


111122_0945~01






 僕はまず禁煙し、毎日運動(散歩やストレッチ)をし始めた。
 以前よりもっともっと歩いたり、踊ったりした。
 そしてだいたい毎日一時間以上は何もせずに座って、内的感覚や思考を観察した。
 重要そうな考えがやってくるとそれを実行した。
 ある時呼吸法の本を見てみよう、と思い、本を買い、それを実践することにした。
 その結果呼吸のコントロールはエネルギーのコントロールであり、呼吸を殺す(息を詰める)ということは、自分のエネルギーを殺すということであることに気づいた。逆に言えば自分のエネルギーを復活させたければ、様々な状況で常に深い息(生き)をすればいいことになる。タバコを一本吸うよりも短い呼吸法を行うほうが、頭は間違いなくハッキリする。
 そして呼吸法は外的環境に対して過度に過敏となることを防いでくれる。これは僕に自信を持たせてくれるものだった。自分の内側に「パワーポイント」ができるからだ、
 肉体の次は、意識だ。
 意識的に、様々なものからパワーを取り戻すことが必要だ。
 僕らの周りに存在する像は究極的にはイリュージョンであり、その像自体にパワーがあるわけではない。
 なにかを恐れたり、崇めすぎることはその「像」に自分のパワーを預けるということなのだ。
 幻影を幻影と気づくことで、そこから自分のエネルギーを取り戻すことができる。
 パワーを預けてもいいのは、「自分」か「神」か「愛する人(人でなくても良いが)」だけだと思うのだが、多くの場合自分がいやだと思うものにこそパワーを注いでいるものだ。なぜなら嫌なものほど現実味があることが多いからだ。そこからよきものへ意識をシフトさせていくことが、エネルギーを取り戻すことにつながる。

 11月に入ったばかりの頃、
 僕はダンテス・ダイジの講話を読み返していた。
 以下はとても好きなエピソードだが、そのエピソードが今までとはまた新たな意味を僕に明かしてくれた。 

 瞑想というのは、一つの座ったりというような形だけではないということ。ある人間が、本当に素直な生き方を通している時に、ぶつかった壁というものを、こころをかたくなにしないでぶつかった時、本当に自分が解放されるといったこと、それはもちろん瞑想。

 例えば、俺の最初の師匠である、老子の生まれ変わりの人(伊福部隆彦、人生道場の主催者であった。故人)はさ、女房とのけんかがもとなんだ。あの人はそれまで瞑想という一つの決められた行というものを全く信じない人だった。奥さんというのがものすごく勝気で、インテリで、二人していつもけんかばかりしていたんだ。

 毎日考えるわけ。女房も悪いところがある。俺も、悪いところがある。なんとしてもこういう生活を改めなくちゃならない。そうしてそれを毎日のように考えてまたけんかをするんだ。そして女房も悪い、しかし自分の中にも悪いところがあるとまた考えるわけなんだ。

 ところがある日ふと思ったんだ。女房の悪いところを指摘したって、それは自分の都合だし、自分の悪いところを指摘したってそれに対して知的理解を得るだけで何も起こりはしない。その時思う。ああ、こういうことをやっているよりは、自分が今一番素直にやりたいことをやろう。そして机に向かってさ、原稿を書き出したの。それがなすべきことだったから。こころある道だったから。その人にとって。

 そして、その瞬間、それまで神というのはどこかよそにいると思ってた。あるいはそんなものは人間の観念の作り出した空想だと思っていた。それがそうじゃないことがわかった。神しか本当には存在していないことがわかったんだ。
神が様々な姿をとって、一つの道を、一つながりの愛を。

 一番自分にふさわしい流れというのは、既にあるんだ。その流れに自分たちが一致した時、そして一致させるためには素直になることだ。一致したとき、本当にその人は安らぎを得る


                      十三番目の瞑想 ダンテスダイジ講話録 より




 夫婦喧嘩というのは、外側の幻像と戦っている姿だ。 これは例えば、仕事のことでイライラしたり 社会への不平不満でこころがわだかまったり、心身の不調にうんざりしたりということと同じだと思う。

 でもこの人はその幻像と戦うことから、本当に好きなこと、内発的な衝動、心ある道へと自分の意識の焦点を移しそれを行った。そうすることによって神の実在へと目覚めたことになる。
 それは素直な想い、本当に好きなこと、素敵だと思うことが神から流れ来たっているからかもしれない。神へ目覚めたことはこの場合結果に過ぎない、まず自分自身になろうという想いが、

ああ、こういうことをやっているよりは、自分が今一番素直にやりたいことをやろう」という想いが、

 とても素敵なものだったのだと思う。





3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/26 17:42

3・11以降~目覚めの始まり~⑤

 「今ある自分の状態をそのまま受け入れることも出来ないけど、なにをすればいいのかわからないようなところがあります」

 と、僕は6月終わりの修道会でI先生に相談した。すると、

 「それは・・・よくあるスランプだね。そして根本的にはマーヤがあるっていうことだ」とI先生。

 そして一人リトリートを勧められた。
 これは基本一日中なにもしないで、テレビもパソコンも本も見ず、マーヤ解きやお祈りだけをすることだ。
 それをやれば退屈で気分が落ちてくるだろうけど、落ちた分その後バキバキになったり、また思考を煮詰まらせることで思わぬ答えが思いついたりすることがあるという。
 一人リトを勧められたのは、初めてではなく、2年ほど前に初めて勧められた。
 その時から情報をカットするということの重要性が徐々にわかり始め、去年テレビを思い切って捨てたのもその影響による。

 「で、どれくらいやればいんでしょうか?」

 「そうだね~一週間くらいか(●´∀`●)」

 「げっΣ(; ゚Д゚)」

 「じゃあとりあえず3日くらいやってみたらいいんじゃん?それで調子良かったらもっと続けても良いし~調子悪くても続けてもいいし~まあ、やってみることだね」

 「わ・わかりましたやってみます」

 「どうみんな、今の話聞いて僕も、私もやってみようと思った人どれくらいいる?」

 すると、手を上げたのが十数人中僕を含め3人くらいだったので、先生は「なんだよーまったく」と面白そうに笑っていた。

                一人リトリートレシピ(自己流)


 ☆ノートPCは回線外して目に付かないところへしまいこむ

 ☆携帯は電源オフにしてこれも目に付かないところへしまいこむ 

 ☆瞑想するでもなく何もせずひたすら座り続ける 重要そうな考えは書き留める 今のマーヤを考える

 →真に独立したスペース、自由な気分、映し世を忘れること

 世間に生きつつ、家では山にこもった仙人のように生きる


            6月30日

 先週末から先生のアドバイスに従い一日半ほど一人リトリート
 なかなかよい感じであった
 昨夜仕事終了後も、しまってあるPCは出さずに
 お酒の飲みながらサボテン見たりしてた(笑)

 <これからやろうと思ってるスタイル>

 とにかくなるべく家にいるときはPCもしまったりして、hermit状態を続けたい。

 でもまあ外出る時はゆるく、何でもありで~

 何ちゃって隠者モード起動!

 しまちゃうおじさん降臨して、PC、ケータイしまっちゃいました、とかブログに書いたけど、実はしまわれてるの俺だったりして・・・と思った。



 7月の最初、次にI先生に会った時あのようなことが起こるとは、僕はまったく予想もしていなかった。
 ただその日はとても暑い日だったので若干イライラはしていたかもしれない。
 突然、僕はその場にいて先生の話を聴いているのがイヤになったのだ。
 そのまま黙って荷物を持って座を立ち、会場を出て行く自分をもう一人の自分が見ていた。
 その時格別先生がひどいことを言ったとかそういうわけではない。ただある一言が、僕の中のこの場に執着していた部分を恐るべき力でゲンナリとさせ、もう充分だ。ここにいることはない、と思わせた。

 暑さでいくらか思考回路が変になってた部分はあるかもしれない。
 しかし、飛び出して初めて、「そうか、自分は、ここを出て自由になりたかったんだ」ということに気づいた。何か偉い人の周りに輪になって座って話しを聞くような雰囲気は、僕は本質的に好きではないのだ。 
 神様、どうでも好きなようにするがいいですよ
 これで僕がアウトになさるなら好きにすればいいですよ
 これが間違った選択だとしても、別にどうなってもかまわない、僕は出て行きたいんだ。と自転車を飛ばしながら思った。I先生に聞くまでもない。僕が出て行きたいんだから。

 そうして走りながら初めて、僕はI先生のことをブログに書いたりして、すごい人と知り合えた自分に酔っていた、I先生に自分の未来を預けようとしていた。I先生のところにさえいれば何があっても大丈夫なような気がしていた。それが、神を信じること?違うだろ。別にそういった依存対象を持たずに、普通に生きてる人がたくさんいる。そういう人のほうが僕よりもずっと強いじゃないか。なのになぜ僕はそういった普通の人をどこか上から目線で見て、自分だけが、神から祝福されてるようにさえ勘違いしていたのか。
 相方にもI先生のコピーのような話しをうんざりするまで聞かせて、神の教えを広げてるつもりでいた。

 僕もずいぶん、アホだった。  

 なぜだろう?
 なぜ先生は、僕をこのようにしたのだろう。
 僕のブログで人が来ると僕が書いた記事をほめて、僕の役割は書くことだと言った。
 僕が仕事が見つからずに悩んでいる時、そのうち村をつくるのが目標だからM君もそこに住めばいいじゃないと言った。「俺はM君のことは気に入ってるから」と言ってくれた。 
 そう、もしかすると、I先生はすべて僕の「潜在的な期待」通りに振舞ってくれたのではないのか。
 そうすると、どうなるかということ、それを教えてくれたのではないか。
 I先生は愛の人だった。それは確かだ。あんな風に話せる人はいない。
 子供のようで、賢者のような、年老いた、深い器を持つold soul でも海外ドラマ大好き。
 時に大丈夫?と思うほどハイテンション。
 言葉、振る舞い、雰囲気からいやおうなしに先生がどういう世界を生きているかは伝わってくる。
 7年もの間、僕はそれを見てきた。
 もう二度と僕は、他の誰をも、おそらくI先生のようには師匠だと思うことはない。
 そのことによって、僕の外に求めるこころ、依存心を一切切断してくれたのだろうか。

 それとももしかして僕は とんでもなく間違っているのか? 

 先生から逃げ出すのはエゴや、マーヤの抵抗なのか?
 と同時に「みこころ」なのか
 わからん わからん、わからん(;′△`)

 翌朝夢うつつの中、こんな言葉が浮かんだ。

 『どのような人も 原理も求める必要はない

 ネットサーフをやめて、
 むずかしく悩むのをやめて、
 音楽を聴いたり、弾いたり
 英語を聴いたり
 好きな小説を読む時間をとる。

 これはリハビリだ。自分へと戻るための・・・。
 7月4日


 厳密に言うと存在するのは至高の宇宙プログラムのみだ
 宇宙は知性的であり 人間を変容させる
 神、仏、宗教原理のすべてはこの宇宙プログラムの用いる方便である
 よって人間は自分にとっての「知」、「至高」によって動かされる宇宙プログラムの役者たちである
 あらゆる指導者は宇宙プログラムにだまされつつ奉仕しているのだ
 しかし、宇宙プログラムにだまされることを恐れてはならない
 宇宙プログラムは、我々を愛しているからだ
                                                                 

 I先生はもしかすると自分自身へと戻る道を
 示してくれたのかもしれない
 TVもPCもない部屋
 間接照明の空間と、キースジャレットの音楽(どちらも先生に教えてもらったものだ)
 なんならバッハもモーツアルトもかけることができる
 サボテンとポトスの鉢(これも先生に勧められたものだ)
 居心地の良い内省的空間
 これらのなかから生まれるべきビジョンや思索があるとすれば、
 その土台を与えてくれたことになる
 これが僕自身が求めていた空間
 「豊かな孤独」かもしれない
                  
                                    7月17日

 8月になってまた一週間ほど続く風を引いて、熱が出た。
 I先生のところへ行かなくなっても、何かは継続していた。
 それは学びと、気付きの連鎖だった。
 いや、先生のところへ行かなくなった分だけ、僕は自分のこころに耳を澄ますようになった。
 毎朝、静かに座って今日の状態や、自分のこころを見つめるようになった。
 そうして座っていると、自分にとって必要な答えがやってくるように思えた。
 それをつまらないと思えることでも、なるべくこまめにノートに書き付けておくことにした。
 

 人間は誰かを崇め奉るのが好きだ
 救世主(メシヤ)が好きだ
 外側の何かが自分を救ってくれると思っている
 その認識において、メシヤと風邪薬は紙一重も違わない
 人間は既にあらゆる存在によって生きている
 そしてあらゆる存在を生かしている
 すべては飯屋
 僕は飯屋
 それ以外の事実に飯屋を求めるなかれ
                          
                                 8月16日

 ○外側から入ってくるニュース・ネットの情報に一切期待しない。
  (自分の内発的、主体的行動、感性のみを期待する)


 ○朝の時間など、何もない時 それを読むと「あるストーリー」が起動する「情報体」ではなく
  音楽など意味内容のない「波動体」を摂取する。


 
 彼自身のビーイングや、根源精神の質と
 自我の成熟度は一致しないことがある
 しかしビーイングの質の高さや、「縁」が合致すると
 彼は彼自身意図せずして、人を変容させたり学びを与える。

 人が人にエフェクトする要素は、ビーイングの質と縁、
 そしてもちろん受け取る側の受容性、オープン度による
 受け取る側の質によって、あらゆる存在・事象から学びことは可能だ
 よってすべては すべてのグルとなり得る

 実際に自分のビーイングが、誰に、何を、教えているのか
 意識している場合の方が稀なのである
 彼が、意味があると思い誰かに語る言葉の全ては
 ビーイングが教えているものとまったく違うかもしれない

                                
                                 9月8日
 
 9月は、なにか新しいエネルギーが入ってきているような感覚を感じたが、10月になると原因不明の落ち込みの波が何度もやってきた。

 ●すべては自分の問題である
  すべては自分である


 (ひふみ神示)の御魂磨きは、それをもとにしている。(己のこころの戦、終わっておらんであろうが
                                 10月6日


 また一人リトリートを何度か実行してみるが、今度の落ち込みはしつこく、ちょっと調子がよくなったらまた落とされるということを繰り返した。こうなったら

 私は今のわたしの体験を100パーセント愛し、受け入れます
 愛しています 感謝します
 

 とでも祈り続けるよりない。

 10月20日  

 うーん、まあ悪くない感じだろうか

 月曜ちょっとウツ度高かったので、火曜は夕方までほぼ座りっぱなし
 
 自分が止まっていると、回転する現象のセンターにいる感じ。

 

 10月24日

 ものすごい嫌な感じの女に夢の中で出会い、気分が悪くなるが、目が覚めて結局自分のこころが生み出していたものであることに気づく。現実もこんなもんで、イヤだと思うことに勝手にこころのエネルギーを注いでいるのかもしれない

 10月28日は、人類の意識進化としてマヤ暦を解読したコルマンインデックスの最終日だった。
 この前日ちょっと不思議な夢を見た。
 夢に感動したので夜中にノートに書いたがほとんど意味不明だ

 
 
 阪神淡路大震災
 オウムテロ事件
 やがてすべてを繰り返し時は
 あの流れへとたどり着く
 100年前の多摩川(?)のあの青き流れへと
 人智を超えた巨大な回帰する流れ
 すべては巨大で透明な流れの中に
 すべては戻ってくる
 もっとも美しく 無垢な
 君の思い出へと
 


 10月27日

 朝方、不思議な青き流れの夢。
 自分が透明な巨大な流れの中の小さな存在になったような・・・この流れはいとしきものへと回帰する。



 このオウム事件や阪神淡路・・というのは僕が十代の頃衝撃を受けた大事件、大災害だけどこれが夢の中でどういう文脈で出てきたかというと、こころを暗闇で被うような事件事故も、この「透明な流れ」というものを消すことは出来ないということだ。そして人はなくしてしまったと思い込んでいる、もっとも無垢なものへと必ず帰っていく、回帰していく、その大きな流れの中に誰も含まれているというようなことだった。それはパワーのある夢で半日ほど夢の中のエモーションが力を持っていた。
 人は大人になると、無垢でなくなるというが、実は無垢なものとは失い得ないものかもしれない。
 
 コルマンインデックスの終了
 人間は新たな目覚めのステージへと移行するのか!?


 そして、僕は・・・



 ・・・、また風邪引いて寝込んだ(´-ω-`)
 


      



3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/23 22:34

3・11以降~目覚めの始まり~④

 リトリートから帰ってすぐ体調が悪くなった。

 原発で注水作業が中断した翌日。のどがイガイガして、体も少しだるく熱っぽい。

 前夜、リトリートで他の参加した人から、3・11の地震を的中させた小林○夫さんのことを聴き氏のツイッターを見てると過去最大の警戒警報ですとか言ってる。不気味なので電気つけて寝る。
 夜中は大丈夫だったが、朝8時ごろ千葉震源で最大震度5の地震。東京も4程度か。

 PCをチェックするとリトに参加したご夫妻から、ブログの投稿フォームより家も同じ東京西部だし、もしもの時の為にメアドを交換しませんかというメッセージが届いていた。数年前修道会に参加し始めたご主人が即効でバキバキになり「あがり」になってしまったYさん夫妻だ。こころ強い連絡でうれしかったが、同時になにか有事感が強まってきた。
 少し外出し、買い物をして日高屋に入ってご飯食べてると、ポケットの携帯がまたあの嫌な音で鳴った。緊急地震速報だ。鉄筋の建物の1Fだが、上の照明が揺れている。「揺れてる!揺れてる!」と近くのおばさん。携帯からWEBに接続して調べると、また福島で震度6の余震が起こっていた。

 家に帰り、ネットでいろいろ見てると、去年の春アイソレーションタンクを体験しに行ったECCOのMさんが阿蘇に
行ってしまっていた。あと1月頃に買ったあるアセンション系の本の著者は、自分のサイトで「日本が新たな災難に襲われるのはもう避けれない」と日本脱出を勧めている。こういうの読むと東京にいるのがヤになる。夕方、○夫さんのアラートは解除された。こういうのにいちいち振り回されるのもどうかと思うが。なんか2011年は待ったなしの感があるようで怖かった。

 風邪気味だった体調は、本格的な風邪に移行して熱が出始めた。
 それから約一週間ほとんど僕は寝込んでいた。
 余震はその間もずっと続いていた。いったいいつまで揺れ続けるのだろうか。。。
 一週間経ってそろそろ大丈夫かとAさんの介護の仕事に行くが、ふらふらしていてとても夜の9時まで持ちそうもない。事業所に電話して、体調悪い旨を伝え、少し早く交代してもらうことにした。交代時、僕より若いヘルパーに

 「オーラみたいなのが弱ってますよ、大丈夫すか」と言われる(;´・ω・)
 
 うう・・・体に力がはいらんのじゃ。
 頭ががんがん痛み出し、下がったはずの熱がまた38度台に戻った。もう一週間経つ。
 なんだろう?揺れのPTSDや原発やいろんな情報ネットで見たりして免疫が弱ってるんじゃないか。
 大丈夫か、俺(# ゚ Д ゚ #)

 とにかくフルーツとアイスだけ食べて、ひたすら寝続ける。
 明日熱下がってなかったら病院イコ(;'A`)

 翌朝未明4時過ぎまたグラっと短く強い揺れで起こされる
 秋田で震度5弱

 翌朝、熱は7度台に下がってたので病院に行くのはやめたが、この風邪が多少回復しからだに力が戻ってきたように感じたのは4月23日ごろだった。風邪を引いてから約10日が過ぎていた。

 調子が良くなってきたので彼女と会う約束をしたが
 久しぶりに相方に会うと彼女は、僕の手をつまんで軽く振り

 「やだーなんかぺらぺらしてる~~」と言った。

 揺すられるままにからだがかくんかくんした。
 いったんもめんになったみたいだ。
 翌日、駅まで彼女を送っていった帰り道東の空にまた虹を見た。
 それもしっかりとブリッジ状の半円をしたハンパない大きさの虹だった。
 その虹の橋のたもとをを日を受けて輝く雲が流れて過ぎ、言葉に出来ないほど美しい光景だった。
 こんなすごい虹を見たのは、久しぶりで多分二回目か三回目くらいだと思う。
 まだからだはぺらぺらしていたが、感動してしばらく突っ立って見つめていた。

 虹に意味なんかないかもしれない。

 でも、リトで見た虹をまたこんな形で見ると、それはよき知らせのサインのように見えた。
 

 5月1日の日記

 昨夜はなんか目が冴え眠れず
 夜中一時ごろにも地震があり雷?か風の音が大きく何度も目が覚めた。
 ネット見すぎてまた変かも。
 幼稚園児が5月に東京で地震があるって言ってるとかいうのはデマっぽいけど、妙に気になる。

 なんか今までと違って、自分が直接体験する可能性のあることだから気になるのだろう。

 しかし、そんなこんなで朝むくっと起きて鏡見るとすごく疲れて見えたので本日はネットなし!と決めた。

 ホントこの情報漬けだと不安やもやもやが高じて免疫とか低下しそうだから、こころ休めないと。

 実際の地震の揺れよりも害あるかもしれんので。。。

 去年の今頃は馬乗りに行ったりして、平和だったなあ。



 5月6日

 今日は(I先生の)瞑想会休む。

 なんか昨日の朝くらいからエネルギーが変わったというか、すやーっとした感じだ。
 僕だけじゃなく、全体的に・・・だと思うが。

 管首相 浜岡原発停止要請 という良さげなニュースも。

 ただ深夜二時ごろ、福島浜通りで震度5と強め。今日はやや地震多いか。しかし東京ではもう長いこと揺れは感じていない。

 修道会、I先生のブログ、村に住む、覚醒、などの概念を一度すべて捨てる。(I先生に依存するアイデンティティ)←ということを昨日の朝考えて瞑想会を休むことにした。

 だが神を捨てることは出来ない。


変な風邪を引いたのは、ストレスによるものか、あるいは放射能によるものかわからない。だが、「情報」によってダメージを受けていることは確かに思えたのでまったくネットに接続しない日を設けたり、地震や原発についての情報は見ないという時間を意識的に設定するようにした。 

 情報によってダメージを受けるとすれば、その多くは「不安、恐怖」という感情によるものだと思う。それら収縮系の感情が、呼吸を浅くさせたり、また未来を悲観的に考えることで自己破壊的な、あるいは刹那的な行動をとらせたりする。免疫系に対してもあまりいい影響を及ぼさないはずだ。

 また3・11以降、情報は「怒り」という形にも多く転化して言った。
 自然の力に対しては怒りをぶつけるというわけにもいかないので、その分の怒りも含めて責める相手が存在する人災的な側面に集中砲火が行われるのかもしれない。やり場のない怒りというが、そういう怒りはやはり発散される「場」を求める。
 僕も今回の災害を経験する前は、政治や大企業という存在に対してこれほど具体的な怒りを感じたことはなかった。具体的な怒りとは、簡単に言うと「ボコボコ」にしたいと思うことである。

 原発、ひどいニュースばかりでイヤになる

 まあ僕が福島県民なら、東電幹部とか政府関係者ボコボコニしてもまだ足りないと思うだろう。

 これでも暴動や革命が起こらないなら、それがいいのか悪いのか、僕は知りません。

 そもそもあんないい加減な原発建てた時点でテロ特措法かなんかにひっかからないのか?
                          
                                       5月12日の日記

 また怒りは、そういった企業や国にたいしてだけではなかった。
 「節電」と言われれば、電気を使わないことがなにかボランティアのようないいことをしていると考えるような風潮や、それを煽るようなACのCM、デマに惑わされないようにと言いながら安全デマを流す人間や、それを煽るようなACのCMや、実際に深刻な汚染が進んでいるにも関わらず、風評被害とかいう言葉をひろめて「食べて応援」などいう本末転倒の思考を何かボランティアチックな美しいことに摩り替えようとするような小細工、正確な情報も流さずに「がんばれ日本、ひとつになれ日本」とだけ言い続ければ、単に大本営発表のもとでの盲目的一体化を促すことにしかならないことを自覚しないマスメディア、多少の放射能はホルミシス効果により体にいいんですという学者、こういったものすべてに胃が痛くなるような怒りを僕は感じた。

 僕の怒りは、スピリチュアルな指導者にも向かった。
 日本脱出を勧めていたくせに、安定感が戻るとのこのことまたブログを書き始めた人の分厚い本を酒に酔って、全部びりびりに破って燃えるゴミに捨てた。

 このごに及んで

 メッセンジャー、あるいは教師だと勘違いしてるやつらの90パーセントは

 アホだ。
 
 教えを垂れて 人を導くのが趣味の偽預言者だ。

 このバカヤロー!
                     5月8日


 このバカヤローて・・・
 相当荒れてますな(o・∀・o)

 しかし、これらの怒りはもしかしたらそういう外側の情報に振り回される自分自身や、なにを信じていいかわからない状態、希望の喪失感、そういうものにも向けられていたのかもしれない。
 「怒り」は対象があるものだが、自分の内に存在する「怒り」はその対象ではなく、自分自身の身心を蝕む。おそらく「恐怖」と同じく免疫系・循環器系などにマイナスの影響を与えるだろう。
 好ましくない存在のことを考えて、自分を蝕むのは全く馬鹿げている。だから「怒り」については忘れるか、許すか、あるいはそれを冷静な行動へと転化させ、状況を変えるようにアクションするしかない。 
 僕自身に関して言えば、「情報」自体に距離を置くことと、毎日ある程度からだを動かして肉体を鍛えること、ポジティブな感情を作り出すこと、壊れていく世界ではなく「光」を意識するということを5月ごろからやり始めた。それは自分自身に再接続することの始まりでもあった。昔親の本棚から借りてきたこの本が役に立った。

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 5月25日

 Aさんの介護で夕方からフォーク居酒屋へ。
 団塊の世代の皆様に演奏してもらい、尾崎豊を歌うという想定外の事態に。
 しかし気持ちよかった。
 もっとうまく歌いたかった。いや、もっと俺に歌わせろ的なところもあり、いつもカラオケなので譜面見て歌うのが難しく「卒業」は歌詞が途中でわからんようになる。続けて「I LOVE YOU」も。おもしろかった。


 武蔵境駅から歩いて5分くらいのところにある、小さなフォーク居酒屋。
 一応小さなステージがあって、お客さんがギター弾いたり歌ったり出来る。
 養護学校の先生をしていたママさんが始めた店らしい。
 フォーク居酒屋、という名の通り集まるのは50代前後の方が多い。
 あくまでAさんの付き添いなのだが始めて行ったので、自己紹介させられ、いつのまにかステージに上げさせられていた。すでに生ジョッキ一杯飲んでたのであまりテンパリもせず・・
 フォーク居酒屋で尾崎ていうのも微妙にずれてるが、生でギター伴奏してもらい歌うのは大変気持ちよかった。また、居酒屋だけど、いちおうステージだ。聴いてる人もいっぱいいる。程よい緊張感と気持ちよさがあってよい。 
 仕事(なんですこれでも(;^ω^)が終わって居酒屋を出ると、みんなが楽しそうに歌ったり飲んでるあの雰囲気を思い出し、あたたかい気分になった。
 パソコンの前に座って、情報を集めてる自分が深刻になりすぎてる気がした。
 いや、実際深刻な事態が進行中かもしれない。
 でもだからこそ、楽しむことも必要なのかも。

 もう5月も終わりに近づき、夜に自転車で走っても寒くない季節になっていた。







3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/18 15:30

3・11以降~目覚めの始まり~③

 京都に避難した僕の頭の中には、3つほどのシナリオがあった。
 ホテル代もかかるので避難してられるのは4日ほどが限度だ。

 まずひとつはこの3日ほどの間に、原発がひとまずの安定してもう新たな爆発など起きないとはっきりすること。

 ふたつめは、この3日ほどの間に、あらたな地震、爆発などが起こり、いやおうなくこちらに留まることになるというもの。

 みっつめは、3日の間では決定的な次の崩壊は起こらず、かといって安全とも言えない状況のまま東京に帰らねばならないというものだ。

 どうやら3つめのシナリオとなる可能性が濃厚になってきた。
 まあ平和な空気も感じられ、久しぶりに家族とも会って少し気分転換は出来たからそれだけでもいいんだけど。
 しかし、この状況で東京に帰るのはどうにも気が進まない。
 だが僕には向こうに仕事もあり、相方も東京に家族がいる。I先生もいる。結局のところ、僕の今の居場所は東京なのだ。多分それが「みこころ」って奴なのだろう。向こうに帰ってどうなるにしろその流れに当分は身を委ねてみようという受容的な気分になっていた。これも避難して少しこころに余裕が出来た上での思考だったかもしれない。
 
 最終日、新幹線の時間まで僕らは鴨川沿いにある鴨川カフェという落ち着いた感じの喫茶店に入り、食事とコーヒーを頼んでしばらく読書をすることにした。なかなか個性的なセレクションでいろんな本が置いてあった。僕は村上春樹の短編集「東京奇譚集」を読み、彼女は「るか、でぶっちょ宇宙人おばさんと会う」というスピリチュアルエッセイのような本を読んだ。僕もぱらぱらと読んでみたが結構面白そうだった。
 なんだかこのような場所でデザートを食べたりしてると、自分が必要以上にぜいたくなありがたいことをしているような気分になった。もちろんそれは頭に浮かぶ被災地の映像などとの相対化によるものだ。

 京都のヨドバシ電気ですら、懐中電灯などが品切れ状態になっていた。
 僕は東京では全然買えない乾電池とか、カロリーメイト類を少し買っていくことにした。

 僕は少々いろいろな情報を話しすぎて、彼女を怖がらせてしまったかもしれない。
 帰りの新幹線の中で彼女は手を合わせて、災害が落ち着くように祈っていた。
 僕にしても危険地帯に向かって走ってる感じは拭えなかった。

 これはジャーナリスト木下黄太さんの動画だ。
 これによると、4月15日と、21日に首都圏に高濃度放射性物質の降下があったらしい。
 結局、僕は17日~19日まで京都にいただけなのであまり被爆量を減らすという意味では意味があったのかどうかわからない。まあ休養になったことは確かだけど。




 この木下さんは震災時大手マスメディアに勤務していて、現場は指揮系統が硬直状態にあったということを明らかにしている。その結果大本営発表ばかりがテレビからは流れることになった。このような事態にまともにどのように取材を行えばいいのか知っているジャーナリストは各局に一人か二人、いるかいないかだという驚くべきあちゃ~な実態を述べている。だからやはり非常時にテレビ・公式発表から情報を得るということは危険だとしか思えない。↑と↓は非常に貴重な話しだと思う。




 帰ってきて最初の仕事は、Aさんの家だった。
 コーヒーを入れようとしているとき、市の防災スピーカーから「水道水から低濃度の放射性物質が検出されたので、乳児の飲用は控えてください」という放送が流れた。

 「飲用は控えろって言ってますよ、、、Aさん。でも乳児だから大丈夫なんでしょうか」
 
 Aさんも気にしてない様子だったので、僕は蛇口をひねり出てきた水でコーヒーをいれてAさんに渡し、自分も飲んだ。いまなら多分、一応やめときましょうよ、と言うと思うがなんとなく空気感に流されてしまった。

 昔からチェルノブイリ事故などが所詮他国の問題であった時には、さんざんとても恐ろしいとメディアに刷り込まれていた「放射能」。それが一旦このようなことが起こると、「薄まってるから飲んでください」となる。やはりなんかものすごいことがまだ継続している。おならの匂いだけだから、すぐ消えるって?とんでもない、明らかに中身漏らしてるじゃないか福島原発君。200キロ離れた場所の水道に、君の「中身」が混ざってるじゃないか。チェルノブイリ君を決して馬鹿に出来ないぞ。ていうか漏れたって白状して、だから僕に近寄らないでと自分で言った分だけ彼の方が潔いぞ。漏れてるのに、漏れてないっていって中身を撒き散らした君はもうクラス中の、鼻つまみ者だ(〃*`Д´) 

 3月29日の日記

 19日目。相変わらず原発は一進一退を続けている。

 水2リットル、納豆などいまだに買えず。

 今日夕方から市民体育館のプールで泳ごうとすると、地震による設備の点検などで休み、再開未定とのこと。なんかもう泳いだり、ダイビングする時代ではないのかなと思ってしまった。広瀬隆氏の原発動画、怖。浜岡原発とかホンマ(動かしてるのが)意味不明や。

 なにすれば良いやらわかりまへん。
 昨日はブログ更新すると被災地の人がコメントくれてうれしかったが。
 書くことかなあ、出来るのは・・。

 もんじゅがヤバイとか言ってるのもいるね~

 1000マイクロシーベルト=1ミリシーベルト
(単位の覚え書き?)

 四月に入って間もなく、去年の8月福岡から東京に出てきて働いていた知り合いの女性が、家族が心配しているという理由で福岡に戻ることになった。Tさんといってずっと昔僕があやしいヒーリングをしてた時に奇特にもお客さんとしてきてくれた人だ。Tさんが帰る日が迫っているので、数回井の頭公園で一緒にお昼を食べた。

 Tさん自体はあんまり心配してないように見えた。若干びびってる僕に、

 「人間いつかは死ぬんよ~K君。朝起きて夜寝るくらい自然なことよ。それで死んだらとってもいい世界にいけるんだから。私は絶対気持ちよく死ねるとおもっとるけん。」と自分の死に自信を持ってるようだった。  
 なんでも自信を持つことは有効だというから、気持ちよく死ぬ自信というのも結構大事かもしれない。
 Tさんは、夢の中でシャンバラに行ったり、海岸でキノコを食べて「足の下に世界がある」ことに気づいてしまったりする不思議系ヒッピーお姉さんだが僕が貸した「クラリオン星人の本」を会社で堂々と読んでて、同僚にも読ませちゃったりする。そういうオープンなところは僕も見習いたいと思っているのだが、そんなオープンな性格から色々な人と知り合いになる。
 仕事上で知り合ったある省庁の顧問などをしている男性は「東京で地震が続くのは自然な流れ」と言っていたらしい。

 4月になってからも、不安定な原発の動向や、相変わらず続く余震に揺すられていると気持ちはなかなか安定しなかった。4月の8日から10日までI先生のリトリートが山中湖であるので、参加することにした。とにかく3日ほどはニポンの終わりは考えずに、頭の中を真っ白にしてもらいたいと願った。
 春先の山中湖畔はすっぽりと霧に包まれていたが、その合間に虹が現れ、みな写メを撮っていた。これは何かいい兆しかもしれない、と少し想った。あとから知ったことだが旧約聖書で虹はノアの洪水の後、神が二度と世界を滅ぼす洪水を起こさないことを人間に約束するため空にかけた。だとすれば、セカンドインパクトは起こらないかもしれない・・そうだといいのに。

 僕はかなりいい感じで帰宅し、翌日は地震も原発も忘れバキバキ感のなかで過ごした。
 夕方までは・・・
 その日は4月11日、ちょうど3・11から一月目だった。
 17時15分頃福島内陸を震源とするマグニチュード7の地震が起こった。東京の僕の自宅もかなり重みのある振動で揺れた。ニュースをチェックすると福島震度6弱の揺れで原発の電源が落ちて、注水作業ができなくなっていると言う。

 あ~~~┣¨┣¨┣¨(;゚Д゚)ドーシヨ

 幸い、50分ほどで作業は復旧したようだが、僕のバキバキはどこかへ消え、非常事態のムードだけが残った。
 夜になるとものすごい土砂降りの雨が首都圏一帯に降り始めた。

 そんななかTさんからメールが来た。

 明日、福岡に帰るという。 

「私は悪運が強いけん、帰ったあとが心配、原発またやばくなったらK君も逃げた方がいいかも」

 僕が「悪運をわけてください」と言うと「福岡に帰るから、土産に悪運あげるよー。私は良運に変更なのだ^^。悪運はスリルとパワーがあるよ、怪我せんよ」とTさん。そんなわけで僕に悪運をギフトとして残して、Tさんは帰っていった。なかなか心強い置き土産だった。


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3・11以降 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/12/13 21:02

3・11以降~目覚めの始まり~②

 次の日3月16日、僕はいつものように朝の9時に職場へ向かった。
 僕は障害者在宅介護のヘルパーをしている。
 担当しているAさんは、脳性麻痺で四肢があまり動かず24時間介護を受けている。
 しかし電動車椅子に乗っていろいろなイベントに参加したり、写真を撮りに行ったりと結構積極的にいろいろ活動している。アニメが好きで、よく一緒に見ることもあった。いつも昨日はこんな面白いことがあったと、ネタを話してくれるおもろい人だ。たまにケーキとか甘いものをご馳走してくれる。朝の9時から夜の9時までの仕事はなかなかきついが、それでもAさんの介護をし始めて学んだことも多い。今までやってきた電話オペレータや、データ入力などの仕事とはまた違ったよろこびと、もちろん大変さもある仕事だ。

 Aさんは特に先週の地震で、困ったこともないようだったが(外にいたためあまり揺れ自体強烈に体験しなかった)知り合いのやはり電動車椅子のマンションの5階に住む女性はエレベータが止まってしまい、100キロ以上ある電動車椅子をみんなに担いでもらってやっと帰宅できたという。

 その日はまあいつもどおりに仕事をしつつも、付けはなしたテレビから流れてくる原発の様子が気になって仕方がなかった。なんかヘリで上から水をかけて冷やすとか、果たして効果があるのかないのかわからないことをやっており、それも上空の線量が高くて引き換えしたとか言っている。

 Aさんが「面白い動画がyou tubeにあった」と言ってこの「うんちとおならで例える原発解説」を見せてくれた。






 Aさんは楽しそうに笑っているが僕はちょっといらいらしてきた。い・いやーこんな動画見てる場合じゃないですよ。おならじゃなくて中身漏れますよ、と言いたかった。しかし・・・

 その日の夕方頃だろうか、突発的に行われた無計画停電により、介護中にすべての電気が消えた。もう6時を過ぎていて電気が消えると真っ暗だ。どうやらAさんも地域の停電を把握してなかったようだ。そして困ったことにAさんの家は暖房はエアコンのみなので電気が落ちると部屋の温度がどんどん下がっていく。3月のこの時期に部屋の中でも暖房なしは無理だ。Aさんの指示で懐中電灯を見つけ、寒くならないように厚着してもらう。とりあえず部屋の温度を下げないようにキッチンのガスコンロをつけておくことにした。そろそろ食事の時間だが、ごはんやお肉などは冷凍のものをレンジで解凍して使うため、電気が来てないと普通の調理も出来ない。うーん、どうしよ。テレビもパソコンも消えていて、静かだ。部屋の中は懐中電灯と、Aさんの車椅子に取り付けられてるライトの明かりしかない。

 「こんだけ暗いと怖い話しくらいしかできないですね」という言葉が思わず口をついて出る。もちろん冗談で言ったつもりだがAさんは

 「やるぅ?怖い話し」となんかマジで乗り気だ。
 まあ、この状況自体が充分怖い話しだが。

 くだらないことを言いながらもなんか戦時中の灯火管制下の国民になったような気がしてきた。
 いつもあったものがこんなに簡単になくなるものなのか・・・。
 夕食はどうしようかと相談していると、ノックの音。
 懐中電灯片手にドアを開けると、ヤマト運輸の配達の人が立っている。
 ものすごくグッドなタイミングで利用者のAさんのお母さんからダンボールにいっぱいのカップラーメンが届いたのだった。これならガスでお湯沸かすだけで食べられる。僕もひとつご相伴にあずかれることになった。
 僕がねぎを刻んだり調理をする時、Aさんがライトで後ろから照らしてくれていた。

 出来上がったラーメンを食事介助しているとき、頭まで防寒の毛布をかぶってラーメンをすするAさんを見ていると、結局このような時、力のない人、社会的弱者にすべてしわ寄せがいくのだと実感した。そしてまたなんて一瞬ですべてが消えていくのだろうと思った。これは本当に元に戻るのだろうか?これから常にこのような困難がつきまとう時代になるのではないだろうか。部屋の中で白い息を吐いてるとそう思えてくる。

 「震災が終わったら、みんなでラーメンパーティーでもしようか~?」とAさん。

 「そうですね」と相槌を打つが、その時の僕はこれが「終わる」とはどうも思えなかった。そうではなく何かが「始まった」のだと。代わりのヘルパーと交代の時間が来て帰るとき、翌日京都に行ってるはずの僕は良心の呵責を感じた。Aさんは珍しく玄関の方まで僕を送ってくれた。

 翌日、木曜日。3月17日。
 この日も別の仕事であったが、避難するため休ませて欲しいと伝えて欠勤した。
 荷物をまとめて、中央線に乗り東京駅へ向かう。
 電車内のニュースでは在日米人に100キロ圏外への避難勧告が出たとか、首相が「最悪の場合東日本は住めなくなる」と言ったとかどうみても状況は良くなってるようには見えない。
 中央線の中では、二人そろってマスクをして大きな荷物を持った、あきらかに僕と同じ危機意識を共有してるような男女もいた。しかしなぜこのような時に、普通に社会が回っているのか、そのことの方が僕は不思議だった。緊急的な業務以外はすべて自宅待機などにしてもいいのではないか。

 相方と落ち合う前に、僕はミクシーに日記を書いた。「東京から離れられる人はなるべく離れた方がいいです!」と。しかしなぜかすぐに削除した。それは正直自分でも自信がなく、ただ獣的皮膚感覚が「ヤバイ・・・ヤバイ」と訴えていると同時に、ただ不安にやられているだけのようにも思えたからだった。

 ホームで新幹線を待ってるとき、僕はチケットをホームに落とした。それはふわっと風に舞い線路に落ちるかと思えた。僕は「だああああっ!!(≧皿≦メ)」と飛びそうになるチケットを足で踏んづけた、のを見て相方が苦笑した。
 新幹線が東京駅を離れると、正直ホッと一息ついた。これで少なくともしつこく続く余震からはしばらく離れることが出来る・・・。原発の情報を調べ続けなくて済む・・・・。
 
 新幹線で3時間。京都に着いたとき雪が舞っていた。
 駅の近くでは東京ではその時みかけなかった街頭募金活動を地元の高校生たちがすでにおこなっていて驚いた。
 寒い中で立って寄付を募っている姿を見ると、正直逃げることしか出来なかった自分がかなりくやしくなった。
 と同時に京都の雰囲気はまったく違った。一言で言えば、平和だった。
 ここでは3・11のあの停電や食品不足、地震のリアリティがないのだ。でもだからこそ募金のような活動が早くも行われているのだろう。

 実家の事情で家に泊まることは出来ないので、予約していた京都駅前のホテルに相方とチェックインした。
 少しくつろいだ後、父の携帯に電話をかけた。
 諸事情により、実家には母と弟1が、父はアパートで一人暮らし、そして弟2もアパートで一人暮らしと僕の家族は京都に点在している。電話に出た父は、ちょうど弟が部屋に来てるという。弟はそんなに頻繁に父の部屋に来るわけではないのにそのタイミングに驚き、二人に会いにいくことにした。この時期いろんなタイミングが結構かみ合っているということが頻繁にあった。それは、3・11の日、たまたま葛飾区在住の相方が高円寺に来ていて電車が止まったので歩いてうちまで(三鷹)来たということもそうだった。おかげで一人で余震多発の一夜を耐えしのばなくてよかった。大変なときだがこう言ったこちらが助かるシンクロもあったのだ。

 久しぶりに再開した父と弟二人と、原発の話など。
 今ではチェルノブイリと並ぶか越える可能性もあるというLV7となったフクイチだがこの頃は『スリーマイル島の事故よりはたいしたことないんやろ?』的な会話が交わされた。僕も正直実情は報道よりはかなりヤバイと思っていたが(だから疎開してきた)、積極的にここがヤバイというポイントも説明が思い浮かばなかったので、あえて異論は発しなかった。

 結構敏感なところがある弟が、「地震の前一週間くらいあまり寝れなかった」と僕と同じようなことを言っていた。アパートのすぐ近くの薬局で通り魔的な殺人事件も起こったという。極めつけは弟が「師匠」と言ってる超人M氏からの情報だった。

 震災の四日ほど前、超人M氏から弟に「そろそろヤバイぞ」 とだけ書かれたメールがとどいた。
 「なにがヤバイんですか?」と電話して尋ねてみると、建物が広範囲にぺちゃんこになっててあたりが水浸しになってるというイメージが数日前から消えないのだという。それから四日後が3・11だったわけだが、まだ「たてものぺちゃんこ」が消えてないから備えておけと超人は言ってるという。(3月17日頃の時点で、今はそれがどうなったかは知らない。ぺちゃんこビジョンが消えてるといい)僕はそれをきいいてかなり怖くなった。なんだかこの地震はその直後からふたつかみっつでワンセットになってるような、次の一撃を予感させるような話が多いが、この情報もそうだった。
 翌日、京都駅からあるいて数十分の東寺へ行った。
 東寺にもすでに義捐金の募金箱がおいてあった。
 巨大な観音像の前で手を合わせると、なんだか不思議にリアルにこのような仏像に彼岸の救いを求めた人たちの気持ちがわかるような気がした。


3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/12 21:18

3・11以降~目覚めの始まり~①

 以下は東日本大震災の後、ブログにアップした文章だ。 





 3月11日は、前日が泊まりの仕事だったので、いつもの夜勤明けと似たような時間を過ごした。
 前日眠る時に「聖杯に血が注がれる」というイメージがよぎり、変わったイメージなので「聖杯に血が注がれる」と忘れないように呟いておいた。聖杯は処刑されたイエスの血を受けたとされる杯だ。朝は爽やかだった。利用者の人との心理的な垣根が一瞬消えて、同じフィールドに溶け込んでいる感じがした。8時に上がり、国立のエクセルシオールでコーヒーを飲んだ。そのあと吉祥寺に行って一人カラオケ1時間した。お昼ごろには三鷹の自宅に帰り、ビールを飲みながらLost season2のエピソード1と2を続けて見た。見終わり少しぼーっとしようとこたつに横になりタバコを吸っていた。珍しく読んでいた長編小説、貴志祐介の「新世界より」をぱらぱらめくりつつ・・・

 すると部屋が揺れ始めた。地震が多かったので、いつものやつですぐにおさまると思った。しかし、揺れはどんどん激しくなっていった。そして周りのものが落ちたり、倒れたりし始めた。その激しい揺れの中で、思考は『これがそうだ これがそうだ これがそうだ ついに来た』というようなところをループし、身体は麻痺していた。危ないから外に出よう、そう判断し動き出したのはもしかしたら揺れの峠を越えたあとかもしれない。木造アパートの二階の部屋から飛び出して、階段を駆け下り、外に飛び出すと、砂利敷きの駐車場に座り込んだ。座っていても地面がまだうねっている。右手にはまだタバコを持っていた。家から出てきた人がたくさんいる。揺れの感じから、多分東京直下型の地震ではないと思った。でも震源がどこであれ、かなりの被害がでてるに違いない。

 部屋に戻りネットで見ると、福島沖震度7の文字。
 しかしまだまだ大きく部屋は揺れている。気持ち悪いので、また外に出て、近所の公園に向かうことにした。
 相方が新宿で友達と食事し、その後高円寺の岩盤浴に行くと言っていたので気になり大丈夫かとメールする。
 酔いと、眠気は完全に飛んでいる。
 携帯のワンセグでニュースを見ながら公園に行った。

 公園では子供たちが遊んでいた。地震に怯えている様子もない。子供たちの様子をみていると、少し気持ちが落ち着いてきた。しかし、そこから少し離れたところでは女性が二人、北に向かって泣きそうな顔で手をあわせ必死に祈っている姿があった。東北に身内がいる人なのだろうか。また向こうの広場にリュックを背負った人たちが十数人集まってるのが見えた。家から避難してきたようだ。しかし一方グラウンドで野球をしている子供たち、そしてふざけあい笑いながら自転車で下校する中学生たちの姿もあった。

 東京でも建物が倒壊し、死傷者がでているようだというニュースが携帯から聞こえる。
 かなり巨大な地震であることは間違いない。
 この規模だと京都の実家に無事であることを報告しておいた方がいいと思い当たるが、予想通り携帯はまったくつながらない。コンビニの前の公衆電話なら大丈夫だろうと考え、小銭を入れて電話する。手短に無事であることを伝える。京都では揺れは感じなかったようだ。え?なんのこと?という感じだった。

 相方からメールが来ないので少し気になる。
 新宿の被害情報はないので大丈夫だとは思うが。メールが込み会っているのだろうか。
 mixiならメッセージが送れるのではないかとログインする。すると、地震発生後30分以内に相方もログインしている。ということはまあ大丈夫だろうと安心する。
 JRは今日は運転しないらしい。ということは彼女は帰れなくなるので、早めにタクシーでも拾ってこっち(
僕は三鷹在住)に向かった方がいいのではないかとmixiからメッセージしてみる。 

 返事が来たのは夜の7時ごろだった。
 mixiはチェックしてなかったらしい。僕の携帯にメールしても一切返事がないので、心配になり阿佐ヶ谷から三鷹へ歩き始めているということだった。だいたい四駅くらいある。僕も吉祥寺まで迎えに行くことにする。異常に冷たく、寒い風が吹きつけている。吉祥寺駅前は、バスを待つ人で長蛇の列が出来ている。

 駅から少し離れた場所で落ち合い、三鷹に向かった。
 相方は阿佐ヶ谷の駅で、電車を降りてすぐ地震に遭遇したようだ。
 エスカレーターを降りているときに揺れが始まり、一緒に居た女性が腰砕けになってその場にしゃがみこんでしまったので介抱するのが大変だったようだ。頭の上では鉄骨の梁がぐわんぐわん揺れていたという。歩き疲れているが意外と元気そうでよかった。

 家に帰りワンセグやネット見続ける。
 I都知事がテレビで『震源が段々下に下がってきてる』とかシャレにならない事を言ってる。
 この地震は普通じゃないという想いが強く突き上げてきて、眠れない。
 震源が三箇所にもわかれ東京を囲んでいるようだ。
 誰も予想しない異様な地殻変動の可能性を危惧する

 普段会わない四国の知人などから、安否確認のメールが来る。
 こちらも首都圏に住む知人にメール送る。
 翌日はI先生やスタッフのMさんらが無事かメールで尋ねて見る。
 I先生、花粉症に被爆し地震どころではないみたいな様子・・とのこと。I先生が深刻になってるとは考えにくかったがその返事を読みやはり・・・と思いちょっとなごむ。
 公園で遊んでた子供たち思い出し、大丈夫だということにフォーカスするということがこの先重要になってくるような気がした。
 
 


 9ヶ月たっても読み返すと、その時の揺れや雰囲気を思い出して鼓動が早くなってしまう。
 東京、震度5弱の揺れでもあれ程怖かったのだから福島や宮城でもっと強い揺れを経験し、また津波や原発事故の被害にあった人のリアリティは想像にあまりあるものがある。

 もう激動の2011年も二週間と少しになった。 
 太古の昔から蓄積されたエネルギーは東日本を激震させ、未だに揺さぶり続けている。
 今年が終わる前に、もう一度あの時自分が体験したことや、あのイベントが自分に及ぼしたエフェクトをあらためて振り返り、書いておきたいと思った。それは首都圏の何千万の人も同じように体験したもので、珍しいエピソードではないと思うが僕固有のものももしかしたら何かあるかもしれない。

 思うに変化の兆しは2月に、数年ぶりのX級フレアが太陽で発生し、ニュージーランドで大きな地震が起こった頃からはっきりとし始めていたのかもしれない。2月はすでに何か尋常ではないエネルギーが動き始めていた。3月に入ってフレアがさらに頻発すると、僕は日常生活の中でのテンパり方がひどくなり、眠りがひどく浅くなり、早朝に目が覚めるようになった。この眠りの浅い傾向は今でも続いている。何かが起こるかもしれない、そう思っていたが、まさか日本であのようなことが起こり、自分もその一端を経験することになろうとは全く予想していなかった。予想していなかった・・・のだが、揺れがピークに達してる時に覚めてる頭の片隅で感じていた「これがそうだ」という一種のデジャブ感のようなものはなんだったのだろう。僕はどこかでそれを経験することを知っていたのだろうか。

 2月、X級フレアの直後に夢を見た。
 突然ものすごい雨が降りしきり、窓の外を水浸しにして、どんどん水位が上昇していく。それはまったく止めようのない勢いだ。そして遠くの空に目を向けるとそこは黄色くかすみ、ごごごごご、と何かが彼方で始まっているようなのだ。僕はあまりに突然に訪れた激変と終末に呆気にとられて何も出来ずにいた。
 カタストロフィックな夢はたまに見るので、それが予兆であったかはわからない。しかし、あのあまりに突然に訪れた日常の崩壊という感覚は、直接津波被害などに会った人たちが感じた感覚に少し似ているかもしれない。

 この大地震が他と違うのは、その桁違いの規模もあるが、原発災害という長期にわたって継続するクライシスもセットになっている点である。そして同じく、新たな大地震の可能性を残していったということだ。そのような要素が、3・11が「何か」の「始まり」として語られるゆえんである。
 3・11は継続している。僕らは今も3・11という時空の中で生きているのだ。それ以前の時は二度と戻ることはない。3・11以降何が始まったのか?

 その日の夕方、家に帰れなくなった彼女と、吉祥寺で会った時彼女は「おはよう」と言った。
 多分僕と同じく相当パニクっていていい間違えたんだと思うが、僕はその「おはよう」が今でも意味深で忘れられない。
 地震のあと最初に交わした言葉が「おはよう」だったからだ。
 もしかするとこれは、尋常ではないウェイクアップコールなのだろうか。
 そうだとすれば3・11以降始まったのは「目覚めの時」と言えるかも知れない。


 3・11の特質はその継続性と、予測不能(想定外)性だ。
 僕は数日後に早くもその持続性に気づかされた。それはもちろん福島第一原発の3号機が、どう見ても核爆発のようなきのこ雲を吹き上げているのをニュースで見た時だ。終わってない、危機は続いている、しかもこれがどれだけ深刻な状態に発展するか誰もわからないんだ、という足元が抜けるような感覚、底なし沼に飲まれていくような感覚を感じた。あんな感覚をリアルで実感したのは初めてだった。東北崩壊?首都消滅?日本崩壊?誰にもわからない。テレビの向こうのカタストロフィーがじわじわと自分の生活に近づいてきていた。

  3月14日の日記

 震災四日目。朝起きてセブンに行く。2リットルの水、お茶はない。
 サミット、JRの運休で店員が足りていないのと買いだめする客の多さで、レジに長蛇の列。やはりここにもカップめん、水などまったくなし。

 福島原発三号機で爆発。
 格納容器は安全と言うが、1号機の爆発よりも大きく素人目にもきのこ雲のようなものが立ち上るのが見える。本当に大丈夫なのか?

 副○隆彦氏のサイト、原子力資料室のUストリーム会見を聞いているとどうも不安になる。



 食料については一時的なものだと思った。
 まったく食べ物がないわけじゃないし、多分すぐに供給が追いついてくるだろう。
 しかし原発爆発、これはまったく未知のことだ。
 政府の発表はまったく信頼できない、どころか僕はなぜかあのE官房長官が喋ってるのをきくとどうもイライラして仕方なかった。
 ここはネットで情報を収集するしかないと、信頼できそうな情報源を見ると、政府発表よりも相当深刻で出来たら西に逃げてくださいと勧めていた。

 僕はとりあえず、高田馬場で働いている彼女に、今日は家に帰らないで僕の家に来て、とメールした。
 彼女の家は葛飾区なので、あまり東京の中でも原発に近い場所にはいて欲しくなかったのだ。
 そしてもしこれ以上の爆発などが起きて、それに新たな地震が重なれば自宅退避命令や交通規制などがされて容易に移動できなくなるかもしれない。と、そこまで考えた。そしたら簡単に会えなくなってしまう。
 彼女はあまりことの深刻さが伝わっていないようだったが、一応リクエストどおりにしてくれて、三鷹の駅で落ち合った。

 三鷹のメインストリートはまるでゴーストタウンのようだった。
 というのは「食料不足のため」などという張り紙をして、松屋などの牛丼チェーンや、東急ストアなどの巨大スーパーがまだ7時前なのにしまっているのだ。しかも「節電」で、駅も、商店も薄暗い。僕は、なんだかもうこれはずっとこのままで東京は人が住めなくなるのではないかという気味悪さを感じた。開いていた中華の食堂で軽く夕食をとったあと、家に戻ると、今度は富士宮市震源の震度6の地震(東京は4程度か?)でみていたワンセグのニュースから警報が流れ、僕と彼女は反射的に外に飛び出した。

 この時点で僕は相当疲れてきていた。
 地震からずっと食欲もないし、睡眠も浅い。住んでる木造アパートはちょっとした地震でも大きく揺れる。
 そのたび心臓バクバク
 そしてうそ臭い公式発表の裏で進行しているであろう、メルトダウン。
 東京にいるということは危険すぎるように思えた。

 僕「京都に行こう。明日オレ、介護の仕事あるからあさっての新幹線で」

 彼女「えー無理だよー」

 僕「交通費とか全部出すから。弱ってる俺の付き添いで行くって思って、ね、明日予約しておいてよ。」

 あまりクライシスの実感のない彼女をかなり強引に説得して、仕事も休んでもらい一緒に京都に一時避難することにした。





3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/12 17:29

「中国の方がまともなの?」

 宮崎哲也のトーキングヘッズ「国家と情報」







 ぱっと見、いかがわしい風貌で正論をとうとうと語る上杉隆氏は結構好きだ。
 
 日本人は結束する性質がある。それはいいほうにも悪い方にも出る。

 被災地の農作物を買いましょう的な運動を僕もよく見てたブログで見かけた。
 そして激しく違和感をも感じていた。
 まーこうなれば多少被爆するのはしょうがないしかし、騙されたくはないし
 その片棒を担ぎたくもない

 「風評被害」。一体風評被害かどうかなぜわかるというのか?

 見たくないものは見ない、そして危機においては結束する。

 この二つが結びつくのはそれほどよろしくない。

 空気を読むのではなく、むしろジャーナリストは空気に水を差すべき。

 いい発想だと思う。 








8/22 下追加



3・11以降 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/08/21 21:58

『もし4号機が倒壊すれば、日本の友人の皆さんすぐ逃げなさい。』

 以下の要点は、米のもと原発エンジニアアニー・ガンダーセン氏の6月4日インタビューからのもの。

 
http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-58.html

 ↑のブログからコピペ。


1)事態はまったく危機を脱していない。

(2)1号機・2号機はすでにメルトスルーして溶岩状の燃料が少なくとも格納容器の底まで落ちている。すでに最悪の状況。


(3)3号機は燃料の一部がまだ圧力容器内にある可能性があり、米国NRCは圧力容器が一気に割れることを懸念している。そうなれば格納容器内での水蒸気爆発の危険性もある。

(4)4号機が実は一番厄介。燃料プールが高い位置にあるので新たに建屋を建設する必要があるが、余震などでもしも4号機が倒壊したら「日本の友人の皆さん、逃げなさい」

(5)東京を走る車のエアフィルターを送ってくれた人がいて、7個中2つが「信じがたいほど放射能に汚染されていました」。アメリシウムとストロンチウムも検出された。

(6)一番問題なのが大量の高濃度汚染水で、それが地下水を汚染したり海に漏れているが、深さ20メートルくらいの堀で取り囲んでゼオライトで満たすことをなぜやらないのか「理解に苦しみます」。



 以下はインタビューを和訳したもので、主に4号機の危険性に関するもの。

http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/06/blog-post_06.html

 ↑より転載




 もしも大きな余震が来たら、3号機と4号機は非常に危険な状態になります。スマトラ大地震を思い出してください。3、4年前にマグニチュード9を超える地震があり、その最大の余震が来たのは3ヶ月後でした。余震のマグニチュードは8.6です。ということは、3.11の地震からすでに2ヶ月以上が過ぎているとはいえ、スマトラの例に照らせば、まだ大きな余震が起きる可能性はあるわけです。

 4号機では原子炉は運転されていませんでした。燃料はすべて取り出され、使用済み燃料プールに入れられていました。つまり、燃料が格納されていなかった、ということです。使用済み燃料プールは外側から丸見えの状態です。上空にヘリコプターを飛ばした確認では、吹き飛んだ建屋の隙間から使用済み燃料プールに入っている燃料が見えます。4号機が停止したのは昨年の11月だったので、使用済み燃料はまだかなり高い温度を保っています。プールにはまだ多量の崩壊熱が残っているのです。ニューヨーク州にあるブルックヘブン国立研究所が1997年に行った研究によれば、燃料プールの水が蒸発して火がつくと、187,000人の死者が出るおそれがあります。これは非常に憂慮すべき事態であり、もしかしたら福島第一原発で一番恐れなければならない問題かもしれません。最近、NRCの委員長が語ったところによれば、彼が事故後に在日アメリカ人に対して原発から50マイル[約80km]以上離れるように指示したのは、4号機に火がついて、むき出しの燃料プールからプルトニウムやウラン、セシウム、ストロンチウムが気化するのを恐れたからです。ブルックヘブンの研究を信じるなら、10万人以上の死者が出てもおかしくないからです。

 私はこれまで、今回の福島の事故はチェルノブイリよりひどいと言い続けてきましたし、その考えは今後も変わりません。事故後の2、3週間で膨大な量の放射性物質が放出されました。もしも風が内陸に向かって吹いていたら、日本は滅びていたかもしれません。それくらい大量の放射性物質が出たわけですが、幸運にも太平洋のほうに流れていきました。もしも日本を横断する形に流れていたら、日本はふたつに分断されていたでしょう。ですが、今では風向きが変わって南に向かっています。東京の方角です。今私が心配しているのは大きな余震が起きて4号機が倒れること。もしそうなったら、日本の友人の皆さん、逃げなさい。そんな事態になったらこれまでの科学はいっさい通用しません。核燃料が地面に落ちて放射能を出している状態など、誰も分析したことはないのです





 この博士は「4号機から目を離さないこと。もしも地震が起きて4号機が倒れたら、政府が何を言おうと信じてはいけません。それはもう科学が想像すらしたことのない領域なのです。飛行機に乗って東京を出るときです」とも言っている。

 4号機と関連して、6月14日の深夜大量の蒸気が4号機からあがったことについて小出先生が次のようなコメントを出している。


 Q東電のライブカメラを見ていたら真夜中に白いガスが吹き出ていたが、水蒸気か?

 小出氏:私も見たが、不思議だと思った。正直なんだか分からない。かなり劇的に噴きだしており、光ってもいた。何かの反応が起きているはずだと思った。茨城の空間線量が上がったという情報もある。ひょっとすると放射能放出に結びつく現象があったかもしれない。マスコミが東電に確認すべきことだ。

 Q吹き上げている様子をみると、放射性物質が出ていることは間違いない?

 小出氏:水蒸気だとしても含まれているはずで、それなりに出たことは間違いない。でもあのように光るという現象は何なのか私にも分からない。東電は当然知っているはずで、発表があってしかるべきだが、ない。マスコミも一切触れていない。本来マスコミが追及すべきだ。


 ↑は http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/17/fm797-jun17/ より






 三鷹在住の女性母乳からセシウム137が4.8ベクレル/kg検出。
 市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」が5月に独自に調査。
 ドイツの基準値、「4ベクレル以上は乳児に飲ませないように」を上回る。


 こちらも http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-58.html より

 
 東京在住の母親からもセシウムが検出されていることから、母乳調査・母子支援ネットワークの発起人で四日市大非常勤講師の河田 昌東さんは「特定はできないが、食べ物、飲み物が原因と考えられる」「母親が摂取した放射性物質の20%が母乳に入る」という。

日本の食品の暫定基準は、飲料水/牛乳・乳製品が、ヨウ素で1リットル300ベクレル以下、セシウムでは1リットル200ベクレル以下と定められているが、ヨウ素、セシウムともに1リットル10ベクレル以下としているWHOの基準より、20倍から30倍緩い基準となっている。


 
 ところでアメリカでもレベル4の事故が起きている。
 洪水のため?
 




 代替エネルギーがあろうがなかろうが、天変地異が続発する時代に原子力発電所は著しく不適当だと思う。
 この前も竜巻で非常停止したばかりだ。

 おそらく地殻変動や食糧問題だけでも大変な時代になると思うのに、そこに放射能をトッピングするべきではない。

 本当は日本だけでなく世界中の原発をすぐに止めるべき。

 こんな事故が続くくらいなら、100年前の暮らしに戻った方がましなのである。。。

3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/06/16 19:46

60年サイクルの終了と日本の立替

  以下の記事は四月終わりに書いたので浜岡原発は起動中だった。





 ■3月13日の日記

 大震災より3日目。
 3・11よりもしかすると日本は決定的に変わってしまったのかもしれない。
 被害者の数や、原発の事故、そして食料の消えた棚などを目にするとそう思ってしまう。
 そう感じている人も、感じていない日本人もいる。
 しかし関東以北に住む人たちは多かれ少なかれ、肌でそれを感じているのではないだろうか。
 マグニチュードは9.0と修正され世界的にも過去最大クラスの地震となった。
 僕らはそれぞれ証人となり、これらを目撃していることの意味を考えねばならない気がする。


 この震災が起きてから、また「ひふみ神示」が気になり始めた。
 というのはあまりにも巨大な災害が、大きな変化を予期させるということもあるが、この地震の震源が日本の北東丑寅の鬼門に位置しているからでもある。 

 「ひふみ神示」に登場し、世界の浄化と更新をおこなうクニノトコタチノミコトは丑寅の金神であり世界の東北に位置する日本に封じ込められたとする神でもある。
 丑寅の金神は「たたり神」とされてきたが、そうではなく世界の更新を担う重要な存在であるということが明かされたのが、江戸末期から日本に出現した宗教、金光教、天理教、そして出口王仁三郎に大本教の教えにおいてだった。これらの宗教はいわば「金神ルネサンス」でもあったわけだ。

 神示には何度も「北から来るぞ」という言葉が出てくる。
 これは北方から何ものかが侵略してくるという意味に解釈されがちだが、もしかすると今回の出来事も暗示しているのかもしれないと思った。

 「北から来るぞ。神はけもない時から知らしておくから、よくこの神示、心にしめて居れよ。一日一握りの米に泣く時あるぞ、着る物も泣くことあるぞ。いくら買いだめしても神のゆるさんもの一つも身にはつかんぞ

 「北から攻めてくる時が、この世の終わり初めなり、天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出てきたら、この世の終わりと思えかし、この世の終わりは神国の、始めと思え臣民よ、神々様にも知らすぞよ、神はいつでもかかれるぞ、人の用意を急ぐぞよ

 「海の津波気をつけてくれ。前に知らしてやるぞ


 ■60年サイクルの終了

 僕は予言とかなんとか抜きにしても、今回の災害で1945年終戦以降の戦後66年にわたるひとつのサイクルが完全に終わったと考える。

 それは天皇制を中心としたひとつの絶対的な価値の喪失ののち、今度は欧米的な物質的充足を至上の価値として追求してきた66年だった。その結果日本は物質的にはほぼ世界一とも言える繁栄を享受し、1980年代後半にはその絶頂を極めた。しかし90年代に入るとまもなくかげりが見え始めた。バブル崩壊による不況と、それに続き95年には阪神淡路大震災、オウム事件など前代未聞の天災、事件が起こる。戦後50年のこの頃からすでに、日本は新しい方向へ舵を切るべきタイムリミットにきていたのかもしれない。

 それは例えば経済至上主義からの脱却や、農業の保護と食料自給率の向上、ヨーロッパにならった高福祉国家への転換、自然エネルギーの積極的導入などである。

 しかしほころびを見ないようにして、既存の路線を走り続けざるを得なかったこの国はさらにおかしくなってきた。日本人は新しい航路へ舵を切ることではなく、繁栄の幻影を見続けることを選んだ。
 労働力を商品化して使い捨てにするという全企業的方針は、企業の業績をあげたが、その代償として一生を派遣労働で過ごさざるを得ないという膨大な「層」をつくりあげた・・・。

 2008年の世界的金融危機では、企業の都合により早急に解雇された無数の人たちの「派遣村」が形成されるほどになった。多くの人たちが今も低賃金労働に従事し、国民年金も払えず、国からも会社からも何の保障もないという将来に大きな不安を抱えながら、希望が喪失した非常にストレスフルな毎日を生きている。

 つまり戦後66年にわたる経済至上主義の発展は、その最終段階においてごくごく一部の「持つもの」と多くの「あまり持たざるもの」そして一部の「きわめて貧しいもの」という分化を引き起こし、「一億総中流」はまったく過去の神話となった。それはある意味で資本の原理が、もっとも先鋭化した姿で出現した「強いもの勝ち」の世界ともいえる。

 日本はふたたび強い国になんてなる必要はない。いったいその「強さ」とはなんだったのか。多くのものを犠牲にしたうえでの肥え太った強さではなかったのか。僕らは考えねばならないところにきている。
 

 ■大本の神話、二度目の立替え  

 出口ナオ、出口王仁三郎の起こした大本教は過去2度の弾圧にあっている。

 王仁三郎は大本は日本の「型」であると考え、大本に起こることは日本にも起こると考えた。
 一度目の弾圧は日本の敗戦という形で現実化したと多くの研究者は考える。
 世界初の核兵器を投下され、空襲で都市部を焦土にされながらも日本は復興し、経済大国となった。

 しかし「二度目の弾圧」はまだ現実化されていない。
 ひふみ神示によるならば、日本は一度ぼろぼろになり、また盛り返すが、またぼろぼろになりそしてまた立ち直るという。その部分は次のような言葉に見られる。

 「神の国、一度負けたようになって終いには勝ち、また負けたようになって勝つのざぞ

 「日本の国は一度つぶれたようになるのざぞ。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るぞ。その時にお陰おとさぬよう、しっかりと神の申すこと腹に入れておいてくれよ

 「同じこと二度繰り返す仕組みざぞ。この事よく腹に入れておいてくだされよ。同じこと二度

 「またどえらい事出てきて日本の国は愈愈潰れたというところへなって来るから、皆がマコトの神魂(カムダマシ)になって来んとマコトの神は出ないのざぞ、マコトあるところへマコトの神働くと申してあろが、マコトないところへ働く神は悪神ぢゃぞ。よう気つけてくれよ

  今回ひふみ神示関連の本を読み返してみて、ひとつ気になった箇所がある。

 それは次の一文だ。

 「天も地も一つに混ぜし大嵐、攻め来る敵は駿河灘、富士を境にまっぷたつ、まず切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組みなり。」 

 ここから読みとれることは、「敵」が駿河湾から侵攻し、富士を境に日本を二分してしまい、そののちそれらを七分割するということだ。
 なぜ気になるのかというと、駿河湾は東海地震の震源となる可能性の強い場所であるし、すぐ近くには浜岡原発がある。もし今東海地震が起きて、浜岡原発が致命傷を受けるとすると福島よりも広範囲に被害が及ぶ可能性が高い。浜岡から100キロの場所にちょうど富士がある。ということを考えると地震と新たな原子力災害により東西日本が分断してしまうという可能性が浮かんでくる。

 というのは僕の妄想に過ぎないが、事実として30年以内に80パーセントの確率で起こる東海地震に備えるには、どうしたって早く浜岡原発を停止せねばならない。

  下は、ネットでみつけたジョン・タイターという謎の人物が描いた2020年の日本の図と言われる。

6e6a168e.jpg



 こんなご時世にこんな地図はきわめて「不謹慎」かもしれないが、注目すべきところは関東・東北が政府管理の立ちいり禁止エリアになってるところだ。そして日本は二分割されている。

 気になったのは現在の状況を暗示しているようなその、「管理区域」とともに、日本が「二本立て」になってしまっていることだ。それはひふみの「攻め来る敵は駿河灘、富士を境にまっぷたつ、まず切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組みなり」を思い起こさせる。

 ※注※この地図に関して、いつごろかかれたのかなど詳しい検証はしていない。
 しかし、10年前に書かれたとしたら、かなり興味深くはある。
 だが、このタイターという人物の予言は外れてるものがいっぱいあるようだ。
 ムー的な話として、考えた方がいいと思う。
 まあ仮にインチキだとしても、そこに真実が混入する可能性は大いにあるのだが・・。

 
 大本系の予言体系に従えば、日本の二度目の立替えは今始まったような気がする。これがどの程度の規模と混乱の伴うものになるかは個々の日本人の意識に託されているのかもしれない。



 ■預言と現実の間

 「ひふみ神示」は宇宙的量子転換を描いている預言書だ。

 宇宙的量子転換は、そのもっとも素朴な形ではバイブルに、そしてホピの預言などにも暗示されている。

 「ヨハネの黙示録」においては様々な艱難ののち天空から「新しきエルサレム」が降りてくる。

 「それから私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と地は過ぎ去っており海はもはやない。また聖なる都市新しいエルサレムが天から下ってくるのを。

 神は彼らの目からすべての涙を拭い去ってくださり、もはや死はなく嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである


 『量子転換』を予期していると思われる預言は無数にあり、それらをパズルのピースのように並べていくと来るべき未来図がぼんやりと浮かび上がってくる。パズルのピースには以下のようなものがある。

 ひふみ神示、大本神諭、ホピの預言・神話、新約・旧約の聖書預言、アドルフ・ヒトラーの予言、クラリオン星人の言葉

 予言は無数に存在するが、「量子転換」を予期しているものと思われる予言は、まったく違う宇宙、あるいは生命の出現を予期しているという点でその他のものとはまったく違う。僕は今はやりの「アセンション」という言葉はもうあまり使いたくないし、2012年という年号ももはや意味をなさなくなっていると思う。「量子転換」は映画「2012」にあったような大災害が起こるなんていうものではない。そんなものよりすごい、宇宙自体の更新なのである。もちろんその過程においては、あの映画のようなこともないとは言えない。僕の認識は「何が起こっても不思議ではない時代に生きている」というものだ。映画として少し近いのはおそらく「ノウイング」だろう(が、あれは量子転換ではない)。

 僕のイメージではそれはPC(宇宙)に新しいOS(法則)をインストールするようなものだ。

 一端すべてはリセットされる。が、バックアップされたプログラムは新しい世界に再び解き放たれ、そこで生き始めるだろう。
 
 もしすべてがリセットされるなら、今生きていることにどんな意味があるのか?
 それは僕らの最終的な意識が、新しき世界の「種」となるからではないか。 少し前から僕はそんな風に想像するようになった。

 しかし、想像というだけであって
 もちろん「量子転換」が本当かどうか、それが起こってみないと僕にはわからない。


 ただ「量子転換」に関する情報を総合すると、そういうことを描いていると思うようになっただけだ。 


 そして突拍子もないシナリオに、僕の中の何かがものすごく真実味を感じてしまうというだけだ。もしかすると「量子転換」は人間の積もり積もったルサンチマンを根っことする願望想念パターンに過ぎないかもしれない。本当にわからないのだ。

 だから3・11によってひとつのサイクルが終わったことに共感する人はいても、これが「量子転換」の始まりではないかという考えに同調する人はすくないかもしれない。まだお日様は三つも四つも現れてはいないし、世界的に異常気象が続発しても(これを書いている今もコロンビアでは史上最悪の水害が襲っている)それはこの宇宙の法則内で理解できることだからだろう。

 僕は預言と、混沌としていく現実の間に引き裂かれながら、日々生きている。

 ただ日本の立替が始まったという予感は強くある。
 この立替はやがて世界全体に移写していくのではと思う。
 ひふみ神示には、「量子転換」がすべて完了したあとの情景が描かれているが、なぜか僕はこれを読むたびに強い感動がこみ上げてきて泣きそうになることがある。それはもしかしたら神話的イメージの持つ謎めいた力なのかもしれない。真の意味で日本の再生を願って、ここに引用したい。





 「富士を目指して攻めよする、大船小船あめの船、赤鬼青鬼黒鬼や、大蛇悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空おおひ、海をうずめてたちまちに、天日暗くなりにけり、

 折りしもあれや日の国にひとつの光現れぬ(偽救世主)、これこそ救いの大神と、救い求むる人々の、目に映れるは何事ぞ、攻め来る敵の大将の、大き光と呼応して、一度にどっと雨降らす、

 火の雨なんぞたまるべき、マコトの神は無きものか、これはたまらぬともかくも、命あっての物種と、兜を脱がんとするものの、次から次に現れぬ、

 折りしもあれや時ならぬ、大風起こり雨来たり、大海原には竜巻や、やがて火の雨地震(つちふる)え、山は火を吹きどよめきて、さしもの敵もことごとく、この世の外にとうせにけり

 風やみ雨も収まりて、山河静まり国土(くにつち)の、ところところに白衣(しらぎぬ)の、神の息吹によみがえる、御民の顔の白き色、

 岩戸ひらけぬしみじみと、大空仰ぎ神を拝み、地に跪き御民らの、目にすがすがし富士の山、富士は晴れたり日本晴れ、富士は晴れたり岩戸あけたり






3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/06/02 16:10

フレア活発化

↓見れるようになってた↓
   これは見る価値あり

【 元東電社員の証言 】



http://youtu.be/CTsgfWde6EQ


5月28日 あたりからCクラスフレアがばんばん始まり

5/28

  19:17 C5.3
   17:30 C7.8
  16:45 C4.5
  15:50 C2.1
   15:15 C1.8
  12:04 C8.3
  11:20 C1.6
  01:38 C5.7



 本日5月29日 Mクラスが発生している 太陽風も700キロまで上昇

 5/29

   10:54 C5.9
   10:33 C4.6
   09:09 C2.2
   06:46 M1.2   
   06:09 C9.5
   03:38 C2.3
   02:18 C2.0


 3・11直前はこんな激しかった。
 
3/ 9

22:52 M1.7

22:15 C7.6
20:00 M1.8
19:34 C7.4
17:23 C9.5
16:26 C6.6
13:58 C7.7
12:16 C5.1
11:18 C6.5
10:52 C5.6
10:22 C3.7
08:33 C8.9
08:09 C7.8
04:52 M1.5



 今のところ↑ほど激しくないけど、どこまで高まるのか。

 よくフレアが始まると、HAARPが乱れてます!注意!という情報を目にするのだが、もしかしてHAARPて太陽に反応してるだけなのではないかと思えるのだがどうなのだろう。本当にearth quake weaponなのだろうか???

 どちらにしても経験的に太陽活動は、人の意識にも、自然現象にも強く影響を与えることは確かだと思う。



3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/05/29 20:51

穢土となりゆくTOKYO 

 最近見た動画。

 4/29 元東電社員の証言(高知)







 現在高知に疎開(?)中のもと東電社員さんの話し。

 ○福島第一から15キロ真西に居住
 ○高知県営住宅無料開放により高知へ
 ○自己計算で3週間で20ミリシーベルト被爆
 ○はっきり言うと、具合悪くなりました
 ○泥のような鼻水、鼻血とまらない、のどの痛み→低線量障害
 ○政府も東電もまったく問題ないというが「まったく問題あります」
 ○自分はもう47なので影響も少ないが子供がいるのでこちらに来た
 ○東電を止めた理由→嘘、いつわりの会社、エリート官僚主義
 ○退職時「おまえ頭が狂ったんだ」と言われ「あんたが気が狂ってるんだよ」と言い返す

 他にも興味深い話し

本日午前中には見れたけど理由はわからないが、youtubeから次々削除されている。5/26 19:00 追記


 小出先生最新状況分析

 【福島原発】5/25/水★ブラックジョークとしてのチャイナシンドローム 1/2





○(2800度に近い温度で底に落ちていて、格納容器の底も溶けているだろうということ?)そうだ。どれだけの水が残っているかによって違うが、底は抜けているだろうと思う。

○東電は最近、格納容器の外側、原子炉建屋の地下に4000〜5000トンの水がたまっていると言い出した。格納容器から流れてきているということ。大きな損傷があると考えるしかない。

○いま汚染水移送の場所はない。メガフロートでは足りない。二ヶ月前から言っているが、タンカーをつれてくるのが解決の早道。それには政治の介入が必要。

○東電発表の工程表どおりにはもともと出来ないと言ってきた。水棺自体できないし、水棺を踏まえた上で循環冷却に進もうとしていたが、底が抜けていれば循環に意味はない。

○格納容器の鉄板の下は分厚いコンクリート。核燃料は今それを順番に溶かしながらコンクリートを突き抜けて下に落ちていっている可能性が高い。

○打てる有効な手立てはあまりない。汚染をできるだけ抑えるには地下深くまでコンクリの壁を打ち込んで、溶けた塊を壁の中から出さないようにすることくらいだろう



 小出先生は、5月23日の参議院行政監視委員会に呼ばれ、発言された。

 
   http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php



 ↑2011年5月23日の行政監視委員会をクリックすれば、その様子は視聴可能↑

 
 どうも、3月15日に東京に飛んできた放射能は、かなり高かったようだ。
 小出氏は一時間単位20マイクロシーベルト弱を検知したらしいが、それを公表するのに圧力がかかったという。
 これは一日で400マイクロシーベルトに達する値なので、もし3月15日に汚染度の高い場所に自分がいれば、もう一年の許容量の半分以上は被爆してるのかもしれないと思った。
 ある程度の被爆は予想していたけど、こういうデータが出るとまたあらためて実感する。
 内部被爆も含めると、多分、東京にこのままいれば1ミリシーベルトの二三倍は最低くらうのはまあ当然と思ったほうがいいような気がしてきた。
 東京に住むかどうかは、非常に微妙なラインにあると思う。
 なんというか個人の決定に委ねられていて、もうこんなグレイのリスクファクターだらけは耐えられないと思い余裕がある人は早く疎開するだろうし、その判断はこの状況では決して不安に煽られたものとはいえないと思う。
  

 遅かれ早かれ首都機能は、減退、もしくは分散する。
 東京から人は減るだろう。
 「ひふみ」によると江戸の仕組みは終わる。
 江戸は役目を終えて穢土になりつつ浄化の日を待つのだろうか。




3・11以降 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/05/26 12:13

オペレーションコドモタチ 山本太郎さんのメッセージ

 俳優の山本太郎さんのメッセージ。
 



http://www.youtube.com/watch?v=IVGKRPoyyfY



「高濃度汚染地域、東京から。山本太郎です。

「超」高濃度汚染地域、福島、東北にお住まいの皆さん、こんにちわ。

このたびは、東京に電力を送るために作られた、福島原発の事故、本当に申し訳ありませんでした。そんな気持ちでいっぱいです。
東京の人たちも、そう思っていると思います。


言わせてください。僕にも。
福島の皆さん、東北の皆さん・・。
できることなら、避難してください。
最悪の状況です。
世界中に例を見ない、最悪な事故です。進行中です。

今、毎日、とんでもない濃度の汚染物質、
空から降ってきています。
海に垂れ流しています。
この状況で生活するのはありえないです。
ガンになるのを待っているだけです。

避難してください。


4月に引き上げられました、子供たちの被曝量、基準ですか、異常です。殺人的です。1ミリシーベルトから、20ミリシーベルトまで引き上げられました。それがどれぐらい異常なのか、だいたいのかた、ご存じだと思います。

チェルノブイリ事故、25年前にありました。その事故では、5ミリシーベルトになると、国から、強制移住させられました。

なのに、福島のこどもたちは、20ミリシーベルトでも、大丈夫らしいです、文部科学省によると。


殺人行為です。

みなさん、このままだと、モルモットにされるだけです。避難したりとか、賠償だとか、本当に途方もないお金がかかるから、国は、見殺しにしようとしています。

それが、答えです。

今、避難しなければ、5年後、10年後の答え合わせの時に、ひどい状況になって、自分たちに降りかかるのは間違いないです。

この20ミリシーベルトというのはどれぐらいふざけた数なのかというと、放射線業務従事者…原発などで働いている人たちですね、専門的知識があって、成人です。そういう人たちでも20ミリシーベルト被爆するというのはほんの一握り。8万4千人いる人たちの中でも一握りなんです。でも、福島の人たちには、大丈夫だって言われています。


・・・・・わかりますよね?言っている意味。


その中で生活するっていうのは、異常です。
しかも、空から降ってくる、大気による汚染だけじゃないです。汚染された食料だったり、水だったり。そういうものを取り込むことによって内部被曝します。濃縮されます。

それがどういう状況になるかっていうのは、チェルノブイリなどでもう証明されています。ごっそりと、若い世代がありません。ある世代からある世代まで、だいたいもう年寄りしかいないような地域が生まれてくるわけです。

がんばろう福島、がんばろう東北、がんばろう日本、大いに思います、僕もそう思う。みんなでがんばっていこうって。

でもがんばろうと思ったって、若い世代がすっぽり抜け落ちた、そんな日本でどうやって復興していくんですか。



今できることは、疎開することです。

避難して、命をつなぐことです。


国は、来年の一月までにこれを収束させると言いました。でも、ノープランです。どうやって収束するかもわかんないんです。落ち着かせるために言葉だけで言いました。


そう言っている間にも、毎日、大量の汚染物質が、空へ、海へと垂れ流し続けています。

今、ほんとに収束するなら、その収束する間だけでも、どっかに行きませんか。

その、一番汚染された状況の中で今まで通りの生活を続けるなんて、ありえないです。未来はないです。

申し訳ないんですけど、こういうことを言うのは・・。

「この最悪な状況に合わせて、20ミリに引き上げた。君たち、20倍で我慢してくれ。」そういうメッセージなんです。

1ミリシーベルトで250人に一人がガン。
20ミリシーベルトで、125人に一人がガン。

子供は放射線物質に対して、5倍の感受性をもっているんです。ということは、25人に一人は死ぬんです。

そんな中で、暮らせますか?


もちろん、みなさん、ご存じの情報から目をそらして、
今まで通りの生活を続けるっていうのもアリです。
それはでも、大人たちだけの話じゃないですか?

これからの世代、子供たちに生きてもらわないと。

親のエゴで今までどおりの生活をさして5年後、10年後の答え合わせで、病気になりましたつったって、誰も守ってくれないんです。

誰を責めるんですか。

大人の無理心中につきあわせてた結果子供が死ぬっていう状況を、受け入れられますか?


是非、疎開してください。



東京もやばいです。250キロです。
220キロから250キロです。福島から。
そういう地域でも、高濃度に汚染されています。
チェルノブイリでは、280キロ むちゃくちゃ汚染されました。東京もおそらくそういう状況だと思います。僕も、このまま汚染が続くなら、今の職業をあきらめて、疎開しようと思っています。


未来の日本にバトンをつなぐためにも、
子供たちの未来を作るためにも、
今、勇気を出して疎開してみませんか。

とりあえず、福島は、収束すると言われている原発が、その見通しがつく、そこがはっきりするまでの間だけでもいいじゃないですか。未来にバトンをつなぐためにも、命をつなぎましょう。

是非おねがいします。

「オペレーションコドモタチ」では、北海道への疎開を今、提案してるんですけれども、そこでは、4000戸受付してるらしいです。自分たちだけではちょっと…と思われる方、隣近所誘い合って、北海道で一から新しい生活を始められるって言うことです。

しかも、就職も斡旋してもらえるらしいです。

今まで通りの生き方はできないです。
3.11以降は、新しい生き方を探していかなきゃだめです。

そこから目をそらすことは、罪だと思います。
子供たちを、無理心中に引き込まないでください。

大人として、新しい日本を作るという意気込みで、
こどものためにも、疎開してください。お願いします




3・11以降 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/05/18 23:05

Melt down


 福島原発一号機メルトダウンと発表。

メルトダウンというと強烈な響きがあるが、小出先生によると圧力容器内での水蒸気爆発というのが最悪の可能性でとりあえずそれは回避できたと。しかし、燃料が圧力容器から落ちて、格納容器の底にたまっている可能性が高く、あとはこれを冷やして最後の底が抜けないようにできるかどうか?。底が抜ける可能性はある。底が抜けるとどうなるのだろうか。多分メルトダウン自体はずっと前からわかってたのだろう。最悪の事故というイメージがあり響きが強烈なのでメディアは「溶融」とかなんとか言い換えてあまり使いたがらない。でも実質的にはそうだったのだろう。

 

 



 5月13日時点で他の原子炉も3号機の温度があがったり黒煙があがったり不穏な動きを見せており、なんだか全体的に非常に不安定な印象を受ける。そろそろこの経過を見守るのにもかなり疲れてきた。が、一生に何度あるかの事態。しっかり見届けたい。    


3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/05/13 12:15

同時性のパンデミック2011②対処編?

 同じく2009年 3月の記事

 2009年のビジョン② より

パンデミック時の心構えとなりそうな

 マドモアゼル愛氏の雑誌記事





 2009年大予測 マドモアゼル愛

 個の輝きの強さ次第で今後の明暗が浮き彫りに

 今回の金融崩壊などの変化は、一部の人に限ったものではありません。すでにかなりの人の経済情勢も圧迫されつつあり、総じて人類的な危機を共有する時代に入っているのです。この意味では、人々の間に共通の価値観と共通の信頼感を醸造しやすくなっています。まさに、みずがめ座エイジの特徴です。かねてから言っていることですが、大きなものや権威や権力にしがみついて自分の安心を持ちたいと思う人は苦しくなってきます。

 自分の力は頼りなくても、それを信じて生きていこうと考える人にはチャンスが訪れます。これまで弱かった「個」が反転し、個が機構や組織よりも輝いてくるのです。そこには命があるからです。命ないものは滅びる速度を増すでしょう。安心、安全、何かに頼る思考には生命がなく、危険となります。

 例えば、鳥インフルエンザが発症した場合、政府やマスコミの発表に沿ってのみ行動すると、命を守れなくなると私は思います。昨年の金融崩壊ですら、誰一人マスコミでは取り上げなかったのです。政府はもちろん、経済アナリストでさえ、警鐘を鳴らし「危ない」とは言いませんでした。要するに、もう大きな組織などでは人を守れない時代であり、個の強さを鍛えることが重要なのです。

 個人で考えて対処する時代 「逃げろ 遠ざかれ 信じるな」

 この変化と混乱は、まだ数年は続くと思います。2009年の春ごろまでは、なんだかまた良くなってきたような、何も以前と変わらないような雰囲気になるでしょうが、それは夏までは持たないでしょう。きっと大きな激震が走ります。再び株価の大暴落、経済破綻、不況、そして戦争や天災を交えた波乱は、以降、加速度を増すことでしょう。
 ですから常に用心して進むことが大切です。そして、とにかく権威ある者の考えや国の考えをあまり信用しないことにつきます。個人で考え、個人で対処しなくては追い詰められる時代に入ったのです。こういうと私のことをひねくれ者だと思われるかもしれませんが、よく考えていただきたいのです。今、一番困っているのは誰でしょう?それは、あらゆる銀行や証券や保険会社の、巨大な負債を保障している各国政府なのです。それ以前から大体の国は、財政赤字で四苦八苦だったにもかかわらず、です。彼らに個人を救う力などはありません。むしろ反対です。彼らが救われるために、我々の犠牲を必要としているのです。だから私は、「逃げろ、遠ざかれ、信じるな」と言っているのです。

 これは個の力を高める良い機会であり、清冽で素晴らしい天才を数多く輩出するチャンスを迎える時代でもあります。そうした人がきっとたくさん現れることで、私たちは再び、新しい素晴らしい時代を築いていけるでしょう。その第一歩が始まる年、それが2009年ではないでしょうか。




 この予測に関しても、むしろ2009年よりも2011年と符合しているように思える。
 フクシマの事故の経過と情報の隠蔽、そして子供の被爆量上限を年間20ミリシーベルトに設定したことなどを観察しているとまさに「政府やマスコミの発表に沿ってのみ行動すると、命を守れなくなる」時代を経験しつつあるように思える。

 ウクライナでは、年間5ミリシーベルトを上回ると居住禁止になるという。
 日本が許容した被爆量はその4倍にあたる。あちこちからすでに批判と抗議の声が上がっているようだけど、これはたしかに無茶な設定と言わざるを得ない。それも、放射能に敏感な児童に対する基準だ。3・11以前は一般人の上限は年間1ミリシーベルトだったのだ。

 「とにかく権威ある者の考えや国の考えをあまり信用しないことにつきます。個人で考え、個人で対処しなくては追い詰められる時代に入ったのです」

 ネットで信用できる原子力の専門家として注目されている京都大学の小出助教授などは、なかなかメジャーなメディアには登場できない状況だがその正確で客観的な語り口でとても重要な情報を発信し続けている。




 4月28日(木) 小出先生のフクシマ状況解説

 小出裕章(非公式)まとめ

 ↑このページに3・11以降の過去の動画のまとめや、発言の記録あり。

正確な情報はネットを中心とした草の根レベルで拡散されていく時代に入った。
 脱原発のデモなども、youtubeなどで拡散されなければ、ほとんど報道されることもなくなかったことになってしまう。

 上の人たちが柔軟にこれらの声を受けて方向を転換してくれればいいのだが、どこかのレベルで強権発動となりネットが使用できなくなる・・・・とジョージ・オーウェルの『1984』になってしまうのでそれはちょっと勘弁して欲しい。まあ、世の中が荒れると、いつだって全体主義的になる危険性は存在している。『不謹慎』という言葉を聴くと、僕は『非国民』という嫌な言葉を連想してしまうのだ。どんないいメッセージもCMなどで大きく流すようになるとプロパガンダにしか見えなくなり、僕は信用できなくなってしまう。

 「日本いまひとつになる時」が→変な方向に盛り上がり「新・大政翼賛会結成しちゃいました♪」になるのが一番、コワイ が
 まあ、そんな時代じゃないと信じたい。
 真実だけが世に出て、それに対する反作用はたいしたことないと。。。


 が、インターネット、携帯が突如ダウンし(メールもダメ)、テレビしか映らなくなったら自分はどうするかな?という想像はたまにすることがある。
 昔、どこかの軍隊に日本が占拠され、ネットも携帯もダメ、テレビ付けたらわけわからん国の国旗と音楽だけが延々と流れてるっていう夢を見て起きてすげー怖かったことがある。

 ただの夢だが、占領されるってのはこういうことだなというある種のリアルさを夢の中で経験した気がする。現代人は情報があふれてるのが普通になってるので、これらがいっせいにシャットダウンされると、麻痺状態に陥る可能性が高く、おそらく本当に牧場の羊状態になるだろう、そうなったら自分はどうするか?というシミュレーションはなかなか興味深いものがあった。つまり情報網ってのも、ひふみ神示的にいうなら「天地におひきあげ」されちゃう可能性はあるのだ。テレパシーの練習でもしておくか(-人-)  


 話がそれたけど、以下は2年前の僕の文章。





 僕は今後、史上空前の経済危機や、それに伴う紛争(モノの取り合い)、暴動(既存システムへの不満爆発)、あるいは気候異変などの影響で現在の価値観、ライフスタイルは大きく崩壊し、多くの人が別の生き方を模索せざるを得なくなるのではないかと思っている。 
 それは情報や、経済や、食料、エネルギー供給など、あらゆる中央主権的なシステムの終焉である。
 そしてその代わりに何が起こるかというと、一極化していたパワーが、個々の人間や、そのそれぞれの土地に復権するということではないかと考える。
 つまり情報であるなら、それは大手メディアが独占するものではなく、インターネット放送局のような独自性のあるメディアが今後も発展していくであろうし、経済は地域通貨や物々交換が新たな意味を担って再登場する、エネルギーは石油にすべて依存するものではなく、その土地土地で自給できるような代替エネルギーが使われるだろう。
 
 もうそのような動きは現実に存在しており、例えば『情報』に関して言うならば、テレビや新聞のみを情報ソースにしている人々と、ネットなどから必要な情報を拾っている人々との認識の違いは相当なものになっている。
 そして、食料やライフスタイルに関して言うならば、田舎に疎開したりあるいは、自給自足コミュニティを創ったりそのようなところに移住したりする人の数もおそらくここ数年でかなり増えているのではないかと想像する。そのような人々はある意味精神的、環境的に準備が出来ているので今後かなり大きなクラッシュや波乱が起こっても、パニックにならず混乱している人をサポートするような役割りをすることになるのではないだろうか。

 個の力が高まると言うことは、今まで巨大なシステムに吸収されていたそれぞれの創造力や、感性を個人の側に取り戻すことではないかと思う。
 いたずらに「チェンジ」を叫んで、それ自体がプロパガンダであるようなムーブメントに個々人が吸収されることではない。大きな資本が投下されたような人為的な熱狂や全体主義はもう、この世界の本質を変える事はない。僕らはもうそのようなものにはうんざりしているはずなのである。
 人為的なもの、わざとらしいもの、虚構のものは消滅傾向にある。
  経済も、歴史も、情報も、生きる喜びも、今巨大システムという虚構から、個人という実存に向かって還流している。


                                    2009・3・9





 物質の世界だけを見るなら、これからの世界は極端にいうと「サバイバル」ということになる可能性も高い。

 結構いろんなレベルでサバイバルの準備をしてる人のはなしは聴く。 
 この前のリトでI先生の知人が津波からのサバイバルに備えて、シュノーケルセットを買ったというはなしを聴いた。
 うーん津波にシュノーケルが役に立つかはわからないが・・・(;´・ω・)
 
 しかし純粋に「サバイバル」だと山に土地買って、畑作って、資産は半分くらいゴールドにして、水と食料を備蓄して、マスクと医療品も用意して、ついでの防犯対策としてスタンガンや空気銃、放射能にガイガーカウンターも・・・という話になってしまう。

 逆に精神だけの世界になると、そんなことをしても仕方ありません。からだがなくなってもアセンションできます。ただポジティブなことだけを考えて、不安を煽るような情報はカットしてください、なんて感じになる。
  
 僕は正直、どっちも必要だと思う。 

 その点やはりひふみ神示などはバランスがとれていて、

 『今度は山に逃げてもダメ。逃げるのは神の御旨のなかであるぞ』なんていう言葉があると同時に、

 『おしもの(食べもの)の集団つくってくれよ

 と食料を供給できるようなグループをつくることを勧めたりもしている。

 やはりいくら宇宙を信頼するといっても、動くべき時は動き、正しいと思うことをせねばならない。
 備えは必要だし、そろそろ物・こころともに備え始める時期じゃないだろうか。

 しかし基本的には霊主体従といおうか、肉体を超えた意識があることを前提で、固定概念を解体し、枠をはずし変容を受けいれられる準備をすることが第一にくる。なるべく助け合いながら・・・己も人も生かしながら。という考え方を自分的には選択しているし、そう動きたい。

 まあ、サバイバルに突入しないのが一番いいけど。
 どうも日本の混乱は今年あと何段階か進む気がしてならない。 
 

3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/04/30 17:46

同時性のパンデミック2011

職場で久しぶりにテレビを見たら、ぽぽぽーんやこだまでしょうか?のACCMが消えていた。

 いつの間に終わったんだろう?

 代わりに通常の企業CMで「日本はすごいアピール」を表現したものが目立つようになっていた。

 今日見た動画。

 愛川欽也パックインジャーナル4/23(土)「原発事故20キロ以内封鎖」




http://www.youtube.com/watch?v=Wmv-brxh-Uw&feature=mfu_in_order&list=UL





http://www.youtube.com/watch?v=VZDoGbQPr3M&feature=mfu_in_order&list=UL

 この番組初めてみたが、キンキンが静かに熱い。

 ○ドイツ首相原発推進から脱へ迅速な転換
 ○電力会社から放送局にかかる圧力
 ○一万人高円寺デモをとりあげないメディア
 ○行政によらない全国各地の避難・疎開ネットワークの紹介(連絡先電話番号あり)
 ○代替エネルギーの議論

など

 かなり腹を割って皆さん話しているように見えるのでみていて気持ちがいい。
 メジャーなニュースやワイドショーはコーティングがかかっていて、イラッとすることがある。
 昨日職場で見たニュースは娘さんをなくされた被災者の方が、娘さんの遺体がみつかった報告を受けると言う内容で、見ていて何もいえなくなる感じだったが、核心的な議論を今メジャーなメディアでおこなわないと、こういう誰の感情にも訴えかけ言葉を失ってしまうニュースがあたかもコーティングに使われているようでちょっといやな気分になる。

 仮設住宅が出来上がるのを待つよりも、上の画像にあるような有志の支援ネットワークにあたってみる方がよい場合もあるのかもしれない。

 水面下で多くのうねりが起こっていると思うが、コーティングも活発になってきてる。
  
 2009年にブログに引用した辺見庸氏のインタビュー記事
  
 「同時性のパンデミックを語る」

 昨今の状況を見通しているように思える。





 私がここで言うパンデミックというのはとても広い概念で、神話的であり、フィクショナルなものでもあります。現前しつつあるものとしたら人類にとって今が初めてと言っていいでしょう。ご承知のように、パンデミックというのは感染爆発、空間的にはエピデミックに対応する言葉です。エピデミックが東京とか、地域的に限定されているのに対して、パンデミックはもっと規模が大きく世界各地で起こるようになった状態です。

 しかし私は試みに病理を越えた概念としてパンデミックを用いてみたいのです。ペストが流行った昔と比べれば、いまは地球上の交通や流通の速度、量が格段に違う。いまは瞬時にして地球の裏側に物事が広がっていきます。戦争や紛争にしてもかつては核兵器や巡航ミサイルはありませんでした。いまはボタン一つで地球の裏側を攻撃できる。空間と時間の実質がまったく異なるのです。
 資本も情報も同じです。コンピュータ操作によって数秒で数億ドルのカネが動く。病理に限らず、この間のグローバル化によってエピデミックという危機の地域的な限定は困難になりました。
 私の言うパンデミックというのは、そうした異質の破局、さしあたり破局という言葉を使うしかないのですが、その破局が世界的規模で同時進行して起きる状態を指します。

 この破局はしかも、ワンディメンションではなく多次元にわたる。 一つは経済の問題。現在の世界大恐慌です。
 次に地球温暖化を背景とした気候変動や大地震の脅威など。
 三つ目は感染病の問題。新型インフルエンザなどです。
 そしてもうひとつは、目には見えないが、価値システム全体に大きなクレバス(亀裂)が生じていることです。

価値システムとは、十八世紀、十九世紀以降育てられ、共同幻想ともなった人権とか自由・平等・博愛のような近代的な平等概念であり、資本主義およびカネや市場のシステムも包含されます。また、これまで自明とされてきた人間の道義の問題、モラルの問題、社会規範の問題、さらには疑うべからざるものとされてきた「民主主義」のありようさえもが足元から揺すぶられ、危うい実態が白日の下にさらされてきている。いま起きている破局と言うのはそのように広義にとらえるべきだと思います。

 政治やマスメディアは、「100年来の金融危機」とカテゴリーを限定し、まるで自然災害のように、自分たちにはなんの責任もないかのように言い募りますが、そんなたやすい問題ではない。100年どころか、人類史上初めての大きなクレバスをいまわれわれは足元に見ているのではないか。仮設であり、試論でもありますが、大きな仮説を立てないと私の言うパンデミックはとても説明できないのです。

 人格の崩壊と生体の悲鳴

 Q:経済、自然災害、病理など外部の破局と同時に、内面の崩壊もまた進行していると辺見さんは指摘されます。人間の内面はどのように崩壊しつつあるのか、あるいは崩壊しているのか?

 これもまた明示的に言うのが大変困難です。いまは物事をメタフィジカルに語る、あるいは暗喩的に表すことを受け付けなくなっています。隠喩的、暗喩的に表現すると言うのは旧約聖書の時代から人類がやってきたわけで、人智であったのです。それは明示的に1プラス1=2というのとは違うのであって、例えば「バベルの塔」だとか私の好きな「コヘレトの言葉」などのなかには人とその世界の謎について明示的ではないけれどもいわく言いがたい暗喩的示唆や警告がある。並べるのは変ですが、マルクスの著作だって隠喩的知の宝庫です。「疎外」を彼以上に深く表現しえた人物はいません。こうした「知」を現代人はテキストに閉じ込め、人間論、文化論から排除して資本主義総体の反省のための知として生かすことが出来なかった。

・・・・もっと短期的に見た場合、現在のパンデミック状況の予兆のようなものが昨年六月に起きた秋葉原事件。これを文化論的に考えてみる必要があると思います。犯人の青年はつかまったが、「真犯人」はまだわかっていない。ここが極めて深刻なところです。彼はごく普通の青年ですが、あの青年の突然の発作のようなもの、痙攣のようなものは何に起因するのか。そのことを社会はメディアを含めて深く掘り下げようとしなった。これを単に個人のcrime(犯罪)として考えて、私たちのシステムが日々生成しているsin(原罪)としては掘り下げようとはしなかった。したがって、真犯人がわからないまま類似の事件が次々と起こる。このなかには、内面の崩壊、人格の崩壊からきているものがある。つまり、生体、生きた身体にとって現在の資本主義的負荷はもう耐え難いものになっているということではないのか。

 近代以降、人間は精神病理にたくさんの名前を付けたのだけれど、名前をつけたから病症が増えただけではなくて、ちょうど十九世紀から二十世紀になる時アスピリンが出来たときは大変な頭痛症候群があったわけです。換言すれば、アスピリンで儲ける資本主義は頭痛症候群の蔓延を必要とした。それと似たような形で高度資本主義は精神疾患のパターンを極度に増やしている。PTSD(心的外傷後ストレス障害)や統合失調症や鬱の新たな症状は病名が追いつかないほどでしょう。
 患者は学生にも多く、現役記者にも多い。新聞社や出版社の現場に鬱の類の病がいかに多いか。社内に専門の医師を置かなければならないほどとりわけマスメディアには多いのです。私はこうした実情を新聞社は外部に発表すべきだと思う。マスメディアは非常に間違った日常のコーティングをしているのです。日常はかつてと変わりなく進んでいるような物言いに終始している。マスメディア内部で無意識の精神のすさみが起こり、それを隠すことで社会はますます歪んでいくのです。極論すれば、まっとうな生体はいま狂わざるをえないのです。
・・・僕自身が身体の調子が悪いなか、数年来この問題を考え続けていますが、まだ見えない、暗中模索です。ただ、強い関心がある。その理由はですね・・僕は1944年生まれで、ちょうど戦後と一緒に生まれ育った人間です。その戦後をたどってみても、今ほど精神の根が狂(たぶ)れている時期はどこにもなかった。不況やいろいろの危機的状況、それはあったわけですけれど、いまのような、名状しがたい内面の危機と不安状況というのはかつてなかったことです。現在の世界同時不況も明らかに1920年段階とも、30年段階とも違っている。加えて異質の危機が折り重なって迫ってきている。それに気がつきながら、今日は昨日の続きという風な、僕の言葉で言えば慣性の法則、つまりはイナーシアを正気を装ってつづけている。主としてマスメディアがそのように仕向けていく。このような状況は、僕が記憶する限りかつてない。





 2009年 2月 3日の記事 「2009年以降のビジョン①辺見庸同時性のパンデミック」より


 2009年は夏に皆既日食があったが、なんか2011年と2009年が、2010年をはさんでシンクロしてきているような感じがする。

地震と原発に対処する日本の外側では、また過酷な気象現象が起こっている。


アメリカ(巨大竜巻と暴風雨で死者190名に)

米南部を襲った竜巻を含む暴風雨による死者は28日、190人を超え、最も被害の大きい【アラバマ州】では最低でも約150人が死亡しており、死者数はさらに増えるとみられています。

また、原発3基も電源を失う事態に陥りましたが、なんとか回復させることが出来たと報じられていますが、今、世界中を襲っています自然の猛威は、今まで我々人類が経験してきたことがない規模になりつつあり、今後更にあり得ない自然災害が地球上で猛威をふるうかも知れません。

夏に雪が降るとか、夏の気温が50度を超えるとか、南半球の冬の気温がマイナス30度になるとか、考えられない自然環境になるかも知れず、富士山が噴火するかも知れませんし、ハワイが噴火で海底に沈むかも知れません。

今までの「常識」が通じなくなってきているのが今の地球であり、何が起こりましても我々は受け入れるしかありません。


http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/



http://www.youtube.com/watch?v=Sq2jBd6gngQ

 今必要なのは、とにかく災害に備えて少しでも身軽になる(原発停止などの措置)をし大規模なパンデミック、激流くだりに備える体制をつくることだろう。
コーティングしてもすぐにはがれちゃうと思うので、むしろメッキは早いとこそぎ落としたほうがよいのかも。。


 あと、こういうこと一切忘れて、自然に溶け入り、人工的なこころの枠をはずすことも必要。


3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/04/29 13:15

役所広司主演  映画「東京原発」より 原発の危険性 




http://www.youtube.com/watch?v=3gFvgSFumog

わかりやすく、面白い。映画見てみたい。

7年も前にこんな映画やってたとは知らなかった。




 福島原発でモニターをしていたAさんのインタビュー動画

 原子力についての研修を受けたり、各地の原発を視察するモニターをしていた女性への取材。
 

 最初は近くの避難所にいたが身内などからの情報により、少しづつ遠方に避難されていった経緯がよくわかる。




東日本大震災 福島第一原発元モニターからの証言 Reported by MIKE-T jidaimedia




http://www.youtube.com/watch?v=EcF_75slgwk

東電からの交付金で100歳になると100万もらえる村
誰も危機感はなかった
東電社員は11日に家族ごといち早く栃木へ避難
ホテルで宿泊拒否
テレビで会見する保安院への怒り
自衛隊がどっかに消えちゃった
大阪に避難してからの苦労

など





3・11以降 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/04/19 12:14
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