7月10日アップロードのExopolitics today、マイケルサラ博士によるエレナ・ダナーンさんへのインタビュー。
↓動画中UFOディスクロージャーに関する箇所の 翻訳テキスト↓
マイケル・サラ博士: 一部の人々は、デビッド・グラシュ氏はアメリカや世界の人々を、偽のエイリアン侵略作戦に条件づけるためのサイオプの一部ではないかと信じています。彼のナラティブには恐怖と、国家安全を脅かす要素があります。
また他の人々は、これは多少の部分的真実を開示するだけのリミテッドハングアウトだと考えます。
(Limited hangoutとは:
より損害を与える可能性のある情報から注意をそらすために、選択的、部分的な情報を一般に公開すること。
政治または諜報機関で使用される戦略を指す。
全体の真実を隠しながら、公開性と透明性の幻想を作り出すため一部の情報を意図的に公開する。
この戦略は一般の人々の認識を操作し、情報を制御し、より深刻な結果から組織を守るために使用される。)
リミテッドハングアウトとは 例えば、企業は彼らの宇宙船を何十年も研究してきたが、ほんの少しの進展しかなかった。
我々はETの宇宙船を入手したが、それらはあまりにも進歩したもので、我々にはそれが何か未だにわからない。
だから、その辺を飛び回っている謎の物体は決して我々が作ったものではないというわけです(笑)
(エレナさん、苦笑気味)
だから私はこれがリミテッドハングアウトだと考えます。
そして次に本物の開示があります。
アースアライアンスや宇宙軍は、グラシュ氏のような人を利用して私たちを本物の開示に向けて準備させているようなものです。
本物の開示とは抑圧され隠されてきたテクノロジーがすべて開示されることで、そうなれば私たちはとてもよい未来に進むことができるでしょう
さて、あなたはこれらの開示についてどのように考えますか?
エレナ:ストレートに言って、私はあなたの言った最後の説明をとります。私は、(銀河連合)のソーハンに、この開示計画の最終プランはとてもクレバーでみんなを驚かせるだろうと言われました。
それは、非常に巧妙にできていて 天才的だと。
だから私は起こっていることを見つつ、ジャッジするのを控えているのです
今重要なのはパブリックへの開示を1ステップづつ進んでいくことです。
ETは現実だ。これが最初のステップですが、これもとても大きなことです。
ETはずっと地球にいて、私たちの政府とも協力してきた。
これはタフ(大変)です。最初の難しい部分ですね。
スティーブングリア博士のような人は すべてのETはポジティブだと言い、一方デビッド・グラシュ氏のような人はETはネガティブで脅威だと言う。
私は今その違いは重要ではないと思います。
重要なことはこれら異なったナラティブは 様々な異なった思考の流れと溶け合い、人々の心の扉を通り抜けていくでしょうということです。彼らがエイリアンについてどう考えていたとしてもです。
それは人々の心の中を通り抜けてゆき、彼らは ワオ! 宇宙人は本当にいたんだ。
彼らは本当に現実の存在で、私たちの政府と協力していたんだ、すごい!ということになります
人類の集合無意識がひとたびそれを認識して、シミュレートすれば、次のステップ、つまりコンタクトに進むことが出来ます。
しかし、UFOのレトロエンジニアの技術やすべての極秘情報を開示することは何を意味するでしょう?
私たちはETからのレトロエンジニアリングテクノロジーを持っていてそれはとてもうまく機能してるんだよ、それを使ってTR3Bも作ったし、実はソーラーワーデン(太陽系防衛宇宙軍)だって持ってるよと言ったら、衝撃が大きすぎます。
私が知らない機密計画がさらにたくさんあると思いますが、今それらを開示すれば、カオスを引き起こすでしょう
特に軍事関係で。
というのは、彼らが取り組んでいるテクノロジーは、人類にとって常に倫理的ではなかったということを 彼らは私たちに知って欲しくないのです。
レトロエンジニアリングがうまくいかなかったというのは、嘘です。
それは私たちの日常の中の、光ファイバーや、スーパーマテリアルとして見ることができます。
非常に多くのものがそこから来ています。
にも拘わらず、それらがうまく機能しなかったと言うとすれば、彼らが秘密宇宙計画や その他の事に関して、まだ話すつもりはないということです。
それはトゥーマッチです。
公衆に自分たちの家を公開する前に、ちゃんと中を掃除しなければなりません。
ネガティブで、退行的な宇宙人はいない、彼らはみんな良い人だ、というナラティブは私にとっては馬鹿げたことです。どうして地上に様々な悪があるのでしょう?
なのに宇宙人がすべて善良だというのは、それはおかしいです。
もしも、政府が彼らがオリオングレイや、レプティリアンと仕事をしていたと言えばどうでしょう。
ああ、マジェスティック12が人類を彼らに売り渡したし、宇宙には、退行的なETがいて、私たちと一緒に働いていたんだよとは言えません
彼らはいずれそれを言わなければなりませんが、ディープステートが権力を握っている限りそうはならないでしょう。
デビッド・グラシュ氏は彼が明かした以上のことを知っているけれど、すべてを明かすことは出来ないでしょう。
彼の背後にはおそらく軍の組織があるからです。
これはスタートに過ぎません。
重要なことは人類が、この宇宙で一人きりではないことに気づくことです。
ETは現実で、彼らはずっとここにいたし、今もいるのです。
最近、動画作成にフォーカスして、ブログ自体の更新があまりできなくなってしまいました<(_ _)>
二十分程の動画でも、編集に時間がかかり、結構手間なのですがちょっと文章記事とは違う表現方法でしばらくやってみたいかなという感じです。
最近ずっとUFOブログみたいになっていたので、動画も基本その方向性で行っています(´∀`*;)ゞ
まあ、なんでこうなったのかよくわからないところもありますけど・・・
6月は本当にたくさんのこれ系の情報開示があったようで、全部情報追い切れていません。
ただ雰囲気としては、小粒なの 大粒なのあいまって 開示の波が夏に向けてどんどん大きくなってきているような印象を受けます。
日本のメディアでもそのうち大きく出るかも・・・ですね。
今回は開示の波から一歩引いて、僕の頭を宇宙に飛ばしてしまったエレナ・ダナーンさんの基本的な空間的宇宙観を整理しなおしてみました。
最近、どの恒星に文明があるのかとか真剣に調べていると 星空にも興味が出てきて、今年の夏は 夏の星座と天の川観測してみたいな~と考えています🌟
夏は南の空から立ち昇った天の川の中心部(バルジ)が よく見える時期みたいですね。
東京では厳しいかもしれないけど、関東近郊で見れそうな場所があれば出かけてみたいです。

心の師匠の2006年ごろの講話を動画化してみました。
アストラル体やエーテル体と呼ばれる見えないからだ(微細身)と、真我の関係、微細身をトランスフォームする「本尊のヨーガ」についてなど。最後には笑いで落とすという定番パターンの質疑応答です。
声の波動が強いので、何か聴いてると意識の変化があるかも?しれません。
履歴:
世界平和の願いを込めて“和平“という名前をつける。
幼少期より度重なる臨死体験とその体験よりもたらされた感覚によって、神秘の世界に目覚める。
8歳のときに弥勒菩薩との遭遇により歩むべき道を確信し、
13歳からはキリストを愛し、日々祈りの中で過ごす。
15歳でヨーガと出会う。
この頃、平和運動、教育、環境問題と関わり、
17歳で人生のテーマは平和の実現だとわかる。
自分の中の宗教的感性によってインドへと導かれ、
ビハール・スクール・オブ・ヨーガ主宰、
スワミ・サッテャーナンダ師の弟子となり、
21歳までヨーガの修行をする。
師の助言に従い仏教の勉強を始め、しばらく師を探す旅をする。
のちに、チベット仏教のサキャ派の法王である
サキャ・ティチン師と出会い、師の元で修行が始まる。
26歳からは、運命的な出会いを通して、
チベット仏教四大ラマの一人であるニンマ派最高峰の生き仏、
ミンリン・ティチェン師の弟子となり、
ゾクチェンやその他の教えを学ぶ。
師から、自分の役目は日本にあると言われ日本に帰国。
29歳から日本での本格的な生活が始まる。
35歳のときに恩寵により人生における疑問のすべてが解消し、
以来、自らの人生での経験や理解を通して得られた知識を
教える日々を過ごしている。
著書に『恩寵の力 必然性に導かれた人生の答え』
『母の力 すべての創造の根源からの教え』
(いずれも蓮華舎 刊)
↑今回、後編になります。前編はこちら↓
関西弁で喋ってみると、思いのほか喋りやすかったので、なまり全開で行ってみました。
↓お正月だけにしようかと思ったけど↓、このキャラで行こうかな・・・・(模索中)
タイに行ってた時、周りタイ語とか英語しか聞こえてこないので、ホテルでスマホなどで日本語ユーチューブを見てるととてもリラックスできました。
そういう時、『やっぱり日本人だなあ 言葉は血肉なんだなあ』と思いますが、よく考えたら 僕はすでに日本でも標準語という外国語に常に取り巻かれていたのかもしれない・・・というようなお話しです。
標準語圏の役者さんが、パーフェクトに関西人を演じるのは結構ムズいんじゃないかという話しをしていますが、この理由は
「梅とバラは匂いが違うよ」という文章があったとして、これ関西でも関東でも言い回し的にはどちらでも使えると思うけど、イントネーションが全然違う。
「梅」も 「バラ」も 「匂い」も 「違う」も 違うんです。
だからそれらしく言っても どこかの音節でぼろが出てしまうことが多い。
傾向としては標準語は前の方にアクセントがつき、関西弁は後ろにつくというのはあります。
しかし 「雲」などの単語の様に どちらも同じっていう場合もあり・・・
「雲が綺麗やなあ」というセリフを、ああ、関西弁だから後ろアクセントだとして
「くもがきれいやなあ」と言ってしまうと、「蜘蛛がきれいやなあ」という意味になってしまいます。
ややこしいですよね。
ちなみに、 同音異義語のケース
端・橋・箸 (はし) すべて 関西と関東でアクセント違いますが
「橋」の関西と 「箸」の関東は同じアクセント (。Д゚; 三 ;゚Д゚)
こういうのがあるので、関西弁をパーフェクトに発音するのは難しく、演じているのか 関西ネイティブなのかを見分けるのは簡単です。
関西出身でも 住んだことがあるわけでもないのに、
流ちょうに関西弁のイントネーションで喋れる人は 相当言語的に秀でてるのではないでしょうか。
子供の頃から 見てる映画 アニメなど ほぼ標準語なので フィクションの世界への憧れが、標準語への憧れとかさなり よく標準語で独り言を言ってた記憶があります。
しかしよく考えると どうして 標準語は格好よく(悪く言えば冷たく)、関西弁はフランクに(悪く言えば野暮ったく)聴こえるんでしょうね。考えてみると不思議です。
でも、もともと標準語喋ってる人は 特に 「カッコいい言葉喋ってる」って意識はないんでしょうね。
ローカル言語圏で育ってる人は どこかに そういう意識が残る気がするんですよね。
その理由のひとつとして、幼少期から見ている映画もアニメも、すべて 自分たちが喋っているローカル語と違う言葉で喋っているという経験をさせられていること。
映画の日本語吹き替えも、例えば『スターウォーズ』とか『マトリクス』シリーズを関西弁で吹き替えたらギャグにしかならないw
(超見てみたいですが)
だから、すべてカッコいい世界は標準語にしかないという刷り込みが なされているような気がするんです。
でも、これは実はおかしな話で、本当は登場人物たちは英語で喋ってるわけで、関西弁と標準語と本当はどちらにより近いというわけでもないですよね。ある意味 どっちに翻訳しても間違いであり 正解なんですよね。
しかし、標準語といけてる世界が紐づけられてしまっている。
関西弁はなぜか お笑いと紐づけられているw よく考えたら不思議です。
僕は子供の頃時々 標準語で独り言を言っていましたが、今は独り言は ほぼ関西弁で言ってます。
そのことに 急に気づきました。
幼い時から血肉となった僕の母国語は関西弁であり、いくら20年ほど標準語を使っていても、僕が本質的に関西人であるという事実からはどうしても逃れられないと気づいたのです(大げさかw)
↓この動画で話されてるのも関西弁ですが 京都とはかなり違います。京都は播州弁よりも大阪弁よりなのか?関西弁っていっても地方によりある程度バリエーションはありますね。
本年もよろしくお願いいたします♪☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
年末年始なので、もうしばらく この非日常路線でいこうと思います('ω')ノ
声に出したり、心の中で唱えるとよい影響を与えるとされる言葉があります。
ちょっと思いつくだけでも 3種類くらいあって・・・・
一つは ポジティブワードです。誰が聞いてもよいイメージの言葉。あるいはその組み合わせ。
一般に 愛 感謝 喜び などに関する言葉です。
もっともメジャーかもしれません。
もう一つは 「呪文」
これは表面的には意味がわからないけど、昔から唱えられていて パワーがあるとされる言葉です。
ひふみ祝詞 あわの歌 カタカムナうたひ 各種お経・真言 サンスクリット語の各種マントラ
これらは長い時間かけて多くの人が唱えているので、形態共鳴場が出来ていて、唱えることによりそれと共鳴できるがゆえに効果があったりもするかもしれません。
次に 忘れられがちなのが アイデンティティに関する アファーメーションです。
自分はいったい誰なのか?
それをまず はっきりさせようぜと いう方向性
『我は神なり 我光なり 愛なり』 など 不滅の究極的な実在と 自分を同一視します。
で、これら 3つは 唱える人の個性は考慮されていません。
逆に言うと 誰が使っても ある種のよい効果があるとされるものです。
でも、僕らの魂の個性は 人によって異なっており、生まれてきた理由というのも 少しづつ違います。
生まれてきた理由とつながる言葉
個のエッセンスとつながる言葉というのもあるのではないか?
ということに関して話しました♪(/・ω・)/ ♪
光の瞑想(光明瞑想)は、3つのパートからなっています。
STEP1 自分を光で満たす
STEP2 光を外に広げる
STEP3 無限なる光とひとつになる
今回は STEP2 の「光を外に広げる」の バリエーションとしての ひとつのイメージについて話しています。
これは前から温めてきたイメージで 内なる集合写真というようなものです。
自分が真ん中に映っていて、好きな人に囲まれているという集合写真。
現実では 会ったことのない人同士が 僕の心の中ではひとつの同じスペースに存在していて その一堂が会するパーティーの写真です。
自分が真ん中に映るなんて 現実的じゃないし 自己中で、、、って思う方もいるかもしれませんが・・・・
人生の主役はあくまで 「自己」。
心の中で描く集合写真くらい ど真ん中にいても大丈夫(笑)。
サティアサイババの書籍『光明瞑想』、CD『神我の響き』をテンプレートとして、自分が使いやすいように やや今風にアレンジしたものです。
どう変えたかというと、自分の中の悪いものを浄化する表現をややマイルドにし、セルフラブ寄りの自我をエンパワーするような表現を加えました。
時間は18分ほどで 瞑想初めてやる方にも短すぎず、長すぎずの尺だと思います。
お試しいただけると、うれしいです(o‘∀‘o)*:◦♪
数か月前から、 光を使った瞑想をよくやっています。
これって多分、何千年も前からある瞑想法なんじゃないだろうか。
サティア・サイババが推奨していた光明瞑想では、まず自分の全身を光で包み、そのあと周囲に光を広げていきます。
最終的に、自分の光と あらゆる存在の光、そして創造主の光はひとつである・・・・・
という光一元の世界に入る瞑想です。
自分の心身を光で浄化するという効果に加えて
自分の光は、その他の人、生き物の中で輝いてる光と等しい ひとつの光のみがある
というワンネス的意識にシフトさせることがポイント。
僕がたまにやっている愛の多面体瞑想もご紹介していますが、これは他の人の中に光を見るということにフォーカスしたものです。
誰かの幸せを祈る・・・というのももちろんよいんですが、その前提として 僕らがその誰かの「アイデンティティを認識する」ということがベースとして大切な感じがします。
人間外見や境遇は様々ですが、誰もが本質は光であり、愛のネットワークの中に存在する。
幸せを祈ってもらえるのももちろんうれしいことですけど、光として見てもらえるって 個人的にはすごく解放感があります。
幸せを願われても、「可愛そうな人に祈ってあげてる」という視点をぶつけられてると思うと、ヤじゃないですか(笑)
アイデンティティを認識してもらえてるということは つまり本当の意味で信頼され、エンパワーしてもらってるってことではないかと。
光一元の世界は、単なる 空想とかではなく、『リアリティ』です。
実在する現実だと思います
そこでは、僕らは性別でも 年令でも 容姿でも 社会的位置でもなく 『光』であり
自己と他の分離もない。
それゆえに葛藤もない。
光の瞑想は そういった 実在するが覚醒者しかそれを認識していないリアリティに 入っていくメソッド・・・
悟りのシミュレーションという見方もできるかもしれません。
仮に それがただの妄想としても 人が求めているものは根本的に そういった
全一性。
トータルな現実であり、そこにあらゆる癒しや幸福の 種があると思います。
その具体的やり方は 光明瞑想の書籍とか 確かYOU TUBEでも音源があったので そちらご参照いただければと思います。
といっても そんな複雑なものではありません.゚+.(・∀・)゚+.カンタン
簡単に出来る 心の入浴みたいなもので
アストラル体と エーテル体を浄化する効果があるそうです。
お風呂入るのに飽きないのと同じで これが毎日やってもあきないし、気持ちがいいのが不思議です。
なんだかつまんないなー
なんにも面白いことないなー 気持ちがガサガサするなー
と思われる方がいらっしゃれば、騙されたと思って こういうのをちょっとやってみてください
光を自分で想い 感じる というシンプルなことです
外側になんにも 面白いことがみあたらなくても 自分で描いた光は 不思議と心地よさを生み こころとからだを癒します
そして 外的にも光を感じる感覚が発達していく感じなんです。
以下今年の5月に書いた記事。
『ホワイトイーグル』の本の感想として書いてます。
ホワイトイーグルの霊示
ちょうどこれ読んでたのは、パンデミック一年目の夏で、街を歩く時のうっとおしい風景に嫌になっており、世界が闇に包まれているかのような感覚でした。
なので、「想念で闇と制約を越えなさい」という言葉にはハッとさせられました。
地上がどのように変化しても、永遠の世界は存在し、そこにはイマジネーションを通じて触れることが出来る。
特に 光や美のイメージを通して。
見えないものこそが実在で、その見えない世界との懸け橋が 「想像力」なんですよね。
ある種、いったん この世界のことを忘れて 故郷を想い出すことで 心が救われたり エネルギーが充電される。
ホワイトイーグルの瞑想では他にも 蓮の花や、永遠の静寂に包まれた神殿、天使やマスターたち、イエス様の姿とか、天国的な世界にある大樹のイメージを使います。
現代の価値観では一見現実逃避に見えるかもしれませんが、
でも、この物理次元のごたごたがイリュージョンで、「光」や「美」がより現実かもしれないですからね。
外側の世界が落ち着かないほど、内側で 永遠なるものに触れるのが大切ではないかなと。
すっきりしたら また がさがさの世界でやれる気力も湧くかも
毎日やってると 今日はどんな光と出会えるかな? という感じになってきて楽しいですよ。
以下、光の瞑想 参考書籍です