向いてるエクササイズは人によって違う ■野菜が毒になる人、ならない人■ 


 
最近この本を読んでいます。


 



ベジタリアンにとっては「野菜が毒?ありえねーだろ。野菜は神よ、神」という拒否反応を起こしそうなタイトル。

 この本の特徴は人を8つのタイプに分類して、それぞれの体質と、合う食物、飲み物、運動などについて書いていることです。

 タイプは以下の8つ

 ■慎重気質(セロトニンタイプ)
 ■包容気質(代謝不良タイプ)
 ■調和気質(コルチゾールタイプ)
 ■こだわり気質(副腎酷使タイプ)
 ■理想気質(神経バランスタイプ)
 ■決断気質タイプ(アドレナリンタイプ)
 ■プライド気質(ノルアドレナリンタイプ)
 ■活動気質(神経伝達速流タイプ)

 巻頭の気質チェックシートの質問に答えて、自分のタイプを特定する感じです。

 僕は調和気質(コルチゾールタイプ)のポイントが最も高く、慎重気質(セロトニン)と理想気質(神経バランス)が同程度の結果になりました。

 
 調和気質は 人の感情に敏感で調和を大事にする 期待に応えられてるか人の評価が気になる 話しの聞き役になりがち 人目を気にして感情をしまいこみがち 普段からストレスホルモンのコルチゾール値が高い 神経の消耗により免疫が低下しやすいので 議論は短時間に 人込みは避ける 

 などの生活のアドバイスがありました。

 まーだいたいはその通りかなという結果でしたが、「運動」の項目を読んでうーむと思いました。

 調和気質は緊張しやすいので、深い呼吸をしながらヨガなどをするのが向いてるということですが。

 緊張するような激しい運動はNG!とはっきり書かれていました。

 なんでも、「免疫系が弱いので激しく運動してしまうと、急激に免疫力が低下してしまい、疲れやすく病気になりやすい状態になってしまいます。また血液の粘度が高く、酸化に弱い体質と言う点でも激しい運動には向きません(本文より)」 とのこと。

 うーん、そうなのかなあ・・・。

 まあ、僕は外走ったり、プールで泳いだり(着替えたりするのがめんどいw)とかはものぐさなのでほとんどやりませんが。

 うちの中でできる自彊術とか、ヨガ、ゆるい筋トレが好きです。

 ウォーキングは気が向けが4,5時間平気で歩くんですけどね。
 山の中とかだと全然疲れないし。
 街中を走る、とかはありえないですね。

 ゆるめのエクササイズが向いてるのではないかとはうすうす思っていたけど、しかしですね~人間、自分にないものに憧れたり、チャレンジしたくもなるもんです。 

 先日何を想ったのか、そういえば自衛隊やアメリカ海軍とかはいったいどんな体トレメニューをするんだろうか・・・
 と調べてみました。

これちょっと情報の真偽はいまひとつわかんないけど、例えばアメリカネイビーではこんなメニューがあるとか。

以下のメニュー 軍人の筋肉が欲しい?だったら米軍の筋トレメニューに取り組め!! より


 レギュラープッシュアップ→できる限りやれ!

 ジャンピングジャック→50回

 クランチ→25回

 ダイヤモンドプッシュアップ→できる限りやれ!

 ジャンピングジャック→50回

 リバースクランチ→25回

 ワイドスタンスプッシュアップ→できる限りやれ!

 バービージャンプ→50回

 ドラゴンフラッグ→25回

 これを三周やれ!!

 というものでした。

 まあ、普通に無理(笑)だって僕卓球部だもん。アフガンに行かないもん(*σ´Д`*)

 聴きなれない名前が結構あるけど、~プッシュアップは腕立てのいろんなバージョン、~クランチは腹筋のバージョン


 ジャンピングジャックはこういうので、

 


 バービージャンプはこういうの。
 
 




 このメニューフルセットでするのはとても無理だけど
 ジャンピングジャックは適度に、はあはあいう感じになるので、室内で心肺機能を強化するためにたまにやってます。 

 心肺機能強化は、さすがに5分とか6分、1曲歌う間に息が続かないのはまずいだろというので・・・それを克服するためでしたけど。 

 言わずもがなですが、軍隊のトレーニングっていうのはサバイバルと、規律と、長時間行動できるような体力の養成ということにたぶん重きが置かれてるんでしょうね。
 
 自衛隊で「ホットヨガ」と「マインドフルネス瞑想」しかやってなかったら、まあ、国民としては多少不安にはなりますよね。
週末のOL?みたいな。

 それにマインドフルネスやり続けてたら、「そもそもどうして私は パン屋さんになりたかったのに 毎日汗まみれで腕立てをしてるのか、ああパン生地をこねたい・・・」と思うようになるかもしれないし、規律を守ると言う点では不向きです。

 やっぱ体のエクササイズって 「どういうからだを作るためにするのか」 「何の目的でするのか」「何が向いているのか」というのがすごく重要です。

 調和気質のアドバイスには 激しい運動はNGってありましたけど、激しい運動を定期的にした方がいいって人もいるようで

 たとえば決断気質(アドレナリンタイプ)へのアドバイスには 

 ジョギング ウェイトトレーニング エアロビクス パワーヨガ ボクシング ボクササイズなど

 筋肉をたくさん使う運動を 最低でも週に4回やれ!!(あ、海軍風になってしまった)

 とあります。


 調和気質へのアドバイスなんか、こんなんです。


 ヨガ、散歩、水泳(ゆっくり)、ストレッチ、ダンス、サイクリングとかを

 週に1回以上やりましょうね、・・・・


 完全に後期高齢者向けもしくは病み上がりな感じで。
 水泳 (ゆっくり) とか強調してあるし、おいらどんだけ弱いんや。。。


 しかし思うんですが、真っ黒に日焼けして早朝から走ってる人とかいるけど、ああいうタイプの人は努力してるっていうより体質的にそういうパターンが「苦にならない」っていうのもあるのかなーと。この本読んで思いました。

 多分軍隊生活に適応できる人っていうのは、そういう体質タイプが多いのかもしれないなあ・・・どうなんだろ。

 僕は、ややからだのエネルギーの状態にコンプレックスもあるので、ちょっとそういう戦士タイプには劣等感を感じるところがありますが、無理くり強くなる必要はないのかもなあーと。


 この本のタイプ分け、アドバイスはフィジオセラピーというものをバックグラウンドにしてるようです。

 僕はそのフィジオセラピーへの理解がないので、この分類とアドバイスがどれくらい妥当なのかはよくわかりません。

 ただ、確信を持てるのは、こういう個々のタイプを尊重した個別医療的方向性というのは絶対に必要だということです。

 まず、どんな食事法も エクササイズも 成功法則のようなライフハックも100パーセント万人に向いてるとは言えないということを知るのは大事だと思います。

 二月ほど前、あるセラピストの方とも話してました。
 食養生のプロの先生は、やっぱり個々人の体質にあわせることがすごい大事なことを知ってるみたいなんですね。 
 万人共通の黄金のメニューはない。
 肉を食べた方がいい人もいれば、今は控えた方がいい人もいる。
 それは人それぞれ体質が違うと同時に、今までの食の履歴もまったく違うから。

 今まではどんな方法論も 個人を尊重するのではなく、方法論自体の正当性を主張するきらいがありました。
 そして、これさえやれば、あるいはこの製品さえ買えば 誰でも元気になれるよ!とアピールします。 

 まあそれも当然で 目的がある方法論の普及 本が売れること 健康食品が売れることであるならば、○○タイプの人には向いてないかも、、、なんてことを最初からいうとその拡散力が薄れます。

 だからすぐに、ある食事法は正しいのか 正しくないのか 本当はどれがいいのか?とかいうそういう話しになってしまう。
 たぶん「ある特定の個人のその時の状況に対して」、向いてるか 向いてないかが あるだけなんですよね。

 一番大事なのは「汝自身を知れ」であることを思い出させてくれるという意味で こういう個を尊重した書籍は もっともっと出版されてほしいなーと思います。

 まーあと、どうしても現代の社会っていうのは自分を肯定しやすいのは戦士タイプっていう部分はあるような気がしてまして

 肉体も強くて 押し出しも強く 欧米風イケメン イケ女タイプというか・・・

 中医学の3気質論では 気血水の 「血」の要素の多いタイプとか。

 これも最近見たものですが、




 
 中医学の3タイプは、アーユルヴェーダの ヴァータ(風)、ピッタ(火)、カパ(水)とある程度対応してるみたいです。

 気が多いとガっリガリ君になりやすく、血が多いとおのずからガッチリ系になるようです。 
 気優勢タイプは千原ジュニア、久本まちゃみ アンガールズの二人 ハリセンボンのみのわはるかさんは。
 血優勢タイプはあべ寛さん、天海ゆうきさん などらしい。
 
 血タイプのからだが鉄筋コンクリートマンションだとすると、気タイプは隙間風が吹くあばらやだそうです(笑)

 風なのでほおっておくと、拡散していく性質がある。また空気を読むのはうまいけど、自分のではないエネルギーが出たり入ったりするので若干電波系なところもあるかもしれません。そのかわりいろんなアイデアが生まれやすい。

 僕もたぶんヴァータ(気)優勢で、ピッタとカパは同容量で配合されてる感じです。  

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 千原ジュニアって、全然僕と似てませんが、なんか話しとか聞いてると自分の感覚とダブる部分がかなりあって、、それってヴァータ質の共有性からきてるのかもしれないと思いました。

 トークの中で出る独特の細かさが、それわかるな~という気持ちにさせるんですよね。
 まあ細かいって言えば例えばブラマヨの吉田さんも 細かーいネガティブなとこをついてくる笑いだと思うけど、そっちはあんまり自分の感覚とダブルって感じはないんだよなー・・・こういうのってなんなんでしょうね。
   

 ジュニアさんはなんか感覚がかぶってるので好きですが、兄せいじさんは全く感覚がかぶらないので逆の意味で好きですね。

 ダチョウ倶楽部でいうと、肥後さんはヴァータ(気)、 竜ちゃんはカパ(水)、ジモンさんはピッタ(血)かな?


 あーもー何の話してるのか、だんだんわかんなくなってきたぞ。


 ということで、特にまとめもなく、唐突にこれで終わりたいと思います(ノ´▽`*)b☆
 



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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/05/25 19:35

14筋運動が気持ちいい。


 昨日、発声関係の動画を見ていて14筋運動というのを知りました。

 僕が毎日やってる自彊術は東洋医学的なパラダイムに基づいたエクササイズだと思いますが、14筋運動もそうみたい。

 なんかー気の通り道である「経絡」に対応する筋肉を動かすことで、エネルギーを調整するってことらしいんですね。

 ちょっとやってみると、すぐからだが活性化するのを感じられます。

 自然な感じで全身があったかくなるんですよね~面白い!

 キネシオロジーからきてるようだが、キネシオは不勉強なので詳しくは不明。
 でも、これやるだけでも十分いい気がするなぁ。

 ちょっとユーモラスな動きもあり、やりながらくすっと笑えるのも癒しになりますね。






 
セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/04/24 21:20

生命系タッチヒーリング


あー風、なんかすごいな((((;´・ω・`)))ごーごー言ってる。

  今週は季節外れの夏日が続いているせいか、週頭からの数日かなり不安定なコンディションでした。

  頭がぼーっとして、セルフコントロールが難しい。

  昨日は遅くまで仕事で大変だったし、うちでゆっくりすることにして、ひさしぶりにセルフでハンズオンヒーリングしてみた。

  頭の横側、頭頂、額から始まり、胸やおなか、背中側の腎臓のあたりへ。
  手が発する熱感を感じながらタッチしていると、ウトウトしていました。
  気が付くとよくわからないけど、楽しくなって笑っていた。
  楽しい感じのまま、夢うつつでヒーリングをつづけ、終了。

  何が楽しいのか?と聞かれるとわかんないんですが、あえて言うと「内容のない楽しい感じ」が穏やか~に続くというか。
  ナチュラルな喜びを感じる脳の部分が活性化しているような、
 
  意識的に楽しいこと考えてる、とかじゃ全然ないんですよね。

  タヒチの海に入って、自然に顔がにやける、とかそういう現象に近い。(入ったことないけど)

  手が発する生体エネルギーと脳がなんらかの仕方で共鳴しているのか。
  
  タッチセラピーのように自分の「手当て」を感じて心理的に安心して、幸せホルモンが出るのか。
 
  その辺のメカニズムはよくわからない。わからないけど、気持ちいい。

 それで思いだしたんです。人間、基本的にいつでも笑えるということ。喜びはナチュラルな感情としてあるということ。

 10年以上前ですが、ハンズオンヒーリングのアチューメントを受けてよくセルフヒーリングしていた。

 その時、いつも孤独感と不安でいつもどんよりしていた頭が霧が晴れるように瞬間的にクリアになったんです。 
 ニュートラルな感じがきて、ついでふわーっと幸福感を感じるようになりました。 

 それで思ったんです。

 「ボク、友達も彼女もなく、たった一人で東京の木造の家賃3万円のアパートにいて、バイト暮らしで、畳の上に寝っころがってるけど、それでも幸せ感じれるんだな」と。

 いや、実際そうなんですよ。
 そりゃ孤独じゃなくて、美しい自然に囲まれたいい家に住んでて、安定した仕事してたほうがいいと思います。

 でも、生得的なハッピーさに関していえば、それらは絶対条件ではないんです。

 そして生得的なナチュラルなハッピーさという土台の上に築かれた物理的な現実、幸福さであれば、より安定しているということなんですよね、たぶん。

 生得的って言う意味は、生きてる生命体であれば、基本的に誰でもこういうライフエナジーを自他に流せるんじゃないかと思います。

 いろんな方法論があり、いろんなすごい人がいたりもするけど、やっぱり自分の中に癒しの力がすでにあるって感じることは大事なのかな。
 
 僕らは「生命体」だから。
 「生命体」だということは、癒しの力があるってことじゃないのかな。

 ちょっと疲れたかなーっていうとき
 手のひらをそっと胸やおなかにおいて、そのぬくもりを感じてみてください。
 自分の生命のぬくもり。


 



 自分の「声」も僕らを癒します。
 声と言うか「声を出す」ことかな。

 頭の中がぐるぐるしてる時、気持ちがふさいでいるとき、とにかく「あぁ」でも「うー」でも「おーマイゴッド」でもいいので声を出してみるのはお勧め。

 声出すと、神経系の回路が切り替わるんですよね。 
 発声はコミュニケーション回路で、コミュニケーション回路は鎮静させる。

 危機からの生還を研究した本の中に、パニックを落ち着かせるのは、親しい人との交流、もしそれができなければ、自分自身で自分に語りかけるのがよいと書かれてるそうです。

 人をケアしたり、気づかうことに自分の声を使い続けてる人は、たまには自分自身のために声を出してみるのっていいかもしれないですね。ひとりごとをつぶやくとか、好きな歌の歌詞を朗読するとか、なんでもいいんですけど、、、自分の声は人を正気に連れ戻してくれる効果があると思います。


 さて、ハンズオンヒーリング

 いちおアチューメント受けてるので、レイキのようななにかの生命エネルギーを流してること前提でやってはいますが。 


 エネルギーとか抜きにしてもタッチの効用は医学的に認識されてきています。
 この本とかに詳しいです。





 命のぬくもりを感じることで癒されるって、すごくいいですよね(o‘∀‘o)*:◦♪


 あ、今日から清里でI先生のリトリートかな。

 ずいぶん長いこと行ってないけど、、、参加される方、いってらっしゃーいヾ(o´∀`o)ノ


セラピー&ヒーリング | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/04/06 16:50

HSPに関する記事、ふたつ紹介

 

 他人が怒られてるのに私が傷つく、ひといちばい敏感な心を持つあなたへ【精神科医が解説】




 「クラスメートを叱っている先生の声を聞くのがつらかった」という話をよく聞きます。よく誤解されてしまうのが、「教室内のピリピリした雰囲気がイヤだ」という単純な話ではありません。「HSC」の場合、そうした雰囲気から「ダメージ」を受けてしまうと考えていただくとイメージしやすいかと思います。

――「ダメージ」というのはわかりやすいですね。私が取材するなかでも「教室の音自体がつらかった」という話もよく聞きました。

 一方で、同じ教室にいても、大半の子どもはそうした刺激を何気なくやりすごせるわけです。そうなると、えてして「ガマンが足りない」「心が弱い」といった話になりがちですが、そうではないんです。生まれ持った特性として、外部からの刺激を必要以上に感じとってしまい、その結果として「ダメージ」を負ってしまうというわけです。

 そもそも「HSC」にとって、学校ほど過酷な社会はありません。大人であれば、対人関係が苦手であったとしても、それをさほど必要としない働き方を選ぶことができます。しかし、学校という場は全員が同じでなければいけないし、同じであることが求められます。そのなかでちょっとでも変わった行動をしようものなら、いじめの対象になってしまうかもしれない。「学校に適応できないなら社会でやっていけないぞ」とよく言われますが、ある意味、社会よりも過酷なのが学校という場所で、そういう集団の苦しさを誰よりもキャッチしてしまうのが「HSC」だと思っています。

 研究によると「HSC」は5人に1人いると言われています。「ダメージ」を受けやすいと聞くと、ネガティブな印象を持たれがちですが、「身に降りかかる危険を即座に感知できる」と捉えるならば、生き物が生存するうえで、欠かすことのできない能力です。

 ところが、最近は「世間の荒波に負けない強さ」を持っていることに価値が置かれる息苦しい時代になってしまった。結果として、「HSC」にとって、非常に生きづらい社会になってしまっているのではないかと思います。









  この記事を読んで、すっごいわかるーと思いました。

  ボク、ホントあかんのです。こういうの。

  カフェとかで隣の席でぴりぴりした会話してると食事がまったく楽しめません。
  上司が部下をちくちくしてるとか、微妙な雰囲気のカップルとか、もー気になって仕方ない!!ぅ(@゚Д゚)@。Д。)わぁぁぁ~~~~ッ!!!!!!

 確かに学校の教室は今考えればうるさすぎて、ダメージ受けてたなと思います。 

 まー特にうちの中学なんてヤンキー(死語)がクラスに3,4人はいて、授業中に先生と床で上になったり下になったりの乱闘したり、トイレん中はタバコの煙で真っ白になってたりしてましたからね。HSPにとっては非常に過酷な環境でございます。

 僕もなにもしてないのにすれ違いざま腹をグーで殴られたり、股間をけりあげられたりしてましたよー
 まったくなんなんだ、あれは(*`皿´*)ノ
 今考えるとひどすぎて、ややウケる。
 
 人が怒られてたりするとダメージを感じるっていうのは、なんかミラーニューロンの働きとかがHSP気質の人は強いんでしょうかね。どーもそんな気がするんだけど。 

 それにしてもいつの間に『世間の荒波に負けない強さ」を持っていることに価値が置かれる息苦しい時代』になったんだ~?
 ヤダなー
 ちょっと前まで、手首にいくつか傷があるビジュアル系がうけてたような気がするんだけど。


 過去にエレイン・アーロンさんの「ささいなことにもすぐ動揺してしまうあなたへ」を読んで、自分の生きづらさのいったんが理解できかなり目からうろこの体験をしました。

 いやーそれまでは微妙に自閉傾向なのかなって思ったりして、自閉症スペクトラムテストをしたりして・・・そっちかなーって勘違いしたこともあるけど。(過去記事に残ってます)

 それは自閉傾向の人もすごく感覚刺激に敏感だからです。

 そして自閉傾向の人は共感が難しく、人への関心が薄い。

 でも、HSPの場合は、共感力が高く、人への関心は高いらしいんです。

 ただ、刺激に敏感すぎてひきこもりがちなので、非社交的に一見見える場合もあるけど、実際はそうじゃないんですね。

 むしろ、人の話しや感情にシンクロして圧倒されすぎるので、長時間いられないってことなんです。(その程度に個人差はあると思うけど)パーティーとか飲み会みたいなうるさい環境も苦手だしね、たぶん。
 
 僕個人にしても、実は他者への関心はかなり高いということに最近気づきました。 

 ただ、雑踏は嫌いです。
 混んだエレベータ乗るくらいなら階段使うことも多々あります。
 歌うのは好きだけど、カラオケボックスの環境はあまり好きじゃなかったりします。ライブも好きじゃないなあー、音が大きすぎるから。

 ↓最近HSPに関して考察してるハイクオリティブログを発見しまして、認識が深まりました。おもにメンタルヘルス系の記事ですけど、情報量がものすごいんです↓

  Blog いつも空が見えるから

 生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち

 
■光や音、匂い、そのほかのさまざまな感覚に人一倍敏感
■場の空気や他の人の気持ちを読みとることが得意
■人より深く考え、呑み込みが早いと言われる
■感受性が強すぎるせいで刺激に圧倒されて疲れ果てることがある
■子どものころから空想の友だちなど不思議な体験をしてきた

 あなたはこのような、人一倍強い感受性の持ち主ですか? あるいは、もしかすると、あなたのお子さんがこのリストに当てはまるでしょうか。

 もしそうなら、あなたやお子さんはHSP (Highly Sensitive Person)、つまり「人一倍敏感な人」や、HSC (Highly Sensitive Child)、つまり「人一倍敏感な子ども」と呼ばれる生まれつきの感受性の強さを持っているのかもしれません。

 生まれつきの感受性の強さは、優れた才能につながることがあります。HSPの人は人の心をつかむコミュニケーション力に長けていますし、優れた芸術家や科学者の中には、HSPの繊細な感性を生かして成功した人が少なくないとも言われています。

 しかし一方で、優れた感受性の強さのために、人混みやイベントで疲れやすかったり、学校で強いストレスを感じて不登校になったり、果ては慢性疲労症候群や解離性障害といった心身の問題を抱えることもあります。

 HSPとはいったいどんな性質なのでしょうか。しばしば混同されるアスペルガー症候群の感覚過敏とはどこが違うのでしょうか。やはり感受性が強いADHDとの間にはどんな関わりがあるのでしょうか。どんなリスクまた可能性を持っているのでしょうか。








 とっても情報量が多くて、よみごたえのある記事です。

 HSPが持つ特質を、エレイン・アーロン氏は4つにまとめています。

 それは「DOES」です。

 ①Depth of processing(深く処理する)

一つ目の性質は、「深く処理する」(Depth of processing)ことです。簡単に言えば、「一を聞いて十を知る」という性質のことです。

HSPの人たちは、単に敏感に反応するわけではありません。ちょっとした刺激や情報から、他の人以上に深く感じたり、深く考えたりします。無意識にであれ、意識的にであれ、物事を徹底的に処理し、理解していきます。

そのような意味では、HSPの敏感さとは「過敏性」ではなく「感受性の強さ」だと言えるでしょう。

この「深く処理する」という性質は、年齢以上に大人びた受け答えをしたり、初めて経験する場所や人の前で行動するまでに時間がかかったりという行動にも現れます

HSPの人は、異文化や異なる社会背景の人の気持ちや行動を理解し、共感する能力に長けています。

ビアンカ・アセヴェドによる研究によると、HSPの人は非HSPの人より、脳内の島皮質と呼ばれる場所が活発に働いていたそうです。この場所は内面の感情や、外部の感覚刺激を読み取って統合する意識の座と言われています



 ②being easily Overstimulated(過剰に刺激を受けやすい)

HSPの人は、自分の内外で起こっていることに人一倍よく気がつき、処理し、配慮するので、精神的にかなりの負担がかかり、疲れやすく感じます。

変化に敏感で、普通よりも多くの新しい経験が得られるぶん、多くのことを読み取りすぎて疲れ果ててしまうこともしばしばです。

強い明るさ、大きな音、手触り肌触り、匂い、暑さ寒さなどからも、普通以上のストレスを受けたり、疲れや痛みも通常より強く感じてしまうかもしれません。

すでに触れたHSPの人で強く働いている島皮質は、そうした感覚を感じ取る感受性の源です。他の人と同じ刺激を受けても、感受性が強いせいでより強く刺激を受けてしまうのです

人の多いパーティーや雑踏、大きな音の映画館や遊園地など、刺激の量が多い場所はことさら苦手です。他の多くの人にとっては、そこは日常よりも目一杯刺激を開けて楽しめる場所ですが、普段から人並み以上に刺激を感じ取っているHSPにとっては、そこは刺激が多すぎる場所なのです。


 ③being both Emotionally reactive generally and having high Empathy in particular(全体的に感情の反応が強く、特に共感力が高い)

HSPの子どもは人の心を読み取る能力に長けていて、まわりの人の顔色を読んで、自分を合わせることが得意です。親の望むこと、友達や先生の望むことをよく読み取って、適切な配慮や気配りをすることができます。

本を読むときには物語の登場人物に深く感情移入し、相手が人間でなくても、動物やロボットや物にさえ、強い感情移入を示します。ときには、物語の内容や、テレビのストーリーに深く共感して、涙もろくなってしまうこともあります。


 ④being aware of Subtle Stimuli (ささいな刺激を察知する)

 環境の変化や、物の配置が変わったことに目ざとかったり、自然の風景や動物とのふれあい、芸術作品などから強い影響を受けたり、親や友達のちょっとした声のトーンや態度の変化から、何かあったのだと察知したりします。

ただし、刺激が過剰すぎる状態では、かえって普通の人以上に気づくのが難しくなることもあります。これはおそらく、感覚の過剰さから脳を守るために、意識がぼーっとしたり上の空になったりする解離が生じるからでしょう。





 これらが4つとも当てはまれば、HSPである可能性が高いようです。
 説明文は上記ブログより引用させていただきました。


 ■参考文献■

 





 
 ↑は敏感な子供の特質、接し方などについての本のようです。今度僕も読んでみようと思います。



セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/03/21 16:07

スピリチュアル・エクササイズと、その成分



 基本的にスピリチュアリティというのは、とても語りにくいしとらえにくいものだと思います。


 というのはあたかも筋力や体脂肪率のように機械的にスピリチュアリティを計測する方法はありません。


 それは脳‐身体構造と同調して機能はするけど、本質的にはその上位構造にあるもの。


 さらに、その「意識」というか「真我」というか「神」においては、すべてひとつであり、万人が神の子であるので、
個々人の相違はない。


 スピリチュアリティオリンピックをすることはできないし、順位をつけたり、発展段階を想定したり、ある個人に特殊性を付与してしまうとその本質が失われてしまうといったような
ものなのだと思います。

 でも、かといって、サイババや、ババジのようなマスター、イエスのように明らかにスピリチュアリティに特化したような存在もいて、彼らと自分がまったく同じとはなかなか普通の意識状態では思えなかったりもします。


 誰でもすべてから愛されているし、神の子であるのだから、楽に幸せに好きなようにしてればいい・・・


 ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆(o‘∀‘o)*:◦♪+゚。*(*´∀`*)*。゚+


 ・・・というのも一面の真理だとは思いますが、本当にそうしていると、いつのまにか幻想にどっぷり包囲されているということにも
なりそうです。

 特に近・現代日本のような、基本的に肉体がすべてであり、競争、社会適応に重きが置かれているような時代空間で、スピリチュアリティを事実とするなら、「社会的常識」の一部は否定せざるを得ない。

 そして、その中で真実を思い起こしていられるような何かの儀式を持つ必要がある。

 この儀式をやや、軽い調子で「メンタルエクササイズ」と呼ぼうと思います。


 ボディエクササイズにいくつかの方向性があるように、メンタルエクササイズにもいくつかの方向性があります。
 主なものを6パターンほどあげてみます。  


 ① 愛・感謝・許し、心を開くという方向性。

 ホ・オポノポノ、生命の祈り、奇跡のコースの一部、マインドフルネスのメッタ、ありがとうマントラ などなど。

 オポノポノでは「ありがとう」「ごめんなさい」「愛しています」という言葉を繰り返します。
 この謝罪や感謝の対象は、ウニヒピリという潜在意識(下位自己)ってことになってます、、でもまーそんなこと知らなくてもいいんじゃないでしょうか。ありがとう、ごめんなさい、愛しています・・・と何回か唱えていると凝り固まった心がほぐれていくような、ふわっとした感じがしないでしょうか。まさにメンタル・エクササイズ、心のストレッチみたいな感じです。
 たぶん、誰かに感謝や謝罪の言葉をかけるというだけで、僕らの心はゆるむようにできているんだと思います。

 マインドフルネスのメッタプログラムでは ストレスの原因となる人のことを思い浮かべつつ

 「あなたが様々な危険から安全でありますように」
 「あなたが幸せでこころ安らかでありますように」
 「あなたが健康でありますように」

 というフレーズを唱えるそうです。
 どちらかというと、これは祈りと言うよりも、自分のためになるプログラムです。
 というのはメッタを行うことにより、雑念をつかさどる脳領域の活動が減少し、自己へのとらわれが減少するからです。慈悲の心を育むことが脳疲労しにくい脳を作り上げるということらしいです。

 オポノポノもメッタも、何か(誰か)に愛を向けるという方向性は共通しています。

 これらを一番に持ってきたのは、もっとも多くの人に受け入れやすい方向性だから。
 普通に暮らしてく上でも、「ありがとう」と言われたらうれしいし、感謝したり、ちょっと人のお手伝いをするのはいいことっていう意識は浸透しています。だから、これをスピリチュアリティの方に持っていくのは割と簡単なんです。


 さらに害が発生しにくいという意味でも、優れていて、忘れない方がよい方向性です。 


 

  


 ② もう一つは 「神意識」

 古くからのバクティヨーガ、神秘主義的キリスト教、スーフィズム、などの行法として、「神」「オウム」「すべての源」に
意識を向けることを意図するものです。数珠を繰りながら行うものを「ジャパ」と呼びます。
 インドや、一神教的伝統がある地域ではポピュラーだと思います。
 でも日本ではあまり、神と言うと変な宗教のように解釈されがちなので①ほどは受け入れられないでしょう。

 僕は時々ジャパってますが^^


 


 



 ③ そして「観察」。


 マインドフルネス、ヴィパサナ瞑想を代表とするような方向性。
 思考・感情・体感覚をありままに受け入れ見つめます。
 受け入れ、見つめることによって、それらは変化してゆき、「自己」と「観察対象」が分離していきます(脱同一化)。
 観察は、すべての方向性において多かれ少なかれ、働いている機能です。
 これは多分前頭葉のつかさどる「メタ意識」なのだと思いますが、それをより確立してゆく方法です。

 より科学的に研究されているので、広く入れられつつあります。

 


 ④次に観察と似ていますが「内省による脱同一化」というのも入れたいと思います。


 「愛」や「神意識」から僕らを遠ざけてしまっているもの、(マーヤ、幻想、無知、恐れ、ネガティビティ、一般常識、信念体系などなど)
 それらを認識して、解消していくような内的ワークです。マーヤ解きとして師匠から教えてもらった方向性です。

 先日ニュースを見てると、受験生が「このテストで一生が決まるので・・」とか言ってて、 いやいや・・・(゚△゚;ノ)ノと思いました。

 恐ろしいですねセンター試験。もうそんな時代でもないでしょうに。
 キャスターも多少訂正してあげてもいいんじゃないすか。
 「一流大学を出ても、不幸になってる人は山のようにいるし、中卒高卒でも楽しくやってる人は星の数ほどいるんだけどね」とか。

 まーどこまで受験生が本気で思ってるか謎ですが、本気でそう思ってると仮定して、テストに落っこちたあまり自殺しちゃったりなんかすると、それはもう社会的「幻想」が命を奪ったとしか言いようがありません。

 こういうような思い込みなどを、純粋な意識側の観点からひとつづつ検証して、脱落させてゆく方法です。  
 まあいろいろ使えます。

 「本当に結婚しないと幸せになれないのか」とか 
 「本当にオリンピックは応援しないといけないのか」とか
 「クリスマスは本当にチキンを食べる必要があるのか」とか(笑)  

 以下は臨死体験により末期がんから回復したアニータ・ムアジャーにさんが臨死体験中の意識状態との比較により、世に蔓延している固定概念から自由になる方法について書かれた本です。

 
 

 ⑤ 変性意識状態の探求

 ヘミシンク、誘導イメージ瞑想、夢日記、覚醒夢、ヨガニドラー、などにより日常意識とは異なった意識を経験することを目的とします。
 アルファ波 デルタ波、シータ波状態の経験と探求です。   

 アヤワスカ、ペヨーテ、LSDなどのサイケデリクスの使用。法的にそもそ禁止されていたり、場合によっては結構危険なものとなることも。ちなみに、下のマッケナの本はめっ!ちゃ面白いです。(*注*マニア向け)


 

 



 ⑥ 最期に「エネルギー」。

 これは気功の大周天、クンダリニーヨーガ、マスターからのディクシャ、ダルシャン(霊的集い)

 パワースポットに出かける。

 なんらかの修行法により、体内のエネルギーを操作するか、マスターのエネルギーにより覚醒状態、変性意識状態にもっていくもの。
 食事などを変える、断食。

 これらも場合によっては結構危険なものとなる方法です。

 ゆるい気功など穏やかなものならまったく問題ありません。

 

 これらはメンタルエクササイズというだけあって、座ったり、寝た状態でもできるものが多いです。

 いやーホント、部屋で静かに座ってる人がいて、はたから見てるだけじゃ

 その人が 「内省による脱同一化」をしているのか、「変性意識の探求」をしてるのか、「観察をしている」のか、「愛に心を開いて」いるのか単にHなことを考えているのか・・・まったくもってわかりません。
 
 瞑想してたら、すぐ妄想になるんですよーとかスピ系セミナーではよくある冗談ですけど^^


 しかし、それぞれに活動的になってる脳の部位とかがやはり違ったりとかするんじゃないかなーと思います。


 マインドフルネス(観察)だと、雑念を司る後帯状皮質の活動が低下して、前頭葉がよく働くようになるとか、いろいろ研究が進んでるみたいなので・・・

 「神意識」とか「脱同一化」とか「愛」の場合も実際的には脳がどうなってるかというのが、気になるところです。
 そういう研究がたくさんされて、データが蓄積されることを期待します。

 さてこれらのメンタルエクササイズですけど、、、

 人間がごくごく狭い空間に閉じ込められて、本もテレビもなく、肉体的活動を制限された時にも、できることというのがあると思います。

 
 それは

 ■観察する  対象:思考 感情 体感覚 イメージ 匂い 音 見えるもの

 ■考える、分析する 対象:人生 世界 

 ■イメージする、想像する 対象:こことは別の世界 将来の夢など

 ■記憶を想起する 対象:人生の記憶 芸術作品 音楽 映画 小説など含む

 ■愛する 心を開く 受け入れる 対象:自分自身 肉親 親友 神様 あらゆる生命など

 ■祈る 対象:自分自身、他者の幸福、 世界の幸せ をより高次の存在に願う

 ■繰り返す (言葉 マントラなどを)

 ■眠る、起きる、夢を見るのサイクル(意識のレベルを移動する)


 などです。

 映画「ショーシャンクの空に」で、無実の罪で収監されたアンディ・デュフレーン。

 彼が光も差さない懲罰房に一週間入れられて、出てきたとき「モーツアルトがいたから大丈夫だったよ」と言います。

 多分、アンディはモーツアルトの旋律を心の中で何度も「想起」していたのでしょう。

  




  同じような境遇で別の人は「相対性理論の欠点をずっと考えてたから退屈しかなったよ」とか、「ずっとイエス様がいてくれた
から平和だった」とか、「般若心経を唱えてたから」とか「今後の人生プランを考えてたから」とかいうかもしれませんね。

 僕も部屋の中で過ごしてた時間が比較的長いのでわかりますけど、人間、閉じ込められると、こういうメンタルの活動を
ひととおりやるものなんです、多分。

 あ、そうそう上の状態は他者とのコミュニケーションがないということ前提でね。
 スマホとかとっくに看守に没収されてますからね(笑)

 コミュニケーションが許されていれば、人の意識はほとんどそっち側に流れます。

 これらは日常の精神活動の基礎単位でもあり、スピリチュアルな修練もこういう基礎単位に分解して、それぞれの相違をみつけることもできそうです。
 
 スピリチュアルなエクササイズをしなくてもいい。

 でも時々は、たっぷり時間をとって考えたり 想像したり、思い出したり、祈ったりしてるのもいいですね。







セラピー&ヒーリング | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/03/02 15:02

絶不調の時のエクササイズ

 

  からだのエクササイズが心身の健康にいいことは大昔から言われていますが、最近では運動が脳に及ぼすメリットもかなりデータが集まっているようです。

 マウスの実験では、一定のエクササイズにより記憶をつかさどる海馬の脳細胞の甦りが確認されたとか

 また60代を越えた人でも、一定の運動をしている人はしてない60代の人よりも数歳脳が若いというデータも出ています。

 参考文献

 
  


 もはや運動がからだの健康だけではなく、脳のつまりメンタルなコンディションにがっつり影響していることは周知のことになりつつあります。 

 これは、セラピーの分野でもいえることで、エクササイズはうつやPTSD諸症状を根本的に癒していく可能性を秘めていると言えると思います。

 軽度のうつ状態であれば、飲酒を控える 運動をする 睡眠をしっかりとる ということで薬に頼らずとも十分回復可能だということが何かに書いてありましたが、僕の場合もお酒をかなり減らす+運動 との組み合わせでかなり安定してきました。

 断酒とかではなく、週に3,4日飲んでたのを1~2日にして、量もぐっと減らして、アステルパームなど人工甘味料が入ったアルコール度の強いものは一切飲まなくなりました。

 そして毎朝運動をするという・・・だいたいこれだけは守ろうとやってると、3,4か月でずいぶん変わってきた感じがします。

 昨年は病院に行くと「あなた、うつ病です」と言われて、SSRIも処方されましたが、やっぱ、どうもこれは飲む気にならず・・・

 薬局でもらったものの結局一錠しか飲んでません。漢方だけを時々飲んでました。

 参考文献

  


 なので

 自然回復プロセスなので、時間はかかるかもしれないけど、僕と同じような不調の方いれば、すぐに強い薬には頼らず数か月、あるいは数年単位で自分を見守っていただきたいなーと思います。(緊急避難的な薬物療法はまったく否定しませんけど)

 薬飲むにしても、それ+ 運動 瞑想 睡眠 自然環境、そして信頼できる人からの支援、、、こういうような実質的な「栄養」となるようなものが薬よりもずっと大事なんじゃないかと思うんですよね。

 変わらなければ、たぶん、人間関係や、環境的問題が大きいのではないかと・・・。

 さてエクササイズの話しにもどると、僕がやってたのは太極拳などを趣味にしている母に教えてもらったこの自彊術というものです。




 これは昭和初期に流行ってたもので、今やファッショナブルな各種ヨガとかに比べて若干こうばしい感じもするんですが面白いです。

 やってみるとわかりますが、ストレッチ的な要素とか、骨格を調整する要素とか 心肺機能を鍛える要素、いろいろなものが組み合わさっていて、筋トレを続けるよりも僕とかは続けやすいです。脳が飽きないっていう感じ?でしょうか。 

 なにげにスクワット的動きが40回も入ってるので、割と呼吸も弾みます。

 座位パート 立位パート 寝た状態でするパートとありまして、たぶん座位のパートはかなり体力気力が落ちている人でもできるのではないかと思います。出来そうなのだけ続けるのでもいいと思います。

参考文献





 このほかにインナーマッスル鍛える系筋トレ、ブレストレーニング ヨガなどを気分に応じてやってます。

 ただそれでも、すごく気分が不安定なとき、、、というのはあって、そういう時に筋トレなどの負荷がかかるのをするのは精神的にちょっとしんどいです。

 からだを鍛えるというよりも、神経系を落ち着かせるエクササイズというものがありますが、僕の場合は本当にゆるいヨガをするか簡単な気功的エクササイズをするのがいいみたいでした。

 



 スワイショウとか、でんでん太鼓とか~ですね。
 これらは10分くらいすると、すぐにあくびが出そうになる(副交感神経へスイッチする)。
 気持ちがおだやかになるので、夜寝る前とかに向いてますね。

 僕は負荷の強いエクササイズは朝方とかお昼くらいにして、夜する場合はこういうゆるいものを選びます。

 ヨガには療養中の人対象のリストラティブヨーガというのもあり、これもかなり神経系への負担が少ないエクササイズです。

 参考文献




 ちょっと元気になってきたので、歌う基礎体力を向上させるためにも、なんか有酸素運動をしないとな~と思ってます。

 今まではとにかくよくなりたい一心で続けてきたので、なんか楽しんでできそうなものがいい。

 僕はどっかでも書きましたが、ジャンプとかが入った軽くて、ちょっとトリッキーなからだの動かし方に憧れる部分があります。
 長距離走よりも、障害物競争してたいというか・・・わかりにくいですかね(笑
 さく飛び越えたり、くぐったりするのが好きで、あんまし大人になってもそれって変わらないですね。
 だから、木に登ったり、車止めの上に立って遊んでる40代、50代をみないのが、すごいさびしいというか・・・。
 なんで、人間って成長するとダンサーとか以外はジャンプしたりしなくなるんやろなーと真剣に思うんですけどね。

 パルクールの動画すごいかっこいいと思いますが、さすがに今からこういうことやるのは、、、

 






 しかし、ダンスやエアロはありだよな!と思い、

 ダンササイズとかエアロを動画見ながらやったりしてる今日この頃です。
 





セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/02/23 19:15

うさぎカフェデビュー




   本日は吉祥寺のうさカフェでこんなのと触れ合いしてきました。



  店に入ると、スモークの向こうからこんなのがおで迎えしてくれます。




  CFa6qmiUMAAy4AT.jpg

  いらっしゃいませぇ~~~ご主人様~~ボイスチェンジャーのような低音



  そのあと、裸になってからだ全体にクリームを塗ってくれだとか、頭に酢をかけてくれだとかいろいろ変な注文をたくさんしてきます。

  って・・・



  あ、間違えた、これは化け物ウサギの画像やった。 (営業妨害やて)


  そうじゃなくて、触れ合ってきたのはホーランドロップのハナちゃん♀。


 hana.jpg


 まだ生後数か月くらい、8月8日にお店にやってきたデビュー間もないスタッフのようです。
 8日と言えば、虹が出てた日だな~
 きっと虹をくぐってやってきたに違いない。

 最初は全然近寄ってきてくれません。
 人間のスタッフさんが渡してくれた野菜を差し出してみると、超腰がひけた体勢でこりこり食べてました。
 その様子も可愛い。 

 そのあとちょっと慣れて来たのか、膝の上に抱っこさせてもらうと、長いこと乗っかっててくれました。 
 まだ子供なのでふわふわ感がハンパなかったです。

 店内は平日午後ですが、結構お客さん入ってて、客層は女性二人連れとか、カップルとか女子一人とか、高齢者集団。

 さすがに男子一人客は、僕だけでした。
 まあ、でもそんなに居づらいとかって感じではなかったかな。 
 ただグループごとに順次ふれあいなので、いちごミルクのかき氷を食べつつ小一時間本読んで待ちました。

 ドリンクや食事代+300円で 約15分、スタッフさんとお話ししながら触れ合える感じになってます。

 事前に予約しておくと待たなくてもいいみたいです。

 しかし、動画で化け物ウサギのディテイルが知りたいとかしつこく喋ってたので、その後化け物じゃないウサギとお近づきになれてなんかちょっと不思議でした(笑)

 いやーしかし、生き物系に触れ合った時のテンションンの上昇の仕方ってゆるやかでいいですね。

 アップテンポの音楽を聴くとか、面白い本を読むとか、映画を見るとかでも、テンションが上昇し覚醒感が増しますが、ちょっと行き過ぎて(交感神経活性化しすぎて)不安定になる場合があります。
 
 それに比べて生き物系の、「あーかわいいー!」という感じでの上昇の仕方は、あがるはあがるんですけど、副交感神経といい感じでバランスされてるのか、覚醒感と元気になった感はありつつ、落ち着いてもいる、という状態になりやすい感じがします。

 やっぱり自他への愛情というのが、心身を適正化してくれるんですね~。
 あたたかさややわらかさを感じることで、からだや脳のエネルギーが活性化される。

 認知症のお年寄りとかも、アニマルセラピーでうさぎを使うと、うさぎの名前だけは覚えたりするみたいです。
 すごいな~ 命のパワーですね・・・

 メンタル的に落ち込んでる方、病院やセラピーもいいけど、こういうスポットもきっといいですよ~~(*´ω`)┛




セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/08/22 18:15

ペットショップの危険な奴ら

            



                  moru1.jpg





   トラウマ解放のSEセッションで、セラピストの方に「Kさん結構、横綱クラスかもですね」と以前言われたことがありました。

  僕はガリガリな方なので、横綱・・・というのは体重ではなくトラウマのレベルみたいなもんだと思います。
  トラウマにも幕下、十両から横綱までの番付があるようです(いや、知らんけど)

  横綱・・・と言われて、まあそうかもと思う一方、世間にはしょっちゅうリストカットしてしまう人とか、過食拒食で死にそうな方とか、数年単位で寝込んでしまってる方とか、いると思うので

 まあ、僕の感覚としては自分はせいぜい、関脇くらいでは・・・

 という思いがあり、前回のSEセッションでそこんとこを尋ねてみました。

灰: 「前、結構横綱級だって言われた気がするんですけど、いちお働けてたりもして、家でずっと寝込んでる方みたいな感じではないと思うんですけど、どういう感じなんですかねその・・」


 H先生 「横綱の意味?(笑) 

  うーん 環境とか状況はかなり横綱級に厳しかった、っていう印象ですね。

  ただ、Kさんのすごい精神力でそこは踏みとどまって今までやってきてるから、すごい精神力だなーっていうのは思う。



 灰: 「もうちょっとおかしくなってても不思議ではないっていう・・」


  「そうですねー精神面で病んでしまうっていうことも可能性としてあったし、あとは自傷、他傷、自殺・・・そういう可能性もあったと思うんで。そこをなんとか自分をウツにしながら(笑) 激しいものはなんとか抑えつつ、とりあえず環境に適応して踏みとどまっているっていうのは、すごい力だと思いますけどね~。」

 というお話しでした。

 まあ、すごい精神力なんかどうかは自分ではちょっとわからない部分ですけど、
 僕が感じてきた焦燥感や孤独感、鬱積した怒り、不安などを、まんま体験したらつぶれる人は結構おおいと思います。


 それと、神様のエネルギーで本来の持ってた陰と陽がかなりバランシングされたりした感じもします。
 たぶん、そういった愛を感じる経験がなかったら、セラピストの先生おっしゃるようにどこかの段階で燃え尽きていた可能性は大きそうです。

 いやーなんかーだいぶキャラは変わりましたよ。
 そもそも「愛」っていう言葉とか、あんまり好きじゃなかった気がします、昔は。
 だからスピリチュアルでも、もっと知的な系統のものを好んでいました。あとは魔術とか。はは・・・アブねー、実践してないけどね。

 今は、根本的に人が癒されるのは愛しかないと思っていますけど。

 愛による癒し関連で言うと、

 前回のセッションでは、なぜかハムスターとかの小動物をちょっと飼ってみたりするのを勧められたんです。


 「人と触れ合うってすごい大事ですよね。

 神経系もしゃべるだけで、社会的交流システムを使うので、それが動いてる時は抑うつとかの背側迷走神経は働かないので・・・

 誰かと喋るだけでもいいっていうね。


 哺乳類を飼うのもとてもおすすめなんですよ~

 蛇とか蛙とかああいう爬虫類は、冷血動物で社会的交流システムを持ってないので、あんまりおすすめじゃなくて。

 それよりはやっぱりお腹に赤ちゃんを宿して、産んで、おっぱいで育てるっていう哺乳類型の動物の方が良くって・・・

 やっぱり見てるだけで、私たちの社会的交流システムも働くんですよね・・犬猫はアパートだとダメだろうけど、ハムちゃんはいいんですよね。

 哺乳類が一匹同じ部屋の中にいるだけで、私たちの体の中に内受容器とか、外受容器がって、それが『ここにあったかい何かがいる』っていうのを察知してくれて・・・・それがとてもいいんですね。

 トラウマってそこの部分も凍りついているので、何かあったかいものがいるってだけで、そこがスーッと溶けることがあるんです。

 (SEの創始者)ピーター・リヴァインは犬のおなかを枕にして、心臓のところに手をやってそれを感じたりとかをやりなさいって本にも書いてるんです。やっぱり、動物同士で神経系が落ち着くんですね
。」 


 実は、小動物を飼う系のアドバイスは、数か月前の和平先生の瞑想会でも参加者の方と、先生にされた記憶があるんです。

 こ、これは・・・・
 
 か、神よ、あなたは僕に、ハムスターを飼えと言うのですか!!

 ゴロゴロピカッ!ざっぱーん (断崖で稲光に照らされながら荒れた海に向かって叫ぶイメージ)


 ・・・・・・そんで、行ってきましたよー多摩動物公園とかに、モルモットとか見てきました!(笑)

 いやー可愛いですねーモルちゃん。

moru2.jpg




 他に近所のペットショップを何件か回ったりして、ミニウサギを見たり、トイプードルを抱かせてもらったりした結果、現在にわかペット愛好家になっている状態です。 

 「うわーかわいい、あーかわいい、こっちもかっわいいなー」とブツブツつぶやきながら、ケージの前をうろうろしています。

 確かにセラピストのH先生の言う通り、見てるだけで、脳の働きが変わるというか、眠ってる部分が目覚める感覚があります。


 そうこうしてるあいだに、ネットで危険な画像を発見しました。それがこれです↓ 










017.jpg








 いや、これはアカンでしょ、
 こんな形の生き物つくったらイカンでしょ。

 思わず口を手で押さえて、「イヤーっ」と言いそうになり、自分が心配になりました。

 可愛い、かわいすぎる・・・特に口のあたり・・・

 こんな危険な生き物がいたとは。
 ホーランドロップっていうウサギの種類らしいですけど。

 なんか頭の中を変なホルモンが駆け巡ってる感じがします。 

 キュン死する、、、その言葉の意味がわかった気がします(笑)

 小動物をいまだ飼っていませんが、飼えといわれた意味がわかったきがします。

 こんなんがうちに居たら、人生楽しくなるに決まってる!

 たぶん、H先生が言う社会的交流システムが働くのはもちろんのこと、、、

 こいつらを見てかわいいーっと思う気持ちは、明らかに「愛」の一部。

 「愛すること」が答えだとわかっている、

 でも、自分には愛がよくかわからないという人でも、 

 こいつらは、その容姿から簡単に「愛させてくれる」。愛という感情を引き出してくれる。そして、その感情が、自分にもいい影響を与えるというこの好循環が起こる。

 すごいなーと思いました。

 すぐに何か飼いはじめるかどうかはわかりませんが、近々ウサギカフェにでもでかけてみようかと思ったりしています。(いそいそ) 





セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/08/11 17:04

LIFE HEALING 




  今年の春くらいから、史上最高級に調子がイマイチでやや厳しい日々を過ごしてきました。

  今もちょっと昨日くらいから結膜炎になったりして・・・・全般的に免疫とかエネルギーが低下してるのだと思います。 
  
  詳しくは書かないですけど、主にメンタルの不調というか、、、精神的にもう限界が近い感じだったので心療内科でお薬ももらいました。

  今も決してよくなったとまでは言えないのですが、なんとか波を乗りこなすコツを覚えつつ、いろいろ良さげなことを生活に取り入れてどれが有効なのか実験したり・・・

 その中で、気分が落ちることはやらない、無理はしない、調子がよくなることを積極的にすすめる・・・という感じでサバイブしてる感じです。

 よくなること→からだのエクササイズ(ヨガ、筋トレ、ウォーキングなど) よい音楽 セラピー 十分な睡眠 瞑想 祈り 良いコミュニケーション 静かな環境 自然 動物に触れる

 落ちること→夜勤などでの睡眠不足 長時間勤務 アルコール過多(お酒はほどほどに) 騒音 批判的な人と話すこと うちに居すぎること ネット見すぎ

 最近よく頭に浮かぶ言葉として、<LIFE HEALING>(ルイーズヘイの本のタイトルにもありましたね) というのがあるのですが、なんか人生の根本的質を変えないと、もう無理だなという感覚が強くて、、、答えを模索しています。

 なんとなくわかる部分としては

 僕はおそらくかなり子供の頃8、9才くらいかもっと前から深い部分のバランスが崩れていて、そこの部分が長ずるにつれていろんな不適応を起こして、現在の状況に至っているという感じがするのです。

 根本的な信頼感とか安心感 つながり感 自己肯定感といってものが・・欠落してるような

 8歳くらいで強迫神経症になるとかって、いろんなセラピストとかお医者さんはみんな「それは早いねー」って言います。
 原因はいまひとつはっきりしませんが、
 その部分のバランスを癒せないものかと。

 で、たぶん、何かに守ってもらってなかったら僕は多分、結構前に昇天して天使のコーラス隊に入ってんじゃないかなーと思うんですね。
 か、病院に入ってるか、、、そうなっててもおかしくなかった何かがありました。 
 
  もう10年以上前かなり心理的にも不安定な状態で、特になんの目的もないまま東京に来て、それはいきなり準備もなく夜の海にダイブするような感覚でしたが、それでもなんとか生きてこれたのは・・きっと・

 でも今年の春くらいから もう 自分の役割とか、生きる意味とかそういうのは全部終わったんじゃないか、と思えることが多くて
 人生の良い時期は もう全部終わりました・・・っていうような
 まあーそういう考え自体、抑うつ的な症状のひとつだっていう理性からの声によって自分を保っていました。

 でも、こういう風にくもった日が続いて、部屋で一人寝ていたりするとそれもよくわからなくなります。

 うん、きっとでも まだ「何か」は守ってくれてるかな 
 光の方に目を向けると、その何かが感じられるような気がします。
 
 近しい光の集合体のようなものが自分を守ってくれていて、その同じ光のひとつが自分のハートの中にもある・・・ということを想うと気分がよくなります。

 ツインソウルだとか、ソウルメイトだとか、ソウルグループっていうのは、出会うものじゃないっていう考え方が僕は好きなんです。
 魂の兄弟たちと僕らは常につながっていて、相互作用をしている。
 現実において、出会っても、出会わなくても、です。
 光の集合体を想うと、そのことを思い出せそうな感じがするんです。

これはたとえば、家庭で虐待され学校でいじめられるみたいな完全アウェイな状況にあってもそうだと思うんです。
 日々の生活でどんなに愛され感が感じられなくても、確実に同じグループに属する意識体と誰でもつながっているかと。

 光を想うと、安心感や、平和、希望、喜び、無限の可能性 愛 などを人間は感じるようにつくられていますが、そういう感情の中で、ソウルグループとのつながりを感じられるんじゃないかと思うんですよね。僕らの本質がそういったポジティブな要素なので。

 たぶん、子供の頃は誰でもそういう感覚を覚えてるんじゃないかと思いますが、いろいろな作用によって、自分がそれだとは次第に信じられなくなっていくんでしょうね。

 時々頭をよぎる<LIFE HEALING>とはそれをもう一度思い出すっていうことかなって思います。





セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/08/04 21:49

ソルフェジオカリンバ・・・・と眠れる言葉

 癒しのソルフェジオ音階に調律したアフリカの楽器 カリンバ


 


 眠れない時につぶやく言葉を最近、コレクションしています。

 こんな言葉を 眠りにくい時 つぶやいてみてください。


 ラピスラズリの深い青

 ルクソール神殿の夜明け

 開いてゆくバラのつぼみ

 世界の美と 神秘

 沈黙のストーンサークル

 潮風に舞うカモメの声

 夕日にはねるイルカたちのシルエット

 暖炉に踊る炎

 しんしんと降り積もる雪

 朽ち果てた教会のステンドグラス

 朝もやに包まれた鎮守の森

 地平線に揺らめく象たちの群れ

 最愛の人と見る天の川
 


 うっとりして 心身がくつろぐ 言葉なら なんでもOK

 いろいろアレンジ可能です♪













セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/26 20:29

ソルフェジオを聴いてみる



  初めて長時間聴いてみましたが、ソルフェジオ周波数は気持ちいですね。

  正直BGMとか自然音がいいのか、周波数そのものの影響かわかんない部分もありますが。

  機会があれば音叉などで実際に実験してみたいです。

  今回よく聴きこんだのは以下のふたつでした。






  DNA修復効果のあると言われる528 と、マイナス状況からの脱却などの効果ありと言われる 417

  528 なつかしいような深いリラクゼーション状態になりました。
  417は周波数の上に載った自然音が好きなんだな~波の音と、、なぜか牛の声とか
  そのバックで流れる おーんという音が417hz
   
  うーこういうの聴いてるとPOPSがあまり聴きたくなくなる。。。


  以下のブログでBGMなしの528も聴けます。

  蘇る!528hzで遺伝子修復!


  ↑とyoutubeの528を同時再生するとおもしろいですよ。

  なんかソルフェジオについては情報が若干錯綜してますね。
  
  グレゴリア聖歌に使われてた古代の音階という話しもあるし、最近作られたものという説もある。

  どうも欧米の自然療法家が暗号を解いて発見し、それが世に広まったというようなことらしいですが。

  まあでも、ルーツはどうあれ、やっぱり体感としては気持ちいいかな~。



セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/18 22:25

ハナミズキ ライアー演奏


 
 一青窈の「ハナミズキ」ライアー演奏。


 
 ライアーというのはハープの一種ですが、20世紀前半に、シュタイナー教育の現場で働いていた音楽家であり、治療教育者であったエドモンド・プラハトEdmund Pracht によって生み出されたそうです。

 元歌。




 なんでも、「千と千尋の神隠し」の主題歌、木村弓さんが歌う「いつも何度でも」もライアーを弾かれてたんですね。
 知りませんでした~。



 詳しくは知りませんがライアの奏でる周波数は、現在の音楽で使われている周波数と違うらしいです。 



セラピー&ヒーリング | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/06/11 19:20

近況③:セルフラブ あれこれ 内なる母性と父性

  漫画「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」の中に、作者のカビさんが「私・・・自分から全然大事にされていない・・・!!」と気づく場面があります。

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 「そういえば自分から (物を食べる資格ないから 何も食べるな )とか、(何もしないなんて許さない!)とか言われた

 「自分を大事にできないから、何を思っても自分から(大したことない)扱いされる

 「だから何がしたいかわからないし、ついには何も考えられなくなってしまった

 「他にも 『仕事を通して人とつながっていたい』とか 『友達とか一緒にいて楽しい人といたい』とか私全部手放してる・・・」

 「自分で自分を大切にしたい 自分の気持ちをわかるようになりたい・・・!!」

 
 自分を愛する、ということは自分の気持ちや考え(もっと言えば体感覚など)に気づいてあげられている、ということでもあるんですね。
 それは僕は最近腑に落ちてきたことではあるんですが、自力でそこにたどり着いたカビさんはすごいなーと思います。

 セルフラブに関して昨日ちょっとインスピレーションが降りてきたことがあります。

 それは人をエンパワー(力づける)するには、およそふたつくらいの方向性があるのではないかということで、それはセルフラブについても言えるのではないかと。 

 それは母性的なものと 父性的なものです

 人間にとっての愛とはだいたいこの二つの傾向性からなるので、セルフラブに関してもそれが言える。


 母性は 包み込む(ハグ) 子供の声を聴く 理解する 気づく ごはんなど栄養を与える からだのケアをする など 

 によって現れる作用で、これらを自分に向けることは母性的に自分を愛することです。

 母性的なエンパワーメントは陰で支える、力づけるという作用があり、そこには愛の他には「論理や 価値観 意味性 世界観」などはありません。

 母性愛は宇宙の性質である「無条件の愛」により近いものだからです。

 一方父性愛は、生きる道を説いたり、独自の宇宙論や世界観、社会観 真理 モラルを持っています。

 父性はロゴスであり、ユング心理学でいうところのアーキタイプ「老賢者」だからです。

 それは十戒の石板を持つモーゼでもあり、何が悪くて何が良いかを教えたりします。

 母性愛には方向性はなく、いわば全方向的なのですが、父性愛は明示して導く、という方向性を持っていると言えるかもしれません。

 言うまでもないことですが、赤ん坊にとって一番最初に必要なのは十戒の石板ではなく「ミルク」。つまり、母性愛です。

 トータルに必要とされている、愛されている、世話され必要とされている、という感覚があって初めて、ロゴスが意味を持ちます。

 よくあると思いますけど、人生論とか、お説教を聞いてる時、それが本当に自分のためを思って言われたものなのか、それとも自己満足や自分を支配するために話されているものか・・・ということを人は直観的にわかります。

 たぶん前者は心を打つだろうし、後者はもやもやするのではないかと。

 自分を愛するという場合も、ロゴスで導く以前に、今ここに存在している、ありのままの命としての自分を祝福し、いつくしむということがまず大事なのではないでしょうか。

 世界観や倫理【何が正しいのか)の形成はそのあとで、愛を土台としておのずと発達してゆくべきものだと思います。 


  

セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/07 13:23

In deep Self Love



  



  このところ、僕の関心は北○○・・・ではなく「自分を愛する」ということにまた向いています。

  きっかけはこの「自分を愛せなくなってしまった人へ」というちょっと重たいタイトルの本を読んだことでした。






  著者のティール・スワンは人間のサトルボディが見えたりする、超感覚的知覚者です。
  一番上の動画のお姉さん。

  しかし、僕がこの本を読んでみたのはその理由ではなく、彼女の人生体験があまりにヘビーで過酷なものだったからなのです。

  帯に書いてありますが

  「私の6歳から19歳までの経験を簡単にまとめてお話ししましょう。

  私はカルト的な儀式で性的、肉体的に苦しめられ、レイプを受け、食べ物を取り上げられ、三回の中絶を強いられました。

   さらに、電気ショックを与えられ、縛られた状態でアイダホ州南部にある溶岩洞の中に一晩中置き去りにされました
。」

 とあります。なんだかもう意味不明なレベルですが

 これらの虐待は、彼女が超感覚をもっていたために両親から引き離されて預けられた、ある男性によりくわえられたようです。

 彼女は幼い頃からずっとこの男性のもとで半洗脳状態にあり、支配されていたと言います。

 3回の中絶というのも、この男性の子供を何度も妊娠してしまったからなのでした。

 沸騰させたヘロインを無理やり注射されるようなこともされています。(それによるフラッシュバックの後遺症も)

 普通ならトラウマの影響により、生涯立ち直れなかったり、命を絶ってしまってもまったく不思議ではない生い立ちです。 

 実際、現在でも依存症をはじめとしてまだこれらの影響は残っているといいます。
 しかし、それでも人生を愛し、希望を感じられるようになったという、彼女が困難を克服した道というのがとても気になって、読んでみたのでした。

 いやーだって、まったく順風満帆な人が語る『自分を愛する』話しよりも、これだけの困難を経験した人が語る「自己愛」の方がやっぱり気になるじゃないですか。

 今回はこの本の紹介は軽くとどめたいと思いますが、彼女の過酷な経歴と、自分を愛するための方法論に主にページがさかれています。

 この本を読んで、「あっ そうだ僕ののテーマも<自分を愛する>だった」と思い出しました。っていうか、ある意味誰しもが・・・というテーマですが。

僕は過去世、修道院みたいなところで自分の背中をムチでぶったたき続けていたらしいので、今回は自分の頭をなでなでしつつ
喜びの道を行きたいと思います。

 一度、酔っぱらった時に、その情報を思い出し試しに自分のベルトで背中を叩いてみましたが大変なじみある感覚でした。

 あっ、なんかのプレイじゃないですよ。別に気持ちよくはなかったですね(笑)

 まあ、これがテーマとなるタイプをあえてあげるとするならば、激しい自己嫌悪とか自己不信とか、罪責感、そして孤独感のある人と言えるかもしれません。そしていろいろな意味でマイノリティ的性質を持つ人・・かな(社会的に自分を肯定しにくいため)。

 この本を読んで、「自分を愛する」とはとても広範囲に及ぶことなんだとあらためて気づきました。

 例えば、「楽しいこと、わくわくすることをする」もそうです。
 「鏡に向かって愛してると言う」もそうです。
 そして「自分に感情や肉体をしっかり感じる」ということもそうだし
 「部屋をきれいにする」とか
 「人と自分との境界線をしっかり守る」ということもそうなのです。

 「自分を愛する」言うは簡単ですが、実はかなり奥が深く、また多方面にわたる、生涯続くワークなのかもしれません。

 そして「人にやさしくする」もまた「自分を愛する」ということなのです。

 この本の趣旨を簡潔に言うと、行為や思考の出発点を「自己愛」とすることのススメと言えるでしょう。 

 自己愛っていうとしばしばエゴイズムとか幼いナルシズムと混同されがちですが、これは明白に違います。

 本文中にも説明があるように、利己主義というのは「自己愛」の不足と言えると思います。
 愛が不足してることにより、自分のことしか考えられなくなってしまうような感じでしょうか。 

 面白かったのは無私無欲の人、と利己主義者は波動的に一致しているとティール・スワンが書いてることです。

 無私無欲の人も、利己主義者も愛が有限だという思いを抱いており、利己主義者はそれをむさぼり、無私無欲の人はそれを与えねばならないと思うとスワンは言います。だから、この二つのタイプはよく出会ってしまう。
 そして被害者と加害者になります。
 どちらも本当の自己愛が足りていません。
 
 だからボランティア的なことをしたり、援助職をする場合、不足した自己愛の埋め合わせのためにやっていないかどうか?ということを確認するのがすごく大事なんじゃないかと僕なんかは思います。
 そういう場合はたやすく本来あるべき、人と人との境界線がぐちゃぐちゃになるようなことが起こりますからね。 

 さて、この「自分を愛する」の自分とは何か?ということを僕なりに図にしてみました。

 僕のイメージでは簡単に書くとこういう感じになります。

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 ハイヤーセルフ(魂)は、肉体を越えた僕らのエッセンスです。
 これはこの世界で表現したいこと、与えたいことの青写真を持っています。そして直観という形で自我にメッセージを送る場合もあります。このメッセージは感情を通じて送られることもあります。

 インナーチャイルドは僕らの中に眠る子供心です。 
 否定的、肯定的、自分自身についての様々な信念を保持しています。多くの人は大人の仮面の下に、未熟なインナーチャイルドが潜んでいます。そして、ある状況などによってトリガーがひかれると、インナーチャイルドのなすがままの子供のようなリアクションをしてしまうことになります。恋愛関係でよくありますね・・・
 この子供は叱るのではなく十分愛情を持って、育てる必要があります。

 一方でインナーチャイルドはとってもイノセント。遊び心や、原初的宗教心、豊かな想像力を持っています。
 もともとはハイヤーセルフと直結する部分なのです。
 イエスの言う「幼子のようにならねば天国へは入れない」、そういうピュアな性質です。

 環境とか他者は自分の内面が反転した感じで、これもある種の「自己」になると思います。
 だから「人にやさしく」も「自己愛」。

 魂としての自己、内なる子供としての自己、他者としての自己、感情としての自己、肉体としての自己・・・・

 自己愛とは、自己の多面性を知り、そのすべての部分を受け入れ、愛することだと思います。
 僕らはこんなにも多重的な、素晴らしい存在なんですね。

 僕らの目に映るのは、鏡に映る自分だけですが、本当はもっともっと広い。

 ハイヤーセルフの上に「神」と書きましたが、「神」は超自分です。

 個々の人々が葉っぱだとすると、神様は木の全体、あるいは幹や根っこにあたります。

 だから葉っぱからすると、木は自分自身でもあり、一種の親分でもあります。

 葉っぱが深く深く自分を愛するならば、木自体も愛さずにはいられない。
 「神への愛」と「自己愛」はそのようにつながるのかもしれません。


 今後もしばらく、自分を愛することについての記事を時々書いてみようと思います。

 







セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/29 20:47

世界で一番KIMIが好き!




  先日、カラオケで歌っていた歌に「君は世界中で一番だ・・・」みたいな歌詞がありました。

  ドラマや映画でも「君を世界一愛している」、とか「あなたは世界一素敵」みたいなセリフがまれにあります。

  僕はちょっとひねくれていましたころ、

  「世界一好きって、世界中の人間を知らないくせに、なんで世界一って言えるわけ?」と心の中でひそかに難癖をつけたりしておりました。

 いちいち漫画みたいなセリフにそう真剣に突っ込まなくてもいいのかもしれないですが、「なんかおかしいなー」といつも思ってたんですね。こんな嘘みたいなセリフが感動的なんだろうかと。

 あまりにも「永遠のラブソング」的JPOPが氾濫してますので、まあそうも言いたくなります。

 逆にハイロウズの「千年メダル」という歌の歌詞のように

 「永遠に君を愛せなくていいか?十字架の前で誓わなくてもいいか?たとえば1000年、1000年じゃ足りないか?」

 っていうような言葉は「カッコいいなー」と感じていました。

 だって簡単に「この愛は永遠」とかって言っちゃうより「永遠に愛せなくていい?」って言う方が永遠の愛を意識してませんかね~。




 まあ、でも歌うんですけどね僕も、「世界中の誰よりも・・」的などんだけくさいセリフがある曲も。
 誰でもトータルの雰囲気で良いと感じた曲であれば、好きになって口ずさむと思います。

 「世界に一つだけの花」も「Heal the world」も好きですよ~^^
 
 ところでスピリチュアルな世界で言うところの「無条件の愛」というものがあります。

 これは「神さまの愛」と言い換えてもいいと思いますが、人間の一感情ではない、宇宙に遍満する「愛」のことで、「無条件」という通り「あれをしたからご褒美に愛してあげよう」とか「いい子だったからほめてあげよう」とかいう条件付きの愛ではなく、怠け者も悪い子にも関係なく降り注いでいる愛のことです。

 これは僕のイメージですが、「無条件の愛」というのは宇宙的なもの、元素記号にあるH<水素>とかO<酸素>とかいうレベルのものであると理解しています。人間より先にあるものなのです。
 愛が人間の文化などにより生まれているという発想は、「脳が神をつくった」という発想と同じように転倒しているのです。

 「無条件の愛」の世界では、より愛されてる人も、より愛されてない人も、より愛情に恵まれてる人も、より孤独な人もいません。

 何をしていても、男でも女でも、貧乏でも豊かでも、ノーベル賞をもらっても、刑務所に入っていても、オリンピックに出てても、ホームレスをしていても、毎日テレビに出ていても、一生引きこもっていても関係ないようです。

 「差異」というのは意識が肉体・この世界と結びついているところから仮に発生しているもので、

 本当はすべて同じ人間であり、同じ神の子であり、同じ意識の部分です。

 「無条件の愛」において「特別な存在」はないと言います。


 ところで、話しはまたさっきの「世界中で一番好き」に戻りますが。

 これって親→子の間では「世界中で一番好き」というのはまったく成立するんですね。

 そこんとこ見逃してたなー。

 例えば、ママ→子 への世界中で一番好きってのは 「ほかにもっと好きな子がいるかどうか世界中を見て回る必要がない」ってことですね。なんというか、その場合の好きっていうのは、いろいろな対象を検討したうえでの相対的「好き」ではなく、比較検討する必要のない絶対的「好き」なんですね。

 その親の絶対的「好き」により、

 子供は自分は「とっても、とっても特別な存在」という感覚を持つわけですね。
 「僕・私はスペシャルなんだ」「誰かにって世界一」なんだという。

 そこに考えが至った時、僕は

 「あ、違う、世界一好きって、きれいごとなわけじゃないわ。人間にとって必要な感覚なのでは?」と思いました。

 だって「ねーママ、僕と、隣のケン君とどっちが好き?」って尋ねて

 「そうねえ、おんなじ位に大好きかな(^∇^)」と答えられたら。

 (。Д゚; 三 ;゚Д゚) うごごご

 きっと凹みますよ。トラウマ級です。
   
 だから大切なのはきっとここなんです。「同じじゃない」ってことなんです。この段階においては。

 「無条件の愛」の本質は、確かに万人に等しく・・・なのですが、哺乳動物としての人間が成長するプロセスにおいては「同じじゃない」「誰よりも」「スペシャル」「世界一」というような感覚がどうも必要なのではないかと思うんです。

 で、それの延長上として、この「世界一」感を持っているならば、パートナーに対しても私にとって世界一という感覚がおのずと生まれることがある。ほかの対象を比較検討することなく、「世界一特別だ」と言えるという。

 なるほどなー、そう考えれば「あなたが世界一好き」というセリフもありだなーと一人納得したりしていました。

 もしも「誰かにとって世界一特別」なんて感覚自分にはないなーという場合は

 よくセルフラブのセオリーで勧められているミラーワークなんかをしながら、

 「愛してるよ、世界で一番大好き!君が誰よりも大事だよ」と思い切って言っちゃうのもいいのかもしれません。

 ちょっとわがままなセリフにも聞こえるかもしれませんが、親が子供に言うセリフならそれほど違和感ありませんよね。  

 だから自分が自分自身を育む親になり、

 それを自分の中のインナーチャイルドに言ってあげるのは、アリなのではないかと思うのです。

 もしかすると、「私はみんなと一緒」は「私は特別」を経ないと生まれてこないのです。

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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/27 16:05

雨のウォーキングは、インナーチャイルドと


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  インナーチャイルドとは、僕らの中に住んでいる幼子です。

  どんなくそ真面目な大人でも、またお年寄りでもふとした瞬間に遊び心やイタズラ心が顔をのぞかせる時がありますが、それは僕らの中のインナーチャイルドが生き生きとしている時だと思います。

  インナーチャイルドは創造性や、無垢な感受性を持っています。
  大人心の代表となるような効率性や、合理性、社会性、習慣などとはまた違った目で世の中を眺めているのです。

  この子供は生涯にわたり、僕らの心の中に住み続けます。
  
  インナーチャイルドとお散歩に出かけて見るのはとても楽しいことです。
  雨の中、彼と出かけてみました。

  ○○君、○○ちゃん、お散歩に行こうか、そんな風に声をかけてから近所を歩いてみます。
  横に小さな自分自身が歩いているようなそんなイメージです。

  ○○君、きれいな花が咲いてるね!○○君、どこに行きたい?

  そんな声掛けを行いながら歩きます。

  最初はちょっと照れくさかったり、バカバカしく思えるかもしれませんが、ゲームのつもりでやっていると、そのうちインナーチャイルドからの反応が返ってきます。

 歩道のへりをバランスを取りながら歩いてみたくなったり、街路樹に触ってみたくなったり、いつもと違うことをしたくなるかもしれません。

 ウォーキングは「運動」ですが、インナーチャイルドにとっては「探検」なのです。

 インナーチャイルドは感覚的なことが大好きです。雨粒を顔で受けたり、木の肌の匂いを嗅いでみたり、せまいところをくぐってみたり、、、

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 DVDショップに入ったら、「○○君、何見たい?」と彼の意見も聞いてあげます。
 スーパーやお総菜屋さんに入ったら、「○○ちゃん、おなか減ってる?食べたいものはある?」と尋ねてあげます。

 子供っぽいアニメや、ハンバーグ、オムレツをインナーチャイルドが欲しがったら、時にはそれを買って一緒に楽しみます。

 体にいいからでも、栄養があるから、太りにくいから、そんな理由で食べ物を選ぶことを少しやめて、インナーチャイルドが望むものを食べてみます。

 そういえば僕は子供の頃、やたらとハンバーグが好きだったのでした。
 あまり食べなくなったのは牛を聖なるものとあがめるインド人に洗脳されたからでしょうか(なんでやねん)

 インナーチャイルドは思わぬ発見も与えてくれます。

 真っ直ぐに、最短距離で、次にすることを考えながらせかせかと家路をたどるのではなく、子供心の趣くままに・・・

 いつもは行かないような木が生い茂った公園のはしを導かれるままに歩いていると、フェンスの向こうにウサギ小屋があって、何匹もウサギたちが丸くなっているのが見えました。

 「あー○○君、うさぎいるねー」

 じっと見ていると、こちらに気づいた一匹がはねながら少し興味を持った様子で近づいてきます。
 かわいい~

 インナーチャイルドと散歩しなかったら、これに気づかなかったなぁ、こんな公園のはしっこなんかに来なかったなあ

 と思いつつ、しばらくうさぎたちを眺めていました。

 ところが、このフェンスの向こうはどうやら小学校の模様。

 公園の警備員らしきおじさんが、さりげない様子で、あきらかに不審そうにこちらを見ているのに気付いた僕は、見えないチャイルドの手を引いてそそくさと立ち去ったのでした。

 今読んでいる、ティール・スワン著の「自分を愛せなくなってしまった人へ (Shadows before Dawn)」にこんな文章がありました。


 「自分を愛するとは、与えてもらえなかったものを、自分に対して与えるということです


 


 さて、あなたの内なる子供が欲しがってるものはいったいなんでしょうか?

 承認でしょうか、夏の旅行でしょうか、愛情のこもったハグでしょうか、飛行機の模型?ドールハウス?
 あるいは、イチゴの乗ったショートケーキやデミグラスソースたっぷりのハンバーグである可能性も高いですね^^

 
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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/22 18:24

「身体はトラウマを記録する」 足し算と引き算




今日は雨で、外出時はストールでも巻かないと寒いです。

  部屋でこの前トラウマセラピストさんに教えてもらった本を読んでいます。

セラピストのH先生、こと花丘先ちぐさ生のブログはこちら

  ベッセル・ヴァン・デア・コークの「身体はトラウマを記録する」という本です。


 


  教えてもらってすぐ「これは読まねば」センサーが反応しましたが、やや高めの本なのでカードの支払いが翌月分になってから購入。

 著者はボストン大学医学部の精神科教授のシブいおっさん(失礼)です、若いころからベトナム帰還兵などへの診療をおこない、その当時からPTSD反応に関しての探求を始め、事故・戦争などによるPTSDを始め、虐待、ニグレクトによる発達トラウマ、愛着障害なども含むとても網羅的な本になっています。

 トラウマとはどのような状態なのか、その時脳と神経系はどのようになっているのか、MRIの脳画像なども豊富にちりばめられてあらゆる角度からトラウマの正体に肉迫しています。

 その治療法としても、EDMR、EFT(タッピング)、ヨーガ、マインドフルネス、音楽、演劇、武道、気功・太極拳、内的家族療法、ライティング、など非常に多くの技法が紹介されています。

 プロザックや今離脱症状が問題となっているのベンゾジアゼピン系の薬物(デパス、ソラナックス)、メジャートランキライザーであるリスパダール、ジプレキサーなどを使用する薬物療法ももれなく含まれ、その問題点と効用に関して知ることができます。

 デパス使ってる方気を付けてくださいね~
 もと同居人も飲んでたのでちょっと心配してるんですが

 ヴェン・デア・コーク氏はソマティック・エクスペリエンスのピーター・リヴァイン氏の盟友でもあるようなので、僕が受けているSEも有効な方法として登場していました。SEはこれ↓





 また技法の持つ有効性の範囲、これは事故トラウマには効果的だが、一方児童虐待にまつわるものにはそれほど友好的ではないなどの情報も知ることができます。
 トラウマ治療に関しては特定の理論・方法に固執するべきではないということですが、まったくその通りだと思いました。

 僕がこれを読んで、あらたに認識が深まったのは、こころの機能不全には「引き算」でよくなるものと、「足し算」が必要なものがあるのではないかということです。その混合もあり得ます。

 たとえば事故トラウマだけの場合、これは「引き算」ではないかと思うんです。
 TFR タッピング などの身体的技法、そしてSEもこれに対応していると思います。
 これは大きな衝撃により、凍りつき反応あるいは過覚醒に陥っている脳を落ち着かせていく方法論だと思います。

 しかし、愛着障害、児童虐待による発達性トラウマとなると、これは明らかに「引き算」ではありません。
 人を信頼するという回路ができてなかったり、、注目と承認の不足、それによる圧倒的な愛情飢餓感、空虚感、不安感などがあるからです。
 いかにして、サポートや学習により新しい回路を形成して、ハートを開いてゆけるかという「足し算」の作業になってゆくと思います。
 関係性の問題は、おそらく関係性の<場>でしか解消しないのです。

 表層的には同じような機能不全であっても、問題の根を見極め、「足し算」が必要か「引き算」が必要か知る目がセラピストには必要となるのでしょう。
 まあ、セラピスト側からの理解や愛情が状態をよくしていく基盤であるという意味では、おしなべて「足し算」でなければならないとは思うんですけどね。

 いやーそれにしても、、、結構悲惨なケースがたくさん書いてあって、一気に読むと具合が悪くなりそうなところもありますが。

 それでも、これだけ多くの治療法があって、トラウマのメカニズム解明が進んでいるという希望をもたくさん得ることができるという意味では必読!の一冊かもしれません。特に、セラピストを志す方、現職の方には読んでいただきたい本です。

 特にトラウマって自分に関係ないなーという人でも、心身をさらによい状態に、wellnessからsuper wellnessへと飛躍させる秘密もたくさん書いてあるので結構ためになると思いますよ。

 トラウマの癒しには「体感覚を認識できる」ことやからだとのつながりがとても重要だとなんども本の中で強調されています。

 去年から興味が出てきたヨガや、ヴァーカルレッスンはそういう部分で役に立っててくれたのか~!な?




セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/11 11:50

太陽フレアとアーシング



  ここ数日ずっと静かだった太陽活動が、まあまあ活発でM6クラスのフレアを数回放出しています。

   これは4月1日くらいから始まった流れのようです。

   黒点数もずっと0だったのが現在75まで増加。Xクラスがたびたび起こっていた2011年ごろと比べると、めっちゃ激しいというほどでもないけど、現在は太陽は静穏期だけにちょっと珍しい状態?なんでしょうか。

  何回か記事でも書いていますが、Mクラス以上のフレアは微妙に心身にエフェクトしてくる感じがします。

  2,3日前ちょっとウツ傾向がひどかったので、3時間くらいウォーキングしたら、帰り道から微妙にのど鼻が痛くなり風邪ひいてしまいました。

 2日ほど寝たら、だいたい治って、今に至る。

 特にこれといった原因もなく感情をかき乱されたら、「太陽?」と疑う習慣があり、結構な確率で的中します。

 なぜ、こうなるのか科学的知識があまりないのでよくわかりませんが、やっぱり電気とか磁気とかに関することなんでしょうか。
  
 太陽からの影響を感じやすい人と とりたてて感じない人がいるようです 

 これはまったく僕の推測なんですが、

 トラウマ体験などで大脳辺縁系が常時覚醒状態にあるタイプの人、というのは、いわば脳が帯電しているようなそんな状態のような気がします。交感神経活性 Fight or Flight モード。いつも「ぴりぴり」している。 

 で、その常に帯電している脳が、太陽からの磁気だかなんだかに反応して機能がおかしくなるのではないかと。

 3・11の前なんかはXフレアが連発して、僕もはりつめたそんな状態がずっと続いていて、 太陽の影響というのはわかっていたのですが「もういい加減にしてほしい・・・」とヘタリかけてたのは覚えています。(地震に直接関係あるかどうかはしりません)

 こういう天体現象への心身の反応は結構やっかいで、特に「フレアと感情の相関性」とかは自分のリアリティマップにない人がほとんどなので。
 そういう場合、金銭問題なら金銭問題、パートナーシップ問題ならそれ、上司がむかつくならそれ、という風に常日頃ある微妙な心のでこぼこが異常に拡大されてしまいます。
 だから、僕らは「それ」でムカついてると思うんですが、そうじゃないんですよね。

 それを堪えがたいまでにしている、別のなんらかの「エネルギー」がある可能性は常に覚えておきたいと思っています。

 僕はまあ、すごく気が滅入ったら「二日酔いになるくらい呑みすぎてしまう」くらいが関の山なんですけど、人とか自分とかを傷つけてしまうケースが、結構こういうエネルギーの作用で起こってる気がするんですよね。ぎりぎりまで脳が帯電している人の場合、特に。

 だからもし、種々の気象、天体現象がメンタルに及ぼす作用がもっと明らかになれば、かなり社会の平和に貢献すると思うのですが・・・。

 昨日くらいから、体調回復してきたので、公園や河原にいって、2,30分裸足で歩き回っています。

 大地からエネルギーをもらうアーシングです。




 今くらいの時期は寒くないし、暑くないし、裸足気持ちいいです。
 もうちょっと暑くなると、蚊とかいろいろ出てきて裸足だとちょっとうっとおしくなります。

 アーシングには、家電製品などから体に帯電した余計な電荷を大地に放出するという作用もあると言います。
 
 理想的なのは土や、芝生の上で裸足で立つこと(2~30分)、
 アスファルトの上はダメ、コンクリートはOK
 
 電気が放出されてるかどうかはわかりませんが、足裏で大地の様々な感覚を感じながら歩くのはとっても気持ちがよく元気になった感じがします。

 フレア時に、アーシングしたらネガティブな影響をカットできればいいんですけどねー
 どうなんでしょうか。そういう効果あるかな?

 本日は河原に座って裸足で、ハミングしつつ、あったかい日差しをあびていました。
 自分の声のバイブレーションがからだをかすかに振動させ、大地から、日光から、緑から、たくさんプラーナが入ってきたような気がします。
 
 休養中に、このアーシングを普及に力を注いでいるエハン・デラヴィさんのレクチャー動画を何本かみました。
 この二つがよかったです。ハンコックの新作読んでみようかな。
 
 下のは、ルパート・シェルドレイクの形態共鳴場について
 
 


 









セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/05 20:07

見えない糸 愛はエコーする声

  SE(Somatic experience)のセッションを受けつつ、体感や読書で学んだことのアウトプットになります。

  最近気づいたのは、インナーチャイルドの癒し、アダルトチルドレン、愛着障害などと呼ばれる領域において、重要なことは「癒し」というよりも「再学習のプロセス」と言った方がよいということでした。

 癒しあるいは修復という言葉は、完成した構造体がなんらかの理由で破損したときに、そのもとの形態に復元するというイメージです。

 しかしそもそも、構造体ができあがっていないものを修復することはできない。

 アダルトチルドレン、愛着障害という状態は、幼少期に関係性形成に必要な学習が行えなかったことにより、構造体が未完成のまま放置されてる状態と定義できるかもしれません。

 建物だとすると、一階部分の土台がちゃんとしてないのに、二階部分をつくり始めてしまっていたり、材料だけが建築現場で野ざらしになって雨に打たれているようなそんな感じではないかと。

 だから、この領域では再学習によって、脳‐神経系を正しく再構造化していくということ。

 だから「癒し」という言葉よりも、インナーチャイルドの「育て直し」「生き直し」と言った方がよいのかもしれません。

 人を愛する、信じる、理解する、共感する(自分をと置き換えても良い) 

 といった能力は基本的に経験による学習によって積み上げられていくのだと思います。

 もっとも初期の段階では、赤ちゃんが笑い声や泣き声をあげる、その時にリアクションとしての「声」をこちらも反響させてあげる。

 これは「エコーイング」と言うそうです。

 すると乳児は自分の存在が認識されているのを感じ、安心します。
 シンプルですが、学習の基本はこのようなことではないかと。

 でも、ニグレクト的な環境では、いくら泣いても環境からの反応が全くありません。
 あるいは、叱られたり、叩かれたりというネガティブなフィードバックが返ってきます。

 すると、必要な学習が行われずに、発達が凍結してしまうというようなことになります。
 関係性ニューロンの発達が凍結する一方で、不安や怒り、攻撃的な感情が大脳辺縁系に蓄積されます。

 誰かの発言に対して、「うんうん」「ええ、ええ」「なるほど」などの相槌をうつことは、「聴いてますよ~」というサインですが、ルーツをたどれば「エコーイング」がその起源なのかもしれません。

 大人になっても、僕らは互いに存在を確かめ合うことを必要としているのです。

 そして、こちらから「こんにちは」とあいさつをして、まったく無視されると誰でも嫌な気持ちになるというのは礼儀とかそういうこと以前に、 「エコーイング」が成立しないことによる根源的な不安を引き起こすからではないかと思います。

 自分の存在が認識されていること、『声』を出すと、『声』が返ってくること、これは関係性の中で生きる哺乳動物ホモサピエンスとして根本的に必要なことなのです。「声」逆から読めば、エコー(笑)

 「エコーイング」のようなシンプルな学習を基本として

 やがて長ずるにつれて

 ほめられた経験
 痛みや喜びに共感してもらえた経験
 仲間の中で楽しく遊んだ経験
 喧嘩したけど、仲直りした経験
 時間を忘れて会話に花を咲かせた経験
 誰かに優しさを表現できた経験
 愛し合いお互いを大事に思えた経験

 などを得て、人の脳‐神経、あるいはハートとマインドは健やかな状態になっていくのでしょう。

 カウンセリングなどでクライアントさんの話しを傾聴することが、特に重要視されるのは、やはり「聞いてもらう」こと自体がコミュニケーションに必要な神経系の発達を促すからなのでしょう。

 僕が最近、気づいたこと。

 ちょっと気分が低迷してたり、寝起きでテンションがいまいちだったりするとき、

 仕事や趣味の場で誰かとしたコミュニケーションがふと頭をよぎると、心身が微妙に活性化したり、やる気スイッチが入ることに気づきました。それはもちろん、自分にとって楽しかったり、うれしかったり、成功したと思われるコミュニケーションのワンシーンです。

 面白いことを言えて、ちょっと場が盛り上がったとかそういうのも含め・・・ 

 SEセッションで体の感覚を感じることが習慣になっていたのもあるのか、

 人間の心身っていうのは 話が通じると 活性化し 話しが通じないとフリーズする というのが実感としてわかります。

 そして、こういう体験の積み重ねがおそらく、自信とか自己価値観に結びついていくんですね~ 

 この世界にはもちろん、コミュニケーションによらない自己価値観を感じるケースもたくさんある。 

 成績がよいとか、特異な能力があるとか、何かで名声を得るとか、権威により認められる とか

 それはそれでよいことなのですが、そういう自己価値観だけだとある意味もろい。

 土台がガタガタの家の二階天井部に設置された、キラキラしたシャンデリアにアイデンティティーを置くようなものなのです。 

 そしてインナーチャイルドの問題があると、そういうコミュニケーションを介さない自己価値観に惹かれていきやすいような気もします。傷ついて、愛されることはもうあきらめちゃっているんですね。

 僕自身も、もともとコミュニケーション回避的な傾向があり、本読んだり、自然の中に出かけたり、思索したり、一人で酔っぱらってる方が人と絡むより楽、って思うこともあります。それで、部屋でできる仕事で稼げればいいなーなんて夢想したり。

 でも、どういうわけかどっぷり人と関わり、体に触れる仕事をすることになり、その中でいろいろな感情を感じることになりました。
 これは僕にとってはSEセッションと同じように、コミュニケーション脳を育てなおしていくプロセスでもあったような気がします。 

 昨日Aさんとばったり道で会ったとき、優しい言葉をかけてもらったな、昨日Bさんと話してて何気に言ったギャグがウケたな、とかそういう記憶のひとつひとつが 僕の生きるスイッチを押してくれることがある。

 たくさんの人との間につながる見えない糸、たくさんのコミュニケーションの中でできたニューロンネットワーク、それらが僕を生かしていると思う、今日この頃です。

 見えない糸が宝と思えるような人生を生きたいですね


  
セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/01 12:12

HSPのライフスタイルに関して(SEセッションでの会話)  

  先日、Hさんのトラウマ解放セッションでの会話。

  トラウマ解放にはウォーキングなどのエクササイズがとても有効という話しから・・・の展開で

  「・・・なんか展覧会が見たい、みたいな時にそこまで歩いていくとか、そういうのもいいかもしれない

灰  「そうですね。ただ街中が疲れちゃう部分がちょっとあって、いいなと思ってもかなり躊躇するんですよね。労力っていうか、受けるダメージとか考えると、

 「そっか、やっぱり街中の光とか、音とか、人とかそういうのが・・・

灰 「電車の混み具合とか、ですかね。たまプラーザ(セッションルーム最寄)来るのって結構好きなんですけど、ルートによっても違うし、街の雰囲気とかによっても違うんですけど」

 「なるほど、じゃあ雑踏みたいなのが苦手?

灰 「そうですね、渋谷とかホントダメ

 「ああ、わかります!私も渋谷行くと具合悪くなっちゃうの。

灰 「そういう方結構多いみたいですね。

 「やむを得ず用事があっていかなきゃいけない時はしょうがないけど。なんかダメね~、高円寺とか(笑)あっちの方の緑がある方なら大丈夫なんですけど

灰 「中野とか(笑

 「中野とかね~

 てな感じで渋谷苦手話しで少し盛り上がりました。

 中野って言いましたけど、確かに中野は渋谷よりはしんどくないけど、わざわざ行く感じでもないなあ、とあとになって気づき。

 じゃあ、どの辺ならいいのか。中央線の三鷹より西か?いや、単に西って言っても立川なんてまあまあしんどいし、武蔵小金井も南口のセコイアの木の広場は好きだけど、駅周りはなんだかごちゃごちゃしてるし、と考えてると今の最寄駅西武線花小金井くらいがちょうどいいかも?と思います。

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 花小金井駅 ランドマークはいなげやビル!


 今の生活スタイルは、基本地元で、用事があればやむを得なく「三鷹」や「吉祥寺」、「国立」(勤務先)などに行くって感じであることに気づきました。
 新宿とか、渋谷、六本木、上野、池袋、そのあたりの山手線まわりや内部の街には一年に数回、行くか行かないかです。 

 人込みや物音に敏感なのはおそらく、生まれついてのものだと思いますが今回のセッションではそういう「敏感さ」について話すことがありました。 

 「Kさんはがちゃがちゃしたところが本当にダメなんだね。静かな環境が必要なんだ。ある意味、普通の人には聞こえない騒がしさもすごく聞こえちゃうとかね。それつらいですよね。

灰 「(騒がしい人たちが)異質な生き物に思えてしまうことが・・・

 「まあ、それに名前をつけるとすればちょっと解離気味なのかなと。あまりにも騒がしく不快なので、ちょっと(からだから)離れるのかなーって

 子供時代も大変だったんじゃないですか?みんなうるさくて。

 
灰 「そうですね。電車とか乗ってて、自分の近くで2、3人で喋られてるだけですごく嫌で

 「うん、うん、わかるわかる。私はそれほどでもないんだけど、Gさんが結構音過敏で。彼も、静かな環境じゃないと絶対我慢できないって。

 なんでもH先生のパートナーのGさんも僕と似たような体質だとのこと。

灰 「僕だけじゃなくてよかったです(笑

 「音過敏の人いるのでね~。ほんとつらいと思うんですよ。私は娘がいるんですけど、私が娘と喋っててもGさんちょっといやなのね。その話し声が。で、それは私たちが嫌いなんじゃないの。

灰 「あーわかります

 「そうそう、私たちが旅行に行くと一緒に行きたがるし、そうなんだけど、でも~、彼も本も読みたいし、そうやって普通にしてる時にここら辺で話されるともうダメなのね。

灰 「集中できないんですよね

 「そうそう、私もそのへんのことが最近になってわかってきて、ホント、デリケートなひとってつらいんだなって

灰 「H先生も、でもデリケートな方じゃないですか?

 「うーん、まあまあ。でも私に輪をかけてGさんの方がデリケートで(笑)だからKさんもAランクって言うか、Gさん並みっていうか。

 電車なんかでもちょっとでも嫌だと思うと彼は乗ってられなくて、ほかの車両に移動しちゃわないと


灰 「あーわかります!すごいわかります

 「そうそうそう、私に、「わかる?」って言って、確かにあの人私もいやだけど全然ここに座ってても平気なんだけど、でも彼は、「悪い、ちょっと移動してもいい?」みたいな感じで(笑) うーん、いいよ、せっかく座れたんだけどなーみたいな(笑)

灰 「それは人が嫌って感じなんですか?

 「うん、人もだし、騒音全体が。蘭(コーギー)が吠えるのもちょっとダメだし。とにかく静かな環境じゃないと。ずっと子供のころからそういうデリケートさをかかえてね。でも周りからは理解されないし、神経質だなーって言われるだけでね。

 

 こういった「敏感さ」に関しては「ささいななことにもすぐ動揺してしまうあなたへ。」という本を読み、かなり理解が進んだ部分がありました。 

 それまでは、「敏感さ」を「心の弱さ」や「性格の歪み」「(対人恐怖症などの)病気」あるいは「トラウマ」と考えて、

 特に、「心の弱さ」としか考えてなかった20代の頃は「根性叩き直してやろう」的に、からだを鍛えたり水をかぶったりすれば強くなれると思ったりしていました。

 現在では、もう少し自分に優しく、感受性や共感力という「強み」として理解できるようになった部分はあります。

 でも、スーパーに行くのもコンディションによっては結構疲れるくらいなので「生きづらさ」というのはやはりずっとあり、この体質でどのように生きていくのがベストかというライフスタイルの模索は今も続いている感じです。 

 H先生からも、これを「治す」のではなく、それにあった「ライフスタイルをみつける」という提案がありました。

 「やっぱりそういう方って音の静かな田舎の方に越して、農業やってたりとかそういうパターン多いですよね。例えばすっごい静かなところに住んで、週二回くらいはちょっと車ででかけて介護をして、あとは畑を耕したり本を読んだり・・・みたいなね。

 で、そういう生き方で共鳴してくれるようなパートナーとかがいればいいですよね


灰 「そうですね。一人でやるとイメージするとどうしても寂しい感じがするので、パートナーか、グループとかが一緒だといいなっていう感じでしょうか

 「Gさんも自然農のグループに入っていて、月に何回か手伝いに行ってんですよね。手伝いに行ってもお金はもらえないんですけど、野菜をもらえるので(笑) 自然農なので、草むしりとかも手でやるし、農薬も使わないので

 で、そういうのに来てる方ってそんなに人なつっこくはなくて、みんなもそっと来て、もそって帰るみたいなそういう感じで(笑)べたべたしないし、でも、野菜の話ししたり・・


 もそっと来て、もそっと帰る(笑)、なんか癒される。いい表現だ~



 こんな風に標準以上に敏感なタイプの人々をHSPと呼びます。

 誰にでもセンシティブな部分はあるので、はっきりと二分できるものではないですが。 

 HSP、非HSPという分け方をするなら、非HSPは戦士タイプ、HSPは茶坊主タイプみたいな感じでしょうか。

 エヴァで言えば 鈴原トウジ と 碇シンジ 
 ドラゴンボールで言えば 子供の悟空 と 子供の悟飯

 いわゆるいつでも元気飯がうまいぜタイプと いつも食細びくびく悩み多きタイプです

 だいたい一昔前のアニメの主人公って前者ですが、最近は後者だったり全般的に繊細になってきてる気はしますね。
 あーのび太君はどっちかな、
 3秒で眠れるのは、絶対HSPではないと思うのだが、感じやすいところもあるし、出木杉君の方が繊細な気もするし、ちょっとわからない(笑) 
 
 


 
 ↑最近では東京ぐーるのカネキ君(文学少年)とか↑
 これは明らかにシンジ系の血脈ですが

 関係ないですが、おととし東京グール読んでてヘッセの「デミアン」の一節が登場し驚いたことがありました。
 「生まれようとするものはひとつの世界を破壊せねばならない」っていうあれですね。

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 あ~なんかかなり脱線してきた。

HSPについて詳しくは、この本で 
 HSPの特徴や どう生きればよいかなどが詳しく書かれています。


 


 上の本にもありますが、HSP的傾向がある方は、毎日の暮らしの中で「安全地帯」がとっても大事になります。

 これゆっくりと一人くつろげるような静かで、心地よい波動(音、匂いなど)に満たされた快適な空間、時間です。

 自室、緑豊かな公園、布団の中、お風呂 どこでもいいのですが、自分を取り戻せる場所。
 そのような空間で、音楽を聴く、読書をする、瞑想をする、神様タイムをする、そのほかなんでも心穏やかにくつろげるようなことをします。もちろん、疲れ切ってる時は、布団の中でうとうと夢の世界をさまようのもいいかもしれないですね。

 どうして「安全地帯」が必要かというと、たいていの場合、HSPの人は過剰な刺激に疲弊気味だからです。
 自分オリジナルの安全地帯が確保できれば、一日の生活の中で疲れた神経をほぐして、エネルギーを充てんすることができます。

 まあ、なんでも好きなことをすればいいのですが、個人的にはテレビ、スマホ、PCなどのデジタルに触れる時間とは別に、落ち着けるアナログな安全地帯を確保するのがいいんじゃないかと思います。(デジタル機器は脳への負荷が大きいため)

 HSPの傾向のある人は、とても環境の影響を受けやすいので、芸術や自然などからなるべくよいバイブレーションを自分自身に転写することが大事です。

 こんな風に「安全装置」をうまく使いつつ、都会での生活を乗りこなしてゆくというのも一つの方法です。

 でも、今回のセッションでのH先生のアイデアのように、ライフスタイル自体をなるべく「安全装置」に近づけるという選択肢もあり、これが本当は理想かもしれません。
 今後、田舎に住んだり、自給自足に携わるということはとても重要な流れになっていく予感がします。

 そういう意味では、都会生活に適応しようと心身に無理をしていた人たちが、よりフィットする生き方にシフトしていくことが結果として、世の中のためであるとも言えるのかな?と思います。

 


セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/03/28 16:39
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