卵の中の黄身

我もなく うつし世もなくなにもかも  神の中なる 神のあらわれ  BYダンテス・ダイジ

神への愛が進化へと導く

 一切を産みし、存在よ

 あなたへの理解へと

 導かれますように

 私のこころが

 一切のものへの愛で

 開かれますように


 すべてを愛したくない私たちは

 すべてを愛している私たちを

 想像することすら難しい

 そして 愛は想像ではない
 
 神が想像ではないのと同じように

 私たちには知ることが出来ない

 絶対のリアル

 しかし すべては神を想像することから始まる

 その神への愛が 

 人を少しづつどこかへと導いていく 

 絶対のリアルからの

 不可解な恩寵と共に
  
 
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文明と異世界(2)

 人間にとっての異世界はいくつかのベクトルがある。
 文化によっても異なるが上方には神々や天使が存在し、下方にはサタンや魔物、死者の国があった。
 そして上でも下でもない、中間的なこの世ならざる空間には妖精や物の怪、精霊たちの世界が存在していた。
 これに加えて20世紀以降には、新たな異世界として「宇宙空間」というものが現れ、そこに住む「エイリアン」が新たな神話として登場した。

 エイリアンには当初様々なバリエーションがあった。
 小人タイプ、獣人タイプ、カエルみたいな人たち、ギーガーが描く怪物のようなやつ、アダムスキーの美しい金星人、ロボットなど。
 人間の想像力の数だけ、豊穣なエイリアン神話が生まれた。
 しかし、最近では「エイリアン」と聴いて多くの人が思い浮かべるのはあののっぺりとした顔のグレイタイプのものだろう。
 このグレイタイプのエイリアンは、牛の血を抜いたり、人を誘拐して体になんか変な装置を埋め込んだり、女性を妊娠させたりするのであまり良いイメージは付加されていない。
 この種は生殖力がもうないので、地球上の生物を利用して種の存続を計っているなどとまことしやかに語られているがそんなことが本当にあるのだろうか?
 しかし、牛が実際臓器や血を抜き取られたり、アブダクション、インプラントという現象は実際に存在している(アメリカを中心にしてだが)。そしてこの現象に遭遇した人たちが「グレイに会った」と語っているのも嘘ではないだろう。 
 
 しかし「グレイ」が実際に宇宙人であるかどうかは議論の余地があるところである。
 UFO研究家の一部は、そもそもエイリアンやUFOは宇宙人であるという「固定観念」を突破して、それらはすべて非物質的な領域に生息する住民による「茶番劇」であるという結論に達した。
 よくよく考えてみれば、家畜を殺したり、人を誘拐したり、女性を妊娠させる、これらは一昔前であれば邪悪な精霊や、妖精が行った行為である。
 精霊は人間にとって「異界」であった深い山や森、水辺に生息し、時々人里に現れて悪さをした。しかし西洋文明においてもうそれらの世界は異界とは呼べない。ならば、現代の精霊が最後に残された「宇宙の暗闇の奥」からやってきたと言うのも不思議ではないかもしれない。

 かつては妖精や精霊はあやかしの力を持っていて当然であった。
 しかし、現在はどうか?西洋文明においてそういった力は否定されている。それでは真夜中に人間を寝室から連れ出したり、牛の体から血を抜き取ったり、走行中の車のエンジンを止めたり出来る「力」は何なのか?
 それは現代人の意識においては「未知のテクノロジー」として解釈される以外にはない。
 果てしなく広がる暗黒宇宙、そしていまだ人類の手には及ばない科学技術、これらが20世紀の「異界」だったのではないだろうか。
 そして、それらが異界であるがゆえに、多くの人は精霊や妖精の存在よりもエイリアン神話にリアリティを感じるのだ。

 
 「夜中にさびしい道を車で走っていると、オレンジ色の光が俺を追いかけてきた!急に車のエンジンが止まって、ゆっくりとその物体のほうに吸い上げられていった。俺は気を失って、気がつくとベッドに寝かされ数人のグレイが俺を見下ろしていた・・・」

 と言う話のほうが
  
 「山奥にピクニックに行くと、小人が現れて、僕を彼らの住処に案内してくれました。そこで一日楽しく、歌ったり、踊ったりしてすごし、街へ帰ると不思議なことに3日も過ぎていました」

 という話しよりリアリティがあるのは、本当はおかしなことなのだ。
 異界との交流という意味ではどちらも同じなのだから。
 でも現代人は理解を絶する現象は「あやかしの力」ではなく、「理解及ばざる(物質的)テクノロジーだ」という固定観念(リアリティ)がある。
 そのリアリティが、現在「エイリアン神話」を異界への窓として機能させているのではないか。
 即物的すぎる我々の思考がグレイエイリアンを産んでいるとも言えるだろう。


 SF作家のA・C・クラークは「あまりに進んだ科学技術は魔術と見分けがつかない」と言う言葉を残している。しかし、「あまりに進んだ科学技術のふりをする魔術」というのもあってもいいのではないかと思う。

 

文明と異世界

 失われた文明に関するコリン・ウィルソンの「アトランティスの暗号」に引用されていた、マイケル・ハーナーのアヤワスカ体験に惹かれ3回ほど書いてみたが、同じく古代文明の研究家であるグラハム・ハンコック氏も近年アヤワスカを体験し、その経験に基づいた「Super Natural」という本を出しているようだ。

 しかしこれは未邦訳なので、ハンコックとエハン・デラヴィの対談集「人類の発祥、神々の叡智、文明の創造、すべての起源は『異次元』にあった」という二回も改行しないと書けないようなながったらしいタイトルの本を読んでみた。

 1ページ目をめくってみて驚いたことに、「不思議なことに誰もが必ず、大蛇に遭遇します。二匹の蛇がからまった姿は我々のDNAそのものではないでしょうか。」という本文からの引用句が目に飛び込んできた。

 僕は蛇という動物の元型性に興味があったのだが、どうやらアヤワスカを体験すると非常に多くの人が蛇のビジョンを見るようである。
が、なぜ蛇なのか??
 さらに謎は深まる。

 ハンコック氏は文明の起源は異次元にあるのではないかと推測しているようだ。彼の推測によると、人類は数百万年前から現代と機能的にはほとんど同じ脳を持っていた。およそ4万年前に始めての洞窟絵画が描かれるが、それ以前の何百万年もの間人間はほとんど文化らしい文化もないまま動物と大差ない生活をしていた。 
 しかしこの4万年前の時点で、人間の精神進化に決定的な何かが起こった。それはいったい何なのか?
 
 ハンコック氏は、テレンス・マッケナと同じような結論に行き着いた。人間の精神を飛躍的に開花させたもの、それはサイケデリック植物の摂取であったと。
 その変性意識状態において、人間は「古代の教師たち」と出会い様々な宇宙の秘密を教えられた。
 それぞれの文明には、人間に知識を与えた存在として半人半獣の存在(セリアンスロウプ)がよく登場する。
 エジプトの神々もそうだし、シュメールに文明をもたらしたとされる「オアンネス」も半漁人のような存在である。
 
 しかし、「教師たち」はなぜこのような姿をして、ある特定の動物と結びついているのか?これもまたひとつの謎だ。

 しかしハンコックの出した結論、これってよくよく考えて見れば、「文明は神々によって与えられた」という伝説が文字通りの真実であることを言ってるのではないだろうか。




 ・・・それに対して蛇は女に言った。

 「あなた方は決して死ぬことはありません。その樹から食べる日には、あなた方の目が必ず開け、あなた方が必ず神のようになって善悪を知るようになることを、神は知っているのです

創世記

  
 




アヤワスカ体験(3)基礎知識

「アヤワスカ」の有効成分はDMT(ジメチルトリプトアミン)である。
 通常DMTは、経口で摂取しても不活性となるために、単体で摂取する場合にはパイプを用い、気化させたものを吸入する。
 DMTの意識変性効果は、短時間ながらLSDやシロシビン(マジック・マッシュルームの有効成分)をしのぐ。
 DMTはどうも自我の側からのコントロールがききにくいらしく、それを体験した人は「死の世界への旅」「原子爆弾の大砲から打ち上げられたようだ」というような表現を使う。
 吸引した場合、その効果は2〜5分程しか続かないが、その間に体験される世界は強烈で、時には恐ろしいものとなる。

 『時間から遊離し超越する感覚、ものがその形態を失い奔放に揺れ動くリズムの中に溶解する感覚。この作用はまるで別の宇宙に一瞬にしてトランスポートし永遠に逗留しているかのような体験となる』

 『5-MEO-DMTのように最短の時間で最強の効果が現れることは、普通の人間にとって許容範囲を越えている。これに匹敵する経験は死ぐらいではないかと思う』

 『あえて思考実験的な表現をすると、生涯で最も強烈な恐怖と、最も強烈な歓喜を同時に体験したとしたら、それが近いのかもしれない。』

 このような体験の性質もあり、DMTを単なる娯楽目的で常用するような人はおそらくほとんどいない。
 それはマリファナやマジックマッシュルームのトリップとは全くレベルが違うような何かである。
 吸引した場合、身体感覚にも影響し、立っていることが出来なくなる。完全に物理的現実から乖離させられて、サイケデリックスペースのみの存在となってしまう。

 「アヤワスカ」はDMTを含有する天然の植物を混合して煮出してつくる褐色の液体だ。普通だと経口摂取では吸収されないDMTだが、他の植物の成分(MAO阻害剤)を加えることで体内に取り込むことが出来る。
 効果は吸引するより幾分マイルドになるだろうが、それでも最強のサイケデリクスのひとつなので取り扱う際には十分な注意を要する。
 まず覚えておかなければならないことは、厳格な食事制限だ。
 これはMAO阻害剤を摂取することに関係している。
 アルコール飲料、豆腐、納豆、味噌、チーズなど、(チラミン)を含む食物を食べると重大な副作用をもたらすことがあり、最悪の場合死に至る。ので、こうした危険を避けるためには断食をすることが望ましいだろう。

 DMTは2,3年前まではWEBで販売しているのをよく見かけたが、現在日本では麻薬として取り締まられている。
 アヤワスカの原料となる、シリアンルーやカーピは多分どっかでまだ売っている(植物自体の所持はまだ違法ではないと思う)だろうとは思うが、どちらにしろ、この強力なパワーを秘めた植物をサイケデリクスの初心者が一人で使用することはやめたほうがよいだろう。

 日本にいるアヤワスカの熟達者を探すか(僕は違います笑)、ペルーやブラジルに行って現地の人にガイドしてもらったほうがよいと思う。
 ちなみにブラジルにはセント・ダイミというアヤワスカを儀式に用いる教団があり、政府からも宗教儀式ということでアヤワスカの使用を認められている。

 ところでこのDMTという物質、人間の体内でも生産されているようだ。
 多くの謎を秘めた松果体と言う器官(昔は魂の座とも言われていたらしいが)から生み出されている。
 松果体はヨガでは第三の目、アジナーチャクラと関連している。
 もしすると、ある種の神秘体験にはDMTが大きな役割を果たしている可能性が高いかもしれない。




引用:サイケデリック・ドラッグ 工作社
   オルタード・ディメンション誌 9号






アヤワスカ体験(2)古のもの

 「シャーマンへの道」の著者マイケル・ハーナーのアヤワスカ体験より。
 アヤワスカを摂取すると、光のビジョンと、滝の音のようなごうごうと轟く音が聞こえてきた。気がつくと周囲で悪魔たちがカーニバルをしていた。その中心には巨大なワニの頭があり、その顎から水がどっと流れ出していた。水はどんどんたまって海となり、ガレー船が彼に近づいてきた。そして・・・





 「私は今まで聞いたことがないような美しい歌声が流れてくるのにも気づいていた。この世のものとも思われぬそのかん高い歌声は、ガレー船上の無数の人々が歌っているのだった。
 デッキに目を凝らすと、アオカケスの頭に人間の胴体をもつ人々が大勢見えた。彼らは古代エジプトの墳墓の壁画に描かれた、鳥頭の神を思わせた。同時に、私の胸からある種のエネルギーのエッセンスが流れ出し、船に向かって漂い始めた。
 神というものを信じてはいなかったが、自分が死ぬであろうこと、また鳥の頭をもつ人々が来たのは、私の魂を船へと持ち去るためであることを完全に確信していた。胸から魂が流れ出ていく一方で、手足が徐々に麻痺していった。」
 
 その後地球での生物の進化を暗示するようなビジョンが展開し始める。太古の地球に、翼竜のような翼と鯨のような胴体をもつ黒い生き物が飛来し、それはハーナーに「われわれは宇宙の何かから逃れてきたのだ」と語りかけた。
 その「古のもの」によると、この地球上の生命は彼らが敵から身を隠すために創造したという・・・

 「その生き物たちは、多種多様な形態をとって敵の目をあざむくため、いかにしてさまざまな生命をつくり出したかを見せてくれた。壮麗な動植物の創造と種形成・・・何億年もかかる行為であるが・・・のさまが、形容しがたい規模と鮮明さをもって繰り広げられた。
 私は、その竜めいた生き物がこのような経緯で、人間を含むすべての生命形態のうちに潜むことを知った。自分たちこそが人類および地球の支配者だ、と彼らは言うのだ。われわれ人間はこうした生き物の容器であり、しもべにすぎなかった。だからこそ、彼らは私自身の内側から語りかけることができたのである。」


 

 ハーナーが遭遇した竜のような生き物は、もろにラブクラフトの小説に出てくるような外宇宙からの知性体、邪神である「古のもの」を連想させる。
 この体験は1956年のことであり、ハーナー氏はこの時点ではDNAコードの存在を知らなかった。のちに「古のもの」の性質がDNAと似ていることに気づいて驚くことになる。

 この体験のコアにあるのは、グノーシス的な世界観である。
 グノーシス的な世界観は、被造物と絶対神の間に、造物主であるいわゆる「デミウルゴス」をたてる。
 このデミウルゴスは絶対神から流出した存在ではるが、自らを絶対的な神であると錯覚しており、人間や動植物を創造する。
 この種の世界観は、人間はルーシュを生産するために「誰か」によってつくられたと考えるロバート・モンローの創造論や、人間は金を採掘するための奴隷として生産されたというゼカリア・シッチンの説にも窺える。
 
 ハーナーはこの体験のことを後日、「地球の支配者を名乗る龍と会った」と現地のシャーマンに話すと、彼は微笑んでこう答えたと言う。
 
 「ああ、彼らはいつもそういうのだ。だが彼らは(外なる暗黒の支配者)にすぎぬ」と。

 これはいったい何を意味しているのだろうか?



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アヤワスカ体験(1)聖なる蛇

 ジェレミー・ナーバイという人類学者が語る「アヤワスカ」体験。
 以下「アトランティスの暗号」コリン・ウィルソン著より




 ナーバイによれば、それは刺激のあるグレープフルーツジュースのような味がした。ナーバイは嘔吐したが、さらに飲めと言われた。

 「突如、周囲に長さ50フィートはありそうな巨大ボアが二匹もいた。私は震えあがった・・・このぼんやりした思考の中で、蛇は言葉によらず、私に話しはじめた。私が単なる人間にすぎない、と彼らは言った。
 私は自分の精神が裂けるのを感じ、その裂け目の中に、自分の固定観念が底知れぬ傲慢にほかならないということを見た。私が単なる人間にすぎないというのは実に深遠なる真実だった。
 普段私はすべてを理解していると思い込んでいるが、ここで私は、自分自身がより強力なリアリティの中にいるのを見いだした。
 それはまったく理解できないリアリティ、私の傲慢の中で、その存在を想像すらしたことのないリアリティだった。」

 「・・・・言語自体が不十分だった。私は自分の見ているものを名づけようとしたが、言葉はイメージに固定しそうになかった。私は困惑した、『リアリティ』との最後の絆が断ち切られたかのように。リアリティそれ自体が、遠くて薄っぺらな記憶にしか見えなかった。




 この中に、僕も経験した(アヤワスカではないが)感覚がたくさんあったので引用した。
 この体験の全体的なトーンは、畏怖の念である。
 宗教的な体験というと、至福や光というものがどうしても目立って語られる傾向があるが、畏怖を感じさせられる体験というのも確実に存在する。
 それはもしかすると道の途上において起こる、不完全な体験であるかもしれないが通常のリアリティに亀裂が入り、その裂け目から何か尋常ではないもの、人智を超えたものの存在が垣間見えた時の衝撃と言うのはかなり大きい。

 とりあえず宗教的体験、というのではなくサイケデリクス体験ということで限定して話を進めるが、サイケデリクス体験にも「至福・愛」の状態と「亀裂・闇」の状態がある。
 僕が体験した限り、「至福・愛」の状態においては、聖人や神的存在を身近に感じたり、愛を実感する時、それはとても高いもの、清らかなものであると同時に自分自身に近しいものである。
 しかし「亀裂・闇」の体験において神的な存在が登場すると、それはまったく言語を絶するもの、畏怖を覚えさせるもの、にもかかわらず圧倒的にリアルなものとなる。 その体験は、僕自身の無知と傲慢さを思い知らせる。
 
 もしかして「亀裂・闇」の体験というのは突如自分の知覚がズームアウトして、人間性の限界や、人生のはなかさに直面させられる瞬間かもしれない。しかし、それはあくまでも通常の人間にとっての「限界・虚無」という意味合いである。ラム・ダスに大量のLSDを盛られたインドの聖者が、けろっとしていたのは有名な話しだ。

 この蛇というのはどういう存在だろうか?
 これが日本で単独にアヤワスカ・トリップをしてバッドになった男の体験談なら、単なる幻覚で片付けてしまってもよい。
 しかし、ナーバイ氏は熟達したインディオのシャーマンのもとでアヤワスカを飲んでおり、その共同体においてはこの蛇は客観的存在だ。
 おそらくは森の精霊として物理的な影響力さえ持っている、「エネルギー体」だ。
 

 蛇と言う動物は様々な連想を呼び起こす。
 薄気味悪いと同時に、魅力的な動物だ。
 ヘルメスの杖にからみつく二匹の蛇は、二重螺旋、DNAコードを連想させる。
 世界各国に宇宙を誕生させた、蛇神の神話が存在している。
 例えばオーストラリアのアボリジニの間では「宇宙は虹色の蛇が水晶の力を借りて創造した」という伝承があるようだ。
 さらに思い出すのは、クンダリニーとプラクリティである。
 プラクリティはプルシャと対を成す宇宙生成の原理だ。
 プルシャは「純粋精神・真我」であり、プラクリティはマーヤの元となる「根本原質」と訳される。
 プラクリティは宇宙を創造したあと、個々の人間の尾てい骨で休眠状態にある。これがクンダリニーで、とぐろをまいた蛇の姿で象徴される。クンダリニーがプラクリティにほかならないとすれば、宇宙創造神が蛇として象徴されても不思議はない。
 アボリジニの神話は、「水晶=プルシャ=真我」「虹色の蛇=プラクリティ」としても読み解けるかもしれない。

 蛇は人間にとって、何かしら根源的かつ宇宙的な存在なのだ。
 そしてそのエネルギーは実際に根源的なものとして、今・この瞬間も働いているのかもしれない。
 ちょうど、人間の中にある爬虫類脳が今も機能しているように。
 そのエネルギーと接触したときに、人間の集合的無意識(知覚の枠組み)はそれを蛇として翻訳するのかもしれない。
 
 
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 I先生の言葉。

 『リアルな苦しみは20パーセントだけ、あとは全部自分で作っている』

 所詮すべては、幻影。僕の意識に写った映画のようなもの。

 この映画を深刻に受け止めすぎることによって、自分で苦しみを作り出す。

 『目的なく生きていることが虚しい』
 『人生には必ず使命がある』
 『魂の成長のために人は生きている』

 これらの考えがもしかしたら、でかいマーヤだったりして。

 目的なく生きてることは本当に虚しいのか?

 生かされているという事実は変わらないのではないか?

 人生には目的は、多分あるだろう。

 でもそれと、「神をわかる」ということは全く次元が違う。 

 目的を追求し、より豊かな生へと向かうのが水平軸だとすれば、神を悟ることは垂直軸ではないか。

 神を悟った人も、現象的には水平軸の世界を生きている。
 が、認識の仕方は180度変わっている。

 現在の僕にとっては、水平軸に過剰に引っ張られることなく、
 「宇宙に生かされている自分」にフォーカスし、それを感謝し祝うことを第一に優先させねばならない。


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ババ様


『アトランティス』の遺産

 最近、『アトランティス文明』の宇宙観とはどのようなものであったかということについて考えている。

 なぜ『』つきかというと、特にプラトンが語る大西洋にあって海中に没したという伝説の島だけに特定して考えているわけではないから。

 そうではなく、紀元前一万年前後まで栄えていた超古代文明を仮に『アトランティス』と呼ぶ。
 そして、その文明は現在では文明化されていない多くの知識をもとに文明を展開していた。
 その知識の多くは失われてしまっているが、その痕跡は世界の至るところに残されている。

 主なものをふたつあげると、ひとつは3つの大ピラミッド、ルクソール神殿などを中心とした古代エジプト文明。
 ふたつめは、メキシコのアステカ・マヤ文明。
 アステカ人の信仰していた神「ケツアルコアトル」(翼ある蛇)は蛇と鳥の混血。背が高く髭のある白人で、長い間太陽を薄暗くしてしまった大災害のあと、どこか南のほうからやってきて文明、技術をもたらしたとされている。
 奇しくもこの鳥と蛇、というふたつの象徴的動物の結合はエジプトのファラオの王冠にも見ることができる。

 これらエジプトやマヤ文明の建造物は、現代の技術を持ってしても建造が難しいものが数多く、その使用目的も謎に包まれている。
 ピラミッドを例にとって考えてみるならば、まず第一にピラミッドは王族の墓ではない。その内部にはミイラも石棺もありはしなかった。
 建造当初は石灰岩に覆われて白く輝いており、その表面にはびっしりと象形文字で何かが刻まれていたという。残念なことに石灰岩の覆いは昔地震が起きたときに、街の修復に使用するためにすべてはぎとられてしまい、今では刻まれたメッセージを知ることは出来ない。
 
 エジプト文明の本質を、意識構造が異なる現代人が理解するのはかなり難しい。
 古代エジプトに隠された『アトランティス』の遺産については、ジョン・アンソニー・ウェストの「天空の蛇」に比較的わかりやすく解説されている。
 しかしこの本自体がシュワレール・ド・リュビックという学者の画期的なエジプト研究を解説したものである。
 シュワレールの主著は「人類の神殿」だが、まだ邦訳はされていない。

 スフィンクス、ピラミッドをも含む、古代エジプト人が残した巨大建造物はG・I・グルジェフが述べたところの「客観芸術」だった。
 個人の無意識、夢、トラウマなどを具現化したのが近代的「芸術」であるとするならば、「客観芸術」とは宇宙の法則そのものを可視的に表現したもので、その設計は厳密に数学的原理に基づいている。
 具体的に言うならば、例えば「黄金比」のような美しいプロポーションが至るところに意図的に表現されていることだ。
 それらは言ってみれば、宇宙の真理を形態化したものであり、それを鑑賞する人の意識を高めるような性質を持っている。
 
 エジプト人は、文明を瞑想とする方法、生活を神聖なものとする秘密を知っていたのではないだろうか。そして意識を純化する生活環境を意識的に創造したのである。
 今までの西洋文明はこれとまったく逆を行っており、人間の意識を劣化させる環境を無意識的に創造してきた。
 この文明は利便性や、目先の効率を根本原理としてしまった為、宇宙の根本原理と断絶してしまったのである。

 『アトランティス』の遺産を知ることは、行き詰っている現代文明がどのような方向性に向けてブレイクスルーすればいいのかというヒントを提供してくれると言う意味で、トンデモ考古学が好きな人だけの問題ではないのではないかと思う。

 シュワレール・ド・リュビックは古代エジプトの神官階級の役目について次のように述べている。
  
 「その頂点に覚醒した神官階級があり、それは科学と神学が完璧に一体化したものを体現し、その主な役目とは、今という瞬間の認識だった。」


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  •  鳥が卵から無理に出ようとする
     卵は世界だ 
     生まれようとするものはひとつの世界を破壊せねばならない
     鳥は神に向かって飛んでいく
     その神は名をアプラクサスという




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