テレビが映さないモノ

 テレビは多くの人の生活と結びつき、切り離せないものとなっている。特に日本を含む欧米では、仕事や学校の後でテレビの前に座って過ごすと言う光景は、もうずっと何十年もありふれたものだと言えるだろう。インターネットの普及によって娯楽やニュースの情報源がかなり分散された感はあるが、それでもテレビと言うメディアはまだ巨大な「呪力」を有している。

 それはもう人の意識の深い、深いところに組み込まれた、一種の「元型」的趣きさえ持っている。そしてこの元型はある種の薄気味悪さをも持っている。その薄気味悪さを的確につかまえて、昇華したような小説だとか映画を見たいと前から思っているのだが、あいにくまだお目にかかったことはない。

 だがテレビの薄気味悪さ、というのはそれが事実を伝えるものでありながら、別の事実を包み隠すような二重性からきているのではないかと思う。沈黙した真夜中のテレビは、その包み隠された真実が突如決壊してこちらがわに流れてくるのではないかと言う緊張感をはらんでいるように見える。

 ちょうど、2001年の9・11のあと、米がアフガニスタンに侵攻した直後くらいのことだったか。
 
 Rさんという前世療法とかを行う人のところへ僕はちょくちょく通っていた。雑談の中でWTCのテロ、アフガン侵攻のことも話題になり、その時Rさんは「テレビは嘘ばかり言ってる」と言っていた。

 僕はテロの主犯がビン・ラディンだと単純に考えていたわけではないと思うが、まだテレビが放送するものに一定の信頼は持っていたから、Rさんの方が随分極端な考え方をしているように思えた。

 テレビは巨大な権力だ。
 何十万、何百万という人が同時に見る映像の呪力はすさまじい。その装置から流れてくるだけで、暗黙の了解として「真実」が定着してしまう。

 痴漢で二度も逮捕された植草氏がりそなの闇を追求していたこと、郵政民営化によって日本人の貯蓄した350兆円がウォール街の資本に流れてしまう可能性があるということ、こういう種類の事実が全く報道されないのが実に恐ろしい。
 全く報道されないことは、あたかも存在しないかのような、重要ではないかのような錯覚をもたらす。
 そして報道されたことは、事実ではなくても、公的に約束された事実であるような効果を生む。

 そのような事から想像するに、世間を賑せてきた大きな事件にはそのほとんどに報道されていない真相があるのではないかと感じる。
 こんなことは気づいてる人はとっくに気づいてることかもしれない。僕はそれだけ世間知らずだったのだろうか・・・。

 でもここら辺のコアとなる情報の流出が最近、とても激しいように思える。

ネットで情報をもらった主な論者一覧

 リチャード・コシズミ氏
 中丸薫氏
 ベンジャミン・フルフォード氏
 きくちゆみ氏


 このどろどろしたエリアにのめりこんでしまったきっかけは、中丸薫という人の「闇の世界権力構造と人類の指針」という本を読んだことから始まっている。
 中丸さんの本が、今年になってからだと思うが大きい書店でやたら平積みされているのだ。
 この人の特徴の一つは、アセンション・フォトンベルト的な話しと、闇の世界権力構造の仕組みを開示するという二本立てで行ってることだろう。こういう本が精神世界コーナーとは言え、平積みされて多くの人に読まれている可能性があるということは、明らかに根本的な何かが変わってきているという感触を強く感じる。

 ま、この人もなんか裏のある人もかもしれまませんけど(笑)

 そろそろ、娑婆に戻りたいが、戻ってもテレビや報道に対する冷めた目は元に戻らない気がする。

071002_1705~01.jpg




マインド・コントロール
フリーメーソンのプロジェクト
とりわけ人のよい日本人には、
理解しがたいことだろう。
だが世界中の群盲達が、
それをトリックだとしらずに、
自己主張の対立と
国家主張の対立による戦争に向かっている。
巧妙きわまりないトリックに
のせられないためには、
人は、欲望を超越した真実を
発見せねばならない。
あなたが世界だ。
あなたが変容すれば世界も変容する。
それは、主観的なことでも
客観的なことでもない。
あまりにシンプルな真実だ。


 「アメジスト・タブレット・プロローグ」DJ師


スポンサーサイト
テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/30 20:08

懐かしき未来

http://video.google.com/videoplay?docid=-4214494592228465878&hl=en

http://video.google.com/videoplay?docid=1627395735754728217&hl=en

「懐かしき未来 ラダックから学ぶ」

 ヒマラヤの辺境ラダックに、グローバル経済の波が押し寄せ、急速に環境が破壊され、親密な人間関係に基づいたコミュニティが崩壊していく様を描いたドキュメンタリー。

 西洋化が進む以前のラダックでは、シンプルな自給自足の生活が営まれ、ほとんど貨幣も使用されていなかった。決して物質的に豊かだとは言えないが、人と人の結びつきは強くお互いを信頼し合い、穏やかな暮らしがあった。

 が、西洋型の貨幣経済が入ってくると、生活は大きく様変わりしてしまう。ヒマラヤを越えてトラックで穀物が入ってくるようになったため畑は打ち捨てられ、人々は河にごみを捨てるようになり始める。水までもがトラックで供給されるようになったのだ。

 以下番組ナレーション、出演者の話し等より




 「伝統的にラダックの人は余暇に多くの時間を費やしていました。彼らの技術は先進的なものではありませんが、リラックスしたペースで働いていました。しかし、現在は開発によって生活のスピードがどんどん速くなっています。ある遠くの村出身の友人の一人が的確に指摘しています。
 彼女曰く、『わからないわ。レーにいる私の妹は時間を節約するものばかり求めているの。灯油ストーブに電話に、ジープさえも持っているわ。でも彼女を訪ねても私と話す時間はほとんどないの』」

 「犯罪と暴力は増え続け、民族間の紛争も増加しています。」

 「世帯の富は自給自足の能力ではなく、購買力によってはかられるようになりました。富めるものと貧しいものとの格差は広がり、住むところに困るものすら出てきました。これはかつてのラダックでは考えられなかったことです。」

 「ラダックでの最初の年、私はこの美しい村にいました。住宅はすべて三階建てで、白く輝くようで、大変驚きました。私は好奇心から村の青年に、一番貧しい家を見せてと頼んでみました。
 彼は少し考えてから、この村に貧しい家はないと言ったのです。
 しかし8年後に彼は旅行者に「あなたがわたしたちラダック人を助けてくれるといいんだが。私たちはとても貧しいから」と言ったそうです。この8年間に彼は西洋的な生活の偏ったイメージを持ってしまったのです。車を乗り回し、働かなくても大金を持っているかのような人々を目の当たりにし、突如、自分の文化が時代遅れで貧しいものに見えてしまったのです。」

 「映画やテレビは西洋は最高と言う考えを与えています。贅沢で終わりのない休暇や人間のかわりに働いてくれる機械などのイメージ。
 また極端な男らしさや、女らしさのイメージが伝えられます。女性は受身で外見ばかり気にし、男性は力強く攻撃的で暴力を崇拝しているというものです。このようなイメージは最近のおもちゃ屋にも見られます。ラダックで特に人気のある商品は金髪のバービー人形や、銃を構えたランボーなのです。」

 「発展の結果ラダックの人々は従来持っていた自分に対する自信や自尊心を失いつつあります。そして近代の西洋的なものに追いつこうとし、家族やコミュニティから遠ざかり、ますます不安定になっています。」

 「ラダックから学ぶべきことのひとつは、地域経済、地域コミュニティなど、地域の価値とその重要性です。しかし、世界を見渡すと全くの正反対に向かっているのです。市場はますます巨大になり、経済の国際化によって、小規模な農家や商店の経営者は、競争に勝てなくなってきています。ラダックの農家はヒマラヤを越えて輸送されてくる小麦に勝つことはできません。」

 「現在にくらべてはるか昔のほうが、みんなずっと幸せでした。人々はリアリティ、基本となる真理に、密接に結びついていたのです。今は何でも複雑になりすぎて、幸せを感じられなくなっています。大金を手にし、技術も進歩し、確かに生活は快適になっています。でも快適さや贅沢は、幸せをもたらすことはないのです」




 日本の戦後に起こったのも、結局同じようなことだったんだろうなと思った。
 どうも問題はパワーを譲り渡すということから生じているように思える。基本的な衣食住を小規模なコミュニティでまかなえる・・・ということはこちら側にパワーがある状態だ。
 が、西洋型経済のネットワークの支配下に入ると、これらのパワーはすべて奪われてしまう。
 なぜなら、そこでは衣食住を手に入れるためには必ず貨幣を媒介とせねばならず、そのために多くは企業の中で働かなければならない。
 そして、どれくらいの時間働けば、どれくらいの対価が支払われるかというのもすべて市場の原理によって決定されている。
 単純な狩猟・採集生活で生活をするとすれば、一日の平均労働時間は4~5時間くらいではないかという話しをよく聴くが、人間に最適の労働時間というのは本来それくらいではないのかと、僕は妄想する。
 おそらくラダックの人もそれに近い、ゆとりのある生活をしていたのだろう。
 マーケットに奪われているパワーを、個々人に、あるいは地域に取り戻すと言うことがこれから必要となってくるのだろう。



テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2007/09/27 18:09

日本のことはよくわからない

 昔から思っていたのは、選挙なんかに行っても意味がないということ。

 いつからかなぜかそんな風に思っていた。まあ投票率の低さを見てもそんな風に思ってる人は決してマイノリティーではないんだろうけど。

 ということで政治のことはほとんどわからない。
 しかし、昔の映像で安保闘争で学生が火炎瓶投げてるのとか見ると、妙に興奮してくるというよくわからん性質。前世の前世くらいでそういうことをしてたことがあるのだろうか??
 
 国家にアイデンティティーを持つなんてダサい!
 人はベースは「個」として生きるべきだと感じる。
 「愛国者」と言う言葉は、うさんくさい。

 だがここのところ、色々な情報に触れて感じたことは、

 「日本は第二次大戦以降、条件付けされてきた」ということ。(もっともっと前からかもしれない)有名なものではGHQによって行われた3S政策がある。スポーツ・スクリーン(テレビ音楽含む)・セックス(ポルノの氾濫等)による愚民化を狙ったものだと言われる。

 さらに、終戦当時は当たり前と言えばそうだが、報道も厳しく検閲され、連合国を批判する内容の記事は一掃された。そのことによって大手の新聞はすべて新米的な路線に変化せざるを得なかった。それは普通思われている以上に、徹底的だったのだ。

 それはファシズムを解体して、民主主義を実現したのではなく、大規模なマインドコントロールが施されたと言った方が正しい。おそらく戦後の指導者たちは決して民意に基づいた存在などではないのだから。

 欧米へのコンプレックスと、自国への恥の意識が戦後の日本人を支配していった。そこで増殖したのは「モノ」、失われたのは「心」だった。  

 だから今さら、「3丁目の夕陽」の世界に憧れたりしたくもなる。
 その頃、「日本マトリクス」はまだ出来かけだった。
 そして、その完成形が、80年代後半あたりからバブルの崩壊まで続いた。高学歴・高収入・高身長の時代。
 実は完全に爛熟し、そして破裂した(させられた)。
 
 今風穴がいたるところに開いた、「日本マトリクス」の底辺からはきれいな青空が見えている。それは、造りかけの東京タワーなんかよりも何百倍も胸躍る光景のはずである。




テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/26 21:12

 暇に任せて、なぜか、フォトンベルトやアセンションという言葉とセットになって登場する「闇の権力構造」についてネットの情報を見ていた。

 マイケル・ムーアの「華氏911」という映画もあったことだし、2001年の9・11が純粋にビンラディン率いるイスラム原理主義者の仕業だと考えない人も多い。

 これは多分、ずっと前から何かの本で読んで考えていたことではあるが、この「闇の権力」というのは結局現時点での「貨幣の支配者」であるだろう。マネーゲームで一人勝ちをした人たちがあらゆることを裏側から操作しているのだろうということは思っていた。

 が・・・

 かなり、怖~いです↓

http://video.google.com/videoplay?docid=3894395222162251717

http://video.google.com/videoplay?docid=-5531771243763964471&hl=en

 浅学なので、この方の言ってることがどこまで真実に肉薄しているのか判断することは出来ないが、この日本社会って実はマトリクスの一部なんだな~と思う。

 なんというか囲い込まれていて、その内側でならある程度の自由と豊かさを享受できるが、境界線を越えてしまうと・・・ばきゅーん。境界線はマトリクスの外縁だ。そこに立ってみて初めて、ここがマトリクスだとわかるのだろうか。

 りそなの事とか、マジ怖い。
 黒幕がいるのかは知らないが、日本が外資に買い叩かれていってるのは確かのようだ。

 外資比率一例:
三菱UFJ銀行33.7% 三井住友銀行39.4% キヤノン47.3% 武田薬品43.7%  花王49.5% HOYA54.3% ローム51.6% 富士フイルム51.1% 塩野義製 薬41.5% アステラス製薬47.3% TDK44.6% ソニー50.1% ヒロセ電機 39.3% コマツ35.6% 東京エレクトロン49.8% SMC49.3% 任天堂41.1%  村田製作所37.8% パイオニア37.8% 小野薬品35.0% 日立製作所39.5%  三菱地所38.3% 三井不動産45.0% 大和證券37.1% 野村證券43.6% セコム 43.3% 栗田工業37.3% 第一三共32.3% コニカミノルタ41.4% リコー39. 0% 参天製薬36.3% 日東電工55.9% 信越化学36.3% ヤマト運輸31.2% 
JR東日本30.6% KDDI31.4% 三井化学29.7% 積水化学33.6% ホンダ 35.5% スズキ35.7% ヤマハ発動機31.9% 京セラ34.8% 東京ガス32.7% オリンパス34.7% 大日本印刷34.2% 日立39.5・・・




 しかし、もしこれが事実ならば、事実が明るみに出て、闇が闇ではなくなっていることを示しているのかも?? 


※動画追加※9/25


http://video.google.com/videoplay?docid=-3859363222910740882&hl=en
 
 『911は核戦争だった??アジアの平和に必要なものは何か?謀略を解明し、極東戦争を阻止する。』9.15 リチャード・コシミズ東京講演会



 
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/24 22:12

高千穂

 さっき、テレビで東国晴知事が宮崎の高千穂を回ったり、江原さんにカウンセリングしてもらってる番組を見た。

 日本が混迷してるこういう時代に、この人が知事になったことによってアマテラスの天岩戸開きの地がクローズアップされるというのは意味ありげだな~と思った。

 日本人は戦後の占領政策なんかで、民族的なルーツと切り離されて無国籍的人種になったような感があるが、もうそろそろ生まれ育った大地と和解する時が迫っているのかな。

 しかし、ちょうど今日読もうと思っていた本渡辺郁夫さんの「日と霊と火」にも高千穂が載ってたし、テレビを見てる時に次に働く会社から電話がかかってきて勤務地は「太陽ビル」ですて言われてちょっとビビりました。

行きたいな~高千穂。


070921_2056~01.jpg

未分類 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2007/09/21 22:43

不思議

 人の世は神なしを前提に成立しているが

 すべてを束ねているのは神であるという不思議がある

 人は、我神にあらずと考えて暮らしている

 しかし安心や楽しいこと、永遠の命を求めるゆえに

 我神なりを身をもって生きている


 「彼は数々の死にゆく人を見ながらも
  自分だけは不死だと信じ込んでいる。

  なぜなら、それが真理だからだ。
  意図することなく、真理は自然にそれ自身を主張するのである
。」


    ラマナ・マハルシ
     


 
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/18 20:49

「アセンション」に実体はあるのか?(5)

 ラスト・バリア~スーフィーの教え~ からの抜粋

 「私が君をせきたてていると思うかもしれない。そして、私がいうことを今は全部理解できないと思うかもしれない。しかし、状況は君が思っているよりも、ずっと緊急を要している。そしていつ再び君に会えるかもわからない。

 さっき君に人類の第二の周期について少し話した。今、私たちは歴史の大きな周期の終わりにいて、次の周期に行こうとしているということはわかっているだろうね。進化は直線や曲線を描いて進んでゆくものではなく、非常にはっきりした循環によって進んでゆく。そのために、地球上での私たちの生活を支配している法則を理解すれば、これから起こることを知ることも可能なのだ。

 今古い周期が終わりに近づくにつれ、ますます多くの知恵が明らかにされつつある。次の周期にそのまま持ちこむためなのだ。私たちが出会い、ここで一緒にすごしたのも、君がコンヤに言ったのも、決して偶然ではない。君に与えられた知恵は、人類の最初の周期が終わる時、持ち続けなければならない。これが何を意味しているか、私も、また他の誰にもわからない。しかし、道を作り出し、新しい世界を建設する者は、神との合一を知った者たちなのだ。
 
 しかし、この新しい世界が実現するまでには、ふたつの対決があると言われる。第一の対決は、知る者と知りたくない者の対立であり、第二の対決は知る者と、これから知らねばならない者の対決である


 「ハミッド、つまり、何かの戦争が起こることになっている、と言うのですか?少なくとも世界の半分は、こうしたことを知りたいとは思っていないと思います」

 「自分の内を見なさい。このふたつの対決はどちらも自分の中で起こるのではないのかね?すべての人と同じように、君の中には知りたくないと思っている部分がある。そして時が来れば、分離をなくして、一つになるために知らねばならない部分もある。

 君の外側にあるように見えるものは、本当は君の内側にあるのだ。外側にあるものは何もない。だから戦いはまず、君自身の存在の中にあるのだ。ますます多くの人がこの対決を体験する時、外側の世界に現象として現れる戦いを私たちは目にすることもあるだろう。戦いがあるとも、ないとも私は言わない。しかし、疑いなく、世界全体はいつか、神への完全なる帰依を悟るに至るだろう。我々一人一人がなすべき選択とは、神にゆだねること、それもただ漠然とした将来のいつかではなく、今、この瞬間に神に降伏することなのだ。そうでなければ、我々はこの選択を行使する特権を許されなくなってしまうだろう。しかし、いずれにしろ、この対決は生じているのだ。

 もし霊的な作業が、まだ間に合ううちに十分に行われれば、重大な災難を避けられるかもしれない。私は裁判官ではない。しかし、人類の第二の周期の始まりは到来しつつある。それと共にキリストの再出現も近づいている。ある人々は、キリストは再び人間の形をとって現れるのだと言い、ある人々はそうではないと言っている。
 しかし、そんなことはどうでもよいことだ。君が知らなければならないことは私たちは合一という形でキリストと出会うということなのだ。
 だからキリストの再来が何であるにせよ、どのうようにして起こるにせよ、それはすべての宗教の根底にあって、私たちすべてを結びつけている内的な知恵によってのみ、もたらされるものなのだ。

 新しい時代は新しい宗教の形成を意味してはいない。それとはまったく別のものなのだ。もはやどんな形の宗教も必要なくなるだろう。そのすべてがなくならなければならないのだ。
 源に到達した時、それでもまだ形が欲しいだろうか?命の水を飲んだあとでも、まだ水を入れるグラスを必要とするだろうか。それは目的を果たしたからこそ、何か新しいものが生まれてくることができるのだ。

 私に言えることは、新しく生まれてくるものは、以前に見たことのあるいかなるものとも、過去のいかなる文明とも、違ったものになるだろう、ということだけだ。私は完全に新しい生活様式のことを話している。そして今、この様式を作り出してゆかねばならないのは、神への合一の知恵を持った人々なのだ。来るべき時代へと生命と秩序を吹き込むのは、真の知恵に基づいて決定を下すことができる人々なのだ。」




未分類 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2007/09/15 11:20

御嶽

 誕生日の前に、武蔵御嶽神社の宿坊に泊まって滝行を体験してきました。

 予約をした時は、関東を直撃する台風がこちらに向かっていることも知らず・・・当日宿坊のご主人から電話があり、『滝は無理かもしれないから、キャンセルしてもよいですよ』と確認。う~ん、しかしなぜか、心の中のシグナルはGOサインで点灯。基本的に、暴風雨とかは好きなのである。という訳で一路、御嶽へ。

 着いた時はまだ雨もほとんど降っておらず、山の空気が気持ちよい。

070905_1348~01.jpg


 が、ケーブルカー乗り場のあたりまでくると、突如じゃじゃ振りに。わかっていたこととは言え、うわーな気分。まぁ台風来てるんだから当然です。

 しかし、雨の山も悪くありません、
 外灯に照らされた道を歩いていると、なんとなく「千と千尋の神隠し」的な気分に・・・。

 
070905_1535~01.jpg


 茅葺屋根の家が多い。
 なんか顔に見えますね。こういう生き物みたい。

 070905_1545~01.jpg



 今回駒鳥山荘というところに泊まらせていただきました。
 御嶽の他の宿坊のように、ここもご主人は神官をされています。

 不思議な部屋でした。
 和洋折衷というのだろうか??
 パソコンもあって、インターネット使えます。

  
070905_1553~01.jpg


 外では風雨の勢いが増していくのが感じられます。
 これは無理じゃないですか・・・(^^;

 と思っていると・・コンコン 

 奥さんが、明日早朝の行で使うはちまきとふんどしを持ってきてくれた。雨だといくら大雨でもやるが、風が強いと危険なので様子をみるらしい。結局明日の朝にならないとわからない。

 だんだん気持ちが、こりゃ中止だろうから→中止になってくれに変わっていくのを感じる。

 あ、ふんどしてどうやって締めるんだっけ?
 見ず知らずの人にふんどしの締め方聞くのもアレです。

 そうだ、こういう時のためのインターネット!
 すぐに図解つきでふんどしの締め方がわかりました。  
 なんて便利なんだ(T0T
 
 その夜は、瞑想したり、般若心経を唱えたりして、過ごす。

 きっと無理に違いない、という思いを抱いて眠りに着いた。

 翌朝。
 普通だと5時半起床ですぐ滝に向かうが風雨のため待機状態が続く。
 中止になってくれ、という思いをひとまず忘れ、また読経し流れに身をまかせることに。

 「やりますから、玄関に集合してください!」と奥さんの声。覚悟を決める(--;)

 ずぶぬれになること前提の格好で、裸足にサンダルをはいて出陣!
 今回は、参加者3人と(全員男性)とご主人。
  
 奥さん談「台風に耐えられる人が集まったんですねぇ~」

 山道を30分ほど歩いて行場に到着。
 昨日までは水不足で水量も少なかったらしいが、昨日からの雨でなんとも見事な滝に復活しています。後から聞いたところでは一晩の雨で水量は5倍くらいになったらしい。

 し・死ぬのではないか・・・と初めて思う。

 いよいよ、ふんどし、はちまきで正装してまず準備体操。
 丹田の前で手を組んで激しく動かす、「ふりたま」や鳥船という船をこぐような動きをしながら神様をたたえる歌を歌います。 
 
 朝夕に神の御前(みまえ)にみそぎしてすめらが御代(みよ)に仕えまつらん
 
 次に、「雄叫び」を色々な言葉で上げます。「息吹」という新鮮な空気を丹田に取り入れる深呼吸をおこない、滝へ。

 「エイッ」と二本指で九字を切って滝の中へ。
 ふりたまをしながら祓戸大神(はらえどのおおかみ)の御名を叫び続ける。約10秒ほど。これを3人で3セット繰り返した。

 たたきつけてくる水の勢いと、冷たさで、裏返ったような情けない声しか出ない。でも一度入ると、恐怖心は薄れ、最後はなんとか声も出るように。

 頭が真っ白になりました。

 終了後岩場でもう一度鳥船をおこないながら、ウタを歌っていると何か頭上がぱーっと明るくなっていくような感覚を感じた。一時的に日が差したのかもしれないが、とてもさわやかな気分だった。
 上を見ると、流れ落ちる水と、風に揺れる木々と、ミルク色の空。
 クリアに見える。
 感謝の気持ちが湧いてきた。
 
 また是非行ってみたいと思います。
 大声で神様の歌を歌えるのはとても良いなあと思う。

 
070906_1058~01.jpg


 台風で電車が止まる前に、無事家に帰れました。
 ありがとうございます。



ピルグリム(聖地巡礼) | コメント(5) | トラックバック(0) | 2007/09/13 21:55

待つこと

 去年の11月ごろ、その年の夏から働いていた派遣先の会社を辞めた。

 数日働くと、すぐに調子が悪くなって精神的にも危ない状態になってしまうからだが、かなり凹んだ。

 というのも、その年僕は30になっており、もうそろそろちゃんとしたところに就職したいう気持ちも持っていたからだった。
 その会社では今までの経験を結構買ってくれて、一年位したら社員として雇ってもよいというような話しもあった。

 それで、そこを辞めた時は、もう、ダメだ・・・と相当落ち込んだのだった。

 そして、I先生の個人セッションに行って、そういう状況とかを話した。I先生のアドバイスは端的に言うと、「3年間なにもするな」というものだった。
 
 今から3年ほどは、運勢学的にもあまりよいとは言えないし、天職とか自分にあった仕事なんて探そうとして見つかるもんじゃない。それは見つかる時に自然と見つかるから・・・ということだった。

 それを聞いて、僕は30までに社会に適応しなければならないという(と言うか就職しなきゃならないという)観念で自分をかなりきつく拘束していたことに気が付いた。

 状況は同じでも、考え方一つで苦しくも、楽にもなる。
 実際、先行きに不安を感じて死んじゃう人も相当数いるのだ。 

 それも自分で先を見届けることを拒否してしまった結果であることが多いだろう。

 「待つこと」というのは大事なことだと思う。
 何も具体的なアクションを起こさなくても、注意深く時が満ちるのを待つという姿勢は重要だ。 
 
 だが現在、努力とその結果を刈り取るということの価値は認められているが、「待つ」ことの価値は忘れられている。
 ある意味、自然の造化と変化を人は恐れるようになっているのではないだろうか。

 和尚の禅タロットに「忍耐(PATIENCE)」というカードがある。絵柄には妊娠した女性が使われている。お腹に子供がいる女性にとって、確かに重要なのは時が満ちるのを注意深く待つと言うことだろう。

 このカードを見て、毎日を右往左往しながらも、心の深いところにいるのはこの女性なのだと感じた。彼女はただ、信頼と確信を持って来るべき時を待ち続けている。

 肉体は、聖母マリアであり、そこからキリストの意識が生まれると言われている。その神意識の母体となる肉体を維持し、それを育むというだけでも尊いことなのだろう。

 特に多くの人が愛と智恵に達する可能性のあるこの時代において、からだを時満ちる時に向かって運ぶというだけでも、大切な使命だと思う。

 『2001年宇宙の旅』のラストに誕生するスターチャイルドをみんなはらんでいるのだから。


 『私たちはどうやって待てばいいのか忘れてしまった。
  それはほとんど見捨てられたスペースだ。ふさわしい瞬間を待つことができるということは、私たちのもっとも大きな宝だ。
  全存在がふさわしい瞬間を待つ。
  樹ですらそれを知っている。
  花を咲かせるはいつなのか、すべての葉を落とし、空に向かって裸で立つのはいつなのかを。
  木々は裸であっても美しい。
  古いものは去り、新しいものがすぐにやって来て、
  新しい葉が育ち始めるという大いなる信頼を持って、樹は新しい
 葉むらを待っている。
 私たちは待つことを忘れてしまった。私たちはあらゆることを早急に欲しがる。それは人間にとって大きな損失だ・・・
。』
 

070911_1721~01.jpg

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/11 17:47

道の理

およそ天地の間に万物生生するその元は皆天照大御神なり
是万物の親神にて その御陽気天地に遍満り
一切万物ひかりあたたまりの中に生生養育せられてやむ時なし
実に有り難き事なり おのおの体中にあたたまりの有るは
日神より受けて具えたる心なり 心はこごるという義にて
日神の御陽気が凝結りて心と成るなり
人欲を去り 正直に明らかなれば 日神と同じ心なり
心は主人なり 形は家来なり 悟れば心が身を使い
迷えば身が心を使う 形の事を忘れ 
日神の日日の御心に任せ 見るも聞くも一々味わい
昼夜有り難いと嬉しいとに心をよせ
御陽気をいただきて下腹に納め 天地と共に気を養い
面白く楽しく 心にたるみ無きように
一心が活きると人も活きるなり
生きるが大御神の道 面白きが大御神の御心なり
教えは天より起こり 道は自然と天より顕わるるなり
誠を取り外すな 天に任せよ 我を離れよ 陽気になれ
いきものをつかまえよ 古の心も形なし 今の心も形になし
心のみにして形を忘るる時は 今も神代 神代今日 今日神代
世の中の事は心程ずつの事なり 
心が神になれば即ち神なり



「太陽の神人 黒住宗忠」より

黒住宗忠(1780~1850):

現岡山県岡山市の今村宮の神官の子として生まれる。
35才のときに肺結核を患い、臨死状態となるが、冬至の朝、
日の神=天照大神との神秘的合一を体験し蘇生。
この「天命直授」により、以後、陽気(太陽の気による息)を
吹きかける病気治癒の能力を獲得し、一方で天照大神の神徳を説き
絶大な支持を集める。
教派神道十三派の中でも老舗というべき黒住教の教祖。


マスターたちの系譜 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/10 13:12

「アセンション」に実体はあるのか?(4)

 フリーター、ニートは「アセンション」出来ますか?


 現在、正社員以外の非正規雇用の労働人口が全体の3割を超えていると言われている。
 一昔前は、正社員以外の労働形態はすべてフリーターと呼ばれた。
 何かミュージシャンになるとか、小説家になるとか自分の夢があって、そのためにアルバイトで生計を立てているというイメージである。そこにはどこかお気楽な、遊び人というニュアンスも伴い、批判の対象にもなっていたように思う。
 しかし、現在、非正規雇用をフリーターと呼ぶこの定義だと、契約社員・派遣社員としてフルタイムで働き結構重要な仕事をこなしている人も「フリーター」に含まれることになりもはや実情に沿った言葉ではなくなってきている。女性では50パーセント以上が「フリーター」になっているのである。(男性20パーセント強)
 あまりに、非正規雇用が普遍化したために「フリーター」と言う言葉では大雑把過ぎるようになっている。 

 一方、ニートという言葉。
 これは働かない人たちのことだが、統計の仕方によっては「フリーター」人口が一部ニート人口として数えられることもあるらしい。
 
 「フリーター」「ニート」はどちらかと言うとネガティブな文脈で語られることが多かった。
 個人の病理として言うなら、ピーターパンシンドローム(大人になれない人)、社会不適応、甘えであり(この場合だと正社員として働きたくない人が増える状態)、社会の病理として言うなら不況により人件費を削減するために非正規雇用を増大させている状況として語られる。(この場合だと正社員として働きたいけど働けない人が増える状態)
 どちらにしても、あまりよろしくないことであった。

 最近ではさらに「ワーキングプア」という言葉も登場し、フリーター増加現象を景気の悪化による悪い現象ととらえた場合、病状がより進行しているとも見える。

 しかし、もう少し、シンプルかつ根源的な見方が語られることは少ない。いつの時代も、病気の症状は何かを教えてくれる。
 その症状の奥にある、声、叫びとは

 もう、精魂をすり減らして、企業の利益のために一生働きたくはない!

 と、言うことなのではないかと僕には思えて仕方がないのである。
 そこで問われている問題は、経済や、精神病理であると同時に、既存の生き方や価値観の正当性なのだ。
 日本人は、特に欧米などと比較しても、異常に働き続けてきたはずだ。第二次大戦が終わり、ひとつの巨大な価値が崩れ去ったあと、誰も彼もが個人の物質的な繁栄が幸福だと考えて働き続けてきた。
 その結果出現したのが、この巨大な精神病院のような社会だった。
 その中に生まれ、その中で傷を負ってきた人間が、
 その原因となったライフスタイル、自らの傷の原因となった暮らしにどうしてまた入って生きたいと思えるだろうか?
 なにか新しい生き方が必要なのだ。

 CDの開発者天外伺朗氏は、「フリーター」「ニート」と呼ばれる層の中には、社会参加に二の足を踏んでいる人がたくさんおり、この中に新しい時代を作っていく力がたくさんあるという(個人的には非常に勇気付けられる言葉)ことを言っている。 
 どちらにしろ、バブルのような時代に戻ることが景気の回復ではない。それは回復ではなく、後退だろう。
 
 ちなみに、僕個人に限って言えば、今のように非正規雇用が増えて、いろいろな労働形態が普遍化しつつある状態はホッとするものがある。(政治・経済的な見方ではダメダメなのかもしれないけど)
 僕は大学を卒業するまでは、社会とは、朝から夜まで働かなければならない牢獄のようなものかと真剣に考えていた。
 そして、やりたい仕事や、積極的にそれに向かう夢とかいうものがどうしても考えられなかったのである。
 だから大学には6年通い、就職活動もしなかった。
 
 特に目的というものもなく、東京に来て、色々なバイトをしながら生計を立ててきた。その過程で出会った、たくさんの人たち、出来事の思い出は宝になっているが、それは僕が「フリーター」であることとセットで切り離せない。

 以上、あまりアセンションぽくない話しでした(笑)。

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/10 12:23

 愛情は、実体を持ったエネルギーとしてある。

 私が愛情であれば、私は愛情と出会う。

 愛は宇宙の共通言語としてある。

 犬も、猫も、公園のベンチもその言葉を知っている。 

 神様がみんなにそれを教えてくれたから。

すれ違う人たちの目は、僕が思うよりも、いつもずっと優しい。 


 


 
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/09 20:32

「アセンション」に実体はあるのか?(3)

 アセンションによく登場するのは、「闇の権力」である。

 これは主にユダヤ系の国際金融資本が悪役となっている。

 ロックフェラー、ロスチャイルド、フリーメーソン、イルミナティとかそういうんだが、黒幕は人間ではなく爬虫類型の宇宙人レプテリアンだ!という人もいる。(ここまで行くと首をかしげる人のほうが多いかと)

 一昔前に「V」という映画があって、子供の頃大好きだった。
 ある日ヒューマノイド型の宇宙人が、宇宙船で地球にやってくる。
 彼らは一見友好的に見えるが、実は人間の顔のマスクをかぶったトカゲ型の宇宙人で、本当の目的は人間を食料にするためだった・・・!というもの。その真実を知った人たちは、地下組織をつくり、レジスタンス運動を始める。

 僕は最近、中丸薫という人の書いたものを読んだ。
 この人も主にユダヤ系の資本が世界の政治経済を牛耳っており、その目的は全人類の肉体にチップを埋め込んで一極的に支配することだと言う。

 このチップを埋め込むという発想は、相当昔から陰謀論の世界ではメジャーだ。聖書の黙示録の中の予言、「彼らはすべての人に666という数字を刻印し、その印がなければ物を買うこともできないようにした・・・」というのもチップ埋め込みを予言したものだ!としてよく使われる。

 中丸薫氏は宗教団体GLAの高橋信次氏に、今生での使命といったものを霊的なアドバイスとして受けていたようである。
 それは世界のワンネスに向けて、力を尽くすというもの。

 アセンション神話というコインの裏側は、深い深い闇の物語だ。
 なぜそうなるのか、というとこれは必然的なことなのではないかと思う。闇の神話のひとつ、ひとつの真偽は置いていくとして、
 こう言った「闇」というのは、すべて地球環境とか人の心を崩壊寸前まで追いやっている旧パラダイムを象徴している。

 光に目を向けると、当然それに対置する闇が見えてくる。
 その闇を見続けていると、様々な魑魅魍魎が浮かび上がってくる。
 それは、もしかすると見つめる側の幻覚だとしても。

 しかし旧パラダイムの正当性は今後もががたがたと崩れていくだろう。それは崩れるべくして、崩れていく。結局のところ、「闇」というのはごくごく身近な当たり前にある。 

 学校に入っていい成績をとって、いい大学、いい会社にはいるか、医者か弁護士にでもなって、裕福な暮らしをする。というようなことが至上の価値として考えられている社会が「闇」そのものなのだ。

 子供の頃、「V」が大好きだったこと。
 それは結局、友好的な仮面をつけている者(社会の一般常識)の裏側にある顔を直感的に感じ取っていたからかもしれないと思う。
 そして多くの人が友好的なマスクが実体だと信じている間、その素顔を知った者は、地下に潜伏せざるをなかった。(実際にひきこもるか、精神的にひきこもるか) 
 だが、現在、誰が見てもわかるくらいに、もうそのマスクははがされかけている。 
 もう地下に潜伏している必要はないのだ。


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/05 11:15

愛は愛を

 月並みな言葉だが、ねえ、あんた、愛は愛を愛している。


 BY DJ
ダンテス・ダイジ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2007/09/04 20:19

「アセンション」に実体はあるのか?(2)

 2012年の終末論が、1999年の時と違うのはそこに「意識の進化・変容」というキーワードが絡んでいることだ。

 アセンションを主張する人の多くは、この時期に地球がフォトンベルトに突入することにより様々な天変地異が起こるが、それと同時にそのフォトンが肉体DNAや、意識を変容させると言う。

 だが、その結果一体意識がどうなるのか?
 という段になるとその解釈はバラけており、まとまりにかける。
 それは宗教的概念の理解度が人によってばらばらだからでもある。

 東洋においては、意識の変容のゴールはもちろん「悟り・覚醒、ないし自己実現」だ。だからディクシャムーヴメントの指導者であるカルキ・バガヴァンは2012年までのこの時期は人類全体が大変悟りやすくなっていると述べている。
 またフォトンベルトを通過する際に、一時的に地球の中心核の回転が停止し、地球の磁場がゼロとなる。磁場がなくなると、マインドがなくなってしまうというようなことも言っている。
 このマインド(思考する心)がなくなる、という解釈はマヤの暦の最終日が時間が終わる日と呼ばれていることとあわせて考えると興味深い。 
 時間はマインドの産物とも言えるので、全人類のマインドがなくなれば間違いなく時間も終わるだろう。

 フォトンベルトや日月神示や大本の予言や闇の権力イルミナティなどなど、アセンション神話に付随するもろもろの言説の真偽はどうあれ、
今回の2012年の終末論は、社会全体のニーズと深くリンクしているという点でノストラダムスの終末論とは大きく違う。 
 
 多かれ少なかれ、僕らは変容せねばならない。 

 今までのやり方では、もうやっていくことができなくなっている。
 今までは、地球環境破壊や温暖化などと言っても机上の空論?と言おうか肌で感じるリアリティがなかった。だが今はもうほとんどの人が異常気象の異常振りを肌で実感している。これは今年だけの、異常現象とかではなく、明らかに年々おかしくなっているからだ。
 そして、急速な意識の変容を起こす人がいると同時に、社会全体の病理の噴出もひどくなり二極化の様相を呈してきている。

 江原宏之氏流のスピリチュアリズムの、マスメディアへの浸透というのも非常に注目される。今までは霊能者・超能力者はマスコミでは色物として扱われさんざん食い物にされ、使い捨てられるというパターンを繰り返していた。これは結局集合的な意識が、可視的な世界以外をリアルなものとして受け入れるのを固く拒んでいたからだろう。
 だが、江原氏流スピリチュアリズムには識者から色々な批判もあるだろうが、多くの人はこの世を越えた世界に真剣に答えを求めているように感じられる。それはもうある意味、娯楽に見えて娯楽ではなくなってきているのだ

 

未分類 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2007/09/03 21:45

「アセンション」に実体はあるのか?(1)

 アセンションというのは一体なんのことだろうか?

 細かく定義すると、人によって差異が必ず出てくると思うが、ごくごく大雑把に言うならばそれは

 「集合的な、意識の上昇・変容」ということになるかと思う。

 そしてそれが起こる時期、あるいは終局的な局面を迎える時期というのが2012年の12月と考える人が多い。
 この日は古代マヤの暦で時間が終わる日とされているという。

 マジックマッシュルームとDMTのスポークスマンであるテレンス・マッケナと弟のデニス・マッケナは「タイム・ウェーブゼロ理論」というのを考案した。なんでもその理論では、

 「時間をらせん状のエネルギー体としてとらえ、動きはじめはスローだが、時間がどんどん過ぎていくと、らせん状のエネルギーの動きは加速していく、と考えた。そしてまた時間はフラクタルだと考え、同じ一つの形が何回も繰り返されて現れてくるが、どんどんその時間的な間隔が短くなってゆくとした。そして時間とともにそこに存在する情報量は加速度的に増大し、すべての情報が凝縮する、その極大点を「タイムウェーブ・ゼロ」と呼ぶ。

 そしてこの理論でも、時間が終わる(具体的にどうなるのかはよくわからん)のは2012年の12月と考えている。
 よくアセンションが2012年に起きる事の理論的根拠として語られるのが、タイムウエーブゼロ理論とマヤの暦である。
 テレンス・マッケナは相当ぶっ飛んでいたいた人なので、著作を読むと大変面白いが、科学者と言えるかどうかは僕には判断できない。

 「2012年アセンション説」
 これは精神世界にはよくある終末論のバリエーションとも考えられる。
 終末論とは、世界の破滅やもしくは最終的な救済といった劇的な現象が近い未来に起こるという主張だろう。
 いうまでもなく前回の終末論は1999年7月を時代の終局としていた。ネタ元はノストラダムスの予言だった。だがあの予言詩をよく見ればノストラダムスは一言も世界が終わるなんてことは言っていない。
 なのに勝手に拡大解釈をされて、挙句の果てには捨てられたのではノストラダムスも浮かばれないだろう。

 1999年7の月
 空から恐怖の大王が降ってくるだろう
 アンゴルモアの大王を復活させる為に
 その前後の期間、マルス(火星)は幸福の名の下に
 統治するだろう


 確かに、意味深ではあるけど、これだけで世界的カタストロフを予想するのは拡大解釈である。
 日本で主に五島勉氏の本などによってこの予言が有名になり、特にニューエイジャーだったり、宗教をやってなくてもなんとなく1999年が気になってた人というのはかなり多いと思う。
 この予言に加えて、様々な霊能者や超能力者と呼ばれる人が、’99年を終末の日と宣言したので相乗効果が起こったのだ。
 しかし、個人的に感じるところでは「1999年」という年が不気味な色合いを帯びていたのは90年代初期から、オウム事件の後の96~7年くらいまでではないかと思う。98年や、99年になると、どうせなにも起こらないだろう的なムードの方が強くなっていた。
 1999年以前には不気味だったこの予言詩が、今ではなんとも空々しい。

 2012年という年も、あと5年ほどで虚しく色あせていくのだろうか?



未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2007/09/03 11:38

アマテラス

 目が覚めると、光があふれている。

 これは全く奇跡的なことだ。

 地球が、絶妙のバランスで太陽の周りを回っている。

 朝と夜が回り続け、僕も回り続ける。

 なんで回るの?

 それが普通奇跡と感じられないというのも

 全く面白いことだと思う。

 小さな子供が地球の回転に酔っ払って

 楽しそうに踊っている。

 その子供のあたまのてっぺんでは

 銀河状のつむじが渦を巻いている

 おぉ~ここでも宇宙が始まっているのだ

未分類 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2007/09/02 11:29
 | HOME |