以下、100パーセント夢の話しである。





 以前世間を騒がせた宗教団体Oのメンバーの写真が自分の携帯のデータフォルダに大量に保存されていることに気付く。それを見ることによっていくつかのシーンが展開していく。

 出家した信者たちが集まって、その中の一人が『昨夜は○○の体験をした』という風に、自分の新境地への到達を興奮しながら話している。彼らはそれが教祖のAの恩寵によるものであると考えているのは間違いないようだった。その空間で修行が進むことはすべてAの霊的な影響力によるものなのだ。

 僕はなんとなく、この人たち危ないなと思いながらも、親近感とか仲間意識のようなものも同時に感じていた。
 
 何かのイベントで教祖のAが舞台に上がり、ダンスのようなユーモラスな動きをしている。それを見ながら信者たちが笑っている。その姿は悪人のようには見えない。




 Oの組織内部にいたことのない僕にとって、O教団やAという教祖はマスコミから受けとったイメージそのままの醜悪なものだ。カルト、マインドコントロール、薬物、テロ組織、拉致、監禁、誘拐、まだまだ書ける。それが僕に最初から与えられた「物語」だった。

 しかし、O教団やA教祖が最初は希望として、光として登場していた人たちの「物語」もある。
 彼らにとっては、その物語は、仲間との連帯意識や共同生活の喜び、真理とともにあるというような安心感なども含んだものであったと想像できる。

 彼らの物語はその後闇へと転落するというクライマックスを迎えた。
 ある人はAに完全に裏切られたと思った。
 ある人はAがそんなことをするわけがない、何かの間違いだ、陰謀だ、と思った。
 ある人は、いつかこんなことをやらかすと思ってたんだ、と思った。
 ある人は、今でもAのことを信じている。

 彼らの多くは今でも釈然としない、混乱した物語のなかにいるだろう。
 そして自分の中でのOにおける体験(仲間との思い出、ヨガの高揚感、神秘体験など)と、世間の見方、いったいなにが真実であったかということを統合させていくプロセスを経験せねばならなかった。 

 しかし、僕は最初からOはAは悪であるという、完成したシナリオを与えられた。
 僕は最初からAやO教団に黒いベタを塗りつけておけばそれでよかったのである。
 シナリオは最初から完成されていたし、それをいじくる必要もないのだ。

 今朝の夢は、そのシナリオは単純すぎるぞ、そのベタは黒すぎるぞ、ということを言ってるような気がした。「無意識による補填」という言葉が浮かぶ。

 別に僕は教祖のAを擁護してるわけではない。
 非難されるに値することも多く行ってきたと思うのだが、O教団の背後には別の国際的巨大組織がからんでいたことは間違いないようなので、そこらへんの動きをカモフラージュするためにAは必要以上に「悪」とされてるのかもしれない。 

 なんでいまさら、こんな夢を見たのかな。
 とりあえず一橋文哉の「オウム帝国の正体」(書評)でも読んでみることにする。
 


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知覚、リアリティetc | コメント(9) | トラックバック(0) | 2008/05/27 12:32

消えゆくボーダーライン

  5月23日
  また中野サンプラザで浅川さんの話を聴きに行く。
  最近本屋によく出ている、『私はアセンションした惑星から来た』の話しが出ていた。
  これはクリスティーナという女性が、自分が実はオムネク・オネクという金星の人間?で、メッセンジャーの役割を持って地球にやってきたということを語っている本である。(僕は未読)
  浅川さんの話によると、
 
  ※地球はまもなくアセンション(次元上昇)しようとしている。
  ※次元上昇した世界は、悲しみや苦痛などが存在しない世界である。
  ※金星は過去にすでにアセンションを遂げた惑星である。
  ※しかし、苦痛がない世界ではカルマを解消できないので、オムネクはわざわざ地球にやって来て、過酷な人生を経験した。

 ということを言っていた。
 
 他の惑星に意識体が存在している、ということはアダムスキーなどのコンタクトが始まる前、神智学などの伝統の中でも語られている。
 しかし、それはいいのだが、話しを聴いてるうちに、普通に死んだら多分アストラルな世界に行くわけだから、別にアセンションしなくてもいいような気がしてきた。
 肉体死を通過せずに、アストラル世界に行けるのがアセンション? 
 ちょっとおいしいとこ取りな気がしなくもないが・・・。

 しかし、『私はアセンションした惑星から来た』のような内容の本は、10年位前ならちょっとトンデモ過ぎて売れなかったんじゃないだろうか。高次元の宇宙存在からのメッセージみたいなのは流行ってたと思うけど。
 「わたしは実はウチュウジンデシタ」ともろに言うのは・・・・・あったかなそんなの?

 真偽の程はひとまず置いて、リアリティーに関する人間の意識がかなり変化している気がしないでもない。
 つまり、ありえることと、あり得ないことのボーダーラインがいつの間にかすーっと移動しているような感覚を最近覚える。堅固であったはずのリアリティーの共通認識が溶解していくようなそんな感じ。
 僕の脳が溶解してるだけかもしれないけど^^
 もちろん、これは本屋の精神世界コーナーの一角でのことだが、それも世間のひとつであることは確かだろう。

 二三日前「12モンキーズ」という映画を見た。
 疫病で人類の大半が滅亡した未来からその原因を探るために過去にやってきた男が、たびたびリアリティーを変更してる間になにが現実だったのかわからなくなり、精神科医に自分がタイムトラベラーだという妄想を治療してくれと懇願するようになったりする。
 見てると船酔いしてる気分になってきて、大変心地悪く、心地よい映画だ。
 ブラッド・ピットが演じるイカレタ男がイカスぜ。

 僕は去年の夏頃、テレンス・マッケナのタイムウェーブ・ゼロ理論(時間と現象がどんどん加速し、2012年にピークに達するというアレ)を検索したことがきっかけで、終末感と変容への期待が交錯するような、雰囲気に飲み込まれてしまったのだが、映画を見終わったあと、『あ、アセンションとかなんとかかんとかって、伝染性のカサンドラ異常心理じゃないの?』と、ふと思ったりした。

  浅川氏の講演会で、中国でまたとんでもないことが起こるとか、鳥インフルエンザがいつ人にパンデミック(大量感染)を起こしても不思議ではないとかいう話しを聴きながら、半信半疑ながらも「あ~そういうこともあるかもしれないな。こういう時代だから」と思ってる自分を感じるとき、何か、足元にぽっかり穴が開いてるような、底のない空間の上に立っているような錯覚を覚える。
  それを既知の事実として、やはり半信半疑ながらも受け入れてる人が、大量にいる空間に自分も今いるということが、やっぱり「12モンキーズ」のような現実感覚のゆらぎと、ボーダーラインが消えつつあるというような感覚を感じさせられた。
 
  いい意味でも悪い意味でも、どんな領域においても、あらゆるボーダーラインは、今後どんどん溶解していくように思える。



知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/05/25 12:40

 今年の1月終わり、浅川嘉富さんの講演会に出たとき、『北京オリンピックが無事に開かれることはないだろう』というような話しが出ていた。
 そのあとすぐに冷凍餃子に殺虫剤のメタミドホス(だっけ?)が混入される事件が起こり、チベット自治区でのぶつかりあい、そしてそれによって世界中で中国の聖火リレーに反感がつのり、また今回の四川省の大地震と、今年は中国がらみのトラブルが多すぎる。 
 この中のいくつかは、意図的なものである可能性が高いのではないかと思う。
 米国と、米国の中枢部の人たちは、根本的にアジアがまとまることを極度に嫌っているようだ。
 「分割して統治せよ」というような言葉もあるように、中国で反日感情を煽ったり、必要もないのに靖国に参拝して亀裂を深めることによって利益を得るのは黒幕さんたちである。(←ここらへんはMr.Koshimizuお得意の論より)餃子もあやしい。

 浅川さんは、久高島の祈りの人である比嘉良丸氏からの情報などにより北京オリンピックが非常にあやういという予測をたてたのかもしれない。
 あと二ヶ月。 
 現時点で中止になる公算は低いかもしれないが、予定通り催されたとしても、もうすでに『無事に行われた』とは言えない状況に入ってるような気がしないでもない。

 中国の真の姿を垣間見せた「四川省大地震」





 先のエントリー記事で紹介した、コルマン・インデックスによると現在は第8サイクルのNight5にあたる。
 Nightは現象面の変化は比較的穏やかになり、次のDAYの時期に起こる激しい変化の種がまかれる時期とされている。Night5は2007年の11月18日より始まり、今年の11月12日まで続くとされている。

 このサイクルに関して、少し気になったシンクロ。

 相方が時々トーク会に参加している、姫乃宮亜美さんという人がいる。
 「聖母意識」に目覚めた人とされ、僕も2回ほど誘われて、参加したことがある。
 天から降り注がれるエネルギーが年々高波動になって行っているということなのだが、
 このエネルギーが一旦落ち着いて、グラウディングの時期に入ったのがやはり去年の11月だということらしい。これはコルマン・インデックスのサイクルと一緒だったので少し驚いた。
 もっともこれがいつまたパワーオンになるか(あるいはもうなっているのか)ということについての亜美さんの意見は知らない。
 コルマンによれば今年の11月以降がDAY6となり、変動の激しい時期に入ることになっているが。

 それはどのような変化か?
 第8サイクルは精神性が目覚め始まると同時に、物質的価値観が急速に崩壊していく時代でもある。これは個人の内面と、世界情勢において同時に進行する。現在の世界のシステムを様々な面から牛耳り、影響力を行使しているのは米国(と米国を経営する人たち)だ。ゆえに変化の波動は米国のシステムをもろに直撃する可能性が高いと言われる。
 それにより、『マトリクス』に大きなひびが入る。

  上にリンクを貼った浅川さんの記事の中にも今年の年末以降、アメリカで自然災害や事故が多発する可能性が語られている。やはりDAY6が始まる時期だ。
 こういうシンクロが多いこともあり、コルマンが編み出したサイクル論にはなにか深いものがあるような気がしている。

 エネルぎーが強くなってくるに連れて、風邪のような症状がいつまでも続いたりすることもあるようだ。僕はここ3,4年、気候の変わり方やからだへの影響に、明らかにおかしなものを感じはじめている。風邪のシーズンでもないのに、微熱を出して数日寝込むというようなことが頻繁にあった。
 あと、突然脱力感に襲われて、力が入らなくなることもよくあった。 
 これらはエネルギーの変化に伴う一種の好転反応だったのだろうか??

 そもそも、エネルギーどうこう以前に、気候の変動が激しくなっている為に、普通に生きてるだけで今まで以上の体力を消費しているような気がする。
 なかなかついていくのが大変だ^^;
 
 単に年のせいでないことを祈るw


アセンション考 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/05/21 18:32

 mixiを散歩してるときに見つけた、ゲーム。
 微妙に当たってて面白かった。







 願い事が叶うゲーム

 1行ずつ、ゆっくり読み進めてください。
 先を読むのは厳禁です。


このゲームを考えた本人は、メールを読んでから
たったの10分で願い事がかなったそうです。
このゲームは、おもしろく、かつ、あっと驚く結果を
貴方にもたらすでしょう。
約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。
たったの3分ですから、ためす価値ありです。
まず、ペンと、紙をご用意下さい。
先を読むと、願い事が 叶わなくなります。



1)まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。





2)1番と2番の横に好きな3~7の数字を、それぞれにお書き下さい。




3)3番と、7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。
(必ず、興味のある 性別名前を書く事。
 男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同性の名前をかく)



必ず、1行ずつ進んで下さい。
先を読むと、なにもかもなくなります。




4)4、5、6番の横それぞれに、
  自分の知っている人の名前をお書き下さい。
  これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。



まだ、先を見てはいけませんよ!!

8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。




5)最後にお願い事をして下さい。



さて、ゲームの解説です。


1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。

2)3番に書いた人は、貴方の愛する人です。

3)7番に書いた人は、好きだけど叶わぬ恋の相手です。

4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。

5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。

6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。

7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。

8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。

9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。

10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。


これを読んでから、1時間以内にブログに貼り付けてください。
そうすれば、願い事は叶うでしょう。





ということで一応ブログに貼り付けてみたw

僕の人生をあらわす歌は、『河の流れのように』だった(T_T



私的雑記 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2008/05/20 10:32

リト後記(6)

 「どうM君、いい感じ?」

 と先生にふられた。

 「はい、いい感じです」
と応える。

 「なんかキノコとかが覚めてきたときの感じに似てない?」

 20人近く人がいるのに、普通ののりでキノコの話しになった。
 僕も普通の会話のように、

 「そうですね、だんんだんまったりしてきたときとかに似てますね~」
と返した。まあ夕方に「危ない薬で死の恐怖がどうたら」とかいう話しをしているから、普通といえば普通だが。しかし、他の人にヘビードラッグユーザーのように思われてる気が・・・。え~と今は足を洗っています、ダメージが怖いから。

 「強い覚醒系のやつをやったときに覚めてきたときの感じに似てるでしょ?
あれもある種の意識のさめた状態に強引に、シロシビンの力でもっていくわけだからさ。
意識が覚醒した状態って言うのはかわらないわけ、これと。

  なんかきた?


 「ハートのあたりが暑いというか、せつなくなるというか・・・

 『切なくなるね。切ない、いい表現だねえ。Sちゃん、どんな感じ?』

 「昨日より、覚めて頭がクリアな感じ。

 『そう覚めてるでしょ?覚めてる感じっていうのは一種の覚醒状態なの。
 覚めてるって言うのがお母さんがもたらす覚醒のひとつの特色なんだよね。
 この覚めてる頭でいろんなことを考えると、いろんなことの答えが見えてくるわけ


 俺は昨日や今日の力によって覚醒してるじゃない?
昨日の力が来たのが11月で、2000年の5月半年後にこれが来て、この状態になったわけじゃない?
 最初のうち昨日の力が来た段階では、まだマーヤっていうのを理解してないから、神があるときとないときのギャップがすごくあってさ。それがなにによって起こるのかが全然わからなかった。お母さんが来たことですべて謎がとけたわけ。


 でもねこれはね・・・俺にはこうやってきたけど、これは人には伝えられないもんだなと。
 わかる人にはわかるけど、わからない人には絶対わからないっていう・・・。
 でもさこうやってリトやって、20人近い人がそのエネルギーの中にあって、そのエネルギーが誰一人人を避けることなくこうやって降りてさ。それをみんなわからないながらも、昨日と今日は違う、だったりとかを感じている。
 切ないだったりとか、覚めてるだったりとかさ、それはどれも言い得てることなんだよ。
 このエネルギーに自分が反応できてるってことじゃん。俺ははっきりわかってるっていう違いがあるだけでね。


 
 俺は当初の2000年の段階では、このエネルギーをこんなに多くの人と共有できるなどとは、夢にも思わなかったからよ。個々には降りてくるだろう。そんななかでAちゃんなんかが最初に覚醒した経験をしたときに、「先生~これは誰にもわからないですよ~」って言ったわけ、俺に。俺も「だよなあ」みたいな。
でも、「俺はこれをたくさんの人と共有することが、俺の役割なんじゃないの?」みたいなね。「無理ですって~」って言ってた。
 でも、今やこうだよ。
 で、みんなにとってはわかんないながらも、ああこれはこういう感じなんだなっというのを繰り返し経験し、覚えていくことでさあ、何年後かにはもっと明確な認識にたどり着いてるはずだ。あっお母さんが来たとかさ。あっこれは神だとかって。
わかるようになるわけだもん、だって。
 そしたらきっとそのときには別のことが、その段階では動いてると思う。


 すごくうれしいよね。
 で、お母さんがその気だってこともうれしいよね。
 俺で留めて終わりじゃなくて。お母さんのやる気がうかがえることがうれしいなみたいなw


 しばしの沈黙の後

 『いいね~とってもクリアだね。  覚めてるね。
 俺なんか全部透明にみえるもん、今。』
と先生が言った

 『もうね・・・建物もないよ。俺にはもう夜空が見えてるからw

 えっ!ど。どいうことなんだ・・・先生にもそんなマーヤな能力があったのか・・・!と一瞬思うが・・。

 『これらの建物を障害物としてわれわれに見せてるのは、お母さんじゃん。透明感を与えないのもお母さん。
 あれがマーヤだこれがマーヤだっていう印象を与えてるのもお母さん。でもこのお母さんのエネルギーとひとつになればすべてスケルトン!なくなっちゃうんだよ。あるけどねw

 夜空が見えてるわけでもない。
 ただこれが障害物として、物体としてもう俺には存在しないってことなんだよ。』


 う~ん、これは経験してみないとわからない類のことなのだろう・・・。でも透視能力よりある意味すごいのではないか。
 このあと大人の脳の溶けてしまわれた先生の、楽しい笑い話がひとしきり。

 お母さんのエネルギーにふれるとエクスタシーの状態になってしまう男性の参加者の方が、湧いて来る感情の力の処理に困っている。

 『テイクアウトしなさい。
 帰って、自分の息子にあげなさい。
 私がママよってw
 お前のお母さんは本当は私なのよって(爆笑)

 確かにどうしょうもないと思う、あふれてて、あふれて。
 でもそこをコントロールできるようにならないとまた神様に思いっきりどやされるからね。
 干されるよ~イカの一夜干し!みたいなね。

 でもそのエネルギーにあふれるって言うのは全然悪いことじゃないんだよ。
 それをコントロールするすべを学ばなきゃいけないってこと。
 とまらなくなる。それはもうわかる、俺も経験済みだから。


 「ハグしたい・・・

 『枕でも抱いて寝ろ!じゃあw
という先生の一声にまた爆笑。

 『この愛の力は困ったことに、出ちゃう人は、受け取ってくれう人を求めちゃうんだよ。
 で、逆にそれがあるってことを知ってる人は、それをくれる人を求めちゃうんだよ。でもそれは人に求めるところじゃないわけ。
 それを与えてくれるのは神だから。だからその愛をもらいたい人は、人じゃなくて神にそれを求めなくちゃいけない。
 言ったらその愛を神にお返ししなきゃいけない。人にあげたり、人からもらったりって身近だから、そっちに行っちゃう、大方。
 そうするともう間違ったことになってしまう。神と交流しなきゃいけない。
 俺もいっぱい見せられてきた。
 その愛があふれて、その愛を与えたい。で、その与えたいというのが押し付けになってくるわけ、結局。押し付けられたくはないじゃん。その愛迷惑ですみたいな。すると拒絶するじゃん、そうすると自分の中で母性は発狂するんだよ。
 だからそれを人に与えようとしてはダメ。またそれを人からもらおうとしても。

 人間っていうのは底なしにその愛が欲しいんだよ。その愛を知ってれば知ってるほど、それは底なしの愛だってわかってるから、底なしの愛を受け取りたくなるんだよ。だからくれくれってなる。もう泥棒みたいになってくるわけ。
 それやられるとあげたくなくなるじゃん、今度は。どっちもブーなわけ。

 だから人に・・・じゃないんだよ。
 そのエネルギーを神と自分の間で使えばそれは十分覚醒につながってくるってこと。
 人に使ったら怒られるだけだからね
。』

 ということで、終わったら、部屋から出ないで、ベッドでおとなしくしてること!という先生のきつ~い?注意のあと、お母さんの祝福とともにあった夜のセッションは幕となった。


修道会日誌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/05/14 22:41

リト後記(5)

 お母さんのエネルギーに浸っていると、胸のあたりが切ないような、何かに恋焦がれているような感覚を感じ始めていた。昨夜のエネルギーとの質の違いがなんとなく実感できた。
 I先生のタントラについての説明は続いていく。

 『じゃあタントラってなんなのかって言ったら、女性性の、このお母さんとつながるっていうことがタントラの教えなんだよね。
 それが世には間違った形で流れてる。
 性的なヨガをやるだったりとかっていうのは、完全な誤解なわけ。
 お母さんとのつながりっていうこと、このお母さんがすべてひっくり返すって言うことが本当の意味でのタントラっていうことだから
 だからタントラの行者は女性性というものについての絶対の服従なんだよ。
 タントラ行者にとって崇拝する神様の絵は、カーリーがシヴァの上に仁王立ちになっているあれなんだ。で、その本質の意味がわかんないとタントラって言うのはぐちゃぐちゃな解釈に変わっていっちゃう。でも、本当のタントラの意味はこの「母」を悟ることなんだよね。
 母を悟ることで、お前だまされてたっていうことがわかることで、解脱するって言う道だから。
 タントラの強烈さはそこにある。だからリスクは、「マーヤとともに」なわけ。


 参加者のKさんの話し

 『そこはKさんにとっては弱点を最初からかかえてるってことなわけ。それがフックになってるわけだから。
 それをぶっ壊すことで結局自分が開放されるって言う、あれだからさ。その弱点って何なのかっていったら、お母さんが最初から仕掛けてる部分だってこと。
 最初からプログラムしてるってことなわけ。なぜなら弱点の克服が点数稼ぎにもっとも近道だからってことなわけ。
 それがわかったときにKさんはちくしょーだまされてたって思うんだよ。

 お母さんがやることは善悪と関係がないから。それこそ悪こそ美徳みたいなねw
 悪を作ったのはお母さんだからさ、それをうまく利用するんだよ。
 俺にとっても、過去の俺の悪があったわけだよ。その悪をお母さんは完全に利用したって思うから。


 最近、読むともなく「虹の階梯」をめくっていたら、悟った人間には魔が護法神になるという文章をみつけたんですが・・・・

 『そう。最終的には悪もわかちゃった人に従うんだよ。悪ははなくなるから。』

 『だからさっきM君なんかが、覚醒させる力がサタンチックで怖いみたいな話ししたじゃん。
 そういうのも全部お母さんのシステムに組み込まれてることなわけ。

 われわれの一人一人が過去に犯した、特に「罪」の部分ね。
 自分の過去を振り返ったときに、どう考えてもこれは悪だろ?みたいなwそれを気に病んでるわけだよ、われわれは。
 そこのところを実はお母さんは仕掛けてきてるってことなわけ。
 それが悪じゃないって認識にたどり着いたときに、だまされてた・・・いや、だまされてたって気づいたときにそれが悪じゃないっていう認識に変わるんだよね。
 すっごい道だよ。悪と渡り合っていくんだから。


 
 じゃなきゃきっちり山にこもって戒律を守って30年、40年修行しなきゃわかるものもわからないよってことなわけ。
 ね、俺たちがいくら努力したって悟れねえぞ。
 俺だって悟れねえよ!全然、悟れないから。ハハハ。
 インドでヨガやったり、チベットでゾクチェンの修行したりね、その程度じゃ絶対悟らないから。絶対無理だって!
 正規の方法だったら。でも俺の裏口入学作戦だたら話は別だってことを俺は言ってるわけ。

 だから俺はお母さんが来てたから、わかっちゃった晩に、げらげら笑って、笑ったかと思ったら泣いて、笑って泣いてっていうのを朝まで繰り返したっていうじゃん?
 で、なんで笑うかっていうとだまされてたって思うから笑うじゃん。何で泣くかっていうと、こんな悟れない人間を悟らせてくれたって言う感謝で泣くわけよ。
 っていうのは、悟りっていうのは得ることが不可能だってことがわかるから、悟ったことによって。
 悟ったことによって悟りには到達できないんだってことがわかるわけ。
 正面きっていったってね。
 だからそのためには俺たちにはこのお母さんの力が必要だってことなんだよ。
 このお母さんの祝福と恩寵っていうのを、神の祝福と恩寵にのっけてもらうことによってわれわれは、こんなちっぽけな修行で覚醒できるってことなわけ。
 すっごい裏技なんだから。もう伊藤家の食卓だよw


 「伊藤家の食卓」という言葉に反応し、え~という言葉がみんなの中からあがる。
 「それはいいんだか、悪いんだか・・・」
 こんなに濃い話しの中でもI先生は常にユーモアとともにあるので、参加者の人が突っ込める隙だらけだ。

 『キリスト教では悟りっていうことを説かないじゃん。
 イスラム教でも説かない。神を信じなさいと。服従しなさいとなんで信仰の道を説くのかって言ったら、そんなことを目指してもたどり着けないんだから、とにかく信仰の道を歩みなさいって言う
アドバイスしかしないのが宗教なんだよ。

 ところがインドは覚醒する人が多いから、覚醒の教えを説くのが主流になってきたんだね。でもその中で覚醒者の主流ってなにかって言ったら、やっぱりタントラなんだよ。
 でもそこのところはこれは秘儀ということで隠されちゃってるわけよ。

 それで秘儀として隠された時に、多くの人があれは秘儀らしいよと。
 そして、タントリストが崇拝してるものっていうのは、なんかどうもおかしいものがおおいよとwそうなったときに左道タントラっていうのが一般的な認識になっちゃったんだろうね。


 じゃあ、我々もその流れですか?

 
俺が教えてんだから、その流れだろう?やっぱりw

 おらぁ~タントリストだって言えばいじゃん。
 でも、おらぁタントリストだ~っていうとみんな勘違いするから、おめえタントリストかぁ~?みたいなね。勘違いされちゃうから。
 だから俺も勉強会とかではあんまりこういう話はしないわけよ。

 タントラの説明って難しいよ。
 でもこのエネルギーがある時に、これがお母さんのシャクティであって、すっごいマーヤっぽいんだよと。
 ホント両刃の剣じゃないけど、智恵と無知って言う両方の刃がついた、刀がお母さんみたいなもんだから、それっていうのを理解するのはすごく難しいことなんだ。
 このエネルギー感じながら、ああなんかこういうエネルギーがあるよねと。でもなんか重いよねとか、思考もぐるぐるまわっちゃうよねだったりとか、このエネルギーを感じながらタントラの話しをすれば、ああそういうことなのかとその理解に近づいていくことが出来るでしょう?
 でも一般的にはタントラって先入観のほうが強すぎちゃって、正しい理解にたどり着けないってところがある。
 タントラ教えてる人でも間違ってる人いっぱいいるからね。
 本当のタントラって言うのはこのお母さんをわかることなんだよ。
 そしてこのお母さんの力によってマーヤを知ることで、マーヤを脱するってことが本当の意味のタントラなわけ。

 タントラって言うとインドではタントラ・ヨーガって言って、テクニック重視みたいなね。クンダリーニ・ヨーガだったりとか。それか性行為だったりとか
 方法論みたいなことばっかり言われてて、タントラの行者も方法論みたいなことばっかり教えるわけ。でもそれじゃ単なる勘違いの方向にしか進まないから。俺もまるで理解してなかった。
 お母さん、これがわかったときに、これがタントラか~!と思ったからねやっぱり。』


 めちゃくちゃ微妙ですよね、この世界・・。

 『そう、悪の世界とか毒の世界も巻き込んだ世界なんだよ。
 それがお母さんの世界なんだ。言ったら。
 どんな子供も私の子供よっていうのがお母さんの意見なわけ。
 刑務所に入るような息子だろうが、母親はかわいい訳。
 東大出て優秀な政治家になったってお母さんはかわいい。
 どっちがってことじゃない。まあ特に昔から出来の悪い子ほどかわいいっていうからさ、悪いこの方がかわいいんだよ、お母さんからすれば。
 だから俺たちはお母さんにとっても愛されているw悪い子の集まりだから・・・・ねっ!w

からその辺は本当に絶妙だよ。個人にとっての弱点はみんな与えられているから。みんな持ってるじゃん、ちゃんと。
んなそれぞれ負の落ちどころが違うわけ。でもそれってお母さんが最初からプログラミングしてるところなの。その人が乗り越えられるような、その人がそれによって人生苦しむような、それっていうのをお母さんは与えてるわけ。
してそれを克服させるって言うのがもっとも手っ取り早い方法なんだ。

 俺 も自分の弱点で修行がうまくやれない過去があったわけ、それは俺にとって弱点だと思ってたわけ。
 と ころが神様は俺に予防接種してたってことに、俺がわかったときに,わかっちゃった。
 だからすっごいな!と、ほんと完璧だなと思った。
 悪いことなんてなにひとつ存在してないよ。悪なんていうのは、だからないんだよ。
 そのレベルで言うと。


  『今回(のリトリート)はすごいんだな~昨日は神で、今日はママで。
 そうやって考えるとあの十字架ってのは面白いかもね。父と母だよね。
 エネルギーの流れとして、父の流れはこう(たて)じゃん、で母の流れはこう(横)だから。
 アメリカのインディアンとか南米のインディオのせかいでも、十字架がある。ただ長さが均等なんだよね。
 それはバランスを意味する。父性と母性のバランスだね。

 この世界の完璧さが見えないって言うのは、お母さんによって見えなくさせられてるんだけど、見えないってこと自体が俺からすれば不思議でしょうがないの。
 こんな完璧じゃんって思う。ヤな出来事とか悪い出来事って全部組み込まれてるから、そこに。

修道会日誌 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2008/05/09 23:29

リト後記(4)

 二日目の夜。
 お母さんのエネルギーが降りてきた夜のI先生のお話し。
 「お母さん」はマハー・マーヤなどとも呼ばれ、現象世界(マーヤ)の根源であるとインドなどでは考えられてきた。このお母さんのマーヤによって、人は神が認識できなくなっているのだが、このマーヤを解き神を認識させるのもお母さんの力であるそうだ。
 I先生は2000年の5月、「母の日」にこのお母さんを知ったという。
 
 『俺は、2000年の5月にこの雰囲気の中で覚醒したんだ。

 結局全部お母さんから始まってることなんだよな~というところから、その晩にマーヤの成り立ちなんかを理解したんだよね。
 そのお母さんの体験によって、なんだ・・・みんなマーヤにやられてるだけじゃんと思うようになった。
その半年前の11月に神を体験して、プチ覚醒状態みたいになってたときっていうのは、神がある時はあるんだけど、ある時になくなっちゃうわけだよね。
 でもそのなくなる理由がわかんなかったわけ。
 なんで昨日まで神様あったのに、今日ないんだろう?
 そういうのがひたらす何ヶ月にもわたって続いてたんだけど、その5月14日の晩に、ああこれがマーヤなんだ・・・っていうのがわかって
このマーヤによってみんな神がなくなるんだなっていうのがわかったときに、すべて納得がいったわけ。』


 お母さんのエネルギーはとてもパラドキシカルな性質を持っている。
 それは神を隠す力であると同時に、神に目覚めさせる力でもあるからだ。

 『だからお母さんのエネルギーっていうのは本当にいいんだか、悪いんだかwって感じなんだよ。 でも、これによってマーヤを知ることができる。すごいジャッジしがたいエネルギーだけど、俺からすれば恩人なわけ。いろんな女神のエネルギーもこれに近いね。

 これによってすべての謎が解けたからね、やっぱり。これがなかったら俺は神があったり、なかったりっていうのをただひたすら繰り返してただけで終わってたと思うから。 マーヤを教えてくれたのはこのエネルギーなわけ。

 この「覚醒したマーヤ」がなければ、マーヤは解けない。
 神とはべつものなんだよ。
 このわかっちゃってるマーヤの力がないと、マーヤは解けない。
 神は神じゃん?もうれっきと。
 そこにはマーヤが入り込む余地はないんだよ。でもお母さんの場合っていうのは覚醒したマーヤなわけ。その力を通してマーヤの本質を知ることができる・・・・っていう実にやっかいなシステムにこの宇宙はなっていてね・・・


 『俺からするとすっごい愛を感じるね。ものすごい愛を感じるよね。
オヤジは黙ってるけど、おふくろはうるせえみたいなw
でもお袋がうるせえには訳があるみたいなね、そういうところなんだよ。
お前らヤラれてるんだぞっていうのを、やられさせることによってわからせるっていうね。だってそれしかわかる方法がないんだもん、他に。てっとり早くさ。』


 マーヤにやられることは苦しい。
 しかし、お母さんのエネルギーに、幻惑されることによって、人は気づきを得て、それを超えていくことが出来る。マーヤの影には愛があるのだ。

 『やるか?山にこもって断食しながら座禅三昧みたいな。ねえ?
 そこまでやる覚悟があるんだたら、その修行を通してわかろうみたいなことが可能だけど、そんなね~日常でプラプラ生活しながらね覚醒しようなんて虫が良すぎるんだよ、みたいな。甘いよ、みたいなね。

 でも、こんなバキバキになっちゃうわけじゃん、我々は。そのバキバキの理由はなにかって言えばやっぱりお母さんの愛だね。やられさせることでわからせるっていうね。みんな(マーヤに)やられる、やられるっていうじゃん、これはね実にありがたいこと。
 それがやられないようだったらね、山で30年がんばってくださいみたいなね。

 神をわかるにはどっちかしかない。
 唯一性っていうかね、それを目指して山にこもって30年、40年修行するのか、それか町の中にいてお母さんにいたぶられながらそこにたどり着くのか。
 これはすっごい愛だよ。だから理想と反対の部分によってわれわれをそこへたどり着かせようとする。
父ライオンは子ライオンの面倒はみないじゃん、一切。
母ライオンは子供を崖の下に突き落とすわけ。それは愛だ。お母さんの
。』

 『で、世の中には実際に自分の母親が目の上のたんこぶになってる人がいっぱいいるわけ。自分のマーヤは母だって言う人が。
 それはなぜそうなるかていうと、自分の母の愛の姿っていうのを知ってるからじゃん、結局。だからその母親の至らないところにたいする不満があるわけじゃん。
 でも母親は反対のことをやって鍛えてくれているんだよ。ただ母親はわかていない。自分が何をしているか。でも母親は動かさせられている。必要なことを子供に対してしている。それがお母さんのやり方なんだよ。
 地道で確実で安全な、長い父親の道のりとは違うってこと。一気に子供をマーヤにさせて、どん底に突き落として、そこから這い上がらせる方法論なんだ。
 でもそれは奥深い愛からきている。じゃないと人間はいつまでたってもわからないから。』


 『ね、常にわれわれの裏をかくことしかしないから。

 アダムとイブの話だったりとかね、結局全部女性性って言うのは、すっごい愛ゆえにそれを逆のアプローチからおこんなうわけ。
 アダムがエデンの園から追放されなければすべては始まらない。
 もしエデンの園にずっといたらこの世界は存在しないわけじゃん?
 だからアダムはエデンの園を追放されなければならなかったの。
神が怒って追放したって言うけど、聖書ではね。でもその怒って追放した神っていうのはたいしたことのない神なんだよ。なぜならことの顛末を最初から理解していない神だからw
だろ?
この木の実食うなよってアダムに言っといて、食ったな~って言って怒るわけだから。
なんだよ~お前そんなことも知らなかったのか?みたいなw
そのレベルの神様でしょ?

もっと上のところにもっと高い神様っていうのがいて、その高い神様が結局すべてのみこころをおこなったわけじゃん。
それがアダムがイブと一緒に楽園を追放させられるってところから、この今の人間の世界が成り立ってるって言われるわけだからさ.
それは追放から始まる。すべてを創造する、動かしていくっていうのは女性性の力なの。
男は馬鹿だからひたすら受身なの。で、物事が動いてくるとそれを戻そう戻そうとするのね。戻そう戻そうとするから、結局壊そう、壊そうとするわけ
。』

 『アダムはちゃんと木の実を食べない計画だったの。
 ところがイブが出てきたことで狂っちゃったんだね。
 で、言ったらそれがこの世界を動かす方法なわけ、結局。
 それはすべての中に組み込まれている。だからお母さんの力っていうのは、この世界を動かしていく推進力なんだ。
 ものごとを動かしていくために必要なのは、マーヤの力なわけ。マーヤがなけりゃなにも変化していかないじゃん、だって。
 女性性の力がなかったら、毎日晴れだ、もしくは毎日曇り、それか毎日雨。四季はない!

 そこで女性性の力が加わることによって、エフェクトが起こってくる。
 だからわれわれはこの力によって振り回されて、それで世界は動いてるってことなわけ。
 で、ほとんどの人がそこにまんまと組み込まれているだけだから、人は覚醒することなく、ただ歴史が流れていくってことなわけ。
 でも、そこからこれはマーヤなんだよって教えて引き上げるのは、女性性の力なんだ。
 トリックを解くんだ。お母さんがトリックを解いてくれる。ママがトリックを解いてくれるから、「マトリックス」でしょ?
 そのママのトリックが外れれば、われわれは解脱するってことなわけ。
 で、そのママのトリックをはずすにはどうすればいいかっていうと、今までの人は何十年も修行してきたわけ。
 すべてを脱落させることで神にたどり着くっていう方法を選んできた。』


 「ママに覚醒させてもらった人は、みんなだまされてたって思うんでしょうか?と参加者の方が質問する。

 『思うだろうね。それはあのヴィルーパもそうだったじゃん?』

 『だから祭壇ぐちゃぐちゃにして、便器に数珠を放り込んで、、

 『そう、素っ裸になって寺出て行ったっていうね。
 それは、なんだよだまされてたんだ!っていうところにヴィルーパが至ったからなんだ。


 『ネットで調べたらすごいことしてますね。僧院の中で鳩が一匹もいなくなって、おかしいな~鳩がいなくなるわけないんだけどなあと思ってたら、ヴィルーパが部屋の中でワイン飲みながらはとの肉食ってたって・・・・

 ヴィルーパのめちゃくちゃな逸話を聴いて、先生は大笑いする。

 『ヴィルーパって知ってる?
 チベット仏教のサキャ派の、ラムデっていう瞑想法の教えを説いた、ミラレパとかナローパとかティローパとかあの時代の行者なんだよね。
 まあ今きいてのごとくめちゃくちゃな人だね。

 チクショーだまされてたって!、まじめに修行してればしてるほど、そのギャップは強いわけ。
 俺なんかはほら、半分不真面目だったから、だまされてた!と思いつつもああ、よかったって思ったわけ。
そこまで深刻になってなくてよかったんだけど。ヴィルーパは一日十何時間も修行しっぱなしで、多くの弟子がいて、その弟子たちにまことしやかにインチキな教えを毎日説き続けてきたわけじゃん?そのギャップできっとめちゃくいちゃなことになっちゃったんだろうね、きっとw

 だから、みんなは全然真面目じゃないから、ちくしょーお母さんにだまされてた~ってなても、その程度で終わるよ、きっと。
 それくらいこのママパワーっていうのは強烈な力。とにかく逆説で教えてくるっていう。正統派じゃないんだ、逆説派なんだよね。

 だから本当にすごいよ。本当のひっくりかえる世界って言うかね。
 だからタントラってすごく強烈だって言うじゃない?』


 I先生によると、タントラとは本来このお母さんの(女性性の)エネルギーとつながること、「お母さん」の理解であるという。

修道会日誌 | コメント(7) | トラックバック(0) | 2008/05/07 21:49

リト後記(3)

  
  リト参加後、2,3日目。
  やたら体が重い。頭の働きが普通に戻っていない。
  まだ濃厚な何かが残っているようで、座って目を閉じるといつまでもそのままになる。
  マーヤはあるのだが、影が薄い。いつのまにか消えている。

  バーミヤンで「ラーマクリシュナの福音」を呼んでいると、胸が熱くなる。
  また頭が溶け始めて一日そんな感じ。
  何もしない。 

  翌週の終わりごろから、徐々にソフトランディング。
  PCの音が出ないので、DELLに何度も電話をかけ、OSを再インストールまでするが結局もとの木阿弥。とうとう「もう打つ手はありません」とオペレーターに言われる。な・なんだと~。
  座って目を閉じる。 

  まあ・・・・いいか。

  週末に新宿で彼女と会う。
  紀伊国屋の精神世界コーナーの前で話していると、急に頭が痛くなってくる。
  今はなんにもこの類の本は読みたくない。

  「今、俺がこんなもんみんなマーヤだ!って言って本棚を倒して暴れたらどうする?」

  「・・・・・一応止める。」

  さらに翌週(今週)。顔なじみの人たちが帰ってくる。
  顔なじみのいつもの(慢性)マーヤである。
  しかし、久しぶりに会うと、そうか、あなたたちはこんな顔をしてたんですね・・・。と思う。
  でも、マーヤ。

  「いえいえ、マーヤじゃありませんよ。私たちはあなたがよりよく生きるのに必要なものなのです!」
  
  でも、神を隠すんだからマーヤだよな?

  「・・・・一応」

  ノートにマーヤの似顔絵を書き出してみる。
  天職マーヤさんをはじめ、数名。
  ずっと昔からいるので、根源的な慢性マーヤと命名する。
  
  そうか、I先生がみんなママから弱点が与えられてるって言ってたけど、これらが自分に与えられたママのトリックなんだなと思った。
  リトリートで日常とギャップが出来たために、それがわかりやすくなったのかもしれない。

  慢性マーヤの皆様
 
 これからも長い付き合いになるかもしれないけど、君たちの深刻な声はあまり真に受けないようにしようと思います。
    
 「ええ~そんなこと言ってるとなあ~あとから泣くよ~」

 ↑それだよ、それ。


修道会日誌 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2008/05/03 12:31
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