3419さん、ブログのご紹介ありがとうございました。
リンクに追加させていただきました。

『一二三から未来へ』 

http://red.ap.teacup.com/sikisai/

王仁三郎の、わざと騒動を引き受けるような行動も「一厘の仕組み 2」という記事に解説されており、改めて王仁三郎の底知れなさのようなものを感じました。

あ、でも縁のある人のみに配信されたいとのことだったので、こちらでご紹介したのはまずかったでしょうか?もし問題があるようなら消しますので、お手数ですがご一報くださいませ。






以下、私的雑記。

7月も今日で終り。

なんだか今月は変化の情報に振り回されて、記事もかなり書いたが、今の感想は、ツカレタ・・・。

あまりにも多方面にわたって事が起こっているようで、それを統合することなど出来ないし、気が昂ぶって仕方ない。しかし、この一月の記事を自分で読み直してみると、すべてがつながっている。

気持ち悪いほどに。

明らかに、何事かが起こり始めている印象を拭えない。

でもただ情報を追っていても頭がパニックになるだけなので、少しインターバルを置きます。
ネットもあんまり見ないほうがいいんだろうけど、見ちゃいそうだなあ・・・。

8月にも大きな変化がありそう。

光が濃くなれば、影も濃くなると言いますが、

影ではなく、太陽を見ていたいものです。


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日月神示 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2008/07/31 11:10

岩戸ひらきの”予兆”

  ところで『日月神示』にも宇宙人の存在を語っているようなところがある。
  以下の部分だ。

  『これまでの改造は膏薬張りざから、すぐ元にかへるのぞ。今度は今までにない、文にも口にも伝えていない改造ざから、臣民界のみでなく神界もひっくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分からんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジヤンになるであろうがな、富や金を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上も潰れるぞ、下も潰れるぞ、つぶす役は誰でもできるが、つくりかためのいよいよのことは、神々様にも分かりてはおらんのざぞ、星の国、星の臣民は今はえらい気張りようで、世界構うように申しているが、星ではダメだぞ、神のお力でないと何も出来はせんぞ。』            天つ巻き 第二帖

  
 星の国、星の臣民??
 まさかアメリカ合衆国のことでもないだろう。普通に考えれば、空の星に住んでる人のことになる。
 この巻は昭和19年の夏に記されたものだ。
 UFOは戦後、1947年のアメリカのケネス・アーノルドの目撃譚によって世界中で話題になったのである。日本でのブームはそれよりもずっと後だろう。それ以前は宇宙人という概念すら普通の人間にはなかったのではないだろうか。
 今でこそ、世界的な変化に興味を持ち、多くの星からきた知的生命が地球を観察しているとか、危機になったら助けてくれるとかいう話しもあるが、この頃からすでに「星の臣民」が世界を構っていると書いているのには驚かされる。

 以下に「建て替え・岩戸開き」の時に起こると言われる現象について書いてみる。
 中には恐ろしいものもある。だが、これらの全てが実現すると考える必要はない。大難を小難にまつりかえることが神々の意志であるとも言うし、だいたいこんなことが全て起こると思っていたら、普通に生きていく気がしなくなってしまう。しかし、なかには部分的にすでに実現していると思われるものもある。

 ①カルマの噴出
  建て替えの前に、すべてのカルマが清算される。
 
 神の規則は怖いぞ、隠し立てはできんぞ、何もかも帳面にしるしてあるのざぞ、神の国に借銭ある臣民はどんな偉い人でも、それだけに苦しむぞ、家は家の、国は国の借銭なしがはじまっているのぞ、済ましたら気楽な世になるのぞ、世界の大晦日ぞ、みそかは闇と決まっているであろうがな。かり返すときつらいなれど、返したあとの晴れた気持ちよいであろうが、昔からの借銭ざから、素直に苦しみこらへて神の申すこと、さすことに従って、日本は日本のやり方にかえしてくれよ。

 ②時間(現象)の加速?

 この神示言波としてよみて呉れよ、神々様にもきかせて呉れよ、守護神どのにもきかせてくれよ。守護神殿の改心まだまだであるぞ。一日が一年になり百年になると目が廻りて真底からの改心でないとお役に立たんことになりてくるぞ。 

 ③食べ物の騒動

 今に食い物の騒動激しくなると申してあること忘れるなよ。今度は共食いとなるから、共食いならんから、今から心鍛えて食い物大切にせよ

 ④神と獣にわかたれる→さんざん書いたので割愛 
 
 ⑤自然災害

「外国は龍宮の乙姫様、グレンと引っ繰り返しなさるのざぞ。竜宮の乙姫様、雨の神様の御活動激しきぞ

「神世のヒミツと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震、雷ばかりでないぞ、臣民アフンとして、これは何としたことぞと、口あいたままどうすることも出来んことになるのぞ。四つんばいになりて着る物もなく、獣となりて、這い回る人と、空飛ぶような人と、二つにハッキリわかりて来るぞ、獣は獣の性来いよいよ出すのぞ」

「火と水の災難がどんなに恐ろしいか、大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きてはおれんのざぞ。それが済んでから、御魂磨けた臣民ばかり、神が拾い上げてミロクの世の臣民とするのぞ。どこへ逃げても逃げところないと申してあろがな高いところから水流れるように、時に従いておれよ。いざというときには神が知らして、一時は天界へ釣り上げる臣民もあるのざぞ。」

「臣民無理と思うことも無理でないこと沢山にあるのざぞ、神はいよいよの仕組みにかかったと申して
あろがな。こわすのでないぞ、練り直すのざぞ。世界をすり鉢に入れてこね回し、練り直すのざぞ。
日本の中に騒動起こるぞ。神の臣民気つけてくれよ。日本も神と獣にわかれているのざから、
嫌でも応でも騒動となるのざぞ
。小さくしたいなれど」

「海が陸になり、陸が海になる」

「地震、雷、火の雨降らして大洗濯するぞ。よほどシッカリせねば生きて行けんぞ。カミかかりが沢山出て来てわけのわからんことになるから、早くこの道をひらいてくれよ」

「一日に十万、人死に出したら神の世がいよいよ近付いたのざから、よく世界のことを見て皆に知らしてくれよ」

⑥仮死状態≒マインドの停止?

「今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ。今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ。一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組み、心得なされよ。神様でさえ、このこと判らん御方あるぞ。大地も転位、天も転位するぞ。」

「 大掃除激しくなると、世界の人民みな、仮死の状態となるのぢゃ。掃除終わってから因縁の身魂のみを神がつまみあげて、息吹き返してミロクの世の人民と致すのぢゃ。」

 確かに自然災害も恐ろしいが、この「仮死の状態」というのが前からどうも気になっていた。
 最初に思いついたのが、カルキ・バガヴァンの「2012年に地球の自転が停止し、その時に人類が一時的にノーマインドになる」という言葉だった。だからこれも、一種のサマーディーのことかと思ったのだ。だがもしかすると、もっと深い意味があるのかもしれない。先程ブログにいただいたコメントを読んで、そう思った。

 一般的にネガティブな予言はそれを変更できるから意味があると言う。
 だがもうひとつの意味もあると僕は思う。
 それは、それがすべて実現したときにも、希望を失わせないためにある、とも考えられる。
 特に「日月神示」のような預言書はそれが言える、ジュセリーノの予言とは質が違う。
 これらの一見ネガティブな出来事は、あくまでも巨大な預言体系の中の一部に過ぎない。
 ただ、ネガティブな出来事を羅列してもあまり意味がないのだ。 
 ひたすら暗い気持ちになるだけだ。
 しかし「日月神示」の本質は、根本的な大変化と、その意味を教えている。
 人は物事の本質的意味がわからないと、目の前の混乱にただ振り回されるだけになりがちだ。
 「神示」はその混乱の背後にあるものを教えている。そのためにおこるであろう自然災害についても丁寧に書き記しているとも考えられる。

 僕としては、これらが現実とはならないことを祈るものではあるが・・・。
 ある程度の混乱は避けられないと言う直観も感じている。

日月神示 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/30 19:20

アポロ乗組員宇宙人の存在をカムアウト

浅川嘉富ホームページ 人間の素がおもてに出始めた より引用
 
このところ、まさかと思われるような有名な会社の悪事が露見してマスコミをにぎわす事件が頻発している。その多くは、社内において悪事に携わってきた人間が良心の 呵責(かしゃく)に耐えきれずに行った内部告発が発端となっているケースが多い。

秋葉原の通り魔的な殺人事件が次々と起きているのも、心の奥底に潜んでいた恨みや辛みの邪心が表に噴出し、そこへ邪悪な霊が憑依した結果によるものではないかと思われる。 昨日もまた神奈川県平塚の駅構内で同様な事件が起きているが、こうした事件の発生はこれからますます多くなってくるものと思われる。

それは、近年、地球に注がれ出した「生命エネルギー」によって引き起こされている可能性が大きいからである。人々は銀河系の中心から照射される膨大な生命エネルギーを受けることによって、心の内面に秘められていた感情が、次第に押さえきれなくなって、表に出てしまうようになってくるのだ。

従って、心に秘めた感情が悪しきものなら邪悪な行為となって現れ、崇高なものならば、世のため、人のためになるような言動となって現われることになるというわけである。後者に該当する典型的な事例が、最近、アメリカ とヨーロッパで話題になっている。

一つは、最近、アメリカのブッシュ大統領の腹心であったマクレラン元大統領報道官が回顧録の中で、イラク戦争に至る経緯を明らかにし、イラク戦争を痛烈に批判していることである。 もう一つは、元宇宙飛行士・エドガー・ミッチェル氏が アメリカ航空宇宙局(NASA)の内部の絶対的な秘密である「宇宙人の存在」を公にしたことである。


引用終り




 このページにインタビューの詳細が書かれている。 エドガー・ミッチェルは確かアポロのパイロットであったと記憶している。
 彼は月面旅行での経験を元に意識に関する研究機関を設立している。
 エドガー・ミッチェルが実際に「宇宙人の存在を公にした」のなら、その意味は途方もなく大きい。
 なんだかよくわからない、モザイク入りの人間がわけのわからないことを語るのとは意味合いが違うのだ。以下のような発言もしているのでもともとスピリチュアルな傾向が強い人物なのではないだろうか。

世界は有意味である。私も宇宙も偶然の産物ではありえない。すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。生命は目的を持って進化しつつある。

個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。一体である全体は、完璧であり、秩序づけられており、調和しており、愛に満ちている。この全体の中で、人間は神と一体だ。自分は神と一体だ。自分は神の目論見に参与している。宇宙は創造的進化の過程にある。この一瞬一瞬が宇宙の新しい創造なのだ。

進化は創造の継続である。神の思惟が、そのプロセスを動かしていく。人間の意識はその神の思惟の一部としてある。その意味において、人間の一瞬一瞬の意識の動きが、宇宙を創造しつつあると言える。(中略)神とは宇宙霊魂あるいは宇宙精神(コスミック・スピリット)であると言ってもよい。宇宙知性(コスミック・インテリジェンス)と言ってもよい。それは一つの大いなる思惟である。その思惟に従って進行しているプロセスがこの世界である。人間の意識はその思惟の一つのスペクトラムに過ぎない。宇宙の本質は、物質ではなく霊的知性なのだ。この本質が神だ


 多分、このニュースを聴いて、一部の「陰謀系」の人は、「宇宙からの侵略と言う世紀末劇を画策している秘密組織の陰謀だ!」というのではないかと思ったが、ベンジャミン・古歩道さんなどはやはりそういう意見のようだった。しかし、エドガー・ミッチェルは宇宙人に敵意は全くないし、彼らが敵意を持っていたらとっくに占領されているというようなことを言っているので、それでは少し「陰謀」の趣旨とは合わない気がする。「陰謀」ならもっと恐怖をあおるべきだろう。常に恐怖によって支配するのが彼らのやり方なのだ。ただベンジャミンさんがそう言うのも、エドガー・ミッチェルのネームヴァリューの大きさゆえだろうと思う。

 僕はもともと立花隆の「宇宙からの帰還」を読んで、エドガー・ミッチェルという人には魅力を感じていたので、この発言は事実だと思いたい。
 というか、なぜか自分でもわからないが、去年の終りくらいから宇宙人って普通にいて当たり前な気がしているのだ。今後予想される変化というのは、小さく限定されていたリアリティの箱がぱかっと開いて、より広範囲の現実に接続されるようなそんなイメージなのだが、「宇宙人」の存在というのもそのより広範囲な現実の一部ではないかと思う。
 死後の世界、有史以前の超古代文明、宇宙人、フリーエネルギー(常温核融合など)・・・・すべてそうだ。プラトンの寓話のように、人は洞窟の中で差し込む光によって出来る影だけを真実だと思い生きてきたのだろう。しかし、今、洞窟の扉が「岩戸」が、開きつつあるように思える。差し込んでくる光は信じられないほど強く感じられるはずだ。なにしろ、一万三千年もその中にいたのだから。

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アセンション考 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2008/07/30 11:52

じしんの巻

  一昨日の夕方、いつもの散歩コースを歩いていると、西の空にすごい夕焼けが見えた。
  東の空には虹が出ており、北の空には時々稲妻が走り、なんだかCGの世界のようだった。
  僕は毎日空をよく見るが、こういう空は台風の後などによく見かける。
  だがこっちは暑かったが普通の天気だった。 
  近畿、北陸での豪雨や突風と関係があったのだろうか。


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 出来るだけ毎日『日月神示』を読み進めようとしている。
 全部で800ページほどある。第十七巻の「じしんの巻」で突然、文体や雰囲気が変わる。
 それまでは結構、警告や「立て直し」が切迫してることを告げ、改心を迫るような雰囲気だったが、ここに来て突然「福音」的になる。二元性を越えた現実、歓喜についての記述が多くなる。
 まるでイエスの山上の垂訓と、ヨハネの黙示録くらい雰囲気の相違があると言ってもいい。日月神示はバイブルに少し似てるかもしれない。

 「われわれの一切は生まれつつある。神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生まれつつある。太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生まれ続けている。一定不変の神もなければ、宇宙もない。常に弥栄えつつ、限りなく生まれに生まれゆく。過去もなければ、現在もなく、未来もない。只存在するものが生まれに生まれつつある。生もなければ死もない。善も思わず真も考えず美も思わない。只自分自身のみの行為はない。只生まれゆき栄えゆくのみである

                              第十七巻「じしんの巻」 第一帖


 「全大宇宙は、神の外にあるのではなく、神の中に、神に抱かれて育てられているのである。故に、宇宙そのものが、神と同じ性を持ち、同じ質をもち、神そのものの現われの一部である。
  過去も、現在も、未来も一切が呼吸する現在の中に存し、生前も死後の世界もまた神の中にあり、地上人としては地上人の中に、霊界人にありては霊界人の中に存在し、呼吸し、成長している
。」

                                           第五帖
 
 「地上には、地上の順序があり、法則がある。霊界には、霊界の順序があり。法則がある。霊界が原因の世界であるからと言って、その秩序、法則をそのまま地上にはうつし得ず、結果し得ないのである。また地上の約束をそのまま霊界では行い得ない。しかし、これらのすべては大神の歓喜の中に存在するが故に、歓喜によって秩序され、法則され、統一されているのである。その秩序、法則、統一は、一応完成しているのであるが、その完成から次の完成へと弥栄えする。故にこそ弥栄の波調をもって全体が呼吸し、脈搏し、歓喜するのである。これが、生命の本体であって、限られたる智によって、この動きを見るときは、悪を許し、善の生長弥栄を殺すが如くに感じる場合もある。しかし、これこそ善を生かして、更に活力を与え、悪を浄化して必要の悪とし、必然悪として生かすのである。生きたる真理の大道であり、神の御旨なることを知りうるのである。

                                             第七帖

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日月神示 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/29 13:57

  金曜日。
  新宿センタービルで催されていた、出口王仁三郎作品展を見に行く。
  気が狂って「うぎゃあ」と意味なく叫びだしそうな暑さの中会場に向かうが、中は静かで、平日ということもあり3、4人のお客さんがいるだけだった。
  王仁三郎の作った茶碗を見ていると、気持ちの変化を感じたが、それは自然の中に出かけてしばらく木の下などに座っているといつのまにか心が深く落ち着いているようなそんな感覚に近いものだった。

  火と水と土を固めて人間の 平和の為と茶碗を造る 

  平和の世来たらん時の用意にと 極楽の茶碗を造りてぞ待つ

  心力を籠めてつくりし楽焼の 茶碗に魂はとこしえ宿る
 (大正十五年 王仁三郎)


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 作品のひとつ 「天国三十五」


 そのあと、浅川嘉富氏の講演会に行った。
 今回は「ナスカの地上絵」がテーマと言うことで、パソコンから写真を映写して見せてもらったが、中にはテレビや書籍では見れないようなものが多く、驚かされた。
 浅川さんが現地まで出向いて、飛行機から撮影したものだった。
 ハチドリや、猿の地上絵は有名だが、丘陵の上部がすっぱりと鋭い刃物できれいに切り取られたような写真があり、たまげた。これは地上絵と言うか・・・・自然の大規模な加工だ。たぶん今の技術でも難しいだろう。むしろ普通の地上絵より、こちらのほうがナスカ文明の本領発揮というところかもしれない。が、現地に行って飛行機にのってもなかなかその辺りまで連れて行ってくれるパイロットはいないということだった。 学者にこういう写真を見せると、黙り込んでしまうらしい。
 古代人が、現代に知られる以上の叡智を持っていたと考えなければ、決して答えは見えてこない。
 こんなものがあることすら僕は知らなかった。 

 少し前にテレビでエジプトの大ピラミッドはクフ王の墓であることが証明されたかのような番組を放送していたが、僕は違うと思う。クフ王の時代よりもずっと以前に、まったく別の目的で建造された可能性が高いと思う。

 現代の歴史学、考古学は、四大河文明を現文明のルーツとしている。そう考えると理屈に合わないような奇妙な遺物が多くあるのだが、そういったものを全て排除して構築したのが現在の「正当な」歴史なのだろう。
  しかし今、あらゆる分野において、真実が明らかになりつつある。
  びっくり箱が開くので、心の準備が重要だ。
    
  上下ぐれんとひっくりかえる

  オリンピックと、中国に発生する可能性がある災害・人災の話しもあった。
  オリンピックの開催期間中、またはその前後何か大きなことが起こる可能性が強いことは、前から聴いているが、それはやはり中国のカルマの解消ということらしい。
  しかし、それは始まりに過ぎず、中国の次は米に移動していくと言う。
  具体的な情報なのだが、今後の中国の災禍が、北九州にまで影響を及ぼす可能性が強く、比嘉良丸氏はその被害を分散させるために現在祈りを行っているとのことだった。

  あとは少し、毛色の違う話だが、講演の前日浅川さんはヘミシンク関連の本を多く出している坂本直道氏と対談してきたと言うことだった。ロバート・モンロー関係の本を読んだことのある方はご存知の通り、ヘミシンクとは対外離脱の為の技術だ。ロバート・モンローの本はあまりにもその世界が複雑で、また一般の「スピリチュアル」からは異質な為、一般に多く読まれることはないと思うが、坂本氏はわかりやすい形で日本にヘミシンクを紹介している。
 坂本氏によると、「アセンション」に向けて非物質世界の様子が相当変化しており、上層部にいる「神々」のような存在にもこれからなにが起きるのかはっきりとわかっていないらしい。 
  これは『日月神示』の、「神々様にもこの仕組みは最後のところはわからん」というような言葉を連想させるところがあり気になった。本当のところは元の大神しかわからない。

  また浅川氏も最近の異常な犯罪の原因のひとつは、生命エネルギーが大量に流れ込んできていることと関係があると考えているようだった。

 最近ずっとどっぷりマーヤ系の記事が続いているかもしれないが、今気になることをそのまま書くことが自分の役割り(大げさかもしれないが)だと考えているので、できるだけ全部ぶちまけて行きます。
 マーヤかマーヤじゃないかを、気にしてマーヤになりたくないというのも。
 ある意味全部必要なこと。 
 いつかまた一週して元に戻るでしょう。



アセンション考 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2008/07/28 13:05

エネルギーのシフトについて②

  この降り注がれてくるエネルギーというのはどうやら波があるようだ。
  例えば大きな波として、ゲリーボーネルが言うような一万三千年サイクルの波があるとする。
  ダンテスダイジが言う『2万5千年サイクルにわたる、アメンティータントリズムの全使命』というのは四大河文明以前の、アトランティスやムーと呼ばれていた超古代文明の勃興と終末から現在までを含んでいると思われる。超古代文明の時代を集約したモニュメントが、スフィンクスと、クフ王の大ピラミッドだと言われている。
 そのように大きなエネルギーの流れは文明の創造と、破壊を生み出す宇宙のリズムだ。

 しかし、この内部にさらに小さないくつもの波が存在し、この波が来たときによく「エネルギーがシフトしました~」なんてことが言われる。
 この種のことは以前は僕はほとんど気にしていなかったが、どうも最近はこのエネルギーの波が強烈になってきているようで、気になっている。

 おそらく2011年だか、12年だか、13年だかの「時の終わり」に向かってさらに変化に加速がついて、世界はジェットコースターさながらの速度で変貌していくのではないだろうか。 

 この小さな波によるシフト時には、精神的な高揚感やバキバキ感もあると思うが同時に、風邪のような症状が続いたり、世間で妙なことが多発したりもする。
 そこで今年、自分が感じたシフトがいくつくらいあったかを少し調べてみた。
 最初に言っておくと、僕はゲリーボーネルではないのでw、これが本当に客観的なものかまだ確信がない。
 だがある限られた範囲においては、確実になにかの変化があったと思われる時期を拾ってみた。
 
 ①今年の1月。
 一月のうちに二回もほとんど続けさまに風邪を引き、月の半分を寝込んでいた。
 ホントに風邪かよ?と思った。
 
 →ドランヴァロ・メルキゼデクの、地球を包むグリッド誕生の時期と同じではある。 

 ②2月22日(満月)前後のシフト。
 マイミクの方から、その日の午後2時ごろ恩寵の光が降り注ぐという情報をもらった。
 その時間帯は正直あんまりよくわからなかったが、夜はハッピー感が強かった。
 翌日、春一番が荒れ狂い、時折、突風が吹く天気。
 夕方から彼女と会う予定であったが、姫乃宮亜美という人のエナジートーク会に参加したあと頭痛や吐き気がひどく近くのドトールで休んでいるというメールが来た。
 なんでもそのトーク会でも体調不良のため欠席した人が多く、はじめる前にその人たちのために、お祈りをしたとのこと。
 彼女はすぐに元気になったが、僕はだんだんのどがおかしくなってきて、二三日風邪のような症状が続いた。ただの風邪ならひきすぎだと思う・・・。
  
 ③4月18日、I先生のリトリート前後のシフト 
 これはそういう周期性とは別物か・・・??。 
 が、体感は一番強烈。二三日、石になる。
 エネルギー消化不良気味?
 エネルギーが強すぎると、気持ち的になんとなく引き気味になることがある。
 が、時間が経つとはっきりと恩寵が感じられる。
 直後、紀伊国屋の精神世界コーナーや、オー●の泉を見るとなぜか頭痛に襲われる。

  ④6月8日前後
  天井裏のネズミが異様に暴れる。6年間同じ部屋だがこんなことは一度もなかった。 
  6月7日が修道会。
  6月8日、秋葉原事件。 
  6月9日、あるブログからサナートクマラ金星のエネルギーが来る日との情報。 
  夕方地元の駅に落雷、電車止まる。
  6月14日午前8時40分ごろ。岩手宮城でM7.0の地震。
  このあたりは全体的に何か変化があったような気がする。
  (夢)来年の何月か以降からは世間から引きこもった方がいいと誰かに言われる。

  ⑤6月24日前後
  夜、バキバキ系。
  目が冴えてしまって寝つきが悪く、午前三時ごろおきだして窓辺で涼んでいると、
  黒くて小さなかたまりが目の前を走りぬけ、「うぎゃ~」と叫びそうになる。
  ネ・ネズミ???
  6年間同じ部屋だが、ずうずうしく部屋に出没したことなど一度もなかった。

  ⑥7月4~6日の富士旅行前後
  前日からまたのどから症状が出て熱っぽくなってくる。 
  一週間から10日以上、熱が37度ちょっとある状態が続く。
  この時期、僕と同じようにやたらげほげほ言ってる人を見た気がする。

 ⑦7月10日から7月18日の満月前後
  7月11日、彼女が電車の中で、男が乗客をぼこぼこに殴っているのを目撃する。
  7月15日前後、通り魔的事件多発。 
  7月17日中国で奇病発生?のニュース←真偽不明。 

 
 ただの病弱で頭がおかしい人の記録みたいだが、僕は普通の人です(多分)
 昔はこんな風邪引かなかったんだけどなあ・・・。  
 毎年夏場は変化が激しいとはいうものの、やはり現象の加速感みたいなものを感じてしまう。
 個人的なものが多く入ってしまったが、②、④、⑦、は大きな範囲でのシフトがあった時ではないかと思う。 


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/24 23:50

エネルギーのシフトについて①

  エネルギーのシフトについて。
  
  今朝の朝のエントリー記事の中にでフォトンベルトのことが触れられている。
  ドーナツ状に光子が集まっている帯としてのフォトンベルトは、「物理学的にあり得ない」という理由で否定されているようだが、なにかの強烈なエネルギーが現在降り注がれているというのは事実だと思う。

  最近の異常な犯罪の増加はこのエネルギーと無関係ではないような気がする。
  その根拠は『日月神示』の「神と獣を立て分ける」という言葉。 
  そして、エネルギーの作用と言うのが葛藤の表面化と、解放であるということ。

  これはユニティへと向かうプロセスなのだが、その過程のひとつとして、心的現実と、物理的現実との壁が崩壊しているような気がしてならない。
  それが何をもたらすかというと、「我慢できない」という状態をもたらすのではないか。エネルギーの作用と共に表面化した葛藤を内部に蓄積することが難しく、それがそのまま現れてしまう。

  このような現象が「神と獣をたてわける」の意味ではないかと推測している。
    
  葛藤を解消する、手放すという方法論、もしくは浮上してくるネガティブなものは浄化されていない感情をあらわしているに過ぎないと言う視点がないと、これはなかなか今後やりすごすのが大変になってくるのではないだろうか・・・。

  エネルギーの影響はもしかすると、肉体的な病の形で現れるかもしれない。もしくは神経症やウツ、その他の精神的な病気として現われる可能性もある。どちらにしても、それらの多くは変化のエネルギーがどこかでブロックされているというサインとして現れることが多い。(これは今みたいな時代でなくてもそう)それをただ薬などで抑制していると、自分のこころが更によくわからなくなる場合もある。

  正直、「こころの浄化が必要なんです!」とニュース番組で言って欲しい。
  親が悪いとか、漫画やゲームの影響が・・・とか、雇用状況が・・・とかそんなことを言っても本当に意味がないと思う。一番の根本に目を向けないと、たぶん更に状況はひどくなる。
  
  だからこそ、これは誰一人として逃れることができない「行」なのではないだろうか。
  『日月神示』はそのような世界を暗示しているように思える。   
  かといって深刻になる必要はなく、必要なのは神を信頼し、そこに委ねるだけだと思う。
  その中に必要なことはすべて含まれているのだ。
  あとは穏やかに、笑って、流れに逆らわず、できるだけ楽しく過ごしていればいい。

  神がないときに僕らはひどく苦しむのだ。
  神があればその苦しみは半減以下になり、よろこびが輝きだす。
  
  世の混乱は、神が激しく人を呼んでいることの証だと思う。
  あなたの中の混乱は、神が激しくあなたを呼んでいることの証です。  
  

アセンション考 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/24 21:55

ゲリー・ボーネルの語る「アセンション」

  昨日に引き続き、2007年の高橋克彦との対談より




 ゲリー 前回お会いしたとき、シフトが起こるといっていた2001年は通り越しましたね。シフトは起きなかった。私は本当は2001年に起きるんじゃないかと思っていたのです。地球上にたったひとつ、このタイミングがきちっとわかっていた文化がありまして、それはマヤ文明の人たちだったんです

 「マヤ暦」というのは3000年前からあります。「マヤンカレンダー」を提唱しているホセ・アグエイアスさんは、岩に刻まれたカレンダーを解釈してるんです。彼らが実際解釈したのも、古代マヤ暦。世界で「時が終わる」といってるのはマヤのカルチャーしかない。「2012年の12月22日に時が終わる」ということをいっている。でもアカシックレコードによりますと、時の概念が終わるのは2011年だと編集されているんです。

 (中略)

 今、いよいよ2011年に近付いてきています。先ほどいいましたが、現在は相対的にだんだんひどい世界になってきています。たぶんこれからの5年間は、ものすごくエキサイティングでワクワクする年になると思いますよ。科学でも、いろんなことが明らかになっていくと思います。そして科学の分野で、神秘学的な理解がなされてくる。医療や宗教などのすべての分野において、合一(ユニティ)というものに向けてシフトしていくのです。
 基本的には、これからの5年間は、人々は偶発的に、自然にいろいろな葛藤を手放していって、そして地球が我々のふるさとだということを本当に理解し、自分たちに責任があるということを理解し始めます

(中略)

 意識の迎えてるシフトは非常に深遠なので、人々は町を歩いていて、突然見る。自分が本来誰であるかを思い出す。なぜ自分がこの地球にいるのかを思い出す。そして啓示が来る。
 大変なのは、これは自分がつくっているんじゃないか、これはただの夢なんじゃないか、何でこんなことが可能なんだろう、どうしてこんなことがわかるんだろうとみんな思う。そういうふうに、本当に自然に覚醒する人たちがどんどんふえてきます。

 古代のいろいろな予言が、今この時期を指しています。「エンドタイム(終わりの時)」といわれています。でも、実際は始まりの時なんです。完全なる始まりのときが、いままさに始まろうとしているのです。
 「二度生まれし者(トワイス・ボーン)」という言葉をご存知でしょうか。

 魂は、一応肉体の中に入って生まれます。肉体を持つと、これが自分の現実だということを認知し、受け取りながら生きていく。すると突然、今度は意識が生まれる。自分はもうこの肉体だけの存在ではないのだ、肉体はツール、観察をするためのプラットフォームみたいなものだ。今度は魂意識に生まれるということなんです。肉体にいたまま、魂意識に生まれ変わる。

 古いフレーズですが「エンライトメント(悟り)」という言葉があります。そこへの一歩は、「セルフ・リアライゼーション」、これはよく「悟り」とも訳されますが「自己覚知」、自分がだれであるかを知ること、それから「セルフ・ノレッジ」、つまり自己認識とか自己認知です。今やろうとしていることは、多くの人たちに自分がだれであるかということを知ってもらおうということです。だからお茶碗を洗っていたり、車を洗っていたり、道を歩いていたり、普通の日常を送っているときに、いきなり啓示がガーンと来ると、自分が生きていく土台と言うものができていく。

 日本の人たちには、結構早く、自然に覚醒がきています。日本では、より早くみんな覚醒していきます。やはりハーモニーということを真に理解しているからこそ、早く自然に覚醒がわきあがってくるのです。

 高橋 日本は今、フォトンベルトがブーム。興味を持っている人が多くいる。光のエネルギーを浴びる量がふえると自分に変化が起きると言うことを、今普通の日本人の多くが考え始めている。

 ゲリー それだから日本はすごいのです。フォトンベルトについて述べましょう。アカシックレコードから、1万3000年ごとにエネルギーの波が創造の中心から放射されていることがわかります。その光は1000年の幅があって、歴史上、1万3000年ごとに一種の破壊が起きています。人類の歴史を今振り返ると、1万3000年前からしかスタートしていないんですね。

 500年前からそのフォトンの波が地球に入ってきました。1回のウェーブは、前回とは反対の条件を持ってくる。つまり前回シフトが起きたときには、その前まではユニティの時代だったんです。ユニティのウェーブはどういう時代かというと、テレパシーでコミュニケーションがとれるし、地球上の資源を実際に使うのではなく、いわゆる想念のエネルギーを使っているので、地球のエーテルエネルギーを使って実際にものを物質化するということができた。地球上の物質を使わずに、いろいろなものを現実化していました。

 最後のユニティのサイクルでは、パワーの源は、増幅した思考のエネルギーでした。エジプトのお墓にはヒエログリフの絵があります。だれもそれが何かわからないのです。こういう風船みたいな形で、小さな箱が描いてあります。人が頭をその風船みたいなものの中に突っ込んでいるような絵ですが、風船の中にはなにも入っていません。アトランティスの人たちは、いわゆる電気のようなものですけれども、ものを動かしたりすることにも、全部思考エネルギーをこういうクリスタルで増幅して使ったいたのです。

  →これのこと



アセンション考 | コメント(7) | トラックバック(0) | 2008/07/24 12:13

  2007年、高橋克彦とゲリーボーネルの間の対談記事。




  高橋 ぼくのほうとしては、きょうゲリーさんに何を聞こうかなとずっと考えていて、すごい気になることがあって、それは日本も含めて全世界で、人の心というのがすごい未熟になっている感じがするんです。人間がずっと進化し続けてきているという実感が全然なくて、落ち込んでいる感じがするんだよね。

 ゲリー そんなふうに見えますね。

 高橋 それはゲリーさんのかかわっていることと、やっぱり関係があるのかな。

 ゲリー はい。神秘主義の信念がありまして、光がだんだん明るくなればなるほど、影が暗くなる。光が完全に影を圧するようになると、光がすべてを吸収できるのですが、それまでは闇が本当の闇になっていく。

 前回1997年にお会いしたときには、世界は相対的にまだ安定していました。物事が結構滑らかに流れていて、そして2000年がきたのです。すべては2000年からスタートしたと思います。
 
 これからユニティ(合一)というサイクルに入るのですが、みんなしがみついている自分の中の葛藤が、結局は外に出ざるを得なくなる。ユニティの意識に完全に入る前に、人々は自分が抱えている葛藤をどんどんそぎ落として、外に出していくわけです。残念ながらそれが戦争という形で出てきていますし、アメリカでは暴力犯罪の数がうなぎのぼりです。メキシコが犯罪者たちや留置所に入っている人たちを解放し、その人たちが国境を越えてアメリカに入ってきているんです。 だから、非常に興味深い現象が起きています。残念ですが、多分、これはもっと悪くなっていきます。

 高橋 日本もすごいじゃない。信じられない事件がどんどん続いているよね。

 ゲリー たぶん日本のほうがショッキングだと思いますよ。
  
  最初に日本に来たとき、今とはエネルギーが本当に違っていました。子供たちの大好きなテレビ番組は、小さい子供が一人でおばあちゃんの家にたずねて行くとか、「はじめてのおつかい」みたいな番組で、みんながその小さな子供を自然に助けていました。その番組を見て、何でこんなふうにできるのか驚いたものです。
 でも今の日本は、そのように光は輝いていないですね。本当におっしゃるとおりです。
 世界のどこもそうだと思います。人間の集合意識がシフトする直前です。影が本当に真っ暗な闇になっています。

 高橋 たくさんの人が目的を失った感じがする。

 ゲリー そう、道を見失っています。本当にそうですね。

 (中略)

 私は、今、起きていることに、日本人がキーを持っていると信じています。 

 高橋 それは前からいっていたね

 ゲリー 日本がなぜそんなに大切なのかというと、日本人の集合意識には真の和の精神(トゥルー・ハーモニー)があるからです。集合意識のシフトは、ここから広がっていくと思います。

 高橋 今、偶然いったのかもしれないけど、ハーモニーというのが日本の国の古い国名なんだよね。倭の国の「わ」というのがイコール・ハーモニー。調和の「わ」だからね。

 ゲリー それが、日本人の集合意識が、世界に贈るギフトになります。もちろん、日本人はいろいろほかのこともやっているけれど、このシフトに関しては、まさに「和」がギフトです。

 高橋 なるほどね。そういうものだときくと、やっぱり日本人も喜ぶだろうけどね。ただ、どうも今の状況を見ていると、そういう人たちが本当にあらわれるのだろうか・・・・。ちょっと疑問なんだな。

 ゲリー あらわれますよ。光がもっともっとこの次元に降りてくれば。内側の葛藤と言うのがいわゆる影をつくっているわけで、本当に光が十分に降りてくれば、文字通り葛藤が消えていくのです。実際日本は、ハーモニーという概念(アイデア)をずっと保持している国です。だから、まずここでシフトが起きるんです。本当にそうなります。

 高橋 なるかなあ。




ゲリー・ボーネル 心理学者。哲学博士、催眠療法家。1948年カリフォルニア州サンセホに生まれる。幼少時から対外離脱の能力を持ち、1958年からアカシックレコード(記憶の殿堂)にアクセスできるようになる。欧米を中心にスピリチュアルなセミナーや講演会をおこなっている。








アセンション考 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/23 11:47

  原典『ひふみ神示』いらっしゃる。

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  三十巻と、五十(いそ)黙示録八巻が収録されている。

  一巻目(上つ巻)と二巻目(下つ巻)を読み終えて、テレビをつけると

  富士山が映ったので驚いた。(◎_◎)ナレーターの声が<霊峰富士>と言う。ひー(><;)

  昨日ぱらぱらとゲリー・ボーネルの本をめくっていたら 

  この人も、集合意識のシフトは日本から起こっていくと言っている。
  
  それは日本人の意識には「和」=真の調和の精神があるからだと言う。  

  今は覆い隠されてるかもしれないけど・・・。

  だとすれば、富士山ってホントに宇宙からのエネルギーの中継センターかもしれないなあと、最近思い始めている。

  「富士は晴れたり、日本晴れ。神の国のまことの神の力をあらわす代となれる

  「富士とは神の山のことぞ。神の山はみな富士(二二)といふのぞ。」

  「富士は神のやまざ、いつ火噴くかわからんぞ、神は噴かんつもりでも、いよいよとなれば噴かねばならんから・・・」

  「富士は晴れたり日本晴れ、富士に御社してこの世治めるぞ

  『日月神示』ではこの世の転換にあたって何よりもまず「洗濯第一」という。

  ボーネル氏も、

  光が強くなれば、闇もますます強くなること、次元上昇をする時に内部に「葛藤」があるとそれがそのまま出てきてしまうことなどを語っている。

 「洗濯」とはそう言った葛藤を解消していくことでもあるかもしれない。

 これはカルキ・バガヴァンのムーヴメントにかかわってる人もよく言っている。

 そして「葛藤」を解消するのはKAMIに委ねること。 

 僕らが受けいられない現実を受け入れている、宇宙。
 
 僕らが許せない自分自身を許している、宇宙。

 葛藤なき宇宙に眼を向けること。

 葛藤なき存在に僕らは愛されている。
 
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 ある夕方、鳥みたいな雲は、手を広げてる人みたいな雲になって、光の中に砕けていった。



日月神示 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/22 12:01

日月神示カレイドスコープ②

  ★金神と、サナートクマラ、


  日月示において、岩戸ひらきを行うのは、艮の金神、国尊立命(くにとこたちのみこと)とされている。
 この神様が総大将となって地上の浄化と岩戸ひらきをおこなうという。
 艮は北東の方角であり、一般的には凶方位とされており、金神は最大の祟り神ともされてきた。
 だが大本の筆先や、日月神示においてはこの神様は、地球創世に関わった地上神界の主催神と考えられている。
 当初はこの神様が世をつかさどり、穢れのない世界であったが、悪神の計画によって世界の東北(丑寅)にあたる日本列島に押し込められたと言うのだ。
 しかし時節が来て、丑寅の金神が蘇るときがきた。
 そのサインとなったのが、黒住、天理、金光、大本の教祖にかかった神であり、
出口なおの筆先として「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世となりたぞよ」と現れたメッセージだった。
 つまり艮の金神とは「日月神示」で初めて現れたものではなく、江戸時代の末期から明治にかけて、連鎖的に様々な人物にかかりメッセージを送り続けてきたらしい。
 僕はこの最初タブー視されていた神格が、段々復権していくという過程にとても興味深いものを感じる。これは単純化していえば、「ルシファーというのは本当は悪魔じゃなくて、ものすごくいい神様なんですよ」と言い出した人の周りに段々人が集まってくるようなものではないだろうか。
 つまり共同的なハレとケの合意が、無意識から噴出してくる逆らえないエネルギーによって転倒してしまったのだ。
 忌み嫌われる方角、忌み嫌われる場所とは大抵共同体の辺境部分に存在する。
 そこは穢れた場所であり、穢れた人々が住んでいる。
 彼らは、現在のシステムによって除外されたすべてのものをその身で象徴し、また弾き出されたものたちの世界と、現実世界の結び目となっている。

  「しかし一つの世界観から見た不要な排除するべき部分は、反対に、上と下というサンドイッチに挟まれた三層宇宙の視点で考えると、すぐさま他のコスモスとの「つなぎ」の働きを持つものに変わる。コスモスの辺境にあるものは、異なるコスモスとのつなぎの作用をするわけである。役割はまさに激変する。社会ではもう用のない弱者の老人が、いきなりすべての鍵を握る翁に変貌する。閉じている一つのコスモスでの役立たずは、多層的コスモスにおいてはむしろ強い貢献度を示すことになる。主体を単一にすることで成り立つ今日の社会では、こうした役割りを見落としている・・・

松村潔 著 日本人はなぜ狐を信仰するのか より


 艮の金神が悪神のはかりごとによって引退させられたとするならば、金神を象徴する方向は、悪神が支配する世にとっては忌むべき方向とならねばならない。
 「悪」とはより狭い意味では、固定化されたシステムを破壊・変容させるエネルギーなのだ。
 オレオレ詐欺の集団にとっての「悪」はオレオレ詐欺の集団を破壊する力だ。
 だからオレオレ詐欺の集団の中でも、そのシステムを維持する「ルール」、防波堤が必要となるのである。  
 しかし実際のところ、破壊と変容は毎瞬起こっており、これをとめようとすること自体が大いなる妄想なのだ。が、人間の観念の中ではそれ実在となり、その現実と社会との間に防波堤を築こうとする。
 体主霊従の文明にとって、霊主体従は脅威なのである。 
 しかし人間の集合的な心に築かれたその防波堤を決壊させ、古代の神々の力が圧倒的な勢いで流れ込んできた。 
 確かだと思えるのは、江戸時代から明治の日本において、それまでの社会を支配していたのとはまったく異質(逆の)のエネルギーが生まれ、それが人を通して活動をはじめたということである。
現在その働きはクライマックスに入っているかのように見えるが、それは文明が・集合的意識が決定的に転換するオメガポイントに向けてさらに加速していくと思われる。 


 この艮の金神と、サナートクマラが、僕の中ではなにかダブって見えてしまう。 
 サナートクマラは金星から来たとされるが、金神の「金」は金星とまったく無関係なのだろうか?
 サナートクマラは、シャンバラという地下世界を治める地球の霊王とも言われるが、彼はなぜ地底にもぐってしまったのだろうか?物質を支配する神々が地上を治める時期が来たからだろうか?
 しかし時代は変わった。
 1999年に復活した「アンゴルモアの大王」とは、サナートクマラのことではなかったのか?
 コルマンインデックスでは1999年は精神文明への転換が始まった年と考えられている・・・。   
 カーラチャクラ・タントラには最終戦争はシャンバラ王が率いる軍隊と、邪教の間で起こると言う予言が存在しているらしいが、 これも金神と、イシヤ(あるいはその後ろの神々)との戦を連想してしまうのだ。

 
日月神示 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/19 12:26

中国で何が起こっているか?

  中国の五輪会場閉鎖のことが非常に気になる。
  テレビはもちろん報道してないが、ネットで検索してもヒット数が少なすぎる。
  だがヨット会場閉鎖についてはドイツのメディアで放送したというから、事実であることに間違いないはずだ。

 まず

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 こんな藻が会場に異常繁殖し(ゴルフ場の芝生みたいだが、下は海)
、これらを撤去したら、なぞの疫病の発生。
 その後突然の会場閉鎖。
 今中国に行くことは危なすぎる。いくら裏がとれてなくても、渡航者に警告位してもいいだろう。
 疫病はいいから、会場の閉鎖くらい放送しろよと思う。
 マスメディアがその本来の役目を果たしていない。 
 中国もヤバイが、日本もヤバイ。
 情報は自分で探す時代になっている。
 マスメディアが投げて寄こすものを口を開けて待っていたら、手遅れになる。

 比嘉良丸氏が幻視した中国の艱難(かんなん)

 比嘉氏は 中国で発生する様々な艱難を見せられ続けている。洪水や水不足から起きる食糧危機、株価の暴落が引き起こす経済破綻、謎のウイルスによる感染症の蔓延、そして地震や火山噴火といった天変地異である。昨夜、彼と話していて青島市の伝染病の発生を伝えたところ、真っ先に彼の口から出た言葉は、「そうですか、先にそちらが出たんですね」であった。

比嘉氏はこのところ昼夜を分かたず祈りに入っている。そこで見せられるヴィジョンは先に述べたように様々なものであるのだが、それらがどのような順序で起き、その日時が何時であるかまでは教えられていないことが多い。9・11テロや中越沖地震のように大きな惨禍については、その限りではないが。

それゆえ、伝染病の発生を聞いて、彼が「そっちが先だったか」と思った気持ちは理解できる。実は、「感染症の発生が北京オリンピックを阻害する要因になると思いますよ 」ということは、だいぶ前から教えられていたのだが、 私は、それは鳥インフルエンザの蔓延に違いないと、勝手に解釈してしまっていたのだ。そのため、今のところその兆候がないので、感染症の発生は沙汰やみになったか、延期になったに違いないと思いこんでしまっていたというわけである。

それだけに今度の青島市の感染症発生のニュースを知って、神々は思いもよらない手段を使ってくるものだな~と、恐れ入っている次第である。食糧危機や経済破綻も遠からず発生することになると思われるが、今回は地震の前兆と思われる記事を掲載したので、 ついでに、天変地異に関する予知を概略お話ししておくことにする。






比嘉良丸氏についてはこちら


 国にもそれぞれカルマがあるという。
 中国も相当だと思うが、アメリカもすごい。
 僕が触れてきた情報が正しければ、アメリカのメグリの清算も遠からず始まるだろう。
 中国の混乱と、アメリカの没落、それをまとめようとするのはEU。
 世界は不安定な多極化への道を歩み始める。
 神々と「イシヤ」の芝居はいよいよ大詰めを迎える。 

テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/18 17:44

   北京オリンピックのヨットセーリング会場青島閉鎖
   謎の疫病発生で感染者16万人、死者1200人??

    浅川嘉富氏 中国の異変①

    これ本当?なんでテレビでやんないんだろう・・・。
    明日くらいには騒ぐのかな?
    このオリンピックは観戦に行っちゃダメ絶対!なイベントですね。

    新型インフルエンザじゃなきゃいいですが。。。  
    バイオテロじゃ・・・ないよね。でも可能性としてはあるな。
7月の始め頃から広まったというのが本当だとしたら、異常な感染力である。


五輪開催地青島市、原因不明の伝染病蔓延か【大紀元日本7月16日】

海外のいくつかの中国語メディアの15日の報道によると、現在、青島大学の付属病院、青島市立病院などの大きな病院では、毎日数万人規模で患者が詰め掛けているという。これらの患者に共通の病状は、激しい頭痛、嘔吐、高熱である。多くの高齢者と児童は病状がより激しく、肝臓、腎臓、呼吸器などの機能障害を併発した患者も少なくない。

感染者の増加とともに、市民の不安も日々広がっている。青島市の衛生部門は、人々の不安を緩和するために、メディアを通じて、今回の感染症はインフルエンザであり、大規模な流行は起こらないという専門家の考えを強調している。

一方、7月12日に青島市政府は全市の衛生局、疾病制御センターなどの関係者を集めて研究会議を開いた。会議の席上、今回の感染症は流行性脳脊髄膜炎に似ていることが報告された。その上で、間もなく開催されるオリンピックのヨットレースに影響を与えないように、今回の感染症情報を最高機密として扱うことが決定された。

そして、各級の衛生医療部門に、患者の情報が外部に漏れないよう指示し、すべての可能な手段を使って患者を強制的に隔離するよう要求した。また、この会議では、内部には厳しく対処し、外向けには穏やかな雰囲気で行ない、対外的にはやはりインフルエンザであると宣伝することが決定された。

同情報は山東省と青島市のインターネット掲示板でも話題となっていたようだが、すべての関連発言はすでに削除されている。



中国青島:五輪ヨットセール会場、突如閉鎖 

【大紀元日本7月16日】
中国政府当局は7月14日、五輪大会のセーリング会場となる山東省青島市の沿岸地域を突如閉鎖した。

ドイツメディアの報道によると、ドイツセーリング協会(DSV)のハンス・サンデス氏はドイツ通信に対して、北京五輪組織委員会は各国の代表団に簡単な通知を渡したが、閉鎖の理由及び期間に関しては説明がなかったと話した。

青島で事前合宿訓練を行っている各国代表団の間では、5月末から大量発生したアオサの除去作業が失敗したため、中国政府が会場を閉鎖せざるを得なかったではないかとの思惑が交錯している。

サンデス氏は「北京五輪組織委員会は私たちに対して、開催者として会場を閉鎖する権利があると話した。私自身は今までこのような実態に遭ったことがない。今、すでに30ヶ国のチームが現地に入っており、彼たちはすでに何千万ユーロの費用を支払ったのに、このような事態になったとは…」と驚きを示したという。





まだあんまり情報ないが・・・。予定通り中止に近付いてきたみたい。


http://blog.livedoor.jp/mamenogu/archives/181971.html

http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1216275369/l50
テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/17 20:35

日月神示カレイドスコープ①

★日月神示に今まで触れてきた情報が集約されていた



『日月神示』に関する書籍を初めて手にとって読んでみたのが、一月ほど前。
読み込むほどに、その豊穣さに驚いてしまう。
主に研究者の中矢伸一さんの本を読んでるのだが、早く原典に当たってみたくなってきた。 

まず驚いたのは、マーヤだな~(^^;と思いつつ去年の夏から年末にかけて収集してきた
「アセンション」や「陰謀論」についての情報が見事にそこに統合されていたことだった。
まるで僕の頭の中を知ってる誰かが、「ハイ、じゃあ次日月神示読んでみなさい、ほい」
と手渡されたような気さえする。

この順番が逆だったら、僕は特に興味を惹かれなかったかもしれない。
神道系の神示と言うのはんとなくナショナリズムくさいイメージもあるし、なんと言っても
昭和19年に降ろされたメッセージに今の時代に役立つことがそれほどあるとも思えなかったと思う。
だが、多くの情報に触れてきてから神示を読むと、それは今の時代のことを話しているし、
その警告は今の時代だからこそよりいっそう重要性を帯びているように思えてならないのだ。
『日月神示』の内容はそれ程今日的に感じられるのである。
しかし、『日月神示』の語る立て替え・建て直しと「岩戸開き」が現在のことを言ってるのなら
それが今日的に感じられるのはむしろ当然だろう。
今の時代に向けてこそ書かれたものかもしれないのだから・・・・。

で、まず「陰謀」だが~
日月神示は国際政治を裏から操る「陰謀」の存在を前提として書いている。
なぜ「陰謀」というと胡散臭く感じられるのだろうか。
牛肉屋の社長が産地や、賞味期限をごまかしたりするのも、規模は小さいものの、陰謀である。
そんな小さな世界にも陰謀があるなら、何兆円の金が動く国際政治や事件、戦争の世界に「陰謀」が
ないはずがないのではないか。
なのに、テロや戦争になにか裏があると考えると「それは陰謀論だね」と論外として扱われるような
風潮はなにか不気味ですらある。
どうも僕らは、比較的小さな悪に対しては非寛容だが、あまりにも巨大な工作や偽装にかんしては
あまり考えないようにうまく条件付けられているようだ。
日月神示のなかでは、そのような陰謀集団を「イシヤ」と呼んでいる。
秘密結社として有名な「フリーメーソン」は自由な石工職人と言う意味だが、意味的に近くて
興味深い。

石屋の仕組みにかかりて、まだ目覚めん臣民ばかり。

去年は僕は日本が3S政策やマスメディアによって意図的にコントロールされてきたことも
知らなかったし、9・11がイラクと戦争をする口実として起こったこと、郵政民営化や、経済学者の植草さんの
逮捕がアメリカの金持ち連中の顔色を伺って起こったことだったとも知らなかった。
あ~小泉さんね~なかなかあの人は頑張ったんじゃないかな、いい人そうだし・・・と何の根拠もなく思っていた。
しかし、真相に触れてみて、僕は怒りや恐怖で気が変になりそうになったと言っても過言ではない。
嘘であって欲しいと思ったが、直観はそれらが事実であると告げていた。
もちろん、この闇の全貌はわからない、だが確信できたことだけで十分だった。
この世界はエリート主義の金持ちのじいさんたちによって、非道な手段で動かされているのだ。
彼らには「平等や平和、博愛」の観念などない。それはこの世界を一目見ればハッキリする事実である。
あったとしてもそれは彼らのグループのなかでだけしか通用しないだろう。

そして
神示は彼らの存在をはっきりと視野におさめていた。
その上で、彼らの存在も神の経綸の上で必要なことだと言っているのだ。
そのような巨悪をすら憎んではいけないと言っている。
彼ら・・・「イシヤ」にも役割があるようなのだ。

この方悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、もう悪の世は済みたぞ、悪の御用結構であったぞ。はよう善に返りて心安く善の御用聞きくれよ

「イシヤ」をも包み込もうとする視点、それは普通の「陰謀論者」には往々にして欠けているものだ。
例えば、なんか最近体調が悪いな~と思っていた旦那が、いつもより早く目が覚めてキッチンに行くと
嫁が入れたてのコーヒーに毒を盛っているのを目撃したらどう思うだろうか?
信頼していた世界や、マスコミに裏切られていたという恐怖や怒りはそれと似たところがある。
僕はテレビを叩き壊してやろうかと一瞬思った。
だから「陰謀論者」がパラノイアになって、システムを攻撃するのはある意味当然である。
彼らにとって「悪」は「絶対悪」なのであって、「善に使われている悪」という視点が欠けている場合が多い。
しかし日月神示は語る。
悪は役目なのであり、神は悪が可愛いのだと。
神示が述べているのは、単なる事実ではなく、「愛」の目からみた真実なのだ。
修道会でI先生も、「彼らも神の御心をおこなっている」と言っていたように記憶している。
I先生も、僕が陰謀にはまる前から到達すべき答えを教えてくれていた。

★岩戸開き=アセンション?

「アセンション」についてもいろいろと聞いてきたが、これについて問題なのは、
①「アセンション」とはなんであるのか?
②それはいつ起こるのか?
③どのようなメカニズムで起こるのか?ということだ。

「アセンション」をカルキ・バガヴァンが言うように悟りの時代の到来とするならば、それはもう始まっているように思う。
バガヴァンのゴールデンエイジムーブメントでは、ディクシャと呼ばれる頭部へのエネルギー伝達(シャクティ・パッド)
によって多くの人が意識の変容を体験している。
純粋な悟りの状態の人はおそらくごく少数しかいないと思うが、それでも自己の統合や、癒しがその現場で多く起こっているようであり、今後もこの運動は波及性を持って広がっていくように思える。
I先生のところでも、一時期たくさんの人が連鎖的に覚醒して、先生自身が驚いたと言うようなことを聴いたり、僕もその現場を垣間見たりしているので現在が非常に「意識の覚醒」という意味では特別な恩寵が降り注がれている時期だということは疑っていない。ただそうは言っても、今のところ本当の理解に至る人の数は絶対的に少なく思えるし、バガヴァンが言うように人類全体が覚醒するなどということがあるのだろうかと思うのも事実である。

しかし「アセンション」に対してもうひとつの見方がある。
それは地球全体が、人類が「半霊半物質」の存在へと進化を遂げるというものだ。
これはすでにアセンションを遂げた金星からやってきたオムネク・オネクという金星人の女性が語ってる話で、他にもこの説をとる人は多い。
今よりも物質密度が低く、霊性が高い世界であるために、現在のような苦しみは消滅し、幸福な生活が待っているという。
これはにわかには信じがたい説ではある。
人間の意識が集団的に目覚めるというのはなんとなくありそうな感じもするが、物質や肉体の構造まで変化し、この世が天国のようになるというのは簡単には信じられることではない。
しかし実は「日月神示」が予言しているのは、この見方のようなのである。

半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん
そしてその世界ではすべてが光り輝いており、放たれるオーラによってその人間の性質がはっきりするのだそうだ。

想像力が貧困なのか、猜疑心が強いのか、比較的常識的なのか、なかなかこのような世界が来ると信じ切れないがかといって「絶対そんなことあるわけねえよ」とも僕は言い切れない。
というのもなにかとんでもないこと、すごいことが起きそうな予感はずっと前からあったからだ。

「悟りの時代」と「半霊半物質」
このふたつは実は矛盾しないという可能性もある。
それはアセンションに関する3つめの疑問、それはどのようなメカニズムで起こるのか?と関係することだ。
おそらくそれは、何万年かに一度の周期的な現象として、宇宙の法則の中で起こる出来事だろう。
その周期に入ると、宇宙の中心から意識を変容させるような、なんらかのエネルギーが降り注がれるものと思われる。
ある説によるとそれは「純粋な生命エネルギー」だという話である。
このエネルギーは地球以外の惑星にも影響を与え、ポールシフトや気温の上昇を引き起こしている。
そしてこのエネルギーは地球上の個人レベルでは意識を変容させ、場合によっては「悟り」と呼ばれる境地まで連れて行く。
そして惑星レベルにおいては物質の組成を根本的に変化させ、地球を進化させる。
そのようにも考えられるかもしれない。
 しかしこのエネルギーは、暗黒面ももっており、ある意味諸刃の剣でもある。
 そのエネルギーは、自然のエネルギーのようにただひたすら人を癒すものではないと思う。
 真に根本的な変化を促すものなのだ。
 
 大抵の場合、集団的な意識の変容に伴い、地軸の移動、地震や火山の噴火、戦争などが起こると言われている。これらは、ある現象は人間の環境破壊による自然からのしっぺ返しなのだが、ある現象は避けようが無い周期的なものだと思う。特に、地軸の移動は宇宙的サイクルの節目に必ず起こると言われている。

 日月神示ではこのようなアセンションに関する暗黒面(払うべき代償)がなかなか恐ろしい筆致で記されている。このようなネガティブな予言の類は一般に忌み嫌われるが、日月神示が語る終末の姿もきわめて黙示録的で恐ろしく、ジュセリーノの予言も真っ青の雰囲気をかもし出している。
  
 その中で不気味なのは「神と獣がわかたれる」という一文だ。
 
 「獣と臣民とはっきりわかりたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ

 「神のマコトの姿と悪の見られんさまと、ハッキリ出てくるのぞ、神と獣とわけると申してあるのはこのことぞ。何事も洗濯第一」  

 以前の記事でも書いたが、これはエネルギーの流入にともない起こってくる現象だと僕は思う。
  なにか強烈なエネルギーが流れるときに、内側に様々なネガティブな感情や想念があると、回線がショートしてしまうのだ。そして、内側にあるのと同じ暴力や憎しみを外側に表現してしまったりする。だからこそ神示は「洗濯第一」と言っているのではないか。

  先ほどエネルギーの暗黒面と書いたが、 
  それは、汚れや、カルマを表面に押し出す力だ。
  受けて次第によってどのようにも変わる。

 いままではそのような強烈な変化のエネルギーは存在しなかったから、僕らはなんとなく日常を生きていくことができた。だがすでに毎日を生きることが「行」である時期に入ってきている。
 このことは「岩戸ひらき」とともに起こってくる現象を考察するときにまた詳しく書きたい。
 

日月神示 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2008/07/17 12:29

  また疎開する人がいた。

  黄金の金玉を知らないか?

 という面白い名前のブログを前から読んでいたのだけど、その管理人さんが先の荒れ事に備えて田舎にひきこもることにしたという記事が最近アップされてた。

 何が起こるか起こらないかは別にして、このような人の移動は水面下で相当数起こっていると思われる。
 
 この人もくどいほど食べ物を備蓄して置いた方がいいと言っている。
 去年の終わり田村珠芳さんの講演会で、食べ物が手に入らなくなるので蓄えて置くようにと言っていたが、現在の食料品の一斉値上げなどを見ていると、そちらの方向に動いているようにも思える。

 だが現在のシステムのままなら、少々食べ物が不足したところで、経済的にまだ優位に立っている日本に食料が回ってこないということはない。が、世界の最貧国ではすでに食料を巡る暴動が発生している。もし仮になにかの事態で、輸入の大半が途絶えたときに、日本にはどれくらいの生産力と、食料の備えがあるのだろうか?

 自分の生存の土台に目を向けるべきときが来ている事は確かだ。

   食料についての記事をいくつかピックアップ

   ビル・トッテン氏 食糧自給を急げ!

    浅川嘉富氏 食糧危機の予兆

   ギョーザ事件があぶりだした「中国」という国内問題

   「食」の安全保障がもう崩壊寸前だ!

  ひとつの基準として、米の経済が本格的にメルトダウンし始めたら、それなりの蓄えをしておいたほうが良いのではないだろうか。今も相当不穏な動きを見せているようだが、もし事が起これば日本はこれにいやおうなく引きずられる。
  中国における変化も見逃せない。中国からも大量の食物が輸入されている。 

  結局なにをGOサインとみなすかは人によって違う。
  だが近い将来誰にでもわかる形でGOサインが出るかもしれない。
  今年は芝居の始まりの年だという。

  6月から7月にかけて、変化のエネルギーが急激に増大したように感じられる。
  それに伴い世の中でも様々なことが起こっている。
  やはり春から夏にかけては動きが激しい。
   
  僕も正直東京を離れるか、もう少し西の静かなところへ行きたい。
  「疎開」ではなく、段々都会に居場所がなくなってきたみたい。
  前からあんまり相性はよくなかったがw


テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/16 12:17

文化的多様性と食糧危機

  昨日NHKで生物多様性についてのフォーラムを見た。

  約3000万種の生き物が地球上には存在しており、それぞれが固有の役割を持っているということであるが、急速に種の絶滅が進行している。
  本来種は自然の法則によって生まれたり、絶滅したりするものだが、近年の大量絶滅は人間が行っていることで、そのつけは結局人間に帰ってくる。

 これを見て思ったのだが、『文化』というのも多様性があるからこそうまくバランスがとれているのではないだろうか。西洋商工業都市文明の一元的なグローバリゼーションは、ただただ一方的に地球環境を破壊してきた。
 本来あった土壌を無視して、そこにまったく異種の植物を植えた。その植物は歪んで、毒々しい花を咲かせるより他ない。
 「文化・文明」というのもひとつの有機体である。
 そこには先人が保持してきた生きる知恵や、情熱がこめられている。
 もちろん新しい世代と、古い世代の間で葛藤や対立があるのは当然だ。
 古代エジプトの頃から老人は「最近のわかいものはなっとらん」とぼやいていたそうだが、そのような葛藤を通じて文明は変化・発展してきた。 
 そのような変化はいわば自然な変化だった。

 しかしこれに対して、暴力的な変化というものが存在している。
 暴力的な変化とは、物理的・精神的な占領政策である。
 それまでのライフスタイルを無視して、外側からの力によって半ば強制的に文化を改造するということがある。ネイティブアメリカンや、アボリジニの人々に対してはそれは赤裸々に行われた。
 彼らは先祖代代々住んでいた肥沃な土地を追われ、精神的な伝統を否定され、望みもしないのに義務教育を強制された。
  「自由・平等・平和」というのが彼らのスローガンであるが、その実態は「貨幣主義」であり、実態なきものによって、実態あるものを支配・統制することだった。
  情報というのも一種の暴力である。四六時中(生まれたときから)ある種の情報にさらすことによって、その情報をインプットし、「自由な選択」によってそれを行っていると思い込ませることが出来る。

 このような人工的に変質させられた文化は、その本流とあまりにも離れすぎたために衰退していくことを免れない。これは「暴力的な変化」である。
 このようにして、いくつもの文化が変質し、西洋商工業都市文明のグローバリゼーションの中に取り込まれる。取り込まれた国々では、大量の消費や、精神の荒廃が進行し、やがて結果として世界全体が危機に瀕するということになる。
  このように考えると「文化多様性」が失われることは、全体にとっての危機であると考えるのもそう間違っていないだろう。

  例えば・・・最近、食料の値段が高騰し、日本にも食糧危機が来る可能性が叫ばれている。
  その主な原因はオーストラリアや、アメリカ、中国の穀倉地帯で異常気象による旱魃などの影響で作物がとれなくなったということもあるが、他に今まで肉食をしなかった発展途上国の間で肉食が増えてきたことなども原因のひとつであるらしい。
  肉食は、非効率的な食事だ。
  本来、自然界では、植物、草食動物の数に比して、肉食動物の数はきわめて少ない。少ないからこそ、草食動物が食べつくされることなく生態系のバランスが保たれている。
  しかし人間ずべてががんがん肉を食うなら、その分の牛や豚が必要となり、それらを飼育する穀物が必要となってくる。つまり一頭の牛を食べることは、その牛がそれまでに食べてきた何十キロ、何百キロの穀物を食うと言うことでもあるのだ。
 それだけの穀物があれば、現実に食糧危機に陥っているほかの国の人をたくさん食べさせてあげられるかもしれない。なのにそれを牛のえさにして、その牛を自分たちが食うと言うのはいかがなものだろうかと思えてくる。

 先の記事でも書いたが、日本も戦前までは肉食はほとんどなかったと言う。
 「食文化」というのもひとつの文明を構成する重要な要素であると思うが、日本の「食文化」が相当変質してきたことも、様々な成人病や、精神病の原因のひとつであると思える。
 案外そんなことを見直して、本来の文化を取り戻すだけでも日本は世界に貢献できるかもしれない。 
 というか、日本で生まれたマクロビオティック(玄米菜食)なんかは国内よりアメリカやヨーロッパでもてはやされてるかも・・・。

 もう肉はそろそろうんざりです・・・の国々だが、地球の全ての人が肉はもううんざり・・・と思うほど肉を食わせる余裕は地球にはもうない。

未分類 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2008/07/14 12:26

哺乳類はなるべく食べない。

  肉食を避ける人にはいくつかタイプがあると思う。

  ①ノービーフ、ノーポーク、ノーチキン、ノーフィッシュ

  という完全菜食主義者から、

  ②ノービーフ、ノーポーク、ノーチキンだが、魚はおいしくいただきますというタイプ

  ③ノービーフ、ノーポークでチキンは食べる(魚も)というタイプもある。

  僕は今のところ③を目指しているが、この前旅行に行ったとき売店でフランクフルトを買い、ケチャップとマスタードをかけようとしたあたりで僕はハタと気付き、

 「これって豚だよね?」と相方に尋ねた。

 「当たり前でしょ」

 し・しまった~~~~。哺乳類だった。とは言えケチャップまでかけているので、おいしくいただくことにする。このように肉食の魔の手は広いのである。

 なぜチキンはよくて、豚と牛はいいのか?
 鳥だって生きてるんだぞ!という意見もあると思う。
 僕も理想は菜食(魚は食べたい)だと思う。
 が、どうも鳥類と哺乳類の間にある一線があって、だからチキンだけは許しているという人が多いのではないかと思う。

 これはなぜかということは『日月神示』を読んではっきりしたのだが、豚さんや牛さんは人間にかなり近いということ。人間に近いものを食べれば一種の「共食い」になるということだ。

 誰だって自分に近いものは食べたくない。
 ゴリラやチンパンジーを食べたいと言う人はあまりいないだろうし、犬や猫をあまり食べないのは(まー食べる国もありますが)彼らがいつも身近で心理的な距離が近いからである。
 本来、牛や豚とも人間は心理的距離が近い。仲間感が強いはずだ。
 牛も豚も人間と同じようにお母さんの乳を飲んで育つ。
 親に対する愛情、子への愛情と言うものもあるだろう。
 
 が、牛や豚を都会で飼ってる人はまずいないし、見るのはスーパーですでに食肉加工してパックになってるものだけだから、その距離感が感じられなくなっているのだろう。
 牛や豚の感情(喜怒哀楽)は、魚や鳥のそれよりも人間そのものなのだ。
 殺されたときに感じる痛み・恐れ・悲しみはそれ相応のものがあると思う。

 と言っても鳥には愛情がないから食ってもいいとと言ってる訳ではない。
 鳥→魚→植物
 と人から遠く移行するほどに、感情が人間的ではなくなり、そのため「恨み」によって食あたりすることがなくなるのではないかという話し。

 『日月神示』は自分より遠いもの(穀物と野菜)を食するのが、本来の食の姿であると言う。
 そうすると食べられるものにも憎しみや苦しみはなく、食べるほう・食べられるほうどちらにも喜びがあるからだと言う。 
 
 「草木は身を動物虫けらに捧げるのがうれしいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生まれると申してあろうがな

 「霊人はまた、いろいろな食物を食している。言うまでもなく、霊人の食物であるが、これまたその霊人の状態によって千変万化するが要するに歓喜を食べているのである。

 食べられる霊食そのものも、霊人も、いずれも食べるということによって歓喜しているのである。地上人の場合は、物質を口より食べるのであるが、霊人は口のみでなく、目からも、鼻からも、耳からも、皮膚からも、手からも、足からも、食物を身体全体から食べるものである。

 そして、食べるということは、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることである。霊人から見れば、食物を自分自身たる霊人の一部とするのであるが、食物から見れば、霊人を食物としての歓喜の中に引き入れることとなるのである。

 これらの行為は、本質的には、地上人と相通ずる食物であり、食べ方ではあるが、その歓喜の度合および表現には大きな差がある。食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのである。以上の如くであるから、他から霊人の食べるのを見ると、食べているのか、食べられているのか、判らないほどである。

 また霊人の食物は、その質において、その霊体のもつ質より遠く離れたものを好む。
 現実社会における、山菜、果物、海藻などに相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まない。何故なれば、性の遠く離れた食物ほど歓喜の度が強くなってくるからである。霊人自身に近い動物的なものを食べると歓喜しないのみならず、かえって不快となるからである


 つまり性の遠いものを食べる方がお互いに「うらみっこなし」になるということのようだが、この言葉は僕にはとても論理的かつ合理的に感じられる。

 牛や豚を食べると、スタミナがつくというようなイメージがあるが、本当は消化するのに大きなエネルギーを使うのでからだに無駄な負担をかけているようだ。
 さらに消化し切れなかった老廃物が血液を汚す傾向がある。

 本来、日本には戦前肉食は少なかったが、敗戦後、意図的に導入されたのである。
 それは欧米の穀物メジャーや畜産業界の利益になるからだった。
 広告を使い積極的なパフォーマンスが行われたのだ。

 テレビでうまい焼肉屋の特集とかをよく見かける。
 あーいうのに洗脳されると、焼肉がごちそうだと頭の中に刷り込まれてしまう。

 確かに、うまい。
 瞬間的には。
 だがその後のからだの状態をしっかり観察して、感じてみると、そんなに喜んでないのがわかる。

 玄米に魚と味噌汁のほうが、ずっと元気で、喜んでいる。
 なのになぜ肉を食う必要があるのだろうか・・・
 
 だから当たり前のことだと思う。
 禁欲的なことでもなんでもない。
 本当はそっちのほうがずっと「楽」なのだ。

 神様を信じることも、それが自然で、楽なことだったのではないかと思う。 
 神がない世界には不安しかない。
 なのにそれが「宗教の領域」に閉じ込められててしまった。
 それは「食」と同じくらい、それ以上に自然なことだったのではないだろうか。

 本当に自然なこと。
 それを思い出したい。
 日月神示は本当の意味でそんな楽な道を、ウレシウレシの道を説いているのだ。  
 それが「かんながら」の道かもしれない。 


アセンション考 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2008/07/13 15:17

内なる眼

  「太霊はすべての場所で悪を除かれる。これは大きなことだ。母なる大地に、多くの大変化が、総ての場所に大変化が来たあとで、太霊はおいでになる。この惑星だけではない。全ての惑星で大きなことが起きるのだよ
               盲目のネイティブ・アメリカンのシャーマン ブライトアイズの言葉

 すべての惑星で大きなことが起こる、を裏付けるかのように、

 天王星と海王星ではポールシフト(極の移動現象)が起きている。
 どちらの惑星も以前より温暖化している。
 木星の磁場が二倍になっているという。
 木星の衛星イオではこれまで観測されなかった火山活動が観測されている。
 2006年、オーヴァルBAと呼ばれるあらたな赤い斑点が出現して巨大化している。
 火星の大気は濃くなっている。
 金星の大気は化学組成と光学的性質が変わってきており、輝きを増している。
 

 (出典 『2012地球大異変』NHK出版)

 最近洞爺湖サミットの影響か温暖化問題がやけに報道されている。
 が、現在の異常気象というのは本当に『二酸化炭素による温暖化』が諸悪の根源なのだろうか?
 僕もアルゴアの「不都合な真実」を見た時は、なるほど~と思ったが、最近は疑問に思うことがある。
 しかも、サミットのぐだぐだ感をみているととても、いくら既得権益の維持があるとは言え、本腰を入れて温暖化をどうにかしようとしているとは思えない。2050年までに半減って(^^;やる気が無いなら、あんなイベントするお金がもったいないなあと心から思う。地球のリーダー(?)達は、そんなことをしても意味がないと知っているのかもしれない。

 マヤの最高神官で沖縄のカミンチュ比嘉良丸氏とともに、伊勢神宮など日本の各地で祈りを捧げたドン・アレハンドラは、フラワーオブライフやマカバ瞑想で有名なドランヴァロ・メルキゼデクに、2007年から2015年までの間に時間の窓が開き、北極と南極が逆転するポールシフトが地球で起こると話している。ポールシフトは一万三千年前にも起こり、この時アトランティス人の一部がマヤに移りマヤ人となったという。ちなみに同じく浄化の日の予言で知られるホピ族も、ルーツは彼らと同じらしい。

 昨年の10月ホームズ彗星が太陽系に入り爆発したとき、ホピ族の長老グランドファーザー・エリックによると部族はそれを最後の予兆の成就と判断した。こののちマヤ長老会議はこれを追認し、2007年10月26日から終末の最終段階に入ったことを確認したという。
 終末の最終段階というもののもちろんこれで、人類が滅びるとかそう言うわけではなく、新しい世界への移行が行われるのだと彼らは言う。移行後の世界は歓喜して喜ぶようなすばらしい世界になると彼らも言う。

 この情報はこちらから

 今年が重要な分岐点になると言っている人は多く、奇しくも日月神示においても、『子の年をはさんで前後十年』が建て直しの正念場であるという言葉が出てくる。その「子の年」を今年のことだとすれば、2003年から2013年が正念場となる。(あるいは1998年から、2018年とも読めるのか)
 さらに『新しき御世の初めは辰の年』という言葉もあるが、問題の2012年はまさに辰年でビンゴとなっている。

 なぜそろいもそろって様々な伝統のなかの人が、巨大な変化を叫び始めているのだろう。
 僕のなかの直観もそれらと共鳴するように(あるいは扇動されているだけか)時が変わっているのを感じている。 
   
  しかし『温暖化問題』含め相変わらずマスコミは、何事も起こっていないかのように空騒ぎをしている。 
 そろそろ僕たちはマスコミからの情報を鵜呑みにするばかりでなく、自分の感覚や直観でなにが起きているかを見極めるべき時に来ているような気がする。
 本当の変化がもし起これば、それらはあまり役に立たなくなるはずだから、なにが正しいのかは、多勢に流されず自分自身の魂に聴くより他ない。

 ブライトアイズは盲目だが、「心の眼」で普通の人間よりも多くのもの、真なる現実と触れ合っている。僕らにもこの「眼」はある。自然の中で一人になり、こころを穏やかにすればこの「眼」はなにが本当かを教えてくれる。なにが正しいかを「感じ」で教えてくれる。あるいは「イメージ」で、あるいは「言葉」で。

 以下、シャーマンブライトアイズと弟子のメアリーサマーレインの会話。
 
何年か前に、ビルと一緒に大きな世界地図を壁にかけた。地震や火山爆発など、異常現象を聞くたびに、その地域に黒丸をつけた。すぐに地図は真っ黒になって、もう諦めたわ。でも、出来事がエスカレートしているのだけはわかった。」

 「でも、今も同じ。異常気象がどれほど起きても、その関係に気付かないでしょう。 
  変だねというくらい。これほどはっきりしてるのに、わからないのよ


 「そうさ。目が見えないのだよ

 「変化は来る。ニューヨークはなくなる。
 本も、テレビも、ラジオもだ。
 霊は慰めを与え、今準備させるために来ているのだ。
 サマー、いたるところに新しい人類が来ている・・・




アセンション考 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2008/07/11 12:38

富士と銀河?

 先週の金曜から、二泊三日で富士五湖周辺を周ってきた。
 
  前日から突然のどが変になり、旅行中ずっと風邪の様な症状でからだがダルかった。

  そのダルい体のまま移動したり、風穴の中に入ったりしたのでちょいときつかったけど、面白い旅だった。

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北口本宮富士浅間神社

平日だからか境内にほとんど人がおらず、静かでとてもいい感じの場所だった。

アセンションだか、悟りの時代だかなんだかわからないが、新しい時代が平和に始まることをお祈りした。

これは勝手な憶測になるかもしれないが「富士」というスポットとそれにつらなる見えない世界が、意識の変革や、時代の変化に大きな役割を果たしているのではないかと、そんな思いがあった。

以下マーヤ話なので適当に読んでくらさい。

帰ってから、夜中に目が覚めるとまたいつものごとく「富士神界・・・」という単語とぼんやりしたイメージが残っていた。イメージ・・・富士をとりまくある種の巨大なエネルギー場、何万年も前から存在し、人間の活動を認識し続けていた意識、それは想像を絶して、大きく、人間離れした叡智に満ちている。

絵を描いてみると、富士の山頂から伸びたエネルギーが、びょーんと銀河の中心へとつながっているようなそんなのが出来た。

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・・・・すんません、あまり絵心ないんで。

「富士神界」でネット検索してみると、あるブログに次のような記事があった。

「日本神界には、天津神界と国津神界とがあり、伊勢神宮に対応すると内宮と外宮である。両者の神界を代表して日本神界というが、その中枢が富士に置かれていて通称:富士神界という。
この富士神界は、世界の主たる神界と比べてもその大きさは太陽系を超え、銀河の中心太陽=セントラル・サンにまで達している。

日本の「神道」は、宇宙の道たる「大道」の雛形であり、ここ富士から宇宙へ羽ばたく道が用意されている、この大道に入ることを昔から、『鳳凰が羽ばたく象徴』として崇められてきた。

マヤの預言では、2013年に地球が光の次元へアセンションするという話がありが、この銀河系からの光への流入は、すべて富士を窓口にして入ってくる。
地球最大のエネルギーのポータールである。」

しかも、このブログ・・・この記事が初エントリーのようだが、その日付が7月4日・・・僕が旅行に出発した日だった。

最近こういうシンクロが変に多い。
個人的にはシンクロが多くても、それがその物事の正しさを証明しているとは必ずしも思わないが、同じようなエネルギーが異常に同調しやすくなっているようなそんな感覚は受ける。
それ自体が新しいエネルギー法則の時代がすでに始まっていることの証しかもしれない。
今までも「類は友を呼ぶ」と言うように同じような性質のエネルギーが磁石のようにひきつけあう、ということはあって、だからこそそんなことわざが出来たのだと思う。

きいた話しによると、その法則がどんどん強まっているようで、「魂が整列を始めている」らしい。
これは、今までばらばらに存在していた似たような質の存在が、集合し始めているということのようだ。
死後の世界は同じような性質のもの同士しか会えないが、いろいろな人たちが同じ世界に生きていることがこの世の醍醐味であるとスピリチュアリズムなどでは言うが、これからは地上が霊界チック(同じ性質が寄り集まる)になっていくのだろうか。

これも「透け透け現象」とともに今後さらに増大していきそうな予感がする。

旅行中ずっと曇ったり晴れたりで、なかなか富士の全貌が見えなかったのだけど、帰り道のバスの中できれいな姿が見えて感動した。下は根場癒しの里にて、ちょっとだけ頭を見せてくれた富士。

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ありがとうございました~♪

ピルグリム(聖地巡礼) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/09 16:00

透け透け

  日月神示の伝える、『アセンション(?)』の世界

 
  「八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変わるのであるぞ。これが元の元の元の大神の御神策ぞ。今までは時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが、今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。今までの岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸ひらきぢゃ

 「半霊半の物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん。今のやり方ではどうにもならなくなるぞ。今の世は灰にするより他に方法がない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生まれつつあるのぞ。岩戸ひらきとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ

 「都会へ都会へと、人間の作った火に集まる蛾のような心では、今度の御用出来はせんぞ。上っ面飾りてマコトない教えのところへは、人は集まるなれど、マコトの道伝えるところへは、臣民なかなか集まらんぞ。見て御座れよ、いくら人少なくても見事なこと致して御目にかけるぞ

 「神の世と申すのは、今の臣民の思うているような世ではないぞ、金は要らぬのざぞ、お土からありがたいものが光て来るのざぞ、衣類、食べ物、家倉まで変わるのざぞ。草木も喜ぶ政治と申してあろうがな、誰でもそれぞれに先の判る様になるのぞ。お日様もお月様も海も山も野も光り輝くぞ、水晶の様になるのぞ。博打、娼妓は無く致すぞ。雨も要るだけ降らしてやるぞ、風もよきように吹かしてやるぞ、神をたたえる声が天地に満ち満ちて、嬉し嬉しの世となるのざぞ

 「神の国光りて目あけて見れんことになるのざぞ、臣民の身体からも光が出るのざぞ、その光によりてその御役、位、判るのざからミロクの世となりたら何もかもハッキリして嬉し嬉しの世となるのぞ、今の文明なくなるのでないぞ、タマ入れていよいよ光りて来るのぞ、手握りて草木も四ツ足も皆唄うこととなるのぞ、み光に皆集まりて来るのざぞ、てんし様の御光は神の光であるのざぞ

 「よき世となったら、身体も大きくなるぞ。命も長くなるぞ。今しばらくざから、辛抱してくれよ。食物心配するでないぞ。油断するでないぞ。皆の者喜ばせよ。その喜びは、喜事となって天地のキとなって、そなたに万倍となって返って来るのざぞ。喜びいくらでも生まれるぞ




  「水晶の世」というのを去年の終わりごろ、ある講演会で聴いたのだが、この日月神示の文章と照らし合わせてみると霊的身体がおもてに現われでて丸見えになり、物質的肉体がある意味あまり意味を持たなくなるということのようだ。

 さらに、以前参加したとあるセミナーで「自分の想念や感情が四方八方にいろいろな形(光や色)で伝わっていると知っても穏やかでいられることが、自由であること」という言葉を聴いたことなども思い出した。
 
 現在の僕らは心のプライベートな領域と、外面に表現する自分を使い分けることが当然となっている。しかし、これは実は相当なストレスになっていることなのではないだろうか。本音と建前の使い分けは「大人になること」であるともみなされる訳だが、それは「嘘と本心」の葛藤と神一重のところにある。

 つまり、その「嘘と本心の葛藤」を当然の前提として成立しているのが、現在の社会であるとも僕には思える。そしてそれは自分自身の心的構造の一部でもあるように思う。
 「嘘」といって悪ければ、「自分自身を隠そうとする働き」とも言い換えられるだろう。
 
 しかし、なぜ自分自身を隠そうとするのかと言えば、そのままの自分を外部にさらすのは到底耐えられないからであるという想いがあり、そうすれば他者から怒り、さげすみ、哀れみ、嫌悪などを向けられるに違いないと恐れるのためだろう。
 その他者からの(葛藤)エネルギーにより、さらに内部が分割され、葛藤を経験することを恐れているのだ。

 これがいわゆる「羞恥心」と呼ばれるもので、失楽園以前のアダムとイブに羞恥心がなかったと言われるのは、単に服を着なくても平気だったというのではなく、こころを裸で世界にさらしてもまったく何の葛藤も無かったということではないかと思われる。

 しかし多くの場合、多大な自己嫌悪や自己憎悪がこの種の葛藤を発生させているので、それは「愛」に触れることで徐々にブロックがはずされていく。なぜならその「愛」はそのままの葛藤をも含めて容認し、包み込んでいるからだ。
 この「愛」は、神様から、そして「嘘と本心の葛藤」を超えている人から来る。 
 
 神示を、そして世の中の動きを見ると、嘘をつくこ、「隠すこと」とが難しくなって来ているように思える。これは別に、産地を偽装している食品会社やWTCを倒壊させた人々だけの問題ではなく、個人のレベルでもその傾向が強くなっていく。

 世の中がスケルトンになっていく時
 それを異様に恐れる人も、「あ、そうなんだ」で済ませられる人もいる。

 僕は・・・ちょっと怖いw


日月神示 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/08 13:12

  サイババの顔が表紙になっている本を頭の両側に置いて寝たら濃い夢を見た。
  去年のリトリートの後、急にマーヤになった時、なにげにその本をテーブルに立てかけると、著しく空気感が変わり思わず笑ってしまったので、時々この本を使う。
  その夜はあまりにも重かったので、二冊同時使用したという訳w

朝、目覚めると、

  「出口王仁三郎聖師」「出口王仁三郎詩画」

 というような言葉が頭の中に残っていたので、そのワードで検索してみることにしてPCをつける。

 すると、どっかがおかしくサウンドドライバがインストール出来なくて、PCの音が出なかったのだが、今日は出来そうだ・・・!試みると、成功!
  お~リチャードコシミズさんの動画でも見ようか、と思うが思い直し、出口王仁三郎から調べることにする。すると、王仁三郎が祝詞をあげている肉声が聴けたり、半裸で歩き回っている画像が見られるサイトを発見。

 すごい!声が残っていたのか!と興奮し、再生。
 祝詞、良かった。

 そのあとまったく別の動画を見ていると、パソコンがカタマル。
 再起動すると、また音が出ない状態に復帰した(^^;
 まるで王仁三郎の声を聴くために一時的に復活したかのようであった・・・。

 近頃よく書いていた、『日月神示』ももともとは大本の流れであると言えると思う。
 艮の金神による「世の立替建て直し」を言い始めたのも、出口なおと王仁三郎であったと思う。
 「日月神示」を降ろした岡本天明は一時期大本教に所属していた。
 
 王仁三郎の写真を見ると、どこかかわいらしいような雰囲気を感じる。

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 わかってる人は、知恵とともにどこか子供のような愛らしさを持っていることが多い。




 (前略)ある日、天気のよい日であった。王仁三郎翁は私をつれて、縁側に腰をおろした。すると青空に一つ二つ白い雲が浮いて、青空を流れている。

と、王仁三郎翁はいうのである。
「前川さん、あの白雲に乗って青空を旅する。さぞかし気持ちがよかろうな。いっしょに行きましょう、どうですか」

私は返事のしようがない。「そりゃ、気持ちがよいでしょうね」と平凡なあいづちを打つだけである。

王仁三郎とはそういう人である。私に言わせると、王仁三郎は詩人である。これほどの詩人はめったにいない。教えというのもそれである。王仁三郎の詩である。そしてすべてがそういうふうである。



http://www.aizenen.info/od/mm.htmlより
私的雑記 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2008/07/03 12:27

ナチュラル

 ダンテス・ダイジは、ある講和の中で「人の為に自分の命を投げ出すのが、人間にとってもっともナチュラルな状態なんだ」と言っていた。

 自己犠牲というと、なにかすごく徳の高い人しか出来ないというようなイメージがあるが、というよりもそれがある意味「当たり前」であると言ってるようで、印象に残っている。
 しかし、その「当たり前の人間」が現在ほとんどいない、とも言ってる訳だが。

 昨日、ビールを飲みながら「銀河鉄道の夜」を読んでいた。 
 カムパネルらがクラスメートを助けるために、河の中に入り溺れてしまったことをジョバンニが知るシーン。カムパネルらがそうしたのは、彼の心がクリアでナチュラルな状態であったからだと言える。
 でも、ナチュラルな状態であれば、自然とそのように体が動く生物に人間をつくった「宇宙」になにか眩暈がするような感覚を感じた。

 カムパネルラが友人の為に死んだことを知ったあと、ジョバンニは、お母さんのミルクを持って家に走っていく。この物語の中では何もかもが愛によって満ちている。その自己犠牲の精神は、「蠍の火」の話しで象徴的に語られている。
 
  「僕はもうみんなの本当のしあわせの為なら 僕のからだなんかひゃっぺん焼いたってかまわない」と言うジョバンニもやはり彼岸への旅を通じて自分のナチュラルさを発見できたと言えるのだろう。

 もしかすると、みんな心の底では、誰かのために死にたいのではないだろうか?
 そんな気さえするのだ。
 しかし、それを恐れてもいる。

 多くの人は、人には悪く思われたくないし、自分でも良い人間だと思いたいと思うのだが、一方 
 超良い人間(カンパネルラ的行為を喜んでするような)であることは恐れているのだ。
 少なくとも、僕はそうである(とある出来事で認識した)。
 ハートの奥に潜むイエスが自分の姿となることを拒絶している。 
 適当なところで「チョイ悪」な自己イメージで留めておいたほうが、馴れ合いが利く。
 しかし、ナチュラルということは、僕らがどう思おうが、その本性は超善で、すでにそれだということになる。 
 
 いろいろなものに、命を捧げているんだろうか。

  しかし、そこまで行かなくても、ひとりでに倒れる誰かを支えようと体が動くようなときと言うのは、誰にでもある。
 それだって十分、すごい。 
 それをするのは自「我」ではなく、誰の中にもある神様から与えられた、尊い部分なのだろう。

 ひとりでにしてしまうとか、体が勝手にとか、普段はそんな(やさしい)人じゃないのに・・とか言うけど
 自分がやらない(やってるという意識がない)からこそ、それは尊いように思う。

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/03 00:31

  『本質的には、善と真は有であり、悪と偽は影である。故に悪は、悪に、偽は偽に働き得るのみ。
影なるが故に悪は善に、偽は真に働き得ない。悪の働きうる真は、真実の真ではない。悪は総てを自らつくり得、生み得るものと信じている。善は総てが神から流れ来たり、自らは何ものをもつくり得ぬと信じている。故に、悪は本来の力なく、影に過ぎない。善は無限の力をうけるが故に、益益弥栄する
』  日月神示


故に悪は、悪に、偽は偽に働き得るのみ。
影なるが故に悪は善に、偽は真に働き得ない。悪の働きうる真は、真実の真ではない。


個人的解釈。
マーヤは、マーヤにしか働かない。
マーヤであるがゆえに、マーヤは神に働き得ない。
マーヤの働きかけうる「自己」は、本当の「自己」ではない。


リトの時のI先生の言葉。

『俺からするとすっごい愛を感じるね。ものすごい愛を感じるよね。
オヤジは黙ってるけど、おふくろはうるせえみたいなw
でもお袋がうるせえには訳があるみたいなね、そういうところなんだよ。
お前らヤラれてるんだぞっていうのを、やられさせることによってわからせるっていうね。だってそれしかわかる方法がないんだもん、他に。てっとり早くさ。』

マーヤにやられることで、ぞのやられてる自分がマーヤの自分であることがわかる・・・ということ?
つまり、やられないと、いつまでも「偽我」のままでOKということになってしまう。
あぁ~(><;

例えば、学歴偏重という固定観念が自分の中にマーヤとしてあるとすると、
自分より低学歴の人には優越感を感じ、高学歴の人には劣等感を感じる。
しかし、固定観念がなくなるなら、優越感を感じることもない代わり、苦しむこともない。
そういうようなことかな・・・。


悪は総てを自らつくり得、生み得るものと信じている。

マーヤは、すべて自分の意志次第で生じさせることが出来ると信じること。

善は総てが神から流れ来たり、自らは何ものをもつくり得ぬと信じている。

智とは、すべて、神がおこなっていると知ること。

ネオは、エージェントスミスに

「お前は間違っていなかった」と言う。

知りたい部分と知りたくない部分、神に近付きたい部分と近付きたくない部分。
どちらも自分の中にある。

この二つの極の現象化が、個人の内でも、全体的にも進行すると言うのが
日月神示や、ビュレント・ラウフ(ラストバリアのハミッド)、ヒトラーの予言wなどで言われてることのようだ。

ルーツも文化も違う場所で同じような未来図が語られているのは興味深い。
ただこれらの予言はすべて、文字通りに解釈するというよりは、すべてが部分的な真実を伝えていると考えるほうが良いように思える。特にアドルフ・ヒトラーの予言とかは・・・。

「二極化」。こういうことを書くと黙示録的なハルマゲドン幻想や、カルト的な善悪分割論と勘違いされてしまうかもしれないが、そうではなく、これは宇宙からのエネルギーによって起こる、一種の自然法則だと思うのである。そのエネルギーが強くなって、神とマーヤとの、「なあなあ関係」が利かなくなっているのではないだろうか。
神を受け入れてなければ、その宇宙エネルギー(かなんか知らないが)によってどんどん噴出するカルマ的現象(内面のモノも含む)に心身をそのまま持っていかれてしまいかねない。
このように、「現象に神のサインを見る」とか「すべてを受け入れる」という方向性があるか、ないかだけでも、エネルギーの影響と、それに伴うカルマの噴出によって二極化してしまうのではないだろうか。
しかし、そのカルマ的現象が目覚まし時計の役割もしているのだろうけど。そう考える視点が重要になってくると思える。


僕は去年のリトリートに参加してから、マーヤがあまりない時と、普通にマーヤな時のギャップに、単に躁鬱病になったのではないかと思うこともある。
感じがいい時は、もう「上がり」か?と思うがそのあと確実にまた落ちる。
正直、このアップダウンがきつく思えるときもあるが、当分はこれが続くのだろう。
光と影はめまぐるしく変わる。

私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/01 13:22
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