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  ファウストを訪れるメフィストフェレスは、『あっしは、すべてを否定する霊』と名乗る。

  ではすべてを肯定する霊とは何だろう?

  それは人の本性ではないだろうか。

  和すること

  世界と

  和すること

  自分自身と

  否定性に何がしかの救いがあると思う間は

  和すること

  メフィストと  





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神様 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/28 13:37

  マイケルジャクソンが亡くなったということで、テレビで追悼番組を放送していた。

  正直、まともに曲を聴いたこともないから、スキャンダラスなイメージとなんだか可愛そうなカリスマだというイメージしかなかったけど、さすがに『スリラー』というPVのことは知っていた。

 テレビで全編が流れていたけど、マイケルジャクソンがゾンビたちをバックダンサーにして踊る。そして、映像のラストではマイケル自身がモンスターであるかのような目でカメラに笑いかけて終わる。

 アルバムジャケットには、ゾンビたちに囲まれたマイケルジャクソンの姿が映っている。
 今それを見ると、それは彼に付随する多くのものを、求めて回りに近寄ってくる有象無象のようにも見える。その中で彼は、ゾンビたちを自分のダンサーとして躍らせるのだが、話し相手もなく孤独に見える(ゾンビは会話できないだろうし)。しかし、一方、『スリラー』のラストでにやりと笑いかける彼は、彼自身に対する多くの人の、『怪しい・・・・』という疑惑のイメージを象徴している。

 しかし結局彼自身の人間性については、彼自身しかわからない。
 というか彼自身にもわからないだろうし・・・。

 という意味で、このPVはマイケルジャクソンというカリスマと彼の人生にまつわる多くのことを雄弁に語っているように見えた。他に思ったことは、マイケルジャクソンはダンスがすごい!(なんて素人ぽいコメント)ということ。あと、バラードよりも、アップビートの曲のほうが気に入った。
 バラードはなんとなく、ディズニー映画のテーマソングを連想させ、それは彼が建設した『ネバーランド』のイメージとも重なり、きれいな声とメロディなのだがすごい空虚さをも内包しているようなそんな感じがした。

 しかし、僕のようにほとんど曲も知らずに、彼のイメージ(赤ん坊つり下げとか)だけが先行しているというのもカリスマである所以であると思うのだが、やっぱりミュージシャンだから音楽で評価されないと可愛そう。

 多くの人が彼の死をひとつの時代の、あるいはアメリカの時代の終わりの象徴として語る。
 このニュースに関してひとつ連想するのは
 ネバーランドは確か、カリフォルニアにあったと思うのだが、このカリフォルニアが現在デフォルト(財政破綻)寸前だという話しだ。

 カリフォルニア州の財政破綻が引き起こすアメリカのデフォルト宣言

 カリフォルニア州の他にも、現在財政的に綱渡りをつづけている州はたくさんあり、ロシアの専門家などはこのようなことを原因にして将来的に合衆国が何ブロックかに分裂する可能性が高いとまで言っている。またアメリカでは、銃器を製造するメーカーの株価が2008年度に50パーセントも上昇し、10月から12月期の収入は72パーセントも急増しているということである。

 マイケルジャクソンも確か、多くの借金をかかえていて、私物をオークションに出したり、また来月ロンドンで予定していたコンサートの収入に期待していた面も大きいと言われている。
 多くのカリスマのように、マイケルジャクソンも時代のゆがみをその人生に体現していたのかもしれない。

 


 いつも読んでるブログに動画が貼り付けてあったので、この機会に聴いてみた。
 48分もあるけど、結構あっという間に全部見てた。
 しかし、にこにこ動画・・コメントを動画の上に全部かぶせるのはどうかと思いました(笑)
 ある意味大人数で鑑賞してるみたいで、面白いけど。
 でも同情的なコメントが多く、また動画をつくってる人が大ファンだと言うのがわかるので、テレビでの番組とはまた違う熱い雰囲気が伝わってきてよかった。

こちらのブログで発見 Aobadai Life



知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/27 11:36

<帝国>は終滅する

 
  否定性(悪・誤りと認識されるもの)を否定しない

  否定性を否定する人を否定しない

  なぜなら、すべて自分の心の問題

  心穏やかに生きるために 


  <帝国>と戦うことはその錯乱に感染するに等しい。これはパラドックスである。<帝国>の一部をくつがえす者は、誰であろうと<帝国>になる。<帝国>はウィルスのように急激に増殖し、その形態を敵に押し付ける。それによってみずからの敵となる

                                 F・K・ディックの秘密経典書42

 悪のヒーローの「本当の」目的は、自分を憎み、やっつけてもらうことである。

 それによって、彼は不死の命を得る。

 「みずからの敵となる」ことによって、分離混乱状態を継続できるのだ。

 「イルミナティ」と戦うものは、「イルミナティ」の一部となる。

 
 <帝国>とは錯乱の規定、錯乱の法典化である。狂っており、本質が暴力的なものであるため、暴力で持ってわれわれにその狂気を押し付ける。
                                          秘密経典書41

 しかし、神は否定性と戦ってはおらず、それを世界を回す車輪の一部としている。

 そして

 人間は、宇宙理性ミトラから、次のような本性を与えられている。コスモクラトールミトラは、妨害し邪魔立てするものをすべて天命に向かって方向付け、その組織の中に折込み、自己の一部分とする能力を持っている。われわれも、同様の能力が授けられている。

                                   マルクス・アウレリウス『自省録』

 否定性は、否定性と戦うことによって、人を自分の一部とし、

 神はすべてを受け入れることによって、すべてを自らの一部としている。

 ここに、まったく違ったふたつの次元の相似形がある。

 戦うことにより悪は生まれ

 受け入れることによって、神は目覚める


  以下の二つの理由から、君は自分におきることに好意を持たなくてはならない。第一に、それは天なる至高の原因が君に編み込み、君に割り当てたと言う関係にあるからだ。第二に、たとえ個別的に各人に現れるものでも、宇宙全体を支配するコスモクラトール=ミトラにとっては、彼の計画がとどこおりなく進行するための原因となっているということだ。コスモスと言う完全なものにあっては、原因と結果の連鎖から一部を切り離すならば、その全体は傷つけられるのだ。

                                                『自省録』

 悪を終滅させる方法は、すべてを受け入れる以外にはあり得ない。

 

知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/25 11:07

   神の恩寵は、それを知る者と共にある。

  神を信じられることはもちろん、神を想えること、好きでいられること

  それ自体が神の祝福。

  身をゆだねたときには、言葉はいらなくなる。

  愛する人に抱かれたときに言葉はいらないように。

  自分の意志というものも愛の中では意味をなさなくなる。

  自分の意志を越えた、全体の意志のみが実在する時

  それは「ワンネス」と呼ばれる


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神様 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/24 19:44

言霊幸わう時

  人がよく使用する言葉は、その人の意識の方向性を現している。

  言葉が現実化するという言霊の法則は、その人の使う言葉はその人の意識の方向性を表現しており、そのためその意識の通りの現実を創造する結果となるというメカニズムだと考えられている。

  と、すれば使用する言語を変えれば、それに伴い意識の方向性も変わり、出現する現実も変わると言う逆パターンも考えられ、これがよく『ポジティブな言葉を使おう』といわれる理由だと思われる。

 この場合、遠い未来ではなく、言葉の使用に応じて、違う現実がすぐにあらわれる。 

 うれしい 楽しい 幸せ

 というような言葉を常に繰り返していれば、別に現実はかわらなくても、体験内容が変わってくるという現象が起きる。というのは、このような言葉を繰り返すことによって、その現実のうれしい側面、楽しい側面、幸せな側面を自動的に意識が拾い上げていくからだ。
 逆に つまらない と内面で言語化していれば、つまらない側面のみをピックアップしてそのような現実を体験することになる。

 ということで、言霊の法則は迷信的なことではなく、まったく現実的な法則であると言える。
 もし現実が同じなら、喜んでいたほうが単純に『お得』なのだろう。
 その方法も、単にポジティブな言葉を使っていればいいのだ。
 最初はまったく実感がなくても繰り返すうちに、だんだんそれらしい気分になってくる。

 I先生がリトで人生を楽しむコツは「つまらないことでもおおげさに喜んでみること」と言っていたのと少し似てるところがあると思うのだが、何か食べておいしい!とか、なにかを見てきれい!とオーバーリアクションすると、その物事のおいしい側面、きれいな側面に意識がフォーカスされ、そのことによって知覚が開かれさらにおいしい味覚、きれいな部分を拾い上げる。

 つまり喜ぶことによって、感覚が開かれ、開かれた感覚からさらに喜びが流入すると言う正のフィードバックが繰り返されていく。

 これは、笑いのセラピーとも共通点がある。
 和尚のアシュラムでも何時間も笑い続けると言うワークをやってるのをビデオで見たことがあるが、何か面白いことがあったから笑うのではなく、とりあえず笑ってみる。すると、だんだん本当におかしくなってきてそのうち気が狂ったようにみんな笑い出し始める。

 これも発想の転換で、面白いから笑うのではなく、笑うことによって→面白くなってくる。
 同じようにおいしいということで→おいしくなる。
 きれい!ということで→きれいになる
 あ~幸せということで→幸せになる
 ありがとうということで→感謝すべきことがたくさんみつかる・・・ということだ。

 だからそのような意味では、ポジティブシンキングの効果は100パーセントだ。
 というのは好ましい現実を招き寄せるのではなく、その今の現実を好ましいものとして体験することが、ポジティブシンキングの意味だからではないだろうか。

 同じようにネガティブシンキングの効果も100パーセントだ。
 どんなに恵まれた状態でも、常に心が悲観的な想念で覆われていれば、決して喜びを感じることは出来ない。
 そして、どんな状態であろうと、意識を喜びの方に向けることによって、現実は変わる。だったらそれをそのように向けない意味がない。

 愛されている
 満ち足りている
 面白い
 守られている
 あ~よかった~
 うれしいな~ 
 最高だな~
 ありがたいな~

       というような言葉を意味もなく繰り返してみると面白い。

 え~ところで僕はポジティブシンキングが嫌いであった。

 なにかわざとらしい~ような感じがして、あれだったのだが、去年の誕生日の前日、とにかく今日は一日中笑っていようと決めた。そして面白くなるまで、ずーっと笑っていたのだが、その結果新鮮な一日が送れた。(あやしいクスリを使ったりはしてません。これはあくまでナチュラルです、ハイ)
 
 もしも幸せになりたければ、外的現実を変えたり、果報を待つのではなく、自分がまずそれになると言うことが大事なのかもしれないな~と思った。

 言霊宇宙のようなものが、自分の周囲に存在しているような気がする。
 またこれからの時代、自分が発する『音』の及ぼす力というのが今までと違って大きくなってきているのではないだろうか。確かにアセ系でそういうことを言う人はたくさんいるのだが、自分の感覚的にもなにか『音』と『言葉』の持つ力が変化してるようなそんな気がすることも、ちょっと言葉に気を使うようになった理由としてある。。
 
 ところで、これに関して、一番ポジティブな言葉は『神様』なので、それを忘れないほうがいいのかもしれない。すべての喜びの根源は『神』なので、『神』を忘れると喜びはごくごく個人的なもの、そして変に執着したりするようになったっりする。よろこびは『神』とつながることによって初めて本物となるような気がする。それがなければ単に主観的感情だが・・・。自分を越えた存在から来るからよろこびは、よろこびとなっている。また「悲しみ」も『神』とつながると、その意味がまったく変わったりする。

 ん~ということで、 『神様 神様 神様』という言葉の繰り返しの中に結局全部あったのかな・・・。 


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知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/17 22:52

ルーミーの言葉

 もしかの聖なる霊が

 帳をあけて立ち現れれば、

 人の子の理知も、すべて

 粗雑な形骸と見えるであろうに。

                        『ルーミー語録』23

 このような人の自我は 神の中に消融している。
 その境地は神以外の何者も入れる余地がない。
 別のものなど考えるだけでもったいない。
 別のものが入り込んでくる場所がどこにあろう。
 自我が完全に消融してなんにもないからこそ
 神がその場所を占めたもうのであってみれば。
 「神ならで住む人もいないこの家に」というわけだ。


                           『ルーミー語録』23

 一般に、すべて願望とか嗜好とか愛情とか同情とかいうものは、その対象が父母であれ、友人であれ、天地自然であれ、庭園、邸宅であれ、学問であれ、食べ物、飲み物であれ、いずれも同様である。すべて人は究極的には神への欲望を抱いているものであって、今列挙したようなものはどれも神をかくす幕張となる。                         
                                 『ルーミー語録』8


 そうだ。神を思い続けることによって、そなたの内面は少しづつ、少しづつ
 光に照らし出されていく。そして、それにつれて、少しづつ、
 この世への執着から離れていく。
 たとえば、鳥が大空に飛び上がろうとする。
 たとえ本当に大空までは到達できないにしても、とにかく
 一瞬、また一瞬と地上から遠くなり、他の鳥どもより高く昇る。


                             『ルーミー語録』45


 <<ジャラール・ディン・ムハンマド・ルーミー>>

 イラン ホラーサン地方バルフの都、当時のイスラーム文化の中心地に生まれる。シリア留学中師と出会い、神の愛の完全な像を見出す。後にトルコのアナトリヤ地方の町コンヤでスーフィーの長老(シャイフ)となる。ルシャッド・フィールドの名作「ラストバリア」は、このルーミーを巡る愛の物語でもある。


神様 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2009/06/11 20:11

  新しい光

  今回のA・Hさんのツアーは新しい光になじんでいくためのツアーということだった。この新しい光というのはもちろん、アクエリアスエイジへの移行を推し進めるような宇宙的なエネルギーを意味している。

 よくアセンション系の人が言うように、すでに時代は宇宙的覚醒の時代に入っているが、多くの人はそのことに気がついていない。そして、この巨大な変化のエネルギーと、集合的な人間の意識の解離が大きければ大きいほど、変化のプロセスは過酷なものとなる。

 そのことが日月神示が『神の力ばかりでやると人民可哀想ざから、身魂の掃除急いでくれよ』と言っている理由だと僕は考えている。愛の方向へ、神の方角へこの惑星が向かう流れはもうストップすることはない。2012年がその年であるかどうか、僕はもうほとんどこだわっていない。2012年をオメガポイントに設定せずとも、十分に時代の変化と自分の感覚の変化を実感しており、これがこのまま加速化してどこに到着するのかということを楽しみにしているので、僕にとっては2012年はホントかうそかと言う問題ではもうなくなった。

 「光」はケミカライゼーション、好転反応を伴うので、奥に秘めていた恐れや怒り、トラウマなどがどんどん放出されていく。そして不安や恐怖を基にした社会的関係性は解体してゆき、新たなものが構築されるまではある種のカオスが続く。
 よく強いエネルギーを伴う、セミナーやセッションで起こることが、地球規模で起こっていると言えるのではないだろうか。
 そして、この「光」の性質は、どんどん更新されてあらたなものになっていく。もしくはその純度を高めていく。

 今回ツアーに参加するのと一緒に、実家に帰ったのだが、その時に弟2と神様の話をすることができたのがうれしかった。前からギャンブルが異常に強かったりトランプの目をかなりの確率で当てたりするやつであったが・・・。彼は数年前頭に大きな怪我をして、そのときある種の神秘体験をしたらしいのだが、それ以後どうもそっち系の感性が開けてきたのではないかと思える。前にダイジのCDを聴かせたとき、思わず泣いてしまったらしい。
 母は太極拳や、仙道の修行を以前からやっており、最近は飼い猫のクロ君と一体になるという体験をしたそうである。。。弟1はあまり家から出ることが出来ないのだが、以前からスピリチュアルな事柄は割と興味があるようだ。彼から以前「意識はひとつしかなくて、そこにみんなつながってるんやでー」というようなことを聴いて、こいつはどこでそんなことを読んだんだろうと少し驚いたことがある。

 そして、科学的なこと意外は信じなかった父親までもが、最近シルバーバーチの霊界通信や、江原氏の本、臨死体験の本を読みまくってることに驚く。(信じてるのではなく研究のためらしいが)僕はもうこっち系に関わりだしてから10年位にはなると思うけど、10年前には家族とそのような話しが出来ようとはまったく予想していなかった。家族とは価値観が違うのだと思っていたが、それが今になって少し接近している感じがして不思議だ。

 そうなるまでは、父にしても母にしてもまた弟にしても多くの大変なことを経験しており、また今もいろいろあるわけであるが、僕は自分の家族が何か特殊というよりも、僕が見ているもの共に体験しているものは、この地球レベルでの変化の時代における、ひとつの変化の型、プロセスなのではないかと思う。このような身近な人間の変化をいろいろ見ていることも、僕が今が移行の時であることに確信を持っている理由のひとつでもある。

 金融危機や、異常気象や(最近はミツバチが消えたり、空からオタマジャクシが降ったりしてますがw)、また最近のインフルエンザ騒動というのも変化の証なのであるが、これらに振り回されていると本当に重要な変化が見えなくなる。ニュースにならないようなところで、新しい「光」の影響によるたくさんんのドラマが展開していると思う。それらのドラマが合体するとき、もはや僕らはニュースにならないレベルでの現実を至上のものとして生きられるような気がする。その時になって初めて、ネガティブに報道されるすべてが、実はヘビーな恩寵であったことが理解されるのではないだろうか。


アセンション考 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2009/06/10 11:51

太陽の道

  以前書いたA・Hさんの太陽の道を辿るツアーに参加して、昨日帰宅した。

  新大阪に集合、バスに乗って初日に奈良県宇陀市の室生寺に参拝し、翌日は桧原神社へ。
  室生寺と、桧原神社、そして伊勢は同一直線状にありこれが太陽の道、光の道ということのようだ。桧原神社は最初にアマテラスが祀られた場所だと言う。(大神(おおみわ)神社近く)比較的小さな神社だったが、とても感じのよいところにあり歴史を感じさせる鳥居が印象的だった。室生寺も景観と空気感が素晴らしかった。

 とてもエネルギーのあるツアーだったと思うので、自分の中のいろんなごちゃごちゃがたくさん浮かびうあがってきて大変な面もあったが、勉強になったことも多かった。食事は、光を吸収するのをサポートするためということで精進料理が出た。いつも肉はあまり食べないが、ここまで野菜ばかりでお腹がいっぱいになるのはなかなか不思議な気分になった。が、からだは喜んでいる感じだった。

 A・Hさんは「聖母」(マリアや、いろいろな女神のルーツとなる意識)からメッセージとエネルギーを降ろして話しをするというスタイルで講演、トーク会などをされているのだが、前回の記事で「お母さんは人に考えさせたり努力させたりする」というI先生の言葉を書いたが、今回のツアーで感じたのもいろんな未消化の感情などが浮上してくるという感じだった。

 この世界にはいろいろなエネルギーと教えが存在しているようで、神様で頭がバキバキになるようなこともあるし、周りとの関係性とか、人間的な調和のようなものを修復したり見直させたりする力も存在しているようだ。ベジタリアンで、素敵にやってる人もいるし、肉食でも素敵にやってる人もいる。

 A・Hさんはあまり「悟り」のことなどは言わないし、優しさや、癒し、まわりと一緒に幸せになっていくことが話の中心になることが多いので、僕はこの人は真理をわかっている人ではないとどこかで考えてたりしたが、「悟ってる悟ってない」ということ、その1かゼロかで判断すると言うのも短絡的ではないかと思い、せっかくなのでその場で受け取れるものになるべく心を開いて置こうとはしていた。

 最後に、昔メキシコに出現したグアダルーペのマリアのカードをもらった。
 このマリアは、黒い月を踏んでいるが、これは女神が古い幻想を溶かしていく姿を現しているという。
 1531年に出現し、先住民を弾圧から救済したという。浅黒い肌をしている聖母だ。

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 聖母の出現については、ファティマやルルドなどは有名だが、グアダルーペのマリアと言うのは初めて知った。

 『聖母のやり方はひそかで、仰々しく宣伝したりはあまりしないです』、というA・Hさんには自然と人を幸せにさせるようなある種のホンモノ感があったので、いい経験をさせてもらったことを感謝していようと思う。そして神さまへ向かうことと、周りとの調和を自分の中で統合させて行きたいと思う。

 今後は鳴り物入りの宣伝によってではなく、ホンモノ感によって自然と人を集めていく人が時代を導いていくのではないかと思う。
 どのようにか?というと、それぞれの人に宿る、愛と真理であるところのホンモノの自分を発見させることによって・・。

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 女人高野室生寺 入り口

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700段の石段を登り、奥の院へ

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ピルグリム(聖地巡礼) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/08 11:03

2009リト後記②

  二日目の夜のセッション

  一日目のガツンとくるパパ系のエネルギーと違い、二日目はマーヤ解きからスタート。

  「お母さんは人に考えたり、努力させたりさせるんだ」

  垂直系の力は、頭を働かなくさせるので現状全肯定的な感じだが、そればかりでラリラリもやっぱりまずいようで変化する必要がある時にお母さんはマーヤによって教えてくる。

 「面白いんだよ、教育ママと放任主義の父親みたいなものでね。お父さんのやり方と、お母さんのやり方はある意味対立している。教育ママが息子を塾に生かせて、あれさせて・・・ってやってる時に親父は、そんなにやんなくていいじゃないか・・・みたいな。そういう現実の世界の原因が神々の世界にあるとはよもやみんな考えないけどね」

 「お父さんにとってはすべて自分の意志により存在しているから、それだけで十分なんだよ。でも、お母さんは、カースト制度とかそういうのを見ると、解放しろっていうわけ」

 じゃあ、慈善家タイプの人っていうのは、父のみこころ(神の意志によりすべてが行われている)ということを理解しないで、母の力によって動かされているということになるんでしょうか・・・・?

 「そうだね。でもそこには出口はない。(出口はみこころを理解することにある)俺も救おうとした、でも救っても救ってもきりがないんだ。永遠に努力が続く世界だよ」

 精神世界でも、あなたには自由意志があると、選択する力があると、そういう方向性の教えのソースは、お母さんのマーヤの中にあるんでしょうか?

 「そう、みんなが自由意志で好き勝手にやったら支離滅裂で収拾がつかない。そうじゃなくて、俺たちの道は、最初にみこころがあるわけ。そしてみこころ(を理解すること?)へ向かっている。その間の出来事は全部プロセスに過ぎない。こうやって円を描いて元のところに戻る。」

 マトリクスでネオが最後にスミスに「選択した」と言いますね。あれは・・・・?

 「あれは実際には起こりえないことなんだ。スミスが増殖したのも、アーキテクトにとって想定外の事態だったってことでしょ?もしあれがあり得るとすれば、アーキテクトはイーシュワラ(人格神)で、そのイーシュワラにとって想定外の事態が起こるのは、ネオがイーシュワラを越えたブラフマンによって動かされてたって事になる。それがネオの選択なんだ」

 「M君もいつか思うよ、ああ・・あの時先生が言ってたこと全然理解してなかったんだって。「全然ちがうやんけ」って」

 「全然違うやんけ」というのは最初に覚醒したAさんという方が言った言葉らしい。わかるまえに想像していたこととのギャップが大きすぎたということだろうか。 


信頼、マッチする

 三日目の朝
 
 先生への信頼と言うのも大事な要素になるんでしょうか?

 「まあ、信頼って言っても俺がこんなだからねw俺はただのパイプなんだよ。でもパイプがあるんだったらそれを利用したほうがいい。立派過ぎる先生だとそれが信頼じゃなくて、盲信になることがある。おい、あれをやってきなさい、はい!先生、みたいな重い関係性になるんだよね

 俺とマッチした方がいいっていうのはある。俺とか周りと溶け込んでないとエネルギーを受け取り切れないことがある。こうやってパイプの煙とお香の煙があるでしょ?これが俺の意識と、M君の意識だとすると、これが混ざり合うっていうことも出来るわけ。私はあなたで、あなたは私ってなったときに、俺の認識がそのまま入っていくっていうことが起こる。前に一回あったんだよね、俺の意識がそのままある人に入っていくと言うのを体験したんだ。」

 マッチね、マッチと言ってI先生は「ぎんぎらぎんさりげなく~」と歌いだした。(あぁ、書いていいんだろうか)一緒に話を聴いていた他の方が、「ほらM君一緒にマッチしないと」

 「ぼ、僕にはまだまだ出来そうもありません^^;」

 やっぱり、先生の真剣な部分の方に同調させやすいのですが・・・

 「そりゃまあみんな真剣だからね。真剣であることは大事なこと。でも真剣であっても、深刻にはならないほうがいいから」


   わからせる能力

 「自分がわかる前から、他の人にわからせる能力みたいなものがあったみたいなんだよね。昔仏教徒の外国人の知り合いがいたんだけど、ある日話してると、急に「俺わかったよ、ありがとう」って感激してハグされたことがあったな~。

 わかる前に弟子みたいな人がいたから。Lでバッドにさせちゃったこともあった。トリップしてるときに俺が一言言うと、確実にバッドに出来るんだよ。」

 え・え~とそれって悟らせるためとか??

 「いや、俺が遊ぶため(笑)」

 「弟子がおとこばっかりだったら俺も危ないことになってたかもしれないね。トゥルンパみたいにね(笑)こんなリトリートやっても、夜中に俺がみんなが寝てるところに忍んで言って、うわ~~っって急に騒ぎ出したりとかね(笑)まあ幸いなぜかわかった時には女の人とオカマの人ばっかりだったからよかったけどさ。最近はでも新しく来るのは男の人が多いよね」

 「聖なる狂気」って本にありますよね。(ダーラブ・アーナンダ)が弟子に水鉄砲かけたり、ガスコンロで焦がそうとしたり弟子を集めてすごい騒ぎを・・・・。

 そうそう(笑)でも今はそうじゃなくてシルキ~な路線で行ってるから。

 シ・シルキー??




未分類 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2009/06/02 11:55

6月夕景

               090601_1729~01
     傾きかけた太陽の光が葉を透かしている。生まれたばかりのアジサイ。

  090601_1731~01
  太陽が下草を光らせる、この時間の景色が好き      090601_1731~02

             090601_1801~01

                       世界は完璧・・・・言うだけ言っておく。

  090601_1801~03

                   太陽の光が教えてくれる 宇宙の愛

 こんな光の塊が無数にあって ミクロの世界では原子の周りを電子が回ってて 神様ってすごいなあ という 僕の想念も そういう完璧な螺旋の中にあるのか 主の家には多くの部屋がある

 生命 自然 神 だけが価値を越えた価値として
 新たな時代に残ることになる
 
 花や木を見てると、なんだかそれがわかりそうな気がする。
 太陽を見ていると
 でも 最初から本当はそれしかなかった

 耳を澄ませば、新しいときはもう始まっている 

 と朦朧とした頭で家路に突く

神様 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/06/01 21:48
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