WHEN THE WIND BLOWS(風が吹くとき)

 職場(利用者の人のおうち)で、『WHEN THE WIND BLOWS』というイギリスのアニメーション映画を見て衝撃を受けた。邦題は「風が吹くとき」と言い、冷戦時代ロシアからの核攻撃を受けた田舎町に住む老夫婦が、その核投下の前後の時間をどのように生活し、どんな会話を交わしているかということを淡々と描いたものだ。

 絵は可愛い感じで、夫はチャーリーブラウンが年取ったみたいな感じだし、妻は丸々太った気の良さそうなおばさんだ。

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 彼らはやがて戦争が起こり、核攻撃の可能性があることを知ってもまったく緊迫感のない会話を続け、政府が配布した核攻撃の対応マニュアルにのっとって、壁に、はずしたドアを数枚たてかけただけというシェルターをつくる。その様子はまるで台風が来るから準備をしようというくらいの緊張感しかない。妻は、こんなシェルターに入っておまるを使うなんて私は絶対嫌だから、トイレを使いますからね!と非常時において変なこだわりをみせる。


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 彼らは「小市民」の典型のように描かれている。
 人はいいが、かなりおばかさんなのだ。
 政府の発表や、新聞、テレビの情報をなんの疑いもなく信じ、疑問をいだくことはない。
 それらの指示に従っていれば、問題など起こるわけがないし、すべてに正しく対処できると信じている。

 それが台風であれ、戦争であれ、核攻撃であれ、彼らにとっては同じなのだ。 
 必要な情報はすべて政府やマスコミが教えてくれているはずであり、夫は支配者から与えられたマニュアルを妻に、いかにも彼女を啓蒙しているかのように読んでみせる。

 これは1986年の映画なので、どちらかと言うと、お上に対する信頼感が今よりはあった時代の「小市民」像だと思うが、2010年の現在、あらゆる権威に対する信頼が崩壊しつつあっても、やはり僕らの中には「大本営発表」が間違ったことは言わないはずだという期待はどこかに残っているのではないか。

 やがて、ラジオから「核ミサイルがあと3分で着弾します」という警告が流れる。
 
 一緒に見てた利用者の人に「こんなことホントにテレビで言われたらどうする?」と尋ねられ、僕は「僕、カップラーメンを作ります(ノ∀`)」とつまんないことを言ってしまったが、あと3分て、なんも出来ないからそんな情報なら「聴きたくない」というのが正直なところかもしれない。

 ミサイルは堕ち、轟音とともに爆風による衝撃波、熱風があたりのものをなぎ倒す。

 幸いドアのシェルターは壊れることなく、二人は無事出てくる。
 家の中はめちゃくちゃになってるが、ふたりはこれですべては終わった。明日には救援隊が来るし、新聞も届いて何がおきたか教えてくれるだろうと語り合う。

 妻は「こんなめちゃくちゃになったんだから、きっと私たちは爆心地にいたんだわ」と言い、核兵器に対する驚くべき無知を表現する。

 ふたりは徐々に、頭痛や、疲労感、皮膚の異常、出血などの放射能被爆の症状を発症し始める。

 だがどういうわけか二人には放射能被爆に関する知識がない。
 「頭痛が治らない、からだがだるい、下痢が止まらない、歯茎から血が出る」と訴える妻に対し、夫は「気持ちのせいだよ、爆弾のストレスだよ、前向きにならないとダメだ。さあ、お茶でも飲もう」とまた無知に基づいた恐るべきポジティブシンキングぶりを見せる。

 彼らは黒い雲から落ちてきた雨水を、「念の為にわかしましょう。」と沸騰させ、それでお茶を入れて飲む。

 放射能で毛が抜け始めショックを受けた妻に夫は言う、「大丈夫女は丸坊主にはならない。これは科学的真理だよ」。

 この映画の怖さの一つは間違いなく、夫婦が「状況を正確に認識していない」ということにあり、哀しさはそれゆえに無知に基づいた希望(きっとなんでもない、最後にはなにもかも元通りになる)を最後まで持ち続けること、そして感動はふたりが何も理解していないとは言え、お互いを愛し、気遣いとやさしさを失わないということにあるように思う。

 やがて、放射能が確実に肉体を蝕み、ふたりは起き上がることもできなくなる。
 最後に夫が聖書のお祈りの言葉を読む

 「われ死の影の谷間を歩む時も・・・それからなんだっけ??」

 妻の優しい声が祈りをさえぎり、風に流れる雲と青空が映し出される。

 僕は作者の意図は、無知(誤謬)と真実を並行的に同時に描くことではないかと思った。
 単に反戦映画とか、戦争や核兵器の恐ろしさが見えないように洗脳された小市民を風刺的に描いたというよりも、その奥に否定できない二人の「愛」を置くことにより大きな深みが生まれている。

 原作者は、「(この作品を創ったのは)反核運動のためでも、政治意図によるのでもない。」と言っているらしい。確かに一見そうなのだが、僕も少し違うと思う。
 確かにこういうテーマで作ると、イデオロギー的に理解されやすいのかもしれないが、芸術作品の価値はすべてイデオロギーを越えたところにある。

 どんな状態で生きていても、また無知に曇っていても、隣人を気遣うというやさしさを彼らが持っていること、そして巨大な破壊兵器の直撃も、時代に翻弄されるちいさなふたりの愛情までも奪うことは出来なかったということが美しく感じられる。

 また、トンチンカンなことばかり言っていた妻が、最後に夫の祈りを包み込むようなやさしい声を出すシーンがとても心を打つ。まるでそれは、表面的な無知の裏側ですべてを知っていた彼女が、最後に臨んで現れ出でたような印象を受けた。

 ネットで調べると「これはトラウマ映画だ」という意見が多かった。
 確かにものすごく悲しくなる映画ではあるけど、出会えてよかったと思える映画でもあると個人的には思う。 

 8月15日、65回目の終戦記念日に、ケーブルテレビで放送されたものだったようだ。


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http://www.youtube.com/watch?v=0u7dZ1gQY6Q

「今まで漫画を読んでこれほど精神的打撃を受けたことはなかったし、かつ、とても愛情に満たされた感じがした。私がアニメーションのために捜していたもの-純粋な人物、純粋で強いストーリー、それにもっとも該当する人間のテーマを発見した。」

 ― ジュン・コーツ(製作)






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知覚、リアリティetc | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/08/19 13:54

夏草の線路

 夏草の線路 遊佐未森





http://www.youtube.com/watch?v=U0t9U8xp1EE
好きな歌 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2010/08/15 22:13
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