スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

12/29のツイートまとめ

haitakadori

RT @BiggyNeptune: 今年の漢字「絆」だって。そんなの人それぞれでしょう。こう言う風に一文字で1年をくくろうとする意識に違和感を感じます。イヤな事を忘れたい気持ちはわかりますが、現実を直視しなければ前に進むことはできない。
12-29 21:37

スポンサーサイト
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/30 00:00

12/27のツイートまとめ

haitakadori

@4TeaTimeKiller はじめまして!ご訪問ありがとうございました^^フォローさせていただきます~。
12-27 17:05

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/28 06:46

12/27のツイートまとめ

haitakadori

@4TeaTimeKiller はじめまして!ご訪問ありがとうございました^^フォローさせていただきます~。
12-27 17:05

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/28 00:00

3・11以降~目覚めの始まり~⑥

 
 10月の終わりにまた風邪を引いてから、5年くらい吸ってたタバコをやめた。
 タバコ代だけで、月6000円(高価なアメスピを二日に一箱ペース)はキツイし、それだけ払って同じく月6000円くらい払ってボイトレしてるのどを弱くしているというのも馬鹿馬鹿しいとか表面的な理由はあったけど、その一月前くらいにタバコやめたら的なサインを受け取ったのを感じてもいたので、のどが炎症起こしててタバコ吸えないこの時期に一気に止めてやるかと決意した。

 10月28日、そして11月11日がなにか重要な節目として騒がれたりもしていたけど、個人的な感覚では11月以前と以後とでは相当ちがった状態に移行したように思えた。11月は安定した理由のないよろこびが長期間にわたって維持されていたのだ。ちょっと前までかなり強い鬱状態を経験していたとは思えないくらいだった。

 そして、自分自身の意識が完全に、求道者志向から、別のものに切り替わったのも感じた。


 なんか、左足のアトピーがすごくきれいになってる。
 これは風邪で寝込んでからなのか?
 それともその前から?原因不明
                            
                               11月7日

 タバコも吸うたびにプラーナを破壊するらしいので、喫煙止めるとエネルギーは増大するかも。あと肉が多い食事とコーヒーの飲みすぎもちょっとな。どうもタバコを吸うと言う習慣自体があるひとつの時空間に意識を固定するような作用がある気がする(若干意味不明)


 おい、そこの実際には死にもしないのに、死にたい、死にたいと思ってる奴に告ぐ。
 もし勇気があるなら、生きながら今のお前を死ねばいい。
 死ぬくらいなら本当に好き放題やってやりゃあいいじゃないか。
 そうやって生を肯定する方がどれだけいいかわからない。
 死ぬだって?
 それなら仕事も辞めてバックパッカーになって世界を放浪してまわればいいじゃないか。
 それなら○○して、○○して、○○すればいいじゃないか。
 それでも、そんなでも生きてるんだぜ!
 死ぬくらいなら、生きながら壊れた生き方してみろよ
 お前、死にたいんじゃないよ、生きたいんだろうが
 それなら今のお前の生き方を死んじまえばいいんだよ
 捨てちまえ、捨てちまえ、古びたガラクタは捨てちまえ
 飛び込め、飛び込め、未知なる深淵に 未知の生へ
                                      
                                       11月8日

 問題・悩み(イヤだな~気になるな~)=意識の結ぼれ、フォーカスポイント

 本来フラットな意識世界に、問題を作り上げる

 フォーカスポイントのシフト→光、内的感覚、自身のセンター、よろこび、愛、楽しさ、安心、満足
                                      
                                       11月10日

 ■エネルギーがあること→ひとりでやっていかねばならない(強くなること、力があることへの恐れ、ためらい)

 ■弱いこと、病、エネルギーがないこと→保護される、可愛がられる、愛されるという間違った思い込みがエネルギーの流入を阻害する。

 自分のエネルギーを殺すことで、人とつながる、相手からエネルギーを得ようとする傾向。
 (他者の怒り、嫉妬、反感などを回避するため)→人に拒絶される恐れ

 自分を殺してつながるエネルギーは、常に自分を殺し、撹乱する支配的性質を持つ

 トラウマ、愚痴などを聞くという役割によりエネルギーを得る人→人の話しは聴かない人物、というモデル教師が必要となる。彼らは人からの承認によりエネルギーを得ようとは思っていないので、人からどう思われるかあまり気にしていない。

 結局すべては「エネルギー戦略」の問題だ。
 どのようにして自分に必要なエネルギーを確保するか。
 人を支配するか、隷属するか
 隷属することにより支配するか
 支配することにより隷属するか
 この2つがもっとも普遍的なパターンであり、利己的なものだ。
 だがエネルギー戦略において健全な方法は、エネルギーの自給であり、神や自然からの供給ラインをつくることだ。
                                 
                                   11月21日

 「できない」というのも思考に過ぎない。

 純粋な意識場にはもともと制限するものはない。
 すべての人物はこの純粋な意識場の発言と言う意味では、あらゆる人に違いはない。
                               
                                  11月25日


 ■エネルギーのリークに気づくこと

 リークの原因:特定の感情、思考、肉体的次元の問題に気づく

 リークの原因となる感情が行動の主導権を得ていると、自己破壊的行動をすることがある。


 (なんとなく虚しい、なんとなくつまらない)←こういう曖昧な思いでも主導権を握るとリスクがある。

 ●リークに気づく
 ●リークを止める
 ●止められなければ、それに主導権を渡さない

                                 
 私のスピリットは、グレイとスピリットの一部
 あなたが霊を引き戻す時
 私とあなたはひとつになる
 あなたによっておかれたこの場所で
 私はあなたの目となる手足となって
 すべてを体験する


 自分を信じる、という道を選んできたはずなのに・・・
 いつもどこかで頼る存在を求めていた気がする
 それはRさんであったり、M氏であったり、I先生であったりした。
 そしてそこに行き始めると、ずっと行き続けないといけないような気が
 いつもしていた。
 違う。
 人は自分自身で、自分の力とつながる方法を学ばねばならない。
 それは体を動かすことか、瞑想か、何かかもしれない。
 とにかく誰か特殊な人物からエネルギーをもらわずとも満ち足りていられるということ。
 そのことを学ぶ必要があった。
 そして人からの導きを受けずとも、知恵も自分の中に宿っていることを。


 コンシャス・ブリージングに、コンシャス・ウォーキング、コンシャス・イーティングに、コンシャス・クッキング、すべてについて一冊の本がかけるほど意識的であることが、すべての秘密を発見するコツだ。

 それも本で読んだから、こうする、とかではなく、すべてに対して能動的に意識的であり、誰も知らないことを見つけるほどに、まず自分が無意識的であり自動的であったその行為の中に意識的に入っていくのだ。

 とにかく本は全て一般論だ。必ずしもすべての人に適応できる法則ではない。
 自分の人生やユニークな性質を、本に合わせてはいけない。
 それぞれが個別である人生に対応できるのは、究極的には自分の意識によって発見した秘密や直観のみだから。

 まず自分のBODY&MINDについて意識的であろう。
 何を食べているか、どんな言葉を使っているかについて意識的であろう。
 そして自分の関係性について、他者とのエネルギー交換パターンについて


                                    11月29日


 僕が導かれていったのは、「力」(エネルギー)を自分に引き戻すということだった。
 禁煙もそのひとつであることにあとから気が付いた。
 タバコをやめられないという状態は、シンボリックに言うとタバコに「力・パワー」が宿っているという認識をしていることであり、そこからなにか自分を気持ちよくするエネルギーを「吸って」いるとイメージしているわけだ。だからそれが「吸えない」という状態はある種、お乳をもらえない赤ん坊状態であり、いろいろなネガティブ感覚を喚起する。特にタバコを持ってるけど、ライターを家に忘れてきたりすると気が滅入る。
 それはきっとお酒や他の嗜好品も同じだと思う。
 気分をよくするために、何かの物質を、取り入れねばならないという固い思い込みがすべての依存症の意識の根本にあり、それが「フリーエネルギー」と人が接続することを妨げている。「フリーエネルギー」とは、それを取り入れれば特に何もなくても落ち着いて、おだやかにまったりしていられるようなものだ。それを買うのにお金もいらない。だがそれを充分取り入れるには、場合によってはフリーエネルギーの代用品を捨てることも必要になるのかもしれない。

 11月に入ってから、僕は癒しと変容の途上にあるという認識だけが残った。
 それは悟り、覚醒を目標にしたものではなく、多くの自由と、多くの愛情と、多くの豊かさと、本当にこころからの充実感を感じて自分らしく生きたいということだけを願ったものだった。
 そしてそれをガイドしてくれるのは、目に見える誰かではなく、自分自身の内的知恵や直観、好きだという思い、シンクロニシティ、加速するこの時の流れのみを信頼していこうと思った。

 そのガイダンスとして「癒しと変容」の為に引いたカードが、次の、
 「自分の強さにフォーカスする」というものであった。


111122_0945~01






 僕はまず禁煙し、毎日運動(散歩やストレッチ)をし始めた。
 以前よりもっともっと歩いたり、踊ったりした。
 そしてだいたい毎日一時間以上は何もせずに座って、内的感覚や思考を観察した。
 重要そうな考えがやってくるとそれを実行した。
 ある時呼吸法の本を見てみよう、と思い、本を買い、それを実践することにした。
 その結果呼吸のコントロールはエネルギーのコントロールであり、呼吸を殺す(息を詰める)ということは、自分のエネルギーを殺すということであることに気づいた。逆に言えば自分のエネルギーを復活させたければ、様々な状況で常に深い息(生き)をすればいいことになる。タバコを一本吸うよりも短い呼吸法を行うほうが、頭は間違いなくハッキリする。
 そして呼吸法は外的環境に対して過度に過敏となることを防いでくれる。これは僕に自信を持たせてくれるものだった。自分の内側に「パワーポイント」ができるからだ、
 肉体の次は、意識だ。
 意識的に、様々なものからパワーを取り戻すことが必要だ。
 僕らの周りに存在する像は究極的にはイリュージョンであり、その像自体にパワーがあるわけではない。
 なにかを恐れたり、崇めすぎることはその「像」に自分のパワーを預けるということなのだ。
 幻影を幻影と気づくことで、そこから自分のエネルギーを取り戻すことができる。
 パワーを預けてもいいのは、「自分」か「神」か「愛する人(人でなくても良いが)」だけだと思うのだが、多くの場合自分がいやだと思うものにこそパワーを注いでいるものだ。なぜなら嫌なものほど現実味があることが多いからだ。そこからよきものへ意識をシフトさせていくことが、エネルギーを取り戻すことにつながる。

 11月に入ったばかりの頃、
 僕はダンテス・ダイジの講話を読み返していた。
 以下はとても好きなエピソードだが、そのエピソードが今までとはまた新たな意味を僕に明かしてくれた。 

 瞑想というのは、一つの座ったりというような形だけではないということ。ある人間が、本当に素直な生き方を通している時に、ぶつかった壁というものを、こころをかたくなにしないでぶつかった時、本当に自分が解放されるといったこと、それはもちろん瞑想。

 例えば、俺の最初の師匠である、老子の生まれ変わりの人(伊福部隆彦、人生道場の主催者であった。故人)はさ、女房とのけんかがもとなんだ。あの人はそれまで瞑想という一つの決められた行というものを全く信じない人だった。奥さんというのがものすごく勝気で、インテリで、二人していつもけんかばかりしていたんだ。

 毎日考えるわけ。女房も悪いところがある。俺も、悪いところがある。なんとしてもこういう生活を改めなくちゃならない。そうしてそれを毎日のように考えてまたけんかをするんだ。そして女房も悪い、しかし自分の中にも悪いところがあるとまた考えるわけなんだ。

 ところがある日ふと思ったんだ。女房の悪いところを指摘したって、それは自分の都合だし、自分の悪いところを指摘したってそれに対して知的理解を得るだけで何も起こりはしない。その時思う。ああ、こういうことをやっているよりは、自分が今一番素直にやりたいことをやろう。そして机に向かってさ、原稿を書き出したの。それがなすべきことだったから。こころある道だったから。その人にとって。

 そして、その瞬間、それまで神というのはどこかよそにいると思ってた。あるいはそんなものは人間の観念の作り出した空想だと思っていた。それがそうじゃないことがわかった。神しか本当には存在していないことがわかったんだ。
神が様々な姿をとって、一つの道を、一つながりの愛を。

 一番自分にふさわしい流れというのは、既にあるんだ。その流れに自分たちが一致した時、そして一致させるためには素直になることだ。一致したとき、本当にその人は安らぎを得る


                      十三番目の瞑想 ダンテスダイジ講話録 より




 夫婦喧嘩というのは、外側の幻像と戦っている姿だ。 これは例えば、仕事のことでイライラしたり 社会への不平不満でこころがわだかまったり、心身の不調にうんざりしたりということと同じだと思う。

 でもこの人はその幻像と戦うことから、本当に好きなこと、内発的な衝動、心ある道へと自分の意識の焦点を移しそれを行った。そうすることによって神の実在へと目覚めたことになる。
 それは素直な想い、本当に好きなこと、素敵だと思うことが神から流れ来たっているからかもしれない。神へ目覚めたことはこの場合結果に過ぎない、まず自分自身になろうという想いが、

ああ、こういうことをやっているよりは、自分が今一番素直にやりたいことをやろう」という想いが、

 とても素敵なものだったのだと思う。





3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/26 17:42

12/23のツイートまとめ

haitakadori

とにかく、早く官房長官、副長官でもいいから伝えろ!」 広河氏は、子どもたちの遊ぶ病院の敷地内で3つあるガイガーカウンターを稼動させた。すべての計器の針は振り切れ、それは20年来チェルノブイリを取材している広河氏にとっても初めての経験となる恐ろしい出来事であることを示していた。
12-23 13:28

自由報道協会の記者たちが現場に入り、そこの情報を持っているんだ。ガイガーカウンターで測定した数値もある。こんな時に政府を批判しようなんてジャーナリストなんていないよ。いいか、おい、記者会見は質問ばかりではない。記者が政府に情報を伝えるという機能もあるんだよ。とにかく、
12-23 13:26

私の口調は徐々に荒くなり、3月14日以降の電話では、ほとんど怒鳴ることが続いていた。「原発事故だ。原発事故! 人の命が懸かっているんだ。国民の命だぞ。お前ら役人に何の権限があって情報を遮断するんだよ。とにかく、こちらには現地の情報があるんだ。フリー記者、海外メディア、自由報
12-23 13:25

とすことになります。最初が肝心です。放射能事故の際はなおさら完全な情報公開が必要です。なんなら、私は入らなくてもいい。とにかく、外国人記者だけでもいいから会見に入れてください」官邸の脇、途中からは国会議事堂前の坂道に自動車を止め、筆者はこうした電話を繰り返し繰り返しかけ続けた。
12-23 13:23

【堕国論 Ⅲ】「記者会見をオープンにしてください。まもなく世界中から一線級のジャーナリストたちが日本に到着します。その時に政府の会見をクローズドにしていたら、まちがいなく情報隠蔽を疑われます。そしてそれがデマとなり、世界中で日本政府の信用、さらには日本の国家全体の信頼を堕とすこと
12-23 13:22

【上杉隆氏 堕国論 Ⅲ】自ら、そのシステムもろとも地獄に堕ちる以外に日本のジャーナリズムを再生させる道はない。その最初の一撃が40万ページに及ぶ、「懇談メモ」と称する、政府とメディアの談合の「証拠」を公開していくことだ。
12-23 13:16

堕国論 Ⅲ|週刊・上杉隆|ダイヤモンド・オンライン http://t.co/UHJjoSqi @dol_editorsさんから 大本営メディアによるこの腐敗したシステムはいちど滅ぼさなくてはならない。そのために筆者はアンシャンレジームとともに堕ちる道を覚悟している。
12-23 13:13

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/24 06:36

12/23のツイートまとめ

haitakadori

RT @kou_1970: 本日の東京新聞。映画『100,000年後の安全』のマイケル・マドセン監督のインタビュー。「日本には事実を国民に教えない文化があるのか。あるとすればなぜ、それで日本人は納得してしまうのか」と。「そんな文化はない」と否定できないのが、辛く淋しい。
12-23 22:55

RT @kikko_no_blog: また言うけど、あまりにも寒くてコタツ戦隊デラレンジャー!
12-23 22:53

RT @ikarostayuu: スピーディを発表出来なかった訳は、この数値が皆に知れたらパニックになるからだろう。で、1万人程が、その中に避難していた。国と県は見殺しにする魂胆だったのだろう。だからテレビのテロップにも流されなかった。浪江の文字が出ないから被害は何も無い ...
12-23 13:50

RT @ikarostayuu: 赤宇木の手七郎が100ミリ超えと言ってたが、4月4日に枝野が10.3ミリ超えと発表した時点で、私の計算では30ミリを超えていたから、5月過ぎからの計器設置での計測の100ミリなんてもんじゃない。3月14日は津島集落でも200μはあったのだ ...
12-23 13:50

RT @ikarostayuu: 3号機は核爆発に決まってるもん。3.7キロ地点で燃料棒の破片が見つかったけど、その他大勢が、国道114号の20キロ地点に飛んだのではないかと憶測してるのだ。スピーディの形を再度見てご覧よ。飛び地の様に濃い色してるんだよ。さもなきゃ完全封鎖 ...
12-23 13:49

とにかく、早く官房長官、副長官でもいいから伝えろ!」 広河氏は、子どもたちの遊ぶ病院の敷地内で3つあるガイガーカウンターを稼動させた。すべての計器の針は振り切れ、それは20年来チェルノブイリを取材している広河氏にとっても初めての経験となる恐ろしい出来事であることを示していた。
12-23 13:28

自由報道協会の記者たちが現場に入り、そこの情報を持っているんだ。ガイガーカウンターで測定した数値もある。こんな時に政府を批判しようなんてジャーナリストなんていないよ。いいか、おい、記者会見は質問ばかりではない。記者が政府に情報を伝えるという機能もあるんだよ。とにかく、
12-23 13:26

私の口調は徐々に荒くなり、3月14日以降の電話では、ほとんど怒鳴ることが続いていた。「原発事故だ。原発事故! 人の命が懸かっているんだ。国民の命だぞ。お前ら役人に何の権限があって情報を遮断するんだよ。とにかく、こちらには現地の情報があるんだ。フリー記者、海外メディア、自由報
12-23 13:25

とすことになります。最初が肝心です。放射能事故の際はなおさら完全な情報公開が必要です。なんなら、私は入らなくてもいい。とにかく、外国人記者だけでもいいから会見に入れてください」官邸の脇、途中からは国会議事堂前の坂道に自動車を止め、筆者はこうした電話を繰り返し繰り返しかけ続けた。
12-23 13:23

【堕国論 Ⅲ】「記者会見をオープンにしてください。まもなく世界中から一線級のジャーナリストたちが日本に到着します。その時に政府の会見をクローズドにしていたら、まちがいなく情報隠蔽を疑われます。そしてそれがデマとなり、世界中で日本政府の信用、さらには日本の国家全体の信頼を堕とすこと
12-23 13:22

続きを読む
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/24 00:00

3・11以降~目覚めの始まり~⑤

 「今ある自分の状態をそのまま受け入れることも出来ないけど、なにをすればいいのかわからないようなところがあります」

 と、僕は6月終わりの修道会でI先生に相談した。すると、

 「それは・・・よくあるスランプだね。そして根本的にはマーヤがあるっていうことだ」とI先生。

 そして一人リトリートを勧められた。
 これは基本一日中なにもしないで、テレビもパソコンも本も見ず、マーヤ解きやお祈りだけをすることだ。
 それをやれば退屈で気分が落ちてくるだろうけど、落ちた分その後バキバキになったり、また思考を煮詰まらせることで思わぬ答えが思いついたりすることがあるという。
 一人リトを勧められたのは、初めてではなく、2年ほど前に初めて勧められた。
 その時から情報をカットするということの重要性が徐々にわかり始め、去年テレビを思い切って捨てたのもその影響による。

 「で、どれくらいやればいんでしょうか?」

 「そうだね~一週間くらいか(●´∀`●)」

 「げっΣ(; ゚Д゚)」

 「じゃあとりあえず3日くらいやってみたらいいんじゃん?それで調子良かったらもっと続けても良いし~調子悪くても続けてもいいし~まあ、やってみることだね」

 「わ・わかりましたやってみます」

 「どうみんな、今の話聞いて僕も、私もやってみようと思った人どれくらいいる?」

 すると、手を上げたのが十数人中僕を含め3人くらいだったので、先生は「なんだよーまったく」と面白そうに笑っていた。

                一人リトリートレシピ(自己流)


 ☆ノートPCは回線外して目に付かないところへしまいこむ

 ☆携帯は電源オフにしてこれも目に付かないところへしまいこむ 

 ☆瞑想するでもなく何もせずひたすら座り続ける 重要そうな考えは書き留める 今のマーヤを考える

 →真に独立したスペース、自由な気分、映し世を忘れること

 世間に生きつつ、家では山にこもった仙人のように生きる


            6月30日

 先週末から先生のアドバイスに従い一日半ほど一人リトリート
 なかなかよい感じであった
 昨夜仕事終了後も、しまってあるPCは出さずに
 お酒の飲みながらサボテン見たりしてた(笑)

 <これからやろうと思ってるスタイル>

 とにかくなるべく家にいるときはPCもしまったりして、hermit状態を続けたい。

 でもまあ外出る時はゆるく、何でもありで~

 何ちゃって隠者モード起動!

 しまちゃうおじさん降臨して、PC、ケータイしまっちゃいました、とかブログに書いたけど、実はしまわれてるの俺だったりして・・・と思った。



 7月の最初、次にI先生に会った時あのようなことが起こるとは、僕はまったく予想もしていなかった。
 ただその日はとても暑い日だったので若干イライラはしていたかもしれない。
 突然、僕はその場にいて先生の話を聴いているのがイヤになったのだ。
 そのまま黙って荷物を持って座を立ち、会場を出て行く自分をもう一人の自分が見ていた。
 その時格別先生がひどいことを言ったとかそういうわけではない。ただある一言が、僕の中のこの場に執着していた部分を恐るべき力でゲンナリとさせ、もう充分だ。ここにいることはない、と思わせた。

 暑さでいくらか思考回路が変になってた部分はあるかもしれない。
 しかし、飛び出して初めて、「そうか、自分は、ここを出て自由になりたかったんだ」ということに気づいた。何か偉い人の周りに輪になって座って話しを聞くような雰囲気は、僕は本質的に好きではないのだ。 
 神様、どうでも好きなようにするがいいですよ
 これで僕がアウトになさるなら好きにすればいいですよ
 これが間違った選択だとしても、別にどうなってもかまわない、僕は出て行きたいんだ。と自転車を飛ばしながら思った。I先生に聞くまでもない。僕が出て行きたいんだから。

 そうして走りながら初めて、僕はI先生のことをブログに書いたりして、すごい人と知り合えた自分に酔っていた、I先生に自分の未来を預けようとしていた。I先生のところにさえいれば何があっても大丈夫なような気がしていた。それが、神を信じること?違うだろ。別にそういった依存対象を持たずに、普通に生きてる人がたくさんいる。そういう人のほうが僕よりもずっと強いじゃないか。なのになぜ僕はそういった普通の人をどこか上から目線で見て、自分だけが、神から祝福されてるようにさえ勘違いしていたのか。
 相方にもI先生のコピーのような話しをうんざりするまで聞かせて、神の教えを広げてるつもりでいた。

 僕もずいぶん、アホだった。  

 なぜだろう?
 なぜ先生は、僕をこのようにしたのだろう。
 僕のブログで人が来ると僕が書いた記事をほめて、僕の役割は書くことだと言った。
 僕が仕事が見つからずに悩んでいる時、そのうち村をつくるのが目標だからM君もそこに住めばいいじゃないと言った。「俺はM君のことは気に入ってるから」と言ってくれた。 
 そう、もしかすると、I先生はすべて僕の「潜在的な期待」通りに振舞ってくれたのではないのか。
 そうすると、どうなるかということ、それを教えてくれたのではないか。
 I先生は愛の人だった。それは確かだ。あんな風に話せる人はいない。
 子供のようで、賢者のような、年老いた、深い器を持つold soul でも海外ドラマ大好き。
 時に大丈夫?と思うほどハイテンション。
 言葉、振る舞い、雰囲気からいやおうなしに先生がどういう世界を生きているかは伝わってくる。
 7年もの間、僕はそれを見てきた。
 もう二度と僕は、他の誰をも、おそらくI先生のようには師匠だと思うことはない。
 そのことによって、僕の外に求めるこころ、依存心を一切切断してくれたのだろうか。

 それとももしかして僕は とんでもなく間違っているのか? 

 先生から逃げ出すのはエゴや、マーヤの抵抗なのか?
 と同時に「みこころ」なのか
 わからん わからん、わからん(;′△`)

 翌朝夢うつつの中、こんな言葉が浮かんだ。

 『どのような人も 原理も求める必要はない

 ネットサーフをやめて、
 むずかしく悩むのをやめて、
 音楽を聴いたり、弾いたり
 英語を聴いたり
 好きな小説を読む時間をとる。

 これはリハビリだ。自分へと戻るための・・・。
 7月4日


 厳密に言うと存在するのは至高の宇宙プログラムのみだ
 宇宙は知性的であり 人間を変容させる
 神、仏、宗教原理のすべてはこの宇宙プログラムの用いる方便である
 よって人間は自分にとっての「知」、「至高」によって動かされる宇宙プログラムの役者たちである
 あらゆる指導者は宇宙プログラムにだまされつつ奉仕しているのだ
 しかし、宇宙プログラムにだまされることを恐れてはならない
 宇宙プログラムは、我々を愛しているからだ
                                                                 

 I先生はもしかすると自分自身へと戻る道を
 示してくれたのかもしれない
 TVもPCもない部屋
 間接照明の空間と、キースジャレットの音楽(どちらも先生に教えてもらったものだ)
 なんならバッハもモーツアルトもかけることができる
 サボテンとポトスの鉢(これも先生に勧められたものだ)
 居心地の良い内省的空間
 これらのなかから生まれるべきビジョンや思索があるとすれば、
 その土台を与えてくれたことになる
 これが僕自身が求めていた空間
 「豊かな孤独」かもしれない
                  
                                    7月17日

 8月になってまた一週間ほど続く風を引いて、熱が出た。
 I先生のところへ行かなくなっても、何かは継続していた。
 それは学びと、気付きの連鎖だった。
 いや、先生のところへ行かなくなった分だけ、僕は自分のこころに耳を澄ますようになった。
 毎朝、静かに座って今日の状態や、自分のこころを見つめるようになった。
 そうして座っていると、自分にとって必要な答えがやってくるように思えた。
 それをつまらないと思えることでも、なるべくこまめにノートに書き付けておくことにした。
 

 人間は誰かを崇め奉るのが好きだ
 救世主(メシヤ)が好きだ
 外側の何かが自分を救ってくれると思っている
 その認識において、メシヤと風邪薬は紙一重も違わない
 人間は既にあらゆる存在によって生きている
 そしてあらゆる存在を生かしている
 すべては飯屋
 僕は飯屋
 それ以外の事実に飯屋を求めるなかれ
                          
                                 8月16日

 ○外側から入ってくるニュース・ネットの情報に一切期待しない。
  (自分の内発的、主体的行動、感性のみを期待する)


 ○朝の時間など、何もない時 それを読むと「あるストーリー」が起動する「情報体」ではなく
  音楽など意味内容のない「波動体」を摂取する。


 
 彼自身のビーイングや、根源精神の質と
 自我の成熟度は一致しないことがある
 しかしビーイングの質の高さや、「縁」が合致すると
 彼は彼自身意図せずして、人を変容させたり学びを与える。

 人が人にエフェクトする要素は、ビーイングの質と縁、
 そしてもちろん受け取る側の受容性、オープン度による
 受け取る側の質によって、あらゆる存在・事象から学びことは可能だ
 よってすべては すべてのグルとなり得る

 実際に自分のビーイングが、誰に、何を、教えているのか
 意識している場合の方が稀なのである
 彼が、意味があると思い誰かに語る言葉の全ては
 ビーイングが教えているものとまったく違うかもしれない

                                
                                 9月8日
 
 9月は、なにか新しいエネルギーが入ってきているような感覚を感じたが、10月になると原因不明の落ち込みの波が何度もやってきた。

 ●すべては自分の問題である
  すべては自分である


 (ひふみ神示)の御魂磨きは、それをもとにしている。(己のこころの戦、終わっておらんであろうが
                                 10月6日


 また一人リトリートを何度か実行してみるが、今度の落ち込みはしつこく、ちょっと調子がよくなったらまた落とされるということを繰り返した。こうなったら

 私は今のわたしの体験を100パーセント愛し、受け入れます
 愛しています 感謝します
 

 とでも祈り続けるよりない。

 10月20日  

 うーん、まあ悪くない感じだろうか

 月曜ちょっとウツ度高かったので、火曜は夕方までほぼ座りっぱなし
 
 自分が止まっていると、回転する現象のセンターにいる感じ。

 

 10月24日

 ものすごい嫌な感じの女に夢の中で出会い、気分が悪くなるが、目が覚めて結局自分のこころが生み出していたものであることに気づく。現実もこんなもんで、イヤだと思うことに勝手にこころのエネルギーを注いでいるのかもしれない

 10月28日は、人類の意識進化としてマヤ暦を解読したコルマンインデックスの最終日だった。
 この前日ちょっと不思議な夢を見た。
 夢に感動したので夜中にノートに書いたがほとんど意味不明だ

 
 
 阪神淡路大震災
 オウムテロ事件
 やがてすべてを繰り返し時は
 あの流れへとたどり着く
 100年前の多摩川(?)のあの青き流れへと
 人智を超えた巨大な回帰する流れ
 すべては巨大で透明な流れの中に
 すべては戻ってくる
 もっとも美しく 無垢な
 君の思い出へと
 


 10月27日

 朝方、不思議な青き流れの夢。
 自分が透明な巨大な流れの中の小さな存在になったような・・・この流れはいとしきものへと回帰する。



 このオウム事件や阪神淡路・・というのは僕が十代の頃衝撃を受けた大事件、大災害だけどこれが夢の中でどういう文脈で出てきたかというと、こころを暗闇で被うような事件事故も、この「透明な流れ」というものを消すことは出来ないということだ。そして人はなくしてしまったと思い込んでいる、もっとも無垢なものへと必ず帰っていく、回帰していく、その大きな流れの中に誰も含まれているというようなことだった。それはパワーのある夢で半日ほど夢の中のエモーションが力を持っていた。
 人は大人になると、無垢でなくなるというが、実は無垢なものとは失い得ないものかもしれない。
 
 コルマンインデックスの終了
 人間は新たな目覚めのステージへと移行するのか!?


 そして、僕は・・・



 ・・・、また風邪引いて寝込んだ(´-ω-`)
 


      



3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/23 22:34

12/22のツイートまとめ

haitakadori

RT @mikalune: ふつうにこわいですw RT @hanayuu: @mikalune 【痛いニュース動画】 夕張市の恐怖系マスコットキャラクター「メロン熊」が保育園を訪問してしまい、園児が号泣→ http://t.co/Q1vCYynr
12-22 12:56

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/23 00:00

12/21のツイートまとめ

haitakadori

RT @tjimbo: 福島第一の1号機でメルトスルーした核燃料はおよそ100トンだそうです。2号機3号機がその半分くらいというのが東電の推測。合計200トンの二酸化ウランの塊が今どこでどうなっているかわからないんだけど、どこでどうなっていてももう大丈夫だと。200トンっ ...
12-21 18:59

RT @hirougaya: きょう民放テレビで「金正日が死去して国民がみんな嘆き悲しんでいるような報道ばかり流すのは政府のイメージ戦略である」とかいってましたが「東日本大震災が起きても国民がみんな笑顔で復興に励んでいるかのような報道ばかり流す政府のイメージ戦略」に沿った ...
12-21 13:49

RT @LSDove: ”メディアを支配する者が人の正気を支配している” - ジム・モリソン
12-21 13:48

RT @LSDove: ”大麻を吸って奥さんや子供を殴る人なんて一度も聞いたことないな” - ビング・クロスビー
12-21 13:48

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/22 00:00

12/20のツイートまとめ

haitakadori

RT @keijimoriiVet: キリバス共和国、トケラウ、ツバル参加国が歌と踊りで海面上昇の危機をアピール。http://t.co/3SQCQ8JS現在すでに深刻な状態。
12-20 14:00

RT @moomin_valley: 世界が、しずんじゃうの? - ミィ
12-20 14:00

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/21 00:00

12/19のツイートまとめ

haitakadori

RT @sayakaiurani: 今日は凄い悲しかった。母親の友人が九州産物でもてなすよってことだったから、遊びにいって、食べまくったら、食後に『実は福島産の野菜と九州産のコラボだよー!味変わらないでしょ?神経症治してよ?』って笑いながら言われたから。母はキレてその40 ...
12-19 17:58

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/20 00:00

3・11以降~目覚めの始まり~④

 リトリートから帰ってすぐ体調が悪くなった。

 原発で注水作業が中断した翌日。のどがイガイガして、体も少しだるく熱っぽい。

 前夜、リトリートで他の参加した人から、3・11の地震を的中させた小林○夫さんのことを聴き氏のツイッターを見てると過去最大の警戒警報ですとか言ってる。不気味なので電気つけて寝る。
 夜中は大丈夫だったが、朝8時ごろ千葉震源で最大震度5の地震。東京も4程度か。

 PCをチェックするとリトに参加したご夫妻から、ブログの投稿フォームより家も同じ東京西部だし、もしもの時の為にメアドを交換しませんかというメッセージが届いていた。数年前修道会に参加し始めたご主人が即効でバキバキになり「あがり」になってしまったYさん夫妻だ。こころ強い連絡でうれしかったが、同時になにか有事感が強まってきた。
 少し外出し、買い物をして日高屋に入ってご飯食べてると、ポケットの携帯がまたあの嫌な音で鳴った。緊急地震速報だ。鉄筋の建物の1Fだが、上の照明が揺れている。「揺れてる!揺れてる!」と近くのおばさん。携帯からWEBに接続して調べると、また福島で震度6の余震が起こっていた。

 家に帰り、ネットでいろいろ見てると、去年の春アイソレーションタンクを体験しに行ったECCOのMさんが阿蘇に
行ってしまっていた。あと1月頃に買ったあるアセンション系の本の著者は、自分のサイトで「日本が新たな災難に襲われるのはもう避けれない」と日本脱出を勧めている。こういうの読むと東京にいるのがヤになる。夕方、○夫さんのアラートは解除された。こういうのにいちいち振り回されるのもどうかと思うが。なんか2011年は待ったなしの感があるようで怖かった。

 風邪気味だった体調は、本格的な風邪に移行して熱が出始めた。
 それから約一週間ほとんど僕は寝込んでいた。
 余震はその間もずっと続いていた。いったいいつまで揺れ続けるのだろうか。。。
 一週間経ってそろそろ大丈夫かとAさんの介護の仕事に行くが、ふらふらしていてとても夜の9時まで持ちそうもない。事業所に電話して、体調悪い旨を伝え、少し早く交代してもらうことにした。交代時、僕より若いヘルパーに

 「オーラみたいなのが弱ってますよ、大丈夫すか」と言われる(;´・ω・)
 
 うう・・・体に力がはいらんのじゃ。
 頭ががんがん痛み出し、下がったはずの熱がまた38度台に戻った。もう一週間経つ。
 なんだろう?揺れのPTSDや原発やいろんな情報ネットで見たりして免疫が弱ってるんじゃないか。
 大丈夫か、俺(# ゚ Д ゚ #)

 とにかくフルーツとアイスだけ食べて、ひたすら寝続ける。
 明日熱下がってなかったら病院イコ(;'A`)

 翌朝未明4時過ぎまたグラっと短く強い揺れで起こされる
 秋田で震度5弱

 翌朝、熱は7度台に下がってたので病院に行くのはやめたが、この風邪が多少回復しからだに力が戻ってきたように感じたのは4月23日ごろだった。風邪を引いてから約10日が過ぎていた。

 調子が良くなってきたので彼女と会う約束をしたが
 久しぶりに相方に会うと彼女は、僕の手をつまんで軽く振り

 「やだーなんかぺらぺらしてる~~」と言った。

 揺すられるままにからだがかくんかくんした。
 いったんもめんになったみたいだ。
 翌日、駅まで彼女を送っていった帰り道東の空にまた虹を見た。
 それもしっかりとブリッジ状の半円をしたハンパない大きさの虹だった。
 その虹の橋のたもとをを日を受けて輝く雲が流れて過ぎ、言葉に出来ないほど美しい光景だった。
 こんなすごい虹を見たのは、久しぶりで多分二回目か三回目くらいだと思う。
 まだからだはぺらぺらしていたが、感動してしばらく突っ立って見つめていた。

 虹に意味なんかないかもしれない。

 でも、リトで見た虹をまたこんな形で見ると、それはよき知らせのサインのように見えた。
 

 5月1日の日記

 昨夜はなんか目が冴え眠れず
 夜中一時ごろにも地震があり雷?か風の音が大きく何度も目が覚めた。
 ネット見すぎてまた変かも。
 幼稚園児が5月に東京で地震があるって言ってるとかいうのはデマっぽいけど、妙に気になる。

 なんか今までと違って、自分が直接体験する可能性のあることだから気になるのだろう。

 しかし、そんなこんなで朝むくっと起きて鏡見るとすごく疲れて見えたので本日はネットなし!と決めた。

 ホントこの情報漬けだと不安やもやもやが高じて免疫とか低下しそうだから、こころ休めないと。

 実際の地震の揺れよりも害あるかもしれんので。。。

 去年の今頃は馬乗りに行ったりして、平和だったなあ。



 5月6日

 今日は(I先生の)瞑想会休む。

 なんか昨日の朝くらいからエネルギーが変わったというか、すやーっとした感じだ。
 僕だけじゃなく、全体的に・・・だと思うが。

 管首相 浜岡原発停止要請 という良さげなニュースも。

 ただ深夜二時ごろ、福島浜通りで震度5と強め。今日はやや地震多いか。しかし東京ではもう長いこと揺れは感じていない。

 修道会、I先生のブログ、村に住む、覚醒、などの概念を一度すべて捨てる。(I先生に依存するアイデンティティ)←ということを昨日の朝考えて瞑想会を休むことにした。

 だが神を捨てることは出来ない。


変な風邪を引いたのは、ストレスによるものか、あるいは放射能によるものかわからない。だが、「情報」によってダメージを受けていることは確かに思えたのでまったくネットに接続しない日を設けたり、地震や原発についての情報は見ないという時間を意識的に設定するようにした。 

 情報によってダメージを受けるとすれば、その多くは「不安、恐怖」という感情によるものだと思う。それら収縮系の感情が、呼吸を浅くさせたり、また未来を悲観的に考えることで自己破壊的な、あるいは刹那的な行動をとらせたりする。免疫系に対してもあまりいい影響を及ぼさないはずだ。

 また3・11以降、情報は「怒り」という形にも多く転化して言った。
 自然の力に対しては怒りをぶつけるというわけにもいかないので、その分の怒りも含めて責める相手が存在する人災的な側面に集中砲火が行われるのかもしれない。やり場のない怒りというが、そういう怒りはやはり発散される「場」を求める。
 僕も今回の災害を経験する前は、政治や大企業という存在に対してこれほど具体的な怒りを感じたことはなかった。具体的な怒りとは、簡単に言うと「ボコボコ」にしたいと思うことである。

 原発、ひどいニュースばかりでイヤになる

 まあ僕が福島県民なら、東電幹部とか政府関係者ボコボコニしてもまだ足りないと思うだろう。

 これでも暴動や革命が起こらないなら、それがいいのか悪いのか、僕は知りません。

 そもそもあんないい加減な原発建てた時点でテロ特措法かなんかにひっかからないのか?
                          
                                       5月12日の日記

 また怒りは、そういった企業や国にたいしてだけではなかった。
 「節電」と言われれば、電気を使わないことがなにかボランティアのようないいことをしていると考えるような風潮や、それを煽るようなACのCM、デマに惑わされないようにと言いながら安全デマを流す人間や、それを煽るようなACのCMや、実際に深刻な汚染が進んでいるにも関わらず、風評被害とかいう言葉をひろめて「食べて応援」などいう本末転倒の思考を何かボランティアチックな美しいことに摩り替えようとするような小細工、正確な情報も流さずに「がんばれ日本、ひとつになれ日本」とだけ言い続ければ、単に大本営発表のもとでの盲目的一体化を促すことにしかならないことを自覚しないマスメディア、多少の放射能はホルミシス効果により体にいいんですという学者、こういったものすべてに胃が痛くなるような怒りを僕は感じた。

 僕の怒りは、スピリチュアルな指導者にも向かった。
 日本脱出を勧めていたくせに、安定感が戻るとのこのことまたブログを書き始めた人の分厚い本を酒に酔って、全部びりびりに破って燃えるゴミに捨てた。

 このごに及んで

 メッセンジャー、あるいは教師だと勘違いしてるやつらの90パーセントは

 アホだ。
 
 教えを垂れて 人を導くのが趣味の偽預言者だ。

 このバカヤロー!
                     5月8日


 このバカヤローて・・・
 相当荒れてますな(o・∀・o)

 しかし、これらの怒りはもしかしたらそういう外側の情報に振り回される自分自身や、なにを信じていいかわからない状態、希望の喪失感、そういうものにも向けられていたのかもしれない。
 「怒り」は対象があるものだが、自分の内に存在する「怒り」はその対象ではなく、自分自身の身心を蝕む。おそらく「恐怖」と同じく免疫系・循環器系などにマイナスの影響を与えるだろう。
 好ましくない存在のことを考えて、自分を蝕むのは全く馬鹿げている。だから「怒り」については忘れるか、許すか、あるいはそれを冷静な行動へと転化させ、状況を変えるようにアクションするしかない。 
 僕自身に関して言えば、「情報」自体に距離を置くことと、毎日ある程度からだを動かして肉体を鍛えること、ポジティブな感情を作り出すこと、壊れていく世界ではなく「光」を意識するということを5月ごろからやり始めた。それは自分自身に再接続することの始まりでもあった。昔親の本棚から借りてきたこの本が役に立った。

 51jZwLOWfXL__SL500_AA300_.jpg


 5月25日

 Aさんの介護で夕方からフォーク居酒屋へ。
 団塊の世代の皆様に演奏してもらい、尾崎豊を歌うという想定外の事態に。
 しかし気持ちよかった。
 もっとうまく歌いたかった。いや、もっと俺に歌わせろ的なところもあり、いつもカラオケなので譜面見て歌うのが難しく「卒業」は歌詞が途中でわからんようになる。続けて「I LOVE YOU」も。おもしろかった。


 武蔵境駅から歩いて5分くらいのところにある、小さなフォーク居酒屋。
 一応小さなステージがあって、お客さんがギター弾いたり歌ったり出来る。
 養護学校の先生をしていたママさんが始めた店らしい。
 フォーク居酒屋、という名の通り集まるのは50代前後の方が多い。
 あくまでAさんの付き添いなのだが始めて行ったので、自己紹介させられ、いつのまにかステージに上げさせられていた。すでに生ジョッキ一杯飲んでたのであまりテンパリもせず・・
 フォーク居酒屋で尾崎ていうのも微妙にずれてるが、生でギター伴奏してもらい歌うのは大変気持ちよかった。また、居酒屋だけど、いちおうステージだ。聴いてる人もいっぱいいる。程よい緊張感と気持ちよさがあってよい。 
 仕事(なんですこれでも(;^ω^)が終わって居酒屋を出ると、みんなが楽しそうに歌ったり飲んでるあの雰囲気を思い出し、あたたかい気分になった。
 パソコンの前に座って、情報を集めてる自分が深刻になりすぎてる気がした。
 いや、実際深刻な事態が進行中かもしれない。
 でもだからこそ、楽しむことも必要なのかも。

 もう5月も終わりに近づき、夜に自転車で走っても寒くない季節になっていた。







3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/18 15:30

12/17のツイートまとめ

haitakadori

東京新聞:作業員「政府ウソばかり」:http://t.co/V0mcSx1g 男性作業員は「俺は日本語の意味がわからなくなったのか。言っていることがわからない。毎日見ている原発の状態からみてあり得ない。これから何十年もかかるのに、何を焦って年内にこだわったのか」とあきれ返った。
12-17 09:46

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/18 07:14

12/17のツイートまとめ

haitakadori

RT @Happy20790: 続き2:モニタリングポストの数値からなんだろうが、少なくともオイラが知ってる限りそんな場所は見当たらない。「放射性物質の抑制とコントロール」については、確かに事故当初と比べたら減ってるし、1号機はカバーリングもして抑制してる。但し2号機 ...
12-17 20:47

RT @Happy20790: 昨日の政府の発表でオイラが疑問に思うことをつぶやくでし。「冷温停止状態」については、まず現在のパラメータに出てる温度測定の場所と燃料のある場所の温度は違うんだ。燃料自体の温度は測定出来てないし、現在のPCVの中は湿度が高くて蒸気もある。
12-17 20:46

RT @moomin_valley: ぼく、ムーミンたちのことだって、煩わしく思うこともある。だけど、彼らとくらしていると、一緒でも、ひとりでいられるんだ。あんなに何年も、長い夏を、ムーミン谷で過ごしていたのに、ぼくは気づきさえしなかったんだ。ムーミンたちは、ぼくのこと、 ...
12-17 20:42

RT @hosshyan: "円高やから海外旅行お得~!"とか、"ブランド物安い~!"とか、歴史的な"異常円高"、何も知らんけど喜ぶのは"バカ"。憂うのは"アホ"。…どっちにしろ、今の日本に"マトモ"は無いねん、俺も含めて(泣)
12-17 10:08

RT @OhnoYurikobot: 葛藤とは「やりたいことをやらないでいるか」「やりたくないことをやっているか」と自分に問いかけてみるとわかりやすいと思います。
12-17 09:56

RT @warabe401: 「サラリーマンは不満が友達、自営業は不安が友達」  自営業に入り、実感として、サラリーマン時代よりも不満は10分の1、でも不安は10倍以上。 でも僕は不安とは友達付き合いできる。不安があるからこそ余計に頑張れて楽しめる。  そうゆう不安と友達 ...
12-17 09:54

RT @iwakamiyasumi: 首相官邸へ向かう。6時から会見。海洋へ汚染水を放出、漏出し続け、今後も放出を検討しているにもかかわらず、緊急事態を理由に、保安院は、汚染水の海洋放出をゼロとカウントする、という。これでステップ2の要件たる放射能の管理が達成できた、と称 ...
12-17 09:49

東京新聞:作業員「政府ウソばかり」:http://t.co/V0mcSx1g 男性作業員は「俺は日本語の意味がわからなくなったのか。言っていることがわからない。毎日見ている原発の状態からみてあり得ない。これから何十年もかかるのに、何を焦って年内にこだわったのか」とあきれ返った。
12-17 09:46

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/18 00:00

12/16のツイートまとめ

haitakadori

RT @Happy20790: なぜ?なぜ?日本のトップは「収束を確認した」なんて言ってしまったんだ(-"-;)
12-16 21:29

RT @kikko_no_blog: 「福島県民は放射能に勝てる。世界人類のため福島で住み続けよう!」 というのは、野田首相が実際に発言したわけではなく、首相の事故収束宣言を聞いた上杉隆さんが皮肉をこめてツイートしたもので、それをリンク先のブログの方が実際の発言だと思い込 ...
12-16 21:09

RT @uesugitakashi: 【速報2】 野田首相は東京電力福島第一原発事故由来の放射能は、「18歳以上には被曝せず、福島県外には飛ばず、汚染された食品をすべての核種でチェックできる」と宣言しました。
12-16 20:54

RT @uesugitakashi: 【速報】 野田宣言なう。 「福島県民は放射能に勝てる。世界人類のため福島で済み続けよう!」
12-16 20:54

RT @kikko_no_blog: うわー!野田ちゃんてば「冷温停止」を宣言しただけじゃなくて「事故収束に至った」って宣言しちゃったよ!世界中が注目してるってのに、こいつ本物のクルクルパーなのか?
12-16 16:48

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/17 00:00

12/15のツイートまとめ

haitakadori

だからそれをイシキし、高くてまずいラーメンでも、感謝とともにいただいたほうが得だと言うことになる。これは他の全てにも言える。すべてが人智を絶したものであり、当たり前なものなど何もないのだろう。
12-15 16:21

それをイシキすることが充分にエネルギーを受け取るコツだ。外食で高い割りに貧弱な食事が出されたとしても、その値段などはすべて人の限定的意識で設定されたものに過ぎず、食べ物自体は紛れもなく無限のエネルギーの現れである。だから限定的な現実に苛立つよりも、「無限」に感謝して方がいい
12-15 16:18

食べ物も、水も、光も、この一日もすべてが宇宙の無限の現れでありそのことをイシキしていることが宇宙とシンクロした心ではないだろうか。
12-15 16:15

本名: 『素直,男好き,仕事が速いという点から○○の天職は魔術師です。年収は200万円,職場は遥か遠い宇宙の果てです。 http://t.co/0uY1iLaB (´-∀-`;)
12-15 16:02

『自己中心的,辛党,応用力があるという点からはいたか鳥の天職は占い師です。年収は400万円,職場は東京タワー展望台です。 http://t.co/0uY1iLaB 400万あれば充分です(o・∀・o)
12-15 15:59

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/16 07:49

12/15のツイートまとめ

haitakadori

だからそれをイシキし、高くてまずいラーメンでも、感謝とともにいただいたほうが得だと言うことになる。これは他の全てにも言える。すべてが人智を絶したものであり、当たり前なものなど何もないのだろう。
12-15 16:21

それをイシキすることが充分にエネルギーを受け取るコツだ。外食で高い割りに貧弱な食事が出されたとしても、その値段などはすべて人の限定的意識で設定されたものに過ぎず、食べ物自体は紛れもなく無限のエネルギーの現れである。だから限定的な現実に苛立つよりも、「無限」に感謝して方がいい
12-15 16:18

食べ物も、水も、光も、この一日もすべてが宇宙の無限の現れでありそのことをイシキしていることが宇宙とシンクロした心ではないだろうか。
12-15 16:15

本名: 『素直,男好き,仕事が速いという点から○○の天職は魔術師です。年収は200万円,職場は遥か遠い宇宙の果てです。 http://t.co/0uY1iLaB (´-∀-`;)
12-15 16:02

『自己中心的,辛党,応用力があるという点からはいたか鳥の天職は占い師です。年収は400万円,職場は東京タワー展望台です。 http://t.co/0uY1iLaB 400万あれば充分です(o・∀・o)
12-15 15:59

RT @OhnoYurikobot: ・生理的に好き ・やっていると我を忘れる ・そのことを考えるだけでにやけてくる ・楽である。いくらやっても飽きない!こんなふうに感じているなら、それは「なるべきものになっている」サイン。
12-15 11:17

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/16 00:00

12/13のツイートまとめ

haitakadori

RT @OhnoYurikobot: そろそろ、今までのような生き方をもう続けてはいられない時代がやってきています。
12-13 14:47

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/14 00:00

3・11以降~目覚めの始まり~③

 京都に避難した僕の頭の中には、3つほどのシナリオがあった。
 ホテル代もかかるので避難してられるのは4日ほどが限度だ。

 まずひとつはこの3日ほどの間に、原発がひとまずの安定してもう新たな爆発など起きないとはっきりすること。

 ふたつめは、この3日ほどの間に、あらたな地震、爆発などが起こり、いやおうなくこちらに留まることになるというもの。

 みっつめは、3日の間では決定的な次の崩壊は起こらず、かといって安全とも言えない状況のまま東京に帰らねばならないというものだ。

 どうやら3つめのシナリオとなる可能性が濃厚になってきた。
 まあ平和な空気も感じられ、久しぶりに家族とも会って少し気分転換は出来たからそれだけでもいいんだけど。
 しかし、この状況で東京に帰るのはどうにも気が進まない。
 だが僕には向こうに仕事もあり、相方も東京に家族がいる。I先生もいる。結局のところ、僕の今の居場所は東京なのだ。多分それが「みこころ」って奴なのだろう。向こうに帰ってどうなるにしろその流れに当分は身を委ねてみようという受容的な気分になっていた。これも避難して少しこころに余裕が出来た上での思考だったかもしれない。
 
 最終日、新幹線の時間まで僕らは鴨川沿いにある鴨川カフェという落ち着いた感じの喫茶店に入り、食事とコーヒーを頼んでしばらく読書をすることにした。なかなか個性的なセレクションでいろんな本が置いてあった。僕は村上春樹の短編集「東京奇譚集」を読み、彼女は「るか、でぶっちょ宇宙人おばさんと会う」というスピリチュアルエッセイのような本を読んだ。僕もぱらぱらと読んでみたが結構面白そうだった。
 なんだかこのような場所でデザートを食べたりしてると、自分が必要以上にぜいたくなありがたいことをしているような気分になった。もちろんそれは頭に浮かぶ被災地の映像などとの相対化によるものだ。

 京都のヨドバシ電気ですら、懐中電灯などが品切れ状態になっていた。
 僕は東京では全然買えない乾電池とか、カロリーメイト類を少し買っていくことにした。

 僕は少々いろいろな情報を話しすぎて、彼女を怖がらせてしまったかもしれない。
 帰りの新幹線の中で彼女は手を合わせて、災害が落ち着くように祈っていた。
 僕にしても危険地帯に向かって走ってる感じは拭えなかった。

 これはジャーナリスト木下黄太さんの動画だ。
 これによると、4月15日と、21日に首都圏に高濃度放射性物質の降下があったらしい。
 結局、僕は17日~19日まで京都にいただけなのであまり被爆量を減らすという意味では意味があったのかどうかわからない。まあ休養になったことは確かだけど。




 この木下さんは震災時大手マスメディアに勤務していて、現場は指揮系統が硬直状態にあったということを明らかにしている。その結果大本営発表ばかりがテレビからは流れることになった。このような事態にまともにどのように取材を行えばいいのか知っているジャーナリストは各局に一人か二人、いるかいないかだという驚くべきあちゃ~な実態を述べている。だからやはり非常時にテレビ・公式発表から情報を得るということは危険だとしか思えない。↑と↓は非常に貴重な話しだと思う。




 帰ってきて最初の仕事は、Aさんの家だった。
 コーヒーを入れようとしているとき、市の防災スピーカーから「水道水から低濃度の放射性物質が検出されたので、乳児の飲用は控えてください」という放送が流れた。

 「飲用は控えろって言ってますよ、、、Aさん。でも乳児だから大丈夫なんでしょうか」
 
 Aさんも気にしてない様子だったので、僕は蛇口をひねり出てきた水でコーヒーをいれてAさんに渡し、自分も飲んだ。いまなら多分、一応やめときましょうよ、と言うと思うがなんとなく空気感に流されてしまった。

 昔からチェルノブイリ事故などが所詮他国の問題であった時には、さんざんとても恐ろしいとメディアに刷り込まれていた「放射能」。それが一旦このようなことが起こると、「薄まってるから飲んでください」となる。やはりなんかものすごいことがまだ継続している。おならの匂いだけだから、すぐ消えるって?とんでもない、明らかに中身漏らしてるじゃないか福島原発君。200キロ離れた場所の水道に、君の「中身」が混ざってるじゃないか。チェルノブイリ君を決して馬鹿に出来ないぞ。ていうか漏れたって白状して、だから僕に近寄らないでと自分で言った分だけ彼の方が潔いぞ。漏れてるのに、漏れてないっていって中身を撒き散らした君はもうクラス中の、鼻つまみ者だ(〃*`Д´) 

 3月29日の日記

 19日目。相変わらず原発は一進一退を続けている。

 水2リットル、納豆などいまだに買えず。

 今日夕方から市民体育館のプールで泳ごうとすると、地震による設備の点検などで休み、再開未定とのこと。なんかもう泳いだり、ダイビングする時代ではないのかなと思ってしまった。広瀬隆氏の原発動画、怖。浜岡原発とかホンマ(動かしてるのが)意味不明や。

 なにすれば良いやらわかりまへん。
 昨日はブログ更新すると被災地の人がコメントくれてうれしかったが。
 書くことかなあ、出来るのは・・。

 もんじゅがヤバイとか言ってるのもいるね~

 1000マイクロシーベルト=1ミリシーベルト
(単位の覚え書き?)

 四月に入って間もなく、去年の8月福岡から東京に出てきて働いていた知り合いの女性が、家族が心配しているという理由で福岡に戻ることになった。Tさんといってずっと昔僕があやしいヒーリングをしてた時に奇特にもお客さんとしてきてくれた人だ。Tさんが帰る日が迫っているので、数回井の頭公園で一緒にお昼を食べた。

 Tさん自体はあんまり心配してないように見えた。若干びびってる僕に、

 「人間いつかは死ぬんよ~K君。朝起きて夜寝るくらい自然なことよ。それで死んだらとってもいい世界にいけるんだから。私は絶対気持ちよく死ねるとおもっとるけん。」と自分の死に自信を持ってるようだった。  
 なんでも自信を持つことは有効だというから、気持ちよく死ぬ自信というのも結構大事かもしれない。
 Tさんは、夢の中でシャンバラに行ったり、海岸でキノコを食べて「足の下に世界がある」ことに気づいてしまったりする不思議系ヒッピーお姉さんだが僕が貸した「クラリオン星人の本」を会社で堂々と読んでて、同僚にも読ませちゃったりする。そういうオープンなところは僕も見習いたいと思っているのだが、そんなオープンな性格から色々な人と知り合いになる。
 仕事上で知り合ったある省庁の顧問などをしている男性は「東京で地震が続くのは自然な流れ」と言っていたらしい。

 4月になってからも、不安定な原発の動向や、相変わらず続く余震に揺すられていると気持ちはなかなか安定しなかった。4月の8日から10日までI先生のリトリートが山中湖であるので、参加することにした。とにかく3日ほどはニポンの終わりは考えずに、頭の中を真っ白にしてもらいたいと願った。
 春先の山中湖畔はすっぽりと霧に包まれていたが、その合間に虹が現れ、みな写メを撮っていた。これは何かいい兆しかもしれない、と少し想った。あとから知ったことだが旧約聖書で虹はノアの洪水の後、神が二度と世界を滅ぼす洪水を起こさないことを人間に約束するため空にかけた。だとすれば、セカンドインパクトは起こらないかもしれない・・そうだといいのに。

 僕はかなりいい感じで帰宅し、翌日は地震も原発も忘れバキバキ感のなかで過ごした。
 夕方までは・・・
 その日は4月11日、ちょうど3・11から一月目だった。
 17時15分頃福島内陸を震源とするマグニチュード7の地震が起こった。東京の僕の自宅もかなり重みのある振動で揺れた。ニュースをチェックすると福島震度6弱の揺れで原発の電源が落ちて、注水作業ができなくなっていると言う。

 あ~~~┣¨┣¨┣¨(;゚Д゚)ドーシヨ

 幸い、50分ほどで作業は復旧したようだが、僕のバキバキはどこかへ消え、非常事態のムードだけが残った。
 夜になるとものすごい土砂降りの雨が首都圏一帯に降り始めた。

 そんななかTさんからメールが来た。

 明日、福岡に帰るという。 

「私は悪運が強いけん、帰ったあとが心配、原発またやばくなったらK君も逃げた方がいいかも」

 僕が「悪運をわけてください」と言うと「福岡に帰るから、土産に悪運あげるよー。私は良運に変更なのだ^^。悪運はスリルとパワーがあるよ、怪我せんよ」とTさん。そんなわけで僕に悪運をギフトとして残して、Tさんは帰っていった。なかなか心強い置き土産だった。


     110409_0805~01

  
3・11以降 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/12/13 21:02

3・11以降~目覚めの始まり~②

 次の日3月16日、僕はいつものように朝の9時に職場へ向かった。
 僕は障害者在宅介護のヘルパーをしている。
 担当しているAさんは、脳性麻痺で四肢があまり動かず24時間介護を受けている。
 しかし電動車椅子に乗っていろいろなイベントに参加したり、写真を撮りに行ったりと結構積極的にいろいろ活動している。アニメが好きで、よく一緒に見ることもあった。いつも昨日はこんな面白いことがあったと、ネタを話してくれるおもろい人だ。たまにケーキとか甘いものをご馳走してくれる。朝の9時から夜の9時までの仕事はなかなかきついが、それでもAさんの介護をし始めて学んだことも多い。今までやってきた電話オペレータや、データ入力などの仕事とはまた違ったよろこびと、もちろん大変さもある仕事だ。

 Aさんは特に先週の地震で、困ったこともないようだったが(外にいたためあまり揺れ自体強烈に体験しなかった)知り合いのやはり電動車椅子のマンションの5階に住む女性はエレベータが止まってしまい、100キロ以上ある電動車椅子をみんなに担いでもらってやっと帰宅できたという。

 その日はまあいつもどおりに仕事をしつつも、付けはなしたテレビから流れてくる原発の様子が気になって仕方がなかった。なんかヘリで上から水をかけて冷やすとか、果たして効果があるのかないのかわからないことをやっており、それも上空の線量が高くて引き換えしたとか言っている。

 Aさんが「面白い動画がyou tubeにあった」と言ってこの「うんちとおならで例える原発解説」を見せてくれた。






 Aさんは楽しそうに笑っているが僕はちょっといらいらしてきた。い・いやーこんな動画見てる場合じゃないですよ。おならじゃなくて中身漏れますよ、と言いたかった。しかし・・・

 その日の夕方頃だろうか、突発的に行われた無計画停電により、介護中にすべての電気が消えた。もう6時を過ぎていて電気が消えると真っ暗だ。どうやらAさんも地域の停電を把握してなかったようだ。そして困ったことにAさんの家は暖房はエアコンのみなので電気が落ちると部屋の温度がどんどん下がっていく。3月のこの時期に部屋の中でも暖房なしは無理だ。Aさんの指示で懐中電灯を見つけ、寒くならないように厚着してもらう。とりあえず部屋の温度を下げないようにキッチンのガスコンロをつけておくことにした。そろそろ食事の時間だが、ごはんやお肉などは冷凍のものをレンジで解凍して使うため、電気が来てないと普通の調理も出来ない。うーん、どうしよ。テレビもパソコンも消えていて、静かだ。部屋の中は懐中電灯と、Aさんの車椅子に取り付けられてるライトの明かりしかない。

 「こんだけ暗いと怖い話しくらいしかできないですね」という言葉が思わず口をついて出る。もちろん冗談で言ったつもりだがAさんは

 「やるぅ?怖い話し」となんかマジで乗り気だ。
 まあ、この状況自体が充分怖い話しだが。

 くだらないことを言いながらもなんか戦時中の灯火管制下の国民になったような気がしてきた。
 いつもあったものがこんなに簡単になくなるものなのか・・・。
 夕食はどうしようかと相談していると、ノックの音。
 懐中電灯片手にドアを開けると、ヤマト運輸の配達の人が立っている。
 ものすごくグッドなタイミングで利用者のAさんのお母さんからダンボールにいっぱいのカップラーメンが届いたのだった。これならガスでお湯沸かすだけで食べられる。僕もひとつご相伴にあずかれることになった。
 僕がねぎを刻んだり調理をする時、Aさんがライトで後ろから照らしてくれていた。

 出来上がったラーメンを食事介助しているとき、頭まで防寒の毛布をかぶってラーメンをすするAさんを見ていると、結局このような時、力のない人、社会的弱者にすべてしわ寄せがいくのだと実感した。そしてまたなんて一瞬ですべてが消えていくのだろうと思った。これは本当に元に戻るのだろうか?これから常にこのような困難がつきまとう時代になるのではないだろうか。部屋の中で白い息を吐いてるとそう思えてくる。

 「震災が終わったら、みんなでラーメンパーティーでもしようか~?」とAさん。

 「そうですね」と相槌を打つが、その時の僕はこれが「終わる」とはどうも思えなかった。そうではなく何かが「始まった」のだと。代わりのヘルパーと交代の時間が来て帰るとき、翌日京都に行ってるはずの僕は良心の呵責を感じた。Aさんは珍しく玄関の方まで僕を送ってくれた。

 翌日、木曜日。3月17日。
 この日も別の仕事であったが、避難するため休ませて欲しいと伝えて欠勤した。
 荷物をまとめて、中央線に乗り東京駅へ向かう。
 電車内のニュースでは在日米人に100キロ圏外への避難勧告が出たとか、首相が「最悪の場合東日本は住めなくなる」と言ったとかどうみても状況は良くなってるようには見えない。
 中央線の中では、二人そろってマスクをして大きな荷物を持った、あきらかに僕と同じ危機意識を共有してるような男女もいた。しかしなぜこのような時に、普通に社会が回っているのか、そのことの方が僕は不思議だった。緊急的な業務以外はすべて自宅待機などにしてもいいのではないか。

 相方と落ち合う前に、僕はミクシーに日記を書いた。「東京から離れられる人はなるべく離れた方がいいです!」と。しかしなぜかすぐに削除した。それは正直自分でも自信がなく、ただ獣的皮膚感覚が「ヤバイ・・・ヤバイ」と訴えていると同時に、ただ不安にやられているだけのようにも思えたからだった。

 ホームで新幹線を待ってるとき、僕はチケットをホームに落とした。それはふわっと風に舞い線路に落ちるかと思えた。僕は「だああああっ!!(≧皿≦メ)」と飛びそうになるチケットを足で踏んづけた、のを見て相方が苦笑した。
 新幹線が東京駅を離れると、正直ホッと一息ついた。これで少なくともしつこく続く余震からはしばらく離れることが出来る・・・。原発の情報を調べ続けなくて済む・・・・。
 
 新幹線で3時間。京都に着いたとき雪が舞っていた。
 駅の近くでは東京ではその時みかけなかった街頭募金活動を地元の高校生たちがすでにおこなっていて驚いた。
 寒い中で立って寄付を募っている姿を見ると、正直逃げることしか出来なかった自分がかなりくやしくなった。
 と同時に京都の雰囲気はまったく違った。一言で言えば、平和だった。
 ここでは3・11のあの停電や食品不足、地震のリアリティがないのだ。でもだからこそ募金のような活動が早くも行われているのだろう。

 実家の事情で家に泊まることは出来ないので、予約していた京都駅前のホテルに相方とチェックインした。
 少しくつろいだ後、父の携帯に電話をかけた。
 諸事情により、実家には母と弟1が、父はアパートで一人暮らし、そして弟2もアパートで一人暮らしと僕の家族は京都に点在している。電話に出た父は、ちょうど弟が部屋に来てるという。弟はそんなに頻繁に父の部屋に来るわけではないのにそのタイミングに驚き、二人に会いにいくことにした。この時期いろんなタイミングが結構かみ合っているということが頻繁にあった。それは、3・11の日、たまたま葛飾区在住の相方が高円寺に来ていて電車が止まったので歩いてうちまで(三鷹)来たということもそうだった。おかげで一人で余震多発の一夜を耐えしのばなくてよかった。大変なときだがこう言ったこちらが助かるシンクロもあったのだ。

 久しぶりに再開した父と弟二人と、原発の話など。
 今ではチェルノブイリと並ぶか越える可能性もあるというLV7となったフクイチだがこの頃は『スリーマイル島の事故よりはたいしたことないんやろ?』的な会話が交わされた。僕も正直実情は報道よりはかなりヤバイと思っていたが(だから疎開してきた)、積極的にここがヤバイというポイントも説明が思い浮かばなかったので、あえて異論は発しなかった。

 結構敏感なところがある弟が、「地震の前一週間くらいあまり寝れなかった」と僕と同じようなことを言っていた。アパートのすぐ近くの薬局で通り魔的な殺人事件も起こったという。極めつけは弟が「師匠」と言ってる超人M氏からの情報だった。

 震災の四日ほど前、超人M氏から弟に「そろそろヤバイぞ」 とだけ書かれたメールがとどいた。
 「なにがヤバイんですか?」と電話して尋ねてみると、建物が広範囲にぺちゃんこになっててあたりが水浸しになってるというイメージが数日前から消えないのだという。それから四日後が3・11だったわけだが、まだ「たてものぺちゃんこ」が消えてないから備えておけと超人は言ってるという。(3月17日頃の時点で、今はそれがどうなったかは知らない。ぺちゃんこビジョンが消えてるといい)僕はそれをきいいてかなり怖くなった。なんだかこの地震はその直後からふたつかみっつでワンセットになってるような、次の一撃を予感させるような話が多いが、この情報もそうだった。
 翌日、京都駅からあるいて数十分の東寺へ行った。
 東寺にもすでに義捐金の募金箱がおいてあった。
 巨大な観音像の前で手を合わせると、なんだか不思議にリアルにこのような仏像に彼岸の救いを求めた人たちの気持ちがわかるような気がした。


3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/12 21:18

3・11以降~目覚めの始まり~①

 以下は東日本大震災の後、ブログにアップした文章だ。 





 3月11日は、前日が泊まりの仕事だったので、いつもの夜勤明けと似たような時間を過ごした。
 前日眠る時に「聖杯に血が注がれる」というイメージがよぎり、変わったイメージなので「聖杯に血が注がれる」と忘れないように呟いておいた。聖杯は処刑されたイエスの血を受けたとされる杯だ。朝は爽やかだった。利用者の人との心理的な垣根が一瞬消えて、同じフィールドに溶け込んでいる感じがした。8時に上がり、国立のエクセルシオールでコーヒーを飲んだ。そのあと吉祥寺に行って一人カラオケ1時間した。お昼ごろには三鷹の自宅に帰り、ビールを飲みながらLost season2のエピソード1と2を続けて見た。見終わり少しぼーっとしようとこたつに横になりタバコを吸っていた。珍しく読んでいた長編小説、貴志祐介の「新世界より」をぱらぱらめくりつつ・・・

 すると部屋が揺れ始めた。地震が多かったので、いつものやつですぐにおさまると思った。しかし、揺れはどんどん激しくなっていった。そして周りのものが落ちたり、倒れたりし始めた。その激しい揺れの中で、思考は『これがそうだ これがそうだ これがそうだ ついに来た』というようなところをループし、身体は麻痺していた。危ないから外に出よう、そう判断し動き出したのはもしかしたら揺れの峠を越えたあとかもしれない。木造アパートの二階の部屋から飛び出して、階段を駆け下り、外に飛び出すと、砂利敷きの駐車場に座り込んだ。座っていても地面がまだうねっている。右手にはまだタバコを持っていた。家から出てきた人がたくさんいる。揺れの感じから、多分東京直下型の地震ではないと思った。でも震源がどこであれ、かなりの被害がでてるに違いない。

 部屋に戻りネットで見ると、福島沖震度7の文字。
 しかしまだまだ大きく部屋は揺れている。気持ち悪いので、また外に出て、近所の公園に向かうことにした。
 相方が新宿で友達と食事し、その後高円寺の岩盤浴に行くと言っていたので気になり大丈夫かとメールする。
 酔いと、眠気は完全に飛んでいる。
 携帯のワンセグでニュースを見ながら公園に行った。

 公園では子供たちが遊んでいた。地震に怯えている様子もない。子供たちの様子をみていると、少し気持ちが落ち着いてきた。しかし、そこから少し離れたところでは女性が二人、北に向かって泣きそうな顔で手をあわせ必死に祈っている姿があった。東北に身内がいる人なのだろうか。また向こうの広場にリュックを背負った人たちが十数人集まってるのが見えた。家から避難してきたようだ。しかし一方グラウンドで野球をしている子供たち、そしてふざけあい笑いながら自転車で下校する中学生たちの姿もあった。

 東京でも建物が倒壊し、死傷者がでているようだというニュースが携帯から聞こえる。
 かなり巨大な地震であることは間違いない。
 この規模だと京都の実家に無事であることを報告しておいた方がいいと思い当たるが、予想通り携帯はまったくつながらない。コンビニの前の公衆電話なら大丈夫だろうと考え、小銭を入れて電話する。手短に無事であることを伝える。京都では揺れは感じなかったようだ。え?なんのこと?という感じだった。

 相方からメールが来ないので少し気になる。
 新宿の被害情報はないので大丈夫だとは思うが。メールが込み会っているのだろうか。
 mixiならメッセージが送れるのではないかとログインする。すると、地震発生後30分以内に相方もログインしている。ということはまあ大丈夫だろうと安心する。
 JRは今日は運転しないらしい。ということは彼女は帰れなくなるので、早めにタクシーでも拾ってこっち(
僕は三鷹在住)に向かった方がいいのではないかとmixiからメッセージしてみる。 

 返事が来たのは夜の7時ごろだった。
 mixiはチェックしてなかったらしい。僕の携帯にメールしても一切返事がないので、心配になり阿佐ヶ谷から三鷹へ歩き始めているということだった。だいたい四駅くらいある。僕も吉祥寺まで迎えに行くことにする。異常に冷たく、寒い風が吹きつけている。吉祥寺駅前は、バスを待つ人で長蛇の列が出来ている。

 駅から少し離れた場所で落ち合い、三鷹に向かった。
 相方は阿佐ヶ谷の駅で、電車を降りてすぐ地震に遭遇したようだ。
 エスカレーターを降りているときに揺れが始まり、一緒に居た女性が腰砕けになってその場にしゃがみこんでしまったので介抱するのが大変だったようだ。頭の上では鉄骨の梁がぐわんぐわん揺れていたという。歩き疲れているが意外と元気そうでよかった。

 家に帰りワンセグやネット見続ける。
 I都知事がテレビで『震源が段々下に下がってきてる』とかシャレにならない事を言ってる。
 この地震は普通じゃないという想いが強く突き上げてきて、眠れない。
 震源が三箇所にもわかれ東京を囲んでいるようだ。
 誰も予想しない異様な地殻変動の可能性を危惧する

 普段会わない四国の知人などから、安否確認のメールが来る。
 こちらも首都圏に住む知人にメール送る。
 翌日はI先生やスタッフのMさんらが無事かメールで尋ねて見る。
 I先生、花粉症に被爆し地震どころではないみたいな様子・・とのこと。I先生が深刻になってるとは考えにくかったがその返事を読みやはり・・・と思いちょっとなごむ。
 公園で遊んでた子供たち思い出し、大丈夫だということにフォーカスするということがこの先重要になってくるような気がした。
 
 


 9ヶ月たっても読み返すと、その時の揺れや雰囲気を思い出して鼓動が早くなってしまう。
 東京、震度5弱の揺れでもあれ程怖かったのだから福島や宮城でもっと強い揺れを経験し、また津波や原発事故の被害にあった人のリアリティは想像にあまりあるものがある。

 もう激動の2011年も二週間と少しになった。 
 太古の昔から蓄積されたエネルギーは東日本を激震させ、未だに揺さぶり続けている。
 今年が終わる前に、もう一度あの時自分が体験したことや、あのイベントが自分に及ぼしたエフェクトをあらためて振り返り、書いておきたいと思った。それは首都圏の何千万の人も同じように体験したもので、珍しいエピソードではないと思うが僕固有のものももしかしたら何かあるかもしれない。

 思うに変化の兆しは2月に、数年ぶりのX級フレアが太陽で発生し、ニュージーランドで大きな地震が起こった頃からはっきりとし始めていたのかもしれない。2月はすでに何か尋常ではないエネルギーが動き始めていた。3月に入ってフレアがさらに頻発すると、僕は日常生活の中でのテンパり方がひどくなり、眠りがひどく浅くなり、早朝に目が覚めるようになった。この眠りの浅い傾向は今でも続いている。何かが起こるかもしれない、そう思っていたが、まさか日本であのようなことが起こり、自分もその一端を経験することになろうとは全く予想していなかった。予想していなかった・・・のだが、揺れがピークに達してる時に覚めてる頭の片隅で感じていた「これがそうだ」という一種のデジャブ感のようなものはなんだったのだろう。僕はどこかでそれを経験することを知っていたのだろうか。

 2月、X級フレアの直後に夢を見た。
 突然ものすごい雨が降りしきり、窓の外を水浸しにして、どんどん水位が上昇していく。それはまったく止めようのない勢いだ。そして遠くの空に目を向けるとそこは黄色くかすみ、ごごごごご、と何かが彼方で始まっているようなのだ。僕はあまりに突然に訪れた激変と終末に呆気にとられて何も出来ずにいた。
 カタストロフィックな夢はたまに見るので、それが予兆であったかはわからない。しかし、あのあまりに突然に訪れた日常の崩壊という感覚は、直接津波被害などに会った人たちが感じた感覚に少し似ているかもしれない。

 この大地震が他と違うのは、その桁違いの規模もあるが、原発災害という長期にわたって継続するクライシスもセットになっている点である。そして同じく、新たな大地震の可能性を残していったということだ。そのような要素が、3・11が「何か」の「始まり」として語られるゆえんである。
 3・11は継続している。僕らは今も3・11という時空の中で生きているのだ。それ以前の時は二度と戻ることはない。3・11以降何が始まったのか?

 その日の夕方、家に帰れなくなった彼女と、吉祥寺で会った時彼女は「おはよう」と言った。
 多分僕と同じく相当パニクっていていい間違えたんだと思うが、僕はその「おはよう」が今でも意味深で忘れられない。
 地震のあと最初に交わした言葉が「おはよう」だったからだ。
 もしかするとこれは、尋常ではないウェイクアップコールなのだろうか。
 そうだとすれば3・11以降始まったのは「目覚めの時」と言えるかも知れない。


 3・11の特質はその継続性と、予測不能(想定外)性だ。
 僕は数日後に早くもその持続性に気づかされた。それはもちろん福島第一原発の3号機が、どう見ても核爆発のようなきのこ雲を吹き上げているのをニュースで見た時だ。終わってない、危機は続いている、しかもこれがどれだけ深刻な状態に発展するか誰もわからないんだ、という足元が抜けるような感覚、底なし沼に飲まれていくような感覚を感じた。あんな感覚をリアルで実感したのは初めてだった。東北崩壊?首都消滅?日本崩壊?誰にもわからない。テレビの向こうのカタストロフィーがじわじわと自分の生活に近づいてきていた。

  3月14日の日記

 震災四日目。朝起きてセブンに行く。2リットルの水、お茶はない。
 サミット、JRの運休で店員が足りていないのと買いだめする客の多さで、レジに長蛇の列。やはりここにもカップめん、水などまったくなし。

 福島原発三号機で爆発。
 格納容器は安全と言うが、1号機の爆発よりも大きく素人目にもきのこ雲のようなものが立ち上るのが見える。本当に大丈夫なのか?

 副○隆彦氏のサイト、原子力資料室のUストリーム会見を聞いているとどうも不安になる。



 食料については一時的なものだと思った。
 まったく食べ物がないわけじゃないし、多分すぐに供給が追いついてくるだろう。
 しかし原発爆発、これはまったく未知のことだ。
 政府の発表はまったく信頼できない、どころか僕はなぜかあのE官房長官が喋ってるのをきくとどうもイライラして仕方なかった。
 ここはネットで情報を収集するしかないと、信頼できそうな情報源を見ると、政府発表よりも相当深刻で出来たら西に逃げてくださいと勧めていた。

 僕はとりあえず、高田馬場で働いている彼女に、今日は家に帰らないで僕の家に来て、とメールした。
 彼女の家は葛飾区なので、あまり東京の中でも原発に近い場所にはいて欲しくなかったのだ。
 そしてもしこれ以上の爆発などが起きて、それに新たな地震が重なれば自宅退避命令や交通規制などがされて容易に移動できなくなるかもしれない。と、そこまで考えた。そしたら簡単に会えなくなってしまう。
 彼女はあまりことの深刻さが伝わっていないようだったが、一応リクエストどおりにしてくれて、三鷹の駅で落ち合った。

 三鷹のメインストリートはまるでゴーストタウンのようだった。
 というのは「食料不足のため」などという張り紙をして、松屋などの牛丼チェーンや、東急ストアなどの巨大スーパーがまだ7時前なのにしまっているのだ。しかも「節電」で、駅も、商店も薄暗い。僕は、なんだかもうこれはずっとこのままで東京は人が住めなくなるのではないかという気味悪さを感じた。開いていた中華の食堂で軽く夕食をとったあと、家に戻ると、今度は富士宮市震源の震度6の地震(東京は4程度か?)でみていたワンセグのニュースから警報が流れ、僕と彼女は反射的に外に飛び出した。

 この時点で僕は相当疲れてきていた。
 地震からずっと食欲もないし、睡眠も浅い。住んでる木造アパートはちょっとした地震でも大きく揺れる。
 そのたび心臓バクバク
 そしてうそ臭い公式発表の裏で進行しているであろう、メルトダウン。
 東京にいるということは危険すぎるように思えた。

 僕「京都に行こう。明日オレ、介護の仕事あるからあさっての新幹線で」

 彼女「えー無理だよー」

 僕「交通費とか全部出すから。弱ってる俺の付き添いで行くって思って、ね、明日予約しておいてよ。」

 あまりクライシスの実感のない彼女をかなり強引に説得して、仕事も休んでもらい一緒に京都に一時避難することにした。





3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/12 17:29

12/11のツイートまとめ

haitakadori

「地球上空での7つの流星の衝突はわりと大きなイベントだったのかもしれない」 http://t.co/lWVI9SiT  12月7日瞬間的に宇宙線が増大?
12-11 16:57

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/12 07:56

12/11のツイートまとめ

haitakadori

「地球上空での7つの流星の衝突はわりと大きなイベントだったのかもしれない」 http://t.co/lWVI9SiT  12月7日瞬間的に宇宙線が増大?
12-11 16:57

RT @cmk2wl: @itsuki4782_b 野呂美香さん(チェルノブイリのかけはし代表)受け入れてきた子供達の住んでいる場所の線量は 0.07μSvから 0.4μSv。今の関東圏とほぼ同じだからアドバイスは出来るが、福島となるとチェルノブイリではそんな線量の場所に ...
12-11 16:52

RT @God_Jesus_bot: 放射能汚染食品は口にするなかれ、その空腹がいつか汝を幸福へと導くのです。 #hibaku #cancer
12-11 13:48

RT @God_Jesus_bot: 経団連は懺悔しなさい。 #genpatsu
12-11 13:48

RT @God_Jesus_bot: そのパンとぶどう酒の線量を計りなさい。 #hibaku
12-11 13:48

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/12 00:00

12/10のツイートまとめ

haitakadori

RT @moomin_valley: ――わたしに影響をおよぼし、わたしの人生を芸術作品たらしめてくださったみなさま方に、心からの感謝をささげたいと思います - ムーミンパパ
12-10 19:00

RT @takuomitaguchi: 避難相談窓口としての私のところには、「これはやはり健康被害ではないのか」と疑われるケースがすでにいくつか入っていて、それを日々のニュース等と照合することで、最近ではほぼ確信に近いものとなってきています。木下黄太氏の発言を小馬鹿にする ...
12-10 18:59

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/11 00:00

12/09のツイートまとめ

haitakadori

RT @kibakoichi: スピッツ、マサムネ体調不良のため福島公演を中断 http://t.co/94E2yvVN
12-09 13:29

RT @illvibe: この国には『イヤなものはイヤと言える人が少ない』だけでなく『イヤと言える人のことが許せない人が多い』というのが 決定的にダメだと思う。それは 村八分の思考で 非国民の思考で 今も多くの人の命を脅かしている思考だ。
12-09 13:28

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/10 00:00

12/08のツイートまとめ

haitakadori

呼吸はエネルギーの取り入れであり、食事もまたそうであり、人間関係も。結局全てはエネルギー問題であり、それの奪い合いと浪費による無駄をなくすためのエネルギー自給の問題となる。
12-08 13:59

自分の内にエネルギーの感覚を感じられるかどうか。それが出来た時、人からエネルギーを奪わずとも安定して、「一人でいる」ことができる。なるべくエネルギーの取入れを自分ですることがこのパワーの感覚を強化する。食事も自分で調理することで、エネルギーの取り入れが自分で出来るという認識を得る
12-08 13:53

人に自分の価値を強要したり、従わせる支配的傾向は依存と等しい。そんな状態に陥った時、僕らはどこかからエネルギーがリークしていて通常の関係性を結ぶことが不安なのだ。だから過剰なまでの承認を必要とする。
12-08 13:48

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/09 08:17

12/08のツイートまとめ

haitakadori

RT @nharuchikabot: 息を深くし、気を背骨に通して、"ウーム大丈夫"の心持たば、人は生する道を自ずと歩む也。何かに求め、助けられるを希い、わらをつかんでいるうちは、泳ぐことできぬ也。一切を捨て去って、自分の裡の力が発揮される也。
12-08 18:47

RT @kibakoichi: 福島原発事故で日本の半分が汚染された。今後、第二・第三の原発震災が起こるのは必至。政府は諦めて日本人全員を被曝させようとしており、多くの人は「仕方がない」とそれに従おうとしている。私はそれを受け入れない。何故受け入れないのか考えてみた。理由 ...
12-08 18:46

RT @nharuchikabot: 私は人間の勢いというものだけを見てきた。三十数年ジッとそれを見つづけた。勢いが沈んだ者は、例外なく死んだ。勢いが潜んでいる者は生きた。
12-08 18:46

RT @nharuchikabot: 人間の生の始めにはまず好奇心がある。生の活溌な時はすべての事物へ、又その動きに好奇心が働く。生が萎縮すると好奇心は失せる。好奇心こそ独創の出発点。子供達の好奇心を奪うまい。独創への道を閉ざさぬことは大人の嗜みといえる。好奇 ...
12-08 18:46

呼吸はエネルギーの取り入れであり、食事もまたそうであり、人間関係も。結局全てはエネルギー問題であり、それの奪い合いと浪費による無駄をなくすためのエネルギー自給の問題となる。
12-08 13:59

自分の内にエネルギーの感覚を感じられるかどうか。それが出来た時、人からエネルギーを奪わずとも安定して、「一人でいる」ことができる。なるべくエネルギーの取入れを自分ですることがこのパワーの感覚を強化する。食事も自分で調理することで、エネルギーの取り入れが自分で出来るという認識を得る
12-08 13:53

人に自分の価値を強要したり、従わせる支配的傾向は依存と等しい。そんな状態に陥った時、僕らはどこかからエネルギーがリークしていて通常の関係性を結ぶことが不安なのだ。だから過剰なまでの承認を必要とする。
12-08 13:48

RT @kibakoichi: 状況が押しつけてくる病んだポテンシャルと、シンクロしてしまってはいけない。明るさ、おおらかさ、リラックスした構え、軽やかなフットワークが必要☆
12-08 13:37

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/09 00:00

12/06のツイートまとめ

haitakadori

RT @kibakoichi: 「死の恐怖を抱いている人は、必ず暴力というものから離れられないし、死の恐怖を抱いていない人を見つけ出すと、自分と同じにしないことには収まらない。『自分は死んだ時に、すべて失われて消える。あなたも生き残ってはいけない』そういう強制に近いです」 ...
12-06 15:36

RT @kibakoichi: 占星術家・松村潔氏の日記。3年ほど前のもの。当時でもそうだったけど、今読むとさらに示唆に富んでる。アセンションとかしきりに言われてた当時が夢のよう★。放射能がもたらす死の恐怖をどう捉えるかによって、私達は確かに「分裂」してしまっているよ。h ...
12-06 15:35

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/07 00:00

12/05のツイートまとめ

haitakadori

RT @samurai_ball: yahooの半身浴についての質問とその答えにホンマにワロタ。『半身浴は右半身ですか?左半身ですか?鼻や口にお湯が入って困っています』溺れるわwwww http://t.co/aCC1QYP0
12-05 13:59

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/06 00:00

ガイアシンフォニーと、呼吸法について

 12月4日、埼玉の浦和で行われた『ガイアシンフォニー 第一番』の上映会に行く。

 ガイアシンフォニーの内容を紹介した書籍は読んだことがあるけど、映画は初めてで、やっと見れたか~(o^―^o)という感じだった。20年前の作品だが、そのメッセージ性はいまだ色あせず、むしろ緊急性を増しているようにも思われる。昨年には第七番が公開された。






 第一番はエンヤや、宇宙飛行士のラッセルシュワイカートなどすごい人物が登場するが、印象深かったのはラインホルト・メスナーという登山家のインタビューだった。実は本でもメスナーの話しが一番気になった。
 メスナーは世界各地の8000メートル級の山に無酸素、単独での登攀に数多く成功している登山家だ。
 もじゃもじゃの髪とひげ面の見るからにワイルドな容貌をしている。

 彼の言葉で印象深かったのは、
 
 『人間は英語で言うスピリット(霊)、マインド(知性)、ボディ(肉体)の三つの要素から成り立っていると私は思います。この三つの要素の調和がとれているのが人間の理想的な姿だと思います。しかし、もし肉体をおろそかにすると、スピリットやマインドがいかに高くても、人間はその肉体の弱さにとらわれてしまう。人間は自分が持っている一番弱い要素を基準に生きざるを得ないんです。』

 これはとても示唆深い言葉で、例えば、スピリットは高いがマインドは子供みたいな聖者(教える能力のない、子供みたいなタイプ)とか、マインドは成熟しているが病弱な文学者とか、またスピリットを欠いた哲学者であるとか、いろいろな例が思い浮かび面白い。

 もっとも肉体が、極限まで追い詰められても最後まで残るのはスピリットなのですべて同格ではないと思うが実際に生きてる時間には肉体や、脳機能の性質によって人生のクオリティはかなり変わってきてしまう。さらにそこに特定の価値観や信念体系、トラウマなど(マインドの)の要素が加わり複合的なバイオコンピュータを構成しているということになるのだろう。

 つまりどこが弱いのか、というポイントを見つけることが重要で例えばいくらピュアな食生活をしていてもマインドの内容を吟味して働きかけることが必要な場合に、それをしなければバランスは回復されないと思う。
 僕もずっと意識だけに働きかけていればよいと考えて、他の要素をかなりおざなりにしていたような気がするがバランスが重要だということがようやくわかってきた。


 以下書籍、ガイアシンフォニー間奏曲 より

 メスナーは今、北イタリアの小さな山村ユバールの古城に住んでいる。1986年、世界の8000メートル級の山をすべて登り終えた年、ここに移り住んだ。荒れ果てていた城の内部を、彼はチベットの僧院風に改造した。8000メートル級の山での体験を通して、彼は次第にチベット仏教の宇宙観に共鳴するようになったのだ。

 「もうひとつ別の現実が存在する、とわたしが確信するようになったのは、1970年のナンガ・パルバートの体験からでした。下山の途中、私はおよそ800メートルの崖を墜落したのです。その時私は落ちていく自分を、上から静かに見つめているもうひとりの自分がいることに気づいたのです。
 人間は実は2つの次元に生きている。その一方は、普段見えない。この体験がわたしの人生の最も重要な体験になったのです」

 
 映画に出てきたメスナーの住居は確かにチベット仏教風の仏像や、壁掛けがたくさんあって超かっこよかった。

 動物保護活動家のダフニー・シェルドリックのインタビューでは、動物と人間が作ることが可能な絆の強さが見てる人を感動させる。また自然界は弱肉強食というだけではなく、相互扶助的なものであることを生態系の維持者としての象のたちの姿が教えてくれる。
 エンヤのチャプターで取り上げられる、ケルトの螺旋文様はとてもこころの深い部分に訴えるものをもっている。冬至の朝に太陽の光が差し込む遺跡の壁に刻まれた3つのらせん、それは奈良県天河神社のシンボルである「五十鈴」とほとんど同じ形態であると言ってもいい。
 宇宙飛行士のラッセル・シュワイカートが泳いだ宇宙空間から見える地球は本当に美しい。しかし彼の語る、第二次大戦の任務中、原子爆弾の上で星空を眺めて寝るのが習慣だったというエピソードも同じくらい興味深いものだ。
 
 入場の時に受付でもらったチラシの裏側にちょっとした広告が入っていて、それは呼吸法の講座のお知らせだった。呼吸法の実践を少しするようになってから色々気づくことが多い。そのひとつが呼吸を変えると、リアリティ自体が変わるということだ。人は怒りや不安を感じると無意識に呼吸を押し殺す傾向があり、特に都市部ではそのストレスフルな環境に対処するために多くの人が胸で呼吸するようになっているらしい。だがこの呼吸法がいろいろな健康的、精神的問題を生んでしまう。
 イライラした時でもその感情を受け入れつつ、呼吸の中心をおなかの深い場所にもってきた呼吸をすると、とても面白い状態になる。その感情と距離が生まれ、その感情が解消され、エネルギーが戻ってくる。
 呼吸法は「内的な力」あるいは「偏在する力」という概念を体験するのにかなり効果的な方法だと思う。 呼吸法の本が、タバコを止めた直後にやってきたというのもナイスタイミングだった。
 
この本が内容とっても充実していた。結構即効性があると思う。

363873.jpg

 ホリスティックな癒しの本としては、これが素晴らしかった

4763192329.jpg




 息ってすごいな、と思ってるときだったのでそのチラシの広告にも興味を持ったのだが、それは塩谷信男という人が考案した正心調息法という呼吸法だった。この呼吸法が有効であることを実証するために100才まで生きると宣言し、それを達成その後、106才とマイナス10日で亡くなったかたらしい。

 家に帰って詳しく調べてみて、ちょっと驚いたことには塩谷博士はどうもアセンション論者であったことだった。塩谷博士によると、21世紀に入ってから必ずカタストロフィーが訪れ、これは地軸の移動とか都市の水没などを伴う世界規模のものだがこのイベント事態は避けることができない。それは人が本来の曇りない心に帰るために必要な出来事なのだという。そのイベントの最後に日本の天皇と、ユダヤの女性が中国のある場所で会合し、その後長く続く平和な世が訪れると言う。 

 そして、この会合の仲人をするのがあの中○薫さんらしい・・・w
 で、まあ塩谷博士も中○さんにそのことはもう伝えてあるとか、なんとか、まあ中○さんとかを受け付けない人には眉毛が唾でぐしゃぐしゃになりそうな話かもしれず、僕もこの話を鵜呑みにしてるわけではないがなんかこの塩谷さんの話を読んでるとある意味恐ろしいことを書いてるのに、あまり暗い気持ちにならないというか、からっとしたものを感じるのでその辺りがちょっと気に入った。

 と同時に、禁煙したり、からだを浄化したり、食事を変えたり、思考を変えたりすることが今のこの時には単なる健康法とか以上の意味を持っており、だからこそその必要に応じて自分もこういったことに興味を持っているのではないかという予感を持った。

 正心調息法の講座も、基本一回受けるだけであとは独習してくださいと向こうから言ってるのが非常に珍しい。普通こういうのは人を集める、一度来たお客さんは逃がさないという感じで来させ続けようとすることが多いのに。塩谷先生のカタストロフィーの話しはホントかどうかわかりません、と主催者の人が言ってるのも好印象、かつまた面白かった。まあ信じなくていいけど、先生がこう言ってたことも事実ですから載せますよという感じでしょうか。

  Dr塩谷のなるほどね~な言葉 こちらより転載
 
 まず、自分が幸せになったり、健康になることが大切なんですね

 60億の人間がいるとすると、60億分の1が幸せになったんだから。その幸せを人にわけてあげればいいの。そうすればどんどんと広まっていくでしょう。たった一人でもいいの。己一人でも、とにかく向上すれば、全体が上がっていくんだから。己だけが大切で、他に貢献しない人もいるけれど、それでもいいの。とにかく60億分の1は向上したんだから。それにその人の器は、自分だけ満足すればいいという程度だったの。
 持って生まれた天分や性もあるからね。どうしても人のためになりたい人もあるし、自分のことしか考えない人もいる。自分本位の人も、次第に器が広がればいいが、そうならない場合もあるの。一生「俺が俺が」で通す人が大部分なの。けれど、とにかく一人一人が向上すればいいの。それだけ全体のレベルが上がったことになるんだから。

 細胞が生きていくために一番必要なのは酸素。それなのに細胞は、酸素が不足しているの。特に脳細胞は酸素が足りないんだよ。エサを少ししか食べていない馬は、ちゃんと走れないし、風が吹いてきたらフラフラする。一方ちゃんとエサを食べている馬はしっかり走るし、そよ風が吹いてきたといい気持ちなの。こんなふうに外部の刺激に対しても、全然ちがう反応をするの。
 酸素不足で、細胞は本来の働きができるかっていうことなの。普通の人は、一つ一つの細胞が本来の働きをしていないの。だから、君も本来の力を発揮していないの。これは理屈でなくて事実。十分な食事をしなかったらどうなる?それで働けるかい?体だけでなく、頭も働かないでしょう(笑)。これが根本的な問題なの。人間が生きていく上で大切なのは酸素。まず細胞が酸素を十分に取って、元気でなければ話にならないの。
 ところが普通の人は、酸素が不十分な状態をアベレージだと思っている。そうじゃないの。十分に酸素を取れば、細胞がイキイキとしてその人が元気になる。その状態が本当のアベレージなの。


 細胞が生きていく上で、一番大切なのは酸素なの。栄養分や水分がちょっと足りなくてもいいの。でも酸素がなければだめなのよ。ことに脳細胞はそうなの。食事は1~2週間とらなくても生きていけるし、水を飲まなくても3日は生きていけるでしょう。一番大切な酸素は、瞬間でもなくてはならないの。


 空気はあるのが当たり前だから、大切だと気づきせん。でも呼吸が止まったらすぐに死んでしまいますものね。:

 みんなは、空気がたくさんあり過ぎるから大切だと気づかないの。たくさんあるということは、大事だということなの。無駄にあるのでなくて、必要だからこそたくさんあるの。食べ物や水は、そんなに必要でないから、なくてもすぐに死なない。酸素は一番大切だから、呼吸を止めたらすぐに死んでしまうでしょう。普通の人は、このことをわかっていないの。一番大切なことが無視されているから、酸素不足で細胞は十分に働かない。酸素不足の細胞が考えたことは、酸素が十分にある細胞が考えたことよりも低いレベルなの。


 こんなありがたいことはないよ。一瞬でも欠かせない空気を、無限に与えてくれているんだから。最近、水のことに関心が向いているでしょう。天然水を飲むのは結構。でもなにより、空気を十分に吸いなさいと言いたいの。
普通の呼吸では、肺の上部にしか空気が入らない。でも正心調息法をすると、肺の下部まで空気が入るから、酸素が体に行き渡るの。お腹をすかせているところに、酸素が来るんだから、体の細胞は喜ぶの。のどが乾いているところに水が来るようなものだがな。普通の人は呼吸が十分でないから、酸素不足が当たり前になっているの。だから頭も十分に働かなくて、考えることの質も悪いの。だから善悪の境目があいまいになっているでしょう。
呼吸をすることがいかに大切なことか、みんな知らないの。あまり大事過ぎるからね(笑)。


  空気はタダですからね。:

 一番大事なものはタダなの。





アセンション考 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/12/05 16:07
 | HOME | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。