01/30のツイートまとめ

haitakadori

空(くう)#くって打ってでたものが将来の夢
01-30 20:32

「話さない 暇 膨れて ベッド 他」携帯でこれ確認してる時点で暇やわ、確かに^^#はひふへほって打って出てきた文字で性格がわかる
01-30 20:30

RT @keijimoriiVet: 人は子宮内の感覚を取り戻そうとする衝動があります。海の深い部分に潜ることもそれ近い感覚があります。快適な住まいを求めたり、家の中を快適にしようとする行為にも表れています。真に子宮の感覚を味わう最高の方法は、瞑想です。瞑想によって宇宙の ...
01-30 19:46

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01/29のツイートまとめ

haitakadori

@goousagi  見る角度によってまったく違うものに見えるのが面白いんですよね。結局どちらも幻想なんですけど。広宣さんの本、面白いですか?昔一冊買って挫折した記憶が
01-29 22:10

@goousagi  はい、無意識に下ネタ使ってました。すみません(笑
01-29 21:57

スピードが速すぎる時、というのは現象の変化が速すぎたり、とうていコントロールできない高エネルギーの流れの時かな。逆らわないこと。流れとひとつであることを
01-29 15:09

創造主であり、従うものであるということ。パワーと、バクティ。片方から見たらドゥルガー、片方から見るとハヌマーンの立体ホログラム下敷きを年末に買ったんだけど、これなんか意味ありそうなんだよな
01-29 15:02

『我は神なり』と、『神の御心のままに』かあ
01-29 14:52

テクニックは無効。マグロが有効?
01-29 14:48

結局、自分が根源意識と完全に一体とでもなっていない限り、『ゆだねる』という姿勢は大切になる。自我の用いるテクニックでは到底乗り切れない難所を、信頼しこころを開いて何もしないこといより、超高速情報処理システムがミラクルを起こしてくれる場合があると思うからだ。スピードが速すぎる時
01-29 14:48

RT @kibakoichi: RT @MIEKOSAKAI: 「心臓が痛い」「リンパの腫れ」沢山ヒット。
01-29 14:11

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/30 00:00

01/28のツイートまとめ

haitakadori

今日は多過ぎだろ。
01-28 14:26

また茨城で震度4かあ~(-_-;)
01-28 14:26

RT @subaru2012: 今回発生したX2クラスのCMEが通過する場合は(確率は20%以下だが)、その影響は2/2~3頃に出てくるものと思われる。
01-28 12:51

 今週火曜日のMクラスフレアで、6,7年ぶりの磁気嵐が起こったが、今日未明またX1・8の大規模フレア発生。7時40分頃、富士五湖震源M5,5。最大5弱。地響きみたいな変な揺れなので反射的に部屋から出る。でも東京3くらい。朝早く起こされ二度寝。青森でもM5,6 9:20
01-28 12:39

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/29 00:00

無限界②

 
 ◆知性の巻き込みと、リミッター

 前回の記事で、大人になるほど意識に限界が設定されていく傾向が強いと書いたけど、それは知性の発達度と、正比例の関係にあると思う。
 社会的存在として生きていくためには、マインドの知性化は不可欠だけど、両親のしつけや、学校の規則、システム、社会の常識などをインストールしていくうちに意識の可能性が、知性によって制限されていくという弊害がある。

 例えば、すべての子供が義務教育のプログラムに向いているとは僕はとうてい思えないのだが、一律に同じようなスタイルで行われる授業が日本中で行われている。そして、そこに適応できないとダメな子というレッテルを貼られる。だからまあ大抵の子供たちは、その中で「優れてあろう」とする。外側のある基準にOKとなるように自分を矯正すること、これがすでにひとつのリミッターとなる。

  さて、この知性による意識の制限ということで、その仕組みをものすごくわかりやすく説明している本を僕は昨年発見して、かなり目からうろこなすっきり感を感じた。それは「だれにでもできる気功健康法」というとてもシンプルなタイトルな本だ。気功の本だから、物質に近い「気」のレベルの話かと思いきや、メンタル体の働きを詳しく解説してる部分があり、その部分が秀逸だと思った。 

 まずこの本の著者によると、人間は神気と呼ばれる、創造的、知的エネルギーを頭頂部に常に
 無限に供給されている。人はこの「神気」を「巻き込む」ことにより、知的活動をおこなって
 いるが どれだけ神気を巻き込んでいるかによって、知性の性質が異なってくる


 著者によると、第一段階の巻き込みは『定義』である。
 次のプロセスが『比較』→『判断』→『批判』→『規定』と続く。
 各プロセスについての説明は、本文を引用したい。

 生まれたばかりの子供は「定義」程度の巻き込みさえできないので、食べられるものでも食べられないものでも、口に入れてみるし、火やカミソリといったものまでもつかもうとする。そして多くの痛い目にあうという経験や、両親の与える心地よい働きかけなどを通じて次第に知性を巻き込むことができるようになっていく。

 さらに経験を通して、知性のエネルギーをよりつよく巻き込めるようになっていく。「比較」の段階まで知性を巻き込めるようになると、様々なものをくらべることができるようになる。
 例えば「定義」程度の巻き込みしかできない時、目の前に食べられるものをいくつか置くと子供は手に取りやすいものから手を出す。しかし「比較」の段階になると、少々取りにくいものでも、好きなもの、あるいはより大きなものというようにはっきりとした指向性を示すようになってくる。

 そして「判断」の段階にまで巻き込みができるようになると、単なる比較だけではなく状況を判断し、その判断に基づいて行動できるようになる。
 たとえば、両親の反応を見ながら目の前の食べ物に手を出すかどうかを判断したり、他の子供たちの失敗を見て、それを参考にしたりするのである。この段階の知性の巻き込みに至って初めて善悪という観念が生まれる。
 つまり状況に応じてやっていいこと、悪いことを判断するのだ。この善悪は自分の行動に対する善悪であって、けっして他人に自分の善悪を押し付けるものではない。

 しかしさらに知性を巻き込んで「批判」の段階にまで至ると、今度は自分の判断にしたがって人の善悪を指摘し始めるし、次の「規定」にまで巻き込むと、自分の判断を人に押し付けようとし始めるのである。

 この「規定」というのは「~しなければならない」「~してはいけない」と他人の行動を規定するという意味なのだが、ここまで知性を巻き込むことができると、たとえばさまざまな遊びの中で他の子供たちに役割を分担させたり、より小さな子供が危険なことをしようとするとそれを止めたりするようになる。

 このように「定義」から「規定」に至る知性の巻き込みの一連の流れは、子供が様々な経験を通してひとつひとつ獲得してゆくプロセスである。そして子供にとっては、そのように知性のエネルギーを「規定」の段階にまで巻き込めるようになるというのは、その子供の発達にとって非常に大切なことなのだ。


 よく精神世界では、ジャッジや批判は「いけないこと」とされる。
 しかし上の文章を読めば、判断や批判は知性の発達と密接につながっていて、そこを通過することなしにはマインドが完成しないことがよくわかる。
 自分を棚に上げ批判ばかりすることはもちろん見苦しいが、一切批判や規定というものを意識的に避けているかのような喋り方や文章もどことなく不自然に思える時がある。それはもしかすると「批判」という行為への批判が大きなエネルギーとして存在する場合かもしれない。知性が本当に自由であれば、批判を行なうことを避けるのではなく、その機能をも他者を活かすために使えるはずなのだ。それは過去の多くの覚者の発言を見ればよくわかる。
 問題は批判や規定の機能が行き過ぎて暴走し、お互いを罵りあったり価値(イデオロギー)他者にを押し付けたりする場合だろう。

 そして、人の善悪を指摘する、『批判』。人に行動を押し付ける『規定』という知性の巻き込みが深い行為は、より大量の感情エネルギーをその中に巻き込む。巻き込みが浅いほど感情は付随しない。

 例えばここにヒトラーが立っているとしよう。『定義』段階では、「彼はアドルフ・ヒトラー」であるもしくは「偉そうなちょびひげのオヤジである」というだけだ。そこに一切の価値判断はない。

 しかし『比較』、『判断』を経ると『彼、アドルフは、どうも危険人物のようなので近づくのはやめよう』となる。ここまでは自分自身の行動を決める上でのことだ。知性の次の段階で、他者に知性の刃が向く。

 『批判』 ①『彼、アドルフは恐ろしい悪人だ』

      ②『彼、アドルフは、世界最大の殺人者だ。狂気の独裁者であり、極悪非道の怪物だ』



 『規定』 ①『彼、アドルフは許せない。裁きを受けるべきだ』→

      ②『彼、アドルフは、死を持ってその罪を償え!』→ 

      ③『彼、アドルフはその犯した罪を償うために、死んで地獄におちたあとも永遠に苦しむべきだ』→


  『批判』『規定』のそれぞれに対して、感情巻き込みの強さを段階別に加えた。数字が大きいほど感情エネルギーの巻き込みが強い。知性の刃は他者に向いているのだが、ここでその感情エネルギーは憎しみの対象ではなく実は自分自身にむいてしまうという構造がある。その内向きの激しい感情は知性の巻き込みの螺旋に同調して、ドリルのように自分自身の肉体を損なう。怒りや憎悪は諸刃の剣なのだ。

 そう考えると、イエスの言われた「汝裁くなかれ、汝が裁かれんためなり」というのが、ある意味納得できる。つまり病気のメカニズムから見ると、人を裁けば自分も誰か他の人から同じように裁かれるというのではなく「人を裁くところまで知性を巻き込んでしまえば、自動的に感情を巻き込んで病気の原因になってしまう」ということを示したものと考えられるからである。

 とすれば、人前で批判的な言葉を口にしたり、あからさまに態度にあらわすというのでなくても、知性の巻き込みがその段階にまで至り、そこに多量の感情が巻き込まれたのであれば、まったく同じメカニズムが働くこともわかるだろう。

 何もそんなに極端な例を考える必要もない。知性の巻き込みの「批判」程度であれば、様々な噂話に興じて「あの人がどうだ、この人がどうした」と言ってる人や、「嫁が言うことを聞いてくれない、子供が勉強しない」としょっちゅう愚痴をこぼしている人、はては雨が降ったら雨を恨み、風が吹いたら風を恨みしている人まで、小さいことを一つ一つあげていけば無限にこうした例を思い浮かべることができる。
 それに多量の感情エネルギーが注がれていれば、そういった知性エネルギーの使い方が、確実に感情エネルギーを巻き込み、病気の原因になっていくのである。

 そしてさらに「批判」の段階から「規定」になり、「あんなやつ死ねばいい」ということになってくると、より大きな感情エネルギーを巻き込んで死に至る病となってしまうだろう。まさしく「人を呪わば穴二つ」である。

 例えば、友人の保証人になったばかりに屋敷を売るはめになったとか、妻や夫の浮気を知ってしまった、誰かに何千万円もだましとられたとなると、人はその相手を恨み「死んでしまえばいい」と思っても不思議はない。いや、思うのが人情で、そう思わないのは逆におかしいとさえ考えてしまう。
 が、そのように思うことが多くの感情エネルギーを巻き込んで確実にガンをつくったり、様々な難病をつくりだしていくのだということがわかると、人情のままにそう思い、感情を移入していくことが当然なのかどうか疑わしくなる。
 もし、屋敷がなくなってしまった事実、妻や夫が浮気をしているという事実、騙された事実を、感情のエネルギーを巻き込まずに冷静に見つめ、ではどう対処するかということを考えていくという方向で知性を使えば、知性は「判断」を越えて巻き込むことがないため、決してそれが原因で病気になることはないのである。

 さきに見たように「定義」~「判断」は純粋に自分に向けられた知性の使い方で「批判」「規定」は他人に向けられた知性の使い方だった。
 困難な問題が起こった時、「自分はどうすればいいのか」はいくら考えても「判断」以上に巻き込むことはない。したがって感情のエネルギーも強く巻き込まれることはなく、病気になることもない。

 しかし、困難な問題を「誰々のせい」とか「誰さえいなかったら」と他人を想定して考え出したとき、人は同じ知性を「批判」や「規定」にまで巻き込み病気になっていく。
 つまり、様々なくるしいことや嫌なことというのは、その事実だけでは決して病気の原因になることはない。ただ、その事実を見る知性が強力に巻き込んで「判断」にとどまらず「批判」「規定」になり、感情のエネルギーが大量に入り込んだ時に病気は起こるのである。


 現在の原発事故にしても、自分で「判断」して、逃げるなら逃げる、あるいは食材に気をつける、反対運動が正しいと思うなら参加するということが重要で「東電シネ」的なコメントもこの大事故では仕方ないのかもしれないが、ただ憎悪を膨らませるというのは広い視点で見ると誤ったエネルギーの使い方を広げているように思う。すべて自分の問題なのだ。
  現実は自分が創造しているという考え方は、少なくとも知性の巻き込みを「判断」までに留めおいて過剰な巻き込みを防ぐという効果はあるように思う。被害者という立場で「他」を責めれば、責めるだけ、自分のパワーが失われ、自分が損なわれてしまうのだ。
 

 ◆神気を解放しよう!

 これらの巻き込みに使われているのが神気という、知性エネルギーだという。
 神気は通常日常生活を送る上での固定観念の維持に多く使われている。
 つまりその人特有の価値判断の世界を作り上げている素材は神気なのである。これが十分にある人の場合、その人の周囲にぱっぱっと輝く光として著者には見えるらしい。だが、流入する神気がすべて既存の巻き込みに使用されていると雰囲気中に輝く神気はあまり見えなくなる。そうすると自分を客観的に見たり、新しい発想をしたり、インスピレーションを受け取ったりするのが難しくなる。

 したがって、多くの「規定」つまり「~しなければならない」「~してはいけない」式の思考を行うものは多くの神気をその巻き込みに注ぐために、雰囲気中に輝く神気は少なく、逆にこころのなかから「批判」を取り除いたものでは、多くの神気が輝いているのである。

 ほんらい神気というのは、巻き込まれるために待機しているようなエネルギーである。したがって、これが多くあるということは、いつでも新たに知性の巻き込みを作ることができる。つまり、ひとつの物事を客観的に考え、さまざまな定義をし、比較をし、判断できる能力、すなわち臨機応変に考える力があるということだ。

 逆にこの神気が少ないということは、ひとつの物事に対してひとつの定義~判断をつくりあげてしまうと、それを客観的に見ることも別の定義をつくることもできない、すなわち機転のきかない思考しかできないということになる。
 結局神気がたくさんあるということは、刻刻変化していく状況に対して、いろいろと知性を巻き込んで考えることができる融通性を持っているということなのである。

           (中略)

 いったん神気=自由度をもった知性を雰囲気の中に開放した人は、だいたいふたつの道に分かれていく。
 ひとつはその自由度のある神気をいままでの巻き込みとは違うように巻き込んでいこうとうする方向で、いわゆる芸術家と呼ばれる人たちの歩む道である。これまでと同じ認識、同じ意味合いをこれまでと同じように巻き込んでいったのでは、芸術家は決して芸術家足り得ない。これまでとは違う色合い、これまでとは違う旋律、これまでとは違う言葉使いのなかに新しい価値観を持たせるというのが、芸術家の芸術家たるゆえんである。

 つまり自由度のある知性=神気をこれまでとは違うように巻き込んで、新たな創造を生み出していくあり方だ。その意味では新たなものを生み出そうとする発明家や新たな理論を生み出そうとする学者、新たな価値を生み出そうとする企業家もこの中にふくめることができる。

    (中略)

 したがって、芸術家には古いものを客観的に眺めるだけの神気に加えて、新しい価値観や意味合いを、人にインパクトを与えられるだけ強く巻き込むのに十分な量の神気が必要とされるのである。
 これまで知らず知らずに神気を注ぎ込んできた巻き込みを崩して神気を解放したり、それに神気を注がないように、意識の中からそのことを除いてしまうという方向こそが芸術家の取る道となる。
 じつはこのあたりの事情が、芸術家が社会人としてちょっと変わった存在になってしまう真の理由で、彼らが金銭感覚に弱かったり、社交性に欠けていたり、まともな家庭を築けなかったりするのは、なにも奇をてらってそのように行動しているのではなく、彼らが神気を確保するために、既存の巻き込みに神気を注がないという「意識」の使い方をしているからなのである。

 神気が輝き始めた人がたどる、もうひとつの道がある。
 それが気功的な道なのであるが、何も気功だけに限られるものではなく、すべての本当の意味での宗教、精神世界が共通して提示する道でもある。気功はもともとその思想的背景に道教や仏教、あるいは儒教を持っていることを考えれば当然のことである。

 その道とは、神気のエネルギーを知性の巻き込みに使わず、俗にいう真理の探求に使ったり、これまで自分の中でつくりあげていった知性の巻き込みを開いていって、その中に使われた神気を解放したりしようとする道である。
 さきに言ったように、神気が輝き始めると自分を客観的に見始めるといったが、もともと神気には写真フィルムの感光粒子に相当する作用があって、様々なものをそれに映し出そうとする性質がある。もし感光粒子が少なければ鮮明な画像は得られないのに対し、十分な量の感光粒子があれば画像が鮮明になるだけでなく、肉眼では通常観察できない細かなところも映し出すだろう。
 そしてインスピレーションといわれるものも、実はこの神気に写ってくるものだ。したがって真理の探求といってもこの段階では「悟り」を求めたり、神との一体感を求めるような探求ではなく、より深く物事を観察しようというもので、そのためにより多くの神気を得る方向に進もうとするのである。



 ではどのように神気を解放するかということになると、この本にはイメージングや、日常生活に創意工夫を活かすということが勧められている。興味のある方は是非購入して読まれてみてください。特に神気についての解説はわかりやすく素晴らしいと思った。確かに宗教的な修行の多くが固定観念を崩すということを目的におこなわれる。ある種の自己啓発セミナーもそうだ。異なるのは、そこで解放された現実創造のエネルギーを神や、真理に向けるか、あるいは豊かな生活に向けるかということかもしれない。
 巻き込みをゆるくしたり、はずす方法は多くあり、音を使う方法やタンクもそのひとつであると思う。
 思い返せば、I先生に教えてもらったマーヤ解きというのも、知性エネルギーの巻き込みをはずしていくというものだった。
 現実を一種のホログラム(マーヤ)であり、究極的には錯覚であると考えるのも、非常に巻き込みを弱める効果があるように思う。
 以下は、僕が遊びで思いついた方法を書いてみる。それは子供の目で、部屋を見る、という方法だ。

 自分が2、3才の幼児になったと仮定して部屋の中を見渡してみる。
 すると部屋の中にあるものの意味はどう変わるだろうか?
 2,3才程度の知識や、知性の巻き込みだとするとそれらはどのようにみえるだろうか?
 携帯や、財布や、請求書、パソコン、小難しい本や、カレンダーは意味をなさなくなるかもしれない。
 実際に2,3才の意識にならなくてもロジックで、ああ、確かに子供にとってはそうだと納得するだけでもかまわない。銀行のキャッシュカードもなんだか固いプラスチックの板に過ぎない。なくなってもどうでもいいだろう。どれくらい力を加えたら折れるか試してみたくなるかもしれない。
 カレンダーもよくわからない。今日は何日だっけ?2012っていう数字を見て、ついにきた!とも思わない(笑)
 一通り試してみたら、次に大人の意識でいつもの見方を再確認する。するとキャッシュカードからは預金額が、カレンダーからは今月や来月の予定が連想される。僕らはファンタジーから現実に戻ったのか?いや、そうではない。それらの連想は僕らが創造エネルギーを使用して集合的に維持している錯覚であり、知性の巻き込みに過ぎないのだ。子供の見方と、大人の見方、それは巻き込みの深さが違うだけでどちらがより真実かということはない。 
 僕は支払いに困ったら赤ちゃんの振りをすればいいじゃん、と言ってるわけではなく、ただそれらに注ぎ込まれている過剰なエネルギーをほんの少し解放すれば、あらたな現実を創造できるエネルギーが戻ってくるのではないかと思うのである。


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知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/28 18:31

01/25のツイートまとめ

haitakadori

RT @kibakoichi: 「求めても見つからないものを、生み出せば見つかるというのも不思議な話です。自分が歩んでいくと、向こうから探しているものがやってきます。求めるものに向かって走り出した時に、それを与えるものが背後から働くのです。それは、まるで自身の中からやって ...
01-25 08:20

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/26 00:00

無限界①


 「ポルターガイストという現象がありますね。あれは本物の心霊現象なのです。
 自分で自分を思い込みの檻に閉じ込めてしまった霊が、貧乏ゆすりをしているのです。
 彼らは無限を知りません。それさえつかめば、自由は約束されているのです。どこへでも自由に行き、望み通りの姿をとれるのです
    
                               聖なる量子力学9つの旅 より


 ◆限界のはじまり


 仕事で一日を終えひどく疲れてしまっている時など、僕らはこのポルターガイストのような意識状態になっているのではないだろうか?まだ週の中日で、週末までまだ随分働かないといけない。今日くらいうちで酒でも飲まないとやってられない。この気分を良くしてくれる気晴らしがいくつか浮かぶ。特にそれがしたいわけではないが、何かで気分を紛らわせないと息が詰まってしまう感じがする。自分が幾重にも幾重にも制限された、小さな存在のような気がしてくる。そのような気分を味わったことのない人はあまりいないだろうし、自殺者が毎年これだけ出ていることを考えると、むしろそのような気分は集合意識の底を流れる基調低音でさえあるかもしれない。

 だが、そんな時、僕らは本当に制限されているのだろうか?
 心配や、気がかり、ストレスは頭の中に存在するだけで、本当は心を開放すればいつでも「無限」をつかむことができるのではないのだろうか。ちょうど、このかわいそうなポルターガイストが自分で自分を縛っていることに気づき『無限』に心を開きさえすれば、神の無限の多次元世界に旅立てるかもしれないように・・・

 少なくとも可能性は大いにある。
 なぜなら、人は幼い頃を少なくとも大人よりも自由で、柔軟なこころを持っているからだ。
 自由ということは、何が可能で、何が不可能かという概念化が行われていない状態だ。
 だからこそよく特番の実験であるように、子供はスプーンを曲げたり、透視をしたりというような超能力を大人よりも簡単に発揮する。
 大人になることがもし成長であるとするならば、成長過程でより自由になり、よりとらわれない心で生きることができなければおかしい。しかしなぜか、人は成長するとこのなんでもありという意識を失い、かわりに「限界」を手に入れる。それは「そんなことできない」という意識だ。無限界を差し出し、限界を手に入れるという不可解なトレードを行う。
 
 ではこのトレードはいつ頃から始まるのだろうか。
 完全に精神が自由な状態というのは、おそらく自分が自由であるとも自覚していない、乳児や胎児の時期にある。グロフがBPM1と呼んだ、母体との完全な融合状態がそれにあたる。
 もっとも自由な意識とは、「ひとつ」である状態だ。無‐境界が、無‐限界なのである。
 このひとつの状態から「他者」が意識に出現することによって、徐々に限界が課せられていくのだ。

 もっとも原初の他者とは、母もしくは父だ。
 完全な融合状態が徐々に失われ、両親との関係は「条件付き」のものになっていく。
 こうすれば、エネルギーがもらえる、こうすればもらえない(殺される)、あるいは自分は居ないほうがいい、父母と同じ価値を持たねば、などという無意識の学習が、意識に制限を課していく。
 BPM1において完全に無条件で与えられていた生命力が、条件付きのものになって、「生存不安」が発生する。このようにして、すべての他者との関係性の元となるシナリオと限界を決定する「制限」の原型がつくられるのではないかと思う。

 BPM1に近い意識状態を体験できるアイソレーションタンクで、癒しや潜在能力の解放が起こるのは、おそらく母体内での無限界の意識と再接続するからだと思う。そこでは肉体と、外界という最初期の「制限」発生の基盤となる分離が解消されるのだ。自分という存在が、宇宙から断絶した「個」であるという意識にあらゆる苦痛や、「制限」のルーツがある。
 すべてのパワーというのは突き詰めればワンネス、「ひとつである」こと、無境界状態から来ている。
 タンクはおそらく肉体レベルでの一体性からアプローチし、徐々に固定した観念をも解消するという方法論だと思う。
 

 ◆依存症と強迫的プログラム


 「限界」は物理的に実際に存在するものというよりは、意識内の囚われであると言ったほうが近い。
 長期間の休暇をとった時、最初は開放感いっぱいなのだが徐々に退屈になってきたり、自由がそれほど素晴らしいと思えなくなるのは結局のところ、人が不自由を感じているのは外的環境というよりも自らの意識構造であるということを如実に表していると思う。

 仮に自由があふれるほどあったとしても、毎日同じような機械的行動パターンでいると段々煮詰まって嫌になってくる。人の下位の自己である無意識は、生存を再重視しているので、基本的に昨日と同じことをしたがる性質を持つ。昨日を無事に生き抜いたから、下意識にとってはそれがもっとも安全なパターンなのだ。しかし、このプログラムにだけ支配されていると毎日は「したくもないけどなんとなく不安だからやっている行動」の集積となっていく。 
 充実を、自由を感じる想いはハートの、高次の自己から来る。あまりにも強迫的プログラムが強いと、高次の自己のささやきが聞こえず恐れに基づいた行動ばかりになってしまいやすい。すると毎日は無味乾燥な車輪の中でからから回るコマネズミ君の様相を呈してくる。ポルターガイストとは、下意識にとらわれた魂、あるいは死に際して分離して残った下意識そのものかもしれない。

 もうひとつポルターガイスト的な意識状態を構成するものに『依存』がある。

 無限界といってしまえば、アルコールも、タバコも、ドラッグも、Hなこともなんでもあり!という感じもする。基本的には僕個人としても、「これはやっちゃダメ」という絶対的な戒律のようなルールは存在しないと思っている。だがなんでもありなのだが、それはホントなんでもありっていう自由な意識でやってるのか、ただそれにとらわれて、それがなきゃダメだと思い込んでいるのかということを見極めるのは重要だと思う。これは後から書く、制限されてるが故の願望と、真の願いの違いにも通じるものがある。例えばタバコでも、それを吸うのもありだよ、全然悪いことじゃないよ、というのは限界がないように見えるが、タバコを忘れてきてブルーになってわざわざ出先で買いに行ったり、カフェで喫煙席がないと入れなかったり、食後の一本を吸わないと気持ちが悪かったりすると、これは明らかに行動がとらわれてる要素の方が多くなってくる。
 僕は全然嫌煙者ではなく、今でも稀に葉巻買って吸ったりもしてるが、シガレットを日常的に吸ってた時のことを考えるとやはり不自由な部分が多かったなとは感じる。今はどちらかというと煙よりもアルコールにとらわれている(それもいかんやろ笑)
 嗜好品への依存と、強迫的プログラムというのはかなりのところでかぶっている。どちらも根底に、それがなければ生きていけない、気分よくいられない、というような根深い不安感が存在しているのだ。


 ◆制限された願いと、真の願い


 僕が「引き寄せの法則」的な考えの一番疑問に思う点というのは、人がどのような状態で願う願望もすべて同列においている点である。人の考えや、エネルギー、愛情などを制限するリミッターがフル稼働している状態の願望と、無限と接続されてる時に抱く願望はまったく違うのだ。

 誰もがハリウッド俳優のような豪邸とクルーザーを願うわけではない。でも、それがすごいという刷り込みがあまりに強いと、自分はそれが欲しいんだと思い込むかもしれない。もっとわかりやすい例で言うと、重症の麻薬中毒なら、どんな願望も叶うと神様に言われても、「ヘロイン100キロくれ」としか言わないだろうということだ。まず、このジャンキーには麻薬を断たせて、心のケアをしてということをしたあとに何が欲しい?と聴けば、「彼女が欲しい」とか「やりがいのある仕事を見つけたい」とか、「ヘロイン100キロくれ」よりももうちょっとまともな願いをいうようになるはずだ。

 これは極端な例だが、多かれ少なかれ多くの人は自分が何を欲しているのかわからず、見当違いのものを求めているということではこの重症のジャンキーのような立場にいるのである。
 だから「ヘロイン100キロ」をそのまま実現できますよ、というような考え方はちょっとヤバイと思う。願望というのは、自分が「無限」や高次の自己とつながった状態で初めていくらかまともになってくる。制限された自分で制限された願いを望むのではなく、まずは、自分がいろいろな制限から自由であると知ることが必要だ。人には確かに想いを現実化する能力がある。にも関わらず僕らの願いがすべてかなわないのは、おそらく「制限された自分」の願望を全部かなえていたら、この世界がむちゃくちゃになるからだと思う。

 ミヒャエルエンデの「果てしない物語」で「汝の欲することをなせ」という文字が刻まれたペンダントをつけたバスチアンは、ファンタジーの世界ですべてを実現する神のような力を与えられる。だが、彼は最初は制限された自分でいたから、太ってブサイクな容姿のコンプレックスを解消するために美しい王子の姿を、非力さには誰にも負けない怪力を、そして知恵や、創造性すべてを自分のものにしていった。だがその結果は、自分をすべての存在の上に君臨させる独裁者とすることとなった。それらが敗れ去ったあと、彼がたどり着いた最後の、そして真の願いは『本当に愛することができるようになりたい』というものだったのだ。
 そう、愛と離れているということがおそらく人の根源的なリミッターなのだろう。バスチアンは物語の最後ですべての願いは、愛の代用品であったことを理解した。そしてすべての願いが自分をここまで導いてくれたことも知った。そういう視点でいえば確かに「ヘロイン100キロ」も愛とつながっているのだろう。





 続いて、知性が形成するリミッターの仕組みについて少し詳しく考えてみたいと思います。


 つづく






知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/24 21:25

01/23のツイートまとめ

haitakadori

RT @swnews: 太陽放射線のグラフが3000に達しそうな勢いです。ここまで上がると2005年1月以来で、7年ぶりのことです。障害を起こしている人工衛星があるかもしれませんね。 http://t.co/HCeEBBhc #swnews
01-23 23:44

@goousagi  陽子なんですね?プロトンって。なんかここ一週間ほど気持ち的にちょっと変かもですね。まあよくあることですけど~。雪、結構積もってきましたよ。寒いけど、きれいです^^
01-23 23:36

「太陽放射線(非常に高速のプロトン)も大きく高まっています。GOES衛星の観測値は1000を超えていて、これは2006年12月以来のことです。」22時現在2700超。これってすごいのかな?
01-23 22:47

ひさしぶりにでかいのきてますね。http://t.co/3wlHysHU 「2012/ 1/23 19:54 追加 M8.7の中規模フレアが発生しました。CMEが発生し、太陽放射線も高まっています」20:45 福島では震度5弱 
01-23 22:20

RT @subaru2012: 1/23 日本時間12:59pmにM9クラス(ほぼX1クラス)の非常につよい太陽表面爆発が発生。黒点N0.1402で発生したCMEは1/24~1/25夜に地球に直撃予定。多分今回は風速も2000km/secに迫る強烈な磁気嵐だ。東海ヤバス ...
01-23 22:02

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/24 00:00

01/21のツイートまとめ

haitakadori

RT @kibakoichi: 「昔、先輩編集者に習った企画3原則。1「裏返す」(常識や通念の反対を考える)2「くっつける」(異質なものをあえて合わせる)3「突き抜ける」(現実や仮定を極端に推し進める)この3つの組み合わせで企画を考えろ、と教わった。今でも結構役に立つ」h ...
01-21 11:41

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/22 00:00

01/20のツイートまとめ

haitakadori

RT @Bu_uuu: 米国の「内戦」がインターネット上で始まった可能性 http://t.co/oL4kPf0e 今後の動き方次第では、「インターネットの世界が一変してしまう可能性」さえあります
01-20 21:12

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/21 00:00

01/18のツイートまとめ

haitakadori

 想像力によって生まれた作品をすべて虚構(フィクション)と呼ぶことにひとつのトラップがある。それにより、すべての創造性は虚の存在へと転換され、実質的にこの現実を変革、理解する性質を失う。想像力とは面白い作りごとを生む能力ではなく、人が神から与えられた世界をクリエイトする力である。
01-18 23:39

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/19 00:00

01/15のツイートまとめ

haitakadori

@goousagi  いえいえこちらこそ、お世話になりました^^またゆっくり読ませてもらいます!ヘッセの感性にちょっとでも似てたら超嬉しいですが、マジ(笑 
01-15 12:55

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/16 06:29

01/15のツイートまとめ

haitakadori

@goousagi  いえいえこちらこそ、お世話になりました^^またゆっくり読ませてもらいます!ヘッセの感性にちょっとでも似てたら超嬉しいですが、マジ(笑 
01-15 12:55

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ゼロポイントからのトリックスター(ひとつの思考実験)

 
 「たとえばさ人って、何かを見るとき、気を止めたものとかは記憶に残るけど、そうでないどうでもいいものは覚えらんないでしょ?

 時々いるんだよ、目の前にエルフがいても気を止めらんないから気づけない、記憶できないって奴がさ

 なぜか坊さんにはそういうのが多いんだ 田舎のお寺じゃそうでもないけど、大きな寺院の中に入ると、よく見えなくなる。あと大都市とかね。

 旅芸人一座の占いおババが言ってたよ、え~となんだっけ

 そうそう、固い世界を持つ者には妖精は見つけられない、だっけ
?」


 漫画「ベルセルク」より 妖精パックの言葉




 ぼくらはいつもふたつの世界のはざまに住んでいる。

 ひとつは『やわらかい世界』だ。そこは驚くべき世界で、考えられる限りあらゆる宇宙が存在し
 あらゆることが可能だ。きらきら輝くエネルギーとユーモアにあふれた世界。
 曲がったスプーンや、アーモンド型の目をした宇宙人はそこからやってくる。
 妖精もモンスターもいる、地水火風の精霊たちも、地底人も、ネッシーも、霊界も、大賢者も、魔法使いも
 動物たちは話し、木々も意識を持って歌っている。風の音や火のはぜる音は精霊の声で、アニメの登場人物すら、 そこでは現実と同じリアリティーで生きている。子供たちはこの世界に大人たちよりもずっと多く住んでいる。子供たちは自分の住んでいる周りに神秘と畏怖の世界をつくりあげる。夜中にひとりでに鳴る音楽室のピアノや、トイレの花子さんは彼らの創造物だった。
 

 cotyin.jpg


 image.jpg

 ふたつめは『固い世界』だ。そこではあらゆることが確かで、決まりきっている。ファジーなことは存在できない。すべては白か、黒、あるか、ないか、1かゼロか、嘘か、ホントかだ。あらゆる外側からこころに押し付けられた基準や、義務と、限界。テストに宿題、授業、入試や就職、預金通帳、成績、業績、株価の変動、戦争、病気や、離婚、死、貧困、規則と常識、イデオロギーとドグマ、ロジック、退屈と悲観に囚われた心の世界だ。


    imagesCAK8PT38.jpg

            imagesCAMPHRQZ.jpg


    B3F4BCB0BBD4BEEC.gif

 上の画像は妖精、とビジネスで検索した画像だが、どちらが現実的に見えるだろう。
 一見、ビジネスの方が現実的に見えるが、「やわらかい世界」ではこの二つの現実性はイコールだ。
 ビジネスに、より現実性を付与しているのは僕らの意識に過ぎない。
 
 人は子供の頃は多くをやわらかい世界で過ごすが、大人になると固い世界で生きることが多くなる。
 しかし、固い世界とは、独立して存在しているものではなく、やわらかい世界のフィールド上に出来た結ぼれのようなものにすぎない。やわらかい世界は、固い世界をも内側に含んでいるのだ。それは無限の可能性だから。

 やわらかい世界の根源はあらゆる可能性が潜在している、ゼロポイントフィールド、もしくは「神の心」とも呼ばれる。

 このやわらかい世界から、固い世界に時々使者が送られる。
 それがゼロポイントからのトリックスターだ。トリックスターはいたずらものの元型だが、人に知恵も与える。

 それは妖怪や、ネッシー、宇宙人や、神の使者、あるいは変なおじさんとして現れるかもしれないが、その形は重要ではない。その本質は「ピエロ・クラウン」である。 


8221363.jpg


   〓ピエ~1




 この使者たちの使命は、固い世界に囚われている僕らのこころを、無限の可能性にむかって解き放つことだ。
 ある特定の世界認識へと僕らを誘導することではない。 しかし、ひとはある「形」を見ると、すぐにそれがあるか、ないか、という議論を始める。
 宇宙人はあるかないか、神はあるかないか、ネッシーはいるか、いないか・・・

 ピエロの演じる曲芸や、バカバカしい滑稽な動きのように、常識では考えられないことを間のあたりにすると、その瞬間かれらの世界はゆらぎ、認識パターンが崩壊する。固い世界はその時溶け去る。その瞬間だけが、使者の目的だ。だが、奇跡を目撃すると必ず次のプロセスが発生する。
 
 僕らは、知性の癖として固い世界の決まりでは説明不可能なものを、別次元の秩序の現れと考える。
 そしてそこに、天使や仏のヒエラルキー、霊界の掟、神のシナリオ、神々のルール、宇宙艦隊の序列や、星間同士の興亡の歴史をでっちあげてあらたな「固い世界」をつくりあげ、それに自らとらわれるのである。


 トリックスターたちの言いたいことは、これである。

 「全ては夢なんだ。ホログラム、イリュージョンじゃないか。だから、俺の存在にもとらわれず、俺のいうことも信じるなよ。
  まあ、騙されてよかったら信じてみてもいいけどね


 
 ufo-004.jpg



 だから彼らは、時に彼ら自身の存在を否定するようにうさん臭く振舞う。
 奇跡とうさんくささを同時演出しなければいけないから、彼らも実に大変だ。

 人は『固い世界』から自分を解放するものにしがみつき、そこに確かなものを求めるが、そのこと自体があらたな『固い世界』の牢獄に意識を閉じ込めることを彼らは知っているのだ。

 彼らは、彼ら自身の存在をあらわしては、その奇跡に人がしがみつこうとするたびに、自分自身を矛盾や疑惑の中に投げ入れてその正当性を崩壊させる。自分自身を『固い世界』の神にするなんていうゲームは嫌いなのだ。そこまで面倒見きれんよ。すると人々は「やっぱり偽物だった!!」と叫び、固い世界に戻っていくか、別の「ホンモノ」を探しに出かけるのだ。だが、彼らが代わりに見つけるのはトリックスターではなく、『固い世界』をつくるアーキテクト(設計者)かもしれない。アーキテクトは一切矛盾や、疑惑を見せない。そのことにより、自分を「確かに、固く」みせることで「固い世界」を愛する外部志向人間をたくさん自分の体系内にとりこむ。それは一見安心を与えるが確かに見えるものほど、それはアーキテクトの設計物なのだ。

img_426811_30874476_0.jpg


 しかし実在するのはゼロポイントとその想像力、愛と知性だけであり
 時空間も含めて仮に、すべてが、我々の意識の投影であったとすればいったいどうなのか? 
 
 真実などはないゆえに、すべては真実である。
 幻想は現実であり、現実は幻想である。
 あ、今僕の言ったことはすべて、嘘ですよ。でもホントかも。
 どう思いますか?




※ウィリアム・ブレイク画「ニュートン」 霊感的な詩人だったブレイクは海底の岩に座り宇宙を計測する姿としてニュートンを描くことで、知性の時代を批判した。


知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/15 12:38

01/14のツイートまとめ

haitakadori

@goousagi すごい久しぶりです! 最初全然わからずにフォローしてました。絵とプロフィールが気に入ったので~。ブログ見ましたよ。ヘッセの言葉とかいいですね。
01-14 15:29

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/15 06:28

01/14のツイートまとめ

haitakadori

@goousagi すごい久しぶりです! 最初全然わからずにフォローしてました。絵とプロフィールが気に入ったので~。ブログ見ましたよ。ヘッセの言葉とかいいですね。
01-14 15:29

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/15 00:00

01/13のツイートまとめ

haitakadori

まあ、逆に言えば。すべてから自由になるって、全てに対して「それもありだね」って言えることだ。だって実在しないホログラムだから、何かへのひっかかりは自分のこころの投影に過ぎない。それを教えてくれている。ロールシャッハユニバース。ありがたい。
01-13 20:20

すべての現実が固定したものではなく、どのような解釈もできるもの、不定形でぐにゃぐにゃしたもの、波動体、液体、ホログラム、あらゆる可能性の潜在した光と見ることにひとつのヒントがあるかも。パラダイムシフトはもういらない。あらゆるパラダイムと思想から自由になりたい!
01-13 20:08

2012年5月21日の 金環日食 http://t.co/jtAAq1cN @prcnaojさんか 2012年5月21日には、全国で部分日食を見ることができるほか、九州地方南部、四国地方南部、近畿地方南部、中部地方南部、関東地方など広範囲で金環日食を見ることができます。
01-13 16:16

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/14 06:30

01/13のツイートまとめ

haitakadori

まあ、逆に言えば。すべてから自由になるって、全てに対して「それもありだね」って言えることだ。だって実在しないホログラムだから、何かへのひっかかりは自分のこころの投影に過ぎない。それを教えてくれている。ロールシャッハユニバース。ありがたい。
01-13 20:20

すべての現実が固定したものではなく、どのような解釈もできるもの、不定形でぐにゃぐにゃしたもの、波動体、液体、ホログラム、あらゆる可能性の潜在した光と見ることにひとつのヒントがあるかも。パラダイムシフトはもういらない。あらゆるパラダイムと思想から自由になりたい!
01-13 20:08

2012年5月21日の 金環日食 http://t.co/jtAAq1cN @prcnaojさんか 2012年5月21日には、全国で部分日食を見ることができるほか、九州地方南部、四国地方南部、近畿地方南部、中部地方南部、関東地方など広範囲で金環日食を見ることができます。
01-13 16:16

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/14 00:00

01/11のツイートまとめ

haitakadori

RT @BiggyNeptune: 「神の怒り」とか言うけれど、怒っているのはアナタでしょう?神が怒ったり憎んだりするわけがない。いつも温かくユーモアたっぷりなのが神です。
01-11 23:22

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/12 00:00

2012revolution 量子的創造者の目覚め


それはいつかの真夜中だったかもしれない。
 ふと目覚めて、枕元のデジタル時計を見るとその時刻は

 3:33AM

 一瞬とても奇妙な気分に襲われるが、すぐに眠気が戻ってきて
 僕はまた顔を枕に沈める。

 確かに、不思議な偶然だった。
 たまたま真夜中に目が覚めて、たまたま時計を見る、その時が
 
 3:33分だった。
 ただの偶然?それとも何かそこに暗号めいた意味があるのか?
 だが一体どんな暗号だというのだろう。3のゾロ目。
 特に意味などないかもしれない。それが2でも、4でも(これはちょっと怖い)、5でも、
 きっと僕は不思議に思ったはず。
 ということは、その目的は僕に何かの規則性を、秩序を感じさせるためにあったのか? 

 あるいは、本当にただの偶然で、真夜中に起きて時計を見た、無数の同じ状況のうち
 たまたまそれがゾロ目だった時だけが、その奇妙なインパクトから記憶に残っている
 というだけなのか。

 しかし、その数字を見た瞬間に思う、「これは偶然ではない」というあの秩序感は何なのか?
 だが偶然ではないとしてもこんなゾロ目にいったいどんな意味があるというのだろうか。
 不思議な話として話すネタとしても貧弱すぎる。
 やはりただの偶然か、

 しかし、奇妙なシンクロの夜はまた忘れた頃にやって来る。
 ふと起きて時計を見ると、、、
 
 3:33AM

 これは偶然ではない、と僕はまた思う。


 時計は誰も見ていない時でも、時間を刻み続けている。
 しかしあの「誰も人がいない森で木が倒れた、その音を誰も聞かなかった時、それは存在したと言えるのか」
 という問いと同じように、人は時間とは客観的なものと思っているが、もしかすると時間とは僕がそれを
 意識的に見た時にだけそこに存在するのかもしれない。
 
 ゾロ目の数字はいたずら心たっぷりにそれを教えてくれているようにも思うのだ。
 つまり僕が、あるデタラメな時に時計を見て、偶然ゾロ目だったのではなく、

 僕が3:33分に時計を見るという現実が、宇宙によって創造された、と考えると納得がいく。
 つまりこんなことだ。
 僕が生涯に時計を見る回数はそれこそ何万、何十万、とあるはずだが、それらは非常に詳細に「設定」されているということだ。
 僕の人生のプログラマー、あるいは宇宙は、その時に何時何分を僕が観測するかをも「あちら側で」入力する。
 それを見て僕は、早く家を出ないと遅刻するとか、まだゆっくりできるとか、そろそろ映画が始まりそうだとか、
 ああ、あと1時間で仕事が終わる、とか思う。このように時計の役割は概ね実用的なものである。

 しかしプログラマーは時々横着をする。あーもうこの入力飽きた!!もうこの夜中に起きた場合は全部3:33AMでいいや!
 カチャカチャカチャ!はい、OK・・・なんてこと。
 
・・・いや、多分プログラマーはそこまで横着ではないだろう。そのゾロ目入力には理由があるのだ。
 なにかわからないが、それはもしかすると「入力者に気づけよ」という目印かもしれない。
 『これは決して偶然ではなく「君が起きて時計を見るとゾロ目だという瞬間」を私がクリエイトしてるんだよ』、と云う・・・。  
 
 このプログラミングは少しづつ、僕らの潜在意識を教育しているのである、『この現実を創造するある力が存在する』という
 真理を。リアリティを創造する力のことを。サインはいつもかすかでなければならない。
 そうしないと、きっとゲームが終わってしまうからだ。 
 「真実はそれ自身を隠蔽する」とフィリップ・K・ディックも言っている。
 そのことにより、ゲームが成り立っている。
 さて、このゲームはいつまで続くのか?
 
 もっとも革命的な変化とは、世界や自己認識自体の変革である。
 それは2012年、いわゆるアセンションについても同様だ。
 ただの異常気象の連続や、金融市場の崩壊、地震と放射能だけではつまらない。
 仮に空がUFOで覆い尽くされたとしても、この現実自体が変容することには及ばないだろう。
 『この現実を創造する力』が何か?
 そのことを知り抜くことが、もっともラディカルな革命だと思う。
 言い換えるとそれは、僕ら自身の意識の正体を知る、ということでもある。

 人は昔から、自分自身は、世界の内部におり、その中で幾重にも制限された小さな存在であると考えてきた。
 自分の外には恐怖の対象がたくさんあり、『力』はいつも外部にあった。

 野獣や、天変地異として、剣や、戦や、王冠や、法衣として、博士号として、酒やドラッグとして、地位や名誉、
 宝石や、うつくしい服として、政府として、ローマカトリック教会として、モスクとして、暴力として、原子爆弾として
 、アドルフ・ヒトラーとして、多国籍大企業として、バラク・オバマとして、警察として、両親として、教師として、教祖として、
 霊能者や、占い師として、東京大学として、ロックスターとして、ハリウッド俳優として、「理想の恋人」、「理想の庇護者」、
 外部に投影されたアニマもしくはアニムスとして。

 そしてその外部に投影された『力』に幻惑されて、人はそれらに激しく憧れ、得られなければ傷つき、時には
 それら、外部の『力』の被害者であるという幻想にとらわれてきた。
 だが外側の『力』を責めること、責任を糾弾することは、自分自身の『力』から分離するという結果を生んだ。
 なぜならもともと真の『力』とは、真の自己のうちにしかないからである。
 僕らが外側に見る『力』は、僕らが自分からずれた結果、幻像に与えてしまったものにほかならない。
 これは自分からのずれが、アルコールやタバコなどの強度の依存を引き起こすメカニズムと同じである。
 人間心理は自分からずれればずれるだけ、外側に力を投影するのだ。
 僕らは、鏡張りの部屋で、自分自身の鏡像に向かって吠え続け、疲れ果ててしまった犬のような状態にある。

 このかわいそうなパニック犬が救われるにはどうすればいいのか?
 ひとつは、その鏡に映った像が自分自身だと知ることだ。
 自分は、それが敵だと「思い込んだ」ために、戦う必要のない相手を威嚇するというエラーアクションをしていた
 ということに気づくことだろう。
 ひとつは、それが実体のない幻影であると知ることである。
 僕らの周りのものは、自分自身の鏡像であり、なおかつ幻影なのかもしれない。
 自分の現実の少なくとも一部は自分が創造していること、このことを自分に言い聞かせることは大いに役に立つ。
 自分の観念を、外側に投影するのを停止すれば余裕ができる。
 投影に使っていた『力』を収め、『力』を取り戻すことができる。
 これはつまり、鏡に吠えるのをやめることだ。

 この現実を創造するある力が存在する。
 それを人は昔から神的な存在を想像してきた。
 より正確に言うと、それは「意識」であるという。
 「意識」は外側の客観世界を受動的に映し出すような性質ではなく、宇宙自体をクリエイトする『力』を備えている。
 「意識」のないところに、客観的な宇宙などというものはおそらく存在しないのだ。
  僕にとっては、「意識」により設定された特定の回数しか「時間を見る」瞬間というのはないのだろう。
 それ以外の時間は僕にとっては存在しない。
 僕の意識は、この「意識」と接続され、この根源的意識の創造性によって量子的可能性の海より出現した世界を見ている。
 あらゆる可能性が潜在している、ゼロポイントと呼ばれるフィールドだ。 
 あらゆる神の無限の可能性の中の、ある具現化したひとつを、僕は神とともに経験している。それは奇跡に近い現実だ。

 僕らひとりひとりの意識が宇宙を創造するという驚くべき性質を持っていることを示唆する文章を、いくつかの本から引用したい。
 ひとつはサイババと謁見した人のエピソードだ。
 
 ヒントその①コリン・ウィルソン著「エイリアンの夜明け」より



 ロバーツはサイババに、UFOやほかの惑星上の生命について質問した。
 サイババはそれにこたえて、目を閉じてみなさいと言った。
 言われた通りにすると、サイババの親指が額に押し付けられるのを感じた。

 すぐさま脳裏に、身震いするほど美しい光景が広がった。自ら光を発する渦状の球、その中の宝石世界が次から次へと見えた。
 私はその全てに同時に存在し、無数の世界のそれぞれ独特の芳香、感触、音、風景をすべてはっきりと認識していた。私は
 あらゆる世界のすべての住人であり、同時にその誰一人として私ではなかった。夢と同じく万物は私から発し、しかも私とは
 無関係に存在して、はかなくも欠くべからざる呼気吸気のように私の内外を流れ巡っている。さらにそこに真の果てはなく、
 純粋に歓びで形づくられたかに思える無限の生命に不可能は存在しない。この宇宙の存在は文字通り永遠であり、無限の世界に
 終わりはなく・・・

 サイババは二人に言った。「外宇宙、そして内宇宙。内宇宙こそ唯一無二、真の宇宙なのだ

 UFOは我々の精神内部から来ているのか、とロバーツは聞いた。

 「マインドではない、ハートだ。ハートとは神の精神、そうだろう?宇宙人は心から来るのだ。神の心から。目を閉じ、
 鼻、口、耳を塞ぎなさい。世界はあるかな?匂いも手触りもなく、目も見えず、耳も聞こえない。そうだね?
 世界は消えてしまった。それでもあなたは消えていない。どうかなおふた方、まこと万物はあなたによってあるのだ。 ところが今あなたは、この宇宙の壮観をつくりたもうたのは神だと考えておいでだ。」


 「万物はあなたによってある」というサイババの言葉は、どこか奇妙にコペンハーゲン解釈による宇宙観のように聞こえる
 天文学者のデヴィッド・ダーリングの意見はこうだ。

 「それは有力な補強証拠になる。・・何が現実かを確定する上で、意識は決定的な役割を果たしているのだ。われわれの五感に届いた時点では、どんな情報もせいぜいが実体のない混沌としたエネルギーでしかない。視覚、聴覚などどれをとってもわれわれが物理的世界にむけて投影する情報ほど首尾一貫した状態ではない。われわれが知っている宇宙は、完全に脳の中で構築され、体験されているのであり、精神によって構築されるまで、現実は舞台の袖で待っていなくてはならないのだ。


 ヒントその② ロバート・シャインフェルド著「ザ・マネーゲーム」から脱出する法 より

  我々は皆、自分のまわりにあるものは、すべて自分の意見や選択に関係なく、すでに存在しているものだと考える習性がある。 そのような考えは捨て去るべきだ。
  そして、我々のまわりにある椅子やテーブル、部屋、カーペット、さらに時間さえも、物質的な世界は、すべて意識の働きに過ぎないのだということに気づかなくてはならない。我々はその働きの中から、時おり実際の経験を選び出し実現させているのだということに。 根本的に変えるべきなのはその考え方だけだ。 しかし、自分たちの経験は独立してすでに存在しているのだという考えに縛られている我々にとってその変化はあまりにも大きく、あまりにも難しいものだ。
 けれどもその考えは間違っていいる。量子物理学がはっきりと証明している。量子物理学の先駆者のひとりハイゼンベルク自身が「原子は物質ではなく、傾向に過ぎない」と言っているのだ。
 我々は物質について考える代わりに、可能性について考えるべきだ。すべては意識の可能性なのだから。

 (中略)バーバラ・デューイはこう書いています。

  原因と結果の法則は、意識には逆向きに働く。我々は結果より「前」に原因を考える。まず、卵子と精子があり、それから細胞分裂によって胎児ができて、といった具合だ。卵子と精子がすべての原因となって、その結果として赤ん坊が生まれると考える。しかし、意識の側からしてみれば、人間という発想が、すべてのプロセスの原因となっている。プロセスの中間は、人間を創ろうという偶然の思いつきの結果である。言い換えれば、意識が原因と結果を逆にする。意識にとって、原因は最終的な結果である。その原因の結果が、物質の始まりなのだ


 (灰たか)↑は僕の例で言うと、3:33分に僕が時計を見たのは偶然の結果ではなく、3:33分に僕が時計を見るというテンプレがあったから僕がその時に起きたことになる。3:33分が原因だったのだ。

 ヒントその③ クラリオン星人コンタクティが体験した アセンション「量子転換」のすべて より

 カヴァーロ:物質とは幻想に過ぎない。それは単に僕たちの思考が結晶化したものなんだ。僕たちは本物だと信じ込むようになったモノしか見ていない。
 
 人間が真実の世界に面した窓辺に立ち、本物の現実を新しい視点から眺めることができれば、人はようやく、自分たちが住まうユニバースの本質を理解するだろう。そして、この真実の認識が人間にもたらす作用は二つしかない。正気を失う、あるいは進化を遂げる。このいずれかだよ。

 カヴァーロ:ユニバースというものを全く違う観点から捉えなければいけないよ。物理的ユニバース、すなわち、僕たちがユニバースの実体だと信じ込んでいるユニバースっていうのは、本物のユニバースとはずいぶん違うんだよ。

 その真のユニバースは、形而上学的と形容できるだろうね。現実の世界、本物の世界ではユニバースとは振動なん(バイブレーション)なんだよ。それは無数の「時の紐」であり、エネルギー波でもあるんだけど、僕たちの周りにあるすべてのものでもあるんだ。

 木々や川、山脈は、エネルギー波に過ぎない。僕たちの精神がそうしたものを具現化しているんだ。エネルギーを結晶化して形作り、それを積み重ねているだけなんだよ。

 僕たちはね、自らのアイデンティティーを自覚するために形状というものを生み出していく必要があるんだよ。けど、こんなことをしていられるのも、残りあと僅かだよ。


 カヴァーロ:僕たちが知っているユニバース、僕たちが今まで知っていると信じ込んできたユニバースっていうのは、もうすぐ消滅するんだ。それに代わって現れる本物のユニバースは、僕たちの目にはまさに驚異的に映るはずだよ!僕たちの目の前に姿を現すユニバースの新しいイメージは、僕たちが今までユニバースに抱いていたイメージとはかなり違うはずだ。

 真のユニバースには、複数の次元レベルと世界が存在する。そして、生命は、至るところに宿っている。様々な形状の生命、想像を超えるような形態の生命、時には理解しがたいような形の生命だってある。けど、生命とはユニバースにおいてもっとも重要な現象なんだ。
 生命はどこにでも宿っていると言えるだろう。完全なる真空と思われているところにさえ、生命は見いだせるんだよ。



 (灰たか)↑によると、僕らは「意識」によって創造された物質世界に住んでいるが、この物質世界自体が幻想であり、もうすぐにその幻想を維持することができなくなるという。そして今まで認識してこなかった宇宙が現れる、と言っている。ということは、その瞬間、固化した現実を維持していたのは自分の意識であったと気づく時があるはずだ。僕はこれを量子的創造者の目覚めと考える。
 そして新しいユニバースの姿というのはどことなく、サイババが見せたビジョンに似てはいないだろうか。

 人間はクリエイターは遠く離れたところに存在すると考える。
 しかしそうではなく、クリエイターは、無限の可能性の海からあるひとつの現実を僕らの前に創造し続けるものであり、それは僕ら自身の意識に内在しているのではないだろうか。それは神であり、無限の僕たち自身ではないだろうか。量子的クリエイターは自分自身の可能性をあらゆる形で表し続けている。それが僕らの人生である。量子的クリエイターが体験する、僕自身、あらゆる世界、動植物、人類はすべて彼自身の無限の可能性の顕現である。量子的クリエイターは、僕自身も、動植物も、惑星も、すべてが自分自身であることを知り尽きせぬ喜びの中にいるのだ。

 3:33分に僕を起こしたのは、きっと無限の僕自身であったに違いない。

 無限の僕ら自身、そのすべてを創造する力と、人が分かち難くコネクトしていると知るとき、僕らは外なる「力」という幻影から自由になれる気がする。


  080520_convert_20120110212940.jpg




知覚、リアリティetc | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/01/10 21:33

01/09のツイートまとめ

haitakadori

RT @BiancaWhitake2: @Drponchi 急性心筋梗塞後に理研で尿中セシウム検査をした結果、自身にセシウムが検出されました。ショックでした・・・
01-09 20:57

RT @Ani2525: このニュース。関東圏も人口減少へ。 http://t.co/xFQVIVhl
01-09 17:40

RT @moomin_valley: みんなも知っているでしょう?毎日毎日、おびえてばかりいると、誰だって、すきとおって消えてしまいそうになるわよね? - トゥーティッキ
01-09 17:25

RT @moomin_valley: さあ、みんな、きらくにやろう。すきな場所へ行っていいんだよ - スナフキン
01-09 17:11

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/10 00:00

01/08のツイートまとめ

haitakadori

RT @kazukazu721: 小出先生も危機的状況を警告ですね。“@universedrops: 小出裕章氏( 京大原子炉実験所助教)外出は必ずマスクを着用してください。4号機が非常に危険な状態です。もし4号機建屋が崩壊した時は関東全域と東北の方達は、とにかく西へと逃 ...
01-08 20:25

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/09 00:00

01/07のツイートまとめ

haitakadori

RT @kibakoichi: 「大人(たいじん)になれ」などと、コンプレックスを刺激されるようなことばかり、私達は周囲の「大人」に言われ続けて育ってきた。しかし「君は、君自身になれ」と言われることは、滅多にない。「子供」が成長してなれるものとは「自分自身」だ。それ以外の ...
01-07 22:15

RT @Bu_uuu: 今年は何が起こるのか。こう問うと、小沢一郎はいきなり、「マヤ暦を研究した方がいいんじゃないか」と言った。 http://t.co/64q1eJon  ははは、わかっとるジャマイカ
01-07 19:04

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/08 00:00

01/06のツイートまとめ

haitakadori

RT @kibakoichi: 【注意】正月に千葉でもセシウム5400万Bq/km2降下!http://t.co/HJTm82lS 元旦の地震のこと、福島と関東圏に新たに大量のセシウムが降ったこと、4号機の異変のこと、内閣府が作成した最悪のシナリオのこと。ここ数日のまとめ ...
01-06 14:22

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/07 00:00

01/05のツイートまとめ

haitakadori

沼内 恵美子を Yahoo! で、検索してほしい。そこに、本来の わたくし がいる。福島県ではすでに、何らかの 原因不明な 症状 が続出しているもよう。わたくしは「 生き証人 」であり、今後確実に出るであろう症状の先駆者にすぎない。http://t.co/9d9sxTUz
01-05 18:21

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/06 06:37

01/05のツイートまとめ

haitakadori

RT @kikko_no_blog: 福島だけじゃなくて、ずっと「不検出」だった稲毛でも12月26日から1月4日にかけて突然セシウムが降下してる。いったい何が起こってるのか? http://t.co/qBstMAhB
01-05 23:41

RT @kikko_no_blog: 野田!福島第一原発は「冷温停止状態」になって「事故は収束した」んじゃなかったのかよ!福島市の放射線量が急激に上昇してるのは何故?→ http://t.co/ivjpm7pD
01-05 23:40

沼内 恵美子を Yahoo! で、検索してほしい。そこに、本来の わたくし がいる。福島県ではすでに、何らかの 原因不明な 症状 が続出しているもよう。わたくしは「 生き証人 」であり、今後確実に出るであろう症状の先駆者にすぎない。http://t.co/9d9sxTUz
01-05 18:21

RT @TakashiMiki: あなたが見るもの全ては、深刻な人びとではなく、遊びに満ちた人びとによって発明されたことを知って、あなたは驚くだろう。 OSHO
01-05 16:31

未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/06 00:00
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