2012. 05. 31  
haitakadori

RT @hosshyan: BARでバーニャカウダを頼んで、野菜盛りに飾りで添えられてるパセリを見て、生い茂るジャングルに行きたくなってん。目出し帽を頭から被って、顔を隠してネットで刺し合うこんなコンクリート・ジャングルで生き残るよりも、本チャンのジャングルでむき出しで生 ...
05-30 23:57

RT @moomin_valley: その調子だと、おまえ、すぐにおとなになっちゃうぞ。父さんや母さんみたいな、おとなになるんだ。ごくふつうに見えて、ごくふつうに聞くだけのおとなだ。つまり、なーんにも見ないし、なーんにも聞かないってことだな。とどのつまり、おまえは、なんに ...
05-30 22:29

2012. 05. 30  
haitakadori

このツイートを見てるだれかさんと、tagara4さんがごはんたべたいそうです。tagara4さんや私とごはんたべたければ登録してマッチするとDMが届きます http://t.co/PKEFGjhk #gohantabeyo
05-29 19:35

見慣れたブラックスワンは、黒くてもはやブラックスワン(予想外の事象)ではない。新たなものが他にいる?
05-29 16:28

2012. 05. 27  
haitakadori

今日、晴れてるのに環水平アークぽい虹が窓から見えてた。で、環水平アークで検索すると、自分のTwitterアイコンも環水平アークやったことに遅まきながら気づいたw去年の震災以降虹が気になる
05-26 23:22

三谷幸喜の「素敵な金縛り」をDVDで見たけど、裁判の被告にKANを使った理由って『愛は勝つ」てことを暗にコード化したかったからか!?とか考えてしまった。http://t.co/5XE1dGx0
05-26 22:22

RT @AmmaJapan: 「今この瞬間しなくてはいけないことをすることによってのみ、疑問や問題はすべて終止符を打ちます」−アンマ
05-26 21:02

2012. 05. 25  
haitakadori

RT @Michael_Ende_jp: ヘルダーリンの有名な言葉があります。それは「危険が増すと、救いもまた増す」というものです。人間が全地球を破壊できるという人類史上はじまって以来の新しいページに足を踏み込むことで、同時に意識の飛躍が起こるのではないでしょうか。 『エ ...
05-24 19:22

2012. 05. 23  
二月ほど前に、数年間通ってたボイトレをやめた。

 ここで続けてもこれ以上上達しないだろうという直観と同時に、歌うこと自体への興味が失せてきていた。

 でも先月から二回ほど声のワークショップに行って、今までと違う感覚が生まれてきた。

 最初のセッションは原宿で受けたんだけど、トレーナーのKさんという方はこっち系の知識もある女性で、声を聴いただけで本来のその人の声かどうかがわかるということだった。

 僕がKさんのワークショップに惹かれたのは、ずっと歌っていても本来の自分の声で歌っていないような感覚がしていて、なにか気持ちよく自分自身の声で歌う方法がないかと思っていたからだった。

 今までのところは音程や、アクセントのチェックなどは細かく指摘されるんだけど、そういう細部に意識が行けば行くほど歌がバラバラに分解されて全体としての潤い、質感が失われていくような感じがしていた。

 初回で僕の声を聴いた時

 「辛いことなどがあると、歯を食いしばるような癖が声にでてる」と言い、

 「中に強いエネルギーがあるけど、それが詰まっている」と言われた。

 これは数年前、吉祥寺の整体(からだはうす)で言われた「窒息する恐怖があるんじゃないですか?」、「そのエネルギーは解放しないともったいないよ」というのと通ずるものがあった。

 Kさんによると、声は喉からだけではなく、頭からも手足からもとにかくからだ全体から出るものだという。
 そして本人の意識の周波数が必ずそこに乗るものだという。

 「だからテクニック全然ないけど、なんか聴いてて心地よいという歌を歌う人いるでしょう。それはそういうことなんです」と言った。

 ただ僕の場合数年やってたからか声量はあるようで、「背中からもちゃんと声出てますね」と言われた。

 「声を出すには、【耳を開く】ということがとても大事なんです。私たちは都会にいると耳を閉じて暮らしてるんですね。そうしないと気が狂っちゃうから。」

 僕はこの「耳を開く」という言葉にとても魅力を感じた。
 「発声」と「聴く」ということは、どうも表裏一体のようだ。

 いろんな高さで「ほぉぉぉぉぉ」という音を出して、それが自分の体の中から螺旋状に上昇して、エネルギーを浄化していくとイメージしてくださいと言われた。僕がある音を出すと、Kさんが僕の音に足りない周波数を出して、それが共鳴するのがなかなか気持ちよかった。

 この発声が気に入ったので、早朝の公園などにいって、よく一人で「ほーほー」やった。
 Kさんも自然の中で声を出すワークをしているらしいけど、やっぱり森の中で声を出すのは、カラオケボックスのなかでするのとはまったく違い、自分の声と自然の音が混ざり合うのがとても気持ちがいい。

 この単純な音でも、そこに意識が乗っているか、乗っていないかでKさんにはまったく異なって聞こえるらしい。
 歌を練習することへの興味はなくなりつつあったが、こういうエクササイズをやってると、『歌』以前の『声を出す』、ということの奥深さや重要さが見えてくるようだった。
 それは日常的なコミュニケーションにも大きく関わるので、何もボイトレは歌を歌ったり、人前で何かをする人だけが受けるというものではなく、もっともっと人間にとって根源的に必要なものではないかと思った。
 だから歌への興味とは別にもう少し、「声を出すこと」を続けてみようと思った。

 
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 二回目のセッションはこういう↑古民家風のレンタルスペースであった。

 二回目僕が「耳を開いていきたい」というリクエストを出したので、

 「ほ~~」を何回かやったあと、Kさんが僕の頭の周りで見たことのない楽器?を鳴らした。ものすごく、反響する。その反響音が頭の上下左右を回るので、とても不思議だ。

 そのあと声を出すと、自分でもさっきと違うとわかるよく響く、太い声がでて驚いた。
 聴く、と発声が表裏一体っていうのはこういうことなのか?
 
 僕が尾崎豊を課題曲にして以前練習していたことを話したので、その『僕が僕であるために(MY SONG)』の出だしのフレーズで練習することになった。





 出だしの歌詞は ♪心すれ違う 悲しい生き様に ため息 もらしていた・・・♪だ。
 Aメロは音域的にはまったく問題ないけど、なんか変に力が入ってカクカクする気がする。
 特に出だしの音が合っているかいつも気になって意識してしまう

 Kさんは「音程はまったく気にしなくてもいいから、口の形をはっきりさせるようにしてください」と言った。

 「あ」なら口を大きく開ける
 「い」は横に長く広げる
 「う」はすぼめて・・・・という感じの形だ。

 と、こういう感じになる、

 「♪こぉ こぉ ろぉ すぅ れぇ ちぃ がぁ う かぁ なぁ しぃ い ・・・」

 母音をはっきりだすことが大事だとは前のところでも教わった
 でも、口の形はむしろ顎を落とさないようにあまり開けるなというという感じだったし、こんなベタな練習で歌が上達するだろうかと思った。しかしやってると最初はわざとらしい違和感があったが、声がよく通るようになり、音程を必要以上に気にせず自然に「歌ってる」という感覚になってきた。あー俺歌ってるなーって

 「私、プロの歌手にでもこのレッスンはしますからね^^」とKさん。

 口の形をはっきりさせるとむしろ体全体で歌ってるような感覚で、以前のあまり口を動かさないのは逆に口先だけでもごもご歌てるという気がしてきた。 

 Kさんは発声の練習に、「あわの歌」や「ひふみ祝詞」を使う。
 詳しい理由は聞いていないが、日本語の「音霊」のエッセンスが詰まっているからかもしれない。
 なんかこれにもひとつひとつの言葉や音への敬意をKさんが持っていることがうかがえる気がした。
 ひふみ祝詞は、「ひふみ神示」でも有名だが、なんでも「あわの歌」はイザナミイザナギの時代、民の言葉が大変乱れた時に、歌われた言葉を正し浄化する歌だという。





 あ い う え お の音をひとつづつ丁寧に発することは、ひとつひとつに命が宿ていることを確認しているような気分になってくる。そのあいうえおの子音との組み合わせで50音が、その組み合わせで詩が作られるわけだからまさに母音はすべての物語の母、根源的プログラムともいえるわけだ。だからその基礎の基礎をしっかり意識して発することは、会話にも歌にも重要なのかもしれない。

 最後に「耳を開くにはどんなものを聴くのがいいんですか?」と尋ねると

 やはり自然の音(鳥の声や 雨の音、この葉の音など)や生の楽器だという。
 特にこの歌手がいいとか、このCDがいいという答えはもらえなかった。
 まあ、さっきの頭の周りで鳴らされた多方向的な反響を再現するようなCDはないだろうから、やっまり生音に勝るものはないということだろうか。

 次回のレッスンは尾崎をする?と聞かれ、

 「いやーでもこういう歌を歌うよりも、ほーっとか言ってるほうが気持ちいいのいで、歌を歌いたいのかどうかちょっとわからなくなってきましたけど、でも声をだすのは続けてみたいですね」

 「そうでしょ?私もそのほうが気持ちがいいから、お付き合いでカラオケにいかないといけない場合があるんですけど、たまに行くと音が合わなくて・・・」と笑って言った。

 レッスンを二日前に終え、今日は久しぶりにカラオケで発声してみようかと近所の店に向かった。
 ウォーミングアップに教えてもらったエクササイズを10分ほどしてから、母音と口の形をはっきり意識して歌ってみた。すると、明らかに以前とは違うフィーリングで歌えた。一概に「うまくなった」とは言えないのだが、歌ってる自分の感覚や気持ちよさがまったく違う。「歌ってる」とよりリアルに感じるのだった。じゃあ今までは歌ってなかったのかと言われると困るけど。
 
 楽しく一時間ほど練習したあと、「あーこれ、数年前に知ってたら」絶対、今よりうまくなってるかもと思った。ものすごくある意味簡単なことなんだけど。これだけでこんな違うのか。でも数年間のレッスンのあとに知ったから意味があるのかも。とても新鮮に歌えたので、歌への興味も若干盛り返してきたので、それも含め「声を出すこと」の気持ちよさをもう少し追求したい。自然の中で(中じゃなくても)声を出すのはストレス解消にもとってもいいと思います。やっぱ自分の中でエネルギーがぐるぐる回ってるのがストレスだと思うので、しかるべき方法でそれを発声する、表現するのがいいですね。

 公園で母音の発声をいろんな音程でやってると、メロディをつけて歌のようにしたくなった。
 自分のメロディと母音が周りの自然と響きあうような感じがとても気持ちいい。
 「あ」「い」「う」「え」「お」
 は言葉以前の音なのでそれ自体に意味があるとは普通考えないが、意味の元素となるよな「意味以前の意味」が
 もしかしたらあるのかな。
 「う」には「う」の質感が、「あ」には「あ」の質感

 Kさん、あわの歌



2009年Kさん、live



Youtube*kさんからのコメント

破壊と再生を繰り返す自然界が生命力でみちあふれているように、今という時代に生きる私たちは、これまでの価値観、意識の解体を行い始めています。と同時に、生命力のあふ­れた私たちの新しき世界を一緒に見つめて行きたいと思います


2012. 05. 21  
haitakadori

@furunosawako ご訪問ありがとうございます。ひと月くらいは残るかもです^^; 美しいですよね。僕は冒頭の「大丈夫だよ君は必ず死ぬ」が大好きでした。
05-20 22:29

2012. 05. 20  
haitakadori

RT @takeonomado: ムンバイ、バンコクいや、ケルンやリスボンでも東京と同じ生活をしたらコストは東京の半分くらい。でも安く抑えて東京の1/4、東南アジアなら1/10で生活できる。日本は底の生活費が高すぎて、生活様式の自由度が無さすぎる。
05-19 21:48

RT @takeonomado: 「就活自殺」って訳がわからない。何でもいいから働いてみればと思うのは俺だけか?訳して海外の人に伝える自信が無い。「過労死」をスペイン人やフランス人、マレーシア人やタイ人に説明すると、理解不可能なゾンビを見るような本当にものスゴイ顔をされる。
05-19 21:48

RT @zebra_masa: 湯川 @yukawareikoさんも、このニュースRTお願い出来ますか。シンディーにも。。福島の小児科医からヘルプ!「外の助けが必要。日本国民は耳を傾けてくれない。非常に酷い状況。特に子供が酷い。ヘルプ!」(ビデオあり)http://t.c ...
05-19 19:39

2012. 05. 19  
崩残さんにご指摘も受けたので、問題のダイジの詩のページ、あるいはホームページ「EGG HOUSE」自体を消去しようかと思います。

 ただこれを作ったホームページビルダーを今持っておらずこちらから操作ができないので、プロバイダーのNIFTYに問い合わせてみる予定です。

 ホームページ、もしくは問題のページの消去を依頼してできなければ、プロバイダーであるNIFTYの契約自体を解除します。まあNIFTYの契約はこのホームページ維持のためだけだったので。指摘受ける前から他に、あーちょっと消したほうがいいかもと思ってた別の事情もありました。

 もしかするとプロバイダーの都合でひと月以上かかるかもしれません。

 が、読み直してると結構面白い記事もありました。

 個人的に意味のあるものはこちらでも保存しておきますが、

 ◆和尚ラジニーシの覚醒体験(絶版書の抜粋)

 ◆ダンテス・ダイジと出会われた方の記録、ぬけがら日記の抜粋

 ◆愛と死の幻想(今では非合法となったドラッグで僕が発狂しそうになった記録と、感動した記録)

 ◆カールセーガンのマリファナ体験記 

 ◆I先生に初めて会った時のセッション記録

 ◆Melting self(2004年8月ダイジの足跡をもとめて福生に行った日の夜に浮かんだビジョン)

 ◆もんもん日記(僕の大学の時の引きこもり記録)


 などはちょっと面白いと思います。よかったらご覧ください。






 
2012. 05. 19  
haitakadori

「ナウシカ」3月11日公開か~。10年に一度じゃないなあ。ふたつとない現代の黙示録でっせー
05-18 22:12

RT @sencha_man: 「ナウシカ」公開当時の新聞広告 #ナウシカ #ntv http://t.co/WMHQBNF0
05-18 22:10

2012. 05. 16  
haitakadori

RT @kibakoichi: 3号機が爆発してキノコ雲が立ち上がる映像を見て、自分の中で生命力がもりもりと立ち上がるの感じた。生きてる実感が強烈になった。それで「死ぬかもしれない事態だ」と分かった。
05-15 20:18

2012. 05. 11  
haitakadori

RT @kikuchiyumi: 【横浜駅水没なう】現地状況まとめ【ゲリラ雹も】2012.5.10 - NAVER まとめ http://t.co/3rDCkbkV5月にヒョウですか?すごく不自然。これも気候変動の影響?それとも気象兵器なんてことはあり得る?いろいろ調べ ...
05-10 18:05

RT @tadanoriyokoo: 胸焼けで毎晩目が覚める。だからいつも1時間は深夜に読書のくせがついてしまった。読書もし過ぎると胸焼けというか頭焼けして、他人の知識ボケで感性がにぶくなる。絵描きさんは描くことで知恵を手に入れなきゃ。http://t.co/HJ42KCYF
05-10 13:49

2012. 05. 06  

  3年前、2009年の日食のあと頃急に不安神経症的な状態が強くなった。

 夜になると不安が強くなり、蛍光灯の下にいるときついので間接照明に変えたり、電気をまったく落としたりいろいろ工夫した。グルのアドバイスに従い、部屋にバラやサボテン観葉植物をたくさん置いたりもした。

 夜はネットやテレビを見ず静かに座り、「なにをわからなくちゃいけないか」考えるよう言われ、その通りにした。その頃は週1、2日くらいしか働いてなく、貯金を切り崩していた。社会との接点が少なすぎるのも原因かと思い介護の仕事を増やすことにすると、ちょうどうちから10分くらいのところのお宅で仕事が出来るようになった。

 そしてその翌年は、I先生の瞑想会のお手伝いもしてたので、その関係でいろんな人と会うことも多かった。適度に働いて、適度に人と関わるという毎日の中でだんだんと夜中に不安で飛び起きてしまうことも減っていった。今でもたまにハッと目が覚めて強い不安を感じることはあるが、飛び起きてパニックのまま部屋の外に出てから我に返ってた頃から比べるとずいぶん安定しているようだ。

 しかし夕方くらいからテンションが下降する傾向はある。
 最近気づいたが(遅いか・・・)、どうも僕は朝型らしい。夜よりも、朝や午前中に瞑想するほうが全然きもちがよい。夜は11時過ぎたらだいたい布団に入るし、日付がかわるまで起きてることはあまりないという幼児体質だ。夜にバイオリズムが低下して、不快感を感じやすくなるので意識的に早く寝てる部分もある。まあ、これも夜の一時とかを過ぎたらナチュラルハイになってきて、気持ち悪いとかなんとかどうでもよくなってくるのだが。

 一日ずっと余計なことをせずに部屋でおとなしくしていると、天気とか、太陽エネルギーとか、時間帯によるエネルギーの変化に敏感になる。その過程で、はっきりと朝の方がハイだと気がついた。

 3年前、夜に対するバイオリズム低下がよりはっきりと出てるようだったので、その時の対処は間接照明を買う前はほぼ完全に部屋を真っ暗にしていたことを思い出した。一見、おかしいことだけど、夜の不快感は電灯の下でテレビを見てる時とかの方が強まり、完全に光を消して闇に包まれると逆にこころが落ち着いたのだった。ろうそくの火だけを灯すのも、精神を安定させる効果があった。

 そこでそれを思い出して、ちょっとまたやってみようと間接照明の明かりも落とすと、特有の夜の感覚が消えて、急にこころが安らいだ。そうだった思い出した。そうして暗闇の中で、庭の草木の匂いや、遠くからの土の匂いを感じていると気持ちがいい。

 確か日常の活動に必要なセロトニンは太陽光の下で活動することによって分泌される。
 一方メラトニンという睡眠と関係する脳内物質は、暗闇の中で分泌されると聞いたことがあるが、もしかして人体はある一定の時間、あるレベル以上の闇の中で夜を過ごしたほうが調子がよくなるのだろうか?

 例えば午前一時まで起きてるとして、その間ずっと煌々と照りつけるあかりの下にいると、夜間休むべき脳の部分を過覚醒にしているということはないだろうか。そして同時に夜に働くべき箇所の機能を低下させているという可能性はある気がする。
 もし寝れなかったり、夜になると調子がよくないという人は、寝る前1~2時間を暗闇かろうそくの光の中で、ホットミルクでも飲みながら過ごしたら寝つきがよくなるかもしれないと思う。静かな音楽でも流しながら。

 もともとこの文明は闇を毛嫌いして成長してきたものだけど、このタイミングで『節電』とか騒がれてるのは、それが情報操作だろうとなんだろうと、暗闇を取り戻す絶好のチャンスだ。
 闇は距離を置くと不安になるが、その中にすっぽり包まれると、その奥に木々の息吹や花の匂いが感じられるような存外優しいものに思われる。

 人は闇を、薄暗さを毛嫌いする中で薄明かりの中でしか見えないようなイマジカルな領域、日常的左脳意識と、眠りの狭間にあるドリームリアリティとの接触を失ってるような気がする。たとえば、水木しげるの描く妖怪がいっぱいいそうな空間、シャーマニックな意識が誘発されそうな空間ですね。昔は、蔵、とか屋根裏、とか、外の便所、とか井戸の中とかそういう空間が多かったのだろう。今でも山奥に一人で入るとそういう雰囲気は残っている。一人で山を歩いているとなんかトランスしそうになりませんか??

 別に赤なめ、とか狂骨、とか、ぬらりひょん、とかそんなのいなくてもいいわいという人もいるだろうけど、

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その領域は人が直観とかインスピレーションとつながる場所でもあったのではないかと思う。ラムサの本に次のような不思議な一文がある。

 セロトニンは「起きて行動する」神経伝達物質である。それは眠ってる人の鍵を開け、その人を起こす役目をしている。逆に光が減少すると、スイッチが働き、メラトニンが生成される。これはあなたに倦怠感を感じさせ、無気力にして眠りに誘う。しかしながら、松果体はこれらのとても重要な神経伝達物質を製造する小さな工場だが、実は他にも尋常でない機能を持っている。このメラトニンからピノリンと呼ばれる幻覚性物質が生成される。

 さて松果体は頭の中のシャーマンなのだ。真夜中をすぎ、午前一時から三時くらいまでの間、あなたは眠りの最も深い状態、すなわち明晰夢(ルシッド・ドリーミング)のレベルに入っていく。明晰夢のほとんどはこの時に起こる。明晰夢は松果体が十分な時間をかけてメラトニンを生成し、それをピノリンに変えた時に初めて可能になる現象なのだ。

 ではなぜピノリンなのか?ピノリンは幻覚性物質で、脳がより深い領域と交信するのを可能にするために潜在意識が利用するものなのだ。わかっただろうか?さて、夜更けまで起きている人は、ピノリンを生成できないので、この明晰夢という形での他の次元からの交信を逃すことになる。つまり、このピノリンは大脳皮質が眠ってる間に、ニューロンに逆発火(リバース・ファイアリング)を発生させ、この存在(反射意識)がこの存在(ゼロポイント)に話しかけるのを可能にする。


 ピノリンという物質は検索しても出てこないので、実際に発見されてる物質なのかどうかわからないがなんとなく信憑性を感じさせる話である。もしこの話しに一抹の事実が含まれてるなら、ピノリンのもととなるメラトニンを十分作られていることが眠りの中で直観を受け取るために必要であることになる。とすると、寝る前は薄暗い場所(真っ暗かろうそく)でぼーっと一定の時間(1,2時間)、本読んだりネットしたりせず音楽聴くとか瞑想するとかして過ごし、一時から三時までの次元の扉が開く時間帯には熟睡してるというのが理想的かもしれない。

 僕は、このライフスタイルを追求しようと近所のニトリにキャンドルホルダーを買いに行ったのだが、同じコーナーに「カンテラ」があったのを見て、思わずカンテラ萌えーになってて購入してしまった。どうすんだ・・・ぶらさげるところなんかないのだが。せっかくなのでうち中の電気を消し、真っ暗な中これ持ってトイレ行ったりしてますw妖怪を見つけたらまたレポートします。 

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2012. 05. 06  
haitakadori

RT @bot_momo_bot: ほんとうは、みんなおなじように泣きたい気持ちでした。だれもが、じぶんが見はなされた子どもだと感じていたのです。
05-05 19:51

2012. 05. 04  
 
 昨日、夢を見ている間もずっと意識の中である情報を覚えておこうと、ずっと努力していた。

 で目が覚めた時にノートに書いてみるとこうなった。

 『生命は完全であり 永遠であり 無限である それ以外の見方は全て錯覚や人間的価値判断に基づいている

 うーん。

 なぜか生命というキーワードで情報が浸透してくる。

 『想い』が少しづつ、しみいってくる。最初はかすかに、段々意識的に自覚できる領域に。

 『宇宙は完全だ』という想い。眠りの合間に時々訪れて、顕在意識に定着しようとする。

 『この宇宙の中には 何一つ不完全なものは存在しない というのは 宇宙という完全さの中からすべて現れいでているからだ 不完全さ 不足という観念は 全宇宙 全自然 全生命を絶対肯定する強さと知恵を忘れ去った人間性特有のものである

 居眠り瞑想中ある時に

 『今・ここにある生命が永遠であることをどうかわかってください』という「情報」

 「どうか」てなにかある意味切迫しているような。

 『善も悪も、批判すべき社会システムや価値観も
  すべて僕の心に存在するに過ぎない
  今・この神の中でそんなものはどこにもない
  ただ全ては そうであるだけであり 
  良い 悪いと 判断するにはあまりにも両義的かつ不定形、
一度きりの
  あるがままに過ぎない


 『生命が、そして人の生が~~の為にある、といった瞬間それは固い思想となる。

  結婚し子供を育てるためにある、金を稼ぐためにある、魂を成長させるためにある、善行を成すためにある

  悟りに至るためにある

  本当にそうなのか?

  本当にそう言い切れるのか。

  そう語った瞬間、人のマインドは無限の生命を、無限小の固まりへ限定するのではないか。

  しかし 生命は 在る これはまったく確かなことだ。

  生命、人生は、在る。

  なんのため?にではなく 在るのだ
  在ることからすべてが生まれていく 
  僕の頭の描くあれやこれやの為ではなく 言うなれば きっとすべての為に 在る のだ


 生命は肉体を越えてある。
 たったひとつの命の源がある
 人はその無限の生命の源から生命を得て、生きている

 そう、だから今、ここにある命が 永遠であり 無限なのかもしれない

 それは時間を超え 空間を超えている 

 時空を超えて旅をする「火の鳥」から常に命を受け取っている

 命ははかない、と人は言う
 命ははかなくはない それは無限の証だ
 無限界から、現象界へ 溢れ出し 流れ出し 生命を開拓している巨大な力
 それが真の命であり あらゆる個的生命体の実体である

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プロフィール

はいたか鳥

  • Author:はいたか鳥
  •  Only in silence the word,
     only in dark the light,
     only in dying life :
     bright the hawk's flight on the empty sky


     ことばは沈黙に
    光は闇に
    生は死の中にこそあるものなれ
    飛翔せるタカの
    虚空にこそ輝けるごとくに

    ゲド戦記 エアの創造より


      ↓ご意見・お問い合わせなど なにかありましたら こちらのメルアドにご連絡お願いします。↓

      haitakarainbow@ のあとに gmail.com をつけてお送りください。

      よろしくお願いいたしま~す☆

     時々メールチェックをよく忘れて、ご迷惑おかけしてしまいます。2,3日中に返信がない場合は、メールしましたよ~~とコメント欄に一言書き込みいただけると助かります(*'ω'*)ゴメンサイ
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