竜族の黒き影


 夜の夢の中で私達の黒き影を見るとき お前は思い出すだろう

 お前達 人間の中に 私達は今も生きている

 山々を揺るがすような体躯を持ち 水中を黒き影となり駆け抜ける

 私達を産んだ無限の生命力(いのち)は 今もお前達のうちに宿り こころを分け合っている

 私達はお前達とともに文明をも生きる お前達が小さな部屋で眠り 硬い皮膜に覆われた大地の上をよろめきながら歩くのを 私達はお前の内の暗がりからじっと息を潜めて見つめるだろう

 そしてお前達の心に原始の火を灯し 生命(いのち)の欲望を呼び起こすのだ

 ビル群の間に解き放たれた始祖鳥たち その群れがお前達の街を遥かに俯瞰して飛びぬける

 哀れな人類よ 兄弟よ お前達は お前達の街と 私達の野性の間に引きさかれている

 お前達は我々を恐るべき竜と呼ぶ
 
 しかし 友よ お前が恐れているものは おまえ自身の生命(いのち)であると知れ

 お前達はなぜか生命(いのち)そのものに恨みでも持つかのように 海洋を汚し 樹木を刈りつくした

 この惑星の生命力(いのち)を弱くしてきた

 そうして狭き箱の中に自らを閉じ込めた お前達は大きな竜が 大きな黒きなにものかが おまえたちの街を破壊するという幻想をとりつかれたかのように繰り返し持つようになった

 哀れなる兄弟よ

 お前達は何を欲しているのか理解していない

 お前達は欲しているものを恐れ また恐れるものを欲す

 欲せざるものを欲するふりをする

 そして欲するものを求める勇気がない

 ありのままの我々を恐れ みずからの生命力(いのち)を殺すのは お前達だけだ 友よ

 お前達の生命(いのち)からの離反が 私達の影への恐れを生んだ 竜なるもの 蛇なるもの 水に潜む大きな魚達への

 私達の目がお前達の中で開くとき お前は緑色の沼地の匂いを懐かしく思い出すだろう

 あのうだるような暑さと湿気 濃厚な大気 原始の惑星が持つ 圧倒的な赤い響きを なつかしく思うだろう

 夜明けの梢がささやくとき お前達はあたたかな寝床で思うのだ なんと遠くまで来てしまったことかと そしてこれからどこへ行くというのかと

 しかし 友よ 私達はいつもお前達とともにいる あの始祖のときの太陽と海は 今もここにあるのだ

 その中で生命力(いのち)のおもむくままに うなり 泳ぎ 喰らい 喰らわれていた生命(いのち)の躍動はお前のうちに宿るのだ 

 我が兄弟であり 友なるものたちよ 私達に帰れ 私達を思い出すのだ

 赤き太陽の元つながる いのちの輪の同士よ



                                                  2015 1 27
 
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詩集2(火水の子供たち) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/01/29 10:33

Gloria カノン


 好きな歌 ていうか今見つけた

 「Groria」 カノン:歌 

 


北条司原作「エンジェルハート」のアニメで使われてるのかな 

アニメ見てないけど、これは、涙腺がヤバイ



 カノンさんの歌すばらしいなー最初に知ったのは↓だったけど、これも好き

 太陽の黙示録テーマ The powre





好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/01/20 16:47

宇宙の子ども部屋





  明け渡す、という言葉からは次のような言葉を連想します。

  委ねる 手放す 降参する 放棄する

  など

  明け渡せ、と言われると不安になるのはなぜでしょうか?

  それは明け渡すということは、すべてを、大切なもの、執着しているものを奪われるという可能性とつながっているからでしょう。

  誰か同じ人間に「私に明け渡せ(降参しろ、委ねろ)」といわれたら、抵抗するのは当然ですが、僕らは普通は神や宇宙と呼ばれるものに対してすら明け渡すことに恐怖を感じます。

 例えば、心の中に自分のお気に入りの部屋があるとします。

 その中にあるたくさんのおもちゃで僕らは遊んでいます。

 その中でもとりわけ気に入ってるものは、きつく握り締めています。

 その部屋の扉を開くと、宇宙空間があって、神様がのぞいています。

 明け渡すということは、この扉を開き、そしておもちゃを握り締めている手を緩めるということかもしれません。

 扉を開くとすべてのおもちゃは部屋を漂い始めるかもしれません。

 あるものは扉から浮遊して出て行ってしまうでしょう。

 でもすべてが吸い出されてしまうわけではありません。

 人間関係でも お金でも 仕事でも 趣味でも 考え方でも 僕らに必要なものは部屋の中に残ります。

 ただすべてはふわふわ浮かんでいますが。

 以前よりもイリュージョンのように消えたり 現れたり 点滅しています。

 宇宙は明け渡すことを通して すべてを取り上げるということを意図しているわけではないような気がします。

 ただ、部屋の扉を自分から開けてくれることを求めているのかもしれません。

 ところが僕らは 扉を開けると怖いお母さんが入ってきて 全部台無しにしてしまうと どこかで思っています

 その宇宙への防衛状態が苦しみであるということにお母さんは気付いています

 おもちゃを握り締めている手に力がはいりすぎて、余計なエネルギーを使い、手を傷つけていることをこそ気にかけているのかもしれません。

 お父さんが、あのおもちゃはもうああの子には必要ないと判断し、取り去ろうとするとき、強く握り締めていればそれだけ、手を傷つけてしまうでしょう。


 だからお母さんは 部屋の外で 声をかけ続けています



 「信頼して部屋をあけてちょうだい 何も あなたに必要なものすべてを 取り上げるつもりはないから

 いらなくなったものはきれいにして もっと素敵なプレゼントをあげるつもありだから」 と



 ただそれでも僕らは怖い 何を取り上げられ 何が残るかわからないから。。。

 あのすみに転がってる飽きかけたおもちゃならいいけど。。この手に握ってるやつだったら・・・・

  
 「開けなさい あなたを愛してるのよ 焼きたてのケーキを持ってきたわ」

 とお母さんが言います

 扉の向こうからいい匂いがする・・・・ 

 あまりにいい匂いだから

 ごとん、と手に持っていたおもちゃを落としてしまった

 おなかが グーッとなる

 おもちゃは食べられない お母さんの作った料理しか 僕らは食べられない

 どうしよう?

 雷親父が来る前に

 開けようか? 

 やめとこうか?

 宇宙の子ども部屋で 僕らはドアノブを握って考え続けます。


 でも、きっと

 おいしそうな匂いと優しい声に負けて

 僕らはドアを開けるでしょう。

 
神様 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/01/19 17:29

すまし汁断食♪



  確か去年の今頃も小食生活をしていたような気がするけど、またその波が来て、今回はすまし汁断食をしてみた。

  すまし汁断食は、水だけしかとらない本断食にくらべると、ゆるやかな方法だとされている。

  これはしいたけや昆布でだしをとったすまし汁を一日二回飲むって言うやりかただけど、この唯一の食料?となるすまし汁のレシピは以下の通り。

 ①まず水540ミリリットルに、昆布10グラム、干ししいたけ10グラムを入れて一時間か二時間ほど放置します。

 ②それを火にかけ、沸騰したら、昆布、しいたけを取り除く

 ③塩分を摂取するために醤油10ミリリットル~を加え、お好みで黒砂糖20~30グラムほどを加えて出来上がり!

 これを一回分として、昼と夜に飲むという方法です。

 すまし汁↓

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 どよーんとしたなんてことない黒い液体ですが、しいたけと昆布のだしがかなりでていて、それが醤油とのハーモニーを奏で結構うまいっす。しかも540ミリリットルもあるので、全部飲むとかなりおなかがふくれて空腹感がなくなります。

 どれくらい断食しようかと考えたのですが、今回は、一日目の昼食をとって、それから翌日の夕食までは断食することにしました。こんな感じ。


 一日目 

 昼食→雑炊

 夕食→すまし汁


 二日目

 朝→カフェオレ

 昼→すまし汁

 夜→複食

 時間で言うと約30時間ほどの絶食となりました。
 タバコは普通に吸ってます。(アメスピ7~8本)←いつのまにかアメスピ再開してる。

 空腹感は一日目の夜が、強かったです。
 前に軽く食を抜いたときもそうだったのですが、空腹状態で布団に入ると、目を閉じると食べ物のイメージがかなり鮮明に浮かびます。今回は、なぜかじゅーじゅー言う焼きたての鯖がくっきり。

 腹が減って眠れないという感じでもないのですが、夜中に何度か目が覚めました。

 ただ翌朝になると空腹感はなくなっています。
 睡眠時間は短いけどあまり眠く感じません。

 二日目の昼ごろにまた空腹感のピークが来たけど、すまし汁を飲むとすぐになくなりました。

 散歩を二時間くらいしたけど、特にふらつくということもなく・・・・。
  
 ただ、頭はややぼーっとしています。

 クリアでとても穏やかな気持ちの時と、どよーんとしてイライラする感じの時、心の起伏がいつもより少し大きいような感じも。基本的に副交感神経優位になってる感じはあるけど、騒がしいところや、対人的ストレスに対する耐性はやや低下してる気もします。自然への感受性は高まります。

 夕方になると、からだが火照ってきました。なんか暑いっす。

 前に食事を一食くらい抜いたときも経験あるのですが、外は結構寒いのに、内側から発熱しているようであまり寒さを感じません。散歩中の公園、ダウンを脱いで、薄着で歩き回りました。そのまま、五分ほど太陽を凝視しながら、太陽に手をかざして立ち尽くしていました。

 うーん、僕、今結構変な人!!

 なんか食を抜くことを続けてると、食べるのが面倒くさくなるというか、もうちょっと出来そうな感じだったけど、一応予定通り二日目の18時ごろ復食をとることに。

 メニューは

 アジの開き
 雑炊
 大根とニンジンおろし
 味噌汁

 
 です。シャレにならないくらいうまかったです。

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 「うまいなー、んまいなー」しか言葉が出てきません。

 気がつくと涙目、若干泣いてます(T T)

 ただ食べたあと、かなりの脱力感と眠気が。心地よいけだるさで気持ち悪くはないんですが、胃が少し重い。

 複食にしてはあきらかに食べ過ぎだったかもしれない。

 
 でも断食中は時間がゆっくり流れる感じで、意識も軽いことが多かった。

 やっぱり日常的に厳しい食事制限をしたりする気はいまだないけど、たまに「断食」っていうのは非日常感があって楽しい。

 情報断食をするのと同じようなワクワク感があります。

 出来たら一週間くらいの断食を経験してみたいけど、2,3日を越える場合一人でするのはリスクが大きいのでどこかの施設でやったほうがいいみたいですね~。

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 ↑断食後に、甲田光雄先生が紹介している、玄米生菜食メニューも擬似的にちょっとやってみた。↑

 ニンジンおろし 大根おろし 長いも 計250グラム

 葉野菜 小松菜 白菜 ほうれん草 計200グラム

 豆腐100グラム

 バナナ一本

 ローフード全般に言えることだと思うが、冬場は寒くてちょいとつらいかも

 全部食べるのはちょっと罰ゲーム的な厳しさがありました

 やっぱ、食事内容にこだわるより、「たまに断食する人」を目指してみようかな。

 以下の参考文献の森美智代さんは青汁一杯しか飲まない方として有名ですが、闘病期間中に24日間のすまし汁断食をされています。すごいですね。すまし汁だけでも一月近く生きられるんだなぁ。
 
 断食慣れして、これだけ絶食して生きられる自信があれば、災害時や食料難になってもパニックにならなくてすむという効用はあるかも。


 参考文献: 奇蹟が起こる半日断食 甲田光雄著

        「食べること、やめました」 森美智代著


 面白い情報→断食中に起きる不調や体調トラブル・好転反応について
       ベジタリアニズムとは wiki
        けっこう多い「ベジタリアンの有名人」
         ベジタリアンの日本&海外の芸能人で有名なまとめと僕の体験談         

私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/01/17 13:31

Gの世界で




 あけましておめでとうございます!(←かなり遅いですね)

 今年もよろしくお願いいたします。

 テレビで紅白やその他もみなくなって数年、年々クリスマスやお正月感が薄れてどうでもよくなりつつあります。

 変わって旧暦正月の春節をより意識するようになりました。

 どうもこの頃からその年のエネルギーが本格的に発動するのではないかと個人的には思っています。

 2014年は1月31日から、2015年は2月18日が春節ですね。旧暦では現在まだ確か師走にもなっておらず、今年は残りあと一月ちょっと、という状況です。

 2014年を振り返ってみますと、個人的にもそうでしたが、割と大変な年だったという感想を持つ方が多いように思います。2014年の2月に「ゼロ・グラビティ」という映画を観に行きました。

 なんとなくこの映画の原題の「Gravity」(重力)が2014年をシンボライズしているような感じがしていました。

 この映画はたった一人で、宇宙空間での災害に立ち向かい生き残ろうとするライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック演ず)の孤独な奮闘を描いたものです。

 3Dを用いて、上も下もない無重力空間の異次元感を表現した迫力が「ゼロ・グラビティ」という邦題にも反映されているのだと思いますが、この映画の目的は実は原題の「Gravity」にこそ現されているように思えます。

 僕にはライアンが地球に帰還して、浜辺にたどり着き、そして立ち上がろうとして自分の肉体の、重力の重さにふらつくあのシーン、あの重力感からだの重たーい感じをこそ伝えるためにすべての時間があったように思えます。

 これから観る方は観ないでね♪↓ラストシーン

 

 そしてこの表面的な「Gravity」の意味の裏側には、彼女が宇宙に飛び立つ前、地球にいるときに経験した過去の悲しい出来事も含まれているように思います。彼女が渾身の力を込めて重力に逆らって、再び裸足で大地に立つシーンは、地球で肉体を持って生きることにつきものの悲しみ、怒り、孤独など、それらのすべてを母なる世界が僕らをつなぎとめる「Gravity」として受け入れ祝福さえしているように感じられました。

 その祝福と、重力のもと生きる喜びが彼女の口からこぼれる笑い声に表れています。

 あと関係ないですが、ライアンが地上や他のクルーとの会話に使う「do you copy?」という言葉が耳に残りました。
 
 文脈上明らかですが、これって無線とかで使う「聴こえますか?」日本語でいうなら多分「こちら●●・・・どうぞ」の<どうぞ>にあたるみたいですね。知らなかったです。

  重力とどう付き合うかということは普遍的なテーマです。
 航空機→ロケット→シャトルを産んだ科学の進歩は、重力から自由になる、あるいは地球という惑星の支配圏から自由になることを目指していたとも言えますが、地球という重力圏に支配された惑星なくしては今のところ人間は生きていくことができません。

 重力は情け容赦ない力でもあり、老いや怪我、病気、障害などでその力に反して立ち上がれない生物に対しては、自分自身にひきつけることで、結果的に惑星そのものの土としてしまいます。それは惑星側からのある種の同化作用でもあるのでしょう。

 つまり、生きるということは、この僕らを下に引っ張る力と、そこから離脱しようとする力のバランスの上に成り立っていることになります。

 人は完全な愛から生まれ、また愛に帰っていくと言いますが、その無重力空間に至る前に僕らは「重力」を経験します。それらが重力圏でしか味わえない、恐れ、怒り、悲しみ、絶望、嫉妬、自己否定などだということが出来ます。

 という風に考えると2014年は多くの人が「重力」の強さを肌身で感じた年だったのかもしれません。
 僕にとってもGが強くなったように思えた年でした。

 重力に対して、どう対処するかという簡単な解決法はありません。

 でもGを受け入れ、祝福する気持ちは忘れずにいたいと思います。
  
 


 さあ、すでに始まっており、もうすぐより本格的に動き出す2015年

 どのような年になるかわかりませんが、

 皆様にとってよき一年となりますように☆

 Do you copy?


私的雑記 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2015/01/12 19:12
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