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階名と音名と「さくら」 耳と声日記②


  7/24記

  なんらか変な気候であまり体調よろしくないですが、本日もヴォイトレで横浜へ行ってきました。
  季節外れの涼しい~風と久しぶりのMフレアにやられてる感じがするここ二三日です。

  7/26追記 (なんだかいろいろと不穏な事象が続いていますが、ここまでくるとどうも太陽フレアだけで説明するのはちょっと無理がある気がしますね。体調崩してる人も多そうですし。去年はもっと太陽活動活発だったわけですが、今年のこの荒れた感じはなかった気がします。なにかわからないですがX要因があるのではないだろうかと。もうひとまず黒点は消えたし、このへんでおさまれば太陽が原因だったのかもしれないけど。不穏な事象についてはこの辺にして、以下はのんきなボイトレ日記)



  前回は、『音階と階名が違うのはわかりますか?』と先生に質問され。。

  「えーと、えーと」と考えた末 「わかりません。」と言うと

  「残念!」とギター侍(なつかしいです)のように切り捨てられました。

  どうやら階名というのは固有名詞であり、C(ド) D(レ) E(ミ) F (ファ)G(ソ) みたいなものです。

  そして普通の楽器キーボードにはだいたいそれらが5組集まった、5オクターブくらいはあります。
  
  なのでC D Eだけだとわからないのでそどの前に low mid hi hihiなどの記号をつけてどのオクターブかを表しています。

  (男性ヴォーカルでふつう使うのはlowの後半~ hiの前半)くらいの3オクターブくらいだと思います。

  ちなみにドレミの歌などで、普通のキー設定で歌う時の ドーナツの「ド」はmid1C

アルファベット表記の場合、Aは「ラ」音から始まるので、そこがオクターブの変わり目ともいえます。 

  これが音名。LowC とか、HiC(出ねえよ)とか mid2 F♯(ちゃんと出ないかも)とかですね(↓画像検索より拝借↓)

  scale.gif

特殊なトレーニングをしなくても、mid1~ mid2前半は楽に出せる人が多いのではないでしょうか。(←男性の場合。女性は、mid1後半~hi前半くらい?)

 僕は多分、前チェックしてもらった時は、mid2G~hiAくらいまで出たんじゃないかなーとは思うんですが、これ一瞬出ただけなので、全然歌には使えない声です。

  Bzとかのサビになるとだいたい、最高音部がhiA hiB hiC超えもありますが、なので、Bzなんてカラオケでは3~4♭しないとまったく声でません。

  もともと地声は低音だと思いますが・・・

高低差が大きい、ラルクの曲などは♭させると低音部がうめき声みたいになって困ることもあります


  で、階名なんですが、階名というのはドレミファソラシドのことなのですが。

  ここで僕は驚いたのですが、このドレミファソラシドってのは 通常のドであるCから始まると限ってるわけじゃないんですね。。。

  どうも階名というのはドの音をC以外に移動させても成り立つ音の連なりということのようで(移動ドというらしい)。。。

  たとえばド音を通常のレ♯(mid1 D♯)にとるならばそのドレミファソラシド(音階)は 音名でいうと  

  mid1D♯(レ♯) mid1F(ファ) mid 1G(ソ) mid1G♯ (ソ♯) mid2A♯(ラ♯) mid2C(ド) mid2C(ド♯) 

という並びになります。まあつまり、それぞれ音と音の間のインターバルが通常のドレミと同じならば、すべてドレミとみなすという考え方で、だから階名としてのドレミは、どの音で始めることもできるわけですね。

 やーこれ、音楽を少しされた方には常識かもですけど、結構目からうろこでした。

 だってすごくないですか?どの音からでもドレミを始められるって。

 なんか知ってる人には、「あたりめーだろ」と思われ、音楽に興味ない人には「どうでもいい」という感じの報われない記事を書いてる気もしますが。まあ、復習的に書いてますので、自分用に、はい。適当に読み飛ばしてくださいませ。

  整理すると音名(固有名詞、絶対的)
  
  階名 (相対的)という感じでしょうか。

  で、ですね~その音名と階名の違いを知ったうえで、やった練習というのが 少しづつ音程を上げながらの階名のインターバル練習でした。

 具体的には ド~レ~ド~ミ~ド~ファ~ド~ソ ド~ファ ド~ミ ド~レ ド とソまで音階をあがってゆき、また降りてくるというエクササイズです。

 これはただ単に音程をとるというよりも 各インターバルの表情をしっかりだせることが重要らしいです。

 ド~レ とド~ミ の違いですが これを発声体感やら、呼気圧やらでしっかり認識できるということが目標ということで。

 ヴォイトレ先生はこんな風にも声を出していました。

 「長二度~♪ 長三度~♪ 完全四度~♪ 完全五度~♪」 

 これ何かというと ドとレ ドとミ ドとファ ドとソ それぞれのインターバルの距離を言うんですね。

 具体的にいうと半音が二個入ると 長二度(ドとレ) 半音が4個入ると長三度(ドとミ) 半音が五個入ると完全四度(ドとファ)・・・となるそうです。それぞれのインターバル間の音の個性を表す名詞でしょうか。

 この各インターバル間の固有の表情をうまく描けるかどうかということが、ヴォイトレ先生曰く歌のうまい下手のひとつのポイントだそうです。
 
 これをチャクラでいうとこんな感じです

 長二度(ムラダーラ→スワディスタナ) 長三度(ムラダーラ→マニプラ) 完全四度(ムラダーラ→アナハタ)

 なんで急におチャクラが出てくるのか。。。だってあれですよ~

 音階もチャクラも7つじゃないですか~。しかも黒鍵盤(半音)入れると12個、すごいですよね~なんか。
 12音であり、12使徒、12か月、12支ですよ。
 まさしくこの世界は7と12に支配されてきた。

 ド~シの間には通常黒鍵盤で半音がはさまれてますが、黒鍵盤がないのは、ミとファ シと次のドの間のみなんですよね。
 これは何を意味するのか

 ミとファっていうのは、つまりマニプラ(自我中枢)とアナハタ(ハート中枢)の間ですね。
 シとドてのはサハスララと、次の宇宙、あるいは次のルートチャクラとの間です。
 どうも連続性が途絶える、飛躍ポイントという気がしないでもないですが。

 まあ、この辺でオタクな話はやめておきまーす。
 
 すべての世界にこのようなフラクタル性があるのは当然と言えばたぶん当然なのでしょうが。


 本日は先生に「M君はまだまだ音程がすさまじいからね(-∀-)」と言われてしまいまして、す・すさまじい・・・はは。

・・・・えっ!つまり剛田たけし並みだと!!(誰も言ってない)

 キーボード買ったのでこれで遊びながらちょっとづつ音感を鍛えていきたいと思います。
 もしかするとまったく才能ないのかもしれないんですけど、僕。音楽の(笑)
 でも、そういう分野だとある種謙虚になれるというか、経験値ほぼゼロなので失うものがないのがいいです。
 それに底が深くて、面白い世界です。
 剛田たけしクラスでも、面白いと感じるうちは続けていきたいな~。
 土管の上から殺人音波を浴びせられるのびた君やスネ夫には迷惑な話しですが。

 まあなので人前で歌うのは聴いた人が嘔吐、めまい、短期記憶の消失などの症状が出ないことを確認してからにしたいと思います。 


 やーでも音をとる、というよりも各インターバル間の表情を知るという考え方は新鮮でした。今後意識して練習したいと思います。

 あと50音調音をしてる時大変興味深いお話も聴きまして、なるほどーと思いました。

 課題は今回は、や行 わ行 ら行でした。

 や行とわ行は接近音というらしく。これは「や」なら「い」と「あ」を連続的に発声して出る音だからだそうです。「わ」なら「う」と「あ」ですね。どうしても「や」というのが一文字なので単音で「や」というものがあるのだと脳は認識しているので混乱します。実際は、調音の発声的には高速で結び付いた「い」と「あ」らしい。

 で、「を」は「う」と「お」ですが、これにからんでの話しです。 


 「(うぉ)の音は発音されなくなってきているのでこの数百年で消えてしまうのではと言われていますけど、そういうのも歌では正しく残すというのが大事なので・・・

 昔は四つ仮名っていう文字とかね、古い文字の芸人さんのよゐこの「ゐ」とかね、ああいう文字はそれぞれの音がしたんですよ。

 そういう発音がなくなったでしょ?


 灰「あぁ・・・区別があったんですか」

 「もちろん。

 でも昔は音声を残す機械がないので、どういう風に音を鳴らしていたかは定かではないですけどね、違う音の鳴らし方をしていたのね。私たちがおとをを鳴らしかえられるようにね。同じように「ぢ」と「じ」は違う音がしていたんですよ。
 そういう風に「を」の音も表記だけ残って数百年後の子たちは「これ昔は違う発音だったよ」ていうことになるのかもしれないですね。

 でも歌の中では残しますから、逆に「お」の音を「うぉ」と発音する場合もあるんですけど、私それ嫌いだから、なぜなら接近音は母音二つでさっきの鼻音の音(ま行 な行)よりもマーカーが濃いいんですね。

 二重で音を乗せるので、もっとも響きとしては強いんですよ。だから弱い呼吸の人でも比較的響く音なんですね。

 だからみんなで声を合わせようとする音、「ヤー」とか「イエ~」とか「うぉー」とかっていうのはみんな接近音で鳴らすんです。

 そうするとみんな体に声が響いて、強い声が出るから。無意識的にどんな音が鼓舞されるのかとか、っていうのを知っているんですよ。そういう風に理にかなっているんですよ<。」


  「ら行は口の中で舌を前にはじいて発声して、そのためひるがえるようなイメージがあるので、さくらの「ら」はこの音を使うんですね。

 日本人は見たもの感じたものを言葉にしていますから。

 ひとつひとつの音に重さがあったり、湿り気があったり、軽さがあったりするのね。

 だから「さくら」という音には、「さ」には風の音があり、「く」には軽さがあるんです、カ行だからね。カ行は乾いている音なので。

 で、「ら」はひるがえる、動きのある音なので、、だから日本人は桜を「さくら」と呼び続けたから、散る時が美しいと感じるんですよ。
 Cherry blossomと呼んでいたら、私たちは満開の時にしか美しいと思わなかった・・・・のかもしれないです。でも「さくら」と呼び続けたから日本人だけが、桜は散る時が美しいと思っているのね。

 音が与えた影響だよ
。」

 この話を聴いて、なんか感動しました。
 確かに「さくら」という響きには、風があるし、ひるがえる花びらがあるなと。無意識的にはわかってたことだと思いますが。あらためて気づいたというか。「か」行は舌先をあまり口蓋につけないので乾いた音、「た」行は舌先をよりつけるので湿り気があるそうです。そう考えると、「からから」にのどが渇く、とかはちみつが「たらたら」垂れるとかいう擬音語も必然性があるのでしょうか。

 言霊という言葉が日本にはありますが、言霊の最小構成要素がこういうそれぞれの単音の個性で、つまりはそれぞれの発声の方法なのかもしれません。




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耳と声日記 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/07/29 23:14

Plaisir d'amour ~愛の歓び~ Kathleen Battle



  有名な曲ですが、この方のバージョンはかなりからだに響きます。

  


  この曲自体はJudy collins というアーティストのアルバムで知りました。
ボブディラン、ビートルズ、ジョンデンバーの「カントリーロード」、アメージンググレイスなどがカバーされており今でもよく聞くアルバムです。

 



 Judy colins のビートルズ「In my life」




 Judy colins の「アメージンググレイス」

 

 僕が大好きな曲「Rose」のカヴァー・・・あ、なんかJudiy colinsばっかりになっちゃった

  





  
好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/22 20:27

わけのわからない話し

  ちょっと最近奇妙なことが続きましてねぇ・・・(今回は稲川淳二風に)

  この前の日曜日くらいでしょうか。炎天下歩いていますと、通りの向こう側をこちらに背を向けてチャリで走っていた年配の男性がゆっくりと倒れて、車道に頭を突き出した形で横たわってしまいました。

 反射的にからだがそっちの方へ向かいましたが、同じように近寄ってきた人たちが何人かいて・・・声をかけたり、救急車を呼んだり、だれが指示するわけでもなく、それぞれ役割をこなしていて、僕は結局何も手助けができず、倒れた男性を取り囲む数人の輪の一部でしかなかったのですが。

 幸い年配の男性は意識があり、自分で体も起こせてそれほど危ない状態には見えず。
 僕はその見知らぬ人同士の見事な連携に少し、心を動かされていました。

 しかし駅から電車に乗ってどこかにハイキングに行こうと思っていた、そんな気が急激に失せて、「いやそんな浮かれたことをしてる場合ではない。帰ってブログを書こう。」(なんでだよ)と思ったのでした。

 でですね、ハイキングは翌日に行きました。

 といっても青梅のあたりを数時間歩き回っただけですけど。
 ハイキングコースの山道を歩き、通りがかった神社にお参りして、暑かったけど割と気持ちよかったんですよね。

 ところが帰り道、

 地元の駅で降りて自転車に乗って家路をたどっていますと、

 僕は道路右側の歩道を走っていたのですが、向かい側の車線を走ってきたタクシーが路肩に突っ込み何かにぶつかったのか激しい音がして、部品が結構近くに飛び散りました。タクシーは止まらずにそのまま走って行きました。

 「う・・・・うは~~~」みたいな感じで一瞬茫然自失。

 見ると歩道にドアミラー、ドアミラーの破片、タイヤのホイール部分の一部などが飛び散っています。

 いったいどういうぶつかり方したんだ。

 一瞬走り去ろうかと思いましたが、「これ、ちょっと数秒ずれてたら死ぬか大けがしてたんじゃないか?」と思い、と同時に止まらずに走り去った車にも憤りを感じ始めまして

 「これはあかんやろ・・・」と携帯から110番通報したんですね。

 10分後くらいに警官の方がやってきて、ひとおり事情を説明し・・・そんなことをしてる間に運転手が確保されたらしく現場にやってきました。事情を聴かれて「ちょっと下向いてたら、ぶつかってた」、みたいなことを言ってる。いやいや運転中下向くなよ、てか寝てたんだろと。僕は本能的にえらくむかつきまして運転手を軽くにらんで「すっごい怖かったんですけど」と言いました。 

 チャリで再び家に向かいながら、二日連続で変な現場に遭遇したことが気持ち悪くなってきました。

 しかもですね~年配の男性が倒れたポイント、タクシーが事故ったポイント、100メートルか200メートルくらいしか離れてないんですよね。その周辺で二日続けて救急と警察が呼ばれている。しかも、その両方を僕は目撃している。もしかすると、一日目も僕が救急にかけてた可能性はありました。

 いつも事件に遭遇する金田一少年や名探偵コナン、いつも怪奇現象に遭遇する稲川淳二さんはこんな気分なのでしょうか。

 これを読んでるみなさんなら、こういう時どんな風に解釈するでしょうか?

 不気味に思いながらも、師匠にみこころを読み解くことを教えられているので、自然とこの現象にはどんな意味があるのか?と考え始めます。

 青梅(の神社?)‐救急‐事故 とこの3つのイベントは連動しておりまして

 急病を見た初日に青梅に行ってれば おそらく二日目の事故には遭遇しなかったでしょう
 そんなに毎日駅前に行くわけではありません。
 でも青梅に行くのが二日目になったのは、急病の方を見て気持ちが萎えたからでもあるのです。
 イベント同士が量子的にもつれています。
 
 いろいろ考えますが、

 ひとつ思ったのはさっきの駅中のお蕎麦屋さんでの出来事でした。

 券売機で前で食券を買ってたおばあさんが妙にもったらもったらしてまして。
 「おつりが出てこないみたいなんですけど????」と尋ねられて、「あーここ押すんじゃないですかねー」みたいなやり取りをしてたんですよね。結局、お金をちょうど券売機に入れてたので、おつりでるわけなかったんですが。「あらーごめんなさい。ありがとうございましたー」と何度もお礼を言われて。

 で、思ったんですよね。あそこでの微妙な時間のズレのおかげで事故に巻き込まれなかったのかもしれないと。

 もちろん、そんなこと実際は全然関係ないかもしれないです。
 でも、なんだろ、すごく紙一重の時間差で僕らは生きてるのかもしれないし、紙一重で誰かに助けられてるのかもしれないと。
 おばあさんの勘違いみたいなことが、誰かを助けている。
 その可能性はあるかなと。

 いやーしかしね。それ教えるために、神様、こんなドッキリしかけますかっていう部分はあるんですけど。 

 神社二社もまわった直後っすよ・・・・

 もうひとつは、「注意喚起」というか。

 ちょっと気を引き締めておけよ、的なメッセージなのかなとも思うんですが。

 何かと世間と世界もざわざわしてるここのところですが。

 あと現実創造派に言わせると、「その事件はあなたが創造したのです」とかなんとか言われちゃいそうですけど。

 してねーよー 俺じゃねーよー 信じてくれよー刑事さん(笑) 

 結局よくはわかりませんでした。 はい。

 ただこれはやはり偶然というには無理があり、僕自身か、何か集合意識的な作用か、神か変なものか、なんらかの「意識作用」が働いてないとこんな連チャンは起こらないと思うんですよね~。

  以上、わけのわからん話でした。



 
私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/16 20:36

逆さまの蝶 ~狂気と不確実さの中で~




  今週の好きな歌。

  前にも貼ったような気がするけど、アニメ「地獄少女」のOPテーマで

  歌詞の中でよく出てくる iIn this craziness ,Uncertainty(この狂気と不確実さの中で) という言葉が 

  昨今の時代状況と相まって 響きます

  地獄少女が毎回おしおきの時に言う「いっぺん死んでみる?」は流行語大賞にも選ばれましたね(嘘)。




  課題曲にしようかどうか考え中

  ↓アニメは一番のみですが↓

  


  In this craziness , Uncertainty

一人一人の思いを僕らはどこかに残せるだろうか

  In this craziness , Uncertainty (この狂気と不確実さの中で)

  ひとつの思いを僕らはどこまで守れるだろうか

  In this craziness , Uncertainty (この狂気と不確実さの中で)

  一人一人の形を僕らはどこかに残せるだろうか

  In this craziness、you gave me life (この狂気の中で 君は僕に命をくれた)

ひとつの思いを僕らはどこまで守れるだろうか


  In this craziness , Uncertainty

一人一人の思いを僕らはどこかに残せるだろうか

  In this craziness , Uncertainty  一人一人のあこがれ

  In this craziness、you gave me life  ひとつの輝き

  In this craziness , Uncertainty  一人一人のときめき

  In this craziness、you gave me life ひとつの感動  

  In this craziness , Uncertainty  一人一人のまなざし

  In this craziness、you gave me life  ひとつの偶然

  In this craziness , Uncertainty  ひとりひとりのぬくもり

  In this craziness、you gave me life  ひとつの約束 ・・・・・・・・・・・・・

  

  カラオケで歌うときは、キーコン3~4♯のオク下で歌ってます。

  ↓以下はテンポを速くした男性ヴォーカルの方のカヴァーバージョン↓



  ↓チャイニーズガールズのデュオバージョン↓  





好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/14 21:33

Radio update 7/10 空間把握と文明、身体イメージ

    


  夜勤明けのやや朦朧とした頭で、空間把握力と身体イメージの関連性について思うことを話してみました。

  ↑の録音をしたとき、身体イメージというものに対してそれほど深く考察したわけではありませんでした。

  ただ、脳の中におそらく自分の肉体のイメージというものがあり、それはおそらくスポーツをしたりヨガなどの身体操作エクササイズをすることにより洗練されていくのだろうという程度でしたが・・・

 その直後にボディマッピングという言葉で、このことを説明している本と出合いました。





 DVDブックですが。

 ボディマッピングの考え方では、不正確なボディマップを脳に持っているということが、からだの痛みの原因にもなるそうです。

 まあ、スポーツだとか、演技であるとか、歌唱であるとかに影響があるのはもちろんだと思いますが。

 具体的に不正確なボディマップとはどういうものかというと、解剖学的な骨格・関節、臓器の位置、大きさ、構造などを完全に誤解して認識していることで、これは文化的な条件付けによっても起こります。

 たとえば洋服では「ウエスト」が上半身と下半身をわける部分になっています。

 しかし、実際は股関節が人体の上下をわかつ部位だそうです。この「ウェスト」のイメージに惑わされて、前屈をする時でも股関節からじゃなく腰骨の上あたりからからだを曲げちゃうということも多いかと思います。

 たまに電車の中で、完全に骨盤を寝かせてウエストあたりですわっちゃってる人もいますよね。

 まあまあこれまだ、よくある誤解ですが、僕ちょっとびっくりしましたのは・・・・

 えーと実は 親指の関節が3つだということです。

 手の甲から親指を見ると、ふたつの関節は容易にわかります。親指の爪の下にひとつ、そして、その下のひとつ。

 が、これ根元じゃないんですね。その下を手でさぐっていくと、もうひとつぼこっとした関節のくぼみがあり、

 な・な・なんとここが親指の本当の付け根。第三の関節のようです。
  
 ぎゃー知らんかった。若干気持ち悪いんですけど。こんなとこが実は動いていたなんて。

 第三の関節

 「第三の男」とか「第三の選択」とかそういうレベルの衝撃が走りました。


 

↑あまり本気にしないでね  → 第三の選択 WIKI

 あと、これは驚いたというよりも、それ通り越して若干イラッとした事実ですが。

 手のひらから見て人差し指~小指それぞれのしわが3本あります。

 さあ、指の関節はどこにあるのでしょう?

 上からひとつめのしわ、ここは曲がる。てことは関節ありです。

 上から二つ目のしわ、ここも曲がります。

 ところが3つめのしわ・・・ここ曲がんない!!!(。Д゚; 三 ;゚Д゚)

 なんと、ここって関節の位置じゃなかったんですね

 では関節の位置はどこかというと、手の甲から見た方がよくわかります。

 説明するまでもなく、こっちから見るとどこで曲がるか間違いようがありません。

 手の甲の第三関節から曲げて、手の平側を見ると・・・・

 3つめのしわ、全然、曲がってないじゃん!!!( ゚Д゚)キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!  おいっ!!お前はいったいなんなんだ!!

 本当にある種このしわにずっと騙されていた、詐欺被害者の心境になりましたよ。チクショー騙されてた!!みたいな(言い過ぎかな)でもそれぐらい、驚き、笑ってしまいました。

 騙されてたの?僕だけ?ほかにも、きっとたくさんいますよね被害者の方・・・
 これは被害者の会結成したほうがいいと思います。

 まあ、解剖学を学んだお医者さん、理学療法士の方など、知ってる方には常識かもしれないですが、これ結構びっくりでした。

 手だけでもこうなんですから、僕らが誤解している構造は体中にたくさんありそうです。

 で、こういうのを適宜修正して正確で緻密なボディマップを脳内につくることを、ボディマッピングというらしい。

 トークを録音したあといいタイミングで、情報が入ってきたのでこれも勉強しておこうと思います。

 




Haitaka Radio | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/10 16:48

Glad You Came


今週の好きな歌。

↓ ボイトレ先生のコーラスユニットで知りました。↓

 

 ↓元歌↓



LIVE




好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/06 23:59

ゆるヨガで夏

 
  今年はなんか微妙に体調崩してる人が多いような感じがします。

  僕も環境や関係性の変化などで、年初から春先くらいまではかなり不安定で結構四苦八苦しておりました。

  今もまあそれなりに厳しい部分はありますが、仕事が増えてきたり、ボイトレのようなことを始めたりで気分が少しづつ新たになってきました。

  そんな中で少し前に始めたヨガがかなり心身の安定に役立ってくれてるような感があります。

  始めたって言っても、本読みながらの独習なんですけどね、さすがにいっぺんに習い事を2つも3つもする余裕がないので。

  今のところ教室に通ったりはしてないんですけど。

  ホントはダンス習ったり、パルクールやったりもしたいんですが、さすがに自分でもわけのわからんことになりそうなので (*゚Q゚*)  
  まあ、そうは言っても支離滅裂ながら、「ぼかーからだに関係することをやりたいんだな」と思っています。
  
  で、ヨガ

  とにかく朝でも薄暗く、日の差さない敷き礼なしのアパートでして、今までのように朝食を食べてしばらく書き物や瞑想、考え事などをするというようなスタイルだと、まったくエンジンがかからず気が滅入って仕方ない。

 だもんで、否応なく「とにかく動き回れ!このままではヤバい」という感じで、起床後すぐにストレッチや散歩、呼吸法、気功などをするというスタイルにシフトしてしまいました(健康的っちゃ健康的ですが)。  
 
 とにかく、これと決めずに体を動かすことならなんでもいいかという感じで、その日の気分でいろいろやってました。

 で、その中にヨガもあって

 最初は本山博氏の「密教ヨーガ」という本をテキストにしてやってました。



 この本、ヨガに興味を持つ20代OLがまずテキストとして決して購入しないであろうハードコアな雰囲気がただよっています。
 
 僕は確か22、3くらいの時に買ったものですが。

 挿絵が永井豪チックです。OL受けはまったく考えていないのでしょう。


 いやー、昔の方が本のセレクションはまったくマニアックでした。

 しかし、確かやはり不調の時にこれを見て毎日やってまして、結構助けられたような記憶はあるんです。

 アーサナ(ポーズ)だけじゃなくて、チャクラの覚醒方法みたいなことも書いてあるんですが。
 
 20代の頃はわりと真剣に覚醒させようとしてたんですよ、おチャクラを(笑)

 そのせいかどうか、第三の目あたりで青白い光がばちばちしてたこともあったような記憶があるんですが。

 でも今はそこには踏み込む気はなく、主にアーサナとかプラナヤーマ、心身を単純に活気づけられそうな部分だけを参考にしています。

 この本、たぶん有名なヨガマスターの著作なので、基本的に間違ったことは書いてないと思います。
 王道のアーサナがしっかり紹介されています。

 しかし、やっぱ修行者向けの雰囲気が濃厚なんですね。

 僕は鋤のポーズなどが好きで(アカン、かぶった)、以前から日常的にそのへんはやっていました。寝る前とか。

 だから体がめちゃ固いというほどでもないんですけど、ほどほどに普通に固いというか、長座で前屈するポーズとかやると、膝に頭つけたりはできません。というかまだ股関節が固くて長座すると骨盤が後ろに倒れ気味になってしまいます。

 「密教ヨーガ」では決して何人たりとも前屈の折には膝を曲げてはならぬ、などとかなり厳しいことが書いてあります。

 とにかく毎日やれば自然にやらこーなるので心配いたすな、と。
 まあまあ、そんな文体じゃないけどね。

 いやーでもね、毎日、そろそろひと月ちょっとになりますが、頭はつかないですね~~多少やらかくはなってますが。

 で、考えてみれば、ヨガってこのテキストしか読んだことないなと、もう少し全般的にヨガに詳しくなりたい気持ちもあり、何冊か読んでみました。

 


 そすうると、体が硬い人用の補助的なポーズとか、っていうのがやっぱりあるわけですね。
 前屈なら、片足は内側に曲げた状態でやるとか。

 そんな中で「メディカルヨガ」という書籍を読み、「リストラティブヨガ」という言葉を知りました。



 この本はお医者さんがかかれたこともあり、おチャクラ覚醒解脱へGO的な記述はほぼありません。

 なので万人にお勧めできます。
 
 リストラティブ、つまり心身回復用のセラピー色が強いヨガですね。

 ヨガの医療的効果については、ヴィヴェーカーナンダ協会など多くのスピリチュアル団体、そして大学などでも十分豊富な科学的データがとられています。

 心疾患、高血圧、腰痛などの身体的疾患だけでなく、うつ病や、パニック不安発作などにもかなり効果的な作用を持っているようです。 

 それはやってみてすごくわかりますね。僕は自律神経系がもともと乱れやすいのですが、ヨガは深い呼吸をしながらポーズをするので、それが神経系を安定させてる実感があります。アーユルヴェーダでいうところのヴァータ(風)気質が強いのかも。

 「メディカルヨガ」には、腰痛から、心疾患、ぜんそく、うつ、HIVにいたるまで多くの病気に対して、実際のヨガインストラクターが患者さんに処方して有効だったポーズ、呼吸、瞑想などが載っています。で、その多くがブランケットや、手を置くブロック、補助具を使用したリストラティブヨガなんですね。

 立ってする前屈にしても、壁をもちいて、そこに手を付き、腰を90度曲げるだけにとどめておくとか、療養中の人でも無理なくできるエクササイズになっています。

 もちろん、療養中の人だけじゃなく、「あーもう今日残業で疲れたし、とてもハードなことする気がしない」というときでも、リラクゼーション目的でできるのですごく良いんじゃないでしょうかね。鍛錬とか修行というよりも、癒し的気分でできるというか。

 こんだけストレスと心身の病が蔓延する今の時代って、やっぱそういう方向性が不可欠な気がしますね・・・

 こういうのを「ゆるヨガ」と言ってもいいと思いますが、オフィスの机でも微妙に体をねじったり、首を前後にかたむける(呼吸とともに)みたいなことでもまったくやらないよりは全然体が活気づくわけで、いつでもどこでもできたり、気軽に、そして楽に、気持ちよくできるエクササイズが必要な気がします。

 僕が仕事中でもよくやるのは、「手のグーパーグーパー」とかこぶしをつくって回転させるっていうやつです。

 なんだか単純でお年寄りのリハビリ的感じもありますが、これはれっきとした「密教ヨーガ」に書かれてたやつで。

 プラーナの循環促進アーサナということです。
 
 (足もグーパーぐーぱーしたり、足首を回転させます。)

 こういうシンプルなのって意外と重要な気がしますね。何よりもどこでもできるのがよいです。
 ヨガマットとヨガウエアと教室と先生とがないとヨガできないってなると、ほとんどなんもできないですからね~

 たとえ会議中でも誰にも気づかれずにできるようなヨガがよいですよね(〃▽〃)

 ヨガと聞くとほとんどの人はアーサナを連想すると思います。

 まあ、ヨガと聞いて左右交互鼻呼吸や、ムーラバンドハや、ケチャリムドラ(舌先を奥に引き入れる)や、脊椎にそって眠れる蛇の力を上昇させることや、無私の奉仕をも想起する方々はかなりのオタク、、、じゃなくてよく勉強されてる方だと思います。
 
 今、無私の奉仕って書きましたけど、「メディカルヨガ」にはヨガの先生にカルマヨーガ(奉仕のヨガ)としてボランティアを勧められた人の状態がとてもよくなった事例が載っています。
 人の健康状態にはやっぱり、愛とか神への信頼とかそういったことも深く関係してるわけですけど、そういう認識をも含んでるところがやはりヨガの全体性というか、ホリスティックな人間理解の素晴らしさではないでしょうか。

 僕も朝方のとにかく動け、動け作戦からやみくもにからだのエクササイズに特化してきた部分がありますが、アーサナから呼吸へ、そして呼吸から瞑想へ、感情と思考の観察へとより微細なレベルのヨガを包含し、肉体と霊を、人と神をつなぐ「くびき」という意味の、本来のヨガの精神をも忘れずにやってきたいなーと思っております。

 これから暑くなりますが、エアコンの聞いた部屋でぐたっとしてるとさらに具合わるくなるので、よーく体と息を動かしたいですね。

 あくまでもユル~く .゚+.(・∀・)゚+.

セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/03 21:30

月に献ず 立石鐵臣(たていしてつおみ)展




  本日は、府中市美術館で立石鐵臣(たていしてつおみ)展に行ってきました。

  よかったです~

  明後日の7月3日までですが、お勧めです。

  これは別の場所での展覧会の画像だと思いますが・・・

  8453a28c.jpg

 ↑「月に献ず」という作品です

  ↓代表作のひとつ『春』↓

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  ネコヤナギや、孔雀の羽根と一緒になぜかタロットの図象が。「月」「塔」「つられた男」などが描いてありました。なんなんだろうな~  

  昆虫の細密画で有名とのこと。通勤で使う京王線の車内広告で絵に引き付けられ、これはいっとかんと思い出かけました。

  最晩年(1970年代)の絵は、図鑑的な細密画が芸術性と融合して素晴らしいものになっています。  
  
  亡くなる数年前の作品で「遠い花火」というのがあったのですが、全面には部分的に枯れ落ちていて、しかしまだ上を向いたつぼみもある花が異常に生々しい生命力で描かれています。

 そして、その隅には花火が本当に小さく、団地のような無機質な建物とともに描かれています。

 なんだろこの感じ。この世的なものというか世俗的なものが視野の隅に追いやられて、小さな植物の生命力が異常に生々しくクローズアップされてる構図に鬼気迫るものを感じました。まあ、個人的な見方ですが。

 すごかったですよ~なかなか立ち去りがたかった。

 美術館でたあと、目の前に大きな樹があって 思わず、絵を見るようにしげしげと見入ってしまいました。

 あの画家ならこんな樹をどんな風に見るのかと思いながら。

 麗しき故郷「台湾」に捧ぐ-立石鐵臣展 府中市美術館


NR_kumomatsu1969.jpg

 くもまつまきてふ 1969年

 





    


  

私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/01 19:38
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