耳と声日記 ⑤ 「逆さまの蝶」を男がどのキーで歌うか



  ヴォーカルトレーニングは、ようやく歌を使った練習に入れることとなりました。

  課題曲は、これをすることにしました。




  はい、地獄少女ちゃん。

  いや、ていうかー地獄少女嫌いじゃないんですけど、カラオケで練習するとあまりにもこのアニメの画像ばっかり出るので、最近はモニターに背を向けて歌ってます。

 あんましこれ以上アニメのイメージをインプットしたくないというか・・・ お嬢の顔ばっかり見てるのもどうかと、本来の歌詞やメロディに専念したくなりました。

 これは女性ヴォーカルの曲なんですが、ボイトレ先生には、「女性曲を男性がうたいこなすのはかなり上級者向け、キーも違うし単にオネエぽいちょっと気持ち悪い感じになりやすい」と言われて、一時は男性ボーカルの曲を探したのですが、

 なんかー見つからないんですよね。今の気分がこの「逆さまの蝶」で止まってる感じなので、難しいと事前に言われたけど、あえてこれで押してゆくことにしました。

 普通のカラオケとかだとまあ、女性曲よく歌う人もいるでしょうし、そんなに難しいかとも思うんですが、先生によると、「実際にスカートをはいてみて似合うかどうか」というようなことらしいです。

 それも単に女性ぽい表現で歌うというよりも、そこに男性ヴォーカルとしての表現も上乗せしなければならないので、非常に高度だと。うーん、話しのレベルが上過ぎてちょっと具体的に難しさがわかりません。 

 単にスカートはけってだけなら履いてもいいんですけど、、、はは

 ・・・えっとキーなんですが、ネットでは女性ボーカルの曲を歌うときは4~5♯くらいあげて、オクターブ下で歌うというやり方を結構読んだ気がします。実際前のボイトレ先生のところでも鬼塚ちひろの「月光」は3♯のオクしたで練習しました。

 僕もそれで、最初は今回の曲も4♯くらいのオクターブ下でやってたんですけど、ちょっと低すぎる。
 
 この曲原キーだとサビはピアノの真ん中のD E Gのあたりをうろうろする感じなんですが(最高音はA♯)、これ、4つあげてオク下だと下のオクターブのF(ファ)とかG(ソ)にあたりがサビになるんですね、いくらなんでもサビでその音程はちょっと低すぎる。ファーはファイトのファーのあたりなので。

( これは要するに原キーから8♭と同じです。)


 
  
scale-snow2.gif


 ↑(きっちゃないけど、鍵盤でいうとだいたいこんな感じかなー
  参考までにBZの曲の最高音入ってます。それよりだいぶ原キーも低いわけで、歌えなくはなさそうな感じも。)


 そこで、この曲って割と女性ボーカルにしては低めなのかな?とも思い、BZとかラルク歌うときみたいに普通に下げる方向で4♭で設定するとサビは、midAとかBのあたり(Aはドレミの歌でラーはラッパのラーのあたり)。
 意外と無理なく歌える。
 高すぎず、低すぎず。これなら声低めの自分にちょうどいいかなと4♯オクしたから、4♭に切り替えて練習してました。

 それでボイトレ先生にも4♭でと希望を伝えたのですが、

 
 「4つも♭すると、曲調がまったく変わってしまう。テンションがかなりさがると思うよ。

全音さげ(2♭)でいいんじゃないの。

 今まで2全音下げで歌ってたんだったら高く、感じるかもしれないけど、それほど本当は高くないから。
 
 どのキーでも歌えるようにしておくのがふつうなので、このキーでの体感を覚えなおしてやっていった方がいいなって気はします。」とのこと。 


 ということで、

 結果的に、全音さげ(2♭)で練習することとなりました。

 というか歌いなれてないキーで先生の前で歌うこととなりました

 2♭か~~

 緊張が走ります。
 いや、出ないことはないんです。
 正直、原キーでもいちおAメロ(最初のかたまり)くらいは持つんです。

 しかし、全音下げだとサビを何度も通過するたびに段々ぼろぼろになっていき、ラストあたりでは声がらがらという状態を自主練で経験しているので、ちょっと怖いなーと思ったのです。

 2♭だと、歌の最高音部はG♯(ドレミの歌のソーは青い空―のソーよりも1オクターブと半音上の音)のあたり。
 その辺、発声練習で出るかでないかのあたり。ていうか出ない確率が高い音
 発声練習で出るか出ないかを歌の中で出すのって結構キツイ。

 最初、機材で2♭さげてもらったヴォーカルに合わせて、続いてヴォーカルをぬいたバージョンで二度通して歌いました。

 ぐおーはぁ はぁ 

 予想通り、のどがらがら 。゚(゚´Д`゚)゚。 ダ・ダメだ、無理かも
 ブリッジが終わったあたりで声帯の余力がなくなる・・・

 もうろうとした意識の中「一回死んでみる?」という声が聴こえた気がした。

 しばしの沈黙のあと、

 「あのねー、苦しくてもつらそうに歌っちゃダメだよ。それから昭和初期の演歌歌手みたいに耳に手を当てて歌うのやめなさい、それで音程がとれると思ってるんだろうけど」とダメ出し。

 クセなのだ。
 昭和初期の演歌歌手って・・・誰やろ?

 若干凹んでると、「でもね、失礼かもしれないけど、私もっとひどいと思ってた。あなた最初ここで歌っとき、面食らうくらい音はずしまくってたから。今、キーも変えたからね相当はずすのかと思ってたけど、そこまでひどくなかったから。あの時にくらべたらこの数か月で音を拾う能力は歴然と高まってるね。」

 と珍しくホメられて一気に気分がよくなりました。
 まあ、ひどくないって、それ褒められてるのか?と若干微妙な部分もありますけど。
 ボイトレ先生の予想よりは良かったらしい。
 いやー、何十回と聞いて歌ってますから、さすがに、、、あー良かった。
 さすがに多少練習の成果をわかってもらえないとやる気がなくなります。 

 今回ちょっと最初に驚いたのは、先生にCDわたして、それがスピーカーから流れ始めたのですが、ボイトレ先曲を聴きながら構成などを瞬時に把握しているようで、指先が曲に合わせてすごい速さでキーボードの上を滑ってくんですよね。
 ヴォーカルの声がどの音かっていうのはほぼ瞬間的にわかるのか、初めての曲に合わせて、同じように鍵盤弾けるってエグイな・・・とちょっとゾクッと目が釘付けになってしまったのですが。 

 それとも、それくらいヴォーカルトレーナーでは当然スキルなんでしょうか。
 2人しか先生についたことないのでよくわかりませんが。
 生徒さんは、耳コピで聴いた曲をすぐに譜面に落とせる人がいっぱいいるそうで、、、ちょっと求められるレベルの高さに引いてる部分があります。

 だって自分の認識力だと、ざっくり、これは高すぎて歌えんわ~とかほとんどその程度なので、聴いただけで半音単位でジャストミートで音がわかるってどういう耳(脳)?という感じなんですけど。

 僕なんて、ちょっと前まで女性ボーカルの歌を気づかずオクしたで歌ってて、「あれー女の子の曲って低いんだなー」とか言いかねない感じでした。

 まーでも聴いて音が正確にわかるってのもミュージシャンとしては当然なんでしょうか。
 そのへんもよくわかりません。

 この曲の練習の話しに戻ると、今まで、練習曲をキー低めに設定しすぎたきらいはあるので、この機会にこの全音下げの音程でものどがらがらにならないテクニックと体力を習得したいと思いました。 







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耳と声日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/30 21:09

Beautiful Christina Aguilera 

  


 聴覚のレパートリーを広げるため、いろんな曲に触れています。

 今回、ボーカル教本に載ってた曲クリスティーナ・アギレラの「Beautiful」

 他にもノラジョーンズの曲とか載ってたけど、この「beautiful」が一番琴線に触れました。

 いやー僕全然詳しくないですね、洋楽。

 グラミー賞とったアーティストらしいですけど。

 あんまり、体系的に、はやりの有名どころを聴いていくっていうタイプでもないので。
 今のところ、なんとなくたまたま知ったところから聞いていこうかなと。

 しかし、あまりにも知らないので、 、、

 この前も美容師さんにイラスト描いたり、曲作ったりなんでもする多才な米津玄師とかいう人のことを教えてもらって、曲を聴いてみて、面白かったのでこのカテゴリーの記事にしようかと思ったんですけど、一応売れてるか調べるとオリコン2位になってるし・・・なんか恥ずかしいからやめた^^

 すいません、セイントになる修行のため五老峰と日本を行ったり来たりしてるもので・・・若干ずれてます。(その理由とちゃう)




 これいい曲だぜ、知ってるか?「ロビンソン」ていうんだぜ!みたいなことをそのうちやらかしそうで、怖いんだけど。

 この曲もそれくらい有名なのかな。

 まあ、聴いてよかった曲の記録日記みたいなものなので・・・

 いっかーヾ(o´∀`o)ノ


好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/29 18:46

Dead Can Dance - Yulunga Spirit Dance  

 


 
  カテゴリ「好きな歌」ですが、純粋に「好きな歌」ではないな~

 気になる音というか

 だいぶ前「dead can dance」 死者も踊るという不思議なグループ名にひきつけられて購入した一枚でした。

 持っていて、聴いてるとちょっと不安な気分に飲み込まれていくCDだったので手放しましたが、あらためてPVで観てみると迫力がありました。

率直に言うと、やや「気持ち悪い」のですが、言い方変えればディープでもあります。

 なぜこんなに気持ち悪いものをつくったのか、どのようなシチュエーションで聴くことを想定しているのか、いろいろ気になるのです。

(個人的な感じ方ですが)北欧のこけむした古い石の十字架がいっぱい立ってる墓地にひとりでいるみたいな、核兵器で一夜のうちに滅びた都市の一角にひとりで立ってるような。

 そのようなしゃれにならない滅びと、その裏返しの美の感覚というか

 そんな雰囲気がお好きな方は是非聞いていただきたいです!(おらんやろ)

 特に火口の映像に重なる歌声は大変神秘的。
 火山の妙にぬらぬらした感じとか押し寄せてくる雲が、人間の思惑を超えたところで動いてる自然の秩序の厳しさや、気味悪さを伝えてきます。
 スーフィーの回転舞踏なんかも出てきて興味深いですね。
 神秘的と気持ち悪さの境界線を、かなり気持ち悪い側にかなり踏み込んでる感じはするんですが。

 この呪詛のようなボーカルをバックにすると、回転舞踏から部族のダンスまで全部気持ち悪く見えてくるので不思議です。

 まあ、とか

 なんだかんだ言いながらディープな世界に飲み込まれて最後まで見てしまいました。 

 風も冷たくなってきたこの季節、紅茶をすすりながら散っていく木の葉を見つめながら聞くと、意外と・・・・・・・(ダメだ、無理)





別のアルバムに関するものですが、こんなレビューがアマゾンにあった。
ビジネスとしては確かに・・・成立しがたいかも。


★★★★★
タイムスリップ 投稿者 Ahasuerus 投稿日 2016/2/2
形式: CD


こんな異形の音楽を演る集団が出て来た80年代という時代は一体何だったんだろう。
世の中、アングラだの前衛だのは多いが、もはやビジネスとして成立しないレベルまで逝っちゃったのがこの人達。
本当に中世からタイムスリップして来たんじゃないかとしか思えない2人。
特にリサ・ジェラルドは、魔女狩りから逃げて来たとしてもおかしくないぐらい、声に呪いが掛かっている。

「クラシック」などいう表現では生易しい、西欧文化の土着的な部分を感じる、生々しくオドロオドロしい音楽。
最高傑作はこれだが、これの前後の2枚はもっとディープ。
特に次作は本当にヤバい。
神聖さのリミッターが振り切れて古代バビロニアに逝っちゃったような「The Host of Seraphim」は、もう論外の超々クォリティなのだが、案外聴き所は「Severance」かも。
ライブではブレンダン・ペリーがハーディー・ガーディーを演奏しながら歌うのだが、これもまたタイムスリップ感が半端ない。

採点不可能グループ。
唯一無二過ぎて、オリジナリティだけで★自体は当然満点。



好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/22 19:46

ブルガリアンヴォイス

 
 


 昨夜は夜勤で4時間ほどしか寝れなかったので、自宅で横になりブルガリアンボイスCDをヘッドフォンで聴いていました。

 耳は音から脳にエネルギーを供給する器官であるというトマティスセオリーの考え方も納得できるような。

 エネルギーをもらえる歌声でした。
 
 


 




好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/21 23:11

フィールド<場>のマジック ④


  個人的背景


  前回、<場>はどのようなもので構成されるか、それぞれの<場>にはそこで使われる特徴的な言語があることを書いてみました。

 ここで私的なことを書きますと・・・

 <場>の思想のようなことを考え始めたのは、生活が大きく変わり、また一人暮らしに戻ったことと関係があると思います。
 
 
 その変化の中で、正直結構自分を見失ってたというか、路頭に迷ってた感があり、その辺いまだ渦中にいるって感じもあるんですけど

 そのプロセスの中で様々な<場>に入っていきたいという衝動が強くなり、実際いくつかの<場>を新たに経験しました。

 
 それはボイトレ先生のスタジオの雰囲気であったり、コーギーが気持ちよさげに横たわりアロマのいい匂いがたちこめるカウンセリングルームの雰囲気であったり、
 五月の空の下パンティーが空を舞うレインボーフェスの猥雑でなんでもありな雰囲気であったり、なぜか仕事で何度も行くことになった女子大のにぎやかな雰囲気であったりしました。

 ヨガや瞑想、内省でマイフィールドを確立しつつ、いろんな<場>に出入りして、そこに依存しすぎたりからめとられずに必要なものを吸収できる柔軟性のようなものを
 追求していたのかもしれません。  
 
 去年とかはやたらと山歩きしたり、自然のフィールドに触れたい感が強かったんですが、その辺今年はほぼゼロになってしまいました。
 雲取山に登るつもりがいまだ未登攀でございます。

 さびしさもあるのか、一人で山奥に入って行ったりする気がまったくせず、むしろ都心部の新しい美容室を開拓したりといった衝動の方が強くなってしまった。

 あとカラオケボックスに頻繁に出入りしてマイクを使わないことが多いので、生声の音を吸収してしまう部屋と、適度に反響する部屋があることにも気づいたりしました。
 防音のためでしょうか?音、吸収する部屋で生声で歌うのって、すげー変な感覚になるんですよね。
 あんまり反響しすぎるお風呂みたいな空間もちょっと練習には適さないと思いますが。
  

 いやー人間てわからないですよね。
 自分のことでもなかなか。
 去年くらい、山登り、自給自足、などワイルド系に興味があったのに。

 でも雲取も行きたいな~誰か一緒に登ってください(〃▽〃)
 
 またこの先志向性は変わるかもしれませんが、どっちかというと現在は都市型パターンにはなってる気がしますね。
 いいのかな~、
 まあ今がこうなので仕方ありません。 

 という事情がバックに存在する一連の考察でございます。



 解離について


 今回は「解離」というSEのタームから入ろうと思います。

 SEだけではなく、精神医学的なタームと言った方がよいでしょうか。

 解離性障害という言葉があります。

 解離性障害とは

 自分が自分であるという感覚が失われている状態といえるでしょう。
 たとえば、ある出来事の記憶がすっぽり抜け落ちていたり、まるでカプセルの中にいるような感覚がして現実感がない、いつの間にか自分の知らない場所にいるなど、様々な症状があります。
 こうした中で、自分の中にいくつもの人格が現れるものを多重人格障害(解離性同一性障害)といいます。
 ある人格が現れているときには、別の人格のときの記憶がないことが多く、生活面での様々な支障が出てきます。
 これらの症状は、つらい体験を自分から切り離そうとするために起こる一種の防衛反応と考えられています。
 治療では、安心できる環境にすること、家族や周囲の人が病気について理解することがとても大切です。

 症状

 解離性健忘:ある心的ストレスをきっかけに出来事の記憶をなくすものです。多くは数日のうちに記憶がよみがえりますが、ときには長期に及ぶ場合もあります。

 解離性とん走:自分が誰かという感覚(アイデンティティ)が失われ、失踪して新たな生活を始めるなどの症状を示します。学校や職場において極度のストレスにさらされ、しかもそれを誰にも打ち明けることができない状態で突然始まり、それまでの自分についての記憶を失うことが多くみられます。

 カタレプシー:体が硬く動かなくなること。

 解離性昏迷:体を動かしたり言葉を交わしたりできなくなること。

 離人症:自分が自分であるという感覚が障害され、あたかも自分を外から眺めているように感じられます。

 解離性てんかん:心理的な要因で、昏睡状態になる、体が思うように動かせなくなる、感覚が失われるなどの症状


 以上厚労省 HPより

部分的に記憶や、見当識(今がいつでどこにいるのか)が失われる、現実感がなくなるというような症状ですが、ひどくなると多重人格障害のようなかたちになることが知られています。
 「24人のビリーミリガン」で有名になりました。以後ドラマやアニメ、映画の素材としても多く使われています。




 というとなにやら特殊なことのようですが、SEの開拓者リヴァイン博士によると、「解離」は誰もが頻繁に経験する状態だそうです。
 一時的に上の空になったり、ひどい忘れっぽさは解離と関係があることが多いようです。
 簡単にいうとぼけーっと「お留守になった状態」。
 もう少し強度になると、車に跳ね飛ばされてる自分を、他人事のように恐怖もなく客観的にみつめてるような状態です。

 博士は解離を、「フェルトセンスの継続の一時的崩壊」と定義しています。

 フェルトセンスとは体感覚ですね。より詳しい定義は以下のようなものです。


 身体や体験(の一部)と人との間の根本的な断絶です。考えられる断絶は以下の通りです。


 1意識と身体

 2頭や手足など身体の一部と、残りの身体

 3自己と感情、思考、または感覚

 4自己と出来事の一部または全体の記憶


 解離は激しい恐怖や激憤(SEでいうところの過覚醒)から人間を守る働きがあります。

 つまりある程度以上ストレスの域値を超えると、意識を失うか、感情や肉体との接続をOFFとすることで麻酔状態に移行するのです。
 虎に食べられる草食獣はこのようなメカニズムが働き、苦痛を感じることはないそうです。


 僕はこの解離症状がちょっと標準よりも多く出ることがあり、特に疲れてる時などは自分でも考えられない間違いをよくやったりします。
 眼鏡をかけつつ、眼鏡探してるみたいなそういうレベルの勘違いといいますか・・・
 
 天然キャラだと思われ、ちょっと場がなごんだりするのはいいんですけどね・・・

 しかし自分でもひどいと思ったのは だいぶ前ですが、友人が二人ほど泊りに来まして、2,3日行動を共にすることになりました。
 それが結構しんどくて、だんだん疲れて、ぼーっとしてきてしまうんですね。
 この疲れは僕的には非常に気持ちの悪い疲れです。
 からだの芯から疲れていくような、しおれていくような。たくさんの人と長時間一緒にいるとそういう感覚によくなります。
 で、ドライブがてらコンビニに寄ったんですが、そこで商品をみてるうちに、一瞬、あれ?と思って

 ほんの数秒のことですが、自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのかということがわかんなくなっちゃってたんですよね。
 すぐにもとに戻ったので、パニックにはならなかったですが、誰にもいうことはなく
  
 ぶぶーっとまた車が走り出した後、バックシートで

 「いやいや、これヤバくね?」とやや自分が心配になったのは覚えています。

  
 あとまあ、例えばあとでビール飲もうと思っててなんだかんだ雑用をやってて、全部終わってふーっと自室に戻るとテーブルにビールが置いてあったりだとか

 冷蔵庫あけてとった記憶、まったくないのにですよ。まるで、誰かが用意してくれたみたいな感じです。

 いや、ホント、誰が置いてくれたの?って感じなんです。


 こわっっと思いますよね。

 こういうエピソードは、 

 4 自己と出来事の一部または全体の記憶の断絶 これにあたるのでしょうか



 まあ、このレベルのことは年に一回、あるかないかで、生活に支障がでるということはほぼありません。

 そして何が効いてるのかわかりませんが、ひどい解離症状は最近少なくなってきてる気はします。  
ヨガとかウォーキングとか社会参加がいいのかな。 

 だいたいニュアンス的には<解離>の感覚おわかりいただけたかと思います。

 リヴァイン氏の著作に、一時的に解離状態を体験するエクササイズも載ってるので、引用したいと思います。



 幼少期に繰り返しトラウマを受けた人は、この世に存在しやすくするための方法としてしばしば解離を身につけます。
 彼らは常にたやすく解離し、しかもそれに気づいていません。
 習慣的に解離しない人でも、覚醒したり、不快なトラウマのイメージや感覚を持ちそうになると解離します。
 どちらの場合でも、解離は、未解放の覚醒エネルギーを私たちが完全に体験せずにすむという点で貴重な役割を果たしています。
 同時に解離は、フェルトセンスの継続性を妨害し、そのことによって、トラウマを受けた人がトラウマ症状の効果的な解決に取り組むのを妨げてしまっています。
 ここで大事なのは解離を取り除くことではありません。
 解離に対する気づきを高めることが大切なのです。


 
 エクササイズ


 これは、解離がどんなものかを感じていただくためのエクササイズです。

 椅子に楽に座って、

 自分が湖に浮かぶボートに寝そべっていると想像してみましょう。

 自分が浮かんでいるのを感じ、それからゆっくりと自分の意識を身体の外にだしてみましょう。

 ゆっくりと上昇する風船のように、自分を空まで浮かび上がらせて、下に座る自分を観察してください。

 それはどんな体験でしょうか?

 体を感じようとすると何が起こりますか?

 解離の感覚をつかむために、身体と、浮いてる感覚の間をさらに行ったり来たりしてみてください


 このエクササイズは、簡単にできると思う人もいれば、非常に難しいと感じる人もいます。
 すでに述べたように、トラウマ症状は狭窄や解離を中心として体系づけられています。
 当然なことながら、解離症状を好む人は、狭窄を好む人よりも解離のエクササイズを簡単だと感じます。


 リヴァイン博士がわざわざ解離のプチ体験の方法を書いてるように、解離が必ずしも有害ではなく、要はそれに気づくこと、明晰な意識を保ったままでいること
 のようです。


 スピ系の本にも出てきそうなエクササイズですよね。 

 僕は楽しいことをイメージする、とかよりも、こういう脱け出す系のイメージをした方が落ち着いて眠りやすくなります。

 肉体がないというイメージは、やはりすっきり気持ちいいと感じます。



 <場>からの解離と、離脱の効用、その副作用


 スピリチュアル系のタームに詳しい方は、解離って「体外離脱」みたい?って思われるかもしれません。

 その辺のことを少し。

 結論からいうと、関係なくはないみたいですね。

 SEはあくまで科学的、生理学的なパラダイムの中での理論なので博士の本の中にはスピリチュアルな意味での体外離脱ということは書かれていません。

 しかし、どうも幼児期に過酷な体験をした人たち、被虐待児の経験がある人、などに霊能力や、体外離脱能力、あるいはUFOによるアブダクションケース(ホント)が頻発するというような
 統計があると聞いたことがあります。

 これをどのように解釈するかですが、人によっては、そのような幼児期の体験が脳に妄想や幻覚を起こさせると考えるでしょう。
 
 トラウマケアルームのHさんはスピ系畑の方なので、小さいころ、おなかにいるころから解離状態で、あちら側に戻る習慣がついているため・・・と解説されてた気がします。

 僕もそちらの考えで、この世界での生きづらさが、このフィールド<場>からあちら側の<場>へと抜ける癖、離脱する癖、お留守にするクセをつけるという考えに賛同します。

 つまり<解離>というのは、心身医学を越えた、心身魂医学が発達して初めてその全貌が明らかになるのでは・・と思うのです。

アルコール依存症の両親に育てられたというような場合。

 父、あるいは母はいつもは優しく、面白いのですが、いつ酒を飲んで人が変わったようになるかわかりません。

 泥酔すると、ものを壊したり、激しく子供を罵倒したり、暴力をふるいます。

 そのような環境で子供は安心することができません。

 言い換えれば、親との間に安定した愛着関係を築くことができないのです。

 それはつまり、家庭という原初のフィールド<場>に接続できないことを意味します。

 子供は親の顔色を必死に読んで、専守防衛に心がけるか、あるいは、意識をその場から抜いてしまいます。


<場>から意識を抜くということは、多くの場合、自分自身の肉体・感情・思考・記憶などとの接続も切ってしまうということです。

 つまり、問題のある家庭で育つということは、自分自身との接続不良を生むのです。

 それはあとから述べます自分自身の磁場、<マイフィールド>に欠損を生じさせるということです。

 一方で解離による逃避先が、霊的世界であれ、文学であれ、学問であれ、発明であれ、音楽であれ、アニメであれ・・・・(このような、個でも充足できる領域が避難場所となります)
 
 生きづらさにより、<解離>をよく体験してると、多かれ少なかれ、二重意識がつよくなりシャーマニックになる可能性があります。

 ていうことはそのような過酷な環境に生まれるのを選んだ子供たちは、あちら側と、こちら側を行き来することにより、ふたつの世界の橋渡しをするという使命のために

 そのような生きづらさという通過儀礼を選択したのかもしれません。

 
 
 有名な作家にも愛着不安を抱えた人たちが多いそうです。
 そして、どうも、家庭や、社会という<場>との結合不全感自体が、創作の原動力になっているような気が僕にはするのですが・・・。
 しかし、そういうタイプの作家は常に孤独との戦いであろうと思います。
 人間はどうしても愛情なしにはやっていけません。
 というかそもそも哺乳類は、十分な肉体的・感情的接触なしでは発育ができないのです。
 生理学的なレベルで、ふれあいの中などで放出されるオキシトシンなどのホルモンがないと、人の心身はうまく機能しません。
 そのため孤独を創作の原動力として名をはせても、からだが感じる孤独の感覚のリアルさに押しつぶされ自殺する、
 薬物に溺れるというようなことになりやすいのではないでしょうか。


  このように原初の<場>である親子関係、家庭との接続不良は何かある能力を先鋭化させる可能性はあるけど、同時に心身に大きな負担をかけるもろ刃の剣パターンといえる
 かもしれません。
  肉体をもってバランスのとれた人生を生きたいなら、原初の<場>との接続不良によって欠損している部分を癒していく必要があります。 


 一方比較的安定した愛着関係の中で育った場合、(欧米の統計では愛着が安定している人は約60パーセント、残りは程度こそ異なれ不安定型らしいです) 子供は両親のフィールドに安心して包まれつつ、家庭という原初の<場>に根をおろします。

 安全感、安心感、愛され感、ひとりではない感覚が、ありのままの自分を受け入れさせ、肉体・感情・思考のバランスのとれた統合体とする。

 その原初の<場>での安心感は、学校や友人関係など、他の<場>でも再現されやすく、また苦難に陥ったときでも安定した<場>でリラックスしていた記憶が、 困難を乗り越える際の燃料となってくれるのです。
 

 おまけ はいたか流解離?方法


 リラックスしている自分の体が、光に包まれ徐々に振動数(エネルギー)を高めていくとイメージします

 体中の細胞たちが光の中で覚醒していきます

 十分に振動数が高まると、肉体は光の中で消えてしまいます

 あなたは部屋の中にいますが、あなたの肉体は消えてしまいました 

 肉体がなくなるのはどんな感じでしょうか?

 その感覚を感じたあとに、意識を少しづつ上昇させます

 あなたは時間と空間を俯瞰できるスペースへとたどり着きました

 ここはとても安全な場所です

 あなたを守り笑いかける意識体が周囲には大勢いるのがわかります

 それはあなたにとても近しい存在たちのグループです

 ここからあなたは時空の任意の点へと、どこでもアクセスすることができます

 意識体のまま、行くこともできますし、物理次元で好きな形の肉体を物質化することもできます

 りりしい男性にも美しい女性にも 子供にも若者にも老人にもなれます
 
 その姿で 

 大昔の地球の海辺に立つことも、現代のニューヨークやパリに行くことも自在にできます

 未知の星の世界に行くことも 無条件の愛が満ち渡るスペースにとどまることもできるのです

 好きな場所でしばらくこころを遊ばせ、有意義な経験をしましょう

 そして十分楽しい経験をしたあとに、あなたの部屋に戻ってきて、ふたたび自分の肉体をこの次元で物質化させてください

 ゆっくりと深呼吸して、からだの感覚に耳をすませましょう



知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/17 17:16

フィールド<場>のマジック③


  フィールド<場>についての考察記事、続きです。

  今僕が考えている<場>という概念は、次のようなものでできています。

  ■空間 (その場が物理的に存在する場所)
  ■構成員 (その<場>にメンバーとして含まれる人)
  ■構成員同士のエネルギー相互作用 (コミュニケーション、愛着行動のパターン、あるいは支配・被支配形態)
  ■信念体系 (その<場>の構成員が共有する考え・信念・あるいは感情のパターン)
  ■ターム・専門用語(その<場>において頻繁に使用される、特徴的な言葉)

 そして<場>は、情報として世界中に広がってるようなもの<情報場>と、生きた人間同士の肉体・感情・思考の相互作用が含まれる<エネルギー場>があると思いますが、↑の定義づけは主にエネルギー場があるものを述べています。

 巨大な情報場というのは、たとえば「聖書」です。

 そして、この中に含まれる様々なアーキタイプと概念群、創造の時、選ばれた民の系譜、救世主、癒しの奇蹟、罪と許し、さばき、世の終わりと、新世界の到来、善と悪の決戦、など、これらは世界中のクリスチャン、キリスト教国家に深く浸透しています。 

 それは日常の生活、思考パターン、政治的プロパガンダ、にまで、影響している巨大な思考の場であると言えるでしょう。
 日本にいても、その思想に深く入り込み、研究者の本やサイトを読めば、その情報場とシンクロすることができます。

 そしてこれに加えて、例えば聖書研究会を立ち上げることにでもなり、メンバーとして牧師のAさんと、学生のB君と、主婦のE子さんとが集まる・・・ということになれば、信念体系を含む<情報場>と、メンバー各人の肉体・感情・思考同士の相互作用が起こる<エネルギー場>がそろって、僕が上で述べている<場>フィールドが完成します。

 というと、なんかえらく小難しく聞こえるかもしれませんが、要はどこにでもあるグループですとか、会社組織ですとか、サークルとかの性質を言葉を変えて語りなおしているだけです。 

 ひとつの業界を<場>としてとらえることもできます。

 <場>にはターム・専門用語があります。 

 僕が働いています福祉系の分野ですと、「ヘルパー」「利用者」「時間数」「介助」「ケア」「見守り」「移乗」「声掛け」「事業所」「中途障害」「自立生活」「自薦(ヘルパー)」などがよく使われる言葉です。もちろん、一般的に意味が通じるものも多いです。

 スピリチュアル系の<場>ですと、次のようなタームがよくみられます。

 「癒し」「魂」「覚醒」「愛」「許し」「瞑想」「創造」「宇宙」「次元」「多次元」「次元上昇」「シフト」「わくわく」「過去世」「オーラ」「体外離脱」「引き寄せ」「リーディング」「ヒーリング」「(フラワー)エッセンス」「アセンデッドマスター」「クラリオン星人」 

 はい、なんかふわっと楽しくなってきましたね(笑)

 もうだいぶ忘れてしまいましたが、演劇などでは

 「カミ・シモ」「エチュード」「客電」「ゲネプロ」「バミリ(る)」「押しと巻き」 など

 この辺になるとどうなんだろ、みなさんいくつわかりますでしょうか?
 演劇だけじゃなくステージ系全般で使うと思いますが。

 さらに社会全体を覆う場として、ほとんどの人がその使われ方やニュアンスを理解しているこの国のタームとしては

 「領土問題」「戦後」「バブル」「震災」「絆」「ただちに影響はない」「派遣」「格差」「爆買い」「拉致被害者」「オタク」「引きこもり」「草食系」「KY」「アラフォー、アラサ―」 などが思い浮かびます。

 はい、なんとなく重たい気分になってまいりました。

 さらにエッセンスだけを抽出すると、全人類的なタームを想定することもできるかと思います。
 これは言葉を超えて、人類的なテーマというか、誰の心にもひっかかる概念群と言いますか、そのようなものになります。

 「神」
 「救済」
 「宗教」
 「国家」
 「家族」
 「貨幣」
 「天国と地獄」
 「世界の始まりと終わり」
 「男と女」
 「親と子」
 「誕生と死」
 「老いと若さ」
 「病と健康」
 「大人と子供」
 「豊かさと貧困」
 「美と醜」
 「成功と失敗」
 「勇気と臆病」
 「享楽と勤勉」
 「強さと弱さ(強者と弱者)」
 「平等と差別」
 「愛と孤独」
 「名誉と不名誉」
 「人気と不人気」
 「常識と非常識」
 「モラルとアモラル」
 「自然と文明」
 「戦争と平和」
 「善(人)と悪(人)」
 「嘘と真実」
 「現実と空想」
 「被害と復讐」
 「罪と罰」
 「生きる意味(生きがい)」
 「支配者と民」

 はい、なんか図書館の海外文学全集の前に立った時の気分とにていますね。(笑)

 「領土問題」「戦後」「バブル」「震災」「絆」「ただちに影響はない」「派遣」「格差」「爆買い」「拉致被害者」「オタク」「引きこもり」・・・などという我が国のタームは、人類的なタームの中のどれかに吸収されるものでしかありません。あるいは、どれかとどれかの組み合わせです。

 これらはほとんどの人類が理解できるか、もしくは、そのテーマに沿って生きたり、社会を改革しようとしたりしているものだと思います。逆に言えば、僕を含めほとんどの人類が<場>の力によってこれらのテーマにからめとられているともいえるかもしれません。

 そして、これらはもしかすると、今後の人類の進化によってはもはやだれも使わなくなるという可能性もあります。
 「永遠のテーマ」という言葉もありますが、「永遠に続くものはない」という言葉もありますからね~

 「戦争と平和」なんかがこの先もずっと永遠のテーマじゃ困るわけです。

 実際、覚醒意識という観点では、これらはすべて「幻影・マーヤー」と認識されるものかもしれません。

 あとで書こうと思いますが、僕の考えでは覚醒意識に至った存在は、これらのすべての<場>を超えて、ゼロ<場>のようなフィールドと一体化しているからです。 

 ちょっと話が大きくなりすぎたので、次はもう少し日常レベルに落とし込める話を書こうと思います。



知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/14 17:06

SE(Somatic experience) 再び


2014年に継続して受けていたSE(somatic experience)セッションに再び通い始めました。

 初耳の方のために書いておくと、SEはからだと脳の深い部分に働きかけるトラウマ解放のメソッドです。

 医学生物学博士であるピーター・リヴァイン氏により始められ、現在日本含め各国でPTSDのケアに用いられています。

 リヴァイン博士のストレス研究歴は35年以上におよび、スペースシャトル開発時にはNASAのストレスコンサルタントも務めたということです。 

 PTSDというと、災害、戦争、事故などに遭遇して深刻な後遺症が残っているケースと一般に理解されてると思いますが、最近では複雑性トラウマというのも注目されています。これは幼児期からのストレスの積み重ねが、現在のなんらかの症状を起こしているような場合、単一の、これが原因!という大きなトラウマではなく、いくつもの傷によってこころが押しつぶされているような状態です。
 SEは通常の深刻なトラウマだけではなく、人知れず苦しんでる人も多い、このような複雑性トラウマや、愛着障害のケアにも広く使われています。

 セラピストは前回と同じ、トラウマケアルームのHさんです。

 Hさんはもともとはスピリチュアル系の著作で有名な方で、オーラリーディング、直観カウンセリングなどもされますが、SEによってご自身の状態が飛躍的によくなったことにより、トラウマ解放セッションにかなり力を注がれているようです。

 僕も最初はスピ系のリーディングセッションで、イスラエルのあたりの修道院で苦行してたという過去世を読んでもらいました。(その時隠遁しすぎたので、だから今生は酒タバコカラオケ旅行が好きwなんつって)

 Hさんの場合は幼児期の父母からの心理的虐待に加えて、結婚されてからもご主人のモラルハラスメントがものすごくて、からだにいくつもの症状が出るほど大変苦労されたようです。

 僕も著作で読ませてもらったのですが、なんというかかなり「超常現象レベル」のモラハラでして、ちょっと現実にあったとはにわかに信じがたいほどのレベルのものです。それでも、Hさんはかかえていたトラウマやセルフエスティームの問題で、全部自分が悪いんだと思っていたとか。
 
 信じがたい人というのも世の中にはいて、カメレオン化して一般社会に溶け込んでるんですね。
 まあ、そういう人にも幼児期の問題などが深く影響していることもあるかと思いますが。

 しかし、現在のHさんは非常にほがらかな方で、ケアルームを訪れると、セラピー犬のコーギー蘭ちゃんとともにいつも迎えてくださいます。これが、か~いい~んだ~(#^.^#) 

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 右側がH先生で、いろいろされるマルチな方です。
 セラピー中はこのお姿ではありません。彫り物は入れていらっしゃいません。(あたりめーだ)

 著書






 今回は再開してから二回目のセッションでした。

 その中で公開しても問題なさそうなダイアローグだけを、いくつか書いてみたいと思います。


  ブログバレてた


 「でも~文章書くのとかすごくお上手ですよね」

灰「? あぁ・・好きではあるんですけど」

 「あれだよ、Mさんのブログ見てSEに来た人いるよ。」

 灰「本当ですか~よかったです。

  Somatic experience(ソマティック・エクスペリエンス)

 Somatic experience(ソマティック・エクスペリエンス)② 

 Somatic experience(ソマティック・エクスペリエンス)③

 Somatic experience(ソマティック・エクスペリエンス)④


 「すごく詳しくかいてあるんです~って言ってらして、え、誰だろうと、で読んでみたらあ~Kさんと。漫画とか使われてて、味があって面白いですよね。作家とかどう?なんて」

灰 「いや~・・・・(ブログ読まれてて若干テンパってきてる)

 「小学校の時国語の時間とか得意だったんじゃないですか?教科書先に読んじゃうようなそんなタイプでいらしたんじゃないかと」

灰 「そうですね~国語はすきでしたね。いろいろ教科書の中に好きな物語もあったりして、親もほめてくれたし、その辺は伸びたと思います」

 「今書く話をして、会話内容としてはポジティブ寄りに振れてるんですけど体感とかはどうですかね?」

灰 「ちょっと興奮気味っていうか。。。すぐドキドキしてきちゃうんですよね。その前にネガティブ系の話しをしてるので、湧いてきたぞ~みたいな笑」

 「笑 そうかそうか さっきの頭がぼーっとしてる感覚っていうはどうなった?」

灰 「そうですね熱っぽいことは熱っぽいけど、そこまでぼーっとはしてないです」

 「今はここは比較的リラックスしてるぞ、みたいな場所はある?」

灰 「足とか・・・手の先とか 

 「今、足ってどんな感じ?」

灰 「まあナチュラルで、痛くも固まってもいないっていうか。なんとなくでも力がだらっと抜けてる感じなんですよね、熱があるからなのか」

 「そっか そっか ちょっとでもいいところがあるってことはすごいことで、、、Kさんみたいな流れの中を生きて、なおかつ生き残ってきたかたって、今足が緩んでますって言えるってすごいんだよね~」

灰 「全身がつらい方もいるんですか?」

 「本当に緊張感が抜けなかったりとか、なので、過酷な中にもレジリエンシーをみつけてはやってらしたんだなって感じですよね」


トラウマと瞑想


灰 「やっぱり神様を信じたりだとか、瞑想をしたりとかそういうのも結構役になってると思います」

 「瞑想いいんですよね。古い脳のところにある扁桃体っていう危険をしらせるところが、瞑想してると、その周りの組織が厚くなってくるので、、、トラウマを受けてるとちょっとしたことでも大変だ~ってなるのが、そこの周りが厚くなっていくので、冷静に対処できる。

 たとえば、ん?何かあるぞ?これは多分危ないんだろうけど、ちょっと待て~みたいな、いつ、どこで、誰が、どうなってるんだろうって考えられるようになるんですよね。

 あと、ん??ってなった時に、あ、風の音か~なんだ~ってすーっといい方に戻れるんですよね

 そう、なので瞑想恐るべし、なんですよね(笑)」

 どんな風な瞑想するんですか?マインドフルネスとか

灰「いやシンプルな 座ってただ呼吸を見つめたりとか、考えをぼーっと眺めて2.30分とかですかね」

「 いいですね、一日の何時くらいにやるとか決めてるんですか?」

灰「起きてすぐが多いです」

「すごいじゃない。だって夜中に起きて結構絶望しちゃうのに、朝起きて、瞑想しようと思うってすごいと思うんだけど。」

灰「そうですかねーまあ、気持ちいいし、やった方が調子がいいんで。

「わかります、私も一日に一回瞑想してるので」

灰「そうなんですか、H先生はTM(瞑想)とかされるんでしたっけ?

「そうですね、朝、TMやりますね。で、夜もやろうと思うんだけど、寝ちゃうの私、眠くて。それで夜中に、夜の二時くらいに完全に顎が天井向いてる状態で、首いた~~みたいな状態で起きて 笑 私はそれを即身仏って言ってんですけどね 笑

灰「笑 周りで誰かこうやって拝んでたり 笑

 「笑 怖いよそれ~~ でもね、即身仏にしてはお肉がちょっとねつきすぎてるので ちょっと違うかなって感じはするんですけどね」

 灰「いや、いや、いや、いや~」

 「 笑 ちょっと今笑ったので、体感感じてみてもらっていいですかね?」


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 みたいな感じで、セッションが進んでいきます。

 世間話しぽい感じの時も多いんですが、こういう感じで時々自分のからだを感じるというガイダンスがやってきます。

 しかし以前よく書いていた師匠の記事もそうですが、自分がいいと思ったものを文章で誰かに橋渡しできるのは、自分にとってかなりうれしいことなんだなーと思いました。それで、心の癒しや安らぎに少しでも役に立てば最高ですね。

 あと瞑想とかも確かにそうなんですが、なにかに守られてきたという感じはあって、それがなんなのかはっきりまだわかりませんが、大雑把にやはり神様なのでしょうか。また幼児期にはトラウマだけではなく、両親からの愛も多くもらってると思うので、そういうものとか。
 幼い時の楽しい記憶、読書の経験、師匠からもらったエネルギーなど、そういったすべてが、全体としての僕のバランスをとってくれていて、多大な負の要素に打ち負かされないようにしてくれてるのだと思います。

 そんな風に割とポジティブな雰囲気の話題が続いたあとで、少しトラウマエネルギーの渦の方に接触しました。


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  道でディスられる


 灰「この前セッション受けた後、二回くらい同じようなことがあったんですけど。

  道歩いてて、どうも僕が道を少し塞いじゃってたみたいで、後ろからきた人が「ちっ」て舌打ちされて、ばーっと通り過ぎて行って、「わーなんだ感じ悪いな」と思ったんですけど、割とすぐ冷静になってテンションがすーっと下がっていったんです。」

 「素晴らしい!(´ω`人)」

灰 「で、その2、3日後によるちょっとコンビニへ行くときに、僕がちょっと横断歩道に出ちゃってたみたいなんですけど、右から来たおじいさんがものすごいガラ悪い感じで 「おめー何してんだ 出てんじゃねえーかよ あぶねーじゃねーか」って言われて、ちょっとブチってなっちゃって、バカっっっ!!って思い切り怒鳴っちゃったんですよね」

「笑 いいですね。無事だった?大丈夫?あとで殴られたりしなかった?」

灰「あの、だいぶ相手が遠くに行ってから怒鳴りましたんで、まあ聞こえてましたけど」
(ディスったおじさんはなんだと~誰に向かって言ってんだ~とかよくわからんことを遠くで言ってた。ていうか誰よ?)

「笑 ぱちぱち」

灰「そういう道でいんねんつけられることがよくあって」

  なんか、そういう時どうしていいかわからないものが、ぐわーって渦巻くんですよね」

「わかります、わかります」

灰「SE受けた後にそういうことが起こりやすいってあるんですか?」

「うーん、そうなってくるとかなりスピリチュアルな世界の話しにはなるけど、あるかもね。想像だけど、天が試してるじゃないけど、そういうのあるかもね。ただSEジャパンの人に質問したら、考え過ぎですって言われちゃうかもしれないけど。というのは科学的に証拠はないので、そうです、とは言えないけど十分ありうるよね

SEのあと家庭で家族喧嘩が始まって、いつもなら気が狂ったっみたいに泣いちゃうんだけど、すごい冷静に「やめたら」って言ってる自分がいたとかね、そういう人もいたりするので。」

灰「なんかでも、そういうときってどうするのが理想的なのかなっていう、一方的になんか言われて相手は去って行ったていうときに、いい状態だとすっとながせるんですかね。」

 「いい状態だと、流せるし、そこで大切なのは、未完了の防衛反応を完了させるってことが大事なので。

 そこでばーっと言われたとするじゃない?そこででも、そんな変な人だから直接言い返してトラブルになっても面倒くさいから、自分のからだの反応に気が付いて、たとえば手なんかがこうびりびりしていたら、たとえば空中でもいいので、<ゆっくり>全身の筋肉でパンチしてみるとか、壁なんかをゆっく~りと押して、たとえばてのこの爪が痛いくらいまで押して、そしてふーっと解放して落ち着く

灰 「でも、相手にぶつけ返さないと気が済まないみたいなところはすごいあります(*`ω´*)

 「ありますよね~まあ、それがナチュラルなんだけどね。

灰 「何もしてないのに、一方的にっていうか、その理不尽感が堪えがたいっていうか」

 「そうですよねーまあ、ちょっと穏やかそうな人にやつあたりするっていうのはあるかもしれないよね。例えばKさんが完全モヒカンとかで、ヘビメタなこういうじゃらじゃらをつけてたら、たぶん寄ってこない・・・・

灰 「・・・そういうファッションにした方がいいんですかね

 「アハハ あんまりおすすめしないけど・・」

灰 「タトゥーを全身に入れたり」

 「そうそう 背中一面に風神雷神みたいなのを彫っちゃったりね

灰 「確かに向こうは見てますよね、風体とか、いけそうだなっていうのを」

「そう、そう、Kさんはパーカーにジーンズで本当にお兄さん、ていう雰囲気だから、少々言っても殴り返してこないだろう、みたいな。思っちゃうのかもね

 で、どちらかというとトラブルにはならないほうがいいかなとは思うので、お勧めはね、違うところで防衛反応の完了、っていうのがおすすめかな。

 で、一方でこまめに解放しておくと、そこでのあがってき具合が違うんですよ。

 本当に1から10までためてるのと、1来た!はい、1出しちゃいましょ、2来た!2ちょっと今はお掃除できない、3来た、じゃあ2と3ためてないで出しときましょ、みたいになるべく空にしておくか、まあせいぜい1か2くらいたまってる状態か。下手すると、本当に10の10乗くらいたまってると、キますよね。」


 小さなイライラを認めてあげる


灰 「うーん、でも、あれですかね、ちょっとでもイラッとしたら自分でやった方がいいって感じですか」

 「うん、小さい時にやっておくのおすすめなんですよね。もうこんなになっちゃうっと、神経系もぶわーって興奮するから。

灰「じゃあ、たとえば、スーパーとかでレジで並んでて、めちゃくちゃ待たされてイラッとしたとかそういう他愛もないことでも?」
 
 「そうそうそう、例えば、レジが終わって荷物詰めるときに、かごをぎゅーってするとか。あんまりずっとやってると、この人大丈夫かな?ってなっちゃうから笑 ちょっとだけやって・・」

 灰「ああ・・・でもそういう時って自分の反応を否定してしまうっていうか、お年寄りだからしょうがないよなとか、抑えちゃうことがおおいと思いますけど、でもやっぱりイラッとしてるって感じを自覚してそれを出した方がいいってことですか?」

 「うん、そういうこと、そういうこと。

灰「ああ・・・そう考えると、あまりにもいらっとする場面が多いなと思いますけど。あまりにも多くありすぎて。

 「うん、うん、そこがやっぱりここが10の10乗なんじゃないかっていう。それは本当に、小っちゃいころからのこともあるし」


  イライラしやすい≒器が小さい?

灰「すごい器が小さいなと思うことがありますけど。イライラしやすい 」

 「それを器が小さいと考えてしまうのか、それともなかなか発散させるチャンスがなくてためちゃって苦しいよねって思うのか~で、ねむしろそれって器おっきいかなって思うのもあるんですよね。だから、こんくらい(両手をひろげて)ちゃんとためてられるみたいな。

 あの~本当に精神科とかに入院しちゃうみたいな人もいるし、Kさんみたいな歴史だとありうるっていうか、大変だったので。

 でも、社会に適応しつつ、こんなのをいつもためてるって意味では、すごい宇宙クラスかもしれない(笑)

 灰「ははは(ちょっとうれしい)\(//∇//)\」

 「でも、わりとうちに来る人ってそう。

 本人は、「私ってすぐかっとしちゃって・・・」とか、「人の幸せが喜べなくて」とか悩んでるんだけど、私から見ると、あんだけ虐待されて、あんだけ我慢して、なおかつこんないい子でどうしたんだ?って感じなんだけど。

 だから、どんだけキャパ大きいんだって。  

灰 「そう思っていただけるとうれしいです」

 「そう思う~~、神、神(笑)、でも表面にでてくる部分だけで判断しようとするとね、すぐかっとなるとか、すぐ落ち込んじゃうって見えるかもしれないけど。かかえてるもののことを考えるとね

 灰「全体的にみると・・・

 「キャパでかって感じ。本当にね、すごくタフな、強い人がうちにはきます。

 あの、ちっちゃいイライラをいっぱい認めてあげるっていうプロセスを、ちょっとやってごらんになるもいいかなーって

 灰「はい、どうしても頭脳の部分で否定してしまうのがありますね。

  「それもまた理由があって、子供の時に我慢しなければサバイバルに影響があったので、それで、たぶんKさんは頭脳派なんだよね。AがBで、BがCだからやめとこう、みたいな。抑えるパターンになってるんだと思う。

 灰「どっか切り離して、客観的に見るっていうんでしょうかね、そういう見方がもう根づいちゃってるっていうか一種自分も他人事みたいな生き方だったからやってこれたかなって思うことがありまして

  「そうそうそう、それを感情麻痺という言い方もするし、<解離>といういい方もするし・・・
 でもね、子供の時に、その痛みが全部わかったら、もう3日も持たないわけよ。

  だからちょっと離して、ああ~ああいうことが起きてるんだなみたいな感じできてるんだと思う。


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 じつはここのところ、今回の記事で一番強調したいところでもあります。

 というのは、多大なストレスをかかえていて、その結果ちょっとした何かにイライラしやすくて、それで怒りを感じてたことで自己否定に陥るってものすごくつらいサイクルだなと、よく経験してきたからわかることですが。

 特にスピリチュアル系の信念が強い人の場合、宇宙的なことや神様に興味があるのに<まだこんなことで怒ってる自分>がものすごくちっぽけな存在に見えたりしやすいと思うんですよね。大きなものに興味があるだけに、普通の信念体系の人よりも余計にそうなるかもしれません。

 そりゃ僕だってね~24時間ヨガナンダみたいな感じでいたいですよ。でもいまのところ無理っ!

 特に小さい子供とか、お年寄りとか、障害のある人にイライラする自分ってなんか嫌ですよね。

 子供は可愛がり、お年寄りはいたわる。自分でありたい。
 誰も子供やお年寄りを蹴散らして歩くような、人間にはなりたくないわけです。  
 だから知的認知としては、「相手は子供じゃないか、お年寄りじゃないか、大人げない」と自分を責める。
 でも、責める前に、そういうエネルギーを帯びている自分をいたわるのが大事かもしれません。
 人間関係では、たまに相手へのイライラに抵抗せずに、受け入れた時に、関係がよくなる場合があります。

 それはブチ切れるとか、ぶん殴るとかいうことではなく、内面的に、「うわっ、この人いやーん」ていう感覚をも受け入れることです。そっから先はそのいやーんなところを相手とのコミュニケーションにより煮詰めていくか、距離をとるか。スルーしていくかいろんな選択肢があると思いますが。

 あるいは相手を責めるのではなく、「私にはもう無理です」「今ちょっとイライラしてます」という表現を持つことですかね。
 これは誰かを悪者にしてるわけではなく、内的現実を語っているので、相手を傷つけにくい。

 相手のニーズにいつもこたえる「にこにこいい人」だけを頑張ると、マジでウツになるリスクがあります。
 しかも内面でもまだまだ自分は至らないなんて思ってたら、生き地獄です。

 キレキャラのカンニングの竹山さんがみんなから「ほらイライラしない~」とからかわれるように、小さいことでプチプチ切れてるって確かにはた目から見たら滑稽にみえるかもしれないですが、そういう冷笑的な目とか、ジャッジする目で自分を見るのではなく、今までの感情の総計としてこれが起こってるってこと。

 イライラしやすい方は、そういうシンパシーを自分に是非持っていただきたいと思いました。(僕もそうありたいです)

 まあ僕みたいに、いんねんつけてくる変なおじさんに反撃するのは、リスクもあるので、H先生お勧めのようにうちに帰ってから防衛反応を完了させるか、すっごい遠くから「バカヤローっ」ていうのがいいと思います。(いやいやダメ)

  うーむ、やはり言い返したいみたいようだ(「・ω・)「ガオー


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  PTG(トラウマ後成長)
 

 「ピーター博士がすごいいこと言ってて、『トラウマはそれはなけりゃない方がいいに決まってるさ』って、

 だけど、どうしても生きていくと、いろんなことが起きてしまう。

 でもピーターは、トラウマがないのがいいんじゃなくって、あっても、PTGっていう、post toraumatic growthっていう、PTGに行くから意味があるみたいな。

 そうすると、傷を受ける以上に花開くっていうか。

 何もない人よりも、もっと花開くって言い方をピーターはしてるので、まあ、せっかくだからそっちを目指そうかなっていうね。」

  
   コーーピング


 灰「なんか、小さいとき、牛乳をおなか一杯飲んで、トイレで吐くってことをよくやってた記憶があるんですけど、それって先生がブログに書かれてたプチ自傷みたいなことかなって思ったんですけど。ちょうど強迫神経症みたいな症状が出た8歳か9歳くらいの頃。

 「やっぱり、一種の過食嘔吐っていう考えで行くと、過食嘔吐の人は愛情飢餓があって、満たして、でもそこに罪悪感もあるので吐いてしまうという。自分のなかが空っぽなのでうんと満たしたいっていう。でも脳の中の神経系がそんなに満杯になったら出したいってなっちゃうっていう。

 でも8歳、9歳でそういう状態になったっていうことは、相当神経系は大変な思いしてたんだと思うんですよね。

 Kさんの神経系が異常かどうかっていうことに関しては、私はお医者さんじゃないし、こうですってことは言えないんだけど、私の信念を個人の意見として言わせてもらうと。

 牛乳を飲み吐きしようと思って生まれてくる赤ちゃんはいないわけじゃない?笑

 灰「笑 

 「そう考えると、すごく元気におぎゃーって生まれてきたのに、なんだこりゃーっていう世界でそのバランスをとるためにいわゆる問題行動って言われるコーピングに走るっていう

 灰「バランスをとるため・・・なんですか

 「そうそう、こっちでこんなにやらっれてるから、バランスをとるために好ましくない手段をとって安定させようとしてるわけよね

 灰「コーピングってどういう意味なんですか?」

 「コーピングってそうね、対応するとか、対処するみたいな、神経系がギンギンギンギン過剰警戒になってるのをなんとか、落ち着かせるために強迫神経症にもなるし、牛乳飲み吐きもするし、いろんな手段をとってバランスをとるわけよ

 灰「一時的に落ちくってことですか?

 「うん、だと思いますね。とか、怖さを忘れられるとか・・・

 灰「ああ、それはあるかもしれない・・・

 「あと強迫神経症っていうのは予測できる状態にすべてを持っていこうとするやり方なんですよ。

 例えばお父ちゃんがいつ怒るかわからない、予測できないような場合、水道の蛇口をひねるとか、なにかをそろえるとかか、そういうことで少なくともここだけは安全だと感じることでバランスをとるわけよ。

 だから、Kさんの神経系は私の意見だけど、異常じゃなくて、正常だから、そうやって一生懸命バランスをとってたんだと思う。」



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      灰 3years 今よりも賢そうです(笑)


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 トラウマがあると、問題のあるコーピングをやってしまいやすいらしいです。

 それは上に書いたような過食嘔吐であるとか、リストカットや、髪を抜いたりするなどの自傷、あるいは飲酒、麻薬、性的逸脱行動、などがあるようです。

 それでもコーピングはそれをすることによって、一時的にバランスをとっているという部分もあるようで、命に関わる時以外には、やみくもにそれをとりあげればいいというものでもないようです。

 というのは、コーピングが問題ではなく、問題は神経系に帯電したエネルギーにあるからです。
 それが落ち着かない限り、たとえば飲酒をやめても、過食が始まったりする可能性が強いのではないかと。

 前の方で前世修道僧だったから、酒タバコ旅行が好きなんて書きましたけど、まあ、酒とたばこはそういうコーピングの可能性が大かもしれませんね。
 旅行とか、こういう風に何か書くこととか、歌うことなどは人生の喜びとかとつながっているので、無効なコーピングではないでしょう。

 食事療法とか、ヨガをするとか、こういうセラピーを受ける、静かな音楽を聴くなんていうのはふさわしいコーピングではないかと思いますが、往々にしてトラウマが強いとどうしても、強烈な刺激のあるものを選んでしまいがちなのではないかという気がします。 イメージ的には、激しいノイズをかき消すために、どうしても別の強烈なノイズを使ってしまうような感覚。 
 微細な波動には向かいにくい。

 牛乳を飲み吐きしてる時は、よく覚えてないんですが、それが「気持ちいい」と思ってたような気がするんですよね。

 実際おなかはたぽんたぽんで苦しいし、気持ちいいわきゃないんですが、それでもそうすることによって何かを解消していた、不安を遠ざけていた、と考えるならつじつまが合います。

 今回は二年前に受けた時よりも、世間話的な会話が多いような印象です。

  H先生は以前にも増して、すこしづつであればあるほどトラウマ解放はうまくいくという信条を大切にしていらっしゃるように思うので、そのためかもしれません。ピーター博士はless is more (少しづつであるほどうまくいく)と言ってるようです。

 過去記事読んでもらえるとわかりますが、前はかなり深いところにもぐってしまったようで、異様に恐ろしげな感覚と手がびりびりしてなんだこりゃと思いました。記事にするにはインパクトあって、いいネタだったかもしれないですけどね(笑)

 今回は少しづつ、楽しく、癒していければいいかなと思います。



セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/09 22:15

JINN  雷音 



 何度もすくいあげても勝手に滅んでいくよ 最初に見たまんまのイデア

 なんやこいつは・・・と言ってしまった。

 しかし、この声と歌詞と勢い好き。

 自分と真逆で好きになる・気になるパターンか
好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/07 21:59

神は細部に宿る




  ここのところ、微細な、あるいは「少し」のエネルギーが実は一番大事なのではないかと思わされることが多い。

  きっかけはこの本に「神は細部に宿る」という言葉が出てきたことだった。





  本文中のエピソードで、音楽家の女性がバイオリン(だったかな?)でとても美しい曲を奏でているのを耳にして著者がなんて美しい曲なの!と言うと、「私はただ音階を弾いていただけよ」という返事が返ってくる。そして「世界一美しい曲だと思うわ」という言葉も。

 この会話にあるように、本当に自分が好きなことであれば、それの「少し」「細部を」愛をこめて楽しくおこなうことができるという話だった。だから少量から始めたり、それを愛することが大事なのだと。

 それは結構なるほど~と思わせる話しで。

 たとえば400字の物語を一週間に一枚書いても、作家になるには程遠いかもしれないけれど、「あなた自身は確実によくなっている」という著者の考えも述べられていた。

 僕らはとかく、結果を気にしてしまいがちで、こんなことやってもどうにもなるもんじゃないと思ってしまうこともあるけど、小さな行為の中にちょこんとひそんでいる愛や喜びを大事にすることのほうがいいのかもしれない。

 もちろん、目標ってのも、大事ではあると思うけど。
 ただどでかい目標を立てるほど、結果志向にはなりやすいですね~
 ちゃいますかね。
 そうすると、その目標に向かってトンネルの中を進むような生き方にもなりやすい。
 確かに先に明かりは見えます、でもその間視野が狭まるかもしれません。
 足元にきれいな花が咲いてるかもしれないのに。

 しかし、まず小さいことから始めてみると、気が付けば数時間没頭していたということもあるので、、、これはなんというか、小さい振動が徐々に増幅して大きいことを成し遂げるエネルギーを発生させたということですね。

  だからとりあえず、「少し」を楽しんでやってみるというのは可能性につながる場合もある。
 自然な感じです。だから、「少しだけ」することが勧められてるんだと思います。
  結果志向ではなく、そこに宿る喜び重視。


 ここでは話題はやや変わりますが

 かすかな、ひそやかな振動、ということで言えばトマティスの発声法CAVのワークを受けていると、「とにかく小さく自分に優しい声」を最初出すように教えられる。

 これは自分とのコミュニケーション。

 ほとんど聞こえないようなハミングで、背骨をなでていくような感じ。
 微細な音には自分の心拍の振動も混ざり、それが自然と共鳴するような音をも作り出すという。

 講師の方とほかの参加者の前で、机に座ってハミングするんだけど、自分的には「こんなんで聞こえてるのかな?」というくらいの音でも意外と届いているようだった。
 
 まあ、ボイトレ先生にも「でかい声と響く声は違う(=゚ω゚)ノ」と何度も言われてることで、カラオケなんかでついつい馬鹿でかい声で怒鳴るように歌いそうになると、「あ、これ違うな」と思う。

 2回ワークショップに出ただけなのでちょっとまだCAVのエッセンスは体感しているとは言い難いけど、微細な振動が重要という考えは忘れずにやってきたいと思っている。

  また少し話題が変わりますが

 意識の振動ということになると、脳波では、ガンマ波→ベータ波→アルファ波→シータ波→デルタ波 の順で振動が遅くなっていることが知られれている。興奮状態や外部に注意が向いてる状態から、リラックス、より内的で、眠りや夢見、熟睡の方にいくと振動が遅くなる。

 瞑想の目的のひとつはおそらく、普通なら眠っている振幅の小さな意識状態を目覚めて体感し、みつめる、ということにあるのだろう。そこではとても平和できれいなイメージが浮かんでくることもある。

 それはシータ波やアルファ波と同調して出現するイメージだ。
 さっきまでイライラしてたあとに瞑想すると、そのイメージに触れた時に「あ、この感覚忘れてた」と思うことがある。
 草原や海の風景など、あるいは光のイメージ

 本当はそんな平和な気持ちで日常を生きられればいいんだろうけど、なかなかそこまでの境地には至っていない。
 
 微細な意識ではないととらえられない安らぎの感覚があるという意味でも、「神は細部に宿る」という言葉を解釈することもできるかもしれない。

 古来から聖者が静かな生活を勧め、粗大な刺激を避けるのは、おそらくシータ波、アルファ波の意識世界と同調して生きるためだと思われる。そこは葛藤のない平和な世界だからだ。たぶんそんな難しいことじゃなく、みんな眠りの時に体験している。

 まあおそらく万人が、そういうのを求めてるわけではなく、大きな苦悩、快楽、騒音などからくる興奮、狂乱状態を潜在的、意識的に追及している場合もある。

 大音響のハリウッド映画を見て、フリーフォールで絶叫して、ゾンビを打ち殺すゲームをして、セクシャルな刺激に興奮して、焼肉屋でビールで乾杯して大声で友達とはしゃいで、ぐっすり眠るのが大好きだということもあるだろう。
 というか、それこそが生きることだというポリシーもあるかもしれない。

 大多数の人は完全な僧侶タイプでもない限り、大きな振幅とゆるやかな振幅とどちらも求めている。

 まあどっちにしろ、最終的には寝るわけです(笑)そこで意識の死を経験することが、人間にとってエネルギーを充てんするのにかかせないのかもしれない。

 たまに覚醒者に寝ない人がいるのは、あえて眠ってデルタ場に行かずとも、常に平和の中で生きているからでしょう。

 どのような刺激を求めても、人に迷惑をかけてなければ個人の自由かもしれないけど、自分が何を求めているのか?を問う必要はあるように思う。平和か、葛藤と興奮か。

 平和が好きならば、粗雑な刺激の中でそれを忘れ去ってしまわないようにしなければならない。

 僕の場合は、アップテンポの歌を聴いたり歌ったりするのも好きだけど、瞑想の中で触れるような平和の感覚も好きなので、静かな時間も大事にしたいと思っている。

 そのうちグレゴリアン聖歌しか聴かんようになるんかな。いや、それもどうなんっていう・・葛藤が(笑)

 神は細部に宿るっていうのは多分、ホント。

 そしてそこにはきっと穏やかな喜びと平和がある。


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知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/04 18:45

Starry Tales 

  
  

  好きな歌というか、プラネタリウム作品ですが。

  だいぶ前にKAGAYA スタジオ制作の「銀河鉄道の夜」を観に行き、衝撃を受け、これも見たいと思いますが知ったのが最近で・・今は近くでの上映はしてないようで残念です。現在は沖縄、愛知、岐阜などで上映中の模様。いいな~

 浮世を忘れてしまいそうです。

  姫神?の歌で始まる、草原を疾走するオープニングがすごいいい!(6:20~)

  

 ギリシャ神話題材のようですが、鉄の時代、銅の時代、銀の時代、黄金の時代、という四区分は、

  インドでいう カリユガ、ドゥワパラユガ、トレタユガ、サティアユガと似ていますね。

  今はカリユガかな?それともドゥワパラユガの入り口くらい?(であって欲しいね)

  こちらではKAGAYAさんの制作風景も見ることができます↓ダイビングしたり、パラセーリングしたり思い切り遊ぶんだって。






好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/03 21:57

UVERworld Colors of the Heart (Blood+ OP3)




 光が強くなれば闇も深くなると気づいたとしても 恐れることはないよ

 何もかも必然の中で生まれるcolors!





好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/10/02 20:27
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