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Radio update 12/31 <場>の多重構造について アトランティスファンタジー


  今年最後に、一年の体験などをふまえて、喋ってみました。



  
  ■いろいろな<場>を観察する機会が多かった2016年
  ■ボイトレ先生のコラム 人間にひつような3つの場所 「帰る場所」「逃げ込む場所」「挑む場所」
  ■場の原型 家族 
  ■超個的な<場>
  ■意味的に共鳴する超個的な<場>と原初の<場>
  

  
  ↓こちらは秋ごろにアトランティスについて喋っています。かなり適当に喋りすぎて、人類の起源など若干不正確な部分がありますが、ニュアンスをくみ取っていただければ幸いです。

 




 ■アトランティス伝説の大枠
 ■どうしてアトランティスファンタジーは魅力的なのか
 ■歴史の虚構、未知の惑星
 ■宮崎アニメと失われた文明アーキタイプ
 ■タイタニックとアトランティスって・・?
 ■アトランティスのおもむきを残すと言われるアゾレス諸島
 ■ホピの予言 水により滅びた3つ目の世界
 ■久高島はかつて高地であった
 


                 ☆皆様 よいお年を~☆



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Haitaka Radio | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/31 20:33

君の弱さ 渡辺美里

  

クレイジージャーニー、不思議発見ミステリーハンター竹内さんの会を見てると、突然そのころテーマで使われていたこの曲の歌詞を思い出し、驚いた。
 サビ歌詞「TIME 幾千年も君がいるから歩いて行ける」でググると渡辺美里の曲(1988年シングル)であることが判明。
 すごく、歌って残ってるんだなー

 世界中を、時空をかけめぐるこの番組にぴったりで子供心に夢をかきたてられた。
 渡部美里さんの声が力強く、今聞いてもいい曲。 

 29年間ミステリーハンターをされてるということで、時をかける少女?の印象ですが
 今では内戦で廃墟と化してしまったシリアのアレッポの平和な時代も取材されてるんですね。
 なんだか竹内さんの顔を見てると、突然、普段思い出すこともなかった渡辺美里の歌の歌詞が浮かんできたので、多分その頃もミステリーハンターだったのでしょう。

 しかし竹内さんすごいですね・・・50才には思えない。

 好きな食べ物はトマト(笑)





好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/26 23:10

Radio update 12/18 時の文化人類学について






今回の動画は去年の7月頃に収録しました。

 僕は旅をするのが好きですが、その理由のひとつは今いる場所を見つめる新たな視点を得ることができるからです。

 それほど遠くへ出かけなくても、奥多摩近辺の1000メートル程の山に登って下の世界を見下ろすだけでもずいぶん気分が変わります。あーあのかすみのかかったごちゃごちゃしたあたりでいつも健気に(?)生きてるんだなと思います。

 そしてもちろん、沖縄や北海道、海外に出かければもっと気分の変化は大きいでしょう。
 インドやネパールなどに行って帰ってくると、日本がとても清潔で静かに見えるかもしれません。
 しかし一方で、便利ではあるがとても管理化、商業化されていて窮屈に思える可能性もあります。

 どこからであれ、旅から戻ってくると自分の住まいが、部屋が以前と少し違って見えるのではないでしょうか。
 どこも違ってはいないはずなのに。
 それはきっと<新たな視点>を旅で仕入れることに成功した自分自身が変わっているからなのでしょう。
 <新たな視点>を得ると、ものごとが新鮮になり、またここで頑張ってゆこうという気持ちも生まれます。

 こういう意味で旅とは、どこか遠くへの移動であると同時に、新たな今この場所への旅ではないかとも思うのです。
 今いるここをもっと好きになるために、あるいは好きにまではならなくても違った目で見つめられるようになるために・・・僕らは旅に出るのかもしれません。

 旅とは空間軸を移動するものですが、時間軸についてはどうでしょうか?

 人は常に世代交代をして、過去のことは忘れ去られていきます。

 たとえば1941年12月8日の真珠湾攻撃によって始まった太平洋戦争は、1945年の8月15日に終わりました。

 1945年という歴史のポイントは、それを直接経験していない僕にとっても明瞭な輪郭をもって心の中に浮かび上がっている年です。しかし、この年を多感な10代の頃に経験した世代は、もう80代を越えており、今後どんどん少なくなり、やがて誰もその時代のことを「経験」として記憶している人はいなくなります。 

 仮にもし1945年という年が空間軸にあれば、パスポートをとって飛行機に乗ればすぐに行けるような「別の国」であれば、毎年おそらく何万もの人がそこを訪れ、『戦争の記憶を忘れてはならない!』と叫ばれる必要もないでしょう。

 しかし、もちろん実際のところ1945年は空間軸ではなく、時間軸にあり、一見「もう存在していない」かのように見えます。だから僕らは当時の記録を読んだり、忘却という普遍的現象と戦うことを求められるのです。

 でも、本当にそうなのでしょうか。1945年は、あるいは1960年は、80年は、本当にもうどこにもないのでしょうか?
 僕にはそれがまだどこかにある、あるいはそれらの記憶が完全な形で残っている次元というものがやはりあると思います。

 「歴史から学ぶ」のは思いのほか大変です。
 往々にして、歴史からの学びVS忘却は忘却が勝利します。
 そして、そのことにより歴史は円環的に繰り返します。

 どうして「歴史から学ぶ」は大変なのか。
 一言で言ってそれは、僕らの経験ではないからでしょう。
 歴史の資料には、その当時の生活実感が、色が、音が、風の匂いがありません。
 それらを再現するには思考力と想像力が必要で、もし再現できたとしてもそのイメージにはこんなキャプションがついてしまいます。

  「これは再現VTRであり、実際の映像ではありません」

 やはり人為的に作られた1945年は、21世紀版の1945年となることは避けがたいと言えるでしょう。

 たかだか70年前ですらそうなのですから、100年前、200年前、1000年前という「異国、異文化」に想像力でアクセスするのは大変難しいことに思えます。

 しかし、もし僕らがそんな「異国」を旅できる時の人類学者となり、その時代の物音を、色を、風の匂いを、体験できるならば。
 そしてその記憶を「今」へと持ち帰ることができるならば、僕らの「今」はどのように変容するのか。
 「今」の自分の生活への、社会への、周りの人たちへの思いはどう変わるのか、、、

 僕がとりとめなく考える、そんなもしもについて、喋ってみました。





Haitaka Radio | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/18 17:02

MISERY hide Toshi著『洗脳』より

  






  ハードなロックですが、優しく聞こえるメロディと声が印象的です。

XJAPANのhideさん、お名前はもちろん知ってましたが、曲をちゃんと聴いたことはありませんでした。

  Toshiさんの『洗脳』を遅まきながら読みまして、そこに描かれたhideさんのキャラクターに魅力を感じ、これまたかなり遅まきながら曲を聴いてみた次第です。






 『洗脳』はToshiさんがホームオブハートという団体の幹部メンバー、そして自身の妻から10年以上にも及ぶ肉体的、精神的虐待、金銭の搾取を受けることになった経緯と、そこからの脱却、復活の軌跡をつづったものです。

 奥さん自体が、もともとこの団体のメンバーで、どうやら指導者の愛人でもありToshiさんを引き込むため結婚した可能性もあるような感じで・・・
 入会後は奥さんからも日夜罵倒と暴力を受けることになるという

それが10年以上。よく生きてこられたと思います。

 ここまでひどいケースはあまりないとは思いますが、スピリチュアルなことに関心がある者としてまったく他人事ではないというか。こんな風に自分の人生を、そして心を捻じ曲げられるというのがどれほどつらいことか。

 どうして世間的な価値観に疑問を持ち、癒しを求め、自然な生活をしたい、シンプルに生きたいという願いがこんな形になってしまうのか。

 本文の最初の頃のエピソードを読んでて思うのは、著者は十分に、この団体はおかしい、セミナーには参加しない方がいいかもしれないということを直感的に感知していたのではないかということです。実際、最初のセミナーに参加する当日に熱が38度も出てしまうというのはこれは明らかに、からだか、本能か、何かがストップをかけているような感じを受けます。

 ところが、そんな状態のtoshiさんに、幹部メンバーから次のような叱責が飛びます

 「これがあなたの本質に出会う最後のチャンスです。ほんとうにもったいないことです。」

 「そうやってせっかくのチャンスを無駄にするのがあなたのいつものパターンではありませんか、本質に触れるのを怖がっているのではないですか、申し込んだ時点でもうセミナーは始まってるんです」

 
 このような精神世界独特の言い回しを駆使して、健全な拒否反応は、高次元のものに振れることへの恐怖や、今までの悪い癖に置き換えられてしまいます。

 そして横では妻の守屋氏も言います。

 「二人でいかなきゃ意味がない!」

 通常ならば、それでも自分の違和感を信じることもできるのですが、やはりtoshiさんがその時何かに非常にすがりたい心境であったということと、何よりも一番信頼してるはずの奥さんがすでに相手側のコマとして動いていて、強烈にプッシュしてきたとうのが大きいと思います。
 このような孤立無援の環境では、誰でもこのトラップから逃れるのは容易ではありません。
 奥さんを疑うというのは、自分の心理的足場がさらに崩れることになります。

 そこでいやいやながら参加したセミナーでは親兄弟への怒りをかきたてて、マットをなぐらせ、おもちゃのナイフで突き刺させる、(周りをすべて敵に変換する)、うつぶせにされて罵倒されながら背中をたたかれるなどという行為が数時間にわたって続きます。そして頭が真っ白になったところへ、絶対的な存在としてのリーダーのMASAYAへの隷従が刷り込まれるのです。


 男性四人に囲まれ、かわるがわる背中をたたかれ、泣き叫びながら怒鳴られる。そこで泣かないと

 「もう泣けないほど、今も俺たちのいってることが聞こえないほど、もう凝り固まったエゴの化け物になったんだよ!」

 とさらに背中をバンバンと強くたたかれる。

 するとMASAYAの曲「大空を飛ぶ鳥のように」が大音量で流れる。

 「自分は最悪なエゴ人間に成り下がってしまったと、泣いていいんだよ!」

 あまりの恐怖と怒号と痛さで「ワーッ」と泣き出してしまうと、

 「それでいい、自分が最悪な人間だともっともっと認めていいんだよ!」
 「もっと泣け、もっと喚け!もっと嘆け!お前は本当に悲惨な人間なんだよ!」


 このような人間の心を、自尊心をもっとも乱暴な方法でぶち壊していく方法は、マインドコントロール、そして一部の自己啓発セミナーで使用されてきた方法のひとつです。

 本当に読んでいてかなりつらくなる、この世のものならぬひどい話しですが、しかし同時にXJAPANのHIDEさん、YOSHIKIさんら他のメンバーとの友情や、ホームオブハートを着の身着のままで逃げだしたToshiさんを長い間家に宿泊させてくれる老紳士との出会い(この方は奇しくも昔としという名の自身の子を亡くされていたという)、などが暗闇の中に差し込んだ光のように、一層まぶしいものに感じられます。

 これを読んで、XJAPANの曲、そしてhideさんの曲を聴いてみたくなりました。
 hideさんがいきなりXJAPANを脱退したToshiさんに憤りをぶつけるシーンも描かれていますが、それでもhideさんは自分自身やXJAPANのことのみではなく、仲間としてToshiさんの状態を案じているのがうかがえます。
 
 本文P90
 
 数日後、僕の所属事務所は「トシはまったく知らされていなかった解散劇」という僕を擁護するような記事をある週刊誌にしかけて出した。その記事を見たHIDEが怒って僕に電話してきたのだ。

 「なんだよ、あの週刊誌の記事は?」

 実際、記事の中身については事前に知らされていなかった僕は、HIDEから聞いたその内容に驚いた。そしてなによりもHIDEが僕に初めて激怒したことにももっと驚いてしまった。

 「ヒデちゃん、僕はその内容は知らなかった。だけど自分の事務所がやってしまったことだ。本当に申し訳ない。ごめんなさい」と謝った。
 
 そして、ちょうどセミナーを受けたばかりだった僕は、セミナーで気づかされたことをHIDEに話していた。幼少時の痛み、劣等感からロックスターにまでなったが、空しかったこと、実際自分の周りはトラブルばかりだったことなど、自分の幼少時からの痛みや心の傷や劣等感をさらけ出し人に伝える、セミナーで言ういわゆる「シェアー」を初めて外部の人にしたのは実はHIDEだったのだ。

 実際僕がXJAPAN時代、トラブルだtらけだったことを知っていたHIDEは、その話を「うん、うん」と聞いてくれていた。
 最初は怒りの様相だったHIDEの電話も、最後はHIDEから

 「トシくん、今度一緒にゆっくり飲みに行こうよ。またその話し聞かせてよ」
 「うん、わかったよ。電話してくれてありがとう、またね、ヒデちゃん・・・・」

 その20分ほどの電話がHIDEとの最後の会話だった。



 hideさんは、1998年に亡くなっています。諸説あるようですが一応公式には自殺ということになっています。 
 その前年1997年、大みそかXJAPANの解散コンサートがおこなわれた時、Toshiさんは洗脳真っ只中の状態で幻聴と闘いながら東京ドームの巨大なステージに立っていました。
 なんとこの日も地下室で三時間にわたり罵倒と暴力を受けてから、4時間にわたるラストステージに向かったというのですから、驚きます。
 この最後のライブでもtoshiさんは、hideさんの存在に救われたようでした。
 動画に残っていますが、HIDEさんに何か声をかけられたToshiさんがとてもいい顔になるのが印象的です。

 大切なものっていうのは、いつも本当に意外と近くにあるのかもしれませんよね。

 本文 p87 

 HIDEからの最後のプレゼント

 一曲目の演奏が終わり、何をしゃべったらいいのか、言葉を失った

 「XJAPANのラストライブを迎えました・・・」

 やっとの思いでそこまで言うと、また言葉を失う

 するとまたMASAYAと守谷の声が聞こえてくる

 「ハイエナのようなファンにちやほやされて鼻の下を伸ばしてるうじ虫男!」

 瞬間、YOSHIKIが激しくドラムを打ち鳴らした。

 そして思わず叫んだ。

 「気合入れていけ~!」

 数曲ののちまたトークの機会があった。そこでも何を語ったらいいのか、言葉に詰まっていた。

 するとまたあの声がとりついたように聞こえてくる。

 「お前のような宇宙的犯罪者は地獄のような人生を送る」

 突然、僕のそばにギタリストのHIDEが近寄ってきていた。

 赤い髪の毛にエナメルに光った赤い衣装。赤いハートのマークの入ったポップなデザインのギターを持ったHIDEが僕に何か叫んでいる。そして、大きく手を広げてジェスチャーをしていた。声は歓声にかき消されていたが、HIDEの声がかすかに聞こえた。

 「トシ君、パーッと、パーッと!」

 その顔には、派手なメイクを施していたが、口をちょっととがらして横に曲げた彼特有のはにかんだ笑顔だった。

 四月に脱退を申し入れてから八か月間、メンバーの誰とも話していない。コンサート直前のリハーサルでも、誰とも目を合わせなかった。そしてステージ上では熱狂するファンとも目を合わせられないでいた。孤立感、罪悪感。これでよかったんだろうかと思う心。様々な思いが交錯していた。そして頭の中で響くMASAYAと守谷の罵倒の幻聴。

 そのすべてを、HIDEが振り払ってくれた瞬間だった。

 そして僕は思いっきり東京ドームいっぱいのファンに向けて、そしてメンバーに向けて、そして自分自身にむけて叫んだ。

 「悔いのない有終の美を飾ろうぜ!」

 「やるときゃやれ~!!」





















 





 

 


好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/11 16:18

Clown Emeli Sandé





好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/05 20:59

火祭りと銀杏

  
  銀杏がすっかり色づき、いい感じになってます。

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  樹の中に入ってみた。

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 本日はあたたかく、いい天気

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 冬至まであと、3週間ほどとなったこの時期、火祭り的なイベントが多いような気がします。

 先日、仕事の外出付き添いで高幡不動尊のろうそく祭りに行ってきました。
 都内で観測史上初の11月の積雪が観測された日の前日。
 かなり夜からすでに冷えていましたが、その冷気の中提灯に点灯した五重塔が堂々とそびえていました。

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  高幡不動尊はご縁を感じてる場所のひとつで、10年以上前からたまに立ち寄ります。

  しばらく遠のいてましたが、今年に入って数年ぶりに訪れました。

  それが5月ごろ。
  春に行ったばかりなのに、今回は自分の意志と関係なくいくことになり、若干呼ばれてる感もあり。

  去年は初めて成田山も訪れましたので、なんだか、いろいろな身辺の変化の時期を導いてもらってるのかもしれません。


  ほかにも、見事な切り絵のキャンドルと、そのキャンドルロードなど

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 なかなかきれいで仕事中ですが、若干童心に帰ってしまいました^^

 んでですねーこれは昨日地元の小学校であったキャンドルイベント。

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 割と派手に花火も炸裂しています。 

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 花火が終わってからアナウンスがあり、なんでも屋上から校庭のキャンドルを眺められるとのこと。

 あがってみました。

 金網にかぶりついてみてる子供たち、 

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 校庭には、よく知ってるスーパーおじさんが・・・

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 なんと、マリオだったんですね!!

 そういえば花火の間、ずっとマリオゲームのBGMが流れてたけど。

 テンションのあがった男の子が、「これは一年に一度しか見られない絶景なのだ!!」と鼻血がでそうな勢いで叫んでいてウケました。子供元気やなー。
 基本冬とかテンションには影響しない生物ですね。元気もらえますけど。
 僕もそういえば、雪降っても半ズボンで通ったりしてました。

 でも見事なキャンドルアートで、またまた童心に戻り、金網にかぶりつき夢中で写真を撮ってしまいました。
 割と簡単に童心に戻るのが得意です(笑)

 どうしても冬の夜なんて暖房のきいた部屋でDVD鑑賞でもしてたくなりますが、こういう火祭り的イベントって寒さを忘れられていいなーと思います。

 冬至前後の長い夜に、火祭りでゆらめく炎は、昔から春を待つ勇気と元気を人に与えてきたのかもしれません。


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  木もまた燃ゆる・・・・・横で

  つぼみはもう春の夢を見ている

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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/04 19:53
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