2021. 05. 30  


  最近、地上波のプレバトっていう番組を見てて「俳句面白いな~」と思いました。

  特に、普段あまり使わないような「季語」の中には、何語も使わないと言い表せないような「こと」とか「もの」が一語であらわせたりするものが多く 勉強になります。

 ちょっと前に「花筏(はないかだ)」という言葉を知りました。

 これは桜の散った花びらが、川を埋めて流れていく様子(あるいは川を下る筏に花が落ちること)を言うそうです。

 こういう雅な現象を一語で言い表せる言葉があるというのは、やっぱり日本語の長所なのかなと。

 僕は、俳句をつくる習慣はないのですが、おばあちゃんが俳句(というか川柳かな?)をよむのが趣味で、よく新聞に投稿し時々掲載されてました。

 で、その掲載された記事をはさみで切って、集めていたのを覚えています。

 どんな俳句だったかはほぼ覚えていません。

 ただ その中に


 老人に うちわすすめて 古い風



 っていう句があり、、

 イラスト付きで掲載されてレビューされていたので、この句だけは記憶に残っています。

 「エアコンでも扇風機でもない うちわの風=古い風 それが一番ですね」というような寸評が書かれていました。
 
 正直子供なので俳句の良し悪しはわかりませんでしたが イラスト付きで新聞に載るなんてすげーと 子供心に思いました。

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 もうちょっと大きくなったころ「あんたも俳句作ってみ」とおばあちゃんに勧められたことがありました。 

 その頃僕は 自分で詩を書いたりはしてましたが、いや 俳句って・・・ちょっとダサいしみたいなところがあり、あまりその気になりませんでした。

 もちろん、今は 俳句がダサいとかまったく思わないし、むしろ すごい表現方法だなあと。

 特に、定型があって 文字数が短くて、季語を入れるなど そういう枠がある中で表現するというのが なんか逆に脳を活性化するというか刺激するというか そんな感じがしますね。

 この文字数が少ないっていうことすごいポイントで

 どうも世界最古の詩というのは 叙事詩 (ギルガメッシュ叙事詩など)的なものらしいのですが

 なぜ詩文かというと、思うに この頃って粘土板に彫り込んだりしてたみたいなので

 とてもじゃないが饒舌な 散文体なんかでは記せないですよね。

 無駄な言葉が多いと彫るのがめんどくさくて 疲れるし 無駄。

 「えーとですねー」 とか 「はいはい、どうも~」とか「ほぼほぼ大丈夫っす」とか そんな意味がない言葉を

 彫ってたらキレますよ、彫り師(笑) やっとれん。

 だから必要最低限 吟味した言葉を残すとなると やっぱり詩みたいな形式になる。

 ということは 最古の文学というのもやはり詩なのかなとも思います。


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 まあ 芭蕉の頃だっておそらく 紙や筆(墨)が無尽蔵にあるわけでもなく こんな風にキーボードで文字を打ちまくることもできない。

 もっと集中して練って書き上げる。

 言葉を記すということの意味合いが今とはまったく違ったんだろうなあ と思うんです。

 現在は ボールペンとノートでも パソコンでも いっくらでも書きまくれる ということは その分 言葉にこもる熱量は減っているにちがいありません。(饒舌体の表現形式というのはその空虚さをも文学的にあらわすものでしょう)

 携帯も電話もない時代・・・・ランプに照らされながら ふるさとや恋人を想い 書く手紙と、今 自動変換機能つきのスマホで送るメールは まったく 違うものではないかと。

 では、その言葉にこもる熱量を回復するためには どうすればいいかというと 分散されていた熱量を集約する。

 つまり まず黙り 言葉を吟味し 限る。 ということになり ・・・

 そういう意味で 定型の詩というのは 一語一語の存在感や重み 熱量を回復させるために最良の手段かもしれないと思いました。

 書き言葉のもともとの役割は、忘れがたいもの どうしても他者や後世に伝えたいものを記すということだったでしょう。

 そこに必然的に熱量がこもる 

 時を越えるような。

 ところが現代に溢れているような その場しのぎの言葉 売り込み 操り 良く見せる 嘘のための言葉というのは 

 おそらくすぐに忘れ去られます。

 でも 社会を回すために そのような言語を発し続けざるを得ない という・・・・

 忘れ去られるだけならまだしも、

 そういう言語の氾濫が 世界をより混乱させ 傷つけている面もあるような気がしてしまいます。


 だから そういう流れの中で 俳句などが注目されるのってすごい いいことですね。


 僕は 言葉の持つ 霊性(内面)にフォーカスさせる作用とか、治癒的な作用に興味があります。

 一例ですが 「生かされている」とか「愛されている」という言葉を 心の中で あるいは小さな声で繰り返すと

 身体的なレベルでも微妙な変化を感じます。

 力が抜けたり、胸キュンな感じや おなかが減った感じがしたり 安定感が少し増したような感じとか。

 こういう言葉っていうのは 

 真理に基づいている と 僕は思っています。

 これは 本当のことなんです。

 本当の事だから 微妙に気持ちが晴れたりする。

 人の苦しみにはいろんな理由がありますが、そのひとつは

 認識が本当ではないことにフォーカスしている
から。

 その状態からの 解毒剤として こういう言葉は有効だと思うんですね。

 言葉の持つ 本当のことにフォーカスさせる力。


 その辺の事をまたあらためて書いてみたいと思います(^∇^)ノ

 

2021. 05. 28  


  (現実の)第二のレベルではあらゆるものは、ハワイ語でアカと呼ぶ「エネルギー的物質」の糸を介して他のすべてのものと接触している。

  ホオマナにおいては、宇宙のあらゆるものは第二のレヴェルでこのアカの糸で織られた広大な網もしくは蜘蛛の巣状のもので他の一切とつながっている。

 こうした結びつきは思考と意図の両方によって生み出すことができる・・・注意の集中によって「活性化」されるのである。瞑想の際に実践されるような集中の持続は、理論上は接続の強さや量を増大させる。

 (中略)

 ナイノアとの出会いの間にわたしが経験した「時間拡大現象」は、ホオマナの別の概念によって解き明かされた。

 現実の第二のレヴェルでは時間は同時発生的なのである。

 つまり過去に起こったあらゆることも未来に起こるあらゆることも、アカの場を通じて相互に連結し、同時に進行することがあり得る。

 このためキングが指摘しているように、現実の(あるいは意識の)第二のレヴェルでは始まりも終わりもない・・・循環と転移があるのみだ。

 輪廻転生の概念に当てはめれば、この見方は、人の過去世と未来世の生は、理論上は、現実の第二のレヴェルでアカの場を通じて相互に連結し、ふたつ同時に進行することがあり得るのを示唆している。

 (中略)

 このレヴェルの現実では時間は同時発生的なので、アカによる結びつきは空間ばかりか時間をも超えて広がる可能性がある。人によっては過去世の断片を思い出せるのは、おそらくこれが経路になっているのだろう。ナイノアとの結びつきを認識する手立てを私に提供したのもおそらくそれだろう。


 ハンク・ウェスルマン著 「スピリットウォーカー」 11章「ホオマナ」より


    


 時間が同時発生的というのは、因果律に縛られたこの世界の見方ではちょっと意味不明なのですが、臨死体験をした人々などは自由に時間を移動出来たり、複数の過去世が「今」同時に展開しているのを認識したりすることがあるようです。 
 
 「時間が空間になる」ということでしょうか。

 そういうリアリティが確かにあるのかもしれません。

 そしてウェスルマン博士がいう、この第二のレベルでは、あらゆるものはあらゆるものとエネルギー的な糸によって結ばれている。

 つまり、ワンネスの次元でもあるように思えます。

 よくリアリティは糸や織物で例えられます。

 一枚織のタペストリーのように、あらゆる生き物、現実はつながっている。
 つながっているから、部分の変化は全体に、全体の変化は部分に影響する。

 なので、「生きとし生けるものがみな救われなければ 自分の幸福もあり得ない」という宮沢賢治の観方に至ります。

 このすべてと結びつく「アカの糸」は、必要に応じてアクティベイトされるようですけど、最近ちょっとしたことで、それを実感しました。

 僕は訪問介護の仕事をしていて、これは例えば夕方まで働くと、引継ぎの人が来て交替するシステムですが、、、

 誰と交代するかは割とランダムで決まっていません。

 ところが 仕事に出かける前に、ある人のことが何度も頭をよぎるんですよね。

 仕事上の付き合いで、7年くらい前に知り合い、何度か食事に行ったりしたことがある割とよく話す人です。

 その人とこの前話したこととか、いろいろ妙に想い出す。

 
 それで、ちょうどスピリットウォーカーを再読していたので、「あれー? これアカの糸がアクティベイトしてる系なのかな。ということは、今日の交代は〇〇さんかな」と思って出かけました。

 そうすると まさに ビンゴ!!でした 。

 
 あと、こんなこともありました。


 何年か前、自分が入ってた現場に新人さんが入ることになったので、僕が研修をすることになりました。

 ケアマネさんから その新人さんの名前だけ教えてもらい 現場で顔合わせることになりました。

 いったいどんな人だろうと思いつつ ちょっと遊び半分で実験。

 名前を心に軽く止めつつ、どんなイメージが浮かんでくるか眺めます。

 すると

 「しゃべらない」「寡黙」な男の子
 
 という印象がどこからともなく浮上してきました。


 え?しゃべらんの(゚д゚)そりゃ困る

 そして、、、現場で会ってみると これまたビンゴ。

 僕も初対面の相手にべらべらしゃべくりまくるタイプではないので、ある意味似てるところもあるのか、ほおっておくと二人とも「・・・・」みたいな感じになる。
 しかし一応先輩なわけなので変な沈黙を作らないように ちょっと自分的に頑張って喋っていた記憶があります。



 今思うと、こういうのも アカの糸を通じて情報を入手していたのかなと思います。

 相手も僕に近々会うことを予期しており、僕は相手の名前を知っており、、、という状態は ある程度糸がアクティベイトしている状態なのかもしれません。

 そのエネルギーの流れに、ある程度情報がのっかってくるのかな。

 推測にすぎませんが。


 ただ、介護の仕事、人のからだや家の生々しいエネルギーと関わることが多いため、「糸」の存在を感じることって他にも多々あったような気がします。

 ある利用者さんのところで10時間を越える長時間介護をしてると、仕事以外の時間、やったらと道でばったり出くわすとかなんかそういうこともありました。

 ちょっと道でばったり多すぎて、不気味がられてないかなと心配になりました。

 車椅子の背後からついて歩く、ということが多いので、もしかすると仕事終わってからも無意識にトレイスしてしまうのか。

 あるいはこの「糸」ってものはそう器用に仕事とプライベートを区別できないものなのか。

 
 「糸」が休眠状態に入る、という感覚もあります。

 ある人との間にあったシンクロ感のようなものが失われていくというか。

 関係性が眠りにつく。

 しかし、これも糸が切れたわけではなく アカの糸がまたアクティベイトされれば、関係性は復活することも多々あります。

 アカの糸は あらゆるものを あらゆるものと結びつける糸であるわけなので、真の意味では切れない。

 切れたら織物全体がほどけてしまうわけですから。

 だから 間が険悪になりもう会わないような人に対しても なるべくなら悪い気持ちは持たない方がいいし、許せれば許した方がよいというのもそこから来るのかもしれません。

 またずっと昔にお世話になった人に対しても、そのアカの糸を通じて「あの時はありがとう」の気持ちを送ってみれば、どこかのレベルでそれは受け取られるのではないか・・・と思います。

 
 すべてはつながっている

 私たちはひとりではない



 こういった言葉の根源は、アカの糸の次元よりくるのかなと思いました。

 そして その次元を歌った名曲は言わずと知れたこちら(〃▽〃)


 
 

2021. 05. 20  

 英科学者、1000年後の人類の姿を大胆予想 より

 2012年10月26日

 英国の科学者はこのほど、1000年後の人類がどんな姿をしているかを予測した。それによると、スマートフォンやパソコンなどのハイテク製品がますます普及し、生活環境が変わるに伴い、人類はより背が高くなり、脳が小型化し、目が大きくなり、歯は少なくなり、手足はより長くなり、しわが増えるという。1000年後の人類はあまり格好いい姿とは言えず、むしろ「怪人」のようだ。広州日報が伝えた。

 ▽タッチパネルで指や目が変化

 英国自然史博物館のクリス・ストリンガー氏は、「記憶や思考などの作業の多くがコンピュータに取って代わられることから、1000年後の人類はより小さな脳を持つようになるだろう。SF小説や映画の中では、巨大な脳を持つ未来の人類が描かれるが、大きな脳が必ずしも最善とは限らない」と語る。

 また、iPhoneなどタッチパネルを使う電子製品が普及することにより、人類はより複雑な「目と手の連携」が必要となる。このため、手のひらや指の末端神経はより敏感になるだろう。人類が最も良く使う四股も1000年の間に劇的な変化を遂げる。未来の人類の腕と指はテナガザルのように長くなり、遠いところの物を取るのが便利になる。

 ▽エアコンで体毛や鼻が変化

 その他、人類の移動が頻繁になり、人種間の交配が進むことで、肌の色はより濃く変化すると見られる。また、エアコンやセントラルヒーティングのおかげで気候が人類にもたらす影響がますます小さくなり、鼻の特徴は均一化する。また、ハイテクを駆使した防寒着などにより、身体を「自ら保温」する必要がなくなるため、体毛はますます薄くなり、無くなる可能性もある。

 また、将来は食べ物がますます軟らかくなるため食べ物を咀嚼したり噛みちぎることが少なくなり、歯の本数が減少し、口も小さくなると予想される。



・・・あるいは・・・・


 アメリカ人が来るまで、ハワイ諸島には金属も、ガラスや陶製のものも、紙や本や綿織物もなかったし、牛馬や羊、山羊の類もいなかった。だが「グレートエイジ」の末にアメリカ人は忽然と消えてしまった。彼らがあとに残した金属の機械は動かなくなり、すぐに他の有用な品物に作り替えられてしまった。

 グレートエイジの終わりに「滅亡」が到来したとき、ハワイにはアメリカのほか、イアパナ(日本)、アイナパケ(中国)、アイナピリピノ(フィリピン)、オケクレリア(オーストラリア)といった伝説の地からきた大勢の人が住んでいたと考えられる。この時期の歴史記録は広範な社会的不和と政治的大変動を伝えている。
 ハワイ諸島の住民たちの大半は、人口過剰だったために、餓死した。飢饉を生き延びた人々も多くはその後、疫病をともなった「大洪水」によって死滅した。

 ・・・・・環境・進化生物学を学んだ下地があるわたしには一定の見通しがついている。われわれが人口過剰の問題に取り組んで、その傾向を逆転させなければ、抑制と均衡(チェック&バランス)という太古からの地球の仕組みがわれわれに代わってそれをするだろうと、怖いほどはっきりわたしにはわかる。

 その証拠は化石記録や現在の生態系の個体群動態の中に存在する・・・否定できない証拠が。

 個体数過剰は、一定の種の各個体がその生殖能力を最大限に発揮するときに起こる。破局的な個体数過剰に陥った種は通常「激減(クラッシュ)」する。絶滅も現実的な可能性としてある。

 個体が最大限に生殖するのを妨げる固有の特別な進化のメカニズムはないようだから、したがって進化の過程には絶滅を防ぐ固有のメカニズムはないことになる。



 ハンク・ウェスルマン著「スピリットウォーカー」早川書房より 1996年版

 


・・・様々な未来・・・




 人は、数年、あるいは十数年先の
未来なら現在の延長上という形で予測できるかもしれない。

 でも、1000年後、西暦3020年ごろ(西暦をまだ使っていれば)の未来など誰が予測できるだろう。

 予測というのは常に今あるものに基づいてされるため、まったく新しい概念や、技術が入る余地がない。

 そして 昨年からのパンデミックを誰も予期していなかったように 思いもかけないような出来事が常に起こり続ける。

 人が描く未来像はいつも近視眼的だ。

 オリンピックは行われるのか、パンデミックはいつまで続くのか、南海トラフや首都直下はい起こるのか・・・ということには興味の焦点を合わせられるが

 1000年後の世界にいくら思いを馳せようとしても、予測できる材料があまりにも少ないためイメージが浮かびにくい。

 そして何よりも 自分がもう確実に生きていないだろう という事実が より一層興味を失わせることは確かだ。

 しかしいくつかのシナリオというか 型が想定できる 


 想像を絶するテクノロジーの世界になっているか(SF的ユートピア) 加速する気候変動を逃れ人類は地下で暮らしていたり、管理抑圧するシステムに支配されているか(ディストピア)

 現在の文明自体がリセットされて、非常に荒涼とした死の星か、緑に包まれた動植物の楽園になっていて人間は今より質素な暮らしをしている可能性。(リセット) ウェスルマン博士が80年代に体験した 「スピリットウォーカー」の世界。

 あるいは 聖書や古代からの預言に記されているような 人間の愛や霊性が花開いた千年王国的な楽園が実現しているか。(霊的ユートピア)

 リセット 霊的ユートピア SF的ディストピア これらのミックスか

 そもそも 人間自体が 物理的には存在していない という可能性も大いにあることは誰も否定できないだろう。


 ひとつだけ確かなことは、今とはまったく違う世界になっているであろうということだけだ。
  

 1000年後、日本という国は存在しているだろうか?
 ロシアは? 米国や英国は? 中国、インドは? 
 誰にもわからないし、国家という概念そのものが消滅している可能性も高い。

 コンビニエンスストアであるとか、JRであるとか、国会であるとか、普段当たり前のものとして口にしている言葉のほとんどすべてが意味をなさなくなっている 

 言語の形や発音すら1000年たてば変質してゆくだろう。

 僕らが書いたり しゃべっているのは 一過性の古代語のようなものだ。



 そして ほとんどすべてのものが忘れさられている。

 今は誰もが知っている有名人、政治家、アーティスト、土地の名前 国の名前 などその大半は忘れられていく。

 そういう意味では ほとんど誰もが無名の存在で、ただ生きている時に 自分をひとかどのものと思い込めるかどうか その違いしかない。

 人は「今」を当たり前のように生きる。

 数十年同じことが続けば、その日常は永遠なのだと思い込む。

 あたかも 500年、1000年たっても、今と同じような娯楽があり 街並みが広がっているものと思い込む。

 そのため 「今」の時空における一回性、特殊性すらよく理解することができない。

 僕は他の誰もと同じように この世界にいなかったかのように 足跡を消してゆく。

 人は全て互いに忘れ また忘れ去られてゆく。

 忘れ、忘れ去られた人生、その無数の痛み、よろこび、悲しみや 生きる意味への問いかけがあった。

 その多くは 書き記されることも 話されることもなく 彼らの中にとどめられたままだった。

 そのことを考えると 圧倒される。

 歴史は この忘却の惑星の記憶をほとんど語れない。



 逆に1000年という時を越えて残るものは何か。


 熱い思い、

 伝えたいという想いに根差しているもの。

 人が心から素晴らしいと思うものは 一定の時を越えて継続する。

 また、変わらない人間性のアーキタイプに根差したものも 時を越えて再現される。

 思索 芸術 宗教 政治と権力 科学 争い 欲望 愛 など


 石に刻まれたもの 洞窟壁画 巨石文明の痕跡なども残り続けるだろう。

 現代の文明の痕跡は消えても ピラミッドとストーンサークルは時間を刻み続けるかもしれない。


 また

 個々の人生の記憶は忘れ去られる が しかし 消え去るわけではない。

 僕らがこの惑星の この不思議な時に過ごした経験、感情、想い それらのひとつひとつは消えることなく 「誰か」に引き継がれる。

 それもまた確かなことだと僕は 想う。

 歴史的な転換点に生きているため おそらく貴重な記録となるだろう。

 その「誰か」は 肉体的な子孫であるか 自分の別の転生であるか わからない。でも、それは受け継がれ 引き継がれる。

 ウェスルマン博士の体験のように 個々の人生のリアリティは、現在から未来だけではなく、未来から過去へも時空をこえて共鳴する。

 逆に言えば

 僕らは一人の個人として 今を生きているが 無意識下では 数多くの人生の記憶を持っている。

 過去世 祖先の記憶 似た魂の記憶 もしかすると未来の誰かの記憶ですらも

 彼らの人生が映し出される 水晶玉のようなものを 心の中にいくつも持っている。

 その水晶玉に彼らの想いが映し出され 別の時空の映像がまたたく

 だから様々なものに懐かしさや憧れを覚えるのではないかと僕は思う。

 行ったことのない国の風景や 生きているはずなどない時代の光景に いとしさに似た感情を覚える。

 それは僕らがあらゆるものとつながり どこかの誰かの人生をも共有しているからではないだろうか。

 1000年後の未来

 僕らの人生は忘れ去られ その足跡は消えてゆく。

 しかし 1000年後の想像もつかない世界に生きる 「誰か」の心の 本当に奥深くでは 神秘的な水晶が 僕らの痛みを 勇気を 喜びを 愛を 映し続ける。

 きらめく「今」の映像をまたたかせながら そして 僕らに似た誰かの1000年後の「今」に働き続けるのである。

 あらゆる人生の記憶 

 それはすべての尊いもの 真なるものがそうであるように

 忘れ去られることはあっても 決して消え去ることはない。
 


 今回のややしんみりしたノリは 走り書きしたMY NOTEの呟きよりお届けしました..゚+.(・∀・)゚+ チャオ~

2021. 05. 18  





 CRISPR(クリスパー)というDNAをカット&ペーストできるテクノロジー。

 DNAをむやみに改変することに対する倫理的な問題が議論される中、バイオハッカーと呼ばれる一般の遺伝子技術者はこのテクノロジーを誰もが自由に使えるように流出させている。。。

 バイオハッカー (゚д゚) やと なにそれ

 これはかなりゾゾっとする話しです。

 観ながら「それはアカン アカン やったらアカン・・・・」 と10回くらい呟きました。

 何がアカンて、動画の中に ホタルのDNAを編集されて顔が蛍光で光ってる猿の写真が出てきたんですけど。


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 これはアカンでしょ。

 本脳的に アカン という感じがします。

 


  これOKなら、ペット用遺伝子改変生物とか、遺伝子改変動物園とか・・・ヤバげなことなんでもありやん。

ていうかもういるのか。ブラックライトで光るお魚さん↓とか

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 こんなこと堂々とやってるくらいなら もうすでに遺伝子改変の細菌やウィルス 奇妙な動物がどんくらいラボから環境中に出てるかわかったものじゃない。

 あ・・・というか コロ〇がそもそもそうだし、ワクチンのmRNAは半永久的に体内に残る可能性もあるということは


 現在、全人類規模で CRISPR されてる?もしかして絶賛組み換え中?。 実験場になってる?



 いや、まあ それは置いといて こんな技術が例えばネットで購入出来ちゃったりするのは本当にすごい時代です。

軍事的に使われる可能性もあります。

「CRISPRを活用して将来の戦場で人間の能力を高める可能性は、現時点では架空の可能性に過ぎませんが、中国の軍事研究者がその可能性を探求し始めている兆候があります」と、KaniaとVornDickは2019年のレポートに書いています。
  
中国が「生物学的に強化された」兵士を設計するために人間を実験している、米国のトップインテル公式は言う より↑

 人類の新たな一章の初めにいるというよりも、これは「核」とかと一緒で 終末期に出てくる神の領域をいじる技術であるようにも思えます。

 確かケイシーのリーディングだったかな?の中に、アトランティス末期には 娯楽用に遺伝子操作された生き物がたくさん作られていたというような記述があったような。 

 光るサルは自分的には完全にアウトだと思いますが、それでも失明しそうな男の子が 遺伝子治療で目が見えるようになる(かも)というエピソードもあり、、、

 うーん。。。これはやってはいけないとは言えないなあ・・・と思ってしまいます。

 しかし、今後、気候変動に備えて 暑さに強いDNAを入れますとか、寿命を130才まで伸ばせますとか(マウスでは30パーセントの延長に成功)、トカゲのようにからだを損傷しても再生できるとか、なんだかそういうビジネスが出てきて、、、

 これがブレインテクノロジーとか、VR、ムーンショットプロジェクト的なこととかとミックスされたら もう完全に 



 僕ら超人化!! \(^o^)/ウエーイ



 ・・・しかし 人間ではなくなってますよね。 

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 ああ べたべたなものを作ってしまった(。-_-。)←暇

 しかし マジな話し、


 どこまで受け入れるべきなんだろうか。

 病気の治療に関してはOKなんだろうか。

 もし まわりがどんどん超人になっていけば、自分だけこのままでいいと 果たして言えるのか。

 極論すれば 死なないからだ という誘いを蹴れるのか。

 なんだか銀河鉄道999みたいですね。

 もしそうなったら

 各自にこれらを受け入れるか それとも自然の人間でいるかが 選択が問われる

 そんな 時代も意外と早く来るのでしょうか。



2021. 05. 16  


  生きていると、いろいろな信念体系の中で心の中に ある「かたまり」のようなものが出来てゆくことがあります。

  今例えば、オリンピック開催への批判が高まっていて、今の状況下で国際的なイベントを開くということに憤りを覚える方も多いようです。

  そういうことであるとか、ロックダウンやワクチンといったことが支配する不気味さであるとか。

  探そうとすればいくらでも 黒いものの気配は見つかり、それを内面化すると心の中にほぐれないこりのようなものが出来てゆくのを感じます。

 批判や告発 反対 というような動きはある面ではもちろん必要だから起こっていることで、、、

 僕もどちらかというと オリンピックはやんなくていいんじゃないかな~ と思っていましたが

 最近は どちらでもいいというか

 オリンピックをする しない というようなことが 自分の人生にとってどれくらい意味があるのか 

 どれくらいの心の深さの次元で 反対だと考えているのかと問うと

 別に どちらでもいい、というスタンスに設定しても問題ないかなと感じました。

 多分 多くの人もそうだと思うのです。

 例えば 目の前に自分の死や もっと大きな災厄を突きけられると ホントに 

 そんなことに思考のエネルギーを使ってる暇がなくなると思うのです。

 それを突き詰けられても オリンピックなどすべきではない!! ということにエネルギーを費やせる人というのはそのことに命を懸けていることになり、その人にとっては それは正しいことです。

 なのですが、、、命を懸けていなくても そこにエネルギーを費やすという習慣が僕らにはあります。

 日常の中で多くの嫌なことに囲まれていると、それを自宅に持ち帰った時、その心の中にできたかたまりを何かに投影したくなります。それが オリンピックであったり 政権の腐敗や 原発問題であったり ディープステートの陰謀であったりする場合もあるということです。

 僕も 聴かれば 多分

 「オリンピック? やんなくていいんじゃないんですか」と答えますし、「なんでこんな狭い国に原発いっぱい作るのかなー馬鹿なのかなあ」「即席ワクチンとかいいからさ」 と思ってますが

 それを心の「かたまり」にしたくない。

 意味伝わりますでしょうか(。-_-。)

 心に「かたまり」をつくることで常に黒いものの気配と対峙している生活は疲れます。


 なので、 これらの「かたまり」を定期的にほぐす 「ないもの」とする必要性をいつも感じています。

 
 簡単なのはニュース的な情報を観ることを一時的に 一切やめることです。
 代替メディアもユーチューバーも含め 外的な何かについての情報を一切絶つ。

 ニュース脳(情報によるアドレナリン依存)が確立してると 「うぎゃあああ ニュースみたい!! ニュースがぁぁ 死ぬうぅ(@゚Д゚)@。Д。)わぁぁぁ~~~~ッ!!!!!!」 という禁断症状が出るかもしれませんが 2,3日すると 

 「あれ、なんについて怒ってたんだっけ?? .゚+.(・∀・)゚+.ハニャ」

 となるかもしれません。


 僕がよく行うのは これは瞑想というか認識の訓練みたいなものですけど、すべてを 「光」だと観ずることです。

 「神」であるとか「愛」と観てもかまいません。

 かたまりの入る余地のない 二元性を越えたものならなんでもよくて 自分にフィットするイメージを選べばなんでもOK。


 身体の周囲が光に包まれていることをイメージします そして自分が光であることを想い出し、光の中に存在していることを想い出します。

 僕らの実体は 果てしなく広がり輝く<光の海>のようなものだと観じます。

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 僕らは光なので 性別はありません。

 また所持金や職業もありません。

 どこに住んでるわけでもありません。年齢もありません。

 病気でも健康でもかわりません。

 時間も 空間もありません。 


 それらに規定されていないものとしての自分を イメージします。 

 喜びにあふれ 愛し 愛されることだけに意味を見出す意識です。
 

 お金持ちでも 孤独でも 結婚してても 独身でも どんな状況にあっても
 有名でも無名でも 

 どのような思想信条を持っていても

 まったく同じ「光」であり、ひとつながりの「命」なのだと観じます。 

 ハリウッドスターと あなたは 同じだけ「光」です。

 「光」はカリスマ性とかとは違います。そんなのなくてもいいんです。
 
 道で横になっているホームレスのおじさんとも同じだけ「光」です。

 
 『私は光であり すべては光であり 光のみが存在する 
 私は神であり すべては神であり 神のみが存在する



 そのような 一元的な世界に入る。

 すると かたまりがほぐれて 溶けてゆきます。

 完全に溶けて消えて行かなくても 軽くなる。かたまりが実在感を失います。

 さっきまで重くかたい岩みたいな 殴りつけるとこっちの手の骨が折れるようなものだった。

 ぶっ壊すにはダイナマイトじゃないと無理か??みたいなものが。

 ぼやーっと ホログラムのような あるのかないのか 幻影か目の錯覚か まあ どっちでもいいか

 みたいなw ものに変わるかもしれません。

 悪はあるかもしれない。

 しかし それはコマであり プログラムです。大きい視野で見れば神の現れなのでしょう。

 影ができるのは光があるからだとも言えます。 


 しかし 僕らの心の中でのみ それは大きく 固く 重く 黒くなって はっきりと実在してゆくのです。

 そのようなかたまりに 常習的に自分の心の力を注ぎ入れることで。

 かたまりにエネルギーを注ぎ続けるのか あるいは すべてを光にかえすのか。


 これはどちらがいいとか悪いとかいうことでもなく 

 もう趣味ですね、趣味(笑)個人の。


 内面にかたまりを保つことは それによって生まれるドラマがあり、それらも神の貴重な物語なんです。


 ただ、これまでの時代 どういう状況でも内面の光を失わず 愛情深く 希望を持っていた人々はたくさんいました。

 命が尽きる時でも 光に帰るという信念と喜びを持っていました。

 何が正しいというわけではない。

 でも、自分としては そっち側でありたい。


 オリンピックはどうでもいい。マジで。


 でもそっち側ではありたいです(〃▽〃)



 日比谷公園のバラ+゚。*(*´∀`*)*。゚+


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2021. 05. 05  



 告発者;ギアート・バンデン・ボッシュ博士
   
 経歴: ・グラクソスミスクライン社の医薬部でワクチン研究
      ・ノバルティス社のワクチン研究プログラムディレクター
       ・ソルベイ・バイオロジカル社でインフルエンザワクチンのプロジェクトディレクター
      ・ビル&メリンダ財団でワクチン部の上級プログラム局長
      ・GAVI(全世界にワクチンを広める慈善団体)でプログラムマネージャー
       ・ドイツ感染研究センターでワクチン開発局長


 要点:◆新型コロナワクチンはあなたのからだの自然免疫を永続的に破壊します。

     ◆高感染性の変異株はワクチンによって発生した可能性があります



 お肉券とか アベノマスクとか うちわ会食とかなんか だるんだるんの対策でやったふり感を出しててくれた方がいいのかもしれない。いや、あえてそうしているのか!? さすが神秘の国ジパングだ!!応援するぜ。

 僕は前から思っていたことですが、余程の社会的圧力(からだを拘束されて病院に搬送されるとか)がかからない限りすすんでワクワクは打ちませんし、周りの人 大切な人にもうってほしくありません。

 っていうのは、特に医学的な知識があるからではなく このパンデミックがプランデミックではないかと考えると その延長であるワクチンというものをどうしても肯定的にとらえられないからです。

 直観的にどうみてもおかしいと思う。

 ボッシュ博士の発言も100パー正しいかわかりませんが、世界的なワクチンのエキスパートが「これだけはやっちゃダメだ。大変なことになる。いや、もうなっている」と言っています。「

 なぜそれほど必死なのか ワクチンの権威者がなぜ時流に逆らってそのような発言をするのか 聴いてみる価値はあります。

 これはよく揶揄される陰謀論や都市伝説的な類の話しではないです。一種の医学的主張であり仮説・・あるいは警告ととらえられるべきです。

 絶対に主流メディアでは流れないと思うので ご紹介したいと思いました。


   以下、ブログ In deepさんの記事「新型コロナワクチンは人間のすべての免疫能力を破壊して人を死に導く」:元ゲイツ財団のワクチン開発局長のボッシュ博士は人類の存続のためにワクチン使用停止を訴え続けるより。動画の文字起こしされてる箇所。

 bossche-interview-0306.jpg




ボッシュ博士:

事実として、それ(コロナワクチン)は永続的抗体なんです。

これは、もちろんウイルスに対して高特異性です。

これらは、私たちの自然抗体を打ち負かしてしまいます。なぜなら、自然抗体というのは、非常に広い範囲を持ちますから。低親和性のものです。

特定の抗体は、その後も自然抗体を打ち負かすことを継続するわけです。

これは大きな問題です。

なぜなら、先ほど申し上げましたように、これらの自然抗体が広い範囲の保護を提供してくれているからです。

この保護というのは、変異に非特異的(人間が持つ自然の抗体はどんな変異種にも対応できるということ)なのです 。

そうなんです。どんな変異種であろうが。
いかなる種類のコロナウイルスに対しても同様なのです。

(自然抗体は)あなたを守ってくれるのです。

この生まれつきの免疫を抑圧してしまうと……例えば、永続的な特異的抗体に打ち負かされてしまうことなどがあります。

ですので、こういうようなこと(新型コロナワクチンの大量接種)はいけないことなのです。このような試みは、「今回はうまくいかなかった。もう一回トライしてみよう」ではダメなのです。

ここには害があります。

これ(コロナワクチン接種により害が起きること)は「そうなるかもしれない」という疑問や懸念ではありません。

起こるのです。

これら(コロナワクチンによっての)抗体というのが、コロナウイルスに遭遇するたびに呼び出されることを忘れないでください。

消すことなどできないのです。

ですので、これは非常に深刻なことです。




司会者:

コロナワクチンは一般的に私たちが使用するような薬のようなものではなく、深刻なものです。

ボッシュ氏が用いている言葉は、永続的抗体(long-lived antibodies)です。

サッカーの試合を例にしてみましょう。サッカーを見たことがあるなら、意味がおわかりになるかと思います。

私のチームである「免疫システム」には、非特異的抗体がいます。それはボッシュ氏が言うには、広い範囲に低親和性(ウイルス等が細胞で増殖しにくくすること)です。

つまり誰が来ようと構わないのです (もともと持つ抗体はどんなウイルス種にも対抗できる)。

たとえば、サッカーの敵側チームのメンバーに、コロナウイルスのすべての変異種があるとします。

 antibody-team-001.jpg


 変異種 A、変異種 F、変異種 T、変異種 Y、変異種 X、変異種 R、変異種 L、とありますが、このケース(本来の自然抗体を持っている状態)では、この中の誰がサッカーボールを持っていてもいいのです。

非特異的ですから、誰がやってきても大丈夫なのです。

たとえば、この中の「変異種の X 」がサッカーボールを持つとします。その X がこちらのチームに向かって走ってきます。

しかし、味方のチームの非特異的抗体がタックルして X は死滅します。

X はもうどこにも行けません。

では、変異種の Y が走ってきた場合は?

Y が走ってきても構いません。非特異的抗体は Y も捕らえます。

非特異的抗体はどんなものでも追えるのです。素晴らしい働きをします。

これは、相手が変異種 A でも変異種 F でも同じです。

非特異的抗体はすべての変異を追うのです。

これが私たちの(自然の)免疫システムの仕組みです。
それは素晴らしいものなのです。

さて、「コロナワクチンを接種すると、どうなるか」を同じ例えでお話します。

ワクチンの抗体は、ボッシュ氏が言うには、「永続的」です。

つまり消えないのです。

二日程度で作用が消えるような一般的な薬とは異なるものなのです。

では、どうなるのでしょう。

薬は、それが体内から消えると、反応することはありませんが、コロナワクチンによっての抗体は、「永久的にそこにいる」のです。

そして、これを(体から)追い出す方法はないのです。

このワクチンの抗体が何をするかというと、ボッシュ氏のいう「特異的抗体」を作り出します。

この「特異的抗体」について説明します。

こちら(の図)は、コロナワクチンが誘導する抗体です。

再び、サッカーのシナリオでご説明しますが、基本的に味方のチーム全員がコーチから「きみたちは変異種 X を見るのだ」と言われるわけです。   

 antibody-team-002.jpg




コロナワクチンで作られる抗体は、スパイクタンパク質(※ コロナウイルスの表面のトゲのように見える部分)です。

これは、最初に発見された時の新型コロナウイルス(武漢のコロナウイルス)のスパイクタンパク質です。

最初のものです。まだ何の変異もしていない。

このコロナウイルスワクチンは、その(最初に発見された新型コロナウイルスのスパイクタンパク質)とうまく戦うようにはできているのです。

サッカーで例えれば、コーチが「敵の X (ウイルス株)がボールを持って走ってくることはわかっている」とチームに伝えています。

チーム全員が X を見ています。そのため、 X がボールを持った際にはそれを完璧に止められます。

「コロナワクチンはすごい。完全にウイルスを止めることができた」

と。

しかし、ボッシュ氏の言う問題とは「ここ」です。

このチームは「全員」が「 X にしか反応しない」のです。

これは特異的抗体ですので、彼らが唯一理解するのは、探し出しているウイルスに対して、特異的な抗体だけなのです。

では、何が起こるのでしょうか。

たとえば、 X ではなく、 Y がボールを持ったら?

全員、「 X がボールを持ってくる」としか言われていないので、チームは Y を知らないのです。したがって、Y は、どこでも好きなところへ行くことができます。

チームは誰も Y を認識しません。Y に対して何もすることができないのです。

そのまま Y はゴールまで何の障害もなく走ることができます。

ウイルス(この場合は変異種 Y )が試合の勝者となります。

チームは、 X に対して準備をし計画しており、 Y には何もできないのです。



しかし、話はさらに先に進みます。



ボッシュ氏は、「コロナワクチンの誘導抗体は永続的」だと言っています。

つまり「永久」なんです。

ウイルスに特異的な抗体というのは、堅固であり、あなたの非特異的な自然の免疫抗体を「打ち負かす」のです。

私たちは誰でも自然の非特異的抗体を持っています。

非特異的抗体は、どんな変異をも相手にすることができるのです。

しかし、(ワクチンの)特異的抗体は、この非特異的抗体を攻撃するのです。

たとえば、変異種 Y がサッカーボールを持ってタックルしてくると、私たちが(本来持っている)非特異的抗体が、それを押さえ込もうとします。

ところが、ワクチン誘導抗体が、それを押しのけるのです。

そのために、確実にウイルスが得点できてしまうのです。

タッチダウンです。

こうなると、その人は最終的に死亡する可能性があります。

コロナワクチン(の特異的抗体)が、私たちの残りの自然免疫を滅ぼすのです。

自然免疫を持ってはいても、二度と働かなくなるのです。

これがどれだけひどいことだかおわかりになりますでしょうか。



さて、考えてみてください。

世界中で数億人の人々がワクチン接種の列に並んでいます。

(アメリカでは)CNN やトニー・ファウチ氏の言う「このワクチンは良い」という話に従って、スタジアムの外にまで延々とワクチン接種の行列ができています。

しかし、ボッシュ氏の警告はここまで話したように深刻なものです。

ボッシュ氏はワクチン開発科学者の世界最大の人物のひとりです。

そして、彼はまったく完全なワクチン推進論者です。

そのボッシュ氏が、このように言い続けているのです。

ワクチンを接種した人は、全員、(自らの自然免疫を)破壊している

と。

生まれつき誰もが持っている自然の免疫システムをです。

私たちが持つこれらの免疫システムは非特異的であり、無数の変異種に対応できるものです。

ところが、コロナワクチンの接種により、「接種した人の抗体が変異種と戦えない状態にする」ことを確実にしてしまうのです。

なので、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が最初のオリジナルから大きく変異してしまうと、コロナワクチン接種を受けた全員に、ひどい厄災が襲いかかる可能性があります。

それは本当に壊滅的なことです。

変異種に徹底的に攻撃されることになるでしょう。

ワクチン接種を受けた人は、それらを防御することができなくなるのです。

これは、かつてない大虐殺です。


ここから、またボッシュ氏のインタビューに戻ります。



ボッシュ博士:

私のお話している問題としては、これが世界的だということです。

世界的問題なのです。

これら(博士がこれまで言っていること)は、避けられるものではありません。

これは世界的な問題です。

これらのウイルスを、ますます感染性にしてしまうのです。

なぜなら、常に免疫システムをすり抜けるチャンスを(コロナウイルスに)与えてしまうからです。

そして(ワクチン接種は)この状況を煽り立てているわけです。

ウイルスは、強い感染性を持つことになります。

もはやコントロール不可能なほどに。



ここから、また番組のホストに。



司会者:

ボッシュ氏は、これが世界的になることを恐れていると言っています。

世界的な問題であると。

この世界的なワクチン接種は「ウイルスの機能獲得の手助けをしている」のだと。

私たち人間のしていることが、コロナウイルスを殺し屋にしてしまっている。

ワクチン接種を受けたすべての人たちの体の中で。

今やコロナワクチンのやっていることは、世界中の数億の人々を、巨大な機能獲得研究所にしていることといってもいい。

一般的には、自然の中で、ウイルスはより弱く変異する傾向があります。

なぜなら、(免疫的に)進化しない宿主は死亡してしまうだけだからです。

進化すれば、宿主は死なない。

ボッシュ氏は、「これは自然のパンデミックではない」と述べています。

これは、私たち人類が自らおこなっている。
そのメカニズムを作っている。


事態が良い方向ではなく、逆に行くようにしている。
ウイルスをより致死的にするようにしてしまっている。

その方向は、「自然のウイルスが向かう方向ではない方向」です。

私たちが不自然なことをしているために、自然のウイルスが向かう方向ではなくなっている。

心配なのは、それがあまりにも暴力的になることです。

しかし、私たちにそれを止める術はありません。


ここからまた、ボッシュ氏のインタビュー。



ボッシュ氏:

これらの結果を考慮してみましょう。それを大規模な(社会全体の)レベルと、個人的なレベルで考えてみます。

まずは「これはとにかく有害」です。

社会全体のレベルでは、私たちが直面しているのは、高感染性株のリスクです。今現在、すでにその問題に直面しています。

これは私たちにはコントロールできません。

なぜなら、基本的にやっていることは、誰かにワクチンを接種すれば、その人をウイルスを持った無症候感染者にすることができるからです。

しかし、個人のレベルでいえば、ワクチンを接種をした人たちは、自然の免疫の最も重要な部分をワクチン接種と同時に失っているのです。生まれつき持っていた免疫システムをです。

なぜなら、生来の抗体は自然抗体 IgM (感染の初期に生体防御の初段階を担う免疫抗体)ですが、このウイルスを束縛するために抗原特異的抗体に、それが打ち負かされてしまうのです。

つまり、コロナワクチンを接種した人は「失う」のですよ。すべての保護を。

いかなるウイルス変異、あるいはコロナウイルス変異に対してもです。

この意味としては、その人たちは、「免疫反応がない状態のまま」となってしまうのです。

なくなるのです。

免疫がすべてなくなるのです。

免疫をすべて失うのです。

抗体はもはや機能しません。

生まれつき持っている生来の免疫は完全に遮断されます。

その中で、高い感染性をもった株が流行するのです。



……私が話しているのは純粋な科学です。

皆さんもご存じかと思いますが、私はワクチンについての高度なプロフェッショナルです。

そして、私はワクチンそのものについて批判をしたことはありません。私はワクチンの推奨しかしません。



しかし、お願いします

ワクチンは、正しい方法で使われる正しいワクチンでなければならない。

これ(コロナワクチン)を使用するのをやめてください。


パンデミックの最中に無数の人にこのワクチンを接種するなど、その負の見返りはあまりにも大きく帰ってきます。

私は今、やや感情的になりつつあります。

その理由は、私の子どものことを考えているからです。

自分の子どもと、そして若い世代です。

今おこなわれていること(ワクチンの大規模接種)は、単に「あり得ないこと」なんです。

私たちはこのパンデミックを理解していません。その中で、私たちはこれを人工的なパンデミックにしてしまったのです。

こんな高い感染性の株がいったいどこからやってきたのか。
それを説明できる人はいないのです。

突然です。

突然これらの株が現れた。

しかし、以前のパンデミックでは、こんなことはなかったのです。一度も。

パンデミックが自然に発生している中でこんなことは見られたことがないのです。

<引用終わり>



 ・・・つまりこういうシナリオなのだろうか

 ワクチン接種進むも感染者下げ止まらず、逆に上昇→変異種対応のワクチン開発 より強固なロックダウン&個人管理→再接種→下げ止まらず、上昇→再接種&より強固なロックダウン&個人管理→無限ループ

 NOOOォ━━(#゚Д゚#)━━!!


 そうはなりませんように(。-_-。)
 


2021. 05. 04  

  スーパーで買ったアルフォートを開けたら、、、中にこんなものが・・・

  うわーーーっ( ゚Д゚)キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!

 KIMG0362.jpg


  これは ストロマトライトではないかーーっ

  なぜストロマトライト(※シアノバクテリア類の死骸と泥粒などによって作られる層状の構造をもつ岩石のことである。)・・・がアルフォートの箱にーー

 って そんなわけないか。

 いや、ちょっと形状や色的に すごくアルフォートの中にいてほしい感じだったのでちょっと入れてみました(〃▽〃)

 こういうチョコあったら買うな、うん。体内の酸素濃度が上がりそうです。
  

 ちょっと前に、瞑想してるとこういうような色が見えました。

 ダウンロード (4)

 ターコイズというんでしょうか。

 で、浮かんだその色を吸い込み体に取り入れるイメージをしてると ちょっと気持ちよくなってきた。

 今の自分に必要な色かもしれないなあ。

 この色の石を買ってみようかと思い、時々行く 石と化石のお店で探してみました。

 で、どうもしっくりくるものがなかったんですが、このストロマトライトの形状と色がとても気に入り、買って帰りました(500円くらい)。

 あと、黄鉄鉱(パイライト)という 鉱床ではごくごくありふれた鉱物の標本があり、これも手に持った時の重さが心地よいのでいただいて帰りました。(お金は払ったよw)

 pyrite.jpg


 パワーストーンブレスは常につけてますが、こういう標本的なものを買うことはあまりありません。


 しかし 重量感がとてもよかったので。

 ↓ネットで調べるとこういう効果になってる。↓

 パイライトは非常に強い邪気払いの石の一つです。 霊的なものというよりは、どちらかというと人の悪意や環境的なレベルでのネガティブなエネルギーから持ち主を守ります。 身体の周囲に防御フィールドを作るような、魔よけの護符といったイメージの石です。



 で、布団に入って、ストロマトライトを持ったり パイライトを持ったりして遊んでいました。

 お

 なんか 落ち着くΣ(゚Θ゚)

 パイライトでこに乗せると冷たくて気持ちいい!(そういう使い方なのか) このひんやり感と重みが良い。



 考えてみれば こいつらっていうのは

 僕の身の回りにあるものにくらべて 存在の位相がまったく違う。

 何千万年とかそういうレベルで時の圧力がかかり 凝縮した固形物。

 そしておそらくはこの先も当分 この形のままで残っていくであろうもの。

 僕の住む部屋 身の回りにあるもの からだ

 それらはすべて これらと比較すると 瞬間的に構造化して 瞬間的に分解するはかない現象。

 これを持つということは そういう大きなレベルの時間軸に 自分の意識の碇をおろすことでもある。

 地球のセンターに向かって 空間的に碇をおろすように。

 「地球の生命の歴史とつながる」 ストロマトライトを手に持ちながらそう意図すると、いろいろな生命形態のイメージが浮かびます。

 想像(イマジネーション)ですが。


 人間社会が不安定な時は 巨大な時の連続体にいる自分を実感するのもよいものだと思いました。

 地球から見れば、現代の文明というものは巨大なサイクルとのつながりを見失い、地上に薄皮のようにはりついいている。

 奇妙な振動や光を出しながらその中でめまぐるしく動いている、かわった集合体みたいなものかもしれない。
 



そう言えばある方から「巨石がある土地はよく眠れるんですよね~」という話しを聴いたことが。

 長期間にわたって物理的に凝縮している物体は 人の意識をグラウンディングさせたり鎮める効果があるのかもしれません。


 で、肝心のターコイズ色は 今日別の石屋さんで アマゾナイトという石がそれっぽい色だったので 小さいのを買いました。

 こういうような色合いです

 amazonite.jpg
 



 アマゾナイトは希望の石と呼ばれ、明るい希望に満ちたエネルギーを持つと言われるそうです。

 心理的に安定させる癒し効果があるとか。

 その辺はようわかりませんが、見ていてとても気持ちのいい色、好きなタイプの色です。

 色彩心理学的に言っても すっきりしたり 気分が落ち着く色じゃないでしょうか。

 そういう意味でホープストーンというのも 結構ホントかもしれません。

 たまたまと思うけど、本日ちょっと気が晴れるような出来事がありました^^


 時々、この色を呼吸していこうと思います。


 みなさんが今 吸い込みたいのは どんな色でしょうか?


 もしそんな色があれば それと一つになってみると面白いかも。


 色も石もそれぞれ特有の波動を持っていることは確かです。


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2021. 05. 01  

tamako-run-map.jpg



 午前中、多摩湖走ってきた.゚+.(・∀・)゚+.

 多摩湖ランニングコース。

 11,8キロの全周コースト、7.2キロの半周コースがあります。

 今日は、7.2キロのコース走りました。

 チャリや歩きで回ったことは何回かありますけど、ランニングは初めて。

 ここって、緩やかなアップダウンがあるので、からだにいろんな負荷がかかっていいかもと思いました。

 走りながら緑の濃い匂いも感じられるので、とても爽やかです。

 休日ってこともありハイカー ランナー バイカー 多かったですね~
 公園の駐車場は今 バイオハザードで閉鎖されてるので、アクセスは電車や自転車かな。

 ゾンビ的なものは見かけませんでしたw
 (ただすごく手足が長くて 顔色の悪い人が 息を切らせながら前方から走ってきたので若干 怯えました、、、あれがそうだったのか) 最近のゾンビは走るタイプもいるので 注意が必要です。

 このコースは信号がほぼないので、自分のペースで走り続けられるのが良い感じです。

 都内だとグラウンドなどのぞき、なかなかそういう場所もないので結構貴重なコース。

 走りながら目に映る風景も西武ドームが見えたり、多摩湖が眺望出来たり、広い空間を感じられるので気持ち良い。
 

 サウナの本を読んでて、サウナの「整う」っていうのは サウナ室と水風呂で交感神経が活性化し アドレナリンが放出される。その状態で外気浴という副交感神経モードへと移行することで、まだ脳内にはアドレナリンがあるけどからだはくつろいでいるという状態のことであると 知りました。

 ランニングっていうのももちろん交感神経活性化するエクササイズだし、おそらくアドレナリンでますよね~~。

 だから走り終わって からだが休息していくプロセスがとても気持ちいい。休まってるけど 頭はクリアという状態で何か飲んだりその後食べる食事は美味しいです。あるいはそのあとに軽いヨガをするっていうのも気持ちよい。

 なんでも サウナ効果は 筋トレとかランニングをしたあとの状態と通じるものがあるようです。

 キーポイントはやはり交感神経

 微妙なクライシスを心身に起こすことではないかと思います。

 そして 休む 

 この振れ幅が大事なんじゃないかと。

 どうもセラピーやスピリチュアル系の情報で アルファ波とか副交感神経のみが過剰に持ち上げられているきらいがあるような気がしてて、

 しかし、副交感神経のみしか働かない生活をしていたら まず100パー 無気力になります。


 (まあ正確にいうと副交感神経には コミュニケーション時に用いる 腹側迷走神経と 眠り 気絶、シャットダウン反応を司る 背側迷走神経があることが近年わかっていて 無気力状態というのは背側迷走神経系にジャックされてる状態と言えるかもしれません 交感神経系の働きすぎで無気力になる場合(燃え尽き)もあります)

 僕もどちらかというと放っておくと 背側系優位(眠い だるい やる気ない 物憂い)になってくるので、ランニングや筋トレをする(交感系) 動物と触れ合う 人と話す(腹側系) などはバランスをもたらしてくれます。

 ヨガを毎日するより 毎日走った方が 僕の場合は心身の変わり方がわかります。

 これは人によって違うかもしれません。

 どういうモードが必要か

 やっぱり ずっと朝から晩まで突っ走ってる生活をしてるなら ヨガ的なものがいいかもしれないし。

 歌を勉強するのがいいこともある。(これは原始的コミュニケーションモード)


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 心身に働きかける方法はいろいろあるけど 今・何が必要か見極めるのって大切ですね。 


 鎮静化と 活性化 とコミュニケーション は僕らが使える三種の神器です。


 ただ ちょっと思うのは 最近 ホント 気候の変動が誰の目にもわかるほど顕著になってきました。

 たとえば 今日(5月1日)以降5月としては最強レベルの寒気がやってくるそうです。


 5月最強クラスの寒気が襲来へ。落雷、竜巻、ひょうなど長丁場の不安定現象に十分注意を。



 上空に-27℃くらいの冷たい空気が入り 大気が不安定になります。

 天気も不安定になるだろうし、敏感な人はからだにも影響があるかもしれないです。

 いきなり熱くなったり 寒くなったり 気圧が急低下したり 地震が起こったり こういうことがこの時代しょっちゅうなので

 
 時々神経系にクライシスを感じさせて、アドレナリンの大量放出に慣れさせたりして ある程度心身のモードの振れ幅の許容量を大きくしておく

  ということがなんか必要ななんじゃないかと思っています。


  もちろん くつろぐときは 音楽や瞑想で深く 安らぐのも大事ですね(o‘∀‘o)*:◦♪


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プロフィール

はいたか鳥

  • Author:はいたか鳥
  •  Only in silence the word,
     only in dark the light,
     only in dying life :
     bright the hawk's flight on the empty sky


     ことばは沈黙に
    光は闇に
    生は死の中にこそあるものなれ
    飛翔せるタカの
    虚空にこそ輝けるごとくに

    ゲド戦記 エアの創造より


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