ミラーニューロン活用法

 僕は人の影響を受けやすいと言うか、他者のイメージがすぐに入ってくるので映画に集中していたら、そのあとは目を閉じると自分がその役者(登場人物)になっている。これは男性に限らず、女性が主人公だと自分のイメージがその女性になってしまう。

 もちろんカリスマ性とかパワーの強い人物ほど進入してきやすいように思うが、普段接する人で好きな人物とか、気になる相手も入ってくる。別にその相手の物まねがうまくなるとか言うわけではないので誰も気づいていないと思うけど、僕の中では誰を取り込んで、誰を取り込んでいないかはかなり認識できる。I先生とかはもちろん入
ってきてるし、長く付き合っている相方も入ってきている。家族も入ってる。誰を取り込むかはコントロールできない。

 この前高校のときのクラスメートを思い出し、あ~A君と、B君と、C君は入れたね。でも、D君と、E君は多分入れてないな・・・と思い出しながら遊んでいた。男子が7人しか居ないクラスだったので、思い出しやすい(´-∀-`;)女性だけのバイトしか居ない書店で働いていた時は、やっぱり彼女たちのイメージがどうしても自分に入ってきてしまう。その中で好きになった女の子は、やはり僕の中に入る。彼女の仕草が僕の中に染(うつ)る。

 芸能人では誰かあるかな?と考えて見たけどあまり思いつかない。

 ただ相方と、チャゲアスのASKAのライブに行って、帰り道「あのね、今、俺ASKAになってるわ」と言って笑われたこともあった。(見た目全然似てないというか真逆)だけど、ああいうライブみたいな空間だと刷り込みパワーが強いのかもしれない。

 あっ!あった!! 松山ケンイチがやった『デスノート』のL!!これはなかなか抜けなくて困った。
 あのキャラに惚れてしまったのだろうか
 これに関してはパソコンの打ち方とかもののつまみ方を真似したりしたのでほとんど確信犯だが。

 

 いい年して若干恥ずかしいが、しょうがね~じゃん~入ってくんだからさ~(`‐ェ‐´)

 また喋ってる時や、行動してるときに、誰のイメージをアウトプットしているかもわかる時がある。
 これも純粋にものまねとしてやってるわけではないので、多分誰も気づいていないが、僕は、あ、今は○○さんとしてのイメージのアウトプットで笑っているなというのがわかる。イメージ的には○○さんの仮面をかぶって行動している感じ。
 まあ大抵は自分なのだが。
 時々他者のイメージで僕はアクションしている。
 これも誰をアウトプットするかは意図的にやってるわけではない。
 潜在意識?が勝手にやってる。

 また個人的にそんな共感を持っていなくても、仕事とかで長い間一緒にいると入ってきてしまうことがある。念の為に言うとこれはエネルギーとか霊的な影響とかそういう話しではなく、ものまねでもなく、他者のイメージが頻繁に自己イメージにかぶってくるという、僕が認識できるごく私的なことでしかない。もちろん、そういう不可視の影響はあっても不思議ではないが、ややこしいので純粋に主観的なこととして書く。

 こういう経験はどの程度普遍的かはわからないのだけど、同じような体質の人には2,3人会ったことはある。

 ちょっと困るのは、あんまり好きではないのに単に一緒に居る時間が長いと言うだけで入ってきてしまうケースだ。これは結構気持ちが悪い。あんま好きでないキャラに自分がなってしまうような感覚がするからだ。介護している相手が入ってくるのもちょっと微妙だ。異性が入るというのも妙な気分になる。

18くらいの頃、自分は様々な人間の集合体に過ぎないというテーマで小説を書いたのを覚えている
 
 だからこの現象は10代か、20代の頃から気づいていて、ちょっと気持ちが悪く自分の自我が弱いのか、あるいは病的な現象なのかと思ったりもしたが、I先生に質問したところ「それはミラーーニューロンの働きです」という答えが返ってきた。人間の脳の中に相手のイメージなどをコピーする箇所があるのでその機能だという。修道会メルマガで質問したのでその部分だけ「コピー」させてもらった。


Q.長く誰かと一緒に居ると、その人のイメージが自分の自我イメージの中に入ってきて、自分が部分的にその人物になったようで気持ちが悪い時があります。なにか対処法はあるでしょうか?(好意を持つ相手なら良いのですが(;´・ω・)あるいはこれは僕の自我が虚弱なのでしょうか?


A.これは、自我が虚弱というよりミラーニューロンの働きのせいだと私は解釈しています。
人間の脳内にはミラーニューロンというのがあり、それが自分の外の物を色々とコピーしていく訳です。それによって人間は成長していく訳です。
 しかし、ミラーニューロンは、他人のマーヤもコピーしてしまいますし、思想や考え方。あらゆるものをコピーしていく訳ですから、私たちはある意味ではそのコピーしたものの集積が私と思い込んでいるのです。実際の所、コピーしていないものは何にもないのです。すべてがコピーです。
 普段、私と思い込んでいるものはすべてコピーです。しかし、その中で、私と呼べるものが一つだけあります。それが、私の中の私です。私が実現するべき自己と読んでいるものです。
 話がそれてしまいましたが、そのようにコピーしてしまうのを基本的には防ぐ事はできません。では、どうすれば良いかというと、コピーしてしまったという事を理解し、マーヤとして却下すれば良いのです。
 マーヤ解きで解決できるものです。
 この、ミラーニューロンの働きが強い人は、本来は役者や芸術家が向いています。
 もちろん職人もそうです。技術を持った人から技術を盗む上で、ミラーニューロンは欠かせません。この働きが強ければ強いほど、より良いものをコピーして自分のものにする事ができるのです。
その方向性で考えて、有効利用してはいかがかな?


 学生の時ちょっとだけ役者をしてみたけど、あんまり上手く出来た気はしない。
 多分これは、役を作るというのはかなり創造的なプロセスであり、自分の中で構築したイメージと同化するという作業をしっかり出来ないとダメだからではないかと思う。コピー能力+深い感情移入能力というかそういうものが必要なのだろう。さらにイメージと同化しつつ、それをリアルなものとして外側に表現できる能力も要求される。

 しかし僕はこのミラー現象を、アイデンテイティの不安定さなどと結びつけ、ほとんどネガティブにしか考えてこなかったのだが、I先生に言われて初めて それを逆手に取る手もあることに気づいた。

 なんかこれを役に立てる方法はないかと考え、試しに語学を勉強して見ることを思いついた。
 英語を長時間リスニングしてその言語のパターンをコピーすることが出来ないものかと。なぜかわからないが英語でしゃべってる夢をたまに見る。父親がずっと英語を勉強していたので、幼い頃それらを聴いてて潜在的にコピーしたという影響もあるかもしれない。

 やっぱり語学を勉強するなら、文法的なことから入るよりも、聴覚、メロディアスな方向から入っていったほうが良いようだ。節回しとか、よく使われる音、長時間聞くことでそれらのネットワークを脳内にコピーして行けばある言語特有のパターンがインストールされ、それによってリスニングがしやすくなってくる。
 2、3ヶ月断続的にリスニングを続けると、CNNのニュースが部分的に結構聞き取れるようになってきた。 
 面白いのでもうちょっと続けて見ようと思う。
 1、2時間英語漬けでいると音を消したあとも、英語の節回しが頭の中で鳴り響いており、これがパターンをコピーしている状態なのかもしれない。

 音楽を聴くにしてもなるべくいいものを選択した方が良い。
 というのは多分、音楽のパターンは生体に記録されるのではないかと思うからだ。
 モーツァルトなどのクラシックは植物の育ちをよくしたりすることなどで有名だが、それはその音楽がそういったポジティブな影響を及ぼすパターンを持っているからだろう。
 と、すればそれらを繰り返し聴くことでそのパターンを脳内に、また生体に深く記録させるなら必ず影響は現れてくるに違いない。究極的には、思考パターンや行動パターンにまでその影響は浸透していくのではないだろうか。

  クラシックの曲などはおそらくグルジェフが「客観芸術」と呼んだものに近く、個人の主観的な感情を表現しているのではなく、ある宇宙に存在する運動のパターンを抽出し、それを音楽の形で具現化したものだ。それは『客観的パターン』であるがゆえに誰に対してもおなじようなポジティブな影響を及ぼす。人だけではなく、動物や植物にさえも。それはそれらが宇宙的ルーツを持っているからに違いない。アートとは、本来人間の創造物ではなく、こういった客観的パターンの読み取りなのかもしれない。

 コピーニューロンをうまく活用する方法は、自分がそうなってもいいもので『周りを埋め尽くす』ということではないだろうか。自分が取り入れたくないパターンは、なるべく見ない。美しくありたいなら、美しいもので周りを埋め尽くす。美もパターンだ。取り入れたくないパターンはカットし、自分が大好きなもの、愛を感じるもので自分のスペースは埋める。自分が居る空間はなるべく清潔に掃除する。基本的に人間は自分が見るものは、自分と認識するようだからだ。
 愛を感じるものとは、コピーしてもいい(自分の一部としてもいい)と思うものでもあると思うので、そういうものとたくさん触れることが重要じゃないかと思う。

 
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知覚、リアリティetc | コメント(4) | トラックバック(0) | 2010/09/25 21:16
コメント
No title
面白く読ませていただきました。

昔、夏休みに遊びに行った田舎の従姉がりんごを剥いてくれた事を思い出しました。
僕はまだ8歳~9歳くらいだったと思います。
従姉は3歳上で、当時11歳~12歳でしたか…。

その従妹が好きだったわけです。
僕は。

で、りんごを剥いて切り分ける姿をまるで奇跡を見るかのように眺めていました。
ボーゼンと。

…その1回で、子供には結構難しいあの作業をマスターしちゃったんですよね。
もう完璧に(笑)
No title
 檸檬さん、こんばんは♪

 檸檬さんもミラーマン系なのでしょうか(笑)でも小さい時に、一回でりんご向けるようになっちゃうのはすごいですね!

そう言えば小さい頃、隣の家に住んでてよく遊んでくれたお姉ちゃんもコピーしてたような気がします。

もしかしたら檸檬さんの『想い』が吸収を促進したかもしれないですね。やはり愛情を感じる相手のエネルギーやパターンはこちらに入って来やすいのかも。

 外国語をマスターするてっとりばやい方法は、外人の恋人を作ることだなんていう俗説もその辺に根拠があるのかもしれません。

私は鏡
ミラーニューロン面白いですねー。

ラーマクリシュナが、欲望を制御する方法を聞かれたとき答えた事に通ずるものがあります。
うろ覚えですが・・・


「鏡に物を写さないようにするには、どうすればいいか?
小さくすればいいのか? 曇らせればいいのか? 角度を変えればいいのか?
それでも写っているだろう。

それには、物から離れるしかない。


そして心は鏡で、前にある物を写してしまう。
あなたは鏡に写った欲望を消そうと無駄な努力をしている。
ただそこから離れなさい。」



鏡がミラーニューロンだとすると興味深いです。
No title
 通りすがり様

 興味深いコメントありがとうございます☆ラーマ・クリシュナそんな話もしてるんですか!ホントたとえ話が絶妙なものが多いですね。

 こころはミラー的な資質を多分に持っていると思うので、どういうものを映すか(映さないか)は大事ですね。修行みたいなことに興味ない人にとっても、インプットされるものをコントロールするって本当はすごく大事なはずだと思うのですが。

 

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