同時性のパンデミック2011②対処編?

 同じく2009年 3月の記事

 2009年のビジョン② より

パンデミック時の心構えとなりそうな

 マドモアゼル愛氏の雑誌記事





 2009年大予測 マドモアゼル愛

 個の輝きの強さ次第で今後の明暗が浮き彫りに

 今回の金融崩壊などの変化は、一部の人に限ったものではありません。すでにかなりの人の経済情勢も圧迫されつつあり、総じて人類的な危機を共有する時代に入っているのです。この意味では、人々の間に共通の価値観と共通の信頼感を醸造しやすくなっています。まさに、みずがめ座エイジの特徴です。かねてから言っていることですが、大きなものや権威や権力にしがみついて自分の安心を持ちたいと思う人は苦しくなってきます。

 自分の力は頼りなくても、それを信じて生きていこうと考える人にはチャンスが訪れます。これまで弱かった「個」が反転し、個が機構や組織よりも輝いてくるのです。そこには命があるからです。命ないものは滅びる速度を増すでしょう。安心、安全、何かに頼る思考には生命がなく、危険となります。

 例えば、鳥インフルエンザが発症した場合、政府やマスコミの発表に沿ってのみ行動すると、命を守れなくなると私は思います。昨年の金融崩壊ですら、誰一人マスコミでは取り上げなかったのです。政府はもちろん、経済アナリストでさえ、警鐘を鳴らし「危ない」とは言いませんでした。要するに、もう大きな組織などでは人を守れない時代であり、個の強さを鍛えることが重要なのです。

 個人で考えて対処する時代 「逃げろ 遠ざかれ 信じるな」

 この変化と混乱は、まだ数年は続くと思います。2009年の春ごろまでは、なんだかまた良くなってきたような、何も以前と変わらないような雰囲気になるでしょうが、それは夏までは持たないでしょう。きっと大きな激震が走ります。再び株価の大暴落、経済破綻、不況、そして戦争や天災を交えた波乱は、以降、加速度を増すことでしょう。
 ですから常に用心して進むことが大切です。そして、とにかく権威ある者の考えや国の考えをあまり信用しないことにつきます。個人で考え、個人で対処しなくては追い詰められる時代に入ったのです。こういうと私のことをひねくれ者だと思われるかもしれませんが、よく考えていただきたいのです。今、一番困っているのは誰でしょう?それは、あらゆる銀行や証券や保険会社の、巨大な負債を保障している各国政府なのです。それ以前から大体の国は、財政赤字で四苦八苦だったにもかかわらず、です。彼らに個人を救う力などはありません。むしろ反対です。彼らが救われるために、我々の犠牲を必要としているのです。だから私は、「逃げろ、遠ざかれ、信じるな」と言っているのです。

 これは個の力を高める良い機会であり、清冽で素晴らしい天才を数多く輩出するチャンスを迎える時代でもあります。そうした人がきっとたくさん現れることで、私たちは再び、新しい素晴らしい時代を築いていけるでしょう。その第一歩が始まる年、それが2009年ではないでしょうか。




 この予測に関しても、むしろ2009年よりも2011年と符合しているように思える。
 フクシマの事故の経過と情報の隠蔽、そして子供の被爆量上限を年間20ミリシーベルトに設定したことなどを観察しているとまさに「政府やマスコミの発表に沿ってのみ行動すると、命を守れなくなる」時代を経験しつつあるように思える。

 ウクライナでは、年間5ミリシーベルトを上回ると居住禁止になるという。
 日本が許容した被爆量はその4倍にあたる。あちこちからすでに批判と抗議の声が上がっているようだけど、これはたしかに無茶な設定と言わざるを得ない。それも、放射能に敏感な児童に対する基準だ。3・11以前は一般人の上限は年間1ミリシーベルトだったのだ。

 「とにかく権威ある者の考えや国の考えをあまり信用しないことにつきます。個人で考え、個人で対処しなくては追い詰められる時代に入ったのです」

 ネットで信用できる原子力の専門家として注目されている京都大学の小出助教授などは、なかなかメジャーなメディアには登場できない状況だがその正確で客観的な語り口でとても重要な情報を発信し続けている。




 4月28日(木) 小出先生のフクシマ状況解説

 小出裕章(非公式)まとめ

 ↑このページに3・11以降の過去の動画のまとめや、発言の記録あり。

正確な情報はネットを中心とした草の根レベルで拡散されていく時代に入った。
 脱原発のデモなども、youtubeなどで拡散されなければ、ほとんど報道されることもなくなかったことになってしまう。

 上の人たちが柔軟にこれらの声を受けて方向を転換してくれればいいのだが、どこかのレベルで強権発動となりネットが使用できなくなる・・・・とジョージ・オーウェルの『1984』になってしまうのでそれはちょっと勘弁して欲しい。まあ、世の中が荒れると、いつだって全体主義的になる危険性は存在している。『不謹慎』という言葉を聴くと、僕は『非国民』という嫌な言葉を連想してしまうのだ。どんないいメッセージもCMなどで大きく流すようになるとプロパガンダにしか見えなくなり、僕は信用できなくなってしまう。

 「日本いまひとつになる時」が→変な方向に盛り上がり「新・大政翼賛会結成しちゃいました♪」になるのが一番、コワイ が
 まあ、そんな時代じゃないと信じたい。
 真実だけが世に出て、それに対する反作用はたいしたことないと。。。


 が、インターネット、携帯が突如ダウンし(メールもダメ)、テレビしか映らなくなったら自分はどうするかな?という想像はたまにすることがある。
 昔、どこかの軍隊に日本が占拠され、ネットも携帯もダメ、テレビ付けたらわけわからん国の国旗と音楽だけが延々と流れてるっていう夢を見て起きてすげー怖かったことがある。

 ただの夢だが、占領されるってのはこういうことだなというある種のリアルさを夢の中で経験した気がする。現代人は情報があふれてるのが普通になってるので、これらがいっせいにシャットダウンされると、麻痺状態に陥る可能性が高く、おそらく本当に牧場の羊状態になるだろう、そうなったら自分はどうするか?というシミュレーションはなかなか興味深いものがあった。つまり情報網ってのも、ひふみ神示的にいうなら「天地におひきあげ」されちゃう可能性はあるのだ。テレパシーの練習でもしておくか(-人-)  


 話がそれたけど、以下は2年前の僕の文章。





 僕は今後、史上空前の経済危機や、それに伴う紛争(モノの取り合い)、暴動(既存システムへの不満爆発)、あるいは気候異変などの影響で現在の価値観、ライフスタイルは大きく崩壊し、多くの人が別の生き方を模索せざるを得なくなるのではないかと思っている。 
 それは情報や、経済や、食料、エネルギー供給など、あらゆる中央主権的なシステムの終焉である。
 そしてその代わりに何が起こるかというと、一極化していたパワーが、個々の人間や、そのそれぞれの土地に復権するということではないかと考える。
 つまり情報であるなら、それは大手メディアが独占するものではなく、インターネット放送局のような独自性のあるメディアが今後も発展していくであろうし、経済は地域通貨や物々交換が新たな意味を担って再登場する、エネルギーは石油にすべて依存するものではなく、その土地土地で自給できるような代替エネルギーが使われるだろう。
 
 もうそのような動きは現実に存在しており、例えば『情報』に関して言うならば、テレビや新聞のみを情報ソースにしている人々と、ネットなどから必要な情報を拾っている人々との認識の違いは相当なものになっている。
 そして、食料やライフスタイルに関して言うならば、田舎に疎開したりあるいは、自給自足コミュニティを創ったりそのようなところに移住したりする人の数もおそらくここ数年でかなり増えているのではないかと想像する。そのような人々はある意味精神的、環境的に準備が出来ているので今後かなり大きなクラッシュや波乱が起こっても、パニックにならず混乱している人をサポートするような役割りをすることになるのではないだろうか。

 個の力が高まると言うことは、今まで巨大なシステムに吸収されていたそれぞれの創造力や、感性を個人の側に取り戻すことではないかと思う。
 いたずらに「チェンジ」を叫んで、それ自体がプロパガンダであるようなムーブメントに個々人が吸収されることではない。大きな資本が投下されたような人為的な熱狂や全体主義はもう、この世界の本質を変える事はない。僕らはもうそのようなものにはうんざりしているはずなのである。
 人為的なもの、わざとらしいもの、虚構のものは消滅傾向にある。
  経済も、歴史も、情報も、生きる喜びも、今巨大システムという虚構から、個人という実存に向かって還流している。


                                    2009・3・9





 物質の世界だけを見るなら、これからの世界は極端にいうと「サバイバル」ということになる可能性も高い。

 結構いろんなレベルでサバイバルの準備をしてる人のはなしは聴く。 
 この前のリトでI先生の知人が津波からのサバイバルに備えて、シュノーケルセットを買ったというはなしを聴いた。
 うーん津波にシュノーケルが役に立つかはわからないが・・・(;´・ω・)
 
 しかし純粋に「サバイバル」だと山に土地買って、畑作って、資産は半分くらいゴールドにして、水と食料を備蓄して、マスクと医療品も用意して、ついでの防犯対策としてスタンガンや空気銃、放射能にガイガーカウンターも・・・という話になってしまう。

 逆に精神だけの世界になると、そんなことをしても仕方ありません。からだがなくなってもアセンションできます。ただポジティブなことだけを考えて、不安を煽るような情報はカットしてください、なんて感じになる。
  
 僕は正直、どっちも必要だと思う。 

 その点やはりひふみ神示などはバランスがとれていて、

 『今度は山に逃げてもダメ。逃げるのは神の御旨のなかであるぞ』なんていう言葉があると同時に、

 『おしもの(食べもの)の集団つくってくれよ

 と食料を供給できるようなグループをつくることを勧めたりもしている。

 やはりいくら宇宙を信頼するといっても、動くべき時は動き、正しいと思うことをせねばならない。
 備えは必要だし、そろそろ物・こころともに備え始める時期じゃないだろうか。

 しかし基本的には霊主体従といおうか、肉体を超えた意識があることを前提で、固定概念を解体し、枠をはずし変容を受けいれられる準備をすることが第一にくる。なるべく助け合いながら・・・己も人も生かしながら。という考え方を自分的には選択しているし、そう動きたい。

 まあ、サバイバルに突入しないのが一番いいけど。
 どうも日本の混乱は今年あと何段階か進む気がしてならない。 
 

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3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/04/30 17:46
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