123便の残影と、非日常の境、神話的符号  

 どうしたわけか、最近1985年8月12日に起きた日航機123便の墜落事故への関心が増している。

 少し前、相方からこんな話をきいた。

 それは時々一緒に食事をする同僚のAさんの話ということだった。

 そのAさんは当時10代で123便に乗る予定だったらしいのだが、直前に突然ひどい腹痛になってキャンセルしたらしい。そのおかげで航空機史上最悪ともいえる惨事に巻き込まれずにすんだという。

 その話しをしている時、Aさんの腕に鳥肌がたっていたと相方が言っていた。

 あとで調べたところ、逸見正隆や、明石屋さんま、稲川淳二、枡添要一といった有名人も直前でキャンセルして難を免れている。僕はこういう話しを聞くたびにいったい何がある人には虫の知らせをおくり、またある人には送らないのかということを考えてしまう。

 当然のことながら善人が助かるとか、霊能があるから助かるとかそういう話しではないだろう。ただある人はそこで生きるべく定められており、ある人は旅立つよう定められていた。不可知の運命という壁のようなものによってその両者はたてわけられたのだとしか思えない。このような大きな出来事を見ると、そこにはやはり現実は自分で作っているというようなポップな理想はあまりにも軽薄すぎて介在できないようにも思えてくる。

 ただ、ひとついえることは全ては意味を持って起こっているということだ。
 それはどんなひどい出来事であろうと、このことは否定できない。
 そしてあまりにも強烈な出来事は往々にしてその意味が完全に明白になるまで長い年月を要する。
 
 1985年の8月僕はまだ10歳にもなっていなかった。
 ただニュースなどの映像はわずかに記憶にあるので子供ながら、大変なことが起こったのは少しはわかっていたと思う。同じようにして、チェルノブイリ事故を報じた新聞記事も記憶に残っている。
 
 僕の家ではこの年の6月に祖父を亡くしたばかりだった。
 そしてこのニュースの映像も僕の中では家でおこなわれた祖父の法要の後ろ側で墜落現場の空撮が流れているような、そんなイメージなのだ。僕はその年の夏ごろ結構ひどい強迫神経症の症状にやられ、歯をみがくことも、普通に歩くことも、がんじがらめに行動を思考によって縛られとても苦しい思いをしていた。

 それは「死」の気配のようなものからの逃避行動であったかもしれない。
 その年にはあらゆるものを死の気配が取り巻いているように思え、123便の墜落もその「気配」として僕に訴えてきた要素の一つであったと思う。
 
 その事件は子供ながらにあるインパクトを与えたかもしれないが、数週間かあるいは数日もすれば表面の意識からは消えていたはずだ。

 だが2000年の夏ごろ、123便の事故は新たなインパクトとともにもう20を過ぎた僕に帰ってきた。それは公開された123便のボイスレコーダーをテレビで聞いた時だった。
 ある尺におさまるよう編集はされていたものの、そこには当時の機長や副操縦士の緊迫したやりとりが残っていた。職務上の責任感とともにあるまったく想定外の事態に立ち向かっている声、あきらめの言葉を発する声、乱れる呼吸音、悲鳴、それらのリアルさは非常に重く、こころに残り続けるものだった。

 僕はそれを聞いたとき、ちょうどヒプノセラピーに出かける朝だったのだ。
 なんというか自分の人生の改善を期待して出かけるというその心と、123便のそのリアリティがかみ合わずしばらく混乱していたような気がする。

 それ以後、テレビなどで問題のボイスレコーダーをきくたびに同じような重苦しさがやってきた。
 音として残っているもの、そこには潜在的にもう死を前にした人のあらゆる感情が凝縮しており、だからこそこれほどの身心への影響力を持っているのだと思う。

 123便搭乗を免れた人の話を間接的に聴いたこともあるが、もうひとつ事件への関心が深まった理由は、その123というナンバーなのだ。なぜそれが「ひ・ふ・み」であったのか、そして墜落したのは御巣鷹山として通っているが実際は高天原山(たかまがはらやま)の尾根であるということ。日本神話の天界と同じ名前を持つ山に、「ひ・ふ・み」が落ちたという符号はなにか重要な意味が隠されているように思えてならない。
 それはもしかすると、今始まっている日本の立替となにか同列の出来事であったような、そういう可能性を感じる。

 その意味はわからない。
 様々な陰謀論もあるようだが、そういった陰謀論敵解釈が事故の意味を明かしてくれるのかというと疑問を感じる。ただ様々な符号から、偶然のアクシデントで起こった大事故という以上の何かがあるように思えてならない。

 ただ今感じるのはそういった隠された意味といったことよりも、現実に発生した事象としての壮絶なリアリティだ。
 YOU TUBEに緊急速報を伝える当時のテレビ映像がいくつか残っているが、その中で非常に象徴的だと思えたのは堺正明が司会する歌のトップテンの映像だった。司会進行中になんども新しい情報が入るたび、カメラが報道フロアに切り替わる。そしてまたスタジオに戻りランキングが再開し、アイドル歌手が歌う。
 これらのきらびやかな放送がテレビを映す家々の明かりのはるか上空で、123便はなんらかの理由で突如コントロールを失い、あかりひとつない御巣鷹の峰へ吸い寄せられていったのだ。




http://www.youtube.com/watch?v=2l7RoQUVJL0&feature=related


  そこに乗っていた500人以上の乗客の人々は、その歌のトップテンをテレビで見るという世界には二度と帰れず、短時間のうちに激しい混乱と恐怖に直面することとなった。そのことを思うたびに心が異様に痛む。なぜこれほど感情移入するのかはよくわからない。

 ある意味それは、歌のトップテンの世界(1985年当時の日本人の平均的現実)と闇の中をダッチロールする航空機に乗っているという現実との間の巨大な距離感が原因かもしれない。

 1985年と言えばいろいろな事件もあったと思うが景気も悪くなく、いささか平和ボケ気味ではあったかもしれないが気質的には今よりずっと素朴な世界であったはずだ。それをずっと体験してきた人々が突如未知の闇の中に放り出されたという事実に非常に考えさせられる。

 しかし1985年のすべての幻影と虚飾がわずか一時間ほどの間にはぎとられていく中で、500人あまりの搭乗者が体験した意識の中に、なにかの真実が宿っていたのではないかと思えるのだ。

 日常が非日常に切り替わるのは、本当に一瞬だ。
 そして切り替わってはじめて日常とは幻想、あるいは暫定的なもの、微妙なバランスの上にかろうじて成り立っているものということがわかる。123便の搭乗者の人たちは、それらを突如剥ぎ取られ、丸裸の魂でことと直面するようにされてしまった。3・11、僕は部分的にそれを体験した。


 そして思うのは、これほどのことは航空機会社だけの問題、あるいは遺族と被害者だけの問題ではなく、日本社会全体へのある種の警告であると捉えられるべきであったと、なぜかそんな風に思われてならない。

 それを無視し続ければ、おそらく日本人全体が闇の中ダッチロールする123便の座席にいつしかすわってることにならないと誰にもいえないだろう。

 そこに乗っていた人々を思うとき、26年もたっているのに『あなたたちは私の同胞です、あなたたちを尊敬します』という気持ちを強く祈りとして送りたくなった。


 ※ボイスレコーダーの記録もYOUtubeで見られるけど、あまりに強烈なのでリンクは省略します。



 神話的符号に関する追記: 

 123 ひふみ と、墜落場所 高天原山 という符号は書いた。これに関してあまりエキセントリックに追求する気もなかったのだが気になりもう少しデータを調べていると、ボイスレコーダーに声が残っている、最後まで奮闘した高浜機長の出身地がヒットした。高浜機長は宮崎県延岡市出身だった。

 JAL123便墜落事故の記録 参照

 延岡市は天孫降臨の地とされる、高千穂がある。なんだかちょっとめまいがした。

 天孫降臨は天界である高天原にいたニニギノミコトが地上に降りてきたことである。
 ということは高浜機長は天孫降臨の地、延岡(高千穂)で生まれ高天原(山)でこの一生を終えたことになる。
 これは高天原→高千穂という天孫降臨神話とは逆のコースだが、一生をかけて地上から天に帰ったというような見方が出来る。

 そして「たかはま」と「たかまがはら」の音が非常に近い。
 
 総合的に見て、日本神話的符号が多すぎて気持ちがわるいくらいだ。
 このことから見てやはり何かこの事故には大きな経綸的意味があると考えてしまう。
 ある種の陰謀論的な「攻撃」という見方もあるだろうが、それではこれらの聖なる符号が多すぎる気がする。それよりもイエスの磔刑に近い「犠牲(サクリファイス)現象」であったかもしれない。あるいは今後現象化する何かの「鋳型」の可能性もある。




スポンサーサイト
知覚、リアリティetc | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/06/14 18:51
コメント
No title
日航機事故の生存者の一人、川上慶子さんは、事故当時、出雲大社のそばの大社中に通っていらっしゃいました。出雲大社というのも、なんとなく神道つながりな感じもします。
Re: No title
> 日航機事故の生存者の一人、川上慶子さんは、事故当時、出雲大社のそばの大社中に通っていらっしゃいました。出雲大社というのも、なんとなく神道つながりな感じもします。

Hさん、コメントありがとうございます。そうなんですね!これまで意識的にこの事故のことを調べたことがなかったため、そのことも初めて聞きました。覚えておきますね。ありがとうございます。

管理者のみに表示