楽園の子~小さな御話し~

 
 ある晴れた日、太陽と草の香りに誘われて打ち捨てられた果樹園の小道を入ってみた。畑は荒れており、トラクターにはつたが幾重にも巻きついていた。そこは誰も見向きしないような場所だった。物憂げな蜂の羽音が耳の横をかすめて、私は道端に目を向けるた。そこには気が触れた少女が座り込んでいた。

 彼女は服が汚れるのを気にする様子もなく、畑の横の草むらにじかに腰を下ろして、笑い転げたり、なにかひそひそ話しをしてみたり、それは幸福そうにしていた。

 私が「そんなところで何をしてるんだい?」と尋ねると、彼女は「みんなと遊んでいるのよ」と言った。私は彼女の見ている場所に目を向けた。そこはなんということもない光景があった。綿毛になったタンポポが二本風に揺られている。小さな黄色や、紫の花が咲き乱れ、蜂や蝶たちが花々の間を密を集めて忙しげに飛び回っていた。そして雑草の間には蟻がたくさん歩いている。

 「ね?宇宙があるでしょ」と彼女は言った。彼女のいくらかたがのはずれた幸福そうな笑顔、そこからもう一度草むらに目を向けた時、そこにある無数の命の営みが一瞬私を圧倒した。そこにはすべてがあったのだ。彼女が一日中その草むらに座り込んでで幸福そうにしていようともそれはまったく当然のことだ。

 「彼女は楽園にいる・・この子は楽園の子なんだ」そんな言葉が私の脳裏をかすめた。

 「まるで楽園のようだね」という言葉が自然に口からこぼれた。

 「そうよ、ここは私の楽園、みんな私のお友達なの。」と彼女は言う。

 「君はいつもここに来るのかい?」

 「うん、日が昇ったらすぐに来て、夕日が沈んでからお家にかえるわ。だってここほど素敵な場所ってないんだもん」と彼女。

 「でもいったいどうしてここなんだい?蟻も蝶々もお花も、他のところにもどこにだってあるだろう?隣町の植物園なんかにいってごらん。きれいな花がいっぱいに咲き乱れてもっともっと素敵だよ。」と私は言った。

 すると彼女は少しだけ顔を曇らせた。

 「そんなところ行きたくない。だってここにすべてがあるもん。みんないるもん。ここが私の楽園なんだもん。どうして「もっと素敵な」場所へ行かなきゃならないの?

 ある日、私がここに楽園があることに気づいたとき、ここにいるみんなも私に気づいてくれたのよ。みんな昔からの知り合いだったの。蟻も蝶々もお花も、私はタンポポが黄色い花から、綿毛になるのをずっと見てきた。もうすぐ種が旅立つんだからずっと見ていてあげなくちゃ。

 だから私が楽園を見つけたのは、ここだから、他とは違うの。お兄さんの楽園はいったいどこなのかな?」

 そう言って彼女はまた幸福そうな笑顔に戻り、黄色い花を撫でた。
 その安心しきった様子は彼女が楽園にいることは間違いがないように思えた。
 私が考え込んでいると、少女はもうすっかり私のことなど忘れたように花々と話しながらくすくす笑いをしはじめていた。


 数月後、その果樹園は取り壊され舗装され、大きな駐車場へと変わった。
 楽園も彼女もどこかへ消えてしまった。
 私はその場所を通るたびに、駐車場の冷たい光をみながらあの楽園の子のことを思い巡らす。
 名もなき草花や虫たちとあれほど愛し合っていた幸福そうな彼女の様子を、あの子はまたどこかに楽園を見出しているのだろうか?それとも小さな楽園とともに行ってしまったのだろうか?

 そして私は、いったいどこで彼女のように無垢な笑顔でやすらげる楽園を見つけるのだろうかと。



                            2011年  10月25日


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詩集2(火水の子供たち) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/10/28 14:46
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