3・11以降~目覚めの始まり~③

 京都に避難した僕の頭の中には、3つほどのシナリオがあった。
 ホテル代もかかるので避難してられるのは4日ほどが限度だ。

 まずひとつはこの3日ほどの間に、原発がひとまずの安定してもう新たな爆発など起きないとはっきりすること。

 ふたつめは、この3日ほどの間に、あらたな地震、爆発などが起こり、いやおうなくこちらに留まることになるというもの。

 みっつめは、3日の間では決定的な次の崩壊は起こらず、かといって安全とも言えない状況のまま東京に帰らねばならないというものだ。

 どうやら3つめのシナリオとなる可能性が濃厚になってきた。
 まあ平和な空気も感じられ、久しぶりに家族とも会って少し気分転換は出来たからそれだけでもいいんだけど。
 しかし、この状況で東京に帰るのはどうにも気が進まない。
 だが僕には向こうに仕事もあり、相方も東京に家族がいる。I先生もいる。結局のところ、僕の今の居場所は東京なのだ。多分それが「みこころ」って奴なのだろう。向こうに帰ってどうなるにしろその流れに当分は身を委ねてみようという受容的な気分になっていた。これも避難して少しこころに余裕が出来た上での思考だったかもしれない。
 
 最終日、新幹線の時間まで僕らは鴨川沿いにある鴨川カフェという落ち着いた感じの喫茶店に入り、食事とコーヒーを頼んでしばらく読書をすることにした。なかなか個性的なセレクションでいろんな本が置いてあった。僕は村上春樹の短編集「東京奇譚集」を読み、彼女は「るか、でぶっちょ宇宙人おばさんと会う」というスピリチュアルエッセイのような本を読んだ。僕もぱらぱらと読んでみたが結構面白そうだった。
 なんだかこのような場所でデザートを食べたりしてると、自分が必要以上にぜいたくなありがたいことをしているような気分になった。もちろんそれは頭に浮かぶ被災地の映像などとの相対化によるものだ。

 京都のヨドバシ電気ですら、懐中電灯などが品切れ状態になっていた。
 僕は東京では全然買えない乾電池とか、カロリーメイト類を少し買っていくことにした。

 僕は少々いろいろな情報を話しすぎて、彼女を怖がらせてしまったかもしれない。
 帰りの新幹線の中で彼女は手を合わせて、災害が落ち着くように祈っていた。
 僕にしても危険地帯に向かって走ってる感じは拭えなかった。

 これはジャーナリスト木下黄太さんの動画だ。
 これによると、4月15日と、21日に首都圏に高濃度放射性物質の降下があったらしい。
 結局、僕は17日~19日まで京都にいただけなのであまり被爆量を減らすという意味では意味があったのかどうかわからない。まあ休養になったことは確かだけど。




 この木下さんは震災時大手マスメディアに勤務していて、現場は指揮系統が硬直状態にあったということを明らかにしている。その結果大本営発表ばかりがテレビからは流れることになった。このような事態にまともにどのように取材を行えばいいのか知っているジャーナリストは各局に一人か二人、いるかいないかだという驚くべきあちゃ~な実態を述べている。だからやはり非常時にテレビ・公式発表から情報を得るということは危険だとしか思えない。↑と↓は非常に貴重な話しだと思う。




 帰ってきて最初の仕事は、Aさんの家だった。
 コーヒーを入れようとしているとき、市の防災スピーカーから「水道水から低濃度の放射性物質が検出されたので、乳児の飲用は控えてください」という放送が流れた。

 「飲用は控えろって言ってますよ、、、Aさん。でも乳児だから大丈夫なんでしょうか」
 
 Aさんも気にしてない様子だったので、僕は蛇口をひねり出てきた水でコーヒーをいれてAさんに渡し、自分も飲んだ。いまなら多分、一応やめときましょうよ、と言うと思うがなんとなく空気感に流されてしまった。

 昔からチェルノブイリ事故などが所詮他国の問題であった時には、さんざんとても恐ろしいとメディアに刷り込まれていた「放射能」。それが一旦このようなことが起こると、「薄まってるから飲んでください」となる。やはりなんかものすごいことがまだ継続している。おならの匂いだけだから、すぐ消えるって?とんでもない、明らかに中身漏らしてるじゃないか福島原発君。200キロ離れた場所の水道に、君の「中身」が混ざってるじゃないか。チェルノブイリ君を決して馬鹿に出来ないぞ。ていうか漏れたって白状して、だから僕に近寄らないでと自分で言った分だけ彼の方が潔いぞ。漏れてるのに、漏れてないっていって中身を撒き散らした君はもうクラス中の、鼻つまみ者だ(〃*`Д´) 

 3月29日の日記

 19日目。相変わらず原発は一進一退を続けている。

 水2リットル、納豆などいまだに買えず。

 今日夕方から市民体育館のプールで泳ごうとすると、地震による設備の点検などで休み、再開未定とのこと。なんかもう泳いだり、ダイビングする時代ではないのかなと思ってしまった。広瀬隆氏の原発動画、怖。浜岡原発とかホンマ(動かしてるのが)意味不明や。

 なにすれば良いやらわかりまへん。
 昨日はブログ更新すると被災地の人がコメントくれてうれしかったが。
 書くことかなあ、出来るのは・・。

 もんじゅがヤバイとか言ってるのもいるね~

 1000マイクロシーベルト=1ミリシーベルト
(単位の覚え書き?)

 四月に入って間もなく、去年の8月福岡から東京に出てきて働いていた知り合いの女性が、家族が心配しているという理由で福岡に戻ることになった。Tさんといってずっと昔僕があやしいヒーリングをしてた時に奇特にもお客さんとしてきてくれた人だ。Tさんが帰る日が迫っているので、数回井の頭公園で一緒にお昼を食べた。

 Tさん自体はあんまり心配してないように見えた。若干びびってる僕に、

 「人間いつかは死ぬんよ~K君。朝起きて夜寝るくらい自然なことよ。それで死んだらとってもいい世界にいけるんだから。私は絶対気持ちよく死ねるとおもっとるけん。」と自分の死に自信を持ってるようだった。  
 なんでも自信を持つことは有効だというから、気持ちよく死ぬ自信というのも結構大事かもしれない。
 Tさんは、夢の中でシャンバラに行ったり、海岸でキノコを食べて「足の下に世界がある」ことに気づいてしまったりする不思議系ヒッピーお姉さんだが僕が貸した「クラリオン星人の本」を会社で堂々と読んでて、同僚にも読ませちゃったりする。そういうオープンなところは僕も見習いたいと思っているのだが、そんなオープンな性格から色々な人と知り合いになる。
 仕事上で知り合ったある省庁の顧問などをしている男性は「東京で地震が続くのは自然な流れ」と言っていたらしい。

 4月になってからも、不安定な原発の動向や、相変わらず続く余震に揺すられていると気持ちはなかなか安定しなかった。4月の8日から10日までI先生のリトリートが山中湖であるので、参加することにした。とにかく3日ほどはニポンの終わりは考えずに、頭の中を真っ白にしてもらいたいと願った。
 春先の山中湖畔はすっぽりと霧に包まれていたが、その合間に虹が現れ、みな写メを撮っていた。これは何かいい兆しかもしれない、と少し想った。あとから知ったことだが旧約聖書で虹はノアの洪水の後、神が二度と世界を滅ぼす洪水を起こさないことを人間に約束するため空にかけた。だとすれば、セカンドインパクトは起こらないかもしれない・・そうだといいのに。

 僕はかなりいい感じで帰宅し、翌日は地震も原発も忘れバキバキ感のなかで過ごした。
 夕方までは・・・
 その日は4月11日、ちょうど3・11から一月目だった。
 17時15分頃福島内陸を震源とするマグニチュード7の地震が起こった。東京の僕の自宅もかなり重みのある振動で揺れた。ニュースをチェックすると福島震度6弱の揺れで原発の電源が落ちて、注水作業ができなくなっていると言う。

 あ~~~┣¨┣¨┣¨(;゚Д゚)ドーシヨ

 幸い、50分ほどで作業は復旧したようだが、僕のバキバキはどこかへ消え、非常事態のムードだけが残った。
 夜になるとものすごい土砂降りの雨が首都圏一帯に降り始めた。

 そんななかTさんからメールが来た。

 明日、福岡に帰るという。 

「私は悪運が強いけん、帰ったあとが心配、原発またやばくなったらK君も逃げた方がいいかも」

 僕が「悪運をわけてください」と言うと「福岡に帰るから、土産に悪運あげるよー。私は良運に変更なのだ^^。悪運はスリルとパワーがあるよ、怪我せんよ」とTさん。そんなわけで僕に悪運をギフトとして残して、Tさんは帰っていった。なかなか心強い置き土産だった。


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3・11以降 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/12/13 21:02
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