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トマトと永遠の生命場

                      
 節分を過ぎたあたりから『生命』というキーワードで、なにか情報が入ってきてる気がする。

 2月3日、朝目が覚めるとトマトの夢を見たのを覚えていた。

      k165747510.jpg

 

 夢の中で僕はトマトを『生命』として見ていた。それはひとつのみずみずしい「生き物」であり、その「生き物」を食べて人は生きている。命をいただいて生きているという、その行為のありがたさが少し直観されたような内容だった。

 命って、なに?

 それは受け継がれてきたものであり、生きてるものであり、意識あるもの、光り輝くものだった。
 なぜトマトだったのか、わからないが龍村仁監督のガイアシンフォニー第一章で、ひとつの苗から巨大なトマトの木が発生したあのドキュメンタリーを見た記憶から、トマトが生命の驚異のシンボルになってるのかもしれない。

gijutsu_tomato.jpg


 分子生物学の発展によって、生命の秘密が遺伝子レベルで探求され、DNAというパンドラの箱が開けられた。
 しかしその箱を覗き込んだ科学者に襲いかかったのは激しい目眩だっただろう。
 DNAという超高密度情報集積システムの仕組みは、まさに人智を越えたものだった。それは生物科学という領域で
 おこった神の領域の瞥見であり、物質の最小単位を追求していた物理学者が量子世界の驚異と謎に遭遇したことと、どこか通じるものがある。

 しかし生命とは何かということに対して、はっきりした答えは出ない。それはある意味当然のことで「生命」というのは神、とか、愛とかと同様に一種の「究極語」のひとつだからだ。究極語の意味を理解するには、基本的には個人の直観しか存在していない。生命を唯物的科学の目で見ると、それは究極語にはならない。それは一種の機械のようなものになってしまう。
 というのは科学的な思考が、生命を狭く狭く定義してしまうからだ。
 だが究極語というのは、それによってすべてが説明できるような言葉だ。

 「神の中を 神に向かって生きていく」とか「愛の中で 愛を学んで生きていく」といった表現が出来る。
 同じく人は「生命の中で 生命をいただきながら 生命について学んでいく」とも言える。
 このように表現できるのが真の意味での生命であり、主流の科学はその一部分を定義しているに過ぎないと思う。

 命とか、生命はすべてがまずそれありきの母体だ。
 古い言い回しだけど、「命あっての物種」である。この語の物種というのはすべての根源を意味するらしい。
 絶望したり、悩んだり、悲しんだりも命があるからこそ出来るというのは確かにその通りだ。
 でもシンプルで、本質的なものほど忘れられやすいという法則がどうもこの世界にはあるらしい。
 だから通常僕らは、お金が欲しいとか、もっといい仕事がとか、面白いことないかな、とかを考えて過ごし
 命があること自体については当たり前に思っている。それが感謝すべきだと実感できるのは、何か事故や病気にかかったり身近な人が亡くなったりする時だ。

 命という言葉を思うとき、それは僕にはやはり輝きとか光にイメージされる。
 それは僕をこの時空間と肉体に接続しているエネルギー、流れであるように思う。
 この接続がはずれたら、この時空間に生きるということはなくなる。僕にとって2012年、2月はなくなり、別の意識世界に入っていくに違いない。だからここで時空間とそのドラマや、この肉体と共に生きているということはやはり奇跡的なことなのである。
 命に感謝するということの本質は、死なないで生きていることへの感謝ではなく、このありがたさへの感謝ではないかと思うのである。
 人は生と死があるという錯覚に生きている。
 が本質的には、死んでるものとか、死は存在せず、生きてるものしかない。
 あるのは生命の形態変化だけであり、生命力が肉体を通じて顕現しなくなり、その人が話すことや動くことをやめた時それを人は死と呼ぶ。だが、それは存在状態を変えただけだ。
 無限の生命場において存在状態の変化だけがあり、生命に死はない。
 この生命場の中で、この肉体生命をいただきつつ、生命を食し、生命について学んでいくという愛の中に僕らはいるようだ。

 ひふみ神示 じしんの巻に記されている、イヤサカとはそのようなことではないのだろうか。

 「宇宙は神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生まれつつある

 その用は愛と現れ 真とみゆるも 愛というものはなく また、真なるものも存在しない

 ただ大歓喜のみが脈打ち、呼吸し、生長し、存在に存在しつつイヤサカするのである



 B Ang




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知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/02/11 17:18
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