スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

『超宗派的瞑想』①

   (2)無想法と観想法

 人間の志向性を仮に二つに別けてみよう。一つはこの世の一切に対する決定的絶望の実感によって起こる、自己と欲望からの解脱への願いであり、今一つは、この世の中にある様々なものに対する愛情、すなわち、それぞれの人の最深の欲望の実現への志向である。
 この世の一切のものに対する失望は、死や無常、不条理に対する徹底的な直視から生ずる。そして、この世のすべてに対する徹底的絶望は、人間を絶対無そのものの中へ、ただちに回帰させるのである。これが、無想法と名付けることのできる瞑想であって、そこにはいかなる人間性も、差別相とか無差別相とかいう差別も、もう存在していない。無想はニルヴァーナであり、鳥飛んで鳥の如しの世界である。

 これに対して、観想法と名付けることの出来る瞑想には、欲望、願望が存在し、希望の実現や理想が存在する。観想は、人間が、人間として、この世の中をいかに充実して生きるかということにもっぱら、その焦点があるのである。それは、意識のコントロールや、宿命の転換ということに係ってくる。観想という瞑想の一つの方法は、運命を改善するとか、願望を実現するとかいう、深層心理的な法則の統御なのである。
 仏教唯識説で言えば、観想法は、アーラヤ識を統御する極めて具体的な方法である。アーラヤ識は、この現象世界のあらゆる出来事を規定している。私達は、瞑想によって意識をアーラヤ識のレヴェルまで深めることによって、現象世界に現実化する様々な事柄を前もって操作し得るのである。そして、それぞれの人々が、自己の願望の形を実現化したいと思う、その原型的な願望こそが、それぞれの人に与えられた個別的使命とか、あるいは根源的業因縁とかいうものだと言える。
 人は、そのもっとも本質的な欲望を生き切ることによっても、ニルヴァーナすなわち、無想そのものなる純粋瞑想に回帰するのである。カルマヨーガやバクティヨーガは、このような、各人の本質的性向に結びついて成立している。



 (4)観想法

 身体を柔軟にし、深呼吸をして心を落ち着け、最も安楽な姿勢を取って瞑想に入っていく。慣れてくると結跏、又は半跏の坐禅的姿勢が、最も安楽に感じられてくるが、個人差も大きい。
 瞑想の姿勢をとったら、決して力んではならない。
 禅宗などのように、身体を堅く固定するような形で坐禅瞑想をする方法もあるが、それは、禅宗的修道法全体の中で有意義なのであって一般的ではない。
 今、ここでは、あくまでも安楽で、リラックスした、しかも決してだらけていない姿勢を取ることを瞑想姿勢としておく。
 また、瞑想中に、身体が自然に動揺することがあるが、それは気にする必要はない。姿勢は、不動でなければならないとする必要はない。そんな不動の姿勢は、旧日本軍にまかしておけばよく、私達は、とにかく自然さを大切にしなければならない。
 
 観想法とは、人間運命のコントロールと、人間の潜在能力の開発の面に重点が置かれた瞑想法である。これは、個人的潜在意識と集合的潜在意識との自由自在なコントロールをその要点としている。

 ◎運命のコントロール

 「心の最深部に定着した想念は、すべて現象世界の中に実現する。」
 これが運命を創造改善してゆくための瞑想の基本原則である。
 私達が瞑想の訓練を続けていると、意識の独特な深まった感じを経験する。これが、トランスさらには三昧の意識状態であり、それを感情的に表現すると、静けさ、安らかさ、明るさ、透明感、澄み渡った感じ、自己没入感などと言い得るであろう。
 このトランスあるいは、さらに深い三昧状態の中で、潜在意識は開かれた状態になり、この開かれた潜在意識状態の中で、明確に、観じられた想念イメージは、潜在意識の内容を変革し、新たに定着された想念イメージは、必ず現実の運命となって具体化する。
 このイメージを潜在意識=霊界の中に定着させる秘訣はそのイメージを具体的に全心身の感覚感動を持って観じ体験することであり、そのイメージの確実性を決して疑わないことである。
 観想にあなたが習熟すれば、あなたは、時空の隔たりを越えて、思いのままの世界を賞味し、そしてそれを現象的運命の中へ実現して行く。

 あなたが今、海辺に居る想念を観じたとすれば、あなたは、明瞭に、波打つ海を見、潮風の香りをかぎ、輝く陽光を肌に感じるまでになる。そして、その海辺の想念の潜在意識への定着は、あなたに現実的に、そのような素晴らしい海へ遊ぶ機会を与えるか、あるいは、あなたの態度と雰囲気の中に、海辺の潮風のようなさわやかさを常にもたらすことになる。
 その現象的実現化は具体的形式も、やはり、あなたの想念の中に込められている志向性によって決定されていくのである。
 あなたの本当に欲するものを、すべての束縛的条件を帳消しにして観想せよ、そして、それがすでに実現している姿を楽しめ。
 この現象世界は、どのようにも変えることのできる世界なのである。現象は永遠に無常であり続ける、その無常の世界の中に、様々な自己実現を創り出すのは、潜在意識をコントロールした瞑想者としてのあなたなのである。




ダンティス・ダイジ著 「超宗派的瞑想」
P7~8 P13~14



スポンサーサイト
ダンテス・ダイジ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2006/10/04 15:55
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。