エネルギー転換


 今までの意図と思考を越えてゆけ。

 意図=日常の意識のフォーカスポイント、こだわり

 フォーカスポイントをずらす、変容させる、崩壊させる

 日常の環境、住環境、職環境、が変わること、旅行、いつもと違う生活パターンをせざるを得なくなること、人間関係の変化

 などが起こると、それまでのフォーカスを維持できなくなり、古いパターンが崩壊することがある

 長期の隔離、断食、死と再生のイニシエーションなどは、より根本的にパターンを崩壊させ、一人の人間であった自己の概念パターンを破壊するほどに追い詰めることでシャーマンを誕生させるためにある。

 「意識」は、ある創造の力を使用して、僕らの目の前に展開する日常の風景を創造し続けている。
 一見、いつもの当たり前の風景に見えても、そこには膨大な量の創造の力が使われている。
 それを投影しているのが、意識の底に存在する「ドリームメイカー」である。
 「ドリームメーカー」は起きている時の夢と、眠っている時の夢を編み続け、その「創造の力」を空性と一体となることで補給し、また再起動する。 

 ゼロの中のドリームメーカー、それは本来の『私』でもある。

 自我意識は、いつも自分の現実を創造している力が神聖な源より来ていることを理解しない。
 りんごがりんごに見え、コーヒーカップがコーヒーカップと認識されるという奇跡が、理解されない。
 その概念的・言語的認識にも膨大な量の心的エネルギーが使われており、それ自体がひとつの束縛であると同時に創造行為なのだ。

 この創造行為に使われていたエネルギーがみな解けると、そこには神しか認識されないという。

 よく酒、タバコ、甘いものなどを断って願掛けするという風習があるが、これは飲酒や喫煙をするというパターンの創造に使われていた創造エネルギーを回収することで、それを新たな現実の創造に使おうとするものかもしれない。実際、あるパターンを崩壊させると、そのパターン形成に使われていたエネルギーは自分に戻り、また新たなパターンを形成することに使えるようになる。

 つまり「断つ」「捨てる」ということは意識的にパターンを崩壊させるということだ。

 古いフォーカスを崩壊させる用意ができてないと、新たな現実は生まれない。
 
 すべてのフォーカスを、神への意識へと転換させるということが、神に捧げるということだ。

 ものを神に捧げるのは それ自体が神だということを思い出すために過ぎない

 すべてのこだわり、すべての不安、すべての執着も、すべて神という創造エネルギーの大元がなければ存在しない。すべての現実認識は、それがどんな不幸なものも、どんな幸福なものも神という原初の創造エネルギーの変質形なのだ。だから、それを神へと返し続ける、還元し続ける努力が意味を持つ。

 すべての行為を すべての想いを すべての願いを すべての恐怖さえも 
 すべてを神として見ることが、創造エネルギーの還元だ。

 マーヤとは、創造力だ
 神がなければ、マーヤもない
 マーヤが生まれると神は見えなくなるというが
 その結果そこにはマーヤという創造物があり それは神の変装であり存在証明なのだ。
 マーヤとは神の別名であり、神自体でもある

 




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知覚、リアリティetc | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/04/07 18:31
コメント
pokiesgalore.txt;1
APoster.txt;1;2

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