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クリアボイス・セッション

二月ほど前に、数年間通ってたボイトレをやめた。

 ここで続けてもこれ以上上達しないだろうという直観と同時に、歌うこと自体への興味が失せてきていた。

 でも先月から二回ほど声のワークショップに行って、今までと違う感覚が生まれてきた。

 最初のセッションは原宿で受けたんだけど、トレーナーのKさんという方はこっち系の知識もある女性で、声を聴いただけで本来のその人の声かどうかがわかるということだった。

 僕がKさんのワークショップに惹かれたのは、ずっと歌っていても本来の自分の声で歌っていないような感覚がしていて、なにか気持ちよく自分自身の声で歌う方法がないかと思っていたからだった。

 今までのところは音程や、アクセントのチェックなどは細かく指摘されるんだけど、そういう細部に意識が行けば行くほど歌がバラバラに分解されて全体としての潤い、質感が失われていくような感じがしていた。

 初回で僕の声を聴いた時

 「辛いことなどがあると、歯を食いしばるような癖が声にでてる」と言い、

 「中に強いエネルギーがあるけど、それが詰まっている」と言われた。

 これは数年前、吉祥寺の整体(からだはうす)で言われた「窒息する恐怖があるんじゃないですか?」、「そのエネルギーは解放しないともったいないよ」というのと通ずるものがあった。

 Kさんによると、声は喉からだけではなく、頭からも手足からもとにかくからだ全体から出るものだという。
 そして本人の意識の周波数が必ずそこに乗るものだという。

 「だからテクニック全然ないけど、なんか聴いてて心地よいという歌を歌う人いるでしょう。それはそういうことなんです」と言った。

 ただ僕の場合数年やってたからか声量はあるようで、「背中からもちゃんと声出てますね」と言われた。

 「声を出すには、【耳を開く】ということがとても大事なんです。私たちは都会にいると耳を閉じて暮らしてるんですね。そうしないと気が狂っちゃうから。」

 僕はこの「耳を開く」という言葉にとても魅力を感じた。
 「発声」と「聴く」ということは、どうも表裏一体のようだ。

 いろんな高さで「ほぉぉぉぉぉ」という音を出して、それが自分の体の中から螺旋状に上昇して、エネルギーを浄化していくとイメージしてくださいと言われた。僕がある音を出すと、Kさんが僕の音に足りない周波数を出して、それが共鳴するのがなかなか気持ちよかった。

 この発声が気に入ったので、早朝の公園などにいって、よく一人で「ほーほー」やった。
 Kさんも自然の中で声を出すワークをしているらしいけど、やっぱり森の中で声を出すのは、カラオケボックスのなかでするのとはまったく違い、自分の声と自然の音が混ざり合うのがとても気持ちがいい。

 この単純な音でも、そこに意識が乗っているか、乗っていないかでKさんにはまったく異なって聞こえるらしい。
 歌を練習することへの興味はなくなりつつあったが、こういうエクササイズをやってると、『歌』以前の『声を出す』、ということの奥深さや重要さが見えてくるようだった。
 それは日常的なコミュニケーションにも大きく関わるので、何もボイトレは歌を歌ったり、人前で何かをする人だけが受けるというものではなく、もっともっと人間にとって根源的に必要なものではないかと思った。
 だから歌への興味とは別にもう少し、「声を出すこと」を続けてみようと思った。

 
 morinotane.jpg

 二回目のセッションはこういう↑古民家風のレンタルスペースであった。

 二回目僕が「耳を開いていきたい」というリクエストを出したので、

 「ほ~~」を何回かやったあと、Kさんが僕の頭の周りで見たことのない楽器?を鳴らした。ものすごく、反響する。その反響音が頭の上下左右を回るので、とても不思議だ。

 そのあと声を出すと、自分でもさっきと違うとわかるよく響く、太い声がでて驚いた。
 聴く、と発声が表裏一体っていうのはこういうことなのか?
 
 僕が尾崎豊を課題曲にして以前練習していたことを話したので、その『僕が僕であるために(MY SONG)』の出だしのフレーズで練習することになった。





 出だしの歌詞は ♪心すれ違う 悲しい生き様に ため息 もらしていた・・・♪だ。
 Aメロは音域的にはまったく問題ないけど、なんか変に力が入ってカクカクする気がする。
 特に出だしの音が合っているかいつも気になって意識してしまう

 Kさんは「音程はまったく気にしなくてもいいから、口の形をはっきりさせるようにしてください」と言った。

 「あ」なら口を大きく開ける
 「い」は横に長く広げる
 「う」はすぼめて・・・・という感じの形だ。

 と、こういう感じになる、

 「♪こぉ こぉ ろぉ すぅ れぇ ちぃ がぁ う かぁ なぁ しぃ い ・・・」

 母音をはっきりだすことが大事だとは前のところでも教わった
 でも、口の形はむしろ顎を落とさないようにあまり開けるなというという感じだったし、こんなベタな練習で歌が上達するだろうかと思った。しかしやってると最初はわざとらしい違和感があったが、声がよく通るようになり、音程を必要以上に気にせず自然に「歌ってる」という感覚になってきた。あー俺歌ってるなーって

 「私、プロの歌手にでもこのレッスンはしますからね^^」とKさん。

 口の形をはっきりさせるとむしろ体全体で歌ってるような感覚で、以前のあまり口を動かさないのは逆に口先だけでもごもご歌てるという気がしてきた。 

 Kさんは発声の練習に、「あわの歌」や「ひふみ祝詞」を使う。
 詳しい理由は聞いていないが、日本語の「音霊」のエッセンスが詰まっているからかもしれない。
 なんかこれにもひとつひとつの言葉や音への敬意をKさんが持っていることがうかがえる気がした。
 ひふみ祝詞は、「ひふみ神示」でも有名だが、なんでも「あわの歌」はイザナミイザナギの時代、民の言葉が大変乱れた時に、歌われた言葉を正し浄化する歌だという。





 あ い う え お の音をひとつづつ丁寧に発することは、ひとつひとつに命が宿ていることを確認しているような気分になってくる。そのあいうえおの子音との組み合わせで50音が、その組み合わせで詩が作られるわけだからまさに母音はすべての物語の母、根源的プログラムともいえるわけだ。だからその基礎の基礎をしっかり意識して発することは、会話にも歌にも重要なのかもしれない。

 最後に「耳を開くにはどんなものを聴くのがいいんですか?」と尋ねると

 やはり自然の音(鳥の声や 雨の音、この葉の音など)や生の楽器だという。
 特にこの歌手がいいとか、このCDがいいという答えはもらえなかった。
 まあ、さっきの頭の周りで鳴らされた多方向的な反響を再現するようなCDはないだろうから、やっまり生音に勝るものはないということだろうか。

 次回のレッスンは尾崎をする?と聞かれ、

 「いやーでもこういう歌を歌うよりも、ほーっとか言ってるほうが気持ちいいのいで、歌を歌いたいのかどうかちょっとわからなくなってきましたけど、でも声をだすのは続けてみたいですね」

 「そうでしょ?私もそのほうが気持ちがいいから、お付き合いでカラオケにいかないといけない場合があるんですけど、たまに行くと音が合わなくて・・・」と笑って言った。

 レッスンを二日前に終え、今日は久しぶりにカラオケで発声してみようかと近所の店に向かった。
 ウォーミングアップに教えてもらったエクササイズを10分ほどしてから、母音と口の形をはっきり意識して歌ってみた。すると、明らかに以前とは違うフィーリングで歌えた。一概に「うまくなった」とは言えないのだが、歌ってる自分の感覚や気持ちよさがまったく違う。「歌ってる」とよりリアルに感じるのだった。じゃあ今までは歌ってなかったのかと言われると困るけど。
 
 楽しく一時間ほど練習したあと、「あーこれ、数年前に知ってたら」絶対、今よりうまくなってるかもと思った。ものすごくある意味簡単なことなんだけど。これだけでこんな違うのか。でも数年間のレッスンのあとに知ったから意味があるのかも。とても新鮮に歌えたので、歌への興味も若干盛り返してきたので、それも含め「声を出すこと」の気持ちよさをもう少し追求したい。自然の中で(中じゃなくても)声を出すのはストレス解消にもとってもいいと思います。やっぱ自分の中でエネルギーがぐるぐる回ってるのがストレスだと思うので、しかるべき方法でそれを発声する、表現するのがいいですね。

 公園で母音の発声をいろんな音程でやってると、メロディをつけて歌のようにしたくなった。
 自分のメロディと母音が周りの自然と響きあうような感じがとても気持ちいい。
 「あ」「い」「う」「え」「お」
 は言葉以前の音なのでそれ自体に意味があるとは普通考えないが、意味の元素となるよな「意味以前の意味」が
 もしかしたらあるのかな。
 「う」には「う」の質感が、「あ」には「あ」の質感

 Kさん、あわの歌



2009年Kさん、live



Youtube*kさんからのコメント

破壊と再生を繰り返す自然界が生命力でみちあふれているように、今という時代に生きる私たちは、これまでの価値観、意識の解体を行い始めています。と同時に、生命力のあふ­れた私たちの新しき世界を一緒に見つめて行きたいと思います


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セラピー&ヒーリング | コメント(2) | トラックバック(1) | 2012/05/23 23:02
コメント
自分の歌声
私の場合、オペラのアリア主体なので、
マイクなしでホール全体に響く声というのがまず求められるのですが、
それでも、自分本来の歌声というのを模索しております。

歌声が変われば、自分が変わっていきます。
自分が変われば、歌声が変わっていきます。

この双方向からのアプローチで、歌声探し中ですが、
機会があったら、このKさんのレッスンも受けてみたいですね。
Re: 自分の歌声

 ガメラさん、こんにちはヽ(^0^)ノ
 コメントありがとうございます。
 ガメラさんは、オペラなんですね!
 僕は、どういうジャンルを歌いたいのかよくわからなくなってきてます(´;ω;`)
 でも声を出すこと自体がとても面白いことに気づいたので、なんか合う歌を歌いたいんですけど。
 シンプルな歌の方が気づいた声のまま歌えるので、童謡に近いものをよく練習したりしてます

> 歌声が変われば、自分が変わっていきます。
> 自分が変われば、歌声が変わっていきます。

 フィードバックし合うんですね。なんとなくわかるような気がします。
 大阪ではたまにレッスンされてるみたいです♪

 http://clearvoiceseminar.com/?page_id=67


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二月ほど前に、数年間通ってたボイトレをやめた。 ここで続けてもこれ以上上達しないだろうという直観と同時に、歌うこと自体への興味が失せてきていた。 でも先月から二回ほど声のワークショップに行って、今までと違う感覚が生まれてきた。 最初のセッションは原宿で...

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