インドぐるぐる旅日記 2006③

              
                    其の3 カジュラホへ


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  インドにはツーリストを引き込もうとするいくつもの流れが存在する。
  そこには巻き込まれると危険な流れもあるし、比較的安全なものもある。商業的なものもあるし、純粋な行為によるものもある。
 そして、ひとたびその流れに乗ると、それは別のもう一つの流れとつながっており、その流れは彼を引き継いで乗せどこかへ連れて行く。
 ふと気付くと、自分がなぜここにいるのか、ちょっと立ち止まって考えないとよくわからなくなってしまう。 
 わかることは、自分はいくつもの底流がうずまく、インドと言う測り知れない海原を流されている、木の葉に過ぎないと言うことだけ。
 そして出来るのは自分を運ぶこの流れが好意的なものであると、信じ身を委ねる事だけだ。
 そのような波に乗るのを一切拒否して、孤高に旅を続けるのもひとつの方法かもしれないが、初心者にそれは難しい。
 僕がこの旅行を通じて、徐々に理解していったのは、これは無数の人との触れ合いの旅なのだということ。
 名も知れない無数の人々に助けれらての旅なのだということだった。無数の人々がひとつの流れとなり、僕を乗せて運んでいた。
 この見知らぬ土地においては、「自力」よりも「他力」が信頼できるものとなった。
 そして、偶然と言うのはなにひとつないということ、目に見えない「流れ」を観察しそれを信頼するということが大切だということが
 リアルな真実として浮かび上がってきた。
 もっともそれは、あらためて自分の不信、そしてそれによって生じる怒りや、不満や、不安と直面するということでもあったのだが・・・。

 ふと気がつくと、僕は見知らぬ車の後部座席に座っていて、前のシートで二人のインド人が激しく言い争っているのを聞いていた。

 あ・あれ?なんでこうなったのだろうか・・・・。

 時間を遡ってみると、こういうことになる。
 
 アーグラーから午前8時に出発した列車は、予定時間を少し遅れて、午前11時前にジャンスィー駅に到着した。
 目的地のカジュラホまでは、ここからバスで4時間ほどかかる。
 ジャンスィーのことは「ちきうの歩き方」には殆ど掲載されていなかったので、バススタンドなどがどこにあるかは全くわからない。
 駅のエンクワイアリーででも尋ねようか・・・・。
 と考えながら、プラットホームをうろうろとしていると、リクシャワーラーが声をかけてきた。
 僕はそのリクシャワーラーの顔を見て、なんとなく良さそうだったので、ついていった。
 この頃から、僕はリクシャーに乗るときは、自然と顔(雰囲気と目)で決める感じになっていた。
 とり合えずカジュラホまで行きたいので、バススタンドまで乗せてくれと伝えて、走り出した。
 しかし、なんとこの運転手もインドマジックの使い手であったのだ。 
 どこから来たのか?とかいつまでいるのか?という質問のあと、突然魔法をかけはじめた。
 彼は大声でまくしたてる

 「君はカジュラホに行きたい。でもこの近くにはオルチャというとてもいい場所がある。ベリーベリービューティフル!
  今日はオルチャへ言って明日カジュラホに行こう。今日はオルチャで明日、カジュラホだ。それでOKだね
?」

 え? 

 僕は一瞬頭がくらっときたが、もうこの種のインドマジックには抵抗力がついている。すぐさま我に返り、

 「No、No,カジュラホに行きたいんだよ!」と突っぱねた。

 あとでガイドブックを読むと、ジャンスィーから約20キロほどのところにオルチャ遺跡と言う観光スポットがあるようだった。
 しかし、そんなところに行っていたら、日程が狂うし、今日予約してあるカジュラホのホテルに泊まれなくなってしまう。
 僕が必死で拒否すると運転手は、「OK,OK、カジュラホに行きたいんだね」と楽しそうに笑って、第二弾の魔法を放ってきた。

 「しかし、バスだととても時間がかかる。TAXIだと3時間ほどで行ける。とても快適だ。
 バスで行くのはやめて、タクシーで行くといい。それでいいね
?」

 「いや・・・だ~か~ら~、I want go by bus!!」

 と僕が大声で言うと、運転手はまた楽しそうに笑い、

 「Ok,OK,Noproblem、君はバスで行くんだね。バスだと4時間ほどかかるけどね。タクシーだとたった3時間だ」と言う。
 
 あ~まだ言ってるよ・・・。ホントにバススタンドに向かってるのかな?

 「バススタンドに行きたいんだよ。わかってるの?」

 「Ok,OK,バススタンドに行こう。NOタクシーだね。わっはっは。」

 と一旦は話しが着いたように見えたのだが、この運転手は油断していると、他の話しの間に混ぜて、
 さりげなく「タクシーで行こうか、それでいいね?」とか、「オルチャに行こう」とか言ってくるのであった。
 ただでさえ分かりにくいインド人の英語に加えて、僕の中学生レベルの英語能力。
 ついつい、「Yes」と言ってしまいそうになり、あわてて、「だ・か・ら!、カジュラホにバスで行きたいんだってば!」と怒鳴る。

 「OK、OK、NOオルチャ、NOタクシー。君はバスでカジュラホに行く。Noproblem!」
と彼は言う。
 全く油断も隙もあったもんではないが、妙に明るくて憎めない感じであった。
 僕も気がつくと、笑顔で怒鳴り返していた。
 彼は向かい側から走ってくる自転車に気付くと、わざとそっちの方に少しハンドルを切って、すぐもとに戻した。
 意味の無い無茶な運転に、思わず笑ってしまう。
 すると 
楽しんでるかい!?」  
 と彼もにやっと笑う。
 うーむ、楽しんでるかはわからないが、怒鳴りすぎて血行はよくなってきたようだ。


 結局、バススタンドには無事到着したが、そこでまたタクシーの値段説明が始まった。
 ここまで来ておいて、情けなく聞こえるかもしれないのだが、僕は、
 
 あータクシーで行こうかな~ふにゃー(;´ρ`)

 という気分になっていた。そのひとつの理由は、バスだとトイレにすぐ行く事が出来ないだろうということだった。
 インドのトイレ事情は悪い。公衆トイレとかはあまりないし、あってもかなりひどい状態であることが多い。
 しかも、トイレの前にはそのトイレの管理者のような人が座っていて、使い終わったらチップを渡さねばならない。
 小銭がないとトイレにもいけないということになる。
 ついでに言うと中級~高級のホテル以外のトイレはトイレットペーパーは置いていない。
 というのは向こうの人はトイレットペーパーは使わず、水を使って手できれいにするからだ。
 胃腸は現在のところ小康状態を保っていたが、バスで走ってるときに突然エマージェンシーになったらすごく困る。
 タクシーで行くとしたら、1100ルピー(約3000円)かかるらしい。
 この値段が高いのか安いのかわからないが、カジュラホまでは200キロ近くある。
 払ってもいいように思えた。

  その時、道路の向かい側に止まっているオートリクシャの中で、
 日本人の旅行者が運転手と話しているのが目に入った。こちらに気付くと、彼らは笑った。
 どうやら、彼らもタクシーで行かないかと勧誘されているようで、しかも、僕が乗っていたリクシャの運転手と
彼らの運転手は知り合いのようだった。
 彼らは車を降りて、道路を渡ってきた。
 大学生ぽい男性二人連れだった。 
 「こんにちはー」と二人が声をかけてきた。

 「あ、こんにちは。」 僕も答える。久しぶりの日本人との遭遇だ。

 「タクシーでカジュラホへ行くんすか?」と一人が言った。

 「うん・・・最初はバスで行こうかと思ってたけど、なんか面倒くさくなっちゃって・・・」
と僕は言う。
  すかさず
 「三人だったら、一人、600ルピーでOKだよ!」
と運転手が言った。
 600か、安いな・・・僕としては彼らと割り勘した方が助かるんだが。
 しかし、どうも彼らはすでにデリーかどこかでタクシーに大金をはたいているらしく、用心深かった。

 「運転手がね、バスは400ルピーくらいするしあんまり変らないって言うんですよ。ホントですかね?
 ちょっと僕たちバス停まで行って確かめてこようと思うんですけど。」

 「いやーどうだろ・・・。バス停まで行っても値段は書いてないと思うけど。」

 だいたい時刻表すらないのである。
 それでも彼らのうちの一人は、しつこく勧誘するドライバーに英語で、
 「一度バス停まで行ってみてから、それから考えるよ!」ときっぱり言っていた。
 僕はもう一人の方と、少し世間話?をした。
 そこに僕のドライバーが割って入ってくる。
 「カジュラホはとてもいとこだよ。とってもエロティックな彫刻がいっぱいある」
と言うと、大学生は

 「まーた、こいつらはジキジキばっかりなんだから

と元気に言い返した。ドライバーも彼の応答を聞いて肩を叩いて、わっははと笑う。

 又、ジキジキ・・・。ううむ、インド人の発する謎の言葉ジキジキの意味するものとはやはり・・・まあ、あれしかないか。

 彼らは結局、バス停まで行く事に決めたようであった。
 「ここでさよならです!」
と律儀にもあいさつしてくれた。というか、今あったばっかりなんやけど(笑)
 しかし、彼ら二人はなかなか明るくインド人とコミュニケーションしており、それを見ているとこちらも元気になってきた。
 まあ、二人いるということで異国のプレッシャーも半減するのだろうが、
 彼らのように僕もあまりかりかりせずにもう少し楽しんでみようかと思った。
 そして、学生の時に仲間とインドを旅できる彼らが僕には少し、うらやましかった。

 彼らと別れた後、僕は、リクシャワーラーの知り合いのタクシーに案内された。
 リクシャワーラーは助手席に乗り込み、どこかに向かって走り出す。
 僕は後ろに乗って、ひさしぶりに日本人と交わした会話を反芻しながら、彼らのヒンズー語の会話を聞くともなく聞いていた。
 すると、次第に二人の口調が言い争っているみたいに激しくなってくるではないか。
 どうやら二人は僕が支払う料金のことで言い争っているようである。
 一応、調子のいいドライバーの方とは1100ルピーと言うことで合意しているのだが、
 それにタクシードライバーが納得しないみたいだ。
  しばらく激しく言い合ったのち、調子のいい方のドライバーが後ろを振り返り、
 「1300ルピーでもいいか?」と訊いてきた。

 あ~もういいよ~(;´Д`)1300でいいよぉ~

 もう早くカジュラホに出発したい。
 ガソリンスタンドでタクシーから降りた、調子のいいドライバーは
 窓から顔を突っ込み、「私は行くよI'm going・・・」と言った。
 
君は、NOオルチャ、NOタクシーと言ってたね。でも今はNOバスだ。君はタクシーでカジュラホに行く。」と笑った。

 その喋り方はリズミカルで、音楽的だった。なにか深遠な真理を語っているような気さえした。
 彼が手を差し出してきたので、僕たちは握手した。
 「グッバーイ」と僕は言って、手を振った。
 したたかで調子のいい感じだが、やはりどこか憎めないところのあるリクシャワーラーだった。
 僕はタクシーの運転手に、「あなたの友達はとても面白い人ですね」と言おうと思ったが、
 言い回しを考えているうちに機を逸してしまった。
 その友人は、彼とは少し違う寡黙なタイプだった。 
 タクシーはジャンスィーの街を抜けて、一路カジュラホへと向かった。
 道中もあまり話すことはなく、僕は窓の外の風景を見たり、うとうとしたりしていた。
 
 カジュラホは、男女が交合している姿を彫った無数のミトゥナ像で有名な村である。
 小さな村だが欧米や日本からの観光客は多い。ホテルはたくさんあり、日本語を話す村人がいっぱいいる。タクシーがカジュラホに入った途端、村の人がやたら流暢な日本語で話しかけてきた。
 どこに泊まるのだ?というので、Mホテル、と言うと
 
 「ガイドつきで観光するように勧められるかもしれないけど、お金払わないほうがいい。チャリでも借りて自分で回れるからね。

 とのこと。インド人が、チャリとか普通に言ってるくらいだからこの村の日本語レベルは高いと見た。しかし、逆になんかうさんくさい感じもするが・・・。
 場所がわからずタクシーで、予約したMホテルの近辺をうろうろしていると、バイクに乗ったインド人がタクシーの窓越しに話しかけてきた。「ホテルやってます。よかったらどうぞ」とまたきれいな日本語である。
 名刺を手渡されるが、見てみるとそこにMホテルの文字が。
 あわてて、「あ、僕予約してます!」と言う。
 どうやら、僕が今日来ると言うので村の入り口までバイクで迎えに来てくれていたということであった。
 ホテルの前まで誘導してもらう。
 リュックをかついで、タクシーを降りるとホテルの前にネパールの帽子みたいなのをかぶっているおじさんがぼけっと座っていた。
 日本人のようである。

 「この人、ずっとインドにいるんですよ。ボケてるからお金払わなくて」とホテルの人が言う。

 僕は「こんにちは」と頭を下げた。 
 「タクシーに忘れ物ないですか?」とホテルの人に確認されて、
 「あぁ、大丈夫です。」と答えると、そのネパール帽のおっちゃんがこっちを見て
 
「・・・足跡、忘れてきたんじゃないか?」とぼそっと言った。

 僕はその禅問答のようなシュールなギャグにぎこちなく愛想笑いした。

 長距離の移動で疲れたので、ホテルの部屋で少し眠った。
 目覚めるともう夕方。少し腹は減ってきているのだが、初めての場所で夜に出歩く気がしない。確かホテルにレ
ストランがあった。
 部屋を出てそこに入ってみると、出迎えてくれたホテルの兄ちゃんと、僕が足跡を忘れてないかきにしてくれた日本人のおじさんが座っていた。まだ調子があまりよくないので、僕はお粥のような料理とラッシーを注文することにした。
 食事をしながら、その日本人の年の頃5,60くらいのミッキーさんというおじさんと話しをした。
 ミッキーさんは去年からずっとインドにいるらしい。
 なんでもこっちでA型肝炎になり、手術をするために二月ほど日本に帰っていたが、うまくいったのでまたこっちに戻ってきたらしい。
 なんか相当インドをあちこち転々としており、こっちに骨を埋めるつもりのような印象を受けた。
 
 「ほら、これ手術のあと」と言って服をめくり、お腹の傷跡をみせてくれた。

 「こっちだと日本からの年金で、十分暮らせるからねえ」とミッキーさんは言う。
 いったいどういう人生を送ってこられたのかわからないが、不思議な雰囲気の人だった。
 ホテルの兄ちゃんは、そんなミッキーさんの話しをなんども聞いているのだろう。いくらか退屈そうに隣であいづちを打っている。
 窓の外からは雷鳴が聞こえ、遠くに見える観覧車が稲光に照らされているのが見えた。
 
 また頭が痛い。ガンガンする。日本でも慣れない環境とかで頭痛がひどくなる時はあるけど。
 お腹の様子も怪しい。
 アグラーで下痢が始まってから二日くらいはたっているのに、よくなる気配がない。
 差し込むような痛みと、水のようにくだす状態がずっと続いている。
 早く部屋に引き上げて休むことにした。
 早く寝て、腹痛にはっと目を覚ますと、トランクスを汚していた。あぁ・・orz

 2006年 3月8日
 
 翌朝、目が覚めると頭痛はすっかり治り少し元気になっていた。

 ふわ~~っ゚+。(o´ェ`o)。+゚

 目が覚めるとインドにいることも段々違和感なくなってきたなー。
 さて今日はどうしようか?
 ホテルの兄ちゃんはまた有料のガイドを紹介してやると言ってるんだけど、今日は一人で
 ぶらぶらと歩いて東の寺院群にでも行ってみようかな。

 Mホテルを離れ、寺院郡の方に近づくと、なんだか辺りにいる人がデリーやアグラーで出会ったようなインド人とは
 ちょっと違う感じのタイプになってきたようだった。

 自転車ですれ違いざま「ハロー」と声をかけてくれる老人。
 その声は深く、表情が驚くほど穏やかで優しく見えて、僕ははっとした。

 子供を抱いたサリー姿の女性も、挨拶をしてくれて僕をじっと見つめる子供に「ほら、こんにちはって言いなさい」と言っている。

 裸に近い格好で走り回っている子供たち。
 半裸に近い姿で、布を両手に振り回しながら野原を舞うように駆けている。
 なんだかそれがとても自然なダンスのように見えて、美しく思えた。
 この子達は学校に行っているのだろうか?
 とても貧しそうだけど、カースト的にはどの辺にいる子供たちなのだろう、というようなことを考えてしまう。
 でもここでなぜか人間が美しい、というようなことを感じている自分がいた。

 古い寺院の周りにはたくさんの牛たちが放牧されていた。
 たしかに寺院郡も印象的だったが、動物と、自然と、そして人々と、それらが溶け合ってそこを流れるゆったりとしたリズムに
 こころを奪われた。
 カジュラホは一応観光地だけど、そういう騒々しさとは離れて静かな暮らしをしている人たちの姿を見ることができた。

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 食事は「シバジャンタ」という「ちきうの歩き方」に載っていた日本食を出すというレストランに行ってみた。
 さっそく親子丼を注文する(#^.^#)
 わが胃腸よ、せっかくの日本食だ、どうかしっかり吸収したまえ・・・。
 店には日本人の若い男性がいた。日本人を見つけると、必ず会話が始まるというのはやはりインドの特徴だろう。
 彼はバックパッカーだった。
 タイ・インド・ネパールなどを三ヶ月かけて回るという壮大な旅の途中だった。
 お互いにたどってきたルートを話し合ったりした。
 日本で日本料理の修行をしてきたというオーナーもなかなかナイスガイで、なんと!料理をディスカウントをしてくれた。
 今まで散々インド人に金を吸い取られているように思えた僕は、これにとても癒されたのだった。
 しかしバックパッカーの彼が教えてくれたのは、ちょっと心配な情報だった。

 「バナラシで、爆弾テロがあったらしいんですよ。イスラム過激派の犯行みたいです

 「そうなんですか・・・!僕はこれからバナラシにいく予定なんですけど」と僕が言うと、

 「僕もですよ」と彼は言った。

 バナラシに行って大丈夫なのかということも気がかりだったが、日本にいる家族や彼女がこのニュースで心配してないかと
 いうことも気になった。日程までしっかり説明してないから、僕がどの街にいるかは知らないはずだった。 
 明日にでもどこかネットカフェに入って、一応第一回目の近況報告でもしといた方がいいかなと思った。

 この事件だった→聖地バラナシで爆発2回、12人死亡 爆破テロか/毎日新聞 
 雨がぱらぱら降り始めたので、僕は早足でホテルへの帰路をたどった。


 夜になるとまた雷雨が始まった。
 突然部屋の電気が消えて、真っ暗になる。
 あーこれがインドの停電ってやつですね。\(◎o◎)/!
 僕はベッドの上に座って、真っ暗闇の中で雨と雷の音を聞いていた。
 一時間ほどして突如電気はついた。しかし一分と経たずに、また落ちる。

 そして再び、いつ終わるともしれない雨と暗闇、雷光である。
 
 もし真夜中であろうとあかあかと光を放つ都市を目指して、西洋型文明が闇との戦いを続けてきたのであれば、
 インドのこの田舎町は闇との戦いにまだ完全に勝利していないことになる。 
 それはテロリストのように突然生活の中に侵入し、生活を中断させる。
 しかし、その原初の闇にはどこかこころを惹きつけられるものもある。
 暗闇の中でライターをつけて、タバコに火をつける。
 そのかすかな火種を見つめていると、なつかしいやすらぎを感じるようだった。
 闇と、あの大地、古来より人間はそれらの中に飲み込まれる恐怖を感じてきたのではないか。
 そしてカオスを否定し、絶対的な明るい世界を求めた。
 しかしそれは人間の欲望と恐怖に基づいた、閉じた小宇宙だった。 
 閉じた小宇宙は一種のがん細胞となり、地球を破壊する。
 闇と大地は、きっとそれを黙って見てははいまい。
 インドが汚なかったり不便なのではなく、僕らが滅菌された世界に、生きすぎてるだけではないだろうか。
 ここでは文明の小宇宙はまだ不安定だ。でもこれくらいでちょうどよくはないのか。
 僕はいろんなものに依存しすぎている自分に気づく。
 それに気づけば少しは野生に帰れるだろうか。
 大地の豊かさと、美しさ、底知れなさを思い出せるだろうか。

タバコも燃え尽き、暗闇のなか、そんなことに考えるのに飽きてきても、電気はなかなかつかなかった。



 2006年 3月9日


 昨日は、朝にカロリーメイト少々、それにシバジャンタで親子丼を食べただけだったので、今朝はからだに力が
 入らないような気がした。毎朝のことだが、いまだにホテルの部屋から外に出るのが億劫だ。

 向こうから声をかけられ、流れに巻き込まれ、大金を使ってしまうということが嫌になってきた。
 これはもう自分の行くところだけをしっかり決めておいて、誘いは一切はねつけ頑固にひとり進んだほうがいいのだろうか。
  
 ブッダの言葉で有名なものが 「ちきうの歩き方」の冒頭にも載っている。

 寒さと暑さと飢えと渇えと
 風と太陽の熱と虻と蛇と
 これらすべてのものに打ち勝って
 サイの角のようにただ独り歩め


 というやつだ。 

 これを現代風、かつ今の僕の状況風に直すならさしづめ次のようにでもなるだろうか。

 リクシャワーラーに
 物売りに
 悪徳旅行代理店に
 お腹ぴーぴーに
 つり銭のごまかしに
 MY FRIENDに 
 MY BROTHER
 これらすべてのものに打ち勝って
 さいの角のようにただ独り歩め


 と

 11時頃、ホテルを出てインターネットがあるレッドバンガローという店に行き、ラッシーとターリーを注文した。ターリーとは、こういうお皿にいろいろ載ってる料理です↓

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 オーナーは比較的無口で実直そうな感じであったが、他のテーブルがらがらなのに、僕と同じテーブルに座り、
 なにかしゃべるでもなくそこで新聞を読んだりしている。
 インドの小さなレストランって客が来ると、オーナーとかが同じテーブルに普通に座ることが多いのに気づいた。
 なんだろう。もてなしているつもりかもしれないが、正直落ち着かない。一人にしてくれないんだよなあ・・・。

 そこにオーナーの子供もやってきて、紙にボールペンでアルファベットを書き、僕に
 「ねえ、うまい?うまい?」と見せてくる。可愛いので少し話していると
 その背中に「大和魂」とかかれた幾分うさんくさいTシャツを来た青年がやってきた。
 どこから来たのか?とか、結婚してるのか?とか(これインドでよくされる質問ベスト5に入る)お決まりの会話が続き、
 僕はバックプリントの「大和魂」が気になったので

 「それってJapanese soulっていう意味だよ」と言うと、少し怪訝そうな顔をしていた。
 あとでその話しを日本の知人にすると、「それ訳するならJapanese spiritじゃないかな。japanese soulじゃ
 日本人の霊魂みたいな意味になるんじゃない」と言われた。そうか、確かに。「アナタ セナカニ ニホンジンノレイコンテ
 カイテアリマース」って言われたら変な気になるわな。
 
 このレイコン君が、店の外に止めてあるバイクを指差して「あそこにある黒いバイク、俺のだから、近くの滝まで連れて行って
 あげるよ」と言った。

 「business?」と聴くと、「No freiendship」だと言う。

 ただオイル代として100ルピー出してくれと言った。 
 滝まで38キロほど。オートリクシャーの相場より高いくらいの料金なので、あきらかにビジネスでは。
 首を振ると、

 「じゃあ、半分、50持ってくれ」

 まあそれくらいならいいかなと思い、「OK」と返事しバイクの後ろに乗った。
 走ること30分ほど、自然公園のような場所に着くが、「さあ入場料払って」と、僕は二人分のお金を出した。
 
 レイコンは「あとは彼にガイドしてもらってよ」と向こうの方にいるインド人を指差した。
 ガイドが「滝」の場所まで連れて行くが、明らかに水が全く流れておらず滝は完全にシーズンオフである。
 その枯れた滝の前で、ひとしきり聞き取れない英語で解説をしたあとガイドは100ルピーを要求した。
 僕はこのあたりからなにやらどす黒い怒りのような感情がこみあげてくるのを感じていた。
 茶店のような場所に座って休むと、またたくさんの物売りがわらわら寄ってきていろいろ売りつけてくる。
 シーズンオフで収入がないのかもしれないが、それにしても・・・
 
 「帰る!!」と僕は英語で強く言った。
 
 「ちかくにワニ園があるから、それを見たくないですか?」とレイコン。
  何がワニだ。どうせそこにも別のガイドと物売りが待ってるんだろう。
  ワニがいるかどうかもあやしい。

 「NO!」

 「楽しくないですか」と言われ

 「There is no water fall!」と一言きつく返す。
 もうこいつの後ろになんか乗りたくないが、しかたない。
 行きと同じようにレイコンにしがみつき帰路をたどっていると、レイコンは信じられないことに
 
 「タバコ買ってくれませんか?」と言い出した。
 僕はなんというか言葉を失い、黙っていた。もう一度、同じことを言うので
 力なく「no・・・」というのが精一杯だった。


 レイコンにどこかネットが使える場所で降ろしてくれるように頼み、彼と別れ店にはいった。
 店の中では小さな子供が、はしゃぎながら「Im okamura ナインティーンナイーン!」と笑いかけてきた。
 僕はなんか疲れてきたので、彼の相手もそこそこに、
 YAHOOメールにログインして、彼女へのメールをつくりはじめた。
 だがどうも日本語が使えないようなので、メールはこんな感じになってしまった。

  Dear R

 gennkidesuka boku wa gennkidesuyo.
ima kajyuraho te iu machiniimasu
Banarashi de tero ga attakedo buzidakara shinnpaishinaidene
mata me-rudekitarashimasu

  Namasute!


 なかなかさっきのレイコンとの一件が頭から離れず、キレてしまったことに自己嫌悪を感じていた。
 もしかしたら、日本人と価値観が違うだけで、少しはフレンドシップでやってくれたのかもしれないのに。
 とかいう考えがなかなか頭から離れない。 
 部屋で夕方まで休み、食事に出るとき、ホテルの前のいすにMホテルの兄ちゃんと、他数人彼の知人と
 思われる人たちが談笑していた。

 「どこへいくんだ?」と声をかけてきた。何回か言葉を交わしたことのある人だった。

 「あ、食事に・・・」

 「あそこの角を曲がって、少し行くと安くてうまい屋台があるよ。」と一人が教えてくれた。

 「サンキュー」と僕は言う。

 彼の知り合いは面白そうな顔をして、

 「この人、いつもは女の人にしか教えないけど、あなたいい人だから教えたんだよ」と言った。
 
 僕は笑ってもう一度お礼を言って、教えてもらった屋台にむかった。
 なんかその言葉が妙に疲れ気味のこころにやさしく染み込んだ。  



 
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インドへなちょこ旅行 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/06/13 22:12
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