インドぐるぐる旅日記 2006⑥

 ブッダガヤー 2006年 3月15日

 ブッダガヤーには世界各国の仏教のお寺がある。
 タイや、チベット、日本などがそれぞれの国の仏教徒を代表して、この仏教発祥の地にお寺を建てている。
 それらはチベット寺とか、タイ寺などと呼ばれている。
 シク教徒のドライバーは僕を、日本寺の近くで下ろしてくれた。
 ブッダガヤーに到着した頃には、ずいぶん夜も更けていて、村は静まり返っていた。
 しかし、この村では事前にホテルを予約していなかったので、自分で今晩の宿を見つけなければならない。
 僕は本当はもっと安い宿をたくさん利用しようと思っていたのだが、結果的にはホテルを予約させられたりして1000ルピー以上の中級クラス以上のところに滞在することが多かった。ブッダガヤーでも、その夜はNikkohotelという一泊1500rsくらいするところに泊まることにした。なんか、毎日想定外のことばかり起こるので、夜寝るところくらいは安心できて、ホットシャワーも出る場所に泊まりたい。
 Nikkoホテルの部屋にはお湯が出る上バスタブまでついていたので、これ以上望むべくもない。
 しかもトイレットペーパーが山積みになっていたので、ありがたくいくつかもらっていくことにした。
 用を足したあとインド式に手で洗うのならまあトイレットペーパーはいらないのだが、僕はどうもこれには慣れず、あちこちでトイレットペーパーを見つけた時は、パクりまくっていたのだった。
 
 大きなベッドでゆっくり休み、翌朝は気持ちよく目が覚めた。
 
 今日の予定・・・・とりあえず、ブッダが悟りを開いた場所にあるマハーボーディー寺院を見学する。
 それから、夕方まで時間を潰し、今日のうちにガヤーに戻っておこうと考えていた。というのは、ガヤー発、マンマッド行きの列車が翌3月16日の早朝にくるからだった。ガヤーに泊まってた方が安心できる。
 
 よ~し、そんな感じでいくかーっ( ノ゚Д゚)

 と、ホテルをチェックアウトして、ホテルの出口に向かうと、門のところにホテルの従業員が立っていて今日の予定を聞いてきた。僕が今日中にガヤーに向かうと言うと、そのインド人は

 「今日はホーリーだよ。ガヤ行きのバスや、リクシャはほとんどないよ」という。

 ええ~~っ(゜∀。)そんな馬鹿な。「ちきうの歩き方」には、ホーリーに交通が止まるなんて書いてなかったが。

 なんかさっそく雲行きがあやしい。まあ、ガヤーまで16キロ、最悪歩いて歩けない距離ではない。なんとかなるだろう。

 ホテルを出て、マハーボーディー寺院目指して歩いていく。
 まだ朝早いからだろうか。あまり人影がない。ブッダガヤーも結構な観光地だと思うが、なぜか旅行者らしき外国人の姿がほとんどみられないのだった。

 なんか妙にしずかだね(・・;)と思っていたとき、前方から4,5人の地元の若者たちがやってきた。
 そして僕に気づいて、目が合うとヘロー!とにこやかにあいさつしてきた。
 その瞬間僕は凍りついた。
 というのは彼らはみんな顔中を、緑や赤や、原色の絵の具?でぬりたくっていたからだ。
 なにが起こるかをすぐに察した僕は肉食獣に気づいたインパラのごとくすぐに回れ右をして走って逃げようとした。
 が、彼らも走って追いかけてくる、ダメだ!!追いつかれる~~
 
 取り囲まれ、押さえつけられ、かけていたメガネをとられて、顔中に絵の具まみれの手が押し付けられる。
 
 ぎ・ぎえ==((((;゚Д゚))))

 ぬりぬりぬり!

 や・やめて~~

 ぬりぬりぬりっ!!

 呆然自失の僕にメガネを返すと、彼らは笑いながら去っていった。
 真っ白の買ったばかりのポロシャツが、赤と緑色に染められている。 

 ああ・・・わかった、何もかも
 僕は放心状態で悟った

 昨日の子供たちの色水攻撃はなんだったのか、なんでほとんど観光客が外にでていないのか
 それは外に出ると、このようになる可能性大だからであろう。
 ホーリーでは、祭りの余興として無差別の色水攻撃がおこなわれるようだ。

 一日がまだ始まったばかりだというのに・・・
 一体、僕の顔は今、どうなってしまっているのだろうか。
 お釈迦様、助けてください。
 ひどい格好のまま僕は、マハーボーディー寺院の門をくぐった。
 一瞬こんなひどい格好で入れてもらえるかどうか心配になったが、それは大丈夫だった。
 
 お寺の入口にひとりの男性が立っており、僕の顔を見ると、

 「Good color !」と親指を立てて笑いかけてきた。

 「今日はどこに泊まるんデスカ?」と彼は日本語で尋ねてきた。結構喋れるみたいな雰囲気だ。

 「いや、今日のうちにガヤに戻りたいと思うんですが。明日列車が早いので」

 「今日はホーリーで危険だから、もう一泊ブッダガヤーに宿泊したほうがいい。
  今日はバスもリクシャーもないよ。歩いていくだって?それは危ない。
  観光客だと石を投げてくるやつもいる。私は安いホテルを知っているから紹介する。明日の朝は私がリクシャーを手配してあげるよ。そうしたほうがいい
。」

 と彼は強く勧める。
 い・石を投げられる?? そんなことは「ちきうの歩き方」には書いてなかったが・・・。
 まあホーリーの日に店が閉まったり、バスが止まるってことも書いてなかったけど。
 しかし、ここはよさそうな場所なのでもう一泊してもいいかもと、緑色の顔で思った。
 さっきの僕を襲撃した若者たちのテンションを思いだすと、日本で考えられる祭りとはちょっと雰囲気が違うことはたしかなようだ。ブッダガヤーだけではなく、おそらく北インド全体がこのような無礼講のテンションなのだろう。無礼講と言っても、課長にタメ口きいちゃうという類の無礼講ではなく、知らない人の顔を絵の具で塗ったり石を投げてもいいという類の無礼講だ。本当に翌朝リクシャーを手配してもらえるなら、今晩はここに泊まっても問題ない。

 彼は、寺院の近くで店を開いているから帰りにでも寄ってくれ、と場所を教えてくれた。
  
 僕はわかった、と彼に言い、そのまま寺院のなかを見て回ることにした。
 寺院の中は、聖域なのでヒンズーの他の寺院などと同じように入り口で靴をあずけ、裸足で入っていく。
 建物の中だけでなく、お寺の敷地内はみんな裸足で歩くのだ。
 この場所はとてもよいエネルギーに満ちているようで、気持ちがどんどん安らいでいくのを感じた。

P3150163.jpg



 ホーリーの日と言うことで、観光客が下手な外出を控えていて人が少ないというのもよかった。みんな顔を緑色にされるのが怖いのだ。しかし一度緑に染まってしまえば恐れるものなど何もない(`‐ェ‐´)諸行無常、祇園精舎の鐘の声である。
 






 袈裟を着たお坊さんが、僕の顔を見て笑う。
 お堂の脇でなにか作業をしていたインド人マザーは僕の顔を指差し、

 「それ、自分でやったの?」と言った。

 「NO、(そんなことしないですよ~~)」

 「あら~誰かにやられちゃったのね」

 「Yes・・・(そうなんです、わかっていただけましたか(´;ω;`)」 


 がやがやうるさい日本人の集団が歩いてくる。
 なんか僕のことを見てるようだ。
 誰かと思えばバラナシで一緒に6時間遅れの電車を待っていた大学生たちだった。
 彼らは口々に、

 「うわーすごいな別人になってるし」

 「取れるんですか、それ?あはは」

 などと面白そうに声をかけながらすれ違っていく。
 うるせい(゚Д゚)ノ 取れるかどうかこっちが知りたい。お前たちに緑人間で一日すごす気持ちがわかるか~~!
 とインド人に変身できたら、集団の中に混じって彼らにもホーリーの洗礼を浴びせに襲撃したい気分になった。

 しかし・・・

 自分の顔はいったいどのように別人になってしまったのかとふと思いデジカメを自分に向けてぱしゃりと撮ってみた。
 早速それを再生する。

 な・なんだこりゃΣ(゚д゚lll)

 かなりキモいことになっていたので、またへこんだ。
 もう少し「似合ってる」かと思ってたのである。

 寺院内をひとめぐりすると、僕は境内の芝生の上に座って、しばらく目を閉じた。
 この地で起こったブッダのエンライトメントが、世界中に広がったというのはやはり感慨深いものがあった。
 僕は特に仏教徒でもないし、ブッダの生涯も手塚治虫の『ブッダ』でおおまかに理解しているくらいだがブッダが残したなにかがその土地に息づいているように思った。

 しかし、世界中に寺院を建て、アンコールワットやアジャンタの巨大遺跡群を建造する原因となったシッダールタという人物。彼はいまどこにいるのだろうということを考えてしまう。なんだかこういう地にいると、宗教的な伝説や何かではなく、シッダールタ、あるいはブッダという存在がなんだったのか本当のところが知りたいという気持ちになってくる。

 ブッダという存在はもう空相と一体となっていて、人を救うということをしてはいないという話しも聞いたことがあるけど、光明の意識でブッダが見たであろう山や河は今もそこに残っていて、その至福の残光は今もここにとどまっているのではないだろうかと、グリーンフェイスで黙想した。(-"-)

 一通り、マハーボーディー寺院を回ったあと、さっき入口のところで情報を教えてくれた、彼の店に行くかどうか迷った。確かに安いホテルのことは知りたいが、どうせみやげ物をたくさん売りつけられるということは容易に想像がついたからである。寺院で平安な気分になったのにまたカリカリしたくない。しかし今までのしつこくて、金に汚いインド人とちょっと違う雰囲気を持っていた人のようにも思え、迷った末に店に向かうことにした。

 教えてもらった名前が看板に書いてある店に入ると、たくさんの木彫りの仏像や、数珠などが並んでいた。とても大きくて立派な高価そうなものから、手のひらに乗るものまで。数珠も石の数珠や、木の実でつくった数珠などバリエーション豊かだ。店先に姿がなかったので、店の奥に向かって声をかけると彼が店の奥から出てきて、「あ、こちらへどうぞどうぞ」と店の奥の小部屋に通された。
 テーブルの上には、ビールとグラス、ぶどうやバナナ、オレンジなどが盛られた皿が載っていた。さっきから飲んでいたようだ。

 「今日はホーリーだから遠慮なくやってください」と僕にグラスを渡し、ビールをついでくれた。

 一口飲むと、結構きついビール(゚Д゚)ノ⌒゚+。☆☆。+゚
 
インドはビールでも、タバコでもなんでも強いよ」と彼は( ̄ー ̄)ニヤリ
 
 この人は相当日本語がうまく、ほとんど日本語で会話をすることが出来た。
 なんでも日本人と話しているうちにほとんど独学で学んだということ。
 彼はムスリム(イスラム教徒)ということだった。
 名前を忘れてしまったので、以下モハメドさんと書くことにする。 

 まだ飲み食いに躊躇している僕の様子を見てか、モハメドさんは

 「あなたも私も、同じ人間なんだから気を使わないでください。
  インドではホーリーの日になると、喧嘩していた相手でもその人の家にいって
  一緒に飲んでくださいって言うんです


 ふ~~ん(゜д゜)
 そういうのはいいですねえ。
 こんな緑色のやつを人間として扱ってきただきかたじけない。

 僕は注がれるままに、ストロングビールを飲み、フルーツを食べた。
 フルーツを肴にして酒を飲むと言うのもなかなかいいものだった。 

 ちょっとほろ酔いになったところで、モハメドさんが今日泊まれる安宿まで案内してくれることになった。 
 店の外に出ると、彼の知人だろうか、やけにデカイインド人がいて「ふっふっふっ」と笑を浮かべながら、僕に右手を差し出してきた。握手をすると、やけにぎゅ~~っと手を握ってくる。そして「ふっふっふ」と。握られた方の手を見ると真っ赤になってた。あははは(~_~;) あの襲撃のあとではこれくらいなんてことありませんさ。

  「ブッダガヤーはとてもいい村ですよ。ここはヒンズーもムスリムも仏教徒も
 喧嘩しないでみんな仲良くやっています
」とモハメドさん。

 僕はイスラム神秘主義のスーフィズムをテーマとした「ラストバリア」を
 読みながら旅をしていたので。

 「I'm interesed in Sufi」と言ってみた。

 するとモハメドさんの顔が少し曇ったように見えた。
 彼は、私はスンニ派で、スーフィーではないと言った。

 「スーフィーは言葉と行動が一致しないことがよくあるが、スンニはいつも正しいことだけを言う

 と言った。
 日本にいたらまったく意識することもないが、違う宗教間のみならず、異なった宗派間の相克というのがインドでも根深いもののようだった。それはやはり比較的平穏なブッダガヤーにも存在していないことはないのだろう。
 
 でもモハメドさんはナイス・ガイだった。
 彼が紹介してくれたのは、一泊100ルピー程度のリーズナブルなホテル。
 
 「夜にでもまた店に来て、なにかいいものがあったら買ってください。
  なにもなかったら買わなくていいですから
」と言った。

 僕は今日はもう休みたかったし、みやげものに費やす余裕もあまりないので、

「店には行けないけど、ホテルを紹介して、いろいろ情報を教えてくれたからお礼にいくらか支払いたい」と言った。モハメドさんは「いやいや、これは親切でしたことだからそういうお金は受け取れないよ」と言う。
 
 仕方ないので、夕方にまた店のほうに顔を出して見るという約束をした。
 一人になると、とりあえず僕はバスルームに飛び込んで、顔を洗った。
 洗っても洗っても緑色の水が排水溝にぐるぐると吸い込まれていく。完全にはとれないがようやく人間らしい顔に戻れたところで、そのままベッドに倒れこみ夕方まで眠ることにした。

 
 夕方モハメドさんの店にいくと、また別の友達が店の中でしゃべっている。
 結構酔ってるみたいだが、もともと陽気なたちらしい。
 モハメドさんが商品を紹介してくれてる時に、『財布見せてよ、財布』とか『俺の財布と、君の財布交換しないかい』とかふざけたことを僕に言い、それにモハメドさんが「黙ってろ」と叱る。面白い掛け合いが続いた。

 僕は自分のお土産にボタイジュの数珠を、他家族へのお土産も何点かここで買うことにしたのだが、生憎手持ちのルピーがなくなりかけていた。トラベラーズチェックを換金したいのだが・・・とモハメドさんに言うと、そんなことしなくてもクレジットカードを持ってるなら、近くにATMがある、と言った。

 ATM??
 僕が日本で作ったマスターカードで、インドのATMからルピーが引き出せるの??

 と疑問が浮かぶが、モハメドさんは「すぐそこだから」と僕をバイクの後ろに載せて走り出した。
 走ること十分ほどATMに到着


 バタン ガチャ・・・・・

 ぴっ ぴっ ぴっ ん? 

 うーん、やっぱうまく現金引き出せない。戻ろう・

 ガチャガチャ


 あ? あれ?

 え??

 開かない((((;゚Д゚))))

 ガラス戸の向こうにモハメドさんがいて、「どうしたんだ?」と言ってる。

 「い、いや・・・あかないんですけでど」

 とってを何回がちゃがちゃやっても。モハメドさんも外から開けようとしているが、ひらかない。
 
 なんで?

 「人を呼んでくる」とモハメドさんは走っていった。

 ふと気づくと僕は

 ブッダガヤーのATMに閉じ込められるという変な状況に陥っていた。
 
 夜も更けし時、釈迦の悟り開けし地において 汝ATMに閉じ込められる さていかがする?
 禅の考案かなんかか、これ。
 出してくれーっ(´;ω;`) 

 モハメドさんが、二人ほどの人を連れて戻ってきた。
 その直後、僕はとっての下の部分にスイッチのようなものがあるのに気がついた。
 それを押しながら押すと

 がちゃ

 「あ・・・・あきましたw」

  みなよかった、よかったと言ってくれた。
 ある意味、インドでのトラブルの一部は日本でもたまに痛いボケをする僕の天然気質と、インドのめちゃくちゃブリが組み合わさって生まれたもののようだ。そのあとモハメドさんにトラベラーズチェックを換金できるホテルに連れていってもらい、無事おみやげ購入用のルピーをゲットすることができた。 
 

 ブッダガヤー 2006年 3月16日

 翌日ガヤーからの、マンマッド行き列車は5時にくるはずだったので、僕はほとんど眠れないまま4時前に起きてホテルの前でモハメドさんが手配してくれたはずのリクシャーを待っていた。まだあたりは一面の闇に包まれている。約束の時間は4時だが、数分過ぎても迎えは来ない。大きい道路に出てみようかとも思うのだが、極々近くから犬の吠える声、唸る声が聞こえてきて、野犬なのか飼い犬なのかわからずに動くことができなくなった。インドで犬に噛まれると、狂犬病になる可能性が高く危険、という情報を読んできたからだった。姿はまったく見えず、近いがどこにいるのかわからない。
 モハメドさんは信用出来そうな人物に見えたので、すっぽかしたりはしないと思うが、心配が確実にこみ上げてくる。
 
 四時を十分ほど過ぎた頃だろうか。
 どるるる、というエンジンの音とヘッドライトが闇を切り裂き近付いてきた。
 リクシャワーラーかと思いきや、モハメドさん自身がいかしたバイクにまたがっていた。
 
 「運転手、いなかったので、私が来ました。」

 あ、そ・そうなんですか。

 朝方の薄青い光の中一昨夜燃やされた薪の燃えカスがあちこちに残る静まり返った街をモハメドさんの単車の後ろに乗って走りぬけ、駅にたどり着いた。 まだ時間があったので、僕とモハメドさんは駅前でチャイを飲んだ。明け方のガヤーはあたたかいチャイを飲むとホッとするくらいひんやりとしていた。あ、そうだ、この人にお金払わなくちゃ。 さすがにこの早朝に駅まで送ってもらっては申し訳ない。この人のことだから受けとらないかもしれないけど、その時はタバコかなにかおごらせてくださいって言おう。
 そうごちゃごちゃ考えている僕に、単刀直入にモハメドさんは言った。

 「 おかねください(^▽^) 」

 はいはい、もちろん。
 インドでのほかの事と同様、これもまた要らぬ取り越し苦労であった。
 「暇なときに電話して」と言って、モハメドさんは電話番号を教えてくれた。
 僕はお礼を言って、モハメドさんと別れた。

 バナラシからの列車が遅れたり、間違ったとこで降りちゃったり、ホーリーにぶつかったり、ブッダガヤーまでの道のりはなんか大変だったけど、とてもいいところだった。会う人もいい人が多かった気がする。よく考えれば列車を間違えたからこそ、親切にしてもらったり、ホーリーの炎を見ることもできたのだ。いい流れにある時は、ミスさえもよい出来事に転換される。それはもしかしたらブッダガヤーの優しさがそうしてくれたのかもしれない。あるいは僕とブッダガヤーとの間に、見えない優しい絆があったのだろうか、とそんなことも思った。


 これからは列車で25時間。
 マンマッド到着は明日の早朝6時だ。
 インド亜大陸を横断する鉄道の旅が始まった。






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インドへなちょこ旅行 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/06/25 21:15
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