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ACとアンガーマネジメント

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 アダルトチルドレン(AC)は、機能不全家族と呼ばれるバランスを崩した家庭で育ち、父母や兄弟による、精神的、肉体的ダメージを受け、極度の自己否定や無力感、また他者が信じられないなどのパターンをかかえた成人のことを言う。例えば次のチェックリストが多く該当するようなパーソナリティのことを言う。

 ■ 自分に対して過酷な批判をする

 ■ 自分は生きている価値がないと思う

 ■ 人生を楽しむことが下手である

 ■ 白黒をはっきりさせすぎ、ほどほどにバランスをとることができない

 ■ 必要以上に相手に忠実である

 ■ 自分は他人と違っていて居場所がなく、孤独に感じる

 ■ 他人から認められたいという気持ちが強い

 ■ アルコール、薬物の依存症になっている

 ■ 他人の目が気になる 被害妄想になりやすい

 ■ なにごとも完璧でないと気がすまない

 ■ 怒りが爆発したり いつもイライラしている

 ■ 権威のある人の前に出ると過剰に萎縮する

 ■ 記憶力が鈍ったり、または反対に嫌な記憶に悩まされて胸がドキドキしたり、悪夢を見たりする。

 ■ ※共依存的な行動に出やすい


  ※ 共依存的な行動とは、以下のようなパターン


 ■ 自らを犠牲にして相手を助けたり、世話をしたりする

 ■ 相手の行動、感情、考え方、状態、結果を変えようとコントロールする

 ■ 問題や危機が起こっているような人間関係に巻き込まれていることが多い

 ■ 依存心が強く、一人でやっていけるという自信がなく、見捨てられるかもしれないと不安にかられる

 ■ ある特定の相手のことで頭がいっぱいで視野が狭い

 ■ 相手とのバウンダリー(境界線)がはっきりせず、相手が落ち込んでいると、自分も気分が落ち込んでしまったりする。また他人の問題にのめり込んだり、相手からの精神的、性的、身体的侵入を許してしまったりする。

 ■ 罪の意識におそわれやすく、相手の問題は自分のせいだと思い込んでしまいやすい

 ■ 相手から離れられないでしがみついていることを愛情と取り違えている

 ■ 「こうあるべきだ」という社会の通念、または「こうなるはずだ」というファンタジーにとらわれやすい


 これをやってみると、ある程度は僕も、AC的で、共依存的なパターンを持っているのがわかる。

 上の共依存リストをみればわかるように、これらの性質は、例えばヒーラーであるとか、ヘルパーであるとかボランティアにのめり込んでいる人であるとかがこういうパターンを持っていることは割と多い。「優しい自分」であるとか、「助ける自分」でいることで存在価値を保とうとする。 

 また言わずもがなであるが、共依存タイプ、ACは古いタイプの新興宗教的集団や新しいタイプのヒーリングカルト、霊能者カルト、占いカルトなどにも引き込まれやすい素地がある。そういう場では教祖、あるいはグループの中心人物もAC、共依存者であるということは多いだろう。
 彼らは、自分のトラウマを消化しきれないまま、人の心に介入することをしているためそこにはセラピスト側からクライアントへの偏見や、投影、コントロールが生じるので人をさらに傷つけてしまう可能性が非常に高い。

 ヒーリングや求道や精神的グループの中で共依存が発生しないためには、少なくともグループの中心人物がそういった家族ドラマを越えた意識にあることが必要になる。(<共‐依存>ではなく<依存>はどんな対象に対しても生じるので、これ自体を防ぐことはできない

 あらためてACのことを考えてみて思ったのは、やはり自我のレベルのシステムがこういった問題でうまく機能せず生きづらさを抱えているとき、僕に似たタイプの人は一足飛びにその向こうの悟りだとか、解脱だとか、超常体験に憧れる世界に行きやすいということだった。
 自我のレベルがうまく行っていないので、それをもう捨ててしまいたい(肉体的にそれをすると自殺になる)という時に先人が残した「我の超越」という文化遺産が自分を呼んでる気がしてくる。

 そしてAC独自の不全感、無力感、虚無感などがケン・ウィルバー的なカテゴリーエラーを経て、悟りの前に人がながく先の見えない時間を過ごすという「魂の闇夜」に翻訳されるということは十分あり得る。
 こうした悩みの「カテゴリーエラー」は、スピリチュアルだけではなく哲学や、政治運動でもありえ、心理的な断絶感を形而上的悩みに自分は苦しんでいるのだと思わせたり、親への恨みが社会システムへの批判運動に姿を変えることはあると思う。

 AC的な、パーソナリティで生きるには、「アンガーマネジメント」(自分の怒りとどう向き合うか)が重要になってくる。というのは、幼い頃からのトラウマ体験などによって怒りが鬱積しやすく、またそれを解消するスキルも未熟であることが多いからだ。今回、たまたまACについての本を読んだのだけど、その前に実は前フリがあって、先月の終わりにK村さんという広島で鍼灸院をされてるかたのカウンセリングセッションを受けたとき、

 「ご自分の中の、怒りという質を解消させることが「少々」苦手なようです。」という言葉をもらった。

 それは僕の怒りの質が複雑なようで

 ●自尊心 ●正義感 ●道徳心 ●自己表現の方法での戸惑い ●過去癒されていない親との信頼関係、

 などがからみあっているという。

 最初に、「人間としてとても良い方向に向かわれています」ということだったけど、「自分自身を保つことが困難なことが多い」というテーマがあったという。

 ただこのセッション中は、その怒りのことを言われて「どう思われますか?」と尋ねられたけど、僕はまったく他の質問に興味があったのですらーっと流して別の話にもっていってしまった(^_^;)でも、この日が終わって、何日かたってきてようやくこの「怒りの扱い」のことが今の自分にとってピンポイントで重要なことがはっきりわかってきた。

 ※K村さんのことは古野SAWAKOさんのブログで知り、コンタクトしてみました。情報、ありがとうございます♪

 





 でまあ、自分自身の今までの怒りの表現の仕方とかを振り返ってノートに書いたりしてたけど、その後たまたま読んだ上記の本に怒りの根本的な性質とか、自分の怒りへの理解と、その解消のヒントなどがたくさん書かれていてとても勉強になった。

 まず怒りとは何か?というと基本的には、

 『自分の心身のテリトリーが侵害された時(されたと思った時)に発動する感情』と定義できると思う。

 例えば 身 の方で怒りのきっかけになりそうなのは

 ●殴られる、蹴られる、など体を傷つけられる、あるいは苦痛を与えられる
 ●性的接触の強要など
 ●ニグレクト、放置による消極的虐待

 などでそんなに種類は多くない。心 になると怒りが複雑になってくる。

 ●馬鹿にされる
 ●罵られる
 ●支配される
 ●存在を否定される
 ●嫉妬     
 ●電車の中うしろで携帯ででかい声で喋ってる
 ●チャリのかごに空き缶を入れられた
 ●無視される (精神的ニグレクト)

 ●所有物を奪われる (これは本質的には 心 だけど、より身体的な怒りに近い)


 これらを総合して見ると、怒りは自分の身体、精神を侵害されたと感じた時に起こる防衛的な感情と言える。

 怒りにかられると人は呼吸が浅くなり、「戦うか、逃げるか」Fight or Flightの状態になりやすい。
 意識の視野は極めて狭くなる。 

 そして怒りが極めて破壊的になりうる理由は、心身の侵害に対する怒りを覚えて、それを誰かに表現すると、その怒り自体がその相手の心身への侵害となり新たな怒りを引き起こすからだ。するとここで悪循環が始まる。

 例えば電車とかで、誰かに足を踏まれ、それが非常にムカついて

 「ってーな、何すんだ、この馬鹿」とか言う喧嘩早い人だと、相手が下手にでて「すみませんでした」と謝ってくれればいいが、相手が

 「誰がバカだ、こんなに混んでるから少しくらいしょうがないだろ」とか言い返すとおさまりがつかなくなり

 「お前が悪いのに、なんだその態度は、こら、ちょっと次の駅で降りろこいつ

 ・・・みたいな事態に簡単に発展しうるし、そういう光景はラッシュの中央線とかでたまに見かける。

  (描写するだけでなんかイライラ、ドキドキしてきますねw)


 と、こう書くと怒りは危険で、抑えておくべきだということになりそうだが、「見ないふり」とか「我慢する」とかもいろいろな問題を引き起こす。鬱積した怒りは自分に向くし、臨界点を越えてコントロールが効かないままメルトダウンしてしまうこともあるからだ。ストレスを別の方法で発散するとかは限界がある。
 見ないふりをするのではなく、それをまず正面から見据えて理解することが必要なのだろう。

 チャゲアスの「Yah Yah Yah 」で 「傷つけられたら牙をむけ~♪」って歌詞がある。
 傷つけられて、怒りを表現できる、ということからスタート出来る場合もある。
 まあ、「これから一緒に殴りに」いっちゃまずいんだろうけど。
 よくかんがえたら、すごいぶっ飛んだ歌詞の歌だな。なんとなく思い出したら今更面白くなってウケてしまった。最近のPOPSてなんか歌詞がやわい。

 10代とか20代の人の感性がより繊細なものになってきてるのかなとも思う反面、なんか、怒りとか、どろっとした感情を最初から切り捨ててるような気もする。エンターテイメントとかバラエティとか、全般的雰囲気から思うことだが。暴力を昇華できたならいいんだけど、押し込めたり無視してるのなら、それはより凶暴な形で噴出することがある。

 やっぱ手を出すよりは、思い切り口でやりあった方がいいし、
 ナイフで刺すよりは、ぶん殴る方がいいわけですよね
 ただ暴力や怒りを否定するだけだと、そのへんの優先順位?がおかしくなる気がします。
 


 


 こんなドラマもあったなー
 超はまってた
 これもお互いにぶつかりあった上での友情みたいのがかっこよかった
 脱線(-_-;)


 上記の本では、怒りには健全な怒りと、誤解に基づいた不健全な怒りがあるという。
 健全な怒りは、誰かが「意図的に」自分の心身に害を加える時に湧き上がる怒り。
 不健全な怒りは、相手にその意図はないが、自分が悪く解釈してしまったという場合。
 このふたつの区別をするだけでも、随分と怒りの角が取れて丸くなてくるように思う。

 ●怒りのもとを探る

 もし、相手が自分に対してわざと害を与えようとしているという考えが習慣になっている場合は、怒りが静まってから、何が原因でどのように怒りが出てきたのか書き出してください。

 もし不合理であった場合は、自分の考え方を変えることにチャレンジしましょう。はじめのうちは相手が悪気なくやった行動、言動だと理解することはとても難しいものです。しかし、練習していくうちに相手は自分の能力の範囲でベストをつくしたもので意図的に害を与えようとしたのではないと解釈したほうが心の平安が得られるようになることがわかります。 
 
 怒りが出たとき、すぐに相手のせいにしていると、自分の反応を変えるチャンスがなくなります。「どうして怒らせるようなことをするんだ」とか「お前、俺を怒らせたな」などと相手を攻めるのはやめて、自分の行動に責任をとりましょう。

 自分の怒りは自分に属するものです。怒り続けているとからだの免疫力が下がったり、心臓に負担がかかったりと精神的にも肉体的にも悪いことがおおいのです。


                                    (前掲書より)


 あと、アンガーマネジメントには、メンタルな問題だけでなく極めて即物的な問題も関係している。
 怒りを爆発させる条件として HATS という言葉が紹介されている。

 Hは hungry(空腹時)
 Aは Anger (何かでイライラしてる)
 Tは Tired (疲れている)
 Sは Stress (ストレスを感じている)

 らしいが、これ結構かぶってる感じがするので、僕ならSに SEXを加える。
 男性の場合は特に性的なテンションの高まりが攻撃性へ転化されることは多いと思うからだ。 
 
 お腹がすいて、仕事でイライラしてる・・・だから、夕方の電車で喧嘩とか多いのかなとも思います。
 すごく即物的だけどこういった要素が自律神経に影響し、興奮しやすい状態にする。
 
 呼吸法とかがすごく大事だと僕が思うのは、こういう即物的いらいら状態でも、深い息をすることで神経系の働きを切り替えられる可能性があるからだ。

  

  





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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/08/26 15:37
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