夏は銀河鉄道に乗って


 夏になるとなぜか宮沢賢治を思い出す。

 なんでかよくわからないが、子供の頃アニメ版『銀河鉄道の夜』を夏休みに観に連れて行ってもらったからかもしれない。


 


 宮沢賢治の童話は、『銀河鉄道』と、あと「風の又三郎」とか、「注文の多い料理店」とかその他メジャーなのを何遍か読んだだけ。あと詩集も『春と修羅』やその他の詩集からいくつかずつ抜粋した文庫の詩集を読んだのみで、ものすごく賢治大好き!とか言えるほどのものではない。

 でも、青森挽歌とか、永訣の朝とかその辺はかなり頭に入っている。

 最近では府中ののプラネタリウムで銀河鉄道の夜のCG上映を観て、その映像のきれいさとテーマソングがかなり気にいった。

 たまに声を出して「銀河鉄道の夜」を朗読してみる。

 なぜかわからないが、賢治の物語には、多くのスピリチュアルな本を読むよりも、心が洗われ、純粋さから隔たっていたことを思い出させてくれるような作用がある。

 僕がすごく宮沢賢治のスピリット、宗教性を感じて共鳴する部分は何箇所かあるけど、こよなく素晴らしいと思うのは次のような部分だ。

 ひとつは「鳥をとる男」にジョバンニが哀れみを感じるところ

 ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかに鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことをいちいち考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸せになるなら、自分があの光る天の川の河原に立って、百年続けて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体なんですか、ときこうとして、それではあんまり出しぬけだから、どうしようかと考えて振り返ってみましたら、そこにはもうあの鳥捕りがいませんでした。網棚の上には白い荷物も見えなかったのです。(中略)

 「あの人どこへ行ったろう。」
 カムパネルラもぼんやりそういっていました。

 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。ぼくはどうしても少しあの人に物をいわなかったろう。」

 「ああ、ぼくもそう思っているよ」

 「ぼくはあの人がじゃまなような気がしたんだ。だからぼくはたいへんつらい」

 ジョバンニはこんなへんてこな気持ちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今までいったこともないと思いました



 この中に表現されているような風景は物語の中に、何度か形を変えて登場する。
 そのようなシーンでは日常の中のちょっとした気持ちのすれ違いや、それに対する悲しみ、あるいは優しさの表現がとても巨大な、罪と許しとか、「隣人」への愛だとかいうテーマを表しているように感じられる。
 そう、本当に小さなやりとりが、この『銀河鉄道』の旅の中では神話的な許しや愛のテーマへと変貌するのである。
 
 この銀河鉄道は、「幻想第四次空間」を走っているようで乗客は忽然と現れ、また忽然と姿を消す。
 その一期一会、出会いと別れのはかなさはこの「三次空間」(現実)でも同じだ。別れはいつやってくるかわからないから、人にはなるべく優しくしたい。でも往々にして、誰でもジョバンニのようにその相手が去ってからもっと愛を表現すればよかったと気づくことになることがある。

 
 この物語の中で繰り返し、現れるのはやはり「利他」というテーマだ。

 人、というか生命を想う心

 病床にいながら、兄を気遣い「あめじゅとてちてけんじゃ」(お茶碗に雪をとってきて)、と頼んだとしのように。

 この話を聴くと誰もが美しいというか、切ない気分になると思うけど、「永訣の朝」というような状況下で研ぎ澄まされてはいるもののとしのような隣人を気遣う心というのはいつも僕らの中で働いている力でもあると思う。その力、その想いがじつは一番大切で尊いものではないかと思えてくる。

 宮沢賢治の物語を朗読すると、本当にそういう気持ちになれるのだ。

 最近は自分を愛するとか、自分が癒されるとか、自分が変容するとかが強調されるし、自分を肯定することの大切さは僕も感じるところではある。

 でも精神世界コーナーの多くを占める、自分をどうこうしようという欲望が刺激されるものを読むと、僕らは視野が狭くなり、自分のことで頭がいっぱいになることもある。

 だが、銀河鉄道に乗ったジョバンニのように周りの人を命の旅の道連れとして、他者を「隣人」としてみられるような視点は既に僕らの中に存在している。自分が癒されていなくても、貧しくても、悟っていなくても、この他を、命を想う力は自分の中に働いているそのことをあらためて思い出すことも、「自己探し」「自己変革」に疲れ気味の時には大事かもしれないと思う。

 「銀河鉄道の夜」については単発的に何回か触れたかもしれないけど、今回はじっくり目に
 次回以降、もうちょっと好きなシーンについて書いてみましょう・・・・


 これはプラネタリウムバージョン↓まだやってるのかな
 かなりオススメ!

 








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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/08/30 15:50
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