N先生SKYPEセッション、感覚の変容

 
 スペースまほろば のN先生のスカイプセッションを体験する。

 スペースまほろばは、ブログresonanz360 のhiroさんのツイートで初めて知りホームページを一読とても興味をひかれた。hiroさん、情報どうもありがとうございます<(_ _)> 

 Nさんは自身の覚醒体験と、セラピー理論を統合されていらっしゃるようでとても貴重なポジションの方のように思えた。どっちかを切り捨ててしまう場合が結構多いからだ。現在新大阪と、鳥取の境港でセッションをされてるということらしいから実家に帰るときにブレスワークでも受けてみたいと思い、その前に軽くお話しさせていただくことにした。
 

 その一部の記録をシェアさせてください♪

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 Nさん:もともと目覚めとか悟りに興味を持ったのは今お話されたようなことと関係してるんでしょうか?
     
 はいたか:学生の頃、半分引き籠って本ばかり読んでたころ精神世界に何か希望があるように思え、そう言った情報をたくさん入れてたんですがその過程でやはり悟りや覚醒についての知識にもふれることになりました。


 Nさん:やっぱり真剣に何かを求めていると、そこに行き着くしかないようなところがあるんじゃないかと思うんですね。

 ただその悟りというのが、今ある苦しみ全部にふたをしてそれを見ないようにして
何かこう素晴らしい世界を見つけるということとはちょっと違う気がするのでね。自分の中にあるあらゆる要素をそのまま、ありのまま存在してていいんだっていうことに気づく感覚でもありますから。するとね、きちんと瞑想とかをやっているとどっかの時点で自分の中の今まで見ないようにしていた感情とかいろんな面が意識に浮上して来る時がどうしてもやってくるんですよね。そこで、そういうのをなるべく見ないようにするために瞑想してしまうっていうことがよく起こったりするので、、、でも今Mさんはそうじゃなくて心理学的な、セラピー的なことをやっていく必要があるんじゃないかと思っておられるのはすごく大事なことだと思います。その方向で間違っていないと思います。

 はいたか:はい、ただどうやってそれをしていくかという方法のこととかでちょっといろいろ考えたりしてますね 

 Nさん:私のところでやっているブレスワークとかはね、自分の中でなにかこう見ないようにして、本当は自分の一部なのにこれは自分じゃないよ、とこっちだけが自分だよと、自分の中で境界を作ってしまうことで本来自分というのは自分が思っているよりものすごく大きな存在なのに、自分でいいとか悪いとか思考によって自分を分断してしまってるわけですよね。そこに気づく。見ないようにしてきたものに意識的に触れてそれを本来の自分の一部なんだと、いいとか悪いとかじゃなくて怒りも不安も、ひとつのエネルギーの動きにしか過ぎないんだと、いうことを実感していくことをお手伝いする、それのためにブレスワークとか、ヒプノセラピーとか、こうやって普通にお話をすることとかをやっていってるんですよね。

 ブレスワークは人間は不安を感じると息を詰めますから、意識的に深い呼吸をすることで自分の中の見えなくなってるところに触れていくと。

 以前ブレスワーク行ったことあるということでしたが、どうでしたやってみたとき?

 はいたか:そうですね・・・どっちかというと恐怖感がすごく出てきて・・・


 Nさん:あ~はい、はい、はい。

 はいたか:終わったあとに絵を描いてみんなでシェアするような形なんですが、その時に出てきたのがサメとか肉食獣とかのイメージで、、まあ以前見た夢のイメージが出てきまして、サメがすごく大きい口を開けていて、すべてがその中に吸い込まれて行っちゃって、自分もその流れの中にいるという感じで、、そういった恐ろし世界の中に自分は生まれてきたくなかったという言葉が出てきたんですよね。セッション中はうわーって叫んでて、やっぱり怖いっていう感じの


 Nさん:恐れが出てきたわけですね。どうしても最初は恐れとか不安が出てくるんですよね。特にね、子供の頃に十分愛情とか、自分を十分尊重してもらったという実感を持ってない人ほど自分の内側にしっかり触れていこうということを始めると最初恐れや、不安が大きく出てくるということがあります。これは私もね、むかしすごく実感してあったのでわかるんですが、でも大事なことはおそれも不安も、何か大いなるエネルギーの一部であってね、そのままありのまま味わい認めていくと、やがて消えていくんですよね。それがずっと続くわけはありえないんですよ。ですから大事なことは、ブレスワークにしても、恐れや不安が出てきてもできる範囲でいいからそれをそのまま感じること。恐れや不安がそこにあるということをありのまま認め、許していくということ。それはこれまで周囲との関係の中で感じられなかった自分を愛するということを、自分で意識的にやっていくということなんですね。そういうことを意識的にやっていくことでおそれも不安も段々ちいさくなっていきます。
 そしてこの自分というものが肉体と心の内側にいるという感覚から、広がって行く感覚がやってくるんですね。


 はいたか:最近は夜に不安な感覚がやってきたら、それをなるべく感じようとか、それを愛そうとしてますね。

 Nさん:それは大事なことです。で、その時のポイントはね、体の感覚をしっかり感じること。頭で考えるんではなくて、不安だったらこう体の中にあるもやもやっとした感じとか、胸のあたりにある得も言われぬ気持ち悪さ、をそのまま感じるんですね。からだの感覚として。不快な感覚を感じるには最初は難しいかもしれないけど、感覚がわかってくるとね、本当に感じられたら、それが勝手に変化していくんですよね。変化して言ってやがて消えていくということがだんだん分かってくるんですよ。起こっていることについてなるべく頭で考えないようにして、身体的な感覚にしっかり意識を集中させるということ、それを是非不安になった時にやってみてください。

 はいたか:だいぶ前なんですけど、東京に来たばかりで、今より精神状態があまりよくなくて、知り合いとかも誰もいなかった頃に、あの~合法的なドラッグというかそういうのにはまっちゃってたことがあって、その時に強い量を一気に摂取し過ぎて死の恐怖の世界に一晩中飲み込まれたっていうか、死の恐怖プラス自分の思考が世界を作っててその外側には何もない・・・っていうか、そういう恐ろしい世界に入ってしまったことがあって、そのフラッシュバック的な感じで今でもそれが残ってる感じがする時がありますね。

 Nさん:自分の思考が世界を作ってて、そのほかには何もないっていう感じ?

 はいたか:うーんそうですね、その外側には何もない・・・

 Nさん:はいはい・・・・それってでもある意味ではそうなんですよね(笑)

 はいたか:うーん・・・

 Nさん:それを理解しようとしてみんな冥想したり、修行したりしてるんじゃないかと思うんですよ。

 はいたか:あ~・・でもそれってすごく恐ろしいいことじゃないですかね

 Nさん:多分ね。そう、思考の視点というかエゴの視点からみると、それは恐ろしいことですよね、

 はいたか:思考自体も常に移り変ていくので、どこにも確かなものはない、すがりつけるものがないという感じですね。

 Nさん:そう、だからいきなり真実を見せられたら人はおかしくなってしまう、狂ってしまうという言い方もあるわけですよね。そういうものは意識を思考を外した次元に強制的に持って行ってしまうから、準備が出来てないのにそういうところに行かされると恐れとか不安がものすごく大きくなると思うんですよね。その準備というのがやはり心理的なレベルで未解決になっているいろいろなものをちゃんと見てクリアにしていくことで、思考を超えた意識状態を受け入れやすくなるていう言い方はおかしいかな・・・まあ思考でつくられた世界というのはある意味では幻のようなもので、その・・・大いなる存在というかね、たったひとつのエネルギーしか存在していないんだというところに落ち着いていられるようになるんだと思うんですね。そして、その物質的な世界も大いなるエネルギーの一部なんだから、スピリチュアルな世界と物質的な世界が、あまり別々のものだという意識がなくなってくるんですよね。物質的な世界にもうまく対応できるようになってくるし、でも深い部分では、みんなそれが夢のようなものだとわかっている、わかっているから自由に、世界の中を生きていけるというそんな感覚がしてくるんですよ。

 だからそれはね瞑想していて、「うわっ」とか「おおーっ」ていう体験が起こることはあるわけじゃないですか。これは目覚めたーみたいな?そういう体験をずっと維持しておくというようなこととは根本的に違うんですよね。もちろんそういう体験ていうのは、普段の思考で作られた世界以上の何かがあるということを知るためには重要なことだけれど、それがイコール目覚めとか悟りではないっていうことなんですね。おお!っていう経験が目覚めなんじゃなくて・・・すべてが、すべてが「それ」なんだっていう理解というのかな

 日常のあらゆることがスピリチュアルなものの顕れなんだっていうことが、だから怒りも不安もね、実は大いなるたったひとつのエネルギーが怒りや不安となって現れている、だからそれもまたOKっというか・・・素晴らしいものというか、そうであってもいいというか。

 はいたか:そういう考え方をしたほうが受け入れやすいですよね。

 Nさん:はい、怒りや不安がいけないものではないということですね。


 はいたか:カウンセリングとか、自分でも心理的なサポートができるような状態になりたいなと思うんですけど、自分がどれくらいの状態であれば余裕も持って人をサポートできるかっていう目安はありますかね。やっぱり自分の感情を相手に投影しちゃうような状態だとやっぱりまずいような気がしてて、どのへんまでなったらいいのかなというのがあるんですけど

 Nさん:うーん、どのへんまで・・・なったらいいか、、それは表現しにくいですねえ。

 はいたか:特にはっきりとした基準というのはまあないんですよね、ここまでじゃないといけないということでもないとは思うんですけど。やっぱりどんな人でも誰かに気づきを与えることはできると思うので・・・

 Nさん:そうそう、その通りなんですよ。

 はいたか:ただやっぱり自分がイライラしてる時にクライアントさんを見て、『こいつ怒ってるな』と思ったらまずいと思うんで~(笑)

 Nさん:そうですね。あるとすれば、自分の中で起こる感情を全部自分で引き受けられるっていうくらいはやっぱり必要かもしれないですね。それは全部自分の問題なんだということをちゃんとわかっていること。でもそういう話しを頭で理解していたとしてもね、無意識の働きってすごいですから、その場でね無意識の力に引き込まれてしまうと頭で理解していたことが全部吹っ飛んじゃうわけ。「こいつ、何言ってんだよ」みたいなことになるんですよね。仕事してこういうことをやっていきたいて思われてるんでしたらね、かなり自分の内面を見つめていく作業をやっていく必要があるだろうなと思います・・・一方でね、でもね、そんなことあんまり思わずにどうしてもしたいと思う人は始めるワケですよ。それは別にいけないわけでもなくて、今度は実際にやっている中で、自分に気づいていくという作業をやっていくことになるわけです。

 はいたか:来る人から学んだりとか、そういうこと・・・?

 Nさん:そうそう。反対に言えばね、否応なしに自分の問題を見せつけてくれる、クライアントさんが来ます(笑)

 はいたか:笑 あ~なるほど 

 Nさん:その時にね、なんでこんなややこしい人ばっかりくるんだよ~って思ってたらそこから先にいけないわけですよ。これ全部自分の問題なんだっていう視点で来てくださる方の問題も、全部自分の問題を見せてくれてるっていうふうに見ていけばもっともっと自分のことがわかてくるし、自分が癒されてくるし、相手の人も癒されるっていうことが起こります。

 はいたか:やっぱり日常で合う人もそういう視線で見る・・・

 Nさん:そう、実はそうなんですよ。みんなそうなんです。うん、深く関わっていく人ほどそうなんですね。

 はいたか:根本的な問題というか、深いところにあるものを見せてくれているという・・

 Nさん:そう、親密になる人ほど、見せてくれるために必要だから自分の世界にやってきてくれているんだと思ってください。

 はいたか:ホームページに掲載されている目覚めの体験で、全部がこう珍しいことだと気づいたという体験について書かれている箇所がすごく良かったんですけど、やっぱり一旦マインドで構築されていたものがすべてリセットされたことにより全てが新鮮だと感じられたということなんでしょうか。

 Nさん:今思えばそうだったんだと思います。でもその時はそういう理解はなかったんです。なんか、えーすげーみたいな感覚しかなかったんですよね。

 はいたか:生まれ変わったというような感じですか?

 Nさん:生まれ変わったというよりも、生まれた・・

 はいたか:初めて世界を見たというような 

 Nさん:うん、そんな感じだったですね。
     でもまあそれが起こったからすっかり楽になったわけじゃないんですよね。そこから人間として未解決だったいろんな痛みを向き合うプロセスが、そこから始まったんですよ。それが多分20年くらいあったんですね、そのあと(笑)

 子供のころに辛い体験をした人ほど、目覚めのプロセスの中であの~そういう未解決のものが浮上してきやすくなるわけですね。そこをちゃんと意識的にそういう経験と向き合っていく必要があると思いますね。その『空』というか、大いなる存在というか、そういうものに触れそうになるとね、それがものすごく恐ろしいものに感じてしまうみたいなんですよ。

 はいたか:(覚えがあり)やっぱり誰でもそうなんでしょうかね?

 Nさん:それは子供の頃に苦しい環境で生きてきた人ほどそうみたいなんです。

 はいたか:すぱっといけちゃう人はいけちゃうっていうことですね

 Nさん;人によってはそういう人もいるみたいですね。なんかわーっと目覚めの経験が起こったらもうそれでOKいたな感じになる人も中にはいるみたいです。


 はいたか:溜め込んでいる古いエネルギーがあると、それが出てくる、恐怖になって・・

 Nさん:そういうことなんです。浄化が自然に起こるんです。だからその浄化のプロセスは場合によっては数年とかね、それくらい続くことがあるってことなんですね。そこを理解している人と、そのプロセスをやっていくことがすごく大事なような気がします。

 はいたか:・・・そうか・・自分としては悟りとか一切考えずにセラピー的な部分だけを浄化したり、あとは自分が楽しく豊かに生きていければいいかと思っていたんですけど、、もしかすると神とか、大いなるものを知る上でのプロセス上での浄化っていうことかもしれないですね。
 
 Nさん:うん、そうだし、ホントはねどんな時でもその両方が関係してるんですよ。心理的なことだけしか意識しなくてやっててもねそれを深めていけば必ずそういう意識の世界というか、大いなる存在とか、目覚めの方に向かって言ってるわけですね。で、そういう何か大いなる存在とか目覚めとかを意識しながらやったほうが、通常の意味での心理的な癒しもうまくいきやすいんです。でまた反対に通常の意味での心理的な癒しを意識してやらないと、目覚めや悟りもなかなか深まらないってことなんですね。両方がとても大事だと思います。

 はいたか:うーん、面白いですね。なんかそう考えると

 Nさん:うん、面白いですよ、これ。そう、私の自分の目覚めのプロセスに知らないうちに引きずり込まれた感じがあるけど、苦しい感覚もありながらなんか面白いんですよね。こんなのもあるのか、と。今まで自分とはこうとか、世界ってこうだと思ってたものが、どんどん崩れていって、こんなのもあるのか、こんなのもあるのかっていうのがやっぱり面白かったんで(笑)それを追求してるうちにいつのまにか仕事になっていたというところがありますからね。面白いっていう気持ちがあってもいいし、それはとても重要なことだと思います。




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 終わったあと、それほど疲れてるわけでもないんだけど、あり得ないほどの眠気に襲われた。
 ごそっと何かが抜けるような脱力感というか
 会話中は感じなかったけど、やっぱりエネルギー的な相互作用が少し起こったみたいで
 翌日は少しいつもと違う意識状態で一日を過ごした。
  具体的に言うと、現れてくる一瞬の一瞬の現実がとても愛しく感じられるという瞬間が頻繁にあった
 こっち系の変容感覚は久しぶりだった。 
 目に映るものすべて、すべてが目に映ること、それらがとても貴重な瞬間瞬間であるように想えた。

 Nさんが言われている、感情を体感覚としてしっかり感じるとそれ自体が変化してくるということについては、最近読んだゲイ・ヘンドリクスの「コンシャス・リビング」という書籍にも書かれていた。

  西海岸に住むある男性がパニックに陥って、夜明け前に私に電話してきたときのことを思い出します。
 その前日、私は電話で彼にカウンセリングを行っていました。彼は慈善家のビジネスマンで私とは長年にわたって社交行事の場で顔を合わせてきた間柄でした。その彼が「最後のフロンティア」と自ら名づけた問題について私とワークをするために予約を入れました。彼の問題は愛情関係についてでした。彼は財産を築き、影響力のある社交界のネットワークを作り上げましたが、これまで一度も親密な愛情関係を経験したことがありませんでした。50代も半ばを過ぎ、そろそろ誰かを愛し、愛されるという感覚がどんなものか知りたいと考えたのです。私は、彼の人生に愛にあふれた女性を引き寄せるために、アファメーションとヴィジュアライゼーションの両方を組み合わせたセッションを行いました。それと並行して、これから姿を現すと予想されるもの、・・・これまでの人生の中で親密な関係を結ぶことを妨げ続けてきた、親密さにたいするあらゆる恐怖・・・に取り組むことができるように彼に入念な準備をさせました。ところがお粗末にも、私はその恐怖の力を侮っていたのです。


 その結果、翌朝まだ暗い時刻に、過換気状態に陥り、支離滅裂にまくしたてる彼からの電話を受け取ったのです。私は数分間、彼に意識的な呼吸法を教え込み、いったん落ち着かせてから何が起こったのかを訊ねました。前日のセッションが終わってから真夜中になるまで彼は爽快な気分で過ごしました。ところが、いざ眠りにつこうとしたとき、これまでの人生でおさえつけられてきた、彼の中にひそむありとあらゆる恐怖が目を覚ましたのです。彼は私に電話するのが怖くて、一晩中、なんと5時間も自宅前の浜辺をうろうろと歩き回っていました。私に電話したときには状況はもはや限界に達し、感情が爆発しそうに感じていました。


 その一日を救ったのは、愛でした。
 私は彼に「その場に立ち止まって、恐怖におののいている自分を愛してあげてください」と言いました。
 彼はこの考えに猛烈に食ってかかりました。彼は第二次大戦中は戦闘機乗りで、それ以来ずっとパイロットを続けていました。

 「もし恐れていることを認めてしまえば、これから先やっていけるだろうか。怖がらなかったからこそいまの地位が築けたのだ。」

 彼は実際にそのとおりのことを言いました。それに対して私は、「あなたの考えには大きな誤りがありますよ」と彼に告げた。

 「あなたの心が恐怖を否定しようとするずっと前から、あなたの身体はもう恐怖に慄いていたんですよ

 たぶん彼の身体はいつも恐怖を感じていたのでしょう。恐れていない振りをすることは、困難を乗り切るためのひとつの対処法にしかすぎなかったのです。しかも、それは決して最善の方法ではありませんでした。恐怖を否認するのは危機を乗り切るためで、人を健康にするためではありません。私は彼にこう忠告しました。

 「もし身体から恐怖を追い出したいのなら自分が怖がっていることを認め、怖がっている自分を愛してあげてください

 彼は震えながら深く息をつき、私の忠告を実行に移しました。
 それから10秒も経たないうちに状況は一変しました。彼は再び口を開くと、こう言いました。

 「恐怖をありのままに愛したら、恐怖は純粋な感覚だけになり、それから爽快感へと変わりました

 私は何度もこのような場面を見てきたので、格別な驚きはありませんでしたが、彼にとってこのシフトは思いがけな啓示になりました。愛のパワーを感じることのできた初めての機会になったのです。

 「あなたはいま、愛が本当に存在するということに気づきました。これからの人生の中で愛を感じ続けてもいいと思いますか?」私はそう訊ねました。 すると彼はこの素晴らしく無防備になった瞬間に「そう思います」と答えたのです。




 感覚認識の実習


 感覚を見つめる練習のためかどうかわからないけど、昨日も今朝も、未明に目が覚めた。
 今朝の感覚は昨日と少し違うようだ。
 名前を付けるとすればやっぱり不安。
 場所としては、胸のあたりで、ドキドキするような締め付けられるような、かたまり感
 その感覚に寄り添い、存在を許しながら見つめ続ける
 何かを教えてくれようとしている友達に耳を澄ますように。
 時々、思考が強く回転していろいろなことを考え始めるけど、その度に注意を純粋に体感覚のみに戻す。
 こういう時の思考作用は、体感覚やリアルな感情から逃げるために生じているようにも思える。
 考えよりも、感覚、感情をリアルなものとしてフォーカスし続ける。
 
 すると・・・いつのまにかその不安感が、「楽しさ」、「よろこび」のような感覚に変化してそこにあった。
 本当だ、意識を向けると、感覚は確かに変化して行くのだ。 
 それもまったく真逆のものに。もともとは同じエネルギーってことなんだろうか

 それをもなお見つめ続けていると、眠くなってきて寝入った。

 うとうとしたとき、地震で揺れて目を覚ます。(千葉震源震度3)

 瞬間、、あーホントやばいことが起こっても、こういうエクササイズは意味があるのだろうかと思うが・・・

 すぐにまた眠りにつく(。-_-。)

 少し睡眠は少なくいと思うけど、寝不足のどんより感はあまりなく、なんとなくすっきりしてるのは不安がよろこびへと形を変えるプロセスを観察・体験できたからだろうか?と思った。


 PS:夕方、三陸沖震源7,2が起こったとき、ちょうど自転車で帰宅中で揺れはまったく気づかなかった。でも家の前まで来ると同じアパートの隣の人が外に出ていた。隣人が『今揺れましたよ』と言うけどちょうどうちに荷物を届けに来た宅配のおじさんは運転中で気づかなかったみたい。「3・11んときは運転中でもはっきりわかったなー」という。なんだかひどそうなのですぐに携帯ワンセグチェック。津波はもちろんだけど、常に原発が心配。これが前震で、もっと大きなのが起こって、4号機が倒壊したりしたらどう対処したらいいんだろうか・・・とまた考えがそちらにいく。停電に備えて、ガスコンロくらい買っておこうかとか。やっぱりこういうモードになってしまうと、いろんな意味で感覚より、「祈り」に気持ちが向いていくのを感じる。それともこういう時もその不安をはっきり受け止めたほうがいいのかな。
 こんな時代だからこそ、大いなる存在=神を意識しながら・・・おこなっていくのがいいのかも。

 



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セラピー&ヒーリング | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/12/07 19:00
コメント
有難うございます。
始めまして。
いつもブログ拝読させていただいています。

自分も一年位前からスペースまほろばのブレスワーク等に興味が湧いてました。

ただ何となくタイミングといいますか、行動に移すキッカケといいます
か…

今回のブログは非常に参考になりました。

来春にでも行ってみようか!って気分になりました。

(又だらだらと行かない事も十分ありえますが)

良いキッカケを有難うございます。

これからもブログ楽しみにしています。
はじめまして♪
 >そらそらわんさん

 はじめまして!いつもご訪問ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))

 そらそらわんさんが迷われる感覚わかりますよー。
 こういうのって興味があっても、いざ受けようと思うとな~んか面倒くさくなったり、まあこのままでいいかと思ったりするんですよね。

 でも本当に必要なものなら、気になるシグナルがずっとあると思うので、最終的には重い腰をあげるということを僕も繰り返してきました。(セラピーだけではないんですけどね)

 この記事がなんらかのきっかけになったら文字起こしした甲斐があります。
 今後共よろしくです!

 僕は年末にブレス行ってきますよ(^o^)/
 


はいたか鳥さん♪

お久しぶり(^O^)
resonanz360は最近気に入ってよく閲覧させてもらってます。

「感情を体感覚として感じる」というのは、使えますよねえ。
はいたかさんも、そのコツを掴まれたようで。。。

ブレスに行かれたら、また報告を聞かせてください♪
Re: タイトルなし
 ガメラさん、こんばんは!
 お久しぶりです~~♪

 ガメラさんもお仕事柄「感覚」についてはすごくお詳しそうですね。
 またいろいろ教えていただきたいです<(_ _)> 
 今のテーマは「感じる」ことかな~と思っております^^
 ちゃんと感じてこなかった感情がたくさんあることに気づきました。

 また年明けにでもブレスのこと書くと思いますのでよろしくです~!
 ありがとうございました。



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