2年目の記憶

 パソコン君が、少し息を吹き返したようなので久しぶりに更新しま~す。。

 近況報告的なやや散漫な記事になるかも(^_^;)

 



 3・11から2年が過ぎたけど、今年の3月はなぜか去年よりもあの日のことを思い出すことが多かった。

 ちょうど仕事でも宮城県南三陸町の作業所の所長さんの講演や、気仙沼地福寺住職のジャズ法話ライブを聴いた。節がたり説教ユニット カッサパというバンドの演奏だ。


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 ジャズ法話ライブというのは、主に震災のエピソードを交えた法話と、ジャズの演奏でなっているかつてないライブで、もちろんチャリティー。73歳とは思えない和尚さんの熱唱に大変心を揺さぶられた。最初と最後は、ジャズ般若心経で!(笑) 

 お人柄からにじみ出るユーモアを交えて話す和尚さんの歌と法話で印象的だったのは、全国からボランティアでやってきてくれた人たちが『お地蔵さん』に見えたという話し、みんな祈り祈られ、生かし生かされ生きている、という言葉だった。

 地福寺のサイト 

 

  南三陸の作業所「のぞみ」の所長さんは、あっという間に津波が建物に押し寄せ、水が天井下20センチまで迫るホールで水に浮いて難を凌いだという。それから高台にある高校に利用者さんとともに避難し、濡れた服を乾かしながら朝を迎えたこと、救助がくるまでの模様などを話されていた。翌朝も氷点下の気温だったが、『寒い』という感覚が衝撃のためなかったという。
 
 南三陸では、人口一万数千人の内、死者不明者の合計が1000人以上、
 建物の7割近くが津波で破壊されている。

 街の工場が大半壊滅したため、当初作業所で請け負っていた仕事がなくなってしまい、農地を借りて薬草などの栽培をみんなではじめた。それが作業所『のぞみ』の復活だったらしい。

 僕はうちにテレビがないこともあり、地上波での震災関連の番組はあまりみていないけど、今までPCで見れる動画については結構見てきたと思う。でもやっぱり、目の前にいる人の肉声でその日のことを聴くというのはまた違った体験なんだなと思った。

 これらの講演や、ライブを聴いて思ったことのひとつは『何を忘れてはいけないか』ということだった。

 僕が忘れたくても忘れられないのは、電気が消えたJRの駅。
 まだ夕方の6時前なのにシャッターが降りた、牛丼屋チェーンと大手スーパー。
 白々しい大本営発表の向こう側で、確実に破局的な事態が進行しているという気配。
 それがどこまで進行するか、予測さえもできないという不安。
 仕事中いきなり「計画停電」がおき、エアコンしか暖房がない部屋で、ガスコンロで暖をとり、部屋の中で白い息を吐きながら夕食のインスタントラーメンを作り、食事介助をした記憶だ。

 その時に思った、『これは始まりに過ぎないんじゃないか、日本はずっとこうなんじゃないか』という感覚だ。このようにして、いつでも物事は前触れもなく始まり、そして、僕らはそれに慣れていくのだろうという予感だ。電気がないこと、部屋の中でも寒いこと、常に地震が続くこと、放射能の脅威などに・・・

 幸いあれから2年が過ぎ、事態は僕が予感したようには進まなかった。
 相変わらず放射能はリークし続け、甲状腺がんが通常の発生頻度以上に発見され、3・11以前の数十倍以上の頻度となった震度一以上の地震は全国で今も続いている。

 それでもテレビでは相変わらずバラエティが放送され、桜の開花予報がなされ、僕は東京でなんとか生きている。それだけでも、僕には不思議に思えることがある。何か人智を超えた力が、本来のシナリオを改訂したのか、あるいは僕がパラレルワールドにでもぶっ飛ばされたのか。

 それともこれは、おおきな変化の前の無風状態に過ぎないのか。

 多くの顔なじみを一瞬で波に持って行かれた地福寺の和尚さんは歌っていた。『波は今でも押し寄せている』と。
 東京の皆さん、「決して人ごとだとは思わないでください・・・」と。

 
 一瞬で物事は変わりうる、それが諸行無常、この世界の姿でもある。

 でも忘れないように努力したほうがいいこともある。

 2年目を迎えて、直接震災の話しを聴いてそう思った。

 その時に、どのようなことが命を救ったのか?
 命と、平和の価値
 すべての産業が波にさらわれた土地で、畑を始めること
 ボランティアの人たちが「お地蔵さん」に見えたこと
 助け合い 祈り合い 絆・・・
 何が正しいかを見抜く、『目』

 それらは忘れてはいけないような気がする。

 3・11が何者かの陰謀だと言う人たちがいる。
 そんなことは僕はわからないし、深く追求する気にもなれない。9・11の陰謀以上に検証が不可能な事柄だ。
 でももし、これが「サタンの陰謀」だという見方をするならば、その陰謀が大きければ大きいほど、そこには同じように巨大な神の意志と力が注がれるということもまた確かなのだろう。

 そして、その神の意志と力の果実こそが、僕らが忘れてはいけないことなのではないかと思う。


 2011年 5月
 小さなプレハブ小屋の作業所のぞみが、農地の中に再建された。
 京都の会社の出資で、その畑ではハーブが栽培された。
 青々とした緑の中に立つ小さな建物の前で、職員さんと利用者の人たちが並んだ写真がある。
 建物には「の ぞ み」と書かれてた白い紙が貼ってある。

 講演中スライドショーで見せてもらった、この写真が何かシンボリックに感じられすぎて、僕はなかなかスクリーンから目が離せなかった。



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3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/03/16 21:55
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