情報断食実践篇①


 以前から外部からの情報入力を断つ、情報断食のことは何度か書いてるけど、食を断つ断食と情報断食は共通点が結構多い。本来、ネイティブアメリカンのビジョンクエストなどではこのふたつが同時に行われる。
 「食べたい」という衝動と同じように「知りたい」という衝動も人間にとって本質的なもので、生存本能や、もう少し高度なエイブラハム・マズロー的な自己実現欲求と結びついている。社会生活の中では適応の為に欠かせないものとなっている。

 問題は、今の世代に生きる人間は、「食べたい」という衝動と同様に「知りたい」という衝動も過剰に暴走してしまいがちだということだ。飽く事なき知識欲というと、いいものにも思えるが、情報の質を問わず、その取り入れ経路を問わず、取り入れる動機を問わず、闇雲に情報をいれ続けていると、食と同じように情報の消化不良に陥る。

 それは結構心身によくない状態なんだけど、食べ過ぎほどには問題にされないのは、きっと「情報」は物質的なものではないからだろう。形なきものなのでその影響力が過小評価されているのだ。

 でも本当はダイエット以上に、不要な情報をそぎ落とすということは大事なことだと思う。

 一般に小食や断食を行うと、体内環境がシフトしてエネルギーの消化吸収、心身の活動のためにどのような物質を使うかというメカニズムがシフトすると言われる。

 有名な例で言うと、脳の働きにはブドウ糖が必要だと言われている。だから食事でそれを取り入れないと脳のパフォーマンスが低下してしまう。そのため朝食は勉強や仕事に必須だという考えが生まれているのだ。

 しかしある研究によると、脳にブドウ糖が供給されない場合、ケトン体という物質が代わりに使用されるという。そしてケトン体をメインにして機能した場合、脳はアルファ波を増やし脳下垂体からは脳内麻薬の一種であるベータエンドルフィンを放出する。※ つまりケトン体を燃料にしたほうが心の幸福度は高まるかもしれない。

 ※甲田光雄著 「奇跡が起こる半日断食」より

 この例で推測できるように、人間の心身は一種類の栄養素だけで同じように機能してるのではなく、それらが摂取できない時は別の物質を使うことができるのだと思う。そしてこのシフトは、通常のブドウ糖が補給できないという状態において起こるのだ。
 外見は同じような人間に見えても体内のエネルギー循環の仕組みは人によってかなり大きく差があるんだと思う。

 現に青汁いっぱいで生きていたり、光だけで生きているという人もこの世界には存在する。それらの人は何をエネルギーとしているかということにそれぞれ違いがあるのだ。

 僕は今朝食なしで、コーヒーを飲みながら朝からこの文章を書いてるけど、特に支障なく書けてるのでブドウ糖が足りないという感じはしない。朝食があまり必要ないことは誰でもすぐに実感できる。 

 情報断食も断食と少し似ていて、外からのインプットを一時的に遮断することによって、情報処理のメカニズムが逆転するのだ。栄養源が、ブドウ糖からケトン体にシフトするように、供給を絶たれた外側からの情報に変わって、自分の思考や内的知恵、五感、第六感、宇宙からダウンロードされる情報がメインとなっていくのだと思う。

 肉体も、そして精身体・脳も、外側からのとり入れを断つことによって自家発電的な回路や宇宙・別次元からの回路が開かれるのだ。


 ■情報断食の種類

 断食にはまず水だけしか飲まない本断食にはじまり、野菜ジュースだけのもの、澄まし汁だけのもの、そばがきだけ食べるもの、フルーツだけ食べるものなどいろいろある。僕には、断食と普通食があるのではなく多くのグラデーションがある食のスペクトルが存在するのだと思っている。

 たとえばジャンクフードしか食べない人だっているだろうし、週に3度は焼き肉を食べにいくっていう牛大好き人間だっているだろうし、マクロビやローフードを実践してるひととか、特に意識はしてないけど自然に野菜しか食べない人とか、ほんとに無数のパターンがある。食事の回数だって一食、二食、三食、四食、五食・・・・といろいろあるだろう。

 同じように情報の食べ方にもいろいろなパターンがある。

 究極的には、どれが正しくて、どれが間違いってこともないだろうけど、ここでは断食の種類を情報断食のアナロジーに使いたいので、便宜的にジャンクフードや肉食はあまりよろしくないものとして書いてしまいます。

 まずジャンクフードのみの食事や、肉や甘いもの、スナック菓子を中心の過食に該当する情報食は

 暴力的なもの、猟期的なもの、ホラー、心霊、不調和、犯罪事件事故、あまりにエログロなもの、情報の質に関わらず、取り入れすぎの状態 ニュース性高いもの ゴシップ(人の醜聞)

 などで、なんというかそれらのアドレナリン的興奮に脳が中毒してる状態です。まあ、普通に考えてもこういう系統ばかり家族がみてるとちょっと心配にはなりますよね。ただ、こういうものにもたまにはインスピレーションがかきたてられるものもあるので一概に悪とは言えません。常識以下のものは、希に超常識へのジャンプ台になるからです。


 次に一日三食、肉魚野菜を食する普通食に該当するのは

 テレビ・ネット・新聞・週刊誌などもよく読み、話題の映画もドラマもチェックし、時にはちょっと深いテーマの本や文学作品も読んでみるという状態かもしれません。バイオレンス、ホラー、エログロはあんまりみません。これは一見バランスいいです。社会的常識と衝突するってこともないですが、知らないうちにその常識の毒にやられてるということもままあるスタイルです。食事は一日三食と洗脳されるようなケースですね。


 次に、菜食やマクロビに該当するパターン

 このパターンの人はマクロビや菜食の人が口に入れるものに意識的になってるのと同様、情報を入れるという行為自体に意識的になってます。
 無闇やたらに入れることの危なさを知ってるからです。 そのため自然と一方的に情報を流し込まれるテレビやネットからは距離ができ、使うにしても情報に洗脳されたり、依存しないように取捨選択を慎重に行います。それ以外では、ニュース性の低いもの、無時間的で精神性の高いもの、そこにこめられたアウェアネスが深いものを好んで食べます。ただ、少数派になってくるので一日三食や、肉食、ジャンクフードを毛嫌いしたりバカにしたりという傾向性も芽生えがちです(笑)


 次にいよいよ体をすっきりさせるために行う食事制限に対応するスタイルに入ります。おもゆや野菜ジュース断食などに該当する情報摂取パターンは

 ここでは、テレビ、ネット、本、DVDなどはすべてカットします。ノーメディアスタイルの実践です。必然的にニュース情報は落とされます。天気予報もみず、温度や湿度、空の様子をしっかり感じ、感覚で天気を予想してみましょう。月や太陽の動き、鳥や昆虫の動きに注意を払い、観察してみます。肉体感覚や感情のエネルギーに注意を向けます。取り入れる情報はおもに自分自身の五感と第六感、アウェアネスだけを用いたもの。人との会話による情報、いい音楽、知覚情報、直感情報、内的思考に限ります。退屈なときは自然の色やにおいを感じたり、散歩します。追憶にふけるのもありです。混乱してるときに2、3日やるとすっきりします。

 続いて水だけの本断食に該当するものは、

 これは基本情報野菜ジュース断食とおなじですが、他者エフェクトを限りなくゼロにします。一番親しい相手でもこの期間はコミュニケーションしません。通信機器はすべて電源を切り、しまっちゃいます。
 情報源は、自分自身の五感、六感(直感情報)、内的思考のみです。情報があふれる街中には行きません。買い物などはその期間分、事前にすませておきます。自然の中への散歩も適度にしてあくまでも自分自身と、あるいは大いなるものと向かい合うことを中心にします。できれば時計もしまい、外側から行動を規定しないようにします。これは相当煮詰まるかもしれませんが、その煮詰まり感自体をしっかりみつめて体験します。退屈感を楽しみます。すると退屈感とはある種エネルギーの充実感でもあることがわかります。日常的な思考が静まり、宇宙的な思考や、人生全体に関するアウェアネス、目的意識が現れます。食事も軽くするとより意識はクリアになります。


 最後に水すら飲まない完全断食に対応するもの。これは普通する必要がないもので、ヨガ行者や意識の探求家や物好きな人が実験する領域です。

 ここではノーメディア、他者エフェクトをカットするのは当然ですが、真っ暗な部屋や洞窟にこもるなどして五感による知覚情報すらカットしようとします。普通は一日でもキツいでしょう。一時間しかやったことありません(笑)
 無音、無視覚の空間にあるのは、触覚、嗅覚などの原始的感覚と、内的思考、第六感、直感情報のみになります。普通の人が長期間行うと、非現実的な思考や幻覚におそわれたり、五感が希薄になるためその補償作用として心霊的な領域に敏感になったりしてしまう危険性があるようです。
 ただすべてに偏在するものに目覚めた覚者は、このような情報入力が極度に少ない環境にほおりこまれても、堪え忍ぶことができると言われます。神という情報場は知覚情報が消えても決してなくならないから、確かにそうかもしれません。

 僕の感覚では視覚は、空間性だけでなく時間性とも結びついているため、アイマスクなどで短時間視覚情報をカットするだけでも微妙に意識が変わりリラックスできると思います。時間意識がゆるくなります。 

 以上が情報摂取形態のだいたいのパターンだと思います。僕は基本は菜食・マクロビパターンで、たまにおもゆ・野菜ジュース断食、一度だけ情報本断食を経験してみました。


 本断食は環境の設定が難しいので仕事が忙しかったり、家族がいるとなかなかできないですが、野菜ジュースならやりたいだけ一生でもできます。
 今回は、テレビ・ネットはなしで、メディアは本とDVDだけOKとして約10日ほど行ってみました。
 マクロビと野菜ジュース断食の中間型っす。



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知覚、リアリティetc | コメント(2) | トラックバック(0) | 2014/04/07 23:05
コメント
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こんにちは(^O^)

そこまでの境地にはまだなれないですが、インプットをオフにすると不満や文句を投影する対象も減ってしまうので、あ~~結局全部自分の問題かって意識が強くなりますね。

主観的な幻想を生きてるっていう事実に気付きます。

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