ハイクオリティなホラー



 上質なホラーを時々観たくなる。

 でも、レンタルDVDの棚を見渡しても上質のホラーは少ない。

 なにが上質かは主観になるので、もちろん僕の好みということになるけど、僕が時々観たくなるものは光と闇が均衡していてやや光が勝ってるようなものだ。

 ホラーと言ってもぐちゃどろのものとかスプラッターものは好きくない。
 意外と和製ホラーは海外に負けず劣らずぐちゃどろ+日本特有のじめじめした祟り、因縁、呪詛の雰囲気が混入し棚に近寄るのも嫌な場合がある。僕好みの上質のホラーは海外ものしかあまり知らない。(あるのかもしれないけど)

 基本的にいやーな雰囲気で終わるものは、闇の要素が作品の中で勝っている。
 ホラーってそういうものだろと言われれば、そうですねと言うしかないけど、基本的に後味の悪いものはあまり観たくない。化け物との戦いに敗れ全員死んじゃうとか、たくさんの犠牲を出し倒したと思ってても、墓の下から手がぐにゅーっと伸びてきてやっぱり生きてましたーという感じで終わるとか、結局すべて無駄でした的な結末は闇側にリアリティの軍配があがる。

 でも相当残酷なイベントがたくさん起こっても、闇的要素と光的要素がバランスし、それぞれの役割が生きてくるようなもの、ホラー的なものを描いていてもある一定の深みが見え隠れするものが、僕にとってのハイクオリティなホラーの定義だ。
 そういう視点で見ると、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」とか、ナイトシャマランの「ビレッジ」、サムライミの「ギフト」、「コンスタンティン」、スティーブンキング原作の「IT」などが自分的にはポイント高い。同じくキング原作の「ミスト」は、ずっとキモい映像が続くし、最後は最後でいやんなっちゃう結末だが、割と絶望の恐ろしさとかそういうものが間接的に描かれていてちょっと「おおっ」と思った作品だ。

 あとなんとなく手にとって借り始めた海外ドラマシリーズ「ウォーキングデッド」も、ゾンビ映画でぐちゃどろなシーンもあるけど、これは人間ドラマ的に目が離せない展開が多くて結構ハマッた。なぜこれを借りたかというと前から「ゾンビ」という概念自体に結構魅了される部分があるからだ。いつかゾンビから必死で逃げてショッピングセンターに立てこもるのが夢(笑)なんつって。ハイクオリティのゾンビ映画ってのもなかなかないので、ゾンビ映画をここまで見るに耐えるものにしたというその点で「ウォーキングデッド」の功績は大きいような気がする。


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 「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」は時を越えて生きる吸血鬼ものだが、基本的に吸血鬼もののルーツはブラム・ストーカーの「ドラキュラ」なわけで、ドラキュラは一応貴族だからかどうか知らないけど、吸血鬼ものは品格?があって割りと深いものになってることが多いように思う。というのは多分、人の生き血を吸ってれば永久に生きられるとか、太陽に当たると灰になるとかバラを枯れさせるとか、もともと吸血鬼という概念自体に相当人の想像力を深い世界に向かって開く何かがあるからだと思う。その存在自体が一種の哀れさとか人の不死へのあこがれとか恐れを同時に掻き立てるのだ。

 そういう意味で吸血鬼が僕らの目の前に立つと、いろんなことを感じさせてくれる。
 ジェイソンや貞子じゃ、こうはいかない。(「リング」は原作はなかなかすばらしいですが)

 「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」にもそういった吸血鬼の二面性が十分に描かれている。
 これは一般庶民が貴族的な存在に対して抱く、嫌悪や憧れ、などのアンビヴァレントな感情とも通ずるものがあるかもしれない。この映画の最後は、トムクルーズ演ずる吸血鬼レスタトの復活で終わるが、この場合は映画が終わる頃こちらも相当吸血鬼に肩入れしたい気分になってるのである種痛快でさえある。

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 吸血鬼もので僕が幼い頃衝撃を受けたのは、藤子不二夫の漫画『流血鬼』だった。
 この話は、吸血鬼になるウィルスが少しづつ世界に蔓延して、日常を侵食していく話だが、ラストにおいて根本的なひっくり返しが起こる。是非多くの人に読んでもらいたい名作短編だが、このひっくり返しがものすごいのは

 「なぜ、吸血鬼になってはいけないのか。吸血鬼は本当に悪なのか、それはすべて古い人類の思い込みなのだ、実は、吸血鬼になることは・・・」


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 というような形で善‐悪の概念がまったく転換してしまうからである。
 少年漫画でこれだけ見事にそういう価値の転換を表現したのがすごいと思った。

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 キアヌ・リーブスがひねくれたエクソシストを演じる「コンスタンティン」に関しては、あれだけぐちゃどろなシーンがあるにも関わらず、ラストは爽やかを通り越して崇高な気分にさえさせてくれる。やはりキアヌはハワイ語で「神の名に絶えず集中するもの」なんて意味の名前を持つだけのことはある。
 この映画の中では秘密の地下クラブのマスター「ミッドナイト」が均衡がすべてだ!と言う様に、「光」と「闇」はそれぞれの場所を与えられている。と、同時に光と思われる存在(ガブリエル)にも悪が宿り、闇と思われる存在(ルシファー)も、神によって動かされているという世界観が見事に描かれている。
 よくあるジャンクB級ホラーの雰囲気と、こういう深い哲学がいったいとなって描かれてるのが「コンスタンティン」の魅力だ。


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 スティーブン・キングはホラー作家だと認識されることも多いだけあって、「IT」では恐怖を存分に描ききっている。一応映画化もされてるけど、いかんせんあの短さと内容だと原作のすばらしさの10分の一程度しか感じることはできない。まあ原作は分厚い単行本4,5冊くらいあったので気軽に読める代物じゃないかもしれないけど、一度はまれば最後までそれほど苦痛なく読める。僕は二、三回通読した。

 キングは「ショーシャンクの空」の原作「刑務所のリタ・ヘイワース」や、「スタンドバイミー」の原作を描いているところから観てもホラー作家という枠ではくくれない。オールジャンルの物語作家で、日本で言うと栗本薫とかに近いのかもしれないと思う。

 ここまで書いてきてやや自分でもわかってきたが、「闇」をどう位置づけるかによって、後味がいいホラー映画かどうかが決まるようだ。「闇」だけが描かれ、希望や、明るさ、愛、人間の強さが描かれないものはもちろん後味は良くない。これはホラーだけに限らず幅広いジャンルで言える。

 僕が見たいのはどうやら超自然的な「闇(悪)」が登場しつつ、それが「光」とバランスしたり、克服したりされるような映画らしい。うーん、これはすでにホラーとは言えないのだろうか・・・。「じゅおん」みたいなのがホラー作品の代表とするならば。
 「IT」において、ペニーワイズという化け物ピエロと対決する子供たちはみなどこかに問題を抱えている。ある種こころに闇を抱えているのだ。ペニーワイズは、そのそれぞれにとってもっとも恐ろしい姿となり、彼らの恐怖を増幅させて、闇の中に飲み込もうとする。

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 それに対して彼らが武器とできるのは、一言で言うと愛や喜び、友達やガールフレンドへの愛や、そして彼ら自身が夢中になっているもの、好きなもの、新しい自転車で坂を走り降りるときの興奮、そういったものなのだ。

 ということはそれはすでに物理次元の戦いであると同時に、精神次元での葛藤、愛と恐れとの相互作用なのだ。
 「IT」のストーリーを思い出すと、なんかSEのトラウマの渦とリソースの渦の相互作用みたいだなと思った。
 現実的な脅威に、そういったものは短期的には役に立たないかもしれないけど、精神次元での恐れに対しては、「愛」は必ずそれを中和する。キングはそれを「It」で感動的に描いているように思う。 

 ということで、どうも僕は自分の中の「闇」がうまくバランスされるような映画を、癒しを求めて無意識に探してたのかもしれない。

  これから暑くじめじめしてきますが、怖いものが観たくなった時は、ぜひ上質なホラーを!

  癒されるホラーがあれば教えてください(笑)

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知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/05/29 22:02
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