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I先生のこと(3)

 その日の個人セッションの時に、I先生がこんなことを言っていた。

 「僕の瞑想会で覚醒しちゃった人がいて、一月ほど一緒に暮らしてたんだ。」

 それが、I先生にホンモノの匂いを感じた時だったかもしれない。

 意識の覚醒(=悟り)はそれが深いレベルのものであればあるほど、その変容の期間中は色々な面で不安定になることが多いと思う。
 恐ろしい精神状態、魔境を経験することもあるだろう。
 インドのヨーギの伝統的な世界では弟子は師匠と寝起きを共にして、常にサポートを受けている。
 意識の根本的な変容を導く人間は、ひとたび生徒が変化しはじめたらそれくらい全心身での関わりと責任を要求されるものであると思う。
 (と、以上は僕の推論で、実際にはその一緒に暮らしていたことについて詳しい事情を僕のほうから突っ込んで質問した訳ではない)

 I先生は、1999年から2000年の5月に渡って複数回覚醒するという経験があり、そのことによって「神」を悟ったということであった。
 現在HP上にその悟りの時の様子はアップされていないが、僕の記憶によれば以下のような内容だった。

 ある夜、部屋の中に圧倒的なエネルギーが降りてきた。
 I先生はそのエネルギーに向かってあらゆる神々の名前を呼びかけてみたが返事はなかった。そして最後に「母よ!」と呼んだ時、そのエネルギーが反応し、それが宇宙万物の創造の母、マハー・マーヤであることを知った。


 これは「母なる神」の悟りであるとI先生は言う。
 この現象の、森羅万象の創造主である「母なる神」は「最初のマーヤ」とも呼ばれている。
 この母なる神と同時に、永遠に変化せず、いたるところに偏在する、久遠の智であるところの「父なる神」が存在する。
 悟りとは、この「父なる神」を知ることであると言う。
 そして「父なる神」を知らしめるのが、シャクティ(クンダリニー)を引き上げる「母なる神」の力だそうだ。

 これらのことはその後の瞑想会で、徐々に聞いた話である。
 最初の個人セッションの日は、ただとても貴重な人に出会えたという喜びとともに家路に着いた。



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I先生のこと | コメント(0) | トラックバック(0) | 2006/11/09 09:27
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