変わらない原点




昨夜、以前記事にも書いたアニータ・ムアジャーニさんのイブニングセミナーに出てきました。

 定員550名のホールの席のかなりの部分が埋まり、関東近郊だけでなく、国内の遠隔地や、中国からわざわざいらっしゃったという方もいたようでインターナショナルな雰囲気の強い講演会でした。

 著書の「DYING TO BE ME(喜びから人生を生きる!)」がすばらしく、今も読み返していますが、実物のアニータさんはとても落ち着いていて力強く見えました。多分気やエネルギーの流れが見える人には、相当重心が定まっているように見えるのではないでしょうか。

 でも質疑応答が始まると、参加者への心遣いや謝意の表し方がとても、やわらかく見ていてとても気持ちのいいものでした。

 僕が、アニータさんの本に惹かれたのは、深い理解に基づいた「自分を愛する」ということの大切さが徹底して書かれているからでもありますが、このことはずっと20代の頃からの僕のテーマでもありました。ちょうどスピリチュアルなことや、癒しの小道を歩き始めたときに、「そのままの自分を愛しなさい」というメッセージをいろんなところからもらったのです。

 それは僕にとっては決して簡単ではありませんでした。
 でも、自分を愛す、と決めることでいろんな現実が展開していったということも確かなことでした。

 今朝早く目が覚めて、昔書いた文章の結末部分のことを思い出しました。
 まだI師匠にも会う前・・・ちょうどスピリチュアルな小道を歩き始めた時に書いたものです。
 20代の頃、今から10年ほど前に書いたものですが、自分にとって重要なことはすでにその中に出ているなと思い、ここにもう一度出して見ることにします。
 特に、自分を愛するということに関しては、今読んでも「うんうん、そうだよね、間違ってない」と感じられました。

 詳細は追って告知しますが、以前、僕はEGG HOUSEというホームページでヒーリングセッションを行っていました。近々それを再開したいと思っています。以下の文章はそのホームページに掲載していたものです。(若干加筆修正)
 
 全体部分は、そのうち別ブログにアップしようと思います。

 ヒーリングセッションを再開するとすれば、いかに書いたようなことをお伝えできるようなものにしたいと願っています。





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                       終章 エピローグ・プロローグ


「たとえば、もしその領域に理性の剣なくして赴けば、心はそれに囚われてしまう。また共感の聖杯なしにはいりこむと、ハートを失ってしまう。さらに直観という杖なしでアプローチすると、そこに既に辿り着いていることも気付かぬままに、ドアの前で何十年も立ちつくしてしまうことになりかねない。自分は今、バスを待っているのだとか、部屋から部屋へどこかに置き忘れたタバコを捜しているのだとか、TV番組をみているとか、どうにでも解釈できるわけのわからない本を読んでいる最中なのだと思い込みながら・・・・。
 (チャペル・ペララス)はこのようにトリッキーなのだ。」
                  ロバート・アントン・ウィルソン著 『コズミックトリガー』より



                   ∽  L  O  V  E


 それから・・・又色々なことがありました。
 
 7月に僕は又実家に帰りました。入院していた祖母が危険な状態になったからです。 

 母は毎日病院に泊まり込んでいました。
 鎮痛剤では痛みが抑えられなくなり、モルヒネが打たれました。
 その翌々日の午後、病院から電話があり、父と母僕が駆けつけたときにはもうなくなっていました。
 僕は涙は出ませんでした。 
 
 葬儀の前日の夜、僕は弟と父と三人で式場に泊まり込んでいました。
 父が思い出話を始めました。父が高校生の頃、雨の日に祖母が傘を学校まで届けに行ったことがあったそうです。
 父が校舎を出ると自転車に傘が引っかけてあり、それと一緒に間違いだらけの文字で「傘持ってきた」 と書かれたメモがあったそうです。父はそのメモを今でも持っていると言っていました。僕は父がそのような感傷的な話をするのが以外でした。
 葬儀の当日。父は喪主の挨拶をしている途中言葉を詰まらせていました。僕は父に感情を見せて欲しくはありませんでした。なぜか、父が感情的に決壊するのを見るのは恐ろしくもあったからです。
 火葬場へ向かう車の中でみんなが泣いていました。「涙を流すな!マシンになるんやー!」といつもいっているユウも泣いていました。気が付くと僕も泣いていました。
 頭の中では今は祖母はずっとずっと心地よい世界にいるから、泣くのはおかしいと思いながらも。 

 その後東京に帰ってきてから、ひとつの体験をしました。

 その体験の中でずっと僕は「自我・神・宇宙・快と苦」などのキーワードについて考えていました。そして家族のことを思い、祖母のことを思いました。
 ぽっくりと死ぬのが幸運で、苦しみが長引くのは運が悪いと誰しも思います。
 母も「あれだけ毎日勤行してたのにな~。可哀相に」といっていました。
 僕はもし、祖母がぽっくりと亡くなったらどうであったろうかと考えてみました。
 その場合、おそらく、僕が実家に帰り、長いこと家族とともに過ごすという時間はなかったでしょう。そのほかにも色々な出来事が起こらなかったはずです。少なくとも僕にとっては祖母の病気と死が家族との癒着剤として働いたのは否めないことです。
 そして、それは本当に偶然であったのかと考えてみたのです。
 ここからは妄想の世界です。
 祖母も顕在意識のレベルではそんな苦痛はごめんだったはずです。
 ですがここにより高いハイヤーセルフ的な概念を仮定すればどうでしょうか。
 誰のなかにも高次の自己が、自我を超越した意志が働いています。
 愛・神・全体性・と呼ばれるものと繋がっている僕らは、これらの意志によって無意識的に行動を選択しているのかも知れません。
 現実の祖母はぼけていて、話せなくて、トイレも行けなかったのに、目に見えないレベルでは、もしかしたら家族のために肉体を苦しめる、という道を選んでいたのかも知れない、と考えてみたのです。
 僕はその妄想のなかでありがとう、ありがとう、ありがとう。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と言い続けました。
 祖母がそうではなくても、そのようなことはきっと頻繁に起こってるのではないかと思ったのです。

 それが直観であるか妄想であるか僕は知りません。  

見かけで人を裁いては行けない。誰もが目に見える以上の存在なのだから。その人がなぜ、どういう理由でそのような存在を選択しているのか、誰も、本人さえも知りはしないのだから。」と僕は呟いていました。

 どこから見ても、普通のおばちゃんが道ばたでぼーっと突っ立っていることがものすごくこの世界にとって必要かも知れないのです。誰がちがうと言えるでしょうか?普通の人間にはそのおばちゃんのぼーっとした顔とださい格好しか見えないのです。

 「愛は、自我をゲームのコマや仮面として自由に使える。でも自我は愛を自由には出来ない

 と僕はまた呟きました。これが本当なら面白いことです。
 自我の中には既に愛や神がしみ通っているわけです。
 それは既に愛によって利用され、動かされているかも知れないのです。
 「動かされたいな・・・・面白いな・・・。」と僕は思いました。

 カップラーメンの中のとうもろこしの粒は自らが命であることを語り、
 ろうそくの炎は限りなく明晰に燃え
 鏡の中の自分の瞳は輝いている。
 僕は、僕らは美しいと思える。

 そんな夜がありました。




                 ∽ D E A T H


 8月に入って又苦痛のサイクルがやってきました。世界中が苦痛のかたまりみたいに感じられました。

 いったい苦しみの多いこの世界において、健康な心ってなんなんでしょうか?

 本屋でふと手にした本に書かれた病気の人の苦しみが僕の生きる理由さえ奪っていくような気がするのは、僕が不幸だから何でしょうか?

 もし僕が幸福なら不幸は目に入らなくなるのでしょうか?わかりません。「ヴァリス」を書かせたのはディックの狂気なのでしょうか?正気を越えた純粋さと、正しさなのでしょうか?ただ僕は善人であるよりは透明人間でいたいと思うだけです。自意識のない快楽追求者に僕は憧れます。いいことが快楽になるまで、僕はボランティアは多分しません。 

 そして今度は僕自身が「擬似的に」死の恐怖を経験しました。

 世界が遠ざかっていくとき、何も助けになるようなものはありませんでした。

 テレビはいつも通りの番組を流しているだけです。

 思わず何かに祈ってました。

 そして、その地点からいつもの日常を見返したとき、自分が間違った生き方をしているように思いました。
 たった一滴の水の意味も、たった一粒のトウモロコシの意味も、僕はとらえきれず、しかもそれによって生かされてます。 そして自分の体・・・これも、「自分の」というよりも、ひとつの生き物として慈しまないと可哀相だと思いました。 
 なのに僕は死のうとしてるのかもしれない。だから今こんな風に、横たわって化学物質で神経をスパークさせている。
 ずっと自分がキライだった。みんな僕をキライだとしか思えなかった。みんな怖かった。
 嫌悪と恐れが今この現実に僕を導いた。そしてそう遠くないところには死が口をあけてるように見えました。

 「生きなきゃ・・・・ダメだよ。」そう言ってくれる誰かを自分は求めていたことに気付きました。

 でも、そのとき僕の周りには誰もいませんでした。
 真っ暗な夜が、窓の外にあるだけでした。
 だから僕は夜が明けるまで、自分自身に言い続けました。

 「愛してるよ、生きていいんだよ、幸せになってもいいんだよ」と。

  僕はジョン・レノンのイマジンを想います。「想像してご覧・・・全ての人が今日の為に生きてるんだって・・」死と対置した生を思うときこのフレーズが蘇ります。
 奇妙なことに「死」は余計な執着やマインドの不平不満をばっさりと切り落とし、生を浄化し、現在を輝かせるという効能も持っているのです。それは生の敵ではなく生のパートナーでもあると思います。
 その向こうにはいっぱいのお茶や、吹き抜ける風が全ての幸福の源泉であるような、禅のような世界があるのではないでしょうか? 
 
 「知覚の扉が浄化されれば、物みなその無限の姿をあらわさん」                                 ウィリアム・ブレイク


                          ∇ W O R L D


 僕はかつてもっと純粋な世界に住んでいました。
 
 子供の頃に描いた「世界」のイメージを僕は覚えています。そこはとんがり屋根の家や塔が立ち並ぶとても平和で魅力的な世界でした。

 ノストラダムスの予言を初めて知ったときにとても怖かったのを覚えています。

 でもそれから10年も経つと、僕は終末予言を読み半ばそれを待っている自分を発見しました。
 こんな世界はつぶれてなくなった方がいいような気がしていました。こんな世界・・・というのはこの地球のことではなく、この地球上に生きている人間や社会(日本や西欧社会の)のありようが嫌だったのです。
 もちろん僕には現実の一部しか見えていなかったのですが、確かに一部は見えていたと思います。

 そしてその世界の後には本当の世界が来ると思っていました。たとえそれが廃墟と青空に過ぎなくても。
 
 でもそんなことを考えながらも、響いてくる物音や目に映る風景は今よりも鮮やかでした。
 
 雨が降ると窓を開けて、思い出せそうで思い出せない、かすかなイメージをいつも見つめようとしてました。何がそうさせるのかは全くわからないけど、自然の物音やアスファルトに落ちた雨の匂いは胸を苦しくさせました。ずっとそれらを捕らえようとしていた気がします。

 純粋さを失うことが大人になることだと言います。

 でもそれはもう一度取り戻すことが出来るはずです。

 今の社会が忘れてるもののひとつはそれです。

 純粋さ・世界・生命への畏怖の念を・童心を取り戻す術を忘れていること。

 子供にとっては不幸な世界です。彼らは成長するに連れ永遠に死ぬしかないのですから

 それは「幼児性」とは違います。我が儘だとか自己本位だとかそれは子供の一面に過ぎません。
 「幼児性」が起こす事件なんてよく言いますが、本当の意味で大人になりきれていない子供だけの社会なら、もっとここはましな世界でしょう。
 犯罪を起こすのは歪められ・虐げられてきた子供です。
 
 僕はもう一度あのような世界をみたいと思います。
 生きていくためには、お金もいるし、10年後の心配とかそんな物がつきまとうけど・・・結局僕が最終的に求めるのは、幼い頃とは又違った方法で純粋さを取り戻し、この世界を・宇宙を肯定しなおすこと、それ以外にはあり得ないような気がします。
 世界を思い出すこと 

 神秘を経験すること

 愛を知ること

 ハイになること

 僕は宇宙を想い出すために生きます。 


 そしてそのためのキーは、僕にとっては自分の存在を肯定し、愛し、信頼するということでした。

 この世界で生きて、幸福になってもいいと言うことを自分に許すことでした。
 スピリチュアルな世界への興味や関わりは色々な形で起こります。
 そしてそこに入っていく人の多くが「グラウディング」大地と繋がると言うことが出来ていないと言われています。
 これは僕の課題でもあります。
 つまり、肉体や他者や大地との間にエネルギーブロックがあるのだと思います。
 そのために霊的な世界との接触を求めるのです。 
 確かにスピリチュアルな世界はより、高次の世界かもしれません。
 しかし、今僕らが生きているのはこの世界です。
 この世界との絆である肉体的な生命や、自分自身、そして自然との間にブロックがあれば、ここで充実した時間を過ごすことは出来ないでしょう。
 なぜなら、苦しみとは「分離したリアリティ」だからです。
 
 なぜ、禁欲的修行僧は不幸なのか、
 なぜ大富豪が虚無感に襲われるのか、
 なぜ人間の目先の欲望を追求した西洋文明が行き詰まっているのか、
 なぜずっとひとりぼっちでいると苦しいのか、
 なぜ多重人格が生まれるのか、
 そして、なぜ「本当の自分」を探そうとするのか?

 これらの答えは全て「分離したリアリティ」と関係があります。

  そして幸福とは「統一・エネルギーの広がり」です。

 だからイチバン身近にある分離、「自分が嫌い」という、自分と自分との分離を癒す、その為にも、自分を愛することが必要なんです。
 

 だから・・・
  

 まずは自分、大切にしよ?
  
 一番近くにあるものだから、一番大切にしてあげてね。
 
 全てはその後でいいよ。

 なんでかっていうとそれはあらゆるもののはじまりだから。
 
 愛されていない自分がするおこない、と愛されている自分がするおこないは違うんだよ。
  
 だから、自分を愛情で包んであげよ? 
 
 自分の存在の根っこを愛情で包んでみよ?
 
 その体で、その心で、 生きることを許してあげよ?

 僕が心の一番根っこにいるから、君はもう生きていいかどうかなんて悩まなくてもいいよ

 僕が君を支えるよ

 僕は誰の中にもいる生きる意志・肯定と愛だから。

 君だけのために君の中にいるから 


 僕がずっと・永遠に、君の味方だから 


 この辛気くさい文章を書き始めたときにイメージしたのは、もんもんとした男の書いたものを読んで、「ああーこんなやつもいるんだな。俺の方がましだな」とか「この人私と同じことで悩んでるんだな」とか感じて、孤独の慰みになるようなものを書こうとしました。
 
 でも書き進むに連れて、あれもこれも入れていったので、多くの人が共感できる内容にはならなかったかも知れません。でも多分この中のなにかには共感していただける方もいらっしゃるでしょう。

 というのは人は誰でも分離の幻想の中で、愛を求めている、神だからです。
 その点で、すべてはイコールであり、僕はただ孤独や恐れの中にやや多くの時間を過ごしてきたというだけなのです。

 例えどのような悩みや問題を抱えていても、僕らは一人ではないのだと思います。
 
 僕自身も書き始めた頃とはまた少し変わりました。
 狭い部屋に閉じこもり、もんもんとしていた自分が、その部屋のドアを少し開けて
 親元を離れ東京に住んで見ました、人の肌の温もりを知り、自分の苦痛だけではなく、他者の苦痛のためにも苦しみました。
 そして愛と死の深みをちらりと、覗き込みました。
 
 なんだかすごく凝縮した時の流れの中を生きているような気がするときがあります。  

 今世界的に急速に古い価値観が崩壊し、新しいことが始まろうとしています。

 「終わりなき日常」なんかではありません。
 「日常」という言葉の意味さえもが変わる時代に僕たちはいる・・・そんな気がします。
 それはきっと、少し感性を働かせれば誰にでもわかることです。

 この世界に溶け込めないと言うこと、それは次の世界に向けて投げ出されているからかもしれません。
 何もない空っぽの部屋から・・・僕よりももっと有用で、もっともっと有能な人たちがたくさん現れてくると思います。
 あなたがどんな場所にいようと、どれだけ自分をいじめ、嫌い、憎み、死にたいと思おうと、あなた達は不適応者じゃありません。
 というか不適応者なんかいません。それはファシズムの言葉です。
  
 あなたたちは強さと純粋さの故に、そこで、そうしているのかもしれないから。

 まずは10秒でもいいから、そう信じてみませんか?
 んでもって・・一緒に明日を好きになれればいいですね!

                 
                    あなたがあなたでいられますように


 August 2002 haitaka
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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/08/31 16:16
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