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超気持ちいい入浴法 ▼水のヨーガ▼



 とっても気持ちのよいお風呂のはいり方を見つけたので、紹介したいと思います。

 レナード・オァー著「不死の探求」という本からです。

 この本の趣旨をかいつまんで言うと、人間は不死となる、あるいは次元間を行き来できるような肉体を持つことは不可能ではないということです。

 そして著者自身が伝説的なアバターであるババジをはじめ、何人もの齢数百歳を重ねる不死者と会ったことがあると明かしています。

 これは一般的にはちょっと信じがたい主張ですが、僕は死なない人というのは実際におそらく存在しているのではないかと以前より思っています。日月神示でいうところの半霊半物質のボディをもつ人でしょうか。

 ババジ、ジーザス(復活して不死となったと考える)など。

 この本の中では日本ではあまり聞きなれないゴラクナスという不死者が登場します。

 ゴラクナスとは絶対者が、ゴミ捨て場に捨てられた赤ん坊の死体に宿った存在ということらしく「ごみの主」という意味らしい。

 ゴラクナスはほとんど日本語で検索してもヒットしないようですが、数少なく出てきた情報ではゴラクナスはどうやらシルディ・サイババのグルのようです。

 うーん・・ということはなんだか実在性が増しますね。伝説ばかりと言えない様な。

 ネパールのカトマンズにゴラクナス寺院があり、そばには聖火が燃える小屋、ドウーニが立っていると「不死の探求」に書かれていますが、このブログの情報では

 「ワシントンD.C.のアメリカン大学の哲学と宗教の教授、チャールスS.J.ホワイトによれば、シルディ・サイババはグル ゴラクナスのナス伝統に従っていた。「サイババの宗教的習慣はヒンズーとモスリムの慣習を混ぜ合わせていた。、、、彼は小さな使われていないモスクに入り、そこが彼のその後の生涯の住居となった。そこで、彼は火と線香を用いたヒンズーの儀式を行った。彼はナスパンティ ピールの方法でドゥーニでずっと火を燃やし続けた(今日も帰依者が燃やし続けている)。」

 とあります。うーん興味深いですね、このつながり。これを読むとシルディ・サイババがゴラクナスの火の伝統を受け継いで守っていたのは事実のように思われますが。いたんでしょうか、ゴラクナス。というかいるんでしょうか。

 あと不死者といえば

 西洋で伝説的な人ではサンジェルマン伯爵とかも

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   死なないと言ってもディオ・ブランドーとかになったらダメですが。。。
  これは人の血を吸って永遠に生きるパターンです(笑)

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 また割りと近代でもラーマリンガのように大勢がアセンションを目撃したという聖者の記録が残っているので、こういう現象は条件さえ整えば当たり前であるかのように発生すると思うのです。ちょっと前にブログを読んでいただいた方から、日本でも数年前にアセンションした女性がいるという情報をいただいたので、あるいはこの現象は想像以上に身近にあるとも考えられます。(僕が目撃したわけではないので、あくまで聞き伝えによるものですが)

 師匠もたまに、死なない人とか、仙人のような存在はインドとかにいるという話しをします。

 ただ、同時にこういうスーパーナチュラルな存在の情報はものすごくマーヤになるということもよく聴いています。

 重要なことは常識を逸したことに憧れるのではなく、僕らがどれくらい命の根源と同調し、自分自身でいること、愛でいることができるかということだからです。
 そしてそれは往々にして当たり前のものごとの中にあるものです。
 お皿を洗ってるときや、爪を切ってるとき、お笑い番組を見てるときにもあって、
 ヒマラヤのカイラスや、セドナで瞑想してるときだけにあるわけではありません。

 また、永遠の命を垣間見ると火の鳥の我王のように、自分が生きることや死ぬことはどうでもよくなる(=ただ自分の役割を果たす)可能性もあります。

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 なので、やや用心しながらこの本を読んでいたのですが、これはなんか結構感じるものがいいんですよね。

 基本的にヨギ系であり、アドヴァイタ系ではないと思います。
 だから超常現象に拒否反応がある、硬派なアドヴァイタ好きにはウケが悪そうです。
 それでも、ただ神の名前を繰り返すマントラヨーガやジャパヨーガといわれるシンプルな方法を重要なものとしている点などは、とてもポイントを押さえてる感じがします。

 著者は心身を浄化するには地水火風よっつのヨガがあると述べており、これは最近僕が考えてきたことと一致しました。

 大地
 水
 火(太陽)
 風(呼吸、プラーナ)

 などとつながることでエネルギーを高め、安定させることができるわけです。
 アーシングやウォーキングは大地のヨガに該当します。
 滝行、入浴、シュノーケリングなどは水のヨガ。
 サンゲイジングは火のヨガであり、呼吸法は風のヨガです。


 この中で水と風のヨガとして紹介されていた入浴法が以下のものです。


 ①バスタブに水をためる

 ②鼻で呼吸しながら、結合呼吸*のリズムを始める

 ③呼吸しながら、片方の足を水に入れる。

 ④肉体と感情に起きるすべての変化を十分に経験するまで、呼吸を続ける

 ⑤もう片方の足を水に入れ、すべての変化を十分に経験するまで、呼吸を続ける。たとえばからだが突然ほてったり、冷たくなったりする人もいる

 ⑥バスタブの中に座り、変化を十分に経験するまで呼吸を続ける

 ⑦吐く息が軽く、バランスが取れて、開放的になるまで呼吸を続ける

 ⑧首まで水に浸って横たわり、吐く息が完全に軽く、リラックスした状態になるまで呼吸を続ける

⑨頭を後ろに倒してクラウンチャクラ(頭頂部)を水に浸ける。そして、エネルギーの変化をしっかり経験し終えるまで呼吸を続ける

10 額まで水に入れ、鼻と口だけを出す。その姿勢のまま完全にリラックスし、エネルギー体が済んで清らかになり、バランスを取り戻したように感じられるまで呼吸を続ける。そして、自分のエネルギーセンターの位置に気付く。

 11 結合呼吸を続けながら実験として両足を水からだし、エネルギー体の変化に気付く。

 12 この手順を逆にする。頭を水からだし、立ち上がり、片足ずつ水から出る。呼吸は結合させ続ける。

 13 以上の手順を三回繰り返す。


 *結合呼吸というのはリバーシングというセラピーで使う呼吸法で以下のようなもののようです。

 ①短い呼吸を4回する

 ②長い呼吸を一回する

 ③息は鼻から吸って、鼻から出す

 
 ちなみに僕はかなりいい加減にやりました。深い呼吸はしたけど、結合呼吸はしてません。
 三回も出たり入ったりしてません。
 めんどくさいこと嫌い。

 これをいい加減に実践してみて、額の第三の目辺りを水に沈めるあたりから、明らかに意識が変化するのを感じました。

 自然にからだが浮いてきて、耳は水中に沈むために音が聴こえなくなり静かになります。

 すごく気持ちいいーです。

 知らない間に自動的に半瞑想状態になり数十分が過ぎていました。

 基本的にいつもカラスの行水タイプで10分も湯船には入らないことが多いのですが、これだと気持ちよくてあっという間に時間が過ぎます。(ただし顔も沈めるので、お湯はややぬる目がいいかな)

 レナード氏は水の浄化についてこう書いています。

 「水の浄化を行えば、物理的宇宙について単に頭で考えて恐怖をいだくのではなく、その宇宙を直接的に経験する機会を与えられます

 そう、水に浸るという経験は子宮内の原初的な恍惚感(BPM1)とつながっており、その心地よさはおそらく宇宙的経験なのです。

 ずいぶん前にフローティングシェルに入った経験を思い出しました。

 バスタブの中で自然と顔がニヤケていきます。

 ニヤケつつ、最近入浴介護の仕事で訪問している知的障害の人のことも頭に浮かびました。

 その人は服を脱がされてるときや、頭を洗ってるときは全力で嫌そうな顔をするのですが、湯船に入ると瞬時に極楽にいるような表情になります。

 この変わりようがすごくて、最初ちょっとウケてました。

 日によって機嫌とかは微妙に違うと思うのですが、湯船に入ると天国モードになるというのは毎回同じです。

 あー●●さんは、今の僕と同じような気持ちよさをもっとマインドに邪魔されない形で毎回経験していたのか・・・とちょっと思いました。

 久しぶりにかなり深くリラックスできた経験になりました。

 フローティングシェルや、この入浴法はヨガといえどもかなり快感系、解放系であると思います。 

 一方水のヨガには、滝行や、冷水シャワーというのもありこうなってくるとちょっと修行がかって来ます。

 でも朝一で冷たいシャワーを浴びると、「アー今日も仕事かーヤダナ」と言う思いが、冷水のショックにより一瞬でリセットされ、身が引きしまります。

 だからその時はきつくても、事後はかなり爽快になります。

 冷水は「チャクラを洗浄しつつ閉じる」ということなので、満員電車や雑多な人のエネルギーへのディフェンス力をあげるにはもしかすると冷水がよいのかもしれません。

 著者いわく、「苦行のヨーガは、楽しみや慰めのヨーガと同時に行う」ことが重要だと述べています。

 でないと「偏屈になる」らしいです(笑)

 意固地にならないためには、楽しむこととか、心地よいことをすることがかなり大事なんですね~。

 火のヨーガで言えば、楽しいのは日光浴やキャンドル瞑想、まあサンゲイジングくらいで、信徒さんのために火ぶくれを作りながら行われる護摩行や火渡りの行、一日中太陽を見つめて失明した手塚治虫「ブッダ」のナラダッタは火のヨーガを苦行的に行ったことになる。

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 陰謀論が流行ったり、人々が裏の権力者への不満を毒づいたりする世界というのは真実に近づいた世界ではなく、むしろ戦争などに突入する前のピリピリとした世界に近い。

 もちろん、陰謀というのは普通にあると考えますが、そのような世界であるからこそ、楽しみや喜びのヨガというものを実践する必要があるのかもしれません。

 電子レンジが悪い、水道水が、マスコミが、電磁波がいけない、砂糖が、スマホがテレビがいけない、放射能が、と現代は怪しいものをあげればいくらでもあげていける世界です。

 そういうものをすべて切り捨てて生活しようとするといやでも偏屈な意識になりそうになることは個人的に経験しています。
 またそういうものに毒づくことは自分の否定性のはけ口となります。

 まあー「汚染を愛す」くらいの気持ちをちょびっとは持ってはいいのかもしれません。 

 もう一個著者の言葉の引用ですが、


 「霊的浄化の行は少しづつ取り入れるべきだということは、繰り返し述べる価値があります。

 からだが衰弱したり、気分が混乱したり、落込んだり、怒りを感じたり、またそのほか感情が乱れるのを感じたら、霊的浄化のエクササイズはやめ、バランスや安定を回復するまではいつもの習慣に戻るべきです。

 「いつもどおり」に感じられるのは、ひどく病気におかされている状態や汚染されている状態かもしれませんが、自分や他人が死なない限り、そこに戻ってもかまわないのです。



 これなんかは珈琲中毒で、飲酒も喫煙もする僕にとっては福音的な言葉です^^
 

 「豊かな生とはバランスをとることです。地、風、火、水、そして心のバランスを取ることです。

 創造と破壊のバランスをとることです。

 蓄積と分配のバランスをとることです。

 知性と経験のバランスをとることです。

 浄化と汚染のバランスをとることです。

 拡大と縮小のバランスをとることです。

 不易と流行のバランスをとることです

 行為と無為のバランスをとることです。

 活動と静止のバランスをとることです。




 ヨガや修行というのも人生と同じかもしれません。

 生きてて、楽しい経験と、苦しい経験があるのと一緒。

 冷水を浴びることはちょっときつい修行。

 でも温かいお湯につかっても浄化になるとすれば、片意地をはって冷水ばかりを浴び続ける必要はない。

 そして冷水を浴びることの中にもある種の気持ちよさや爽快感がある。

 食べることの中にも、食べないことのなかにも心地よさがある。

 陰陽あいまって完璧であり、陰中にも陽が、陽中にも陰があるんですね。

 
 まあ、堅い話はやめて、とりあえずお風呂に入りましょ~か♪


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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/05/02 15:33
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