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SADサーフィン:冬季ウツとの付き合い方


 早くも11月になり、肌寒い日が多くなってきましたね。

 今日は朝から空は一面ミルク色で、冷たい雨が降っています。

 この季節になると、いつもテンションが下降気味になっていきます。

 前から自覚していましたが、僕はSAD(seasonal affective disorder)日本語で言う冬季うつの気があるようです。SADは秋から冬にかけて、気力の低下や、感情の不安定、睡眠過多、食欲の変動、ひきこもりなどの症状をしめすことです。 

 たぶん20代から症状が強くなり、SADの概念がないころはひたすらその不調にかなり振り回されていました。
 ここのところは「秋はヤバイ」ということを学習していますので、自分なりにセルフコントロールしたり、半分修行みたいなこともしたり(水かぶったり)することで、やや付き合い方はわかってきましたが、それでも明らかに春や夏とテンションが違うことは否めません。

 今年はいろいろ環境の変化も合間って10月はなかなか大変でしたが、何かのヒントになるかと講談社から出ている「季節性うつ病」<ノーマン・E・ローゼンタール著>という本を読んでみました。

  


  それで思ったことなんかをいくつか書いてみようと思うのですが・・・

 まずSADの原因は、秋冬の日照時間と日照量の減少が原因と考えられています。

 簡単に言うと、光の減少が人間の脳に作用して、春夏とはまったく違う生化学的変化を起こしている状態、と言えるのでしょうか。

 それは一言で言うとセロトニンの減少ということになるようです。

 セロトニンは安心感や、集中力、感情の安定などを司る神経伝達物質で最近は一般にも有名になってますね。
 それが減ってしまうとSAD特有のさまざまな症状が出てくるようなのです。

 セロトニンはドーパミンやノルアドレナリンなどの伝達物質を調整する作用もあるようで、セロトニンの減少によりドーパミン、ノルアドレナリンが暴走し快楽的な依存行動に走らせたり、キレやすくさせたりもするみたいです。

 僕の場合は、やる気が低下するとともに、感情がコントロールできなくなる、忍耐力がなくなるという傾向がでてくることに気づいていました。普段なら何気なくスルーできるようなイライラにひっかかり、「なんだこのヤロー!」となってしまい、その後うつ状態になるとかそんなことが何度かあったような気がします。

 11月ごろになんかのヒーリングを受けに行って「あなた死神みたいな顔してるわよ」(どんな顔?)とか言われたこともあります。

 まー「それセラピストが言う言葉か~」とも思ったのですが。
 僕の感覚としては非常にひからびてたので、そう見えてもおかしくなかったかもしれません。

 10月下旬、11月から12月冬至前くらいが結構きつい時期でしょうか。
ハロウィンの飾り付けやイベントを見ると、闇の季節が近づいたようでまじめに戦々恐々としそうになります。
 SADの人は11月~2月、3月くらいまで症状が強い人も多いらしいです。
 
 でも僕の場合、1月になり毎日日が伸びて行ってるのがわかるとそれだけでかなり明るい気持ちになるし、梅も咲いたりしますから2月は寒いけどそれほどつらくはないかなーと思いますね。
 来月は3月だ~と思うだけで、結構うれしくなったりするもんです。そして春分~夏至くらいまでがもっともテンション的には高いと感じます。

 you tubeに動画出してみようとかいう発想は春だからこそ思いついたのかもって感じです。
 今はあまりしゃべる気がしません(笑)

  ということで久しぶりに長々と書いています。 

  なんだかSADに関しては、東京に来てからのほうが過酷な感じもします。

  SADは日照時間と関係してるので一般に高緯度地域のほうがより、発症しやすいと言われます。そうすると東南アジア、オセアニアより、ヨーロッパのほうが患者さんが多くなるわけですね。

 日本でも東北地方は自殺率の高さで有名です。

 ただ、日照量も関係するので、低緯度でも冬場に曇天が多い地域ではやはりSADは発生するようです。

 しかし、単純に日照時間だけで考えた時に、本日2015年11月2日JAPAN TOKYO北緯35度の日の出は6:03分
 日の入りは16:46分です。昼の長さは10時間43分です。

 これが僕の出身のKYOTO(同じく北緯35度)の場合、

 日の出:06:18
 日の入り17:03

 昼間→10時間45分 

 このへんあまり変化はないようですが、突然九州に飛ぶと、

 たとえば

 KAGOSHIMA北緯31度 の場合

 日の出:6:34
 日の入り:17:28

 昼間→10時間54分

 OKINAWA 北緯26度は

 日の出:6:38
 日の入り:17:47
 
 昼間→11時間9分です。

 沖縄は東京より日の出は30分ほど遅いですが、日の入りが一時間ほど遅く、この時期でも17時47分、18時前でも明るいですね。東京は最近17時過ぎると真っ暗です。悲しい><まさにS・A・D(^^;

 逆に北海道根室 北緯43度は 

 日の出5:53
 日の入り:16:09

 10時間16分という短さ・・・

 うーん美しい自然と地平線、「北の国から」にあこがれる部分はありますが、僕は北国には住めそうにありません。

 関西圏に生まれて東京に行くとわずかながら高緯度に行くわけであり、生まれた時に刻まれた体内リズムと微妙に違うサイクルへの適応を迫られるのか?とも思ったりしました。さらに6年ほどさらに南の高知にも住んでたし・・

 たとえば東京と鹿児島は緯度にすればわずか4度の差ですが、これだけ違うとSADの発症率は4パーセントほど増えてくるようです。

 「季節性うつ病」の資料によると、全人口に対するSAD、準SADあわせた発症率は、北緯35-40度のネバダ、ユタ、コロラドなどで19.7パーセントに対し30-35度のアリゾナ、ニューメキシコ、テキサスでは14.2パーセントとなっています。

 これだけ読むと、なるべく早くハワイ(ホノルル 北緯21度 11月の昼間→11時間20分)に移住したい気持ちでいっぱいになりますが、実際SADには転地療法や冬季のバカンスが効果が大きいようです。

 といっても実際に移住したり、旅行には行くには時間・お金の制約がある場合が多いです。 
 さらに旅行の効果は一時的になりやすい。
 
 そこでこの「季節性うつ病」ではSADの治療は光治療を中心として紹介されていました。

 光治療は冬季に不足する日照量を照明装置の光を浴びることによって補うものです。
 現在ではこのような装置も市販されています↓↓↓





 これは多分かなり効果はありそうですが、やや高価なことと、なるべくヨーギ的に、自然や自分の活力だけで好転させるほうが好きな方には、以下のような方法も効果があるようです。


 ■断眠、早起き
 ■とにかく野外で太陽光を浴びる、照明を多くする 
 ■運動、筋トレ
 ■呼吸法
 ■瞑想
 ■セロトニンの原料となる炭水化物などを少し多めにとる
 

 今回、僕はまた日の出を連続して3日ほど見にゆき、そのエネルギーをもらいました。
 それ以後6時半には起きる生活を続けており、最初の谷間ははどうにか乗り切った感があります。
 ここ2年くらい、冬場はよくやってるんですが、朝の太陽はいつ見ても気持ちがよいです。
 体の不調や、だるさはつらいものですが、冬になると太陽のありがたさがわかるのはいいですよね。
 闇が多ければ、その間のわずかな光を人はとらえようと努力をするものだと思います。
 

 我々はSADの患者の光に対する感受性が健常者よりも弱く、そのために冬季にはより強い光を必要とするのではないかと考えた。最近のダン・レオン博士による国立精神保健研究所の研究では、その逆かもしれない。
 SADの患者は、暗い部屋の中で弱い光を健常者よりもすばやく見つけることができるのである。この環界の光により敏感であるという点は、私の臨床的な観察とも一致する。私の経験ではSADの患者は環界の光の質の非常に敏感なのである。しかしながら、健常者よりも環界の光に敏感な患者たちが、それにもかかわらずより強い光を必要とするというこのパラドックスは、科学的にはまだ解決されていない。


                                           季節性うつ病(223ページより)




 SADの人たちの光感受性は実は高く、暗闇の中で光ってるものを発見しやすいそうです。
 光感受性が高い人が、光不足になるというパラドックスがあるそうですが、中にはその季節の変化によって起こるこころの波をアーティストとして生かしているという人もいます。
 ここに至って過敏性は一種の力や、創造性にもかわるわけですが、本の最後にそんな芸術家の例が紹介されていてとても勇気付けられました。

 
 ロバートは物語を語るとき、目に入る光の量を調節する。自分の気分を調節して、それを聞くものの心にも伝えようとするかのように。物語の中で暗闇について語るときには、彼は目を閉じて手探りするようだ。光について語るときには、彼は目を開き光を見つめる。この物語の、そして他の冬の物語のもっともドラマティックな瞬間は、暗い風景の中に突然予期されずに現れる強い光とともにやってくる。光と光の引き起こす化学反応に飢え切っていた眼球の中の受容体が、暗闇から突然現れた光りに反応して化学物質をあふれ出させ、感覚の洪水を起こすのではないだろうか。

 ロバートはこうして彼の生活の実例をほんの少し見せてくれた。彼が数時間のうちに語ってくれた四十年間の生涯について思い返すと、私は彼の最初の思い出にこころ打たれる。
 弟の誕生日のケーキの上のろうそくの炎を見つめている三歳のころの思い出である。わずか三歳にして暗い日の光の魅力にとりつかれていたのだ。

 ロバートの話を聞きながら、私はこの本の中のすべての人のことを考えていた。暗いニューイングランドの田舎道を疲れ、悲しみ、クッキー(クッキーは彼女のうつを和らげる)を求めて車でいくペギー、寒い冬の日に学校を休むアラン、もとは疲れ切って約束を守れないほどだったが、今は自信に満ちて光治療機を売って歩くニール、夏の昼下がりに野の花を摘むジェシカ、そして、今、冬の旅の物語を、暗闇からあふれ出す光を語っているロバート。
 これらの人々は光と闇への並外れた感受性によって、我々の世界についてまた我々のそれに対する反応について、我々が気づかずに通り過ぎてしまったかもしれない何事かを語っているのである。


 日の出を求めて真冬の早朝に太陽を見に行ったからこそ見れた、霜が朝日に輝く美しさや、太陽がからだを温める感覚を思い出します。


       geshi.jpg

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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/11/02 17:13
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