インドギャラリーで、今年の締め
今年の3月4日から3週間ほどインドへ行ってました。
海外はほぼ初めて、英語も中学生レベル、しかも単独行なので勝手がわからずかなり不安でした。
日本に帰って来たときは正直ホッとしたのですが、今振り返ってインドのことを考えるとじわじわ〜とエネルギーが沸いてきます。
多分インドは馬鹿でかいパワースポットなのでしょう。
デリー(旅の始まり)

インド門

こういう猿回しの親父がいて、「ヘイ!可愛いサルだろう。写真撮ってもいいよ!」とか言って来ます。次にはサルを抱かせて一緒に写真を撮らせてくれたあと、ルピーを請求します。突然これはビジネスだよとか言い出すので最初こういう人は怖かった。好意や好奇心で話しかけてくる人と、金目当ての人の見分けが難しかった。
しかも撮ってくれた写真は、こんなです↓サルにも僕にもピントを合わす気はないようでした(笑)


カジュラホ

ブラフマー寺院
デリー、アグラーを経てカジュラホにたどり着いた頃には、僕はすっかり守銭奴の日本人になっていました。というのはデリーではリクシャワーラーに旅行代理店に連れて行かれ高いホテルを予約させられたり、民族衣装を買わされたりで、出会うインド人の言うことをすべて聞いていると日本に帰れなくなると言うことに遅まきながら気付いたのです。
エロティックな壁画で有名な寺院も入場料のもったいなさに入らず、歩いて無料で回れる寺院群だけを見ていたのです。
カジュラホは小さな村なのでデリーやアグラーのような騒々しさはないのですが、やはり「地球の歩き方」に乗っている観光地だけのことはあり日本語が妙にうまいインド人がいっぱいいました。
猿のような子が「アイム オカムラ ナインティーナイン!!」というのを持ちネタにしていました。ウケたけど少しゲンナリしました。
しかし、街の中心部を離れ、このブラフマー寺院の辺りまで来るととても静かでいい感じです。
出会う人たちの目の美しさ、身振りの穏やかさにはっとさせられました。
シバジャンタというレストランで日本人の旅行者と一緒になりました。彼は25、6歳でインドやネパールなどを3ヶ月ほどかけて回っているということ。彼から今から向かう予定のバラナシで爆弾テロが起こったと聞き驚きました。
ホテルはマーブルパレスというところに泊まりました。商売熱心なフロントの兄ちゃんは日本語がわかり、色々面倒見てくれます。
バラナシでのホテルの予約や、列車の予約を手配してもらい、出発の朝にはバススタンドまでバイクで送ってもらいました。
別れるときにときにホテルの名刺を2,30枚渡されました。
自分にそこまで大量に名刺を配れるほど知り合いがいないことが申し訳なくなりました。
バラナシ(ベナレス)

ガンジス河畔から臨むバラナシの街。この辺の河原では街の人がしゃがみ込んでうんこしてます。もしかしてトイレだったのか。。。


普通に水牛とか泳いでます。写真にはとってないけど、子供たちが河で水牛の背中に乗って遊んでいました。

ガート(河に面した空間)は遊び場







ドラッグに興味があると言うと、罰当たりなことにひと気のないほこらに連れて行かれて、売りつけられました。アヘン、ハシシ、ガンジャクッキーなどがあります。LSDも持ってたみたい。バラナシはいまだにドラッグ天国のようですが、良心的な売人を見つけるのは運と経験がいるかと・・・そして成田の税関には麻薬犬が常勤(?)しているので、危険な橋は渡らないようにしましょう。

あら。和尚さん・・・。
バラナシは一言で言うと、聖なる河(ガンジス川)と牛の糞だらけの迷路の街。
遠藤彰子の絵の世界みたいです。
でも、やっぱり良かった!
ここでガンジャに出会ったことにより、緊張感が若干ほぐれた。トンだ僕の頭はリクシャに揺られながらもまるで自宅にいるような気楽さで街の雰囲気に心を開くことができた。
OM SHIVA SHANKARA
HARI HARI GANGA!
(ガンジャを吸う時のマントラ)
しかし、バラナシに入るのも出るのも容易ではなかった。
入る時は列車が3時間ほど遅れた。
バラナシからガヤーに向かう列車は午前5時に出発ということだったので4時前には起きて駅に向かったのだが、これがまた遅れに遅れて列車が来たのはお昼の12時くらい。その間7時間近く、いつ来るともしれない列車を待っているのはきつかった。銃を持った警官がうろうろしているこんなところで、HARI HARI GANGA!!やる訳にもいかないし・・・。
そしてやっと乗った列車だが、まったくアナウンスがない為にガヤー駅を乗り越してしまい、ガイドブックにも乗っていないKODARMAという駅で降りてしまう。
あ〜〜夕陽がゆらゆらと沈み、夜の帳が降りてゆく・・。
さびしい駅のホームで途方にくれていると、親切な人が「どうかしたのか?」と声をかけてくれた。事情をつたない英語で説明すると、折り返しの列車が来るまでまだ時間があるからその辺で飯でも食わないか?と近くの屋台に連れて行ってくれた。そして列車が来る時間になると、ホームまで見送ってくれて、「この日本人はガヤーまで行くから着いたら教えてやってくれ」と近くの席の人に言ってくれた。
この人の英語はなまりがウルトラ級でとても英語とは思えないほどだった。僕が「Do you like japan?」と尋ねるとNO!と言い切った。
理由を聞くと、「自分は○□△で、○□△はインド以外の国を好まない。ただし、バングラディッシュだけは別だ・・。」というようなことを言った。インドの右派の人だろうか?なんでバングラディッシュはいいのかよくわからんが・・・。でもいい人でした。
ブッダガヤー

ちょうどホーリー(新年のお祭り)の頃に行くと、みんな色のついた水をかけあって遊んでいます。外国人でも容赦なく標的にされます。
顔も緑色に塗りたくられたままマハーボーディー寺院に入って行き、お坊様に笑われました。この日は一日緑色の顔ですごしました。

マハーボーディー寺院内の、ブッダが悟りを開いた菩提樹。ただし、その樹そのものではなく子孫のようです。

寺院は改修工事中

入り口

庭園がきれいでとてもよい「気」に満ちているような感じがしました。
入り口で靴を預けて、裸足で歩かないといけません。
ちょっと瞑想。。。



夜になると異様にライトアップされます。ここまでしなくてもいいような気も・・・。ホーリーだったからかな?

バラナシとブッダガヤーは今回の旅のメインだったように思う。
ブッダガヤーに着いたのはちょうどホーリーの前夜で、列車からも漆黒の闇の中、ホーリーの焚き火が小さく、鬼火のように揺らめいているのが見えて幻想的でした。
列車の中で即興の演奏会が始まりました。
車両の前のほうで缶のようなものを激しく叩きリズムをとる音と、それに合わせた歌声が響き始める。乗客は振り返り、立ち上がり、車内はライブ会場に早変わり。まるでそのプリミティブなビートにあわせるように車両の電気が明滅する。そのリズムと歌声と、外から流れ込んでくる濃密な夜の大気。
ブッダガヤーではマハボーディー寺院の前の「マハーマーヤ」という土産物屋のご主人にお世話になりました。
寺院を案内してくれたり、安いホテルを紹介してくれたのですが、お金を請求することはなく、店で気にいったものがあれば買ってくれというだけでした。(もっとも売り込みのときはそれなりに押しが強かったですが、これはインドではもう慣れっ子)ホーリーのお祭りで店でビールを飲んでいて、僕もご相伴に預かりました。
このお店で買った菩提樹の数珠で今もジャパを続けています(^^
エローラ遺跡

暑いっす。。。この辺もろに病み上がり。
3日ほど風邪で寝込んだ直後に行きました。ダルかったです(笑)


もういいよ、って言うくらいこういうのがあります。
普通じっくり全部見る人はあまりいないと思います。
もういいよって言わせるくらい彫っちゃうのがすごいですね。

ムンバイー(最終目的地)

ムンバイーはなんか西洋化している感じで、日本人一人歩いていてもあまり声がかけられなかった。ちょっとさびしぃ。

うわさのタージマハルホテルと、ラーマクリシュナの弟子ヴィヴェーカーナンダの像の後姿。こちらでは相当神格化されてるようです。
ムンバイー最後の夜にホテルで激しく、HARI HARI GANGA!しました。
それまでは、またTAXIの運ちゃんに強引にホテルに連れてこられたことに自己嫌悪でしたが、突如僕はいるべき場所にいることに気付きました。別に海が見えるホテルに泊まったりしなくても、そこにすべてがあったのです。
どこかから女性が歌う声が聞こえてきます。
バナナがうまいです。
バナナに心から感謝しました。
この神様からいただいた体に感謝しました。
みんながここが天国であることに気付けば、その喜びは一瞬で世界を明るくし、本当にここが天国になるのではないかと思いました。
しかし、あくまで束の間のガンジャトリップ。
翌日エレファンタ島へ渡る船の船員に、しつこく昼飯をおごれと無心された僕は関西弁でキレながらチケットを奴に投げつけて船を下りました。僕はこの旅で3回インド人にキレました。
ムンバイーから再びデリーへと飛び、8時間ほどおいて成田へ帰ってきました。日本の清潔さと、無機的な土のにおいのない世界に一瞬外国にきたかのようでした。でもある意味で、見知らぬ国に自分は帰ってきたという感覚は正しいのだと思います。

ムンバイーからのアラビア海。
この海にたどり着いた時はホッとした。インドの大地にも果てがあったんだ===
☆良いお年をお迎えください☆
海外はほぼ初めて、英語も中学生レベル、しかも単独行なので勝手がわからずかなり不安でした。
日本に帰って来たときは正直ホッとしたのですが、今振り返ってインドのことを考えるとじわじわ〜とエネルギーが沸いてきます。
多分インドは馬鹿でかいパワースポットなのでしょう。
デリー(旅の始まり)

インド門

こういう猿回しの親父がいて、「ヘイ!可愛いサルだろう。写真撮ってもいいよ!」とか言って来ます。次にはサルを抱かせて一緒に写真を撮らせてくれたあと、ルピーを請求します。突然これはビジネスだよとか言い出すので最初こういう人は怖かった。好意や好奇心で話しかけてくる人と、金目当ての人の見分けが難しかった。
しかも撮ってくれた写真は、こんなです↓サルにも僕にもピントを合わす気はないようでした(笑)


カジュラホ

ブラフマー寺院
デリー、アグラーを経てカジュラホにたどり着いた頃には、僕はすっかり守銭奴の日本人になっていました。というのはデリーではリクシャワーラーに旅行代理店に連れて行かれ高いホテルを予約させられたり、民族衣装を買わされたりで、出会うインド人の言うことをすべて聞いていると日本に帰れなくなると言うことに遅まきながら気付いたのです。
エロティックな壁画で有名な寺院も入場料のもったいなさに入らず、歩いて無料で回れる寺院群だけを見ていたのです。
カジュラホは小さな村なのでデリーやアグラーのような騒々しさはないのですが、やはり「地球の歩き方」に乗っている観光地だけのことはあり日本語が妙にうまいインド人がいっぱいいました。
猿のような子が「アイム オカムラ ナインティーナイン!!」というのを持ちネタにしていました。ウケたけど少しゲンナリしました。
しかし、街の中心部を離れ、このブラフマー寺院の辺りまで来るととても静かでいい感じです。
出会う人たちの目の美しさ、身振りの穏やかさにはっとさせられました。
シバジャンタというレストランで日本人の旅行者と一緒になりました。彼は25、6歳でインドやネパールなどを3ヶ月ほどかけて回っているということ。彼から今から向かう予定のバラナシで爆弾テロが起こったと聞き驚きました。
ホテルはマーブルパレスというところに泊まりました。商売熱心なフロントの兄ちゃんは日本語がわかり、色々面倒見てくれます。
バラナシでのホテルの予約や、列車の予約を手配してもらい、出発の朝にはバススタンドまでバイクで送ってもらいました。
別れるときにときにホテルの名刺を2,30枚渡されました。
自分にそこまで大量に名刺を配れるほど知り合いがいないことが申し訳なくなりました。
バラナシ(ベナレス)

ガンジス河畔から臨むバラナシの街。この辺の河原では街の人がしゃがみ込んでうんこしてます。もしかしてトイレだったのか。。。


普通に水牛とか泳いでます。写真にはとってないけど、子供たちが河で水牛の背中に乗って遊んでいました。

ガート(河に面した空間)は遊び場







ドラッグに興味があると言うと、罰当たりなことにひと気のないほこらに連れて行かれて、売りつけられました。アヘン、ハシシ、ガンジャクッキーなどがあります。LSDも持ってたみたい。バラナシはいまだにドラッグ天国のようですが、良心的な売人を見つけるのは運と経験がいるかと・・・そして成田の税関には麻薬犬が常勤(?)しているので、危険な橋は渡らないようにしましょう。

あら。和尚さん・・・。
バラナシは一言で言うと、聖なる河(ガンジス川)と牛の糞だらけの迷路の街。
遠藤彰子の絵の世界みたいです。
でも、やっぱり良かった!
ここでガンジャに出会ったことにより、緊張感が若干ほぐれた。トンだ僕の頭はリクシャに揺られながらもまるで自宅にいるような気楽さで街の雰囲気に心を開くことができた。
OM SHIVA SHANKARA
HARI HARI GANGA!
(ガンジャを吸う時のマントラ)
しかし、バラナシに入るのも出るのも容易ではなかった。
入る時は列車が3時間ほど遅れた。
バラナシからガヤーに向かう列車は午前5時に出発ということだったので4時前には起きて駅に向かったのだが、これがまた遅れに遅れて列車が来たのはお昼の12時くらい。その間7時間近く、いつ来るともしれない列車を待っているのはきつかった。銃を持った警官がうろうろしているこんなところで、HARI HARI GANGA!!やる訳にもいかないし・・・。
そしてやっと乗った列車だが、まったくアナウンスがない為にガヤー駅を乗り越してしまい、ガイドブックにも乗っていないKODARMAという駅で降りてしまう。
あ〜〜夕陽がゆらゆらと沈み、夜の帳が降りてゆく・・。
さびしい駅のホームで途方にくれていると、親切な人が「どうかしたのか?」と声をかけてくれた。事情をつたない英語で説明すると、折り返しの列車が来るまでまだ時間があるからその辺で飯でも食わないか?と近くの屋台に連れて行ってくれた。そして列車が来る時間になると、ホームまで見送ってくれて、「この日本人はガヤーまで行くから着いたら教えてやってくれ」と近くの席の人に言ってくれた。
この人の英語はなまりがウルトラ級でとても英語とは思えないほどだった。僕が「Do you like japan?」と尋ねるとNO!と言い切った。
理由を聞くと、「自分は○□△で、○□△はインド以外の国を好まない。ただし、バングラディッシュだけは別だ・・。」というようなことを言った。インドの右派の人だろうか?なんでバングラディッシュはいいのかよくわからんが・・・。でもいい人でした。
ブッダガヤー

ちょうどホーリー(新年のお祭り)の頃に行くと、みんな色のついた水をかけあって遊んでいます。外国人でも容赦なく標的にされます。
顔も緑色に塗りたくられたままマハーボーディー寺院に入って行き、お坊様に笑われました。この日は一日緑色の顔ですごしました。

マハーボーディー寺院内の、ブッダが悟りを開いた菩提樹。ただし、その樹そのものではなく子孫のようです。

寺院は改修工事中

入り口

庭園がきれいでとてもよい「気」に満ちているような感じがしました。
入り口で靴を預けて、裸足で歩かないといけません。
ちょっと瞑想。。。



夜になると異様にライトアップされます。ここまでしなくてもいいような気も・・・。ホーリーだったからかな?

バラナシとブッダガヤーは今回の旅のメインだったように思う。
ブッダガヤーに着いたのはちょうどホーリーの前夜で、列車からも漆黒の闇の中、ホーリーの焚き火が小さく、鬼火のように揺らめいているのが見えて幻想的でした。
列車の中で即興の演奏会が始まりました。
車両の前のほうで缶のようなものを激しく叩きリズムをとる音と、それに合わせた歌声が響き始める。乗客は振り返り、立ち上がり、車内はライブ会場に早変わり。まるでそのプリミティブなビートにあわせるように車両の電気が明滅する。そのリズムと歌声と、外から流れ込んでくる濃密な夜の大気。
ブッダガヤーではマハボーディー寺院の前の「マハーマーヤ」という土産物屋のご主人にお世話になりました。
寺院を案内してくれたり、安いホテルを紹介してくれたのですが、お金を請求することはなく、店で気にいったものがあれば買ってくれというだけでした。(もっとも売り込みのときはそれなりに押しが強かったですが、これはインドではもう慣れっ子)ホーリーのお祭りで店でビールを飲んでいて、僕もご相伴に預かりました。
このお店で買った菩提樹の数珠で今もジャパを続けています(^^
エローラ遺跡

暑いっす。。。この辺もろに病み上がり。
3日ほど風邪で寝込んだ直後に行きました。ダルかったです(笑)


もういいよ、って言うくらいこういうのがあります。
普通じっくり全部見る人はあまりいないと思います。
もういいよって言わせるくらい彫っちゃうのがすごいですね。

ムンバイー(最終目的地)

ムンバイーはなんか西洋化している感じで、日本人一人歩いていてもあまり声がかけられなかった。ちょっとさびしぃ。

うわさのタージマハルホテルと、ラーマクリシュナの弟子ヴィヴェーカーナンダの像の後姿。こちらでは相当神格化されてるようです。
ムンバイー最後の夜にホテルで激しく、HARI HARI GANGA!しました。
それまでは、またTAXIの運ちゃんに強引にホテルに連れてこられたことに自己嫌悪でしたが、突如僕はいるべき場所にいることに気付きました。別に海が見えるホテルに泊まったりしなくても、そこにすべてがあったのです。
どこかから女性が歌う声が聞こえてきます。
バナナがうまいです。
バナナに心から感謝しました。
この神様からいただいた体に感謝しました。
みんながここが天国であることに気付けば、その喜びは一瞬で世界を明るくし、本当にここが天国になるのではないかと思いました。
しかし、あくまで束の間のガンジャトリップ。
翌日エレファンタ島へ渡る船の船員に、しつこく昼飯をおごれと無心された僕は関西弁でキレながらチケットを奴に投げつけて船を下りました。僕はこの旅で3回インド人にキレました。
ムンバイーから再びデリーへと飛び、8時間ほどおいて成田へ帰ってきました。日本の清潔さと、無機的な土のにおいのない世界に一瞬外国にきたかのようでした。でもある意味で、見知らぬ国に自分は帰ってきたという感覚は正しいのだと思います。

ムンバイーからのアラビア海。
この海にたどり着いた時はホッとした。インドの大地にも果てがあったんだ===
☆良いお年をお迎えください☆
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