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 職場で席替えをした。

 僕は、環境の変化に弱い(と思う)。

 調子が出ない。

 ふと気づくと、毎日使い慣れているログインパスワードが出てこなくなっていた。あれ~~~??なんやったけ。

 記憶の(再生)機能というのも、周囲の環境に結構依存しているのかもしれない。毎日同じ環境でメモリーを再生していたから、周囲の環境というのは記憶再生装置の一部になっているのだ。

 だから環境が変ると、メモリー自体に損傷はなくても、再生時にエラーが起きる・・・。はぁ。

 意識の働きは、水面下で多くのことが起こっているので、なぜ、今、その現象が起こっているのかということを知ることはそれなりに自己観察の訓練がいる。
 
 例えば、突然、ひとつの歌の歌詞が頭の中に流れたとする。
 意識的には、なぜそのメモリーが浮上してきたのかわからない。
 しかし、多くの場合それは無意識の連想作用に基づいて起こる。
 多分、その歌詞が浮上する直前に、それと象徴的に関連のあるなにかの情報を刺激として受けとったのだろう。

 下意識はある刺激を受けると、それと意味的に連関したものを表層意識に投げ返し、行動化させる。
 しかし、表層意識にはなぜ自分がそれを行っているか(例えば、なぜ、まさにこの歌を、なぜ今口ずさんでいるか)ということが理解できない。

 こういう原理を応用したのが、催眠とかの世界なのだろう。

 例えば、催眠の世界では「私が手を叩いたら、あなたは立ち上がって窓を開けます」という暗示をかける。
 それは下意識に対して、手を叩くというインプットと、立ち上がって窓を開けるというアウトプットを人工的に連結させるという作業だ。

 しかし、なにも操作がされていない場合は、個々人の象徴体系=下意識が働き十人十色のリアクションが起こる。

 こういうのを突き詰めて考えると、人は常に無意識的連想作用に支配された人生を送っているということになりそうで、怖い。
 
 というか、まあ実際殆どはそうなんやろうけどね。

 と、同時に高次意識というのも僅かながら流れ込んではきている。
 これは、機械性と単なる連想作用を越えたものだ。
 

 多分。あはは




 コリン・ウィルソンの「発端への旅」を読んでおる。
 自伝。自伝好きやなーウィルソンは。
 なぜ、一時期コリン・ウィルソンにすごく惹かれたのかがわかったような気がした。
 コリン・ウィルソンの否定性、というか日常性とか、くだらないことに夢中になっている人間、文化への嫌悪とか、そういうのが自分の中の何かと同調していたんじゃないだろか。
 しかし、まあそれだけじゃないけど。ね。

 

 











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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2005/11/01 20:35
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