虹のパレードに寄せて③ FESTA散策

   P5070551-e.jpg


気がつけば、周りの人たちが、パンティーを高らかとかかげてぶん回し始めていた。

なんだ、ここはどこなんだ・・・

そうここは代々木公園RAINBOW PRIDE のFESTA会場です。

5月7日の午後

ステージでHP HOPを演奏しているのは「西新宿パンティーズ」

P5070558-e.jpg

P5070552.jpg



さっき、メンバーの男性が黒いバッグに大量に入ったパンティーを客席に向かって思い切りばら撒いたのでした。

我先にとパンティーをジャンピングキャッチして、幸運にもゲットした人たちはラップに合わせてノリノリで振り回し始めました。

空を舞うパンティーを見たのは、昔、ドラゴンボールでウーロンが神龍に「ギャルのパンティーおくれ~っ」とお願いした時以来かもしれません。

ba5cb619a829d20f3c9355606ba5f714.jpg

↑この勢いがすばらしい



僕の方にも大量に飛んできたのですが、まだまだ修行が足りないのか、羞恥心が邪魔して、思い切り飛びつくことはできませんでした。ジャンプして口でくいついていくくらいの、ウーロン並みの情熱が必要です。

曲の合間に観衆のほうからも(もっと)「パンツちょうだーい!!」と声があがります。

それに答えてまたまた青い空を舞う、パンツ

P5070557-e.jpg



一瞬、なんじゃこれわ・・・とくらっとしたけど、会場の盛り上がりに乗せられて、僕もからだでリズムをとりながら聞いてました。演奏開始とともに、観衆がかなり増えたみたいなので、人気あるみたいです「西新宿パンティーズ」。

 (このブログでこんだけパンティーという言葉を多用することはこれが最初で最後でしょう)

普段は、下半身を露出したりすることも普通らしいけど、本日は子供もたくさんいる代々木公園でのイベントということでおとなしめになってるらしい。

風が少々強いけど、からっとした晴天で強烈な日差しが照りつけています。

フェスタに行くにあたって、こういうLGBTのイベントは始めてなので、どういう雰囲気なのかちょっと不安感はありました。

 しかし、連休中の代々木公園で開催されるんだし、多分、一般の人もお祭り感覚でたくさん来るような開かれた感じだろうなーと予測してきましたが、それは当たってました。

 飲食のお店もたくさんあって、縁日感覚でファミリーでも楽しめるのではないでしょうか。

 すぐ隣ではカンボジアフェスティバルもやっていて、ちょっと会場で迷えば、いつのまにかレインボーエリアではなくカンボジアエリアに入ってしまっていて、ステージ前でサルサ?踊ってる群集にまぎれてしまったり、なんかとっても素敵にカオスな感じです。

 暑くて、うるさくて、ぼーっとしますが、、、ちょっと楽しい。

 レインボーエリアの中は、ほとんどは見た目にはどの「色」の人か、あるいは一般の人か見分けがつきにくいですが、中にはわかりやすい「色」で歩いてる人もたくさんいます。

 からだを寄せて歩く、ゲイカップル、レズビアン
 背が高く派手な衣装のドラッグクイーンのような人
 レーザーラモンHGより、数倍ハードな格好をした太目のおじさんが、道行く人にキスをせがんでいます
 女装した男性も何人か
 以外と少ないような気がしたんですが、最近のきれいな女装子の方は一般女性と認識されるので気づかなかっただけかもしれません。
 中には男性とわかることはわかるんですが、とても女性的なオーラが出てて美しく見える方もいます。
 
 見た目のインパクトが強い人は動くランドマークみたいになっています。(動くから目印にはならないけど)

 「あ、大ハードゲイまたいる・・・3回目・・」みたいな

 えーと、僕はもちろん潜伏取材をするつもりだったので、まあまあ普通の格好で紛れ込んでいます。

 一回くらいナンパされるかと思いましたが、されませんでした(笑)
 
 とにかく暑くて、人が多くて、あまり得意な環境ではありません。

 時々、喫煙所に行くけど、そこもたいてい満員。

 喫煙所に入る前年齢確認で身分証を出すと、手の甲にスタンプを押してくれます。

 なぜか「L」というスタンプです。

 うーんなんでLなんだろ。GとかBもあるのかな。単にLGBTの頭文字をとっただけだと思いますが、「L認定」されたような気分。そのLスタンプを見せると、二回目以降は出入り自由になるシステム。

 ブースを見ながら場内を回り、疲れたら喫煙所か木陰で休憩、ということを繰り返してるとすぐに夕方になっていた。

 NPO「ぷれいす東京」のブースで、HIV支援のボランティア募集について少し話をきかせてもらいました。

 HIVに関しては、ずっとどこかで気になっている部分があります。

 以前HIV陽性の知り合いがいました。
 それほど緊密に付き合ったわけではないのですが、いったいどういう気持ちなのだろうと想像をめぐらせることが多く、その後一度からだの関係になったことがありました。
 自宅に誘われ、手料理のなべでもてなしてくれて、お酒を飲み、かなりべろべろで一緒のベッドに入りました。
 僕の初めての同性との経験でもありました。
 僕は誘われた時に、彼が感染してると知っていました。
 でも雰囲気的に、問いただすことは出来ませんでした。
 それにどっちもかなり酔っ払ってました。加えて、僕が好きだというので用意してくれていた「ラッシュ」と言う吸引製のドラッグも入ってました。心臓がバクバクし、頭はさらに朦朧となり、まともに思考できる状態にはありません。
 そして彼はおそらく、僕が知ってるこということを、知らなかったのです。
 セーファーセックスであったので、それほど心配していたわけではありません。
 その後に受けた医療検診で、僕は陰性の結果がでました。
 ただ、その方は行為のときに僕に陽性であることを言ってくれなかったので、少しひっかかってもいたのです。
 セーファーなので言う必要がないということではないと思うんです。命に関わることなので。 

  今なら、こちらからでも切り出すべきだったと思いますが

 それに医療検査を受けるまでは、もしなにかの間違いで感染していたら・・・という気持ちもゼロではなかったです

 他人事としてしかとらえてなかった、ニュースでしか知らなかったHIVという病気が、いきなり距離をつめてきて、すぐ自分の身近に、もしかすると体内にいきづいているかもしれないというあの感覚は忘れることができません。

 でもすべての社会問題とはそういうものだと思います。気づけばいつ自分が当事者になっていても不思議はないものですよね。

 10代おわりから20代はじめまでずっと恋人もなく、ひきこもっていた僕にとってその彼との一度の関係は、ずっと離れ離れになっていた自分と他者との絆がつながれ、からだがつながれ、インナーチャイルドが安心する瞬間でもあったのです。
 誰かに甘えられるということ、からだを触れ合えるということ。
 一番即物的な方法ではあるけど、、、大事な思い出のひとつとして今も残っています。

  男性が好き、彼が好き、と言うよりも自分よりも大きな存在に、ただ抱きしめられたかっただけかもしれない。

  触れて欲しい、抱きしめて欲しい 本当に単純な欲求の充足です。
  注目され、愛され、守られてると擬似的に、一時的にでも感じることが出来る。
  そこから多くの人が性に依存していくのも事実ですが、その奥にある愛されたいという基本的欲求は誰にとっても真摯なものです。だから愛をもとめていて、死のようなものを突きつけられるというのは残酷なことです。


  そんなこともあり、HIVはずっと他人事とは思えない部分があったのです。 

 幸いHIVは治療法の進化により以前よりもずっと、感染後も元気にすごせる可能性が増えてきているようです。
 「ぷれいす東京」ではボランティアとしては自宅にうかがって家事をしたり、話し相手になるということをしたりするそうです。
 それならヘルパーの経験が少しは生かせるかな?と思ったりしました。


P5070585.jpg

 会場にはLGBTに関する、こころの問題を相談する機関を紹介するブースもありました。

 LGBTの世界は不思議ですね。
 どんな世界でも陰・日なたがあるのは当然です。
 ニューハーフショーや、メディアに出演しているオネエタレント、イケイケのゲイや女装子という存在があり、そういう人たちはショービジネスや水商売、芸能というシーンでプロパガンダ的な役割をしている。
 でもその裏側ではHIVを代表とするような、問題が口をあけている。
 LGBTの貧困率、そして自殺率は高いといいます。
 一見奇矯で、華やかなで、時折コミカルな世界の裏側にはそういう現実がある。
 やっぱりどうしても、性の問題、アイデンティティーの問題、まわりとの問題で悩んで自己否定に陥ったり、アルコール、セックスへの依存症になったりしやすいのかもしれません。HIVのところで書いた彼も、1週間に一度は記憶がなくなるくらい飲むと言っていたのを覚えています。僕もアルコール、薬物、その他への依存衝動は根強いものがありました。

  でも、いわゆるオネエキャラが人生相談の相手としてウケるのは、通常よりも自己否定に陥りやすい境遇を、力強く、時にはぎりぎりまで打ちのめされつつも、たくましく生きてきたからなのでしょう。

ではどうして自己否定感を持ちやすいかと言えば、これはやはり社会的な価値観の問題に他ならないと思います。

 自己否定に陥りやすい境遇、と書きましたけど、そうでなければならない理由はないのです。

 LGBTに生まれついたからと言って、自己否定に必ずしも苦しむ必要はない。

 自分のユニークさを賞賛し、多様な視点を育むきっかけにもきっとできる。
 僕もなるべく、与えられたすべてをギフトとして生きられるように願っています。

 社会的価値観に打ちのめされる必要はないし、少しづつ、それを変えていくこともできる。

 社会的価値観は常に変遷してゆくもの。

 ということは、僕らが性的少数者や多様な性のあり方への理解を広げれば、LGBTの人たちのメンタルヘルス向上に役立つということですね。

 非常に遠回りで、間接的な方法ですけど、人の意識が代わるということが結局一番確実な変化の礎の形成ではないでしょうか。


  P5070574.jpg

 
 夕方になり、なんとなく喧騒に疲れてもきたので、代々木公園側への歩道橋をわたりました。

 暑くて、うるさくて、濃くて、でも元気をもらったような気分

 先ほどとは打ってかわって静かな夕暮れ時の公園では、いろとりどりのバラがたくさん咲き誇っていました。

P5070580.jpg

P5070578.jpg

P5070582.jpg

P5070583-e.jpg




スポンサーサイト
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/05/08 18:34
コメント

管理者のみに表示