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Spirituality と、その他の欲求(必要性)



  今年最初はまじめな文体で行こうと思います^^

本日は、自分にとってスピリチュアリティとは何かということを改めて考えていました。

  それで心の糧となった本を何冊か積み上げて、その共通点とか色合いというのを観察しました。

  悟りと言えば、インド‐ヒマラヤ系の書籍というのが多いかと思います。

  サイババ、ニーム・カロリ・ババ、ラマナ・マハリシ、ラーマクリシュナ、ヨガナンダ、ババジ、ヒマラヤ聖者、などなど

  そのあたりは自分も何冊かかじっていますが、この分野以外では

  臨死体験系 と ネイティブアメリカン系の数冊が近くの本棚に置いておきたいリストの中に入ってます。

  臨死系 『プルーフオブヘブン』 エベン・アレグザンダー『喜びから人生を生きる!』アニータ・ムアジャー二



  ネイティブ系 『グランドファーザー』 トム・ブラウン・ジュニア『ローリングサンダー』ダグ・ボイド 『太陽とともに生きる』ラモン&アリシア などです。



 さて、スピリチュアリティというのは何かということで、「オーラが見える」「霊感がある」「夢をコントロールできる」「欲しいものを引き寄せられる」「スプーンをぐにゃんぐにゃんにできる」ということを、スピリチュアリティではない!という気は別にないのですが、個
人的に考えるそのエッセンスとは次のようなものかと思います。    

 ■私の本質は意識体である(肉体ではない)という理解  

 ■すべての現象は根源の実在より、仮にあらわれているという理解

 ■「私(自我)」と「世界」を含むこの物理的世界は 宇宙的な錯覚、マーヤ(幻影)、バーチャルリアリティであるという理解

  ■私の本質はその、根源とひとつであるという理解 我即宇宙 or 宇宙を越えたもの

 ■恐れの超越、結果として恐れより行動しないこと 恐怖から愛へのシフト

 ■その<根源>を直接体験する以前には それを信じること 信仰

 ■智慧 愛 よろこび パワー 感謝 平和 笑い(超越的ユーモア)

 ■自他への優しさと理解、助け合い

 ■生命を敬う ガイア(自然界)との調和、共生

 ■「我神なり」の理解の付随物としての 超感覚的知覚 物質化 治癒 肉体の超次元化(イエスのアセンション)などの奇蹟 
 
 ■瞑想 祈り 静かな生活 マスターに会うなど、そこに至る方法論 

 大雑把にいって、このようなことが僕が重要だと思うスピリチュアリティのエッセンスです。

 臨死体験というのは、厳密にいうと、その体験にむらがあり全員が<我それなり>になるわけではないです。
 タイムトラベルしちゃったりとか、手術台に横たわる自分を天井くらいから見下ろしてたり、三途の川で死んだ親族にあうだけのこともあるでしょう。

 そうなんですけど、僕が昔から臨死体験ものを継続的に読んでいるのは、少なくとも「私は肉体ではない」「意識体、魂である」「そして死はただのブラックアウトではない」という体験があるからです。それが管つながれた自分を天井から見てるだけであっても、、、

 多くの人が語るそのストーリーが僕の中にある、死への恐怖や虚無感を治療的に癒す効用があるようで、20才くらいから、興味を持って読んでいます。少なくとも、付き合いだけで言えばヒマラヤ‐インド系聖者ものよりずいぶん長いです。

 まあ、「神」が気にならなくても「死」が気にならない人はいないので、信仰うすく知的な現代人にとっては入りやすいスピリチュアリティの入り口なのでしょう。

 こんな風にその個人とか時代感のニーズによって、どういう系に惹かれるかというのはかわってくるんですね。 

 袈裟みたいなのを着てアシュラムに鎮座するグルの話しはいかにもうさんくさく思えても、昨日まで普通の仕事をしていたお医者さんとか主婦とかが突然命の危機に瀕し、おどろくべき体験をした!という方がやはり現代では多くの人に訴えかけると思います。

 臨死系が死を恐れる心と共鳴し、癒すとすれば、それと同じようにネイティブアメリカン系というのは、自然を愛する心であるとか、都市型資本主義文明に適応出来ないとか、そういう部分と共鳴しつつ、とても深い命と大地の物語を垣間見せてくれます。 

 だから特に、スピリチュアリティに興味があっても特にネイティブアメリカンライフには興味がないというタイプはたくさんいると思います。そしてスピリチュアリティのエッセンスは<我神なり>であるので、頭に羽根を付けて火の回りで踊ったりしても、しなくても、袈裟みたいな服を着ても着なくてもどうでもいいのです。

 ただ、万物にスピリットを見ていたネイティブ系の思想・体験は、<神なし・分離した肉体のみ>の恐れによって狂乱している都市型資本主義文明のアンチテーゼとしての立ち位置、役割があるということではないでしょうか。そして僕らが生命ある生活へと回帰する道筋も暗示しているように思います。

 僕にはそのようなもの、死を越えたもの、自然に宿る神秘への欲求が内在しているようです。
 そのニーズが引き付けられるスピリチュアリティの色合いを決めています。

 ・・・・という風に自分が惹かれるスピリチュアリティに関して考えていた時に、昨年末のI師匠夜の集いで、I師匠が『人間にとって一番重要なことは、食うことだっっ!」と力説していたことなどを思い出しました。

 そして、よくいろいろなところでみかける心理学者マズローの欲求の階層構造が浮かんだのですが・・・・


 201510021855401-re.png



 ちょっと長くなりそうなので二回にわけたいと思います。

To be continued・・・・・




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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/06 17:49
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