世界で一番KIMIが好き!




  先日、カラオケで歌っていた歌に「君は世界中で一番だ・・・」みたいな歌詞がありました。

  ドラマや映画でも「君を世界一愛している」、とか「あなたは世界一素敵」みたいなセリフがまれにあります。

  僕はちょっとひねくれていましたころ、

  「世界一好きって、世界中の人間を知らないくせに、なんで世界一って言えるわけ?」と心の中でひそかに難癖をつけたりしておりました。

 いちいち漫画みたいなセリフにそう真剣に突っ込まなくてもいいのかもしれないですが、「なんかおかしいなー」といつも思ってたんですね。こんな嘘みたいなセリフが感動的なんだろうかと。

 あまりにも「永遠のラブソング」的JPOPが氾濫してますので、まあそうも言いたくなります。

 逆にハイロウズの「千年メダル」という歌の歌詞のように

 「永遠に君を愛せなくていいか?十字架の前で誓わなくてもいいか?たとえば1000年、1000年じゃ足りないか?」

 っていうような言葉は「カッコいいなー」と感じていました。

 だって簡単に「この愛は永遠」とかって言っちゃうより「永遠に愛せなくていい?」って言う方が永遠の愛を意識してませんかね~。




 まあ、でも歌うんですけどね僕も、「世界中の誰よりも・・」的などんだけくさいセリフがある曲も。
 誰でもトータルの雰囲気で良いと感じた曲であれば、好きになって口ずさむと思います。

 「世界に一つだけの花」も「Heal the world」も好きですよ~^^
 
 ところでスピリチュアルな世界で言うところの「無条件の愛」というものがあります。

 これは「神さまの愛」と言い換えてもいいと思いますが、人間の一感情ではない、宇宙に遍満する「愛」のことで、「無条件」という通り「あれをしたからご褒美に愛してあげよう」とか「いい子だったからほめてあげよう」とかいう条件付きの愛ではなく、怠け者も悪い子にも関係なく降り注いでいる愛のことです。

 これは僕のイメージですが、「無条件の愛」というのは宇宙的なもの、元素記号にあるH<水素>とかO<酸素>とかいうレベルのものであると理解しています。人間より先にあるものなのです。
 愛が人間の文化などにより生まれているという発想は、「脳が神をつくった」という発想と同じように転倒しているのです。

 「無条件の愛」の世界では、より愛されてる人も、より愛されてない人も、より愛情に恵まれてる人も、より孤独な人もいません。

 何をしていても、男でも女でも、貧乏でも豊かでも、ノーベル賞をもらっても、刑務所に入っていても、オリンピックに出てても、ホームレスをしていても、毎日テレビに出ていても、一生引きこもっていても関係ないようです。

 「差異」というのは意識が肉体・この世界と結びついているところから仮に発生しているもので、

 本当はすべて同じ人間であり、同じ神の子であり、同じ意識の部分です。

 「無条件の愛」において「特別な存在」はないと言います。


 ところで、話しはまたさっきの「世界中で一番好き」に戻りますが。

 これって親→子の間では「世界中で一番好き」というのはまったく成立するんですね。

 そこんとこ見逃してたなー。

 例えば、ママ→子 への世界中で一番好きってのは 「ほかにもっと好きな子がいるかどうか世界中を見て回る必要がない」ってことですね。なんというか、その場合の好きっていうのは、いろいろな対象を検討したうえでの相対的「好き」ではなく、比較検討する必要のない絶対的「好き」なんですね。

 その親の絶対的「好き」により、

 子供は自分は「とっても、とっても特別な存在」という感覚を持つわけですね。
 「僕・私はスペシャルなんだ」「誰かにって世界一」なんだという。

 そこに考えが至った時、僕は

 「あ、違う、世界一好きって、きれいごとなわけじゃないわ。人間にとって必要な感覚なのでは?」と思いました。

 だって「ねーママ、僕と、隣のケン君とどっちが好き?」って尋ねて

 「そうねえ、おんなじ位に大好きかな(^∇^)」と答えられたら。

 (。Д゚; 三 ;゚Д゚) うごごご

 きっと凹みますよ。トラウマ級です。
   
 だから大切なのはきっとここなんです。「同じじゃない」ってことなんです。この段階においては。

 「無条件の愛」の本質は、確かに万人に等しく・・・なのですが、哺乳動物としての人間が成長するプロセスにおいては「同じじゃない」「誰よりも」「スペシャル」「世界一」というような感覚がどうも必要なのではないかと思うんです。

 で、それの延長上として、この「世界一」感を持っているならば、パートナーに対しても私にとって世界一という感覚がおのずと生まれることがある。ほかの対象を比較検討することなく、「世界一特別だ」と言えるという。

 なるほどなー、そう考えれば「あなたが世界一好き」というセリフもありだなーと一人納得したりしていました。

 もしも「誰かにとって世界一特別」なんて感覚自分にはないなーという場合は

 よくセルフラブのセオリーで勧められているミラーワークなんかをしながら、

 「愛してるよ、世界で一番大好き!君が誰よりも大事だよ」と思い切って言っちゃうのもいいのかもしれません。

 ちょっとわがままなセリフにも聞こえるかもしれませんが、親が子供に言うセリフならそれほど違和感ありませんよね。  

 だから自分が自分自身を育む親になり、

 それを自分の中のインナーチャイルドに言ってあげるのは、アリなのではないかと思うのです。

 もしかすると、「私はみんなと一緒」は「私は特別」を経ないと生まれてこないのです。

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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/27 16:05
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