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三田医師「新ヒバクシャ」の提唱と、僕の首都圏での生活体感

  


 




  原発事故による被曝問題に詳しい人なら、三田茂さんというお医者さんのことを知ってる人は多いだろう。

  今回三田先生の講演動画、ホームページを見て思うところがあったので記事にしてみたいと思う。
  シリアスなテーマなので文体もいつもより8割増しで硬い感じで書いてみる(笑)
  
  三田先生は小平市で開業していたが、2014年に岡山に移住されている。

  その理由は首都圏での健康被害がどんどん深刻になってきているからだというのだ。

  当初は子供にみられる白血球数の減少という症状は、汚染の大きい東京東部、東葛地区にのみみられた。

  しかし現在では武蔵野エリアにまで広がってきており、首都圏はどこも同じになっているという。
  三田医院のホームページにはこうある。

  私の観察によれば、東京首都圏居住者の健康被害は明らかであり、福島県の汚染の少ない地域や北関東の住民のそれよりもむしろ深刻である。

 さらにこう続く。

 各症状の程度は個人差が大きいが、差はあっても、東日本居住者は全てが影響を被った当事者であると認識し直すべきであり、今回私は『新ヒバクシャ』という概念を提唱する。

 2011年福島原発爆発事故により放射能被曝させられた私たちは、ヒロシマ・ナガサキの、ビキニの、チェルノブイリの、湾岸戦争の、そして軍事や核産業に従事するヒバクシャたちに引き続く21世紀の『新ヒバクシャ』として自身を再認識し、自ら健康を保持しなくてはならない。

 また医療者は診療にあたり、今までの医学常識が今後通用しなくなる可能性を忘れてはならない。


 (以下太字部分は三田医院ホームページ 『新ヒバクシャ』 に 『能力減退症』 が始まっている より引用部分)

 そして2016年以降、「新ヒバクシャ」の生活にある特定の症状がたくさん見られるようになったといい、それを「能力減退症」と命名されている。
 これは広島、長崎の原爆投下時にも広くあらわれた症状で当時は「ぶらぶら病」と呼ばれたものだ。

 症状は以下のようなものであるらしい。

 ■記憶力の低下 

 ものおぼえの悪さ 約束の時間を間違える メモを取らないと仕事にならない

 ■疲れやすさ 
 
仲間についていけない 長く働けない 頑張りがきかない だるい 疲れると3~4日動けない  昔できていたことができない 
怒りっぽく機嫌が悪い 寝不足が続くと発熱する(小児に多い)

 ■集中力、判断力、理解力の低下 

 話の飲み込みが悪く噛み合わない ミスが多い 面倒くさい  新聞や本が読めない 段取りが悪い 不注意 やる気が出ない 学力低下 能力低下 頭の回転が落ちた  宿題が終わらない

 ■コントロールできない眠気

  倒れるように寝てしまう 学校から帰り玄関で寝てしまう  昼寝をして気付くと夜になっている 居眠り運転 仕事中に寝てしまうので仕事をやめた

 これらを含めた、多面的「能力」の「減退」=『能力減退症』が事故後3~4年を経て急速に増えていることを感じ、危惧するのである。
 

 三田先生は能力減退症の症状を訴える100人に、脳下垂体‐副腎皮質ホルモン検査をおこなった。結果は次のようなものだった。

 具合は悪いが寝込むほどではなく、不便ながらも生活できているくらいの人たちの上記ホルモンレベルは、正常の下限周辺から低値であり、元気な人たち(正常中央値に近い)と比較して分布が明らかに低く偏ることが示された。
 この相対的脳下垂体-副腎皮質機能低下症というべきホルモン異常の状態が『能力減退症』の原因の大きな一つであるのは、後述の治療によって生活能力が実用的に大きく回復することからも確実である。


 『能力減退症』の治療

 今まで医学的にはっきりした病名のつかなかったこれらの症候は、したがってその治療に今までは積極的なものはなく、「ヒビの入った容器として大切に取扱う外ない(都築)」「無理な生活を避けしめるように指導する(都築)」というに留まっていた。
「無理をせず、休息を十分取り、早寝する」といった指導は確かにある程度は有効であった。
 しかし『能力減退症』の症状は、2016年頃(被曝後5年)から症例数は多く、程度は強くなっており、生活指導のみでは不充分で、就学、就労に差し支えるほどになってきた。
 相対的に不足している副腎皮質ホルモンは、経口的に補充投与して正常レベルに近づけることが可能なので、2017年4月よりそのような治療を開始したところ、その約70~80%が「能力」の回復を実感した。


またこのような医療的措置だけではなく、関西方面などへの一定期間以上の保養、移住も効果的であるが、東日本にもどるとまた悪化する例が多いという。

 被ばくというと甲状腺がんや、白血病などが有名だが以上のような症状もまた水面下で広がっているのかもしれない。

能力減退症のような症状は多分、すでに存在するいろんな病気として診断することが可能だろうし、もしかしたら、抗うつ剤を処方されたりするかもしれない。

 僕がこれを記事にしたかったのは、実際には放射線の影響にもかかわらず、別の病気だと診断されていて本人もそう思い込んでいたり、また頑張れない自分を責めてる人がたくさんいるに違いないと思ったからだ。

 もし、そういうこころあたりのある方は是非一週間以上東日本を離れるなどしてみて、体感がどう変化するか試みていただきたいと思う。


 僕はチェルノブイリ事故後の各疾患の罹患率グラフを見たことがあるけど、白血病などだけではなく、心疾患、精神疾患なども事故後5,6年後から急増しているのだ。
 放射線による健康被害はとても多岐にわたるというのが実際なのだろう。

 僕は東京に住んでいるけど、めんどくさがり屋さんなのでそれほど意識高く放射能対策をしてるわけではない。

 おもにやってることは多分野菜の産地を幾分気にすることと、太平洋の魚はなるべく食べない(買わない)程度だ。
 それでも事故当時は時々、実家から送ってもらった簡易測定器で家の周辺や、外出先で線量を測っていた。
 地元の東京西部では、だいたい検出限界以下の0.03マイクロシーベルト~0.07くらいだったと思うが、東京東部に行くと、やはり0.25とかいう値が時々出ていた。(2012年ごろ)
 
 そんな風に多少気にしていたのは理由があって、自分のからだになんらかの影響が出ている感覚がずっとぬぐえなかったからだった。

 放射線に対する感受性は人によって違う。
 相当量を浴びてもなんとも感じない人もいるし、すぐに鼻血をだしたり、舌に金属製の味を感じるという人の話しも聞く。
 また、なんとも感じない人だって、なんとも感じないまま急に重病になるかもしれないし、その現れ方は千差万別であるだろう。

 僕は震災後原発が次々にキノコ雲を上げ始めた直後、関西に4,5日避難していた。
 それによって多少被ばくをまぬがれたかどうかもよくわからない。なんといっても放射能プルームが東京上空を覆っていたのは、3月15日だったというし、僕が東海道新幹線に飛び乗ったのは3月17日だったのだから。
 そして仕事のことなどもあり、21日には東京に帰っていたから、あんまり意味がなかったかもしれない。

 帰ってから風邪をひいて寝込んだが、その風邪がなかなか治らなかった。
 熱がさがらなかったのだ。たぶん平熱に戻るまで10日~二週間くらいかかり、熱がさがってからも怠くて体に力が入らない状態が長く続いた。

 そして、2011年の終わりごろ、のどにぷくっとはれたものができた。
 ガラケーで写メをとって記録しておいたが、下のようなものだった。(ガラケー写真をスマホで撮ったので見にくい)

 KIMG0683-edi.jpg

 見ておわかりのとおり、結構大きくさわるとぐりぐりする、でも特に痛いとかはなかった。一月~二月でなくなったと思う。
 今まで首にこんなのが出来た記憶はないと思う。

 続く・・・・かな? (気分次第)

 

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3・11以降 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/06/15 17:23
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