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笑いはハートを開く



暑い日が続いております。
  昨日から在宅中はずっとデコにひえぴたを貼っている僕です。

  そのせいか、なんなのかよくわからないけど、タモリさんがスーツ姿で水の中を泳いでいる夢を見てシュールな気分になった。

  前世はカッパだとか?そういうネタがあったからかな。

  いやー相当深いところを飄々と泳いでたんだけど、違和感なかったな。

  


 
  「愛」とか「感謝」がより望ましい人生を生きたり、意識を高めていいくうえでとても大事だとよく言われている。

  それはまったくその通りだけど、同じくらい「気楽さ」とか「のんきさ」とかって要素も大事ではないかとちょっと思う。
   
  っていうのはすべての行為は「愛」か「恐れ」かどちらかから出ているという言葉もあるように、より深い恐れのエネルギーが「愛さねば」「感謝せねば」という思考へと突き動かすこともあるような気がするからだ。

 早く言うと 「感謝しないと地獄に落ちるぞ」みたいな ことですね。

 実際どうかというと、感謝しなくても 愛さなくても別に地獄には落ちない。
 ただ怒ってばっかりいたり、批判的なことばっかり口にしてると より摩擦を生みやすいし、
 愛とか思いやりを表現していた方が よりポジティブな現実と触れ合いやすいということはある。

 でも決して「せねば」というようなものでもないし、それが心地よければ無理ない範囲で実践していけばいいことだ。

 基本的に恐れの波動が優勢になってくると、すべての行動原理がそれにとってかわり 日常のすべてが「せねば」タイプの思いによって突き動かされる場合もある。

 瞑想せねば 運動せねば 感謝せねば 野菜食べねば 食器洗わねば ・・・・ 歯を磨かねば(いや、それはやれよ)などきりがない。

 僕もたまにそういうコンディションになるときがあるけど、そういう時は心の筋肉みたいなものがこわばって、自発的な動きというよりも外側の価値観に支配された痙攣的な動きをしてるように感じる。

 そういう時僕は 一度立ち止まって落ち着く のんびりする。
 何か声に出して ひとりごとをつぶやく。
 「ダル」とか「あっつー」とかでもいい。「うーん、そうかー」とか意味もなく言ってもいい。
 その声の振動が我に返してくれることもある。

 「笑い」っていうのも大事だ。

 笑いは僕にとって必須の栄養素でもある。(不安を感じやすいため)

 コメディなどを見て笑ったあとの方が たくさんの選択肢をもつことができるというのは脳科学的な実験でも確認されてるらしい。

 笑いは心の筋肉をゆるめてくれる。時と場合によっては「感謝する」よりもずっとゆるめてくれる。
 
 そうすると気持ちが楽になるし、からだからも力が抜ける。
 問題が問題ではなくなるようにも感じる。

 そのゆるんだ状態から 自然と空がきれいだと思えたり まわりに愛を感じる 感謝したくなることもある。

 愛 よろこび のんきさ 笑い 感謝 

 この辺ポジティブとされる感情は本当は 全部つながったひとつのものではないのだろうか。
 一言で言うと「ハートが開いた状態」。それはいろいろな方法でアクセスできるんじゃないんだろうか。

 感謝ワークもひとつのアプローチだし
 自分を愛すというワークも
 脳神経系セラピーもひとつのアプローチだし
 瞑想もひとつのアプローチ
 猫が嫌いじゃなければ、野良猫と遊ぶことも ひとつのアプローチ

 いきなり感謝とか愛とかがハードルが高ければ、少しでも自分の心を広げてくれる何かを選ぶこともできる。
 自分のこころの扉のカギ穴に会うカギを見つければいい。
 アクセスする場所は「愛」。 
  
 ただ、この言葉 日常ではほぼ使わないし 日本人にとってはやや肩に力が入る。
 「ゆるくいこう」「ふわっといこう」「やらかくいこう」「なんとかなるさ」みたいな 方がいいのかもしれない。

 たまたまそんな気分で過ごしたいと思っていた時 
 なにかバカな動画が見たいと思い、再生してみると その中のひとつがツボにはまり 涙が出るほど笑っていた。

 ↓のハンマーで壁をなぐり続けてるやつだけど、これわかるかな~ 僕だけかなー 4分18秒くらい~

 


 自爆する行為を全力でやってるのがたまらなくおかしい。
 月に一回でも涙が出るほど笑えたら、こころにもからだにもすごいいいんじゃないかなー。
 いやー2,3か月に一回でもいいよ。
 それは人間の尊厳である!なんてこと思いました。


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セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/02 19:00
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