卵の中の黄身

我もなく うつし世もなくなにもかも  神の中なる 神のあらわれ  BYダンテス・ダイジ

ふたつの極

 『中世の人間はわれわれの今日の生活を見たら、残虐なとか、恐るべきとか、野蛮なとかいうどころでなく、嫌厭するでしょう。
 各時代、各文化、各風俗、各伝統は、それぞれの様式、それにふさわしいやさしさと厳しさ、美しさと残虐さを持ち、ある種の悩みを自明のものと考え、ある種の災悪を辛抱強く甘受します。

 人間の生活がほんとうの苦悩、地獄となるのは、ふたつの時代とふたつの文化と宗教とが交錯する場合に限るのです。

 古代の人間が中世に生きなければならないとしたら、そのためみじめさに窒息したでしょう。同様に野蛮人がわれわれの文明のただ中に生きるとしたら、窒息するに違いないでしょう。

 さて、一つの世代全体が、二つの時代と二つの生活様式の間にはさまれて、あらゆる自明なことや、風俗や、安全さや無邪気さが失われるような時代があります。 

 ニーチェのような人は、一世代もさきに今日の不幸を苦しまなければなりませんでした。・・・・彼が独りで、理解されずになめつくさなければならなかったことを、今日無数の人が苦しんでいるのです。』

   H・ヘッセ 荒野のおおかみ




≪ ベンジャミン古歩道氏セミナーホームタイトルなし ≫

Comment

コメントの投稿

 
管理人にのみ表示する
 

Track Back

TB URL

Home

プロフィール

はいたか鳥

  • Author:はいたか鳥
  •  鳥が卵から無理に出ようとする
     卵は世界だ 
     生まれようとするものはひとつの世界を破壊せねばならない
     鳥は神に向かって飛んでいく
     その神は名をアプラクサスという




    みんなのプロフィールSP


    なかのひと

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク