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インドのお坊さんになった青年(1)

 I先生が21歳のときのインタビュー。
 「学歴なんかぶっとばせ~高校中退の若者たち~」
 第三章 インドのお坊さんになった青年 より
 インタビュアーは著者の門野晴子氏。





 「ぼくは生後三ヶ月に一回死んでいるんですよ。死の経験をしまして、そのことがいまだに記憶に残っているんですね。自分の魂がからだから離れていって霊界に入っていくプロセスを記憶していて、いまでも月に一回はその死んだときのことを夢に見るんです。その死んだときに、俗に言われる「神様」にぼくは会ったという自覚みたいなものがあるんですね。その死からよみがえってからですよ、ぼくがおかしくなったのは、多分ね

 ___じゃあ、生後四ヶ月からおかしくなった?

 「そう、そうだと思いますよ。それまでは普通だったと思うんですけど

 ワハハハ、と笑いあう。いいなぁ、こういう話、たまらなく好きだ。猜疑心の強い「花の中年」が、若者の土俵に完全に引きずりこまれてしまった。

 「母が言うには、ぼくは生まれてくるときも手を開いて蓮華の花のような形をつくって、目をパッチリ開けて、笑いながら出てきたそうで、なんだ、この子は、とお医者さんがびっくりしたそうですよ

 八歳から仏像の絵を描き出した少年は、寺巡りが大好きだったと言うから、気持ちが悪い。絵の指導をしてくれる先生はいたが仏画ではなく、少年は自分で仏像ばかりを画いた。

 「中学になったら、なぜだか知らないけど急にキリストに興味をもちましてね、授業をさぼっては、美術室でキリストの油絵を画き続けました

 ___キリストに浮気したのは、なぜ?

 「なにかの転換期だったと思いますよ。それから中学を出て一年くらいしたら、またひとつ浮気したんです」
 ___なに?それ。

 「ヒンディー教。それでタントラという密教的なヨーガをやりはじめて、ヨーガをやることによって、それまでの仏教やキリスト教がすべてそこでひとつになって実を結んだのです

 ___う~ん、神サマのことはぜんぜんわからなけいけど、いろいろやってきたことがあるときスッとひとつになることってあるわね。

 「多分、ぼくがキリスト教だけやっていたらキリスト教信者になっていただろうし、仏教だけをやっていたら仏教信者になったろうし、下手をすれば創価学会みたいになっていたかもしれないし(笑)、でもぼくは満遍なくいろんな宗教を見てくることによって、片寄りなくいろんな宗教を評価できる気持ちをもてるようになった。だから、ぼくにとっての神というのは、ぼくを導いてくれる自分自身の中にいる心の神なんですよね

 ___心の中に宿る神?

 「ええ、すべての人や物の中に宿る神です

 その神とは、キリストを導いたものでもあるし、ブッダを導いたものでもある宇宙の存在のエネルギーのようなものだという。キリストが神よ、神よ、と求めた神も、仏教で言う「梵天」だそうだ。梵天を辞書で引くと「この世間を超越した清浄の天、そのぬしである神」とある。

 神サマとのつきあいのない私は「天にましますわれらが神よ」と祈ることはないが、ヤバイ時に思わず「ああ、神サマ」と思う勝手な神であろうか。あるいは、森羅万象(宇宙に存在するいっさいのもの)の神というべきものか。

 神サマの話をする人をいつも茶化したくなる私が若者のそれを聞いていられるのは、彼の狂信的でない公平な神の見方によるせいもあったろう。とかく信仰家というのは、自分の信じる神を絶対的存在とするあまり、よその神サマを口汚くののしる排他性を有するものだ。やわらかい長髪をときどきかきあげながらにこやかに話す青年の姿は、まるでデキの悪い生徒を静かに諭しているような図ですらある。

 「ですから、そこに関して見るかぎり、どの宗教にもまったく相違がないと僕は思うんですね。キリストもブッダも神の子であったわけですから

 和平君が言うには、キリスト教の聖書は後世の翻訳家たちが誤解してとらえているため、キリスト教独特のクサミを感じてしまうけれど、それをインドのヨギたちに解釈させるとおもしろいのは、ヒンディー教のヨーガの聖典とまったく同じことを言っているという。

 瞳をキラキラ輝かせながらその例を次々と語る彼に、悪いけれどその問答にはあまり興味のない私は、むしろ二一歳の若者がこれほど心をとらわれたそのとらわれぶりに心をそそられる。修行がとりわけ厳しいといわれるヒンディー教とは彼にとってなんなのだろう?世をはかなんで宗教の道に入ったというのではなく、彼の心の楽しさがあふれんばかりに伝わってくる様は、私がこれまで幾人か接することがあった宗教家の、もったいぶった真面目さやこけおどしとはおよそ異なるものであった。

 「ぼくは宗教を娯楽としてとらえています。宗教ほどの娯楽はないと思いますよ

 ___ゴラク!?

 「ええ、苦行することも楽しさのひとつだし、なおかつそれで真理を悟ることができるなんて、これは最高の娯楽ですよ

 やっぱり「異星人」だ!



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I先生のこと | コメント(3) | トラックバック(0) | 2008/03/12 12:50
コメント
はいたかさん、入力おつかれさまです。

私もこの本買ったんですが、買わずしても
はいたかさんにリクエストしとけばよかったかw


>ばーてぃみあすさん

本買われたんですね(^^引き続き、入力していく予定です。

ところで、ばーてぃみあすさんはMIXIのダンテスダイジコミュには参加していらっしゃらないんですか??肉声テープ聴きました?
ダイジコミュには参加しております。

肉声テープも聴きましたよ。

はいたかさんのブログで知ったんですよね。

ダイジの情報はネットでも余り見かけなかったから
あの時は嬉しかったな~

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