今の歌

 インドにいる時から、帰ったら身体とつながるような事を毎日やりたいと思っていたので、それを実行している。

 動系のことか(ジョギング、筋トレ系)
 静系のことか(ストレッチ、ヨガ、簡単な気功)

 どちらかをその日の気分に応じてやっている。
 まだある程度激しい運動を時々したほうが体調がよろしい年齢だと思う。
 昔は毎日10キロくらい走ってたけど、そこまでやんなくてもいい。
 15分も走れば気分は良くなる。
 体のメンテナンスが出来て、その結果精神が安定すればOK。
 今のところ必要以上に心肺機能、筋肉を鍛えてもしようがないし。

 エネルギーはいつも、よりリアルなものから流れてくる。
 リアルでないものに関わっていると、その流れは疎外される。
 エネルギーに満たされていないのは、リアルな世界と触れ合っていないから。 
 からだは最も身近の自然=リアルだ。
 リアルとは真なること。
 真なることとは、本当に実在するもの。
 
 鉢植えで育てている植物を相手に、気の交流をしてみた。
 エネルギー的につながる瞬間、というのがわかるような感じがした。
 自然に笑いが湧いて出る。

 瞑想中に喜びが高まると、それは何かの表現として外に出たがる。
 これが声として外に出ると、それが「歌」になるのではないかと思う。
 洗練されたメロディも、歌詞も無い、もっとも原始的な悦びの表現だ。
 宇宙は振動から構成されている。
 それはヒンズーの神秘思想で言うならば、聖音「AUMオーム」である。
 AUMは「全能の創造力=シャクティ」の最初の表われであり、その原始の振動の中に時間や空間、粒子が仮の現象として現れると考えられた。
 そしてこのシャクティは、アーナンダー、永遠の至福とも呼ばれている。
 至福の表現として、「音」が生まれるのだ。 
 それはミクロコスモスである、人間にも対応しているのかもしれない。
 幸福を感じると「音」を出したくなるように。

 雨が降る前の湿った匂い、土の匂い、春の甘い匂い
 のなかに立っていると、声が出てくる、この今にふさわしい声を喜びの表現として、発声してみる。
 自分の、今の歌を歌う。樹と風と緑と春、雨。 
 メロディなんて殆ど無い。
 歌詞も無い。人に聞かせるものではない。
 しかし、それは自分自身の今の喜びの歌である。 

 ア~~~ア~~~ア ア~~

 雨粒がぱらぱらと顔に降りかかってくる。
 それは、世界が僕の呼びかけに答えてくれたように感じられる。








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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2006/04/02 17:11
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